さん。」



あいつのいなくなった今も、はその場を動く事はなくて
僕が静かに名前を呼ぶと、彼女もまた静かにこちらを振り向いた。

泣き腫らした目、憔悴しきった顔、それでもは笑顔を見せる。

僕の所為ではない、と。


でもそれは、まるで蚊帳の外に追い出されてしまったような
傷つけないよう接される方が、余計痛いんだ。
いっそ、僕の所為だと怒り狂ってくれればよかったのに。


僕はたまらずを抱き締めると、腕の中で小さな悲鳴が聞こえた。


「……ごめんね。」


君を悲しませてしまって

君を諦められなくて

君に触れる事が、今こんなに嬉しい事も

君を傷つけようとしていることも


全て


耳元で最後の謝罪を囁くと、は体を硬くさせてかすれた声で言葉を返してきた。


「あの…、加賀見さんが…謝る事ではないですから。」


抱き締めた腕の力を弱め解放すると、は遠慮がちに離れていく。
そして、すぐに思い出したように、何かを握っている手を胸の前まで持ち上げた。
何を言おうとしているかはおおよそ理解できる。

だから、が口を開こうとした瞬間、僕は遮るように微笑み話を始める。
まだ、持っていて欲しかったから。


「少し、休んだ方がいいよ。今、応接室が空いてるから。」

「あの…、でも、加賀見さん…っ。」

「そんな顔してたら、他のメンバーにも心配かけるかもしれないし…、ね?」


人の迷惑になる事を嫌う性格を見越し、優しく諭すようににそう告げる。
案の定、は困った表情のまま小さく頷いて、僕に従った。









扉を開けてやり、『どうぞ』と言ってを部屋へ入るよう促す。
僕にお辞儀をした後、目の前を通り過ぎるの香りに胸が熱くなる。

自分がこんなに最低な事を出来る人間だとは思わなかった。

部屋の扉を閉めた時、そう痛感した。


「加賀見さん、…あの、このお守り…お返し…。」

「ああ、さっき言おうとしていたのも…その事?」


後ろ手に扉に鍵をかけると、カチャリとその音が部屋に響いた。
もう、罪悪も迷いも何もかもを閉じ込めてを見つめる。

不思議そうに首をかしげるが、だんだんと不安げな表情に変わっていく。

そうだよ、気づいて。
僕が何故、この部屋に君を誘ったのか。
僕が今、何を欲しているのか。

ゆっくりとの側へ歩き出し、彼女へと腕を伸ばす。



強引に抱き寄せると、まるで人形のようには僕の腕の中に簡単に収まった。


「やっ…あの…何する…ん…。」


僕の胸を両手で必死に押し返そうとするのか弱い抵抗が、感情を揺らす。

そむける顔

揺れる髪

優しい体温

全てが、欲しくてたまらないんだ。


抵抗するその細い腕を掴んで壁へ押し付けると、が目を丸くした。
その瞬間、の手から僕が渡したお守りが離れ、静かに足元へ落ちた。


「…何を、すると思う?」

「…………。」


僕の言葉に、は何も答えない。
答えられないのかもしれない。

ただ、驚いて、戸惑って、僕を見る。


「疾斗に…、何て言われたの?」


は、答えない。
それでも、こんな状況でも現実を思い出して悲しそうな顔をした。

たまらず、僕はの唇に口づける。
抵抗し出す腕を強く押さえつけ、こじ開けるように舌をの口内へ入れて
深く、の舌に絡めて、息をすることさえ許さないように掻き回した。


「…っんん…、やっ…ふ…んっ…。」


のくぐもった声と、室内に響き渡る交わる唾液の音が狂おしいくらい僕を煽る。
唇を離して、見せつけるように繋がったままの透明な糸を作ると
涙ぐんだは、恥ずかしそうに視線を僕から外した。



