あなたと想いが通じ合って、私の心は何処に行ってしまったのだろう――。

彼との世界の違いを時々思い知らされる。

どんなに私があなたを愛そうとも崩れない現実。

今、目の前に映るそれに、激しい憎悪が次々とあふれ出してしょうがない。










想い人









「疾斗君これから一緒に食事にいかない?」

レース終了後のピットの中で疾斗の腕に絡み付く女の姿。




心臓が止まりそうなくらいの苦しさに手で胸を押さえる。
そして、私は二人に気付かれないように物陰に身を隠した。
本当なら隠れる必要はないはず、むしろ私の疾斗に近づかないで!
とその場に割り込むべきなのかもしれない。

けれど私には情けなく指をくわえてこの状況をうかがうことしかできかった。

そして、この場から離れられるほどの強さもなかった。





彼を疑ってるわけじゃない、ただこの現状で『信じる』なんて美しい言葉は
確実に私の脳内から排除されてしまい、独占欲というやっかいな感情が
嫉妬という名の憎しみを駆り立てて全てを支配してしまう。


「あのさー、俺カノジョいるんだよね。こういうことされるとメーワクだし。」

「えー、またまたぁ〜。たまには、彼女以外の子と遊んだっていいじゃん?私は遊びでも良いから。」

「……もっと自分を大事にしたほうがいいんじゃないですか〜。」

「えー?それより疾斗君に大事にされたーい。」




終わりの見えない会話に私は震える手を強く握り締める。



何でもっと突き放してくれないの?
どうして私以外の人にもそんなに優しくするの?


女に対しての嫉妬はみっともないくらいに疾斗への不満にすり変わって、
私をどんどん嫌な女に仕立てあげていく。









さんあなたこのまま黙ってるつもりなの?」






聞き覚えのある甲高い声に、私は思わずはっとしてその方向へ振りかえる。


カリナだ。


カリナは不満げな表情を浮かべて私をギロリと睨み付けていて、
腕を組んだその上には豊満な胸を主張させている。
スタイルの良さを際立たせる服装にも思わず見入ってしまう。



『返事くらいしなさいよ』と呆れた口調で言われ、私は慌ててスミマセンとお辞儀した。


「で?」

そんなことどうでもいい、という表情でカリナは話を先に進めようとすぐ隣に近づいてきた。


「えっと何のお話…」

「とぼけないで。あなたハヤト君の彼女なんでしょ?」

「で、でも…」

「まったく。あの女最近スポンサー契約したお偉いさんの娘らしいわ。
 よく来るのよ、しかも、ああやってベタベタベタベタ加賀見さんにまでちょっかいだしてるのよ。」

口調や態度は相変わらずだがカリナは私のことを心配してくれている様だった。
それに自分の想い人に対してまでちょっかいを出されてかなりご立腹の様子。

「カリナさん、心配してくれてありがとう。」

「なっ…、べ、別にそんなんじゃないわよ。私はただ手当たり次第なあの女が気に入らないだけよっ。」

テレを誤魔化すためなのかプイッとそっぽを向くカリナに少しだけ気持ちが和む。




「カリナさんは何かあの人に…?」

「…言わなかったわ。もし、私の一言で仕事に支障をきたしたら加賀見さんに迷惑かけるでしょ…。
 本当はビンタの一つでも食らわせてやりたいけど。」

「カリナさん…。」

「それを分かっててやってるあの女が余計ムカつくわ。」

そう言ってわなわなと手を震わせ、眉間にしわを寄せるカリナはやはり恋をする一人の女なのだ。
想いを寄せる男の仕事を理解しようと努力し、耐えている。

私は、不安の中にぽんと置かれてしまった中に
同じ気持ちを持っていてくれる人がそばにいてくれることで心強く感じた。
ただ、それによってあの女の人をどうこうしようとは思えないわけで
今の現状については、全く変化の及ばぬことなのだけれど。






