嘘つきな唇














夏の日差しも弱まって、窓から吹き入る風が涼しく感じる季節。
航河の隣で、私は静かにそれを感じていた。



航河のお土産のアップルパイを平らげて、満足感に満ちた昼下がり。

読書の秋とはよくいったもので、
私の部屋に置いてあった文庫本を見つけ、航河は興味深そうにそれを手にした。


もこの作家、好きなのか?」

「あ、うん。まあね。」


半分は本当、だから、答えはイエスでもかまわないだろうか。

以前、航河の部屋の本棚で、いくつもこの作家の本が並んでいたのを見たから
書店の新書コーナーでその名前を見つけた瞬間、まるで航河に出会えたかのような錯覚に陥って
気がついたらそれを手にして、レジへと向かっていた。

私の答えに、パラパラと本のページをめくる航河は、柔らかい笑顔を見せる。




その間も、開いた窓から流れ込む風は、ソファーに座る私達を優しく撫でた。




静かな優しい時間は、いつの間にか読書の時間へと変わり
手にした本を読むふりをして、私は横目で航河を盗み見る。

日の光りに透けて輝く綺麗な髪は、静かに風に揺られ
真っ直ぐに本の世界に入り込んだエメラルドの瞳は、こちらを向く事なく数回瞬きをするだけ。

まるで、私はここに存在していないような気がして、航河の肩に自分の頭を寄り掛けた。
近づいた分だけ、航河の体温が私に沁みこんで
そして、視線を崩さず伸びてきた航河の手が、私の手をギュッと握ってきて

嬉しくて、嬉しくて
私はその上さらに欲心を抱いてしまう。




それでも、これ以上邪魔になりたくなくて、航河に体を持たれかけて目を閉じた。



静かに、ただ静かに航河の温もりと、優しい風を感じていると

暫くして、体を動かすのが億劫に、閉じた瞼は重くなり、私は睡魔に襲われる。





「おい、。寝るなら…ベッドに行け。」


握り合った私の手に力がなくなった事を、不審に思ったのであろう航河がこちらを向いた気配。


「…だって、航河があったかい。」


その声が体に響いて心地よくて、私は子猫のように航河に擦り寄る。


「だったら窓閉める、体冷やすぞ。」

「それもダメ、涼しくて気持ちいいんだもん。」


立ち上がろうとする航河の腕に巻きついて、私はそれを制止させる。
我儘みたいな言い訳が、さっきの寂しさと欲心と、眠気にのせて口から出てしまう。


怒ったようなため息が聞こえ、航河の手から本が離れた。
それと同時に体がふわりと浮き上がり
私を抱き上げる航河の腕の力強さにウットリせずにはいられない。

このまま航河の温もりを感じて眠りたい。
そんな甘えが生まれるのは季節の所為…という事にしておきましょう。

寝室へ運ばれ、航河は衝撃が少なくなるように静かにそっと私をベッドへと下ろしてくれた。
けれど何だかそれじゃ物足りなくて航河の首に巻きつけた腕に力を込めたまま
私は航河をベッドへと引きずり込もうとする。


「…っおい、いい加減にしろよ。」


テレを隠すための怒った口調が何だか可笑しくて、私は重たい瞼に負けながらも口元に笑みを浮かべた。
巻きつけた手にとうとう力が入らなくなってハラリとそれがシーツに静まる。


「ねぇ、航河、私が寝てる間にエッチな事…しないでね?」

「…誰が、昼寝なんかするガキに手なんか出すかよ。」


きっと半分くらい呂律が回ってなくて意味不明だっただろう私の言葉に、航河が憎々しげにそう言い返してきた。

けれど次の瞬間には、私の唇は温かい何かに触れられて
それが唇だと理解できたのは航河の舌が緩んだ私の唇を割って入ってきてすぐの事。



『航河は嘘つき』




まどろみから少しだけ抜け出して、私は頭の中でそう呟いて、航河の行為に抵抗したくて
掻き回す航河の舌に自分のそれを絡めて、私は動き回る航河に小さく反抗を見せた。
触れ合うたびに、私の体は溶けてしまうんじゃないかと言うくらい甘く痺れる。

ピクリとそれに反応した航河は、ギシッと小さな音を立ててベッドの上に乗ってきた。
さっき私の手を握っていた力とは比較にならないほどの強さで、両腕を締め付けられて。

今度は航河が反抗してくる番。

ゆっくりとした口付けは、深く苦しさを伴うものに変化して私を攻め立てる。




『私は嘘つき』




本当は私、貴方をここまでおびき寄せたの。
眠気に襲われたのは本当だけれど
航河を想って買った本に航河を取られたような、情けない嫉妬にかられて
臆病なこの駆け引きを知ったら、絶対に笑ってからかうから教えてはあげない。




…もっと触れ合えば、きっと本当の気持ちを伝えられると思うから

私は、嘘つきな唇を重ね合わせ、広いその背中に腕を回す。





「お前の…所為ので、読んでも内容が頭に入って来なかったんだからな。」



「……航河、大好き。」



季節が変わっても、甘く強く愛し合う事はやめられそうにない――。















一応、強引だけれど拍手SS『勘違い』の続きです(汗)。
何故だろう、航河の話を書いていると物凄く甘えたくなるんです(´ー`)

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