君はかわいい×××







本日の勤務を終えて、私は会社を出るといつもの駅へと向かう。
けれど、今日は電車に乗らずに通行の妨げにならない場所で立ち止まる。
腕時計に目をやると約束の時間にはまだ余裕があった。
普段は通り過ぎるこの街を少し眺めるのも悪くない。
そう、思った時


さん?」


喧騒の中から私を呼ぶ声がした。
振り返った先には同じ会社の先輩の姿。
ああ、しまったと思った。
しまったというか、面倒くさいというか…、とにかく、もっと人目に付かない所で待っていればよかったかもしれない。
何故って、先輩は…彼は、合コンマスターとあだ名を付けられるくらいナンパな人だから…。


「やあ、さん!何してるの?」

「……ちょっと、人と会う約束がありまして。」

「そうなんだ〜。友達?俺、これから合コンすんだけど、どう?」

「いえ、遠慮しておきます。(人と会うって言ってるだろ!というかやっぱり合コンですか)」

さん、最近かわいくなったって評判でさ、来てくれたら人気者になれるよ〜。」

「……はぁ。でも、すみません。これから約束があるので。」


……いっその事、汚い言葉で拒否してしまおうか。
いや、…今後の仕事にも差し支えるし、笑顔でこの場を去ろうか。
どちらにすべきか。
私は相変わらずの引きつった笑顔の裏で選択に悩む。


そんな事をしているうちに、日の沈みかけたロータリーに白のFCが現れてしまう。
約束より5分も早い。
目を惹くのはその車だけじゃなくて、中から出てきた慧にも注がれる。
ただでさえヤキモチ焼きな慧なのに、こんな現場を見られて誤解なんかされたくない。


『失礼します。』そう言ってその場を離れようとしたのだけれど
全くこちらの事情などお構いなしに、先輩が私の手に何かを握らせた。
ハッとしてそれを見ると、メールアドレスが書いてあり『メールちょうだいね』とニッコリと笑った。


「なっ、受け取れませんよ!」


私は、心の中で出来るわけないだろ!とツッコミながら、慌ててそれを付き返す。
こんな所、慧に見られたら本当に誤解されてしまうじゃない。


?お待たせ。」


ほら…、もうこんなに近くまで来てた。
私は慧の方へクルリと振り返って困ったような嬉しいような顔をして見せた。


「慧。」

「えーと、こちらの方は?」

「あ、こちら、会社の先輩の山田さん。ちょうど今ここで会ったの。」

「そうなんだ。どうも、がお世話になっています。」

「…慧、そろそろ行こう。」


穏やか笑顔を見せ軽く会釈した慧の腕を軽く引っ張る。
今会ったばかりなのに、そろそろって言葉もないだろうと思ったけれど、早く離れたかったから。
慧は頷きながら、大人の余裕を見せるかのようにニッコリと先輩を見て、私の肩を抱き寄せた。

……え、私、抱き寄せられた!?


「そうそう、君にひとつ忠告。気の乗らない女性を無理に誘うのはよくないよ。」


慧の手がぐっと力を込めて私を引き寄せる。
その体温を感じるだけで私の胸は壊れそうなくらい脈打っているというのに…。
もしかして、…これは 見せ付けるというヤツですか。
優しい表情で毒を吐く慧を見て、先輩は口をポカンと開けたまま固まっていて
そんな事気にせずに慧は、『失礼』そう言って車の方へと私を連れて歩き出した。


