ゆっくりと

ゆっくりと

怖がらせないように

怯えさせないように


そっと、優しく……





Crazy for you






仕事を終えて、俺が部屋に戻ると、いるはずのない人の気配を感じた。
玄関には見慣れた女物の靴が一足、そしてテレビの音が控えめに聞こえてくる。


……来てるのか。


さっきまで重かった体が急に軽くなって、思わず顔がゆるむ。
合鍵を渡しても滅多に来る事のない恋人が、今、来ている。
嬉しいと思うな、というほうが無理な話だ。




。」




少し急くように靴を脱ぎ、足早に廊下を通り抜け部屋の中に入り恋人の名を呼ぶ。
…けれど、反応がない。

何処にいるのかと姿を探すと、ソファーの上でクッションに上半身をもたれさせては眠っていた。
俺の帰りを待ってそのまま眠ってしまったのだろう。


そんな姿を見つめれば見つめるほど
天使のような穢れのない表情に、仕事の疲れなど吹っ飛んでしまう。
こんな事くらいで愛しさが募って胸に何かが押し寄せてくる。
触れたいという衝動を必死に抑えて、毛布を取りに寝室へ向かう途中ある事を思い出した。



以前、ある阿呆にあるモノをもらってしまった。

『欲しがる姿がたまんないっつーの?アル、お前にもやる。』

馬鹿馬鹿しい…。
本当は、そう言って受け取ったつもりもなかったが、いつの間にか財布の中に紛れ込んでいて
今も、…そのままであるという事。



俺はスヤスヤと静かな寝息を立てて眠るを、呼吸をするのも忘れるくらいじっと見つめた。


……あいつが

……俺を

……欲しがる


突然、いや徐々に、気がついたら、どの言葉が正しいのかはわからないが
俺の胸の中に、黒い欲望が湧き出していて今にも溢れそうだ。
まだ見ぬ淫らなの姿を脳裏によぎらせて、情けないくらいに体がゾクリとする。
触れたくて、触れたくて、しょうがなくなる。


…畜生、結局俺は、あの阿呆の策略にまんまとひっかかった訳だ。


気持ちを少しでも切り替えるために髪をかき上げてため息を吐く。
けれど、それも悪くないかもしれない。
欲にまみれた心がこんな時だけイヤに積極的になる。

どうやらもう止められそうには、…ない。






「……。」

俺は、の側により耳元でそっと囁いた。
そして、柔らかくて、艶のある唇に口付けをする。


ゆっくりと


何度も、優しく、触れるだけの…。


付けっ放しのテレビからは、笑い声が聞こえてくる。
今流行のくだらないバラエティ。
まるで俺の今の行動が笑われているような錯覚。
何だかそれが癪に障って、俺はバツが悪そうにテレビの電源を切った。

その時、うっすらとの目が開いて俺を見て笑った。


「お帰り…な…さい。」


はっきりとは起きていないのか、舌が上手く回っていない寝ぼけた口調。
それが可愛らしさを倍増させて、余計に気分を高めていく。

やるなら…今。
今なら、こんな汚れた感情を読み取られずに済む。



、……いいモノ…やる。」



聞いているのかいないのか、定かでないウットリした表情のにそう言って
俺は、錠剤を口にはさんで、もう一度口付けをした。

今度は深く…、舌でソレを押し入れる。
ゆっくりと、ゆっくりと、の口の奥にまで。
移し終えてすぐにミネラルウォーターを口にして、再び口付けをして流し込んだ。
の喉が素直に、ゴクリと音をさせる。
飲みきれなかった水がの口の端からこぼれて、静かに下へと流れていくのが艶かしくて
俺はその跡を舌先で、ゆっくりとなぞった。


「航河……、今、何か…した?」

「……何かって?」


一瞬、ドキリとした。
けれど、重いまぶたと格闘しているは、それ以上追求する事なく再び口を閉ざした。
それが楽しくて、俺は口元をゆるませた。
可愛くて、可愛くてしょうがないコイツを、たまに、困らせたり苛めたくなる。
まるで小学生のガキみたいに。
結局男は…、俺は、いくつになっても成長しないのかもしれない。


俺の部屋で、俺のテリトリーで無防備でいるお前が悪いんだからな。
俺は開き直ったように心の中で意地悪くそう呟いた。













◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇













効果が出るまでしばらくかかるだろうと思い、シャワーを浴びて
俺は、濡れた髪を乱暴にタオルで拭きながら部屋へ戻る。
正直、楽しみでしょうがなくて風呂どころではなかった。


何より俺を嬉しくさせたのは、愛しい眠り姫が目を覚ましていた事。


「ごめん、私…寝ちゃってた。」

「疲れてたんだろ、別に構わない。」


心なしか瞳は潤んで頬は赤い。


「…ねぇ、航河。」

「何だ?」

「…その、寝てる時、…何かした?」


クッションを抱きかかえて座っているが、俺を見上げる。
恥ずかしそうに、小さな震えるような声。
はっきり言って、俺の方が限界だ。


「ああ…、した。」


クッションを奪い取って、に覆いかぶさるように
ソファーに片ひざをついて、背もたれに手を置いて、ゆっくりと近づいていく。
揺れる瞳に吸い込まれそうになる。
飲んでいない俺の方が媚薬にやられているなんて馬鹿な話だ。

そんな俺を見てもは、慌てる様子も抵抗も見られない。
いつもとは、明らかに違う。


むしろ……。


そのまま、唇を重ね合わせて、俺は確証を得る。

触れただけで、……跳ね上がるの体。
崩れそうな理性を必死で押さえ込んで、俺はただ触れるだけの口付けを繰り返す。
胸にしがみ付いてきたは、その先を自ら望むように俺を見つめ熱い息をこぼしている。
わざと口付けを止め悪戯っぽく微笑むと、俺の目が映し出すのは欲情した恋人の顔。

