『君の色に染まれ』 「なるほど、次のレースはそれが目標なんだね」 「まあな、と言っても常に持ち続けるものでもあるけどな」 チーム・オングストロームのピット内にある応接室で、は取材ノートへ航河の言葉の一つ一つを真摯に書き留めた。 恋人であるに取材を受けるという事もあって、いつもよりも饒舌な航河は 向かいに座りノートに真剣に書き綴るを見て微笑まずにはいられなくて。 そんな様子の航河に、はノートから顔を上げ不思議そうに『どうしたの?』と首を傾げてみせる。 仕事とプライベートを混同してはならない事くらい痛いほど分かっているつもりだけれども どうにもに対してそれが出来ない事に、航河は半ば自分自身に呆れながら『別に、なんでもない』と言って笑った。 「そういえば、航河の好きな色って黒系?」 「まあ、そうだな。どうして?」 「あのね、メンバーそれぞれのイメージカラーとか好きな色を紙面に混ぜ込んでみようと思って」 「そうか、いいんじゃないのか」 「ホント?他の人達にもさっき聞いたの。ほら掲載するの女性誌だから、そういうの好きな人多いかな?って、良かった」 自分なりにイメージした色と他の皆ともそれぞれ決めたの。 と、自分以外の男の事に真剣になっていたのを知って、いささか良い気分はしなかったが 航河は楽しそうに話をするに、静かに耳を傾ける。 「何かの本で読んだんだけど、黒が好きな人は自立心が高くて何でも自分でやる実践的な人が多いんだって」 「……そうなのか?」 「うん、それにね黒って光を最も多く吸収するでしょ。あとは、何者にも染まらない強い信念を貫いた色!」 まるで自分の事のように誇らしげに話すに、航河は面映い気持ちで『そうか』と相槌を打つ。 何者にも染まらない強い信念。 以前の俺なら自信があったのに。 航河はそう、心の中で呟いて自嘲気味に笑って口を開く。 「俺もそう思っていた。でも、ひとつだけ黒を溶かす色を知ってるか?」 「えぇ?溶かしちゃうの?」 「ああ、仕事中だろうとプライベートだろうと関係無くな。全く、迷惑な話だ」 流れる雲のように、変化を自然なものと少しは思えるようになって、恐怖や苛立ちが和らいだ。 克服すべき目的に一歩近づけたように。 「まあ、おっちょこちょいで、危なっかしくて、頼りない"色"なんだけどな」 「へ、へー…そうなんだー」 「おまけに、気が付いているくせにすぐそうやってとぼける」 「な、なにそれ。私そんなにふにゃふにゃしてないもん」 「してる」 「ひどい、航河」 言葉とは裏腹に顔を赤くしたは、口を尖らせ視線を落としてみせる。 ノートにはまだ質問しなくてはならないものが残っているのに 関係が深くなるにつれ心を開いてくれるにつれ 航河の言葉のストレートさも愛情表現も増しての胸をより一層速く打つようになった。 「もう、次の質問!えーと、常にひた向きに努力を続けるその強い精神力はどこから出てくるんでしょうか」 爆発してしまうんじゃないかというくらい嬉しくてでも恥ずかしくて はそれを誤魔化すように、ノートのページをめくり航河を睨みつける。 そんなの態度にひるむわけもなく、ゆったりと組んだ足を下ろして航河は口を開く。 「、この後仕事終わったら時間あるか?」 「え?」 「メシ、食いに行かないか?二人で」 「……しっ、質問にちゃんと答えて。また話が逸れちゃうでしょ」 「行くなら答える」 ノートから顔を上げて意地悪く呟く航河に目をやれば、艶やかに微笑む航河の目と目が重なって、 アタフタと無意味に慌てるは、思わず握っていたペンを落としてしまう。 仕事とプライベートの区別なんて、もうどうでもいいかもなんて不真面目な悪魔の心が囁いて けれど床にカシャンと落ちたペンの音に、はハッとして床に手を伸ばした。 「で、どうするんだ?」 