「……さて、悪いオオカミから赤ずきんを救えた事だし、行こうか。」


車に乗り込むと、慧が冗談っぽくそう言ってエンジンをかける。










それから私たちは、レストランで食事を済ますと
星を見に行こうという話になり、いつもの、慧のオススメのあの場所へとやって来たんだ。










星を見るため、というのも本当だけど、もうひとつの理由は2人になるためなのかもしれない。
2人きりで気兼ねなく話せる場所、そのひとつがここ。

私は子供みたいに、ワクワクしながら近くの芝生に腰を下ろす。


「今日はちょっと曇っているね。」


空を見上げたと同時に慧の声が降ってきて、その空に、言葉に、少しだけ落ち込んでみせた。
梅雨のあけきらない空は、曖昧な雲に半分隠れてしまっている。


「残念だな〜。」


私がそう呟くと、慧は私の後ろへ回りこんで、抱きしめるような形で芝生に座った。


「じゃあ、今度、旅行に行こうか?」



背中に感じる慧の体温と、耳元から聞こえてくる優しい声。
胸が高鳴ってしまうのはいつもの事だけど、それを心地良いと思う気持ちが勝るようになったのはいつからだろう。


「旅行?」

「うん、美星町なんてどうかな?」

「……びせい…町?」

「美しい星の町と書いて美星町。その名の通り星が綺麗な場所だよ。」

「うわぁ〜、行ってみたいな。」

「本当?来月、……なんて言ったら気が早いかな?」


そう言い終えると同時に、慧の腕が伸びてきて私の体をギュッと包む。
2人の距離が、もっと、近づいた。
これは『拒まないで欲しい』という慧の合図なのかもしれない。
そんな事するわけないのに…、思わず笑みがこぼれる。


「大丈夫だよ。来月だったら有給だって取れるし、慧の都合のいい日で良いよ。」


2人で夜を共にした事がない訳じゃないくせに、何だか妙にドキドキする。


「…よかった、嬉しいよ。でも、無理はしないでいいからね?」

「分かってる。」

の会社には悪いオオカミがゴロゴロいそうだからね。」

「え、オオカミって…。あ、さっきのは…、ごめんね。あの先輩誰にでもああだから。」

「…僕の赤ずきんは、自分の魅力に気付いていないからね。困っちゃうよ。」


やっぱり、さっきの事を気にしているのだろうか。
その繊細な心が傷ついてしまったのかと心配になり、私は振り返って慧を見つめた。
目が合うと、こらえきれず笑い出す慧の顔が近づいてきて、頬にキス。

もしかして、からかってるの?
…もう、その眉を下げて笑うその顔には弱いのに。
慧の胸に体を預ければ、温かくて、離れられなくなって、どんどんクセになる。


「……慧も、オオカミ。」

「…それは、心外だな。」


不意の口付けが照れくさくて、私が冗談っぽくそう呟くと
慧は困ったように笑って、傷ついてみせた。


「ふふっ。違うの?」

「僕は、悪いオオカミから君を救い出す猟師ってところかな。」

「なるほど、さっきも助けてくれたしね。」


「…続き、知りたくない?」

「え?確かそれで終わりだったよね。」

「うん。だから僕が続きを作ってみたんだ。」


そう言うと、慧は楽しそうに私の髪を撫でそこへ口付けをおとす。
くすぐったくて、でも気持ちよくて、とても安心する。
私はやさしい微笑みを絶やす事のない慧の体に、子猫のように擦り寄って『教えて』と呟いた。



「猟師は、赤ずきんの事をこれからもずっと守っていこうと決めるんだ。』

「うんうん。」

「それで、…いつも彼女の側にいて、…いつも、彼女を見つめていて…」


真っ直ぐで綺麗な、大人っぽくて魅力的な瞳に虜になる。


「ある夜、猟師は赤ずきんを星の綺麗な秘密の場所へ連れ出すんだ。」

「ふふっ、あいにくな空模様だったけどね。」


「…何も知らない赤ずきんは、僕の後を疑いもなくついて来て…。」

「……え?」

「何しろ、赤ずきんはかわいいからね。恋をせずにはいられなくて、僕は問い詰めるんだ。」


そう、聞こえたと思うと、慧の体がすっとどこかへ消えてしまい
安心しきってもたれていた私の体は、いとも簡単に芝生の上に仰向けに倒された。

けれど、背中にも頭にも芝生特有のチクリとした感触がない。
何故かと地面を見ると、いつの間にか慧のジャケットが広げられていて、わずかな温もりと香りを残している。


というより


そんな事よりも、今のこの状態を理解するのが一番先のはず。
そう、目の前で悪戯っぽく笑う慧の事を。
私に覆いかぶさって、まるで逃げる事を許さないといったように行く手を塞ぐ彼の手足。
しまったと思った……のは今日で二回目だ。


