縛られた手首の痛みを感じる神経さえどこかへいってしまって


は強張った体で呼吸をするだけ


それが、精一杯だった。










Red zone









ひとつ息を吸うたびに、目頭が熱くなって
ひとつ息を吐くたびに、瞳に溜まった涙が溢れそうになる。

何度かそれを繰り返すと、は我を取り戻すために
ホテルの一室で今自分を押し倒し、覆いかぶさっている慧をキッと睨みつけた。

一瞬でも気を抜いたら、負けだ。



ベッドがギシッと軋む音を立てた。



「ネクタイって、こんな使い方もあるんだね。やっぱりは、思いもよらない事で僕の固定観念を打ち破ってくれる。」

「慧、これほどいて。」

「ほどいて欲しいの?縛られてる間は随分大人しかったみたいだけど。」

「そ、それは慧が…。」

「僕が…何?」

「…………。」

「言ってごらんよ。体中愛撫されて、感じるのに夢中で、それどころじゃなかった…ってね。」



自分の意思とは関係なく、慧の唇に、手に、体に素直に反応してしまう自身が憎らしかった。
力で敵うわけなどない、だったら言葉でどうにかするしかない。
混濁しそうな意識の中、は誤解を解くために 慧の理不尽な行動を阻止するために、真っ直ぐに彼を見つめて口を開いた。


「自分だって…、たくさんの女の人に囲まれてたじゃない。」

「覚えてない。」


自由を奪われてもなお、これ以上近づかれぬように、慧の胸をその両手で必死に押しとどめていると
慧は即答しながら、自らが縛り上げたの両手首を掴んだ。
そしてそれを頭上へと持ち上げると、その体同様にベッドに押し沈めていく。
一瞬、互いの視線がその行為によってはずされたが
何で自分だけがと納得できないは、再び慧を睨むように見つめた。


「そんなのずるい!私、悪いことなんかしてない。あの人は伊達さんの知り合いだったの。」

「……ねぇ、。こんな格好している時に凄まれたって、いやらしいだけだよ。」


もう交渉などする気はない。
慧に、そう言われた気がした。
真意を解く事さえ拒まれてしまったら、一体どうしろというのか。

不安げなの瞳が、慧の心に深く突き刺って
慧はその痛みをごまかすように、の唇に自分のそれを押し付けた。

その唇の感触に、熱に、浮かされてしまうのはとても簡単な事。

もっと

もっと

慧自身、この際限がないんじゃないかという欲をあざけりたかった。
けれどそれとは裏腹に、熱くなる体が止められなくて
一体何が原因だろと、もうどうでもいいような気さえしてくる。


「僕が、会場で、…何を考えていたか分かる?」


そう言って頬を優しくなぞる慧の指先が、ゆっくりと移動しながら首筋を撫で止まる。
の首にかかっているドレスの紐を、悪戯するように触れながら
慧は、目を細めて冷たく微笑んだ。


「この首にかかっている紐をほどいたら、の体があらわになるんだ…。」


静まり返った部屋に、シュルリとその紐をとく音が響いた。
立っていればそのまま、重力にしたがって落ちてしまったであろうドレスも
さすがに横たわった状態では、ほどかれる以外の状態にはならなかった。


「そこから全てを剥ぎ取って…、体中に僕の跡を残して…。」


慧は自分の言葉通りに、のドレスを半ば強引に下げて胸の膨らみを目の前にさらし
先ほどすでに付けた所有の痕を、慧は満足そうに眺めている。


「…っん…やぁ…っ。」

「…こうやって触れると、の顔が快感に歪むんだ。」


慧の声がこれから起こる事態を想像させながら、どんどんとの思考に進入してくる。
そして胸の膨らみを男らしい手のひらが
飽きることなくまさぐって、はたまらず目を閉じた。
目を閉じた事によって、より研ぎ澄まされた神経が敏感になり
慧は自分にだんだんと支配されていくを、得意げに眺め耳元で再び囁く。


「そして、最後には僕が欲しい、僕が欲しいって…せがむんだろう?」


胸を愛撫する手の動きを止めることなく、慧は言葉で攻め続け
の心は、抵抗できない体がどんどんと熱くなる事でほぼ傾きかけていた。


「……っそ、んな…こと…。」


自分はそんなに信用ない人間なのかという悲しみと
愛する恋人の嫉妬という独占欲に縛られる甘い喜びが
見事に入り混じっては揺れる。

すでに睨む事すらできずにいるのドレスの裾をたくし上げて
あらわになった下着を、慧は素早く剥ぎ取った。
すかさず敏感な部分に手を滑り込ませると、すでに熱く潤んだに優越さえ湧いてくる。


