「カズさ〜〜ん!お願い、駅まで乗せてって?」



サーキット場の駐車場で、カズさんと車に乗り込もうとした時
一瞬でカリナさんだと分かる声音が、私のすぐ後ろから聞こえてきた。


空に浮かぶ雲が、灰色に濁り激しく雨を降らせる

そんな、蒸暑い夕時の出来事……。


















水より深く


















仕事の時の衣装とも引けをとらない私服姿のカリナさんと、私とカズさんと。
これ以上雨に濡れないよう車に乗り込む。


「カリナ、車酔いしやすいの。前に乗せてね?」


どちらが前に乗るか後ろの乗るかはそれで決まり。
別に嫌とかそういうんじゃなくて、けれど、時々不安になる。

カズさんがカリナさんに見惚れてしまうんじゃないかとか
カリナさんがカズさんの魅力に気がついてしまうんじゃないかとか
本当に、…くだらない事かもしれないけれど。

それだけ、私はカズさんに夢中なんだ。




さん、これで体拭くといいよ。」


後部座席に乗り考え込む私に、カズさんが真っ白なタオルを差し出した。
まるで今考えていた事を見透かされてしまったような気がして、胸がドキリと跳ね上がる。
それを誤魔化しながらお礼を言ってタオルを受け取ると
同じようにタオルを受け取って髪や体を拭いているカリナさんが


「あーん、もう!ハズレるにも程があるわ、あの気象予報士!」


怒気を含めてそう呟く。

同時にカズさんは前に向きなおして
『この時期は夕立とか、多いからね』と相槌を打ちながらエンジンをかけた。
ただ、それだけの事に何だか妙な距離感を感じてしまって…。
ああ、もう、本当にバカみたいだ私。


三人を乗せ車は走り出し、徐々に車内に流れる風が冷えたものに変わり
不快な湿気を幾分取り除いてくれる。



濡れた体をタオルで静かに押さえて、私はシートに寄りかかり一息。

窓の外を見ると辺りはすでに薄暗く
いつの間にか灯っていた街路灯は、窓に張り付く雨の所為で幻想的に見えた。

それは駅に近づくたびに色とりどりのものに変化し、数を増していく。
少し、疲れが出たのか、体を動かす事が面倒でだるい。
そんな私に聞こえてくる雨の打ち付ける音は、まるで子守唄のように心地いい。












暫くして







ぼんやりと、ただ、見るともなく見ていた景色が動きを止め、カズさんの声が聞こえた。


「渋滞しちゃってるみたいだね。」


その言葉に従うように視線を前に移すと、見事に赤いテールランプが列を成している。


「この雨の所為ですかね。」


気だるさの残る体でそう呟くと、カリナさんのため息がこぼれるのを聞いた。
雨の音が心地いいなんてお気楽な事を考えていた自分が何だか申し訳ない。

苦笑いを浮かべて、何の気なしにバックミラーに目をやるとそこにはカズさんが映っていた。

正確に言うと、カズさんの目が。





最初は得したなという気分。

けれど、四角い鏡に映るその目は私の事をジッと見つめていて

私がそれに気がついた事を知ると、カズさんはニッコリと優しく微笑んだ。





……もしかして、カズさんはさっきから私の事をこうやって見ていた?




そんなポジティブな思考が頭の中で巡れば
爪先から頭のてっぺんまで、さっきまでのだるさも得した気分も、見事にどこかへ吹き飛んでしまう。



変わりに私の体にやってきたのは、気持ちの高ぶりと激しく打つ胸の震え。
カズさんにとって、私は特別な存在だと思わずにはいられない…。
突然の事に嬉しさと恥ずかしさが混じって…壊れてしまいそうになる。


右を向けばいつも、もっと近くにいるのに。
目を合わせればいつも、笑ってくれるのに。


カズさんに夢中になればなるほど当たり前だと思っていたけれど
私は、いつもこんな…、こんな魅力的な人の側にいたんだ。

改めて感じるそれは、まるで、再び恋に落ちてしまったかのように艶美で…。













「あーん!もう。全然進まなーい。」









パチン



苛立ったカリナさんの声に配線が切り替わったように、私はバックミラーから目を逸らした。
けれど、ショートしそうなくらいの熱は、内にくすぶったままでおさまらない。


「もうここでいいわ。すぐだし。」


カチャリとシートベルトを外しながら、再びカリナさんがそう言った。


「……えぇっ!もう行っちゃうんですか!?」


…思った事が口に出てしまった。
今、カズさんと二人にされたら、きっと私は緊張で爆発してしまう。


「……ちょっと、それってイヤミ?」

「ちちちがいますっ!ほら、近いっていっても、この雨じゃ濡れちゃいますよ?」

「そんなの、そこのコンビニで傘買うから大丈夫よ。」


「…そうですか。」



「それじゃ、ありがと。」


渋滞で止まったままの車から、カリナさんはヒラヒラと手を振りながら外へ出て行ってしまった。
コンビニに入るまで見届けると、静まり返った車内に二人だけだと、改めて意識してしまう。