「じゃ、行くわよ。」

「へ?」

カリナの言葉に私が情けない声を漏らすと、同時に突然腕をつかまれた。
見る見るうちに私の顔は青ざめて、その代わりにカリナの瞳は燃え上がるような情熱を映す。



い、嫌な予感がする。


ぐいぐいと引っ張るカリナの手をもう片方の手で押さえ、力ずくで止めようと足を踏ん張る。



「なっ…どこに行くつもりですか!?」

「決まってるでしょ。乗り込むのよ、あ・そ・こ・に。」

ニヤリと笑うカリナは、いかにも楽しそうに笑って
『だって、あなたとあの女の勝負が見たいんだもん♪』などと言ってのけた。










前言撤回。




そうだ、元来カリナはこういう人だ。
確かに恋をする一人の女でもあるけれど、
私のように現状にうつむいて立ち止まってしまうような人じゃない。
情熱的で真っ直ぐで、恐れずに立ち向かえる人。

きっと、悩んでいる私を見てほうっておくことが出来なかったのかも。
……いや、そんな私を苛立たしく思ってが正しいのか?



ああっ、そんなこと考えてる時じゃない。
こんなにバタバタとしていたら疾斗に気づかれてしまう。



私は自分の唇に人差し指を垂直に置いて『シーッ!』とカリナに必死で訴える。

カリナは諦めたように両手を腰に当て『もう、しょうがないわね』とため息をついた。
しかしホッとしたのもつかの間、まだ疾斗と女が話しこんでいる方へ身体を向けると…。


「ハ・ヤ・ト・くぅ〜ん!」







自分の名を呼ばれた疾斗は、声の主が誰だか理解していたのか不機嫌な表情を浮かべてこちらを振り向いた。

「そうよね、何も私達があっちに行かなくてもいいのよ。カリナあったまいい〜♪」

疾斗の不機嫌な顔を気にもせず、カリナは自身のとった行動を絶賛している。



!」


私の名を呼び小走りでよって来る疾斗。

見つかってしまった…、と私は何だか罪悪感を感じてしまう。
私は引きつった顔を何とか笑顔でごまかして、何事も無かったかのように見せる。


、悪いな待たせて。カリナにいじめられてないか?」

キラキラと輝くような瞳で私を見つめ、よしよしと私の頭を撫でてくる。




けれど、私の心は再びどんどんと曇り始める。
疾斗の肩越しで私をにらみつける女と目が合ったから。

女はこちらに近づいてくることもなく、すぐに私達に背中を見せ姿を消す。
ただ、私の中にわきだした感情をすぐに消すことはできなかった。






「ちょっとぉ〜!ハヤト君なんで連れてこないのよ!?」

「はぁっ?」

「な、なんでもない!カリナさん、それより時間平気なんですか?」


突然疾斗に食って掛かるカリナを止めようと、慌てて二人の間に入る。


「もうっ!カリナつまんなーい!帰る、さよなら!」



思い通りにいかない状況に、カリナはプリプリと怒りをあふれさせ
そして、挨拶する間も与えられないまま、ヒールの音を響かせて去っていってしまった…。




「なんだアイツ?」

私とカリナのやり取りを知らない疾斗は、不思議そうに私を見つめる。
『さ、さぁ…?』と言葉を濁す私に、疾斗はニッコリと笑顔を見せ
『ま、どうでもいいか』訳が分からないのはいつものことだと言うように追求をやめた。




