太陽。

 変わらないのか、変われないのか、決めるのが自分ではないにしろ、客観視する人間だってすぐ側に居たなら、それが答えだ、俺は変われないのではない、変わらないのだ。

 どれくらい生きられるか知らない。今生きている以上、一秒後に死ぬとも思えない、一秒が何度か続けば、それは規則性を持つはずで、二十五年生きてきた俺には二十五年分の規則の降り積もった結果の存在を証明できる。ただこのロジックを用いれば百年でも一万年でも人間は生きてしまえる。だが、それだってきっと嘘じゃない。

 俺の世界は益々狭く、重要視されるものは愈々少なく、足りないものも見当たらなければ、欲しいものもなく。俺自身も何億年経とうが変わるつもりはない、世界の需要が変わろうと、価値観は永劫。

 特に俺も含めた人間は決して美しい生き物ではない。顔の形がどうだろうと、それが美しい形と認めるのは時代というアヤフヤなものだ。心すら普遍の価値が通ずるものでないのなら、結局客観評価って何だろうな。俺の恋人は俺の目には最高にクールでビューティフル、しかし世界がそれを認めるとは限らない。それは悔しくもなんともなく、ただ、「この美しさの価値が判るほど奴らまだ進化してないんだ」と俺が納得していれば良いだけのこと。俺が字面の上で彼の美しさをいくらくだくだ語っても、本物には追いつけないだろうし、想像されるあらゆる男の姿を超越して彼は在ると確信出来るのだ。

 眠い目こすってベッドから降りて、用を足して戻ってきて、また寝に入るまでの間に、既に起きて一時間は経っていそうな恋人が部屋に入ってくるのを見上げる。俺はまだ瞼が重くて重くて仕方がないが、恋人を視界に入れていたくて、恐らくは相当に険しい顔をして見つめていたろう。恋人は俺の目を見て、少したじろいだ。

「いいよ、まだ寝てて」

 ごく普通の日曜日の朝と変わらない。ただ、一応は仕事関連の年賀状は彼の元へ届くから、それの整理を終えて、洗濯物を集めにきたのだろうと想像する。

 俺は乾いて掠れた声で「来て」と言う。聞き返すことも拒絶することもしないで、恋人は枕元に座った。俺はすぐにその腰に腕を回す。「あけましておめでとう」と、言葉を貰って、俺はそんな価値もあったかなと今日の日に思う。明けて目出度いのはきっと年ではなくて日々だと判っているはずの彼が、そう言ったのが不思議だった。

「……みんなそう書いてある。あけましておめでとう、あけましておめでとう、あけましておめでとう。でも、こんな考えはどうかな。今日も、今も、こうしているうちに世界では誰かが、悲しんで泣いている。死ぬ人も居る。幸せであることを肯定するために同量の不幸が生まれていく。それは別に今日でも昨日でも同じ、なのにね」

 俺の髪を撫ぜながら、穏やかな声はそう、事実のみを転がす。

「理屈っぽいかな」

 俺は首を降った。神様の言うことなら、間違いのないことと信じられる。

 宗教がかった言い方をすれば、恋人は俺の前であらゆる振る舞いをすることで、俺の価値観を決める人であり、神様だ。といって、俺が一人で勝手に崇拝しているだけのこと、ただ、拝むだけで十分に在り難さを覚えることは出来る。

 もちろん、俺だって目が見えない訳じゃない、神様がいるのにこの世は争いばっかりだ、苦しみは一つもなくならない、今日も誰かは泣き、今も誰かが死ぬ。打算と妥協は溢れるし、嘘は力を持つし、人を殺すための剣も銃も賛美の対象になる。そして時代の認めた価値のみが絶対と信じる幻想の巣窟で、人々は一過性の美しさに躍らされ、金で手に入るものは何でも手に入れようとする。そして太陽が毎朝一定のリズムを常に保ち、夕方に沈むそのサイクルはいつまで経っても変わらないその「何故」を問おうともしない。

 人間は器用だ。あらゆる隣人と手をつなげるようになった気でいて、隣りの隣りで誰か死んでも気付けないような巧みさも、そう言えば普遍のものかもしれない。俺は星の裏側で銃殺される罪無き鳥獣、あるいは乳飲み子の在る事を知りながら、恋人をベッドに引き摺りこんで、温かい胸に鼻を当てて、昨日明日とはさほど変わらぬ冬の匂いを嗅いでいる。俺もまた愚かで、くすりと笑ったなら恋人も同じで、愚か者であることから脱却したとき、つまりあらゆる命の失われる瞬間に胸の痛みを感じられるようになったら、人間は人間から脱却出来るのだろうと想像する。

 ただ、恋人と自分だけが世界の人口のすべてと考えれば、恋人だけを守っていけばよく、それだけ罪深い俺のことさえ、赦し、愛してくれるなら、やはり神様と解釈してしまうのが楽には違いない。

これは屁理屈っぽい。

ただ、今朝も太陽が昇ることは、理屈でも何でもない、真理ですらない。太陽が昇りたくて昇っている、その偶然に、俺ら人間は勝手に感謝し、温まればそれでいい。

 

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