「嫌だったら、…僕の舌を噛み切っていいから。」

「……そんなっ…、加賀見さん…おねが…。」

「じゃなきゃ、止めないよ。」


心臓が、壊れそうなくらい激しく高鳴って、もう止められなかった。

ゆっくりとまた、濡れた唇に口づけて先ほどの行為を再開する。

押さえていた手を離して、の服の上から胸を弄ると
ビクンと体を反応させるに、体の熱が増してどうしようもなくなる。



「…ふっ…ん…、加賀見さ…ん、…や…。」

「…何の疑いもなく…二人きりになる…君にも、非はあるんだよ?」

「そんな…、普通こんな事されるなんて…んんぅ…っ。」


彼女の声が艶めいていく分、僕の体もはちきれそうなくらい反応する。


「生憎、僕は普通じゃないみたいだ。」


自分の言葉に自嘲気味に笑ってみせると、は僕を見て悲しそうな顔をした。
逃げ場のないこの状況に苦しんでいるのか、それとも僕を哀れんでいるのか。

が何を思っているのかは、分からないけれど
今、が僕だけを見ている事だけは真実だ。


「……好きだ。」


抱き締めて、サラリと柔らかい髪に口付けをして


「……好きなんだ。」


僕は、まるで愛し合う恋人に想いを告げるように


「………。」


彼女の名前をそっと口にする。

そのまま唇を首筋に移して、服のボタンを外していくと
下着に隠された魅力的な膨らみが、目の前に現れた。



「か…がみ…さん、お願い…これ以上は……。」

「あいつに…疾斗に、何て言われたの?」

「…それはっ…、この事とは関係ないです…。」


背中に手を回して、ホックに手をかけ外して、僕は直にの肌に触れる。


「もう、…遅いよ。」

「はぁっ…んんっ…ふっ…ん。」


の胸は敏感なくらい僕の手を感じ取って、反応をみせる。


「もう、手遅れだよ。君も疾斗も…、僕も。」

「ひゃっ…ん…あっ…も…やめ…。」


彼女の背中を壁に押し付けて、先端を指で弄ぶと、は堪えきれずに嬌声をあげた。

もう、止めるなんて出来ない。
突き放して愛情を確認しようなんて、僕はそんな事絶対にしない。

君の中に僕という存在を永遠に出来るなら、僕はなんでもする。


君が好きだ

ただそれだけなのに

全てを壊してもいいとさえ思ってしまうんだ。



「…可愛いよ、…すごく感じてる?」

「はぁっ…やぁ…ちがい…ます…こんな…あぁ…ん。」

「じゃあ、…こっちはどうかな?」


そう言ってのスカートをたくし上げると、僕はショーツの中へと手を入れる。
僕の指は一瞬にしての快感の証に潤され、滑りをよくさせた。
分かってはいても、彼女がこんなに快感を溢れさせていると実感すると嬉しくてしょうがない。