「俺も着替えたら帰れるからさ。先に車で待ってるか?」

「分かった。じゃ、駐車場で待ってる。」



疾斗の言葉に素直に従ったのは、女を姿を再び見つけたくなかったから。
『はいよ』と渡された車のキーを受け取ると、疾斗はその手を優しく包み込んできた。

「どうした?疲れたか?」

私の顔を覗き込むように見つめる疾斗に、苦しみのやり場を失う。
私は『少しだけ』と曖昧に答えて、自然を装い触れられた手から離れた。

「じゃ、先に行ってるね。」

これ以上この場にいられないと思い、私は静かに微笑んでそう言った。
疾斗は少し納得できていないような表情で『ああ』とだけ呟くとただじっと私を見つめた。


私はその視線に全てを見透かされそうで、そそくさとピットの外へ出る。








けれど








激しい嫉妬はそう簡単には私を解放してくれそうになかった。

ピットの外の壁にもたれかかっている女を、タイミングよく見つけてしまう。

身体は血液が沸騰してしまったかのように熱い。
胸は棘が突き刺さってしまったかのように痛い。

だけど、この人だけにはそんな姿を見せたくない、絶対。
私は疾斗の彼女なんだ。
何もビクつく必要なんかない。

私はいたって冷静に、女の横を通り過ぎようと足を進める。



関係ない

関係ない

関係ない



確実に私を見下して見ている女に対して、頭の中で必死にそう唱える。






「ブス」






すれ違う瞬間、女にそう吐き捨てられた。




聞いていないフリをして、もつれそうな足を必死に前に押し出して歩く。
今時、そんな罵り方をするのは、子供くらいじゃないだろうか?
けれど、それは私の心を掻き乱すには十分で
全ての思考回路は停止し、さっきの情景と女の言葉をひたすら反芻し続けた。
















駐車場につくと、すぐに疾斗の赤い車を見つけ近くのフェンスに手をかける。
くやしくて、くやしくて、
その指にありったけの力を込め、ハラリと目にたまった水滴が地面に落ちた。

疾斗は、本当にカッコイイ。
見た目だけじゃなくて、内面も。
人懐っこくてその空気はとても居心地がいい。
初めて疾斗と逢った時だって、緊張した空気の中彼は私を救ってくれた。
私と同じように思う人はたくさん存在するだろう。

私はその度に自分の感情と戦わなくてはならないのかもしれない…。










。」



ガシャン
その声に驚いて、思わず震えた私の身体がフェンスを揺らした。


振り返ることができずにいると、静かな足音をならしながら疾斗が近づくのを感じた。




「何か……、言われたのか?」

「…………。」

、こっち向いて。」



ガシャン
ガシャン

『イヤ』と小さくこぼした言葉は、疾斗に腕をつかまれた衝撃に掻き消され
その代わりに、私はフェンスから引きはがされ、疾斗の力でクルリと身体を反転させられてしまった。


。」


優しく名前を囁く声にうつむくと『あの人とは絶対に何でもないから』
疾斗はそう言って、私の左右の頬を優しく包み込み、くいっと上げて視線を交わらせた。
真剣な表情が心配そうに私を覗き込んでいる。



「当たり前でしょ…。疾斗のバカ。」



涙声でそう呟き、疾斗の着ているシャツの裾をつかむと
『ごめんな』という言葉とともに抱きすくめられた。


疾斗も辛かったのだろうか?
私の様子を見て、その繊細で感受性の強い精神で痛みを取り去ろうとしてくれる。


「でも、どうして?」

「…いや、その、カリナに怒られた。」

「えぇっ!?」

「女心がわかってない!ってキーキーキーキーと…。」



……その情景を思わず想像してしまう。


そして、カリナの思いやりに痛めた胸が温もりで溶けていく。



「そ、それは、大変だったね。」

「ああ、鼓膜が破れるかと思ったぜ…って、おい、笑うなよ。」

「ご、ごめん。でも…くっ、あはは。」



疾斗は『よかった』と、つぶれそうな笑顔でそう言って再び私を抱きしめてくれた。



腕の力を緩め『よかった』ともう一度呟いて
私を見つめる疾斗の顔が少しずつ近づいてくる。


「は、疾斗…。」

公衆の面前でまさか…。

「キスだけだから。」

フェンスに身体を押し付けられ、息がかかる距離で疾斗はそう発する。

疾斗は片方の腕を腰に回してきて、
私の返事を待ちきれないかのようにぐいっと自分の身体へと少しだけ引き寄せた。

触れたかと思うと、口をこじ開けられ中に舌が進入してくる。
それに私の舌を絡めとられ、漏れる羞恥の声に疾斗は激しさを増す。
何度も角度を変え執拗な行為に、全身の力を吸い取られていく。


