許せない気持ちの理由

















『結婚するならこの男性!』



そう紙面を飾るタイトル文に、は眉間にしわを寄せムスッとした顔でその内容を読み始める。

そのページには汗をかきながら車に向かうツナギ姿の和浩の写真。

……思わず、見惚れてしまう。


けれどその写真の枠の端に目を向ければ、『メンテナンス中♡』などと書かれている説明文字が

の心情をより一層刺激して、余計にはらわたが煮えくり返っていく。


ビリリ


本を持つ手の力が強すぎて、ページの端が少しだけ裂ける音がした。


そしてもうひとつは、ページの左下にプロフィールと一緒に載せられた優しく微笑む和浩のショット。



どうも気に入らない。


文章のセンスとか、そういう事じゃなくてとにかく気分が優れない。

とはいうものの、やはり目の前に映る和浩の記事を読まずにいるなんて事できなくて

の不機嫌は、悪くなる一方でしかなかった。




「……もうっ」


口を尖らせて不満気にそう呟くと、は読んでいたページをそのままに雑誌をテーブルへ投げ置いた。

隣に座る和浩はそんなに驚いて、心配そうに『どうしたの』と声を掛ける。



「……だって」


口をつぐみ雑誌を睨むの状況から、が何に不満なのかは和浩には何となく理解できた。
   


「何か嫌な事でも、…書いてあった?」

「結婚するならカズさんだって」

「…え?ああ、特集組んだ時の個別のインタビューのやつ…だねぇ」


特に…ここ。

そう小さくいじけながら呟くの指先を追って、和浩はその部分の文章を読む。


チームメンバーの中で一番温厚で、影の大黒柱的存在。
何より彼の性格は、穏やかで優しくて、安心感を与えてくれるその雰囲気は、インタビューする際にも常に見えて、

まさに、結婚するならこの男性!という感じでした。



先程自分でも目を通したその文字に、和浩はそんな大したものじゃないと心の中で謙遜しながら

物凄い剣幕で雑誌を眺めるを理解しかねて、優しく口を開く。



「…うん、これが…どうかした?」


「…なんか、カズさんと結婚すれば穏やかで平和で何より安定で、楽できますーって」


「………へ?」


「それに何をしても大して怒られないから楽チンよ。だからオススメって言われてる気がするの」



「………そう?」


困った様子で相槌を打つ和浩に、は堪った怒りを爆発させるかのように文句を言い始めた。



そもそも、結婚するなら…って何?
好きだから付き合って、絆を深めてこの人と結婚したいって思うんでしょ?

