日常のどんな場面でも、一番に思い出すのが僕になってしまえばいい










れるほどの記憶









窓からの明るい日差しが、フローリングの床に綺麗な影をつくっている

先ほどまでいたガレージとはうってかわって穏やかな空気の流れるリビングで、僕はしばしの休憩を取っていた

別に、疲れたわけじゃない

それどころか、今日は朝からマシンも僕も調子が良くて、気分が良いくらいだ

でも、もうすぐさんが来ると思うといてもたってもいられなくて、それでリビングで休憩するふりをして君を待つことにした

恒例となったチームでの合宿

今日は、レースも走行会もない日曜日

加賀見さんは、スポンサーとの打ち合わせで外出

疾斗は台所で食べ物を物色中

航河はランニングに出かけてる

もうすぐ2週間ぶりに会う恋人がやって来るって以外は、いつもと同じ合宿中の日曜日






「たぶん、2時ごろには着くと思うから」

昨日、電話でそう言っていたさん

ということは、2時5分くらいにここに着くはずだ

君は、外での待ち合わせでは10分早く、家や合宿所を尋ねるときは5分遅れてやってくる

そういうのが自然にできるのって、本当に素敵だと思うよ

それが、僕に対してだけじゃないっていうのが、ほんの少し悔しいけれど






「こんにちは〜」

2時10分、僕の予想から5分遅れて、玄関からさんの声がした

「あの声は、だぁ」とか良いながら、転げるように玄関に向かう疾斗の後ろをクスクスと笑いながら追いかける

「こんにちは、ハイこれ、差し入れ。パウンドケーキです」

ホールにちょこんと立ったさんは、そう言ってにっこりと笑いながら、疾斗に四角の白い箱を手渡した

「ヤッホー、待ってました」

箱を受け取る疾斗の嬉しそうな声は、僕の耳には全く届かない

さんを見て、予想より5分遅れた理由が何だったのかを悟る

華奢な細い足、いつもはツルリとしている左の膝が赤く擦りむけていて・・・

「カズ・・・救急箱だ」

後ろには、心配そうな航河の顔






僕が、救急箱を取ってリビングに帰ってくると、さんはソファに腰掛けていた

その前に跪き、心配そうに傷を見ている航河

整った眉は微かにひそめられていて、でもそれさえも絵になってる

あの、忘れたいのに忘れられない記憶が甦る

ああ、こんな光景もう二度とみたくないと・・・そう思っていたのにな






本当に、小さい男だとそう思うけれど

でも、あの時胸のうちに広がった黒い雲を、僕は忘れることができない






僕と君が出会ったばかりだったあの頃

あの日、さんはやっぱり無防備にその傷ついた膝を航河に晒して

その膝に、航河が愛しそうにそっと触れる

頬を染めて、それを受ける君を見る僕の心はギシギシと音を立てていた

航河がさんの耳もとで何かを告げる

二人の間に、流れる「何か」に僕は嫉妬して

そして、その直後、嫉妬する権利なんてないことに気が付いたんだ






君は、僕のものじゃない

君に似合うのは、僕じゃない






僕は、まださんに勝手に恋をしてる一人の男で、君の周りには、僕の何倍も良い男がたくさんいた

君は、皆ににこにこと笑顔を振りまいて、時に無防備なほど純粋に振舞う

おにぎりを握ってきてくれたり、工具箱をひっくり返したり、レース結果に涙したり

さんと航河が話すたびに、僕は嫉妬して、そしてその権利がないことに気が付く

その繰り返し






君は、僕のものじゃない

君に似合うのは、僕じゃない






さんを好きだという気持ちに比例して、僕はどんどん卑屈になって

その結果、君をイヤというほど傷つけた

それなのに、僕はまだあの黒い雲を忘れることができないんだ

航河に、僕以外の男に、そんな風に心配されるなんて・・・ダメだよ

今の僕には嫉妬する権利があるはずだ






君は、もう僕のものでしょう?






航河の指がさんの膝に触れた瞬間、どうしようもない感情の波にのまれて完全に制御不能に陥る

ソファに座っていた君の手を強く引いて、無理に立たせると足早に歩き出す

「カ、カズさん、どこいくの?」

さんは訳が分からないというように、後ろで戸惑っている

先ほどまで作業していたガレージに連れ込んで、隅にある小さなパイプ椅子に座らせる

スカートから覗く膝に目をやると、酷く転んでしまったようで、ストッキングが破れ、痛々しく皮膚がめくれて血が流れている

「痛い?」

そう、目を合わせずに聞く

本当は一番に聞きたいことは別にあるのに、それを先に聞くのはあまりにも身勝手な気がしたから

「ううん、大丈夫、見た目ほど痛くないよ」

いつものように、にっこりと笑ってそう答えるさん

心配かけないようにって、そう思ってるんでしょう?

そんな優しい君に、僕は今ひどいことをしようとしてるのに・・・






「どうして、航河と一緒だったの?」

「え?うんと・・・ランニングから帰ってきた中沢さんとたまたま前で会ったの・・・それだけだよ?」

「そう」

こんなに好きにならなければ、もっと優しくできただろうか?

怪我をしている君に、醜い嫉妬をぶつけることもなかっただろうか?

ごめんね、こんなにも好きになって






「破れて・・・もう使えないね」

「うん、このストッキングはもう捨てるから」

さんの膝、破れたストッキングの穴にゆっくりと両手をかける

それでも、君は無防備に微笑んだままだ

君は、僕のこと何にも分かっちゃいない

今、この胸のなかで何考えてると思う?






