きてしまった。






とうとうこんな日が来てしまった…。
















のない嘘とな喜び




















今日と明日が入り混じるそんな深夜に乗り込んだタクシーを降りれば

息を切らして、日ごろの運動不足のせいでおぼつかない足を無理やり前に進めて

は和浩の部屋へと走り出す。





部屋の前まで着くと一度深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとする。
けれど瞬きする事も忘れ、震える唇で吸い込んだ息は体の中に入ってもなお、の心を震わせる。

つい、いつもの癖でインターホンを押してしまったが
以前もらった合鍵のことを思い出しカバンから彼の部屋の鍵を取り出した。











『カズさんが、倒れたんだ。』


疾斗からの第一声に、頭を打たれたような気がした。


『ここの所忙しくて、夜もほとんど寝てない状態でさ…。』


次の瞬間には、は和浩の居場所を聞いていて。
そう、今に至る。















いつも、心配していた。
無理をしすぎる和浩が、倒れてしまうんじゃないかと。
思い浮かべるだけで不安なのに
現実にそうなったと聞くのは、それとは比にならないくらい残酷な事で…。



は震える手で何とか鍵を差し入れてドアノブに手を掛ける。


「カズさん!?」


泣きそう声でそう叫びながら、扉を開けて飛び込んだ先には


「やあ、いらっしゃい。」


と、玄関でニッコリと微笑んでいる和浩の姿。







……あれ?






「なんで…、あれ…。」

「ごめん、さん。疾斗から電話が来て事情は大体分かってる。」




「……へ?」

「何だか行き違いがあったみたいで…。とりあえず、僕は元気だから安心して?」



目の前で、いつもの優しい和浩が困った顔をしている。



あのね、確かに今日は寝不足気味でボケーッとしてたんだと思うんだ。
サーキット場の近くにかき氷屋さんが来てさ、ほら昔ながらのっていう感じの。
疾斗が見たい食べたいって言うから付き合って見に行ったんだ。
それで…あの、氷の屑がね地面に広がっててさ…。

……転んじゃったんだよね。
あっ、別に怪我とかはしてないよ?
ただ、滑ってそこに倒れちゃったって事で……ごめんね?


呆然とするに、和浩が事の次第を申し訳なさそうに説明する。
今ちょうど疾斗から電話で『なんか誤解させちゃったかも〜』と聞いたという事も。











事態を飲み込んだは、へなへなとその場にうずくまる。
近くに並ぶ観葉植物たちが『大丈夫?』と言っているような気がした。
泊り込みで看病が必要かもと色々と詰め込んだ、小さめのボストンバッグがやけに重たく感じる始末。

驚いた和浩がのものへと駆け寄り、再び『大丈夫?』と『ごめんね』を口にした。









「…よかった。なら、私、帰るよ。」


何とか落ち着きを取り戻したが、ヨロヨロと立ち上がってそう言った。
よく考えてみれば、早とちりした自分が悪いのだし、正直今の自分が恥ずかしい。


「え?でも……。じゃあ、送るよ。」

「ダメ。カズさんはちゃんと寝て下さい。」

「そんな事、出来ないよ。」


背中を見せるの腕を捕まえて、つられて立ち上がる和浩が『帰らないで』と呟く。


「だって、私が間違えて来ちゃったわけだし…。」


振り向く気配のないに、観念したかのように『はぁ』とため息をこぼす和浩が話を始める。





「多分、わざとだと思うんだ。ここの所忙しかったし…。」

「…わざと?」

「うん。…その、疾斗は気を利かせたつもりなんだと思う。僕が…その、言っちゃったから。」

「……何…を?」

「…えーと、さんに会いたいなって…。」



「……そう…なん…だ。」

「でも、正直さんが来てくれた事、嬉しいよ。そのカバンの中身が着替えとかだったら特に。」



カバンの中身…
そう、泊り込んで看病できるように着替えや歯ブラシや
ここから会社に向かえるように仕事道具や化粧道具もあったり。


要するに、帰る必要なんかない。


のだけれど。


そうもいかない微妙な女心もあるわけで。












「……私、今、ちゃんとしてないから。」

「……え?」




「……ないの。」


「何が?」




コレを言ってしまえば、きっと和浩は何だそんな事と言って笑うだろう。
当然といえば当然、しょうがないといえばしょうがない
でも、にとっては和浩の前だからこそ重要な事で。







「…眉毛が…ないの。」






和浩に背中を見せて、はそれでも恥ずかしさから逃れられずにうつむいた。

訳の分からない和浩はポカンと口を開けたまま、の顔を遠慮がちに覗き込む。



「ちゃんと、……あるよ?」








「……っ、目だってショボショボしてるし…、口だってかさかさだし…。」






その言葉で、和浩はが化粧をしていない事にやっと気付く。
なんだ、そんな事。そうは思っても、に対してそれを伝える事は無駄だと悟って
むしろ、こんな深夜にきっちり化粧をされていた方が不安になると、和浩は自嘲気味に笑う。


「大丈夫、可愛いよ?」



優しい和浩の声が、すぐ傍でそう奏でる。
それが本音であるという事は、も重々承知していて、嬉しいのか恥ずかしいのか困惑してしまう。





「……服だってかわいくないし。」


それならもうこの際、言うべき事は言っておこうとはさらに言葉を紡ぐ。


「……下着も…セクシーなやつじゃないし。」












長くはないけれど、すぐともいえない位の沈黙の後

和浩はたまらず手を伸ばして、の背中を抱きしめた。





同時に背後に感じていた恋人の気配が、直接体を通して感じられ
の体が、ビクンと跳ね上がった。








さん…もしかして僕の事…焦らしてる?」




耳から伝わる甘く低い声と、全身に伝わるその声の振動
そして、抱きしめる和浩の手が前方に伸びていく。


「そんな事……。」


そんな事ない。

そう発するはずだった言葉は、
伸びた和浩の手で回された扉の鍵が、カチャリという音を立てた事で遮られてしまう。

それを回し直せば外に出られる事は痛いくらい分かっているけれど
鍵を閉めた和浩の感情の方が、よほどを縛りつけているのは明白。




むしろ、そんな囚われがを満たす何かであったりもして。

緊張で固まった体を何とか和浩の方へ向けたと思うと
回された和浩の手がの頬へと移されて、目が合う間もなく唇が重ねられた。


際限なく何度も触れてくる唇と、暫くして割って入ってくる和浩の舌に翻弄される。






「…僕は、」





唇を離してを見つめる和浩が、そう呟いて目を合わせた。





がどんな姿だろうと」




再び近づく和浩は、の首筋に顔をすり寄せて




がどんな状況だろうと」




愛しそうにそこへ口付けを落とす。
ゴトンとの持つ鞄が、二人の足元へ落ちる音がした。






「大歓迎だよ。」















小さく声を漏らすは力なく体を預け、ただ和浩を感じる事だけに夢中になる。



「嬉しくて、可愛い事言われちゃったから、…今日はもう…」



そんなを強く抱きしめて、和浩は切なげに耳元で囁く。
















「…帰してあげないよ。」






























あとがき
突発的に思いついてダダダダダーッと書き上げた一品。
それ故に文章が少々荒いかなという気も(´Д`;)
たまにはこういうのもいいかなと思って練ることなく載せてみました。
兎にも角にも帰れと言われても、ミステリオは絶対に帰りませんから!

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