「やっ…はぁん…っ。」

「…、いつからこんなふうになってたの?」


その熱い透明の蜜を指に絡めると、部屋にクチュリと水音が響き渡る。
慧は答えを待つように、わざと中心をはずすようにその周辺を幾度となくなぞっていく。

疼きに耐えられず直接触れて欲しくて、は瞳に涙を溜めながらすがるように慧を見つめる。
快感と羞恥のせいで言葉を発する事をしないを見つめ返すと、慧は『…いつから?』と再び口を開いた。


「…け、いっ、…おね…が…い。」

「じゃあ、答えて。いつから濡れてるの?…あの男と話をしてる時からかな?」

「ちがっ…、んっ…エレ…ベーターに……、け…いと…のっ…て…から…。」

「そうなの?僕のせいなんだ…、なら…責任とってあげなくちゃね。」


乱れた息で必死に言葉を紡ぐに、慧は嬉しそうに微笑んだ。
その優しい笑顔をいつまでも見ていたかったけれど、次の瞬間の体に次々と快感が押し寄せてくる。
慧の手が、指先が、の蕾に押し付けられ執拗なまでに攻めたててきて
はその動きに翻弄されながら、絶え間なく嬌声をあげる。


「慧…っ、も…う、ダメ…。」

「いやらしいね…。ここを指で弄られるだけでイキそう?」


慧は指の動きを止めるどころか、一層激しくさせ
続けざまにの耳元で『いいよ、イってごらん』と甘く囁いた。

慧の指に、言葉に従うように、は耐え切れず体を硬直させて甘い声をあげた。



脱力した体で余韻を楽しむような、うつろなの目の前に慧の顔が映し出され
静かに唇が重ねられた。

の痺れた体が感じ取れるのは慧の唇の熱さだけ



けれど次の瞬間、唇が離されたと同時にの両足の間に体を置く慧が
カチャリとベルトを外し、高ぶった自身を中から取り出して
間髪をいれずに、の中の最奥まで一気にそれで貫いた。


「…っい、やぁ…けい…っ!」


すでに達した体に衝撃が走って、たまらずは叫び声のような声で嫌悪を示した。
けれど、それから逃れようとも強く腰を押さえつけられてどうしようもない。
むしろ、その身をよじらせる行為自体が、慧の攻撃性を生み出して
根元までしっかりと交わった部分を掻き回すような動きが、より鋭く荒々しくなるだけだった。


「…言った、はずだよ。…っはぁ、これは…お仕置きだって。」


を組み伏せる慧の表情が快感に歪んで、腰を押し付けてくるたびに口から熱い息がこぼれる。
意識を失いそうな中でそれを見上げたは、自分の体で悦んでいる慧に新たな快感を覚える。

たまらず腰を浮かせて、慧の動きに合わせると、慧がニヤリと口元に笑みを浮かべた。




その時突然、どこからか機械的な音が軽快な曲にのせて部屋に鳴り響いた。




それが慧のジャケットの中にある携帯電話の着信音だとが理解する頃には
すでに慧は内ポケットからそれを取り出して、相手を確認している所だった。

まさか、でるわけないだろうと高をくくっていた
慧は『静かにするんだよ』と言いたげにの腰から手を離し、その人差し指を立てて唇に垂直に付けた。




「もしもし、カズか?」


慧の言葉に体を硬直させるの中を、楽しむように軽くゆっくりと味わいながら見下ろすと
必死に声を抑えながら目をギュッとつむるの顔がある。


『加賀見さん、すみません、今大丈夫ですか?』

「ああ…、どうした?」


の態度が少しつまらなくて、慧は片方の手でのまぶたを優しくつついた。


『二次会の件で確認したい事があるんですが…。』

「そうか、店の件なら例の店を予約してあるから…。」


その指先の冷たさに反応してが目を開くと、慧の優しい視線とぶつかる。


『それで、時間の方は?』

「それも、…当初の予定通りで問題ない。」


艶めいたの表情に背筋がゾクリとする。
慧は愛しそうにの唇を指でなぞると、それに反応したの唇が甘い息を吐き出すために開いた。
すかさずそこに指を挿しいれて口内をも犯していく。


『そうですか。さんは一緒にいますよね?』

「ああ、大丈夫だ。」


その指に従いながらは、歯を当てないように注意して舌先で何度も触れた。
その行為にたまらず慧は指を離し、の唾液で濡れた指で胸の膨らみを揉みしだいた。


『伊達さん、仕事入っちゃったみたいで彼女にって、預かっている物があるんで。』

「…わかった。そろそろ、…二人でイケると思うから。」


だんだんと腰を強く打ち付けてくる慧の動きと、少し笑うように発された言葉に
は恥ずかしさのあまり身をよじらせた。


『それじゃ、またあとで。』

「ああ、わざわざすまなかった。」


会話を終了させ電話を切るために、耳からそれを離そうとした瞬間
付け足したい事があるのか言いにくそうな声が慧に耳に届いた。
不思議そうに『どうした?』と聞き返すと、呆れたような恥ずかしそうな声が慧の耳に入ってくる。


