岩戸和浩、24歳。

出身は秋田。

身長は170センチ……というのはちょっとした見栄で、本当は169センチ。

体重はどうだろう、標準だと思うけど。

たまに忙しい時は、食事するのも忘れちゃったりしてよく怒られる。


自動車の整備工場に就職し、そこでメカニックとしてスカウトされた。

現在はオングストロームのメカニックとして、日々車と向き合っている。

まさに適職だと思っている。

たまに衝突はあるものの、メンバーともうまくやっている。


容姿についていえば、僕はメンバー達のように華やかさはない。

それは、昔から僕の個性として確立してしまっているもの。

それが嫌だというわけでもない、むしろのんびりした自分の性格に合ってる気がする。


そして、ここが重要。

桜の木に葉が茂るそんな現在、僕には大切な恋人がいるんだ。














Thanks 4.24















マンションの集合ポストの前で立ち止まり、自分の部屋番号のポストを開ける。

それは仕事から戻った時に、毎回行われる自分の行動。
今がまさにその仕事から帰ってきた時、というやつだ。

中には不特定多数のポストに投げ込まれているであろう、宅配ピザとかのチラシが数枚。
食べ物の写真を見た僕のお腹が、それに反応したかのように『ぐぅ』となった。

なんて単純なんだろう。
思わず僕は苦笑する。



「……あれ?」


他の郵便物を簡単にチェックすると、ダイレクトメールの中に葉書きが一枚。

男らしいゴツゴツとした文字で、僕の名前と住所が書かれていた。
何気なく裏返して目をやると、ツルツルとした葉書きの上半分に印刷されている写真を見て



「…ああ、そうかぁ」



僕の口から、いつの間にかそうこぼれていた。

中学時代の悪友、吉田からだ。
性格も違うし、家も近いわけでもなく、価値観も違った。
それでも、もしかしたらだからこそ、惹かれあっていたのかもしれない。

秋田を離れこっちに住むようになってからは、疎遠になってしまい
成人式の後にクラスメイトと集まり飲みに行った時に会ったのが最後だ。


僕はその手紙を目にしながら、エレベーターに乗り込んだ。



感情がタイムスリップしてしまったように、あの過去のほろ苦い感情を呼び起こす。
















「岩戸くん、…工業高校受けるって本当なの?」











平々凡々とした僕にも、過去、恋というものが存在していた。




少し寂しげな、女の子の表情。

肩まで伸びた真っ直ぐな黒髪が、サラリと揺れるのに僕はいつも目を奪われていた。

同じ部活動、三年になって同じクラスになって親しくならないわけなかった。

女の子に免疫のない僕が、彼女を慕う事は簡単だった。



「うん、推薦受ける事になって今先生と話してたんだ」

「そう…なんだ」


「川嶋さんは東高だっけ?確か吉田もそこ受けるっていってたな」

「…………」

「あいつ実は方向音痴だからさ、試験の時連れてってあげ…」

「私、…岩戸くんの事が……好き」





寂しげな、川嶋さんの表情が、真っ直ぐに僕を見つめる。

彼女の気持ちは嬉しかった。



けれど、その半面苦しくもあった。


もしかしたら苦しみの方が勝っていたのかもしれない。

どうせなら、いっその事片思いのままで、綺麗なままで終わらせたかった。







『なぁ、カズ。川嶋って好きな奴とかいるのかな』


校庭にある花壇の水やりをする僕に、サッカーのユニフォームを着た吉田がやってきて
地べたに腰を下ろし、スパイクについた泥を落としながらこちらを見ることなくそう呟いたのを思い出す。


『……さぁ、どうなんだろう』


そう返事をするのが精一杯だった。
自分の感情がどこへ向かっているのか分からないくらい動揺した。


『そっかぁ…』


全てをオレンジ色に染める夕焼けの中で、吉田が彼女に向ける視線の意味を知った。
思えば、吉田は以前からそんな目をして彼女を見ていた気がする。


もしかしたらその時点で、僕の恋はもう終わってしまっていたのかもしれない。











「ありがとう。でも…僕は川嶋さんの事…友達としか思えない」




だから、ごめん。

外した視線を彼女へと戻すと、寂しげな表情が一層増していて胸がズキンと痛んだ。


僕の特別な感情はきっと知られていないはずだ。

誰にでも優しい『岩戸くん』が
争いを避けるたびに創り上げられるいい人の『岩戸くん』が

こんな所で見事に役に立ってくれた。





「ううん、いいの。伝えたかっただけだから…聞いてくれてありがとう」









彼女が必死に取り繕った笑顔に、僕は甘えて何事もなかったように卒業した。

















全然成長してないよな








葉書きを眺めながら、あの頃の少し切ない思い出を今と比べて、僕は思わず苦笑する。

色んな事をモヤモヤと考えて自信をどんどんとなくしてしまうどうしようもない自分。

に対しても、以前同じような態度をとった事に気付かされ、切なくて胸が苦しくなる。







傷ついた川嶋さんを見て、生まれたのは人を傷つけた罪悪感だった。





傷ついたを見て、生まれたのは苦しみもがくほどの後悔だった。







僕自身が幼かったという事よりも、その違いが想いの違いで、行動の違いで

その結果に至ったんじゃないかと、今なら何となく分かる。



あの時、川嶋さんと付き合っていたとしても、きっと関係は続かなかったと思う。











「お帰りなさい、カズさん。」





玄関の扉を開けるとキッチンからパタパタと可愛らしい音をさせて

小走りにが僕の元へとやって来た。



「ただいま、さん」



部屋からは、暖かく美味しそうな匂いがして僕の鼻とお腹を刺激した。





「カズさん誕生日おめでとう」


待ちきれずウズウズとしたが、耐え切れないといったように僕にそう告げて笑う。


靴を脱ぐ間も惜しくてピザのチラシもダイレクトメールも、吉田からの手紙も握り締めたまま

柔らかく温かいを抱き寄せた。









「……ありがとう。」












ありがとう、君と出会えた事


ありがとう、見つけてくれて


ありがとう、好きになってくれて


ありがとう、君を傷つけたこんな僕を諦めずにいてくれて


ありがとう、愛を受け入れてくれて


ありがとう、そこにいてくれて










『俺達、結婚しました』


そう書かれた葉書きの中で幸せそうな吉田と川嶋さんの笑顔。

タキシード姿の吉田は、まるで子供のようにはしゃいでピースをしていて
その隣で真っ白なウエディングドレスを着た川嶋さんは、とても綺麗だった。


それはとてもちぐはぐで可笑しかったけれど、誰よりもお似合いだと心からそう思った。








さん、今日は泊まっていけるんだよね」



体を少し離して、僕はの顔を見つめる。



「うん。お世話になります」


ニッコリと微笑んで、僕に全てを許すに目頭が熱くなった。



きっと、僕だけじゃなくて、皆、苦しかったはず。
誰でも傷つくのが怖くて、それでも足掻きながら幸せになるために一歩を踏み出す。








「すごく嬉しい事があったんだ。」



「ほんと?どんな?」



「うん、あのね……」






真っ直ぐに幸せになる道なんてなくて、時には人を傷つけたり失敗したりして







僕は、君にたどり着けた。
































あとがき
えーさんの出番少なくてごめんなさい^^;
ちょっとカズさんの過去を書いてみたいなと思ったら止まらなくなって
誕生ドリでもなんでもないのですが無理やりこじつけてみました(笑)。
カズさん誕生日おめでとうというより、カズさんに出会えてよかったという
そんな気持ちでいっぱいです。

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