穴にかけた両手を乱暴に左右に開く

ビリっと音を立てて、大きくなっていく穴

スカートから、すらりと伸びた足が微かに震えだす

「カ、カズさ・・・ん?」

「ストッキングが邪魔で治療できないよ」

さんの瞳が、不安そうに揺らめいてる

今頃、僕の暴走に気が付いたってもう遅いよ?

無防備すぎる君が全部悪いんだ

太ももから足首まで、完全に裂けてしまったストッキングから、綺麗な肌がのぞく

「航河にも、誰にもできない、僕にしかできない治療だから」






血が滲んだ膝にゆっくりと顔を近づけると、プンと鉄の匂いがした

僕の体のなかに流れている血液とは全く違う、綺麗で澄んだ赤い血

ゆっくりと傷に唇を付けると、細い体がビクっと震えた

「痛い?でも我慢してね。消毒しなくちゃいけないから」

優しく痛みを感じないように気をつけながら、流れ出た血を舌で舐めとる

スネの方にまで流れた血も残さずに

右手を、そっと内股に添える

「ふ・・・ん・・・」

小さく身じろぎして、さんが甘い声を上げる

その声が、いや、君の存在自体がどれだけ僕を煽ってるか分かってる?






血が、綺麗になくなっても

僕は、さんの膝から離れられずにいる

何度もキスをして、舌を這わせて

血が綺麗になっても、もっともっと消毒しなくちゃいけない

君の心の残っているかもしれない、あの日の航河の記憶も

僕の心のなかにある、醜い嫉妬も

綺麗に溶けてなくなるまで、もっともっと消毒が必要だから

あの日の航河がさんにした治療よりも、鮮明な記憶をその心に焼き付けたい

君が膝を擦りむくたびに、今日のことを思い出せばいい

日常のどんな場面でも、一番に思い出すのが僕になってしまえばいい






内股に添えた、右手をそっと奥に進める

柔らかな肌を少しずつ焦らすようにのぼっていく

足の付け根まで到達した瞬間、さんが熱い息を吐き出すとともに、ゆっくりと目を閉じた

それは、控えめな君が「陥落した」とそっと教えるサイン

薄い布を隔てたまま、ゆっくりと指先だけを動かす

さんが感じるところをほんの少しだけ、掠めるようなやり方で

もっと僕を必要として

僕が足りないってそう思って

ガレージの中の湿度が、どんどん上がっていく

もちろんそれは錯覚で、上がっているのはさんのスカートの中だけ






「カズさん・・・もう、駄目・・・」

潤んだ視線が、絡みつくようにこちらを見る

僕が欲しいって、雄弁に語る愛しい瞳

いつもは、ベッドの上でしか見ることのない瞳をこんなところで見てるかと思うと、嬉しくて抱きたくて理性を保つのに必死だ

「そんな瞳しても、ダメだよ?リビングには、疾斗も航河もいるんだから」

本当は、僕だって君が欲しくてしょうがないのに、焦らすことでもっと僕を欲しがってくれるなら、限界ギリギリまで我慢できる

さんを離さないためなら、なんだってできるんだ、僕は

「今日の夜、部屋まで送るから。その時まで待って。それとも、もう待てない?」

いじわるく、優しく微笑みながらそう言うと

「・・・待てるよ。だって、カズさんに会えなかった2週間、ずっとずっと待ってたの。
だから・・・待つのは得意」

君はそう言って、やっぱり無邪気に綻ぶように笑った

その笑顔が、はっきりと脳裏に焼きつく

そんな顔でそんなこと言われたら、本当にこの2週間、僕に抱かれるのを待っていたんじゃないかってそう思ってしまうじゃないか

これじゃ、どっちが焦らしているのか分からない






きっと、このガレージで作業するたびに、今の君を思い出すだろう

さんを抱きたくなるだろう

君を離さないために仕掛けた罠が、自分の首を絞める

いつも思い出すのは、さんのことばかり

僕は、いつだって君のことばかり考えていて

毎日のほんの些細な出来事からだって、いつも君のことばかり思い出している






だから、君のなかにも同じように、たくさんの記憶を刻むんだ

今日の夜もできる限りの記憶を君の体に与えるから

少なくとも、今度僕に抱かれるまで、僕のことを忘れないような、痛いくらい甘い傷を付けるから

僕が君のことばかり思っているように、君もいつだって僕を思い出してほしい






大きく穴のあいた左足とは対照的に、スルっとした右足の膝に手をかけると、爪を立ててゆっくりとストッキングを破る

ピリピリという微かな音とともに、僕の理性も壊れてしまいそうだ

ギリギリのバランスのなか、小さな耳に向かってそっと囁く

「今度、ストッキングが破れた時、今の僕を思い出して欲情してくれる?」

「今度じゃなくて、今もう・・・してる。
さっき言ったでしょう?2週間ずっと待ってたって・・・」






ああ、やっぱり

焦らされてるのは、間違いなく僕の方だ

もう我慢も限界だし、このままここで君の誘いに乗ってしまうのも悪くないかな






「リビングにいる航河と疾斗に聞かれたって、僕は全然構わないんだよ?」

そう囁いて、今日初めての口付けを愛しい人に贈った
















ダイスキなミステリオさんへ 
素敵なプレゼントへのお礼と最大級の愛を込めて

2005.09.24 アコ


衝撃的な黒いカズさん!
どどどどどどどうしましょう(´Д`;)
本当にこれは最大級の愛でミステリオ、女の子になっちゃいそうです。

ミステリオはストッキングをはくたびに絶対思い出します。
アコさんの生み出した永遠にただただ感謝でございます。
本当にありがとうございました!