「け、慧。もうお話は終わっちゃった?」

「…まさか、これからが良いところだよ。」


慧の顔が…、ゆっくりと、近づいてくる。
慧の後ろには、いつの間にか消え去っていた雲から、現れたたくさんの星たちが降り注いでいる。
それは、いつ見ても綺麗で、いつ見ても……


「…今は、星じゃなくて僕を見てくれるかな?」


耳元に顔を寄せて、低い声が甘く囁いてくる慧に
思考回路は、全て遮断される。

私の顔は今、きっと情けない顔をしている。
だって、慧は私を見て満足そうに微笑んでいるから…。



「ねぇ、。君の耳はどうしてそんなにかわいいの?」


再び耳元で囁かれた次の瞬間、慧の唇が耳に触れ体中に電気が走る。


の…、首筋も、鎖骨も、肩も…。」


慧は、言葉にした場所にゆっくりと何度も口付けをしてくる。
その度に、私の体は慧の唇を敏感に感じ取って、これが自分の声なのかというくらい恥ずかしい声を漏らしてしまう。


「頬も、…瞳も、……唇も、どうして、…そんなに魅力的なの?」

「ゃぁっ…んっ…。け、け…い。」

「…どんなに僕が問い詰めても、赤ずきんはかわいい声をあげるだけ……なんてね。」


今更この策略に気がついても、後の祭り。
一体いつからこんな事を計画していたのか、彼の独占欲を喜んでしまいそうな私も私。


「そんな溶けちゃいそうな、かわいい声を出されたら、…どんどん付け上がっちゃうよ。」


頬に、慧の手のひらの温もりを感じると、再び唇が重ねられ
深く進入してくる舌が、否応なく絡められてきて体中が痺れだす。

抵抗しようにも、力の入らない両手で慧の胸を押した所で何の役にも立ちはしない。
むしろ、その逞しい体を感じ取る私の神経が、感情を浮き立たせるだけ。
そんな事を考えている間にも、体中にキスの嵐が降ってくる。


「け…慧、待って…、こんな所で…ダメ。」


まさか、こんな所で…この先に進む訳にはいかない。
そう思ってキッと睨みつけて、最後の抵抗を試みる。


「僕は、に分かりやすく話をしているだけなんだけど。」


ああ、もう。
本当にずるい人。
そんな事を言って、次から次へと私を困らせて喜んで。

視界の端に映る、私を塞ぐ逞しい腕。
重力に従って私に向かって下がってくる少し長い髪。
レースという戦場で培ったであろう、意志の強さと繊細さを兼ね備えた瞳。
知的で大人の言葉も紡ぐけれど、時々こうやって甘えた事も発する唇。

慧を創り上げている全てが愛しくてしょうがなくなってしまう。


「……やっぱり、慧は猟師さんね。」


だって、こうやっていつも私の心を捕らえて離さない。


「どっちにしろは、…僕に食べられる運命って事さ。」


慧の瞳は、話の続きなんて忘れてしまっているくらいの情熱を映している。

それを、静められる方法は……きっと、ひとつだけなのね。


「ねぇ、私以外の人を、捕まえたりしないでね。」


冗談っぽく私が囁くと、つられて笑った慧が『もちろん』と答えてくれた。

私は慧を受け入れるために、そっと腕を伸ばして彼の首に巻きつける。


重なる目と目が絡まるだけで、私の体は慧を欲する。


それに従うように慧が微笑みながら囁く。







「君はかわいい…、僕だけの赤ずきん。」









今夜、星に願い事をするなら……





甘いこの時間が、少しでも長く続きますように――。











あとがき
けっ、けけけけ慧サマったら、そ、外はダメェェェ(´Д`;)ハァハァ
すみません、ごめんなさい、ホント申し訳ありません_| ̄|○
カウンタ8888を踏んでくださったまお様に捧げます。
本当は、メルヘンチックにしたかったんですけど、エロチックに大変身してしまいました(笑)。
ホント、フェロモンムンムンの慧サマせいなんですよ?
悪いのは私じゃございませんっ(逃走)

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