知らない 『それでは、また明日。』 それだけの事だったと思う。 そう、ただの挨拶。 が会社の前で僕の知らない男と笑っていただけ。 スーツを着たサラリーマン風の、たぶん会社の同僚かなにか。 たまたま、帰りが同じで お互いが失礼にならない程度の挨拶。 けれど、僕にとってその言葉は落ち込むに相応しい事。 「ねえ、慧。どこに行くの?」 を自分の車に乗せ、走り出してからどれくらい経っただろう。 家に送ると言ったはずが、一向にその目的が達成されず そんな僕の行動を、不思議そうに見つめたの口からとうとう疑問の言葉が出た。 落ち込む僕を余所に、はいたって普通、いつもと変わらなくて それがなんだか悔しくて、自分の感情とは反対の笑顔をに見せて口を開いた。 「知らない。」 「……え?」 「聞こえなかったかな?知らないって、言ったんだよ。」 「知らないって…私の家まで送ってくれるって話したのに。」 「の家?ごめん、どこにあるのか分からないな。」 「…冗談、だよね?」 「知らない。」 いい年した男がこんな子供じみた事して… 不安げな表情のを見ていたら、そんな情けない言葉が浮かんだ。 けれどその反面、だったらこんな僕を許してくれるんじゃないかという甘えも生まれてくる。 「慧、ふざけないで。どうしたの?」 「…どうもしないよ。」 「……?変だよ慧。私、歩いて帰ろうか?」 ダメだよ。 そんな事させるわけないだろう? 僕が君を手放せない事知っているだろう? 本当にそんなことをするつもりのない言葉でも、今の僕には十分すぎる攻撃。 今の僕には感情を吐き出せる十分すぎるきっかけ。 は分かってて言ってくれているのかな? 「知らないんだ。ブレーキの踏み方。」 「泣く子も黙るあのオングストロームの、加賀見慧さんが?」 呆れてみせるの口調。 その瞳には、唇には、優しい微笑をのせて。 「…そっちのブレーキじゃないんだけどね。」 もう少しだけ僕に付き合ってくれる? そっと目配せをしたら、観念したようにはシートに寄りかかった。 近くの公園の駐車場に車を止めて、僕はの手をそっと握り締めて話し始める。 大体、僕は何に嫉妬しているんだろうか。 『また明日』という言葉? 同じ会社の男? それとものあの笑顔? 僕は別れ際に『また明日』なんてに使いたくても使えない。 それをいとも自然に使っている達が憎らしかった。 たとえそこに恋愛感情がなくとも、僕の知らないの日常を少し悲しく感じた。 囚われた僕を助けられるのはだけ…。 「なーんだ。…そうだったんだ。」 「…呆れちゃった?」 「そんな事ないけどさ。…でも、そんなのさ…ほら、…あれだよ。」 恥ずかしそうに言葉を濁すを急かすように見つめて の細く優しい指に、撫でるように自分の指を絡める。 「だから、…つまり、そのうち一緒に生活する事とかになったら使えるし…。」 「うん。」 「そしたらさ、『いってらっしゃい』とか『お帰り』とかも言えるよね。」 「……そう。」 ほらね、やっぱり君は思いもよらない言葉で僕を救ってくれる。 がそういうふうに僕の事を思ってくれるなんて、…嬉しいよ。 「また明日、より魅力的じゃない?なんてね〜。」 「ところで、…僕は今、遠まわしにプロポーズされてるのかな?」 「へっ!?」 「ありがとう。その言葉ありがたく受け取るよ。」 「い、いや…。あの…。」 「僕は、…本気だからね?」 「…まぁ、慧のご機嫌が直るなら何だってするよ。ふふっ。」 と出会えた事で、僕は強くなったり弱くなったり けれど、いつでもが僕を救ってくれるから、そんな甘い痛みも楽しめる。 が、僕のために一生懸命になってくれるように 僕はのために何だってすると誓うよ。 「ねぇ…、ところで…、慧?」 「ん、何?」 「それで、私の家の…帰り道は思い出してくれた?」 僕のわがままに、いかにも自分が悪い事をして閉じ込められているように まるで僕のご機嫌をうかがうようなの言葉に、吹き出しそうになるのを必死で抑える。 なんだかんだいって僕に従順なお姫様、もう少し付き合ってもらおうかな。 「知らない。」 「もうっ、慧!」 「嬉しすぎて、しばらくここから動けそうにないんだ。」 シートにつけていた背中を離して、の方へ体を向ける。 もう片方の手で髪を撫でると 怒ったの顔が見る見るうちに、赤く染まる。 愛しさが溢れ出してきて、たまらずを抱き寄せて唇を塞ぎ、僕は魔法をかけた。 「……んっ。け…、い。」 次第に力の抜けていくの体を 快感に導くように撫で上げて 完全に反応してしまいそうな僕の体を 気付いてもらうために強く抱き合って 潤んだの瞳に、僕を映させて 僕は、に、否応なしの呪文を唱える。 「今夜、の部屋で熱い夜を過ごせるなら、…思い出せるかも。」 あとがき お待たせいたしました! 彼は、疾斗に勝るとも劣らない甘えん坊じゃないかと思います。 そしてエロ(笑)。なんというか、もうお手上げです。 そんな加賀見さんにメロメロヘロヘログデングデンにされちゃってます、管理人(´Д`;) ←BACK |