『これから…まだ集まりがありますし、あまり無茶はしないであげてくださいね?』


その言葉に慧は思わず息を止めた。


『…それと、あんまりイタズラが過ぎると嫌われちゃいますよ。』


そして、付け足された言葉に思わず苦笑する。
電話の向こうの主は今、こちらがどういう状況か大体理解しているようだった。


「…そうだな。極力…、努力はしてみるよ。」


慧は和浩の言葉に、何故だか気が楽なった気がして電話を切った。
密着させた体を必死に耐えているに、愛しさが込み上げてくる。


「お待たせ、。」

「…っはぁ…、慧ぃ…もっと、け…い…。」


無意識に自分の名前を口走るを見つめて、慧は思わず罪悪の念にかられた。
縛り上げたネクタイをほどくと、驚きで開いたの目に溜まった涙が今にもこぼれそうで、慧はたまらずまぶたに口付けた。


「背中に…手を回して、僕につかまって?」


そう優しく囁く慧に手を伸ばすと『もう限界』と呟く慧の体が激しくを打ち付けた。
互いの体を強く抱きしめあうと、耳元に熱い吐息を感じて切なさが押し寄せる。

散々腰を打ち付けて、慧は今自分がどこにいるのかさえも忘れそうなほどに溺れ
揺すり上げられてもう逃げ場のない体を、は慧にしがみ付く事で繋ぎ止めて喘ぐ。


「ん…はぁっん…。け…い、わたし…、も…うっ。」

「…イキそう?…いいよ、いつでも。の中…っはぁ、最高…。」


熱のこもった慧の言葉には内壁を締め上げて、体を仰け反らせ意識を飛ばす。
それを確認すると締め付けるに促されるように、慧自身も高みに上り詰めそのまま中に精を放った。













気を失っていた事に気が付いては横たわったまま虚ろな目で慧を探すと
ベッドの脇に座り込んでいる慧を見つけた。
思いのほか近くにいてくれた事に安堵する。

けれど、振り返る事のないその背中が妙に苦しそうで、切なさが胸に襲い掛かってくる。


「…ごめんね。」


辛い事をされたのは自分の方かもしれないけれど
あの、凍るような瞳も、悲しそうな表情も、もう見たくなかった。
再び私を見つめる慧が、両者でない事を祈ってはそう呟いていた。


「…気が付いた?」

「……うん、私…。」

「大丈夫だよ、まだ5分位しか経ってないし。それより…。」

「ん?」

「なんで、…謝るの?」


先ほどの祈りは全くの無駄というくらい、慧の瞳は悲しみに染まっており
原因は全て自分にある事思い知らされて、の胸は激しく痛み出す。


「だって…、私、慧を傷つけた。」

が、…が謝る事じゃないよ。」

「でも…、私。」


は目線を同じ高さにして話したくて体を起こすと、そのまま慧に体を引き寄せられた。
縛られた痕などないの手首を見つめながら、慧は『ごめん』と呟いた。

抱き寄せられた慧の温もりにもっと触れていたくて、は慧の胸に顔を埋めた。
結局、手首に痕が残る事のないあの行為が、慧の優しさだと思えたし
なんだかんだ言っても慧に愛される事に、喜び望んでいたのは自分自身だった。


「嫌じゃなかったよ。…慧の事、…好きだから。」


今、言わなくてはならない。
そんな気がして、は恥ずかしさで紅くなった顔を隠すように慧の胸でそう呟いた。
滅多に聞かれないその言葉に、慧は体を硬直させての気持ちを受け止める。


「…ありがとう。……僕も、愛してる。」


じわじわと伝わってくる胸の温もりに、慧は思わず溶けてしまいそうになりながら答えて
そんな優しい慧の声を聞いたは、再び祈るように慧の顔を覗き込む。




そこには、まだ少しバツが悪そうだったけれど、愛しい、最愛の恋人の微笑があった。




静かに気持ちを伝えるように、ただ抱きしめあう二人は


レッドゾーンを振り切って


もっと深い場所に足を踏み入れて…



今、進み出す――。




あとがき
お待たせしすぎてお待たせしました〜(汗)。
え?慧さまがヤラシイ?激しい?しつこ過ぎる?
おほほほほほほほほほほ。
散々待たせておいてこれかよ!なんて、皆様がご気分を悪くなさいませんように(祈)。

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