……どうしましょう。








さん。」




カズさんに声を掛けられ、思わず胸がドクンと跳ね上がり体が揺れた。
それと同時に車に動きが見られて、体がユラユラと揺れているのはその所為だと思い込んだ。


「あのさ…。」


返事を忘れていた事に気がつき『ごめん!何?』と発して、私は固まりそうな顔を必死に前へ向けた。



私はどうして、こう学習能力が低いのだろう。

見てはいけないと思っているのに、一番に見てしまうのはバックミラー。
別に見ちゃいけないなんて事はないのだけれど…
そこに映るカズさんの目に釘付けになってしまう。

…もしかして私は今、カズさんに欲情している?




「助手席に移るならさ、ここだと危ないから。」

「…うん。」

「場所、変えるね。」

「…うん。」




『欲情』という言葉が頭の中に浮かんだと同時に、胸に湧き上がる

カズさんが愛しいという感情。




前方を見据えて車を進めるカズさんを、見逃すことなくジッと見つめると、それは確信に変わってしまう。






その真剣な眼差しが、ジリジリと私の胸を焦がして切なさが体中に広がっていく。










「…この辺でいいかな。」






どこをどうやってか、いつの間にか渋滞から抜け出た車は近くの公園の駐車場で止まり

私は、いったん車の外に出て助手席へと座りなおす。


いつもの心地いい静けさが、余計に胸をざわつかせ
まるで吹きつける雨が突き刺さるような、そんな錯覚に陥って息をするだけで必死になる。





「…濡れてるよ。」

「……え?」



息をこぼしただけのような、力のない声を出して私がカズさんを見ると
いつもの、あの優しい笑顔がすぐ側にあって


「…髪、濡れてる。」


再び優しい声が響いてきたかと思うと
ゆっくりとカズさんの手が伸びてきて、私の髪に…触れた。


息を止めて、行き過ぎるのを待とうとしたのだけれど、その指は私の耳をなぞり
その熱を感触を感じた私は堪え切れず、体を震わせた。

声を漏らすのだけは何とか堪えたのだけれど。




「…もしかして、気がついてた?」




飲み込んだ声の所為で、胸の高鳴り酷くなるばかりで
でも、そんな事関係なく、カズさんはそう問いかけながら近づいてくる。



「…僕が、さんに見惚れてた事。」




その姿に、こっちが見惚れて声すら出せずにいるというのに…

私の体を引き寄せて……カズさんは私に口付けた。



唇が触れたと同時にカズさんの腕に力が込められ、今度は体がシートに押し付けられる。
それでも角度を変えて触れ続けるカズさんの唇が離れたのは


ガタン



そんな音がしてイスの背もたれが倒れた時だけ。
そんなカズさんの口付けに翻弄され、朦朧とする意識の中
いつの間にか覆いかぶさるように私の上にいるカズさんの重みを感じれば、すぐに口付けが降ってくる。





「……ずっと。」


「……ずっと?」





口付けの合間にそう呟いたカズさんの言葉を、私は同じように口付けの合間に聞き返す。




「ずっと…見てたら…、欲しくなって…。さんの事、頭の中で汚してた。」




カズさんの声が体中に響き渡って、…どうにかなってしまいそうだ。




「その上、あんな…可愛い態度とられたら、……我慢、できなくなっちゃうでしょう?」




万物の根源は水と説いた哲学者もいるけれど


この雨より、水より深く沁みこんでくるカズさんが


私には何よりも心地よく優しく感じられてしょうがなかった。








「私も、…カズさんに見惚れてた。」









夕闇が濃くなる中で、降り続ける雨が窓に張り付いて見えなくしてくれるのをいい事に


心を奪われた私は、そう呟いて静かに微笑んで……。



私を包むカズさんの力強い背中に腕を回して、情熱を映す彼の唇と再び唇を重ねた――。




















あとがき
カウンタ13000を踏んでくださったアコ様に捧げます。
バカップルチック(そんな言葉あるのか)な感じになっちゃいましたがミステリオはいたって真面目です。
それはそうと、ゲームでカズさんにかぼちゃの煮物を差し入れに持って行った時
カズさんの「止まらなくなっちゃうよ」発言に間違った妄想を膨らませた人は
挙手をお願いいたします、手を上げたさんはミステリオの仲間ですよ(´Д`;)ハァハァ

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