PRINCE OF A CAR 和浩編 「その手、離してあげて?」 救いの神が来た! 後ろから聞こえてきたカズさんの声に安堵する。 けれど振り返ったそこには、いつもの暖かい笑顔はなかった――。 いつだったか、膝を擦りむいて中沢さんに手当てしてもらったことがあった。 その後、『大丈夫か?』と心配してくれた中沢さんと私のやり取りを、 ただ静かに……カズさんはじっと見つめていた。 今のカズさんも、まるであの時と同じ表情だ。 全ての感情を押し殺すように静かで、そしてそれが余計に怖い……。 このまま突き放されてしまいそうな感覚に襲われる。 「な、なんだよ、あんた。」 この空気に男は少し驚いたように、つかんでいた腕を解放した。 それでも、私の腕にはまだ強くつかまれた嫌な感触が抜けきらない。 「嫌がってるみたいだし、こういうことはやめた方がいいよ。」 カズさんは、優しく男を諭すように笑顔を見せる。 でも、瞳の奥は全くそれと逆で……激情が見え隠れする。 いつもの陽だまりのような暖かさのない、冷淡な笑顔。 よほど鈍感な人間じゃなければ、怯んでしまうだろう。 この男のように。 「だ、だから、なんなんだよ。関係ないだろ?」 「関係あるんだ。だから彼女のことは諦めて欲しい。」 「……はぁ!?」 「僕は、あまり争いごとが好きじゃない。 この後レースもあることだし、今ここで引き下がってもらいたいんだ。」 「…………。」 「頼むよ。」 そう言って、非のないカズさんが男に頭を下げた。 何が起こるか予測できないような空気と、 誠実な態度のカズさんに、男はうろたえる。 まるで、神に見つかり光をあてられた敵対者。 涙がこみ上げてきそうなくらい、心を打つ。 全てを浄化してしまいそうなほど、純粋で優しい彼に。 同時に言葉が出なくなるほど、胸がつまる…。 穏やかさの中に激情を生み出してしまったのは、私だということに。 「彼女はあんたの……?」 「…うん。とても…とても大切な人。だから……悪いけど。」 真っ直ぐに男と向き合うカズさんは少しの間視線を絡め合う。 「……ちっ、なんだか争う気にもなれねぇよ。重すぎ、バカバカしい。」 あれほどしつこかった男は、あっさりとそう吐き捨てると私達に背中を向けた――。 『行こうか。』そう言うとカズさんはピットに向かって静かに歩き出す。 つられて私も歩き出すけれど、カズさんは私に顔を見せてくれない。 男の最後の科白が気に障ったけれど、そんなことよりカズさんの態度が気に掛かった。 「カズさん、ありがとう。」 隣に並んで歩きながら、彼の横顔を見つめ様子をうかがってみる。 「ああ…うん。」 カズさんはそう短く返事をすると、視線に気がついたらしく逸らされてしまった。 ズキン ……胸が痛む。 私…、呆れられちゃったのかな? そりゃそうだよね…。 自分自身のことすら一人で解決できない。 いつもカズさんに甘えてる。 静寂を抱えたままうつむく。 いつもなら心地いい静けさが、今日は胸に突き刺さる……。 ピットに着くとそこにはメンバーの姿が見当たらなかった。 キョロキョロと周りを見回す私に気がついたカズさんは 「多分、加賀見さんと航河は本部の方へ行ってるんだと思う。疾斗は買出しに出てるよ。」 そう言って奥へと進んでいった。 彼のその背中を見つめていると、切なくなって胸がズキズキと痛む。 「迷惑…かけてごめんね?いつも甘えてばかりだよね私。」 「……え?」 私の言葉に振り返ったカズさんは、やっと私のことを見つめてくれた。 それでも、胸の痛みは消えてくれなくて、手が震える。 「私、もっと…ちゃんと…するから…、一人でも…。だから、こっち…見て?」 ワタシヲ、キラワナイデ 言葉にできない言葉を胸の中で唱えると、目の前がにじんでいく。 『ちゃんとする』なんて言ったくせに、もう涙がこぼれてしまいそうで 今度はそれを隠すために、私が視線をはずした。 「違うんだ。」 そう聞こえたかと思うと突然衝撃が走って、気がつくと私はカズさんの腕の中にいた。 「ごめん。…さん、傷つけちゃったよね。違うんだ、ごめんね…。」 カズさんは、私の耳元で何度も『ごめんね』を繰り返す。 その腕が、しっかりと私を包み込んで その手が、優しく私を撫でて その声が、深く私に響いてきて その身体が、温かく私を守ってくれる。 胸の痛みと同時に、鼓動が激しくなる。 「カズ…さん。」 「ごめん。僕、嫉妬でものすごい嫌な顔しちゃってるから…。」 「……え?」 「抑えてもダメで…。だから、さんに顔見せられなかったんだ。」 「な…んで?」 「嫌われちゃったら困るから…。」 「そんなっ…そんなわけない。嫌いになんかならないよ。」 「……僕は、誰に何と言われようと、絶対に離さないから。」 切ない表情で私を見つめるカズさんは、両手で私の頬を優しく包み込む。 暖かい感触に安堵して溶けるように、私は目を閉じた。 好き、と言う代わりに彼の背中に腕を回す。 この気持ちはちゃんと伝わっているだろうか。 ついばむように何度も触れてくる唇が、彼の答えで そして、それは次第に深く激しさを増していく。 熱い口付けから解放された頃には、 私の呼吸は乱れきっていて、カズさんに支えられている状態。 「もうすぐ皆が帰ってきちゃうから…、残念だけど続きはあとでね。」 嬉しそうに笑うカズさんを、夢見心地の中で確認してホッとする。 そして私自身も、心のそこから愛しげに笑顔を見せた。 私が今日ずっと見たかったのは、この笑顔なんだ。 そう思いながら――。 あとがき 何だかすごく重く(気分が)なっちゃったYO! ドリームにほとんどなっていないし(汗)。 ここ最近リアルな日常に疲れてしまって こっちの文章までくたびれてしまった感じです(笑)。 また頑張りますので、よろしくお願いしますね。 ←BACK |