確かに、一般大衆的意見としてそういう言い方をしているていうのは分かるんだけど

どうしたら自分が優位に立てるかとか、どの人にすれば安定した道を歩けるとか
なんか自分の事だけを考えて、計算しているみたい。

ほら、よくテレビでも結婚したい芸能人とか憧れの夫婦とかやってるでしょ?
確かにそういう人達って素敵だと思うよ。

でもそれってやっぱり夫婦になって、お互いが尊重し合って創り上げたものが素敵なんだと思うの。
結婚したい理想の人なんてそこら辺に転がってるわけなんてないのに

結婚するならカズさん!なんて…言われたくないの。




は堪っていたムカつきを、そう一気に吐き出すと
ふう。と大きな息をひとつ吐いて、和浩の方を向く。



そしての目に映ったのは、口元に手をあてて俯きながら肩を震わせる和浩の姿。








「なっ…なんで笑ってるの!?」





可笑しい話をしているつもりなんて毛頭ないのに、笑いを必死に押し殺している和浩を見れば
は、なんだか自分が駄々をこねて我侭を言っている子供のように思えてしまう。

……実際そうなのかもしれないけれど。

そう思いちょっと後悔しているを、和浩は楽しそうに見つめながらの頭を優しく撫でる。




「あはは。ごめん、じゃあさ、さんは僕の事どう思う?」

「え……?」

「一緒にいて楽?安心する?」


「…うん。一緒にいると楽しいし、安心する。けど…それだけじゃないかな」

「ん?」

「実は怒ると怖いし、…頑固な所あるし、…たまに、その…激しいし。」



口が滑るというのはこの事で、はしまったと思いながら慌てて口を手で塞いだ。



「なるほど。僕はそんなふうに思われているんだ。」


「っ…いや、あの言葉のあや…みたいな?」


「その割には、…何気なーく、呟いてくれたよねぇ?」



しかし、時既に遅し。

優しく頭を撫でてくれていた和浩の手は、しっかりとの肩へと回されて
天使のような極上スマイルを、愛想笑いを浮かべるへと見せる。




「か…カズさん、その顔ちょっと…怖いかなー?」

さんこそ、正直じゃないよね?」



ゆっくりと覗き込むように近づく和浩は、どうしたらいいのか分からず固まるにそっと口付けをした。

まるで時が止まってしまったように、ゆっくりと。

唇と唇が互いの熱を分かち合うまで、しっかりと。



溶けそうな感触に、とろんとした目を見せるに満足すれば



「で、どうなのかな?」



和浩は物足りなさを感じながらも、唇を離してそう問いかける。

そんな和浩の意地悪な微笑みに、敵わない事をとうに理解している


「……はい、ちょっと思ってます」


そう言って、バツが悪そうに降参した。




「正直でよろしい」






得意気にそう言ってから、可笑しそうに笑う和浩は本当に楽しそうで再びの頭を優しく撫でた。

一体何の話をしていたのか、自分は何故怒っていたのかすっかり忘れるくらい
はその大きくて優しい温もりを感じて、嬉しさに浸る。



「……さんがそんな僕を知っていれば、僕はそれでいいよ」



『え?』と、が振り返る隙に、和浩は頬に口付けをひとつ。




「カッ、カズさん…」




が和浩の名を呼ぶ間に、和浩はその愛しい人の両腕を掴んで再び唇を重ねる。





さんが…どうして怒っていたのか、やっと理解できた」



「んっ…だから、私はそういう言い方が好きじゃないの」



「違うよ」



「何が?」



「だって、テレビでそういう話が出ても怒ったところなんて一度も見た事ないし」





楽しそうにフフフと笑う和浩は、何が言いたいのか分からないというの表情を幸せそうに眺めて



ゆっくりと、ゆっくりと、の体を床へ倒していく。







焦るが抵抗しようとした時には、視界には部屋の蛍光灯と和浩の笑顔が映っていて



ドキドキと高鳴る心臓と痺れる体は、まるで和浩の味方をしているように動かない。






「そう、要は…嫉妬してる…って解釈しちゃっていいのかな?」




優しい優しい抱擁が、を包み込んで、耳に触れる熱い唇がそう囁く。


自身そんな自分の感情に初めて気がついて、さっきまでの感情を呼び起こしてみては



嫉妬という言葉がぴったりと当てはまる事に、驚いていると




「で、どうなのかな?」



そう、脳髄が痺れるほどの魅力的な和浩の囁きが、全身を襲い



「私も、今気がつきました」



と恥ずかしそうに自白すれば、『正直でよろしい』そう言って笑う和浩の唇が首筋へと移動する。









そう、知っているのは私だけでいいのね。








はそう思いながら和浩に体を預け、和浩を感じる為だけに静かに目を閉じた――。





















あとがき
私が常日頃思っている事です。
よくこの『結婚するなら』という言葉を目にするのですが、私は付き合うのも何でもカズさんが一番好き。
なもんで、↑この言葉がどうにも気に入らないんです。
人にも色んな考え方があり、ただ「そうですねー」と言えばいいだけなのに
客観的に物事はきちんと見極めようと心がけているのに、カズさんが絡むとどうもだめみたいです(´Д`;)
そう、お話の内容通り、要は嫉妬です(笑)。

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