濡れひよこ。

 別に話す必要も無いことだが極端な美化も醜化も俺は嫌いだから、ありのままの姿を書くのが勤めであると考える。例えば武者小路実篤という作家は自慰(若しくは手淫)という単語を、わざわざ抜いて空欄にしてまで書いた。将来的には自然を愛するようになる彼は、自然は敢えて着飾らないし、自分の美しいことへの無知がゆえに、美しいと賞賛している。
 ただ、自慰の回数にまで言及する気は無いし、聞く人も不愉快であろうと思う。表現というのはある程度の節度は必要だろうし、意図無くして不快にさせるのも出来るだけ避けるのが吉であろう。ただ、何で人が不愉快になるかは、書いてみなければ分からない。これはある種の宿命で、恐らく筆を生涯の伴侶とするような人種はこの宿命との奮闘が余儀なくされるのだろう。俺などはただ、日記をつけるようなつもりで、気が向いたときにこの文章を書くばかりだから、気楽なものだ。
 男の下半身についての話を今日は書こうと思う。
 下半身というのは性の特徴が最も顕著に表れる場所だ。そして、聖書にて裸を恥ず物と定義された人間が裸で人前に出されたとき、一番反射的に隠す場所である。どんなに親しい仲であっても、下半身、とりわけ陰部肛門周囲を晒すというのは、慣れきるわけにはいかないものであろうと思う。しかし、性行為にはこの周辺を互いにつなげ合わせなければならず、そしてまたその行為が幸福を伴い、動物である人間にとって、種の保存が命題としてある、ということから鑑み、人の幸福は辛苦を超えた場所にあるのだろうという、何だか当たり前で、しかしだから、確かな結論に至る。
 さて男の下半身は、外に出ている。女性が両足の間に楚々として納まっているのに比べて、これは自分で見ても、なんと言うかはしたない。収められるならどこかに収め、必要なときだけ外に出てくるような形態であれば良かったと時々思う。感覚が敏感な場所なのにかかわらず外に露出しているというのは、一応便利に出来ているはずの人間の身体において、理論的な説明がつかないように思う。と、一方的に男性の陰茎の存在の問題点を並べ立てたわけだが、女性における乳房の場合と同様だろう。推察するに陰茎も乳房も外に突出するような形であるのは、やはり進化をさかのぼり、犬猫のような四足歩行動物においては、どちらも前足と後ろ足によってカバーされ、容易な侵食を許さない場所にあったのが自然であり、なるほど、人間も四足歩行の形態をとったならば問題は無いのである。となると、樹上生活を経て我々人間が二本の足で歩くようになったこと自体が、あるいは非合理的な、誤った進化だったのかもしれない。
 男性の性器は、医学的にはもっといろいろ細分化されているのだろうが、大雑把に分けて「茎」の部分と「袋」の部分に分かれる。袋は「陰嚢」と呼ぶのが正しい。しばしば俺たちは「金玉」あるいはそのまま「袋」「玉袋」といった、即物的な呼び方を選択する。これは「陰嚢」の「陰」も「嚢」も一般的とは言いがたい漢字であり、性への知識欲が芽生える小学校中学年から高学年といった時点では読めないし書けない、不便なものであるから、彼らの得意な即物的なもののとらえ方に合致しているために、「金玉」などが採用されているものと考える。
 他方、「茎」は、「包皮」と「亀頭」に分けられるような気がする。「包皮」は「皮」と呼ぶのが一般的だろう。包皮と亀頭の間には一言では言いがたい関係があるのだが、これについては後述するとして、個人的な見解を述べさせてもらうと、「包皮」と言えば亀頭を包むためのものであり、亀頭部分から根元までの皮膚とはつながっているのだがこれはまた別の呼称がふさわしいように思う。亀頭は、物理的には包皮と同じ皮膚なのであろうが、 皮膚としてのキャリアが包皮と比べて著しく少ないがゆえに、質感が異なっている。最終的にはほぼ変わらぬものになると考えられるが、しかし持ち主の気分的には瞼と眼球くらいの差を感じてしまう。