いつもの清らかなから淫らに変貌する瞬間の
が俺の事しか見なくなる時の

俺は、その顔がたまらなく好きだ。



「…こう…が。」

「どうした?」

「…変…なの。」

「…何が?」

「…体が、…熱く…て。」

「フッ…、だろうな。」

「何…したの?」

「……さあな。」


責めるような言葉も、もはや使いモノになっていない。
首筋になぞるように口付けをすれば、はそれだけで達しそうな声を上げる。
その声をもっと聞きたくて、の服をたくし上げてブラのホックをはずし胸をあらわにさせた。


「やぁっ…あん……こう…がぁ。」


直に胸をまさぐると、より一層激しくが喘ぐ。


もっと、感じて…。

もっと、俺を欲しがれ。


そう思えば思うほど、高ぶっていく自身がはち切れそうになる。
どうしてこんなに狂いそうなくらい愛しいのだろう…。
いや、もうすでに俺は狂っているのかもしれない。

抑え切れない感情が止められなくて
俺は、のスカートの中に手を滑り込ませ、少しずつ先へ進めていく。
ショーツの脇から指を差し入れて動かすと、見事に溢れ出ている愛液の所為で指は瞬く間に滑らかに動くようになった。
そのまま、輪郭をなぞると指が膣の中へと導かれ、溶けそうなくらい熱く絡み付いてきた。
はすでに羞恥を捨て、イヤらしく足を広げて俺にしがみついてくる。
欲しいのはきっとお互いに一つだけ。


「……今日は随分と積極的だな。」


耳元でそう囁いても、はただ快感の声を上げるだけ。


「……、でも、お前疲れてるみたいだし、今日はもう休んだ方がいいんじゃないのか?」


ええ、そうするわ。
なんて言われたら本当に困るのはこっちだが、俺は指を抜きの顔をじっと見つめた。


「…航河、…ズルイ。…イジワル。」


泣きそうな顔をしたが、唇を尖らせる姿が可愛くて仕方がない。
楽しそうにを眺めていると、痺れを切らすように俺の首に両手を絡めて唇を重ねてきた。
控えめに割って入ってくるの舌が、俺の舌に絡まってくる。


…もう、死んでもいいかもしれない。


それくらい嬉しかった。
それくらい興奮した。


しばらくそれを堪能すると、俺自身も限界になる。
俺はの隣に座りなおし、頬にそっと口付けて囁いた。



。…欲しかったら、自分でしてみろよ。」



背もたれに寄りかかって、カチャリとベルトを外す。
熱のこもったの目が、再び羞恥にむしばまれそうになる。
そんな姿も、もう何もかもが欲望の材料でしかない。


「ほら、……手伝ってやるから。」


ズボンに手を掛けて、反りたった自身を解放してを見つめる。
戸惑った表情で『できないよ』と小さく呟くとは恥ずかしそうにうつむいた。
……できないなら、できるようにさせるまで。
今の俺は、何でもできるような強い力に満ちているんだ…お前の所為で。


、…俺だって限界なんだ。……わかるだろ?」


お前の所為で、俺はこんなに…熱くなってるんだ。
苦しそうに…、というか本当に苦しくて、俺はをじっと見つめて、赤く染まった頬をそっと手で触れた。


観念してゆっくりと、うつむきながらがショーツを脱ぎ始める。
足に絡まったそれがとてつもなく艶かしくて、たまらない。
ゆっくりとの体が俺の上へと位置を変えてくる。
ゆっくりと、でも確実に。


宛がわれるだけで、の熱が伝わってイキそうになる。
ゆっくりと下ろされる腰を、両手で支えながら深く息を吐く。
まるで、俺達以外の時間は止まっているようだ。

全てを呑み込むと、何かを耐えるように眉間にしわを寄せた
深く口付けをして抱き寄せ、俺の耳元でこぼす嬌声がより激しくなる。



「もっと…、動い…て…、こう…がぁ。」


俺を根元まで咥えこんだが一心不乱に腰を動かしてくる。
不慣れなその動きが愛しくて、俺はたまらず腰を何度も突き上げた。


敏感になり過ぎた体はいつもより俺を締め付けてきて、目の前が霞みそうになる。
歯を食いしばり、息を吐いて、それを繰り返しながら
これでもかというほどの中を占拠して突き上げる。

愛しさも欲望も混ざり合って、もう滅茶苦茶になって、が中をより締め付ける。
ただそれだけを感じてを眺めると、体を弓なりに反らした姿が映る。
それと同時に、俺も最奥に自身を突き刺したまま、に欲望を吐き出した。

もう...、当初の計画なんてどうでもよくなっていた。
ただ、体を仰け反らせて果てるをとてもキレイだと思った。




セックスなんて所詮、欲望でしかない。
下手すれば愛がなくなってできる。

けれど俺は、俺の腕の中にいるにいつも欲望を浄化され

キレイな愛だけが残る。

だからこそ手放せない。

だからこそコイツだけを抱きたいと思う。


後でこの事を問い詰められ責められるのも楽しみなくらい


それくらい俺は…



「……お前に夢中なんだ。」



俺は、再び眠りについたの額に口付けをしてそう呟いた。








素敵なイラストをくださったROISUさんに捧げます。
…いや、あの、本当に恩を仇で返すような作品で申し訳ないです(´Д`;)
不意打ち、悪戯、意地悪、三拍子揃えてみました(笑)。
楽しんでいただければ嬉しいです。

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