PRINCE OF A CAR 疾斗編 「おい!こらっ、てめぇ!」 ドスのきいた声が私の背中に突き刺さる。 私は何も悪いことしてないけれど、思わず背筋を伸ばし身を固めてしまう。 だ、だって… 疾斗の声が怖い…。 元気で、明るくて、お調子者で、甘え上手で それでいて、人一倍、繊細で傷つきやすい……。 疾斗の声には、怒りの中に私に向けられる疑いの感情も混ざっているような気がした。 「疾斗…。」 私の腕をつかんでいた男の手を、疾斗は強引に離すと 『何だよ、こいつ』と私を見ながらそう言った。 私自身、この人はいったい何なのか聞きたいくらいで… 「えっと、何なん……だろうね?」 はぁ〜…。 私の間の抜けた回答に、疾斗が大きなため息をこぼした。 呆れられたのは悲しいけど…よかった。 疾斗の顔から少し冷静さが戻ってきたように見えたから。 「こいつ、俺の彼女なんだけど何か用?」 疾斗は男の方へ向きなおして改めて男に質問する。 「ああ、やっぱりそうなの?俺は、今彼女をデートに誘ってたんだよ。」 男はわざと挑発するように薄ら笑いを浮かべている。 ……疾斗の手は自分の感情を押し殺す代わりに、ぎゅっと強く握られていた。 「悪いけど手放す気ないんだよね。っていうか、ビシッと断れよな?」 「2、3回くらい…4回だったかな?こ、断ったんだけどね……。」 …………。 一瞬、間が空いたかと思うと『へぇ〜』そういって疾斗は男をキッと睨みつけた。 私の言葉を聞いて、私の表情を見て 疾斗は私のことを全て分かってくれたようだった。 ところが、くっくっくと口元を押さえながら男は笑っていて、 私に目を向けながらとんでもないことを口に出してきた。 「ねぇ、君、こんなガキと付き合ってるの? こんな奴よりも俺の方がいい思いさせてあげるよ?」 「んだとっ!てめ……えっ!?」 パチーンッ!!! 言葉よりも先に、疾斗の怒りより先に 私は、男の頬を思い切り平手打ちしていた……。 その果てしない勘違いが許せなかった。 走行会とはいえ、レース前の人間がわざわざ挑発してくるのが許せなかった。 そして何よりも、疾斗を見下した態度が許せなかった。 「その言葉、取り消してください。あなたは彼の何を知っているって言うの?」 見据えた先に映るのは、 打たれた頬を手で押さえて呆然とした情けない男の姿。 「大体、……っきゃ!?」 付け加えようとした言葉は後ろからの衝撃と締め付けによって阻止され 変わりに聞こえてきたのは疾斗のはしゃいだような声。 「ん〜っ!、カッコイイ!!」 そう言って抱きしめながら、すりすりと頬ずりをしてきた。 こ、この状況でこの人は……。 「こういうコだったのかよ…」 男は周りから注がれる好奇の目を気にしながら、 ばつが悪そうにそう言い捨て去って行った。 「そうそう、俺の前だけなんだよね。カワイイ声上げんのも顔するのも。じゃあね。」 去って行く男に聞かせるためなのか、私に聞かせるためなのか分からないけれど 疾斗はそう言って私を抱きしめていた手をひらひらと振って見せた――。 そして、二人で手をつないでピットへと歩き出す。 人のまばらになっている通路に来ると、私は緩んだ感情が溢れ出てしまう。 「…?どうした?アイツになんかされたのか?」 優しい疾斗の声に、私は首を横に振って 『だって…悔しいんだもん』そう言うと涙が止まらなくなって…… よしよし、とまるで小さな子をあやすような疾斗の腕の中で少し泣いた。 レーシングスーツの疾斗に抱きしめられるのは何だかいつもと違った感触で 彼の身体からはわずかにオイルの匂いがした。 でも、私の涙をぬぐってくれる手はいつもと同じで暖かくて 優しく何度も触れてくる唇はいつもより熱い気がして 『やべぇ…止まんなくなりそう』という疾斗の瞳はいつもよりも潤んでいて…… しばらくの間、私たちは二人だけの世界で抱きしめあった。 何かを確認するかのように――。 「なぁ、……。」 「何?」 「今日レース終わったらデート……してくれるよな?」 「もちろんだよ!」 「あの…さ。」 「……?」 「夜、覚悟しといて。俺、今日めちゃくちゃ興奮しちゃってるから。」 「……え。」 「…のせいだぜ?」 少し照れたようにイタズラっぽく笑う疾斗は 目の前に見えてきたオングストロームのピットに駆け足で入っていく。 おーいカズさーんと大きく両手を振っている疾斗の姿を後ろから眺めて 私は思わず笑ってしまう。 かわいく甘えてみたり 怖いくらいに真剣に怒ったり 調子よくイジワルになったり 急に熱く艶っぽくなってみたり そんな疾斗が大好きだ!私は、心の底からそう思ったんだ――。 あとがき お待たせいたしました!(汗) 疾斗編、一応思いついてノートに書き連ねてはいたのですが たまにはちょっと甘酸っぱい感じにしてみようかな?と思い書き直しました。 甘酸っぱかったかな?(´Д`;) ←BACK |