蕾を重点的に愛撫し始めると、の膝が震え、
立つ事さえままならなくなった体が、僕にしがみついてきた。


「ふぁっ…はぁ…ん…や…ぁ、もう…ダメ…。」

「ダメ…?ふふっ…どうしたの…もう我慢できないのかな?」


目に涙を溜めて体をくねらせて、僕により強くしがみつく。
自分の指がの情欲をこんなにも引き出せるとは思わなかった。

嬉しくて、でももっとの乱れていく姿を見たくて
甘い息を漏らす唇を塞いで深く掻き混ぜながら、僕はいやらしい音を響かせながら指を動かし続ける。


「んんっ…っ…あっ…あ…もう…ぁぁんっ!」


はより一層高く啼いて達し、僕に崩れ落ちる。
でも、もっと君を乱したい、君が欲しい。
その感情が僕からなくなる事はまだなくて。


「一人じゃ立ってられないかな。…支えててあげるから、壁に手をついてごらん?」


まだ快感の抜けきらない虚ろな目をしたに、反対を向かせてゆっくりと従わせる。
ゆっくりと手を壁に添えさせて、の腰を支え突き出させる。

反応の鈍ったは、今頃何をされるのか気付いたようで小さな抵抗をみせた。


「加賀見さん…こんな事…、私…。」

「…疾斗には、…いつも…どんなふうにされてるの?」


自分で聞いておいて、思わずあいつに貫かれるを想像して憎悪する。


「…ち…がいます…私…は…やと…とは……っひゃぁ…っく…。」


の口から発されたあいつの名前に
僕は我慢できずそれを掻き消すように一気に彼女の中に自身を挿し込んだ。

差し込んだ瞬間、歓喜とも後悔ともとれる胸の痛みが体中に広がった。


「…いっ…かが…み…さ……いた…い…。」


苦痛に耐えて絞り出すようなの声、異物を押し出すくらいキツイの中。

もしかして…本当に…。


「…初めて…だったの?」

「…っく…んんっ…おねがい…ぬい…て……。」


と自身の繋がりには鮮血が混じっていて、体中にどす黒い感情が駆け巡る。



「ごめん…正直、嬉しいよ。…止められそうにない。」


の腰を両手で押さえつけ、興奮した自身をゆっくりと動かした。
苦痛の声を漏らすの背中を見つめて、僕は快感に眩暈さえ感じていた。



何度も、何度もの中を掻き回し、抜き差しを続けると

だんだんと、の声に体に変化が生じ始める。


思わず口元が緩んだ。


「…はぁっ…、すごく感じやすいんだね。…っく…聞こえる?君と僕の交わった音…。」


僕の言葉に、の中が反応して僕を締め上げる。
もう、理性も崩れ去ってただ激しくを貪る事しか出来ない。


ギリギリまで引き抜いて最奥まで挿し込んで、が啼くのを眺めて
僕は、今愛しい人とひとつになっている事に幸せを噛み締める。


「…はぁっ…好きだ…っく……。」

「んんっ…はぁん…か…がみ…さん…っ。」


「……好きだ……っ。」



想いを伝える事で逃げられると思っていた。
それなのに、僕は自分の仕掛けた罠に自分まで捕らわれて…。

君の名前を呼ぶ事が、想いを言葉にする事が

こんなにも切なくて、こんなにも甘美で

幸か不幸か分からないくらい、ただ泣きたいくらい愛しくて



「…わた…し…はぁ…なんか…おかし…くな…って…。」


「いいよ…っく…もっと…君が欲しい…。」



吸い付くようなの中を、何度も揺さぶっていると
は再びあの綺麗な声で、より高く啼いて僕を締め上げた。

同時に限界に達した僕は、名残惜しくての最奥まで自身を挿し込んで欲望を吐き出した。


崩れるを抱きとめて、ソファーへと寝かせる。


あのお守りを拾い上げて、意識の薄れそうなの手にそれを握らせて



僕は背徳の悦びを噛み締めた――。






























「俺、あいつとは別れる事にしたんです。」


数日後、話があると応接室に誘われ、疾斗にそう言われた。
今でも鮮明に思い出せるほど艶美な思い出に、胸が震える。


「……そうか。」

「でも、俺、あいつの事が好きです。」

「どうしてそれを俺に言うんだ?」

「…宣戦布告です。俺、もっと成長してあいつをまた手に入れてみせます。」

「…………。」

「だから今、俺は加賀見さんと同じ立場だから、でも譲る気はないって事言いたかったんです。」


同じ立場なんかじゃない。
僕はお前が…お前がいない間に、弱った彼女に付け込んで奪ったんだ。

心だって、そのうち手に入れてみせる。


「…分かった。でも、俺も遠慮なんかしないからな。」


「はい、望むところです。」


疾斗は真っ直ぐに僕を見て強く微笑んだ。

僕もそれに応えるように微笑み返す。




もう、止まらないと決めた。




逃げないと決めた。








僕のお守りはまだ、の手の中にあるんだ――。










あとがき
おおおおお待たせいたしましたっ…。
何だか書いているうちに、どんどんと目的の方向からずれてしまいました(汗)。
慧を正当化しようとすると主人公ちゃんが嫌な女になっちゃうし
疾斗はあまり登場しなくなっちゃうし…(´Д`;)

とりあえず皆様ごめんなさい。
私の願望に最後までお付き合いくださりありがとうございました。

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