の…、お前のその…余裕のない、表情…たまんねぇ。」

唇を離さぬまま途切れ途切れにこぼす疾斗の声に、
そして、その度に聞こえてくるチュッというイヤラシイ音に、私は犯されていく。



唇が離れたと同時に乱れた呼吸を整えながら、目を開くと疾斗が潤んだ瞳で私を見つめていた。
私が、欲しくて欲しくて、しょうがない時の瞳。





視界の端に、何かが見える。
本当はもう、どうでもよかったんだけど

まるで身体が見てみなさいと言うように意識させ
私は少し離れた所にたたずむ人に目を凝らした。

思わず笑みがこぼれる。
それと同時に、私って嫌な女だなと自分の神経をあざける。



「疾斗…、さっきの人がこっち見てる。」

「……関係、ないだろ?」

「じゃあ、……もっと、して。」

「なん…だよ…。」

「疾斗。」


私は、背中に腕を回して疾斗の身体に擦り寄った。
遠目から見ても、もっと確実に何をしているか理解できるように。
少し意地になっているのかもしれない…。
私は『もっと、して』とせがむように疾斗を見つめた。


きっと、このレース場にいる人間の中でこれほど醜いのは私だけだろう。
そして、疾斗を一番愛しているのも私だけ。




「人がセーブしてやってんのに。……んなこと言ったら止められないからな。」


疾斗は鋭い目つきで私を捕らえると、熱い吐息を当てながら私の耳に甘く噛みついた。
その痛みに声を上げると、その唇は首筋へと移動し
熱い舌が私の首筋を這い、そしていくつかの場所を強く吸い上げてくる。

耐え切れず漏れる嬌声に、『声、出すなよ』と私の顔を自分の胸に押し付ける。
そして私の下腹部に、反応した疾斗自身を痛いくらいに密着させてきた。
そのカタチを身体が忘れるわけもなく、全身がゾクリと激しく悶える。

苦しさのあまり身体をのけぞらせて、力の入らない両腕で疾斗の胸を押し退けようとすると
その隙間から疾斗の手が私の胸に触れ、次の瞬間電気が走ったかのように身体が反応する。



「は、はや…とっ。ま…って。」

「…………。」

「もう、あの人…いなくなっちゃったみたい…だからっ。」

「……関係ないって言っただろ?」

「けどっ、これ以上は……。」

が挑発してきたんじゃん。」



「だ、だって…、お願い。」

「…………。」

「疾斗…。」

「…ま、しょうがないか。の声誰かに聞かれたら嫌だしな。」


悪戯っぽく笑う疾斗の瞳はまだ熱がさめきっていない。
不意に軽く触れるだけの口付けをされ、それでスイッチを切るように疾斗の身体が離れた。

「ごめん…ね、疾斗。」

みっともないくらい嫉妬して
我を忘れるくらい心を乱して
そして、それに疾斗を巻き込んでしまって。

眉を開いて疾斗は『別にいいよ、かなり嬉しかったし』と私の頭を撫でてくれる。
恥ずかしさのあまり、言葉が出ない。





でもきっと、私はもうあの女の人を見つけても狂気に駆られることはないだろう。
もし、そうなったとしても私には疾斗がいる。

疾斗が私をこうして包み込んでくれることが分かったから
私を想ってくれることを感じれば、なにものにも恐れない。

疾斗のことを想う誰かにとってはそれはとても残酷なもの。
けれど、呼び起こしてしまった感情は揺るぎない情熱へと変化し
誰にも、止めることなどできない。




車に乗り込むと『行くか』と微笑む疾斗が私の隣にいる。
低い音でエンジンがうなり出して、私達を運んでいく。


当たり前のことだけど、何だかそれがとても愛しくて…。


そして、それは私をいつも強くしてくれていたんだと気がついた――。














後日談


「ねぇ、さん。」

「あ、カリナさん何ですか?」

「あなた…、何をしたの?」

「へっ?」

「あの女、あれからぱったりと来なくなったのよね。」

「へ、へぇ〜……。」

「あなたが何かしたんじゃないの?」

「……っしてないですよ?」

「そう。…もしかして。」

「…………(ギク)。」

「カリナの美貌に恐れをなしたのねっ!」

「……そうですよ!きっとカリナさんには敵わないって思ったんですよ!!」

「な・る・ほ・ど・♪」

「うんうん!(ホッ)」







あとがき
あぁ…、無駄に長くなってしまった。
管理人、疾斗って何だか書きやすいので好きです。

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