茎に一センチ切り傷を負う、亀頭に一センチ切り傷を負う、言葉にしただけで、思わず内股になってしまうのだから、それだけのプレッシャーがある。また、性的快感に最も敏感なのは肛門内部の前立腺周囲であるが、陰茎に限定すれば、やはり亀頭が一番だろうと思う。それだけに、包皮は亀頭を大切に包んでいるわけだが、これは一般には、四人に三人は陰茎の成長過程において亀頭が露出する。つまり、痛みに弱い少年期においては、非常にセンシティブな亀頭は隠匿する必要があるが、理性と忍耐の成長した青年期以降はその必要無しと判断するがゆえに、隠匿の義務を果たさなくなる。個人的には時々痛い思いをするので、やはり必要なとき以外は隠匿していて欲しい気もするが、隠匿しつづけているとそれはそれで問題で、「恥垢」という垢が溜まり、性病の温床となる可能性を秘める。これが亀頭と包皮の関係である。
いわゆる「包茎」がこれで、知っている限りではカントン包茎、真性包茎、仮性包茎がある。四人に三人、からあぶれたうちの多くは仮性包茎であるという統計が存在しているが、この仮性包茎の場合は、勃起時は包皮も剥け降りるのだが、平常時は油断すると包皮が「隠匿」の義務を果たしてしまう状況なのだそうだ。真性はまた、勃起時を通して隠匿された状態が続き、カントン(あまりにも一般的でない漢字なので片仮名で書いた)包茎の場合は、皮が剥けた状態から隠匿の状態へ戻らなくなってしまい、その結果亀頭が根元で締め付けられてしまう状況を指す。いずれにせよ、「包茎」という単語は、軽薄なその印象のとおり、男性にとっては場所以上にセンシティブな問題であることを忘れてはならない。
 ところで、やはり成長すれば人間体毛が濃くなるもので、陰部はガードの必要が頭に次いで高いからだろう、やはり毛が深くなる。個人的には、最も脆弱なのは幼少年期なのだから、その時期から毛で覆ってやる必要ありと考えるのだが、人間の身体は二次性徴以降に発毛するのが一般的となっている。このことから推察できるのは、幼少年期においては小便をするほか意味の無い器官である陰茎が、二次性徴以降は命題である「生殖」に使われるようになるため、器官としての重要性を増すと身体が判断しているからなのだろう。しかしその割に、毛が絡まって痛かったり、飛び散った精液が引っかかって痛かったり、見た目が何となく哀愁漂うものになったりと、持ち主としては陰毛に助けられたという経験は一度も無い。恐らく世の中のほとんどの大人がそう思っているだろうと思う。しかしそんなことを知らないジュニアハイスクールスチューデントは無邪気に発毛を喜ぶのである。
 続いて、勃起と射精についても書いておこうと思う、これは微妙な問題だ。
 俺が記憶しているのは小学校の五年生の時に、「学級会」の予定のコマが変更となり、男女別々の部屋で最初の「性教育」を受けたときのことで、このときに「精子」とか「卵子」とか「夢精」とかの、保健用語を学んだ。記憶を辿ってみると、ああそういえばあのちょっと前くらいから割と頻繁にチンコが硬くなったりしていたな、と思い当たる。ナイスタイミングである。
 周囲の人間十人に実際に聞いて回ったのだが、「初めて精液が出たのはどんなシチュエーションで?」という問いへの回答は「夢精」が八人、「自慰」が二人で、この二人というのはかなり性的には発展した人間だったのだ。ただ、俺はそれらを笑えるほど発展していて、初めての射精が「他の誰かの手によるもの」だった。彼らを笑うことは出来るが、自分も笑われるだろうなと思う。まあ、一般的には夢精なのだろう。ただ、だからといって白飯を炊くということは無いだろう。
 しかし今振り返ってもなまなましいのは、我利勉だったあいつも、体育一筋だったあいつも、三年生と並んだってわからないようなあいつも、みんなあの時期に「大人」になっていたのだということで、言いようの無い不快感を覚えてしまう。