拾い上げた瞬間、待っていたように航河にそう問われて は駆け引きのような、口説かれているような気持ちよさに胸をときめかせ小さな声で呟く。 「……行く、けど」 「けど?」 「取材に協力してくれなきゃ、私の仕事が終わら……」 コンコン 言葉の途中で部屋の外から控えめに小気味好いノックの音が聞こえてきた。 はドアに視線を向けて『どうぞ』とそちらに向かって声をかける。 静かに開けられたドアから現れたのは、青いつなぎ姿の和浩で申し訳なさそうに優しく笑顔を見せた。 「さんごめんね、そろそろ航河借りてもいいかな?」 「えっ、あ、もうそんな時間!?すみません」 時間を確認すれば、いつの間にやら予定時間よりだいぶ過ぎていて は慌てて立ち上がり、和浩に向かって深く頭を下げた。 「こっちこそ中断させちゃってごめんね。区切りがついたらでいいから」 謝るに自分の方が悪いんだと言いたそうに謝る和浩は、『よろしくね』と航河に付け足し 「ああ、分かった」 そう頷く航河と、にニッコリと微笑んで部屋を後にした。 緊張が途切れたように、はガックリと肩を落とす。 は取材ノートを開いて、自分の仕事の進み具合に小さくため息を吐いた。 「……あぁー。なんか全然進まなかった気がする」 「記者失格、だな」 「……う、うるさいな。航河のせいでもあるんだからね。まだ終わるまで時間かかるよね?その間にまとめられる所まとめなきゃ…」 部屋の時計とノートを見比べてあたふたとするが可笑しくて、航河は笑いながら助け舟を出してやる。 「しょうがないな、メシの後にでも聞いてやる」 「え、ホント!」 「ただし、時間外料金がかかる」 ソファーから腰を上げる航河へ、は『え?』と疑問符を漏らして不思議そうに視線を向ける。 すると悪戯っぽく笑いながら航河は側まで歩み寄る。 突如、グレーのレーシングスーツに隠された逞しい腕を、の腰へと強く巻きつけて 航河は慌てるの顎を、もう片方の手でクイッと自分の方へ向かせ、すかさず唇を重ねた。 驚きと欲情をくすぐるあの感触に、の体は跳ね上げるけれど、抱き締める腕がたやすく支えて 柔らかな唇の弾力に、上昇する体温に 眩暈を起こしてしまいそうなほど愛しさが募って、はゆっくりと目を閉じる。 離れたくないという気持ちが増して、航河の胸に当てた両手にはギュッと力を込めた。 ああ、結局彼の思う壺ね、敵わない。 皮肉めいて、はそう心の中で呟いて白旗を掲げる。 プラトニックな口付けじゃ、想いを伝えきれなくて、色は混ざりきらなくて もう終わらなくちゃと、切なげな名残を残して、ゆっくりと、ゆっくりと唇を離していく。 「とりあえず今のは手付け金、…また後でな」 その艶やかな声に導かれるよう瞼を開ければ、現実が一気に押し寄せてきて ここが応接室であった事や、レーシングスーツ姿の航河に、この上ない羞恥がに襲いかかる。 それを知ってかしらずか、航河は巻きつけた腕をゆっくりと解放し 子供をあやすようにの頭を数回撫で、体を離していった。 頬が赤く染まる 心が航河に染まる もっともっと色んな航河を見つけたいと もっともっと深く航河に近づきたいと の全てが航河で染まる 『じゃあな』とピットへ向かう後ろ姿に見惚れながら 航河もそうであって欲しいと、は幸せそうに微笑む。 そんなは、しばらく胸のドキドキと戦って真っ赤な顔が治まるまで、とソファーに座り込んでしまう。 そして、航河が疾斗に『何かしたんじゃないのか?』とからかい疑われているのも知らず 応接室のドアを開け、少し遅れて彼らの元へ歩き出した。 の顔がゆでだこになるのは、もう、すぐです。 あとがき きっと狙ってやってます、彼( ´ー`) というか、一度でいいので取材中に航河に口説かれて 仕事が片付かなくなっちゃって「記者失格だな」と苛められたいです、はい。 ←BACK |