 多くの男は「夢精」を経て、自分で性欲を発散することを考える。つまり、自慰行為に手を染めるわけだ。「手を染める」という表現をしたのは、やはり何らかの罪悪感が伴うものであると未だに思うからである。自慰行為のやり方は人それぞれで、これも実際に、複数回答式でアンケートを取ってみたが、いわゆる「オカズ」に何を使うかの問いには「アダルトビデオ・エロ本(写真)」が七人、「エロ漫画」が四人、「妄想」も四人、「道具」がいクなものをネタにしてするものである。完全無機物を相手に、例えばノートパソコンやフロッピーディスクで欲情する人も中にいるだろう、誰かが唄っていた、「彼女に挿入したい男のフロッピー」ではないけれど、フロッピーディスクを出し入れする感触にエロスを感じる男も、いないとは限らないのだ。なお、これは俺の小さな世界だけでの考え方だが、自慰の回数はやはり、ブルジョワに比べれば大衆の方が頻繁に行なうことと考えてよかろう。
 続いて、自慰の「仕方」というか、「流儀」についても尋ねてみた。これは質問内容がやや踏み込んだものだったので、回答拒否が四人いた。残り六人の回答は次のとおり。「扱いて、ティッシュを構えておき、射精の際はティッシュに出す」「何処に出すとかはあまり考えない、多くの場合は腹に出す。衣類を汚すのが嫌なので裸でする」「場所は風呂場でする。オカズは使わないけれど、石鹸があってヌルヌルするのが好き。洗うのも便利」「本にかける。かけちゃった本はもう使えないけど」「パソコンにそういうファイルが溜まっているので、パソコンデスクに腰掛けながら。机の裏に出す」「服、別に汚れてもいいから適当に出しちゃう」、いやはや、いろいろであるなと感じる。俺はちなみに裸になる。いく瞬間は「汚しちゃ駄目だ」みたいな雑念がうざったいから、汚してもいい自分の身体にかけてしまう。ここまで言うとリアルかもしれないが、抱かれているときをイメージしてするから、左手は当然肛門に入れるし、時折、尻だけでいきそうになってしまうこともある。そうしていったあと、仰向けになって呆然としていると、まるで腹にかかった精液は恋人がかけてくれたもののように、感じられるときもあったりなかったりする。結局自慰については言及してしまったが、回数については触れていないので禁を破ったことにはなるまい。
 最後に、肛門について書こうかと思う。肛門というのは、人類の大半が「排泄」するため、つまり「出口」としての機能を全うして生涯を終える。が、俺は先述のとおり、肛門にいろいろ入れたりするから「入口」としての機能も果たしている。入るものは指をはじめ、舌、マジック(細)、体温計、正式名称は分からないが数珠状に玉が連なっているおもちゃ、恋人の性器、精液、などなど。もちろん、こういったものが入るのは自然なことではないし、一つ間違えれば大変なことになるのだから、下準備は怠らない。また、「接続」した際に毛が攣れて抜けたり血が出たりすることがあるから、肛門周囲の毛は時折剃る、というか、これは恋人が剃ってくれる。
 先ほども書いたが、性感をつかさどる前立腺は肛門の中にある。だから、自然な形ではないにしろ、アナルセックスが一番気持ち良いのでは、というのが俺の結論だ。
「……ヴィンセント、あんたさ、最後にオナニーしたの、いつ?」
 最高気温二十二度の春の日に桜満開、もっと他に話すことはないのだろうかと自分でも思うのだが、しかし、恋人と一緒にする話はどんな内容でもオールオッケー。頬を寄せ合って話し合う内容に下品も上品もないのだ。其処にあるのは愛だけ。本当に、恥ずかしげもなくそう断言してしまう俺だ。
「オナニー?」
 ヴィンセントは珍しく昼から飲んでいるスコッチを一口。そんな単語を口に出してから飲む酒はどんな味なんだろう。俺はウイスキーなんてロックじゃとてもとても、だから、分かりようも無いが。
「最後に……。ええとねえ……一週間、……先月の二十八日かな」
「……えらく最近だな。どうして? 溜まってたの? ……毎日してるのに」
 ヴィンセントはくすりと笑った。俺の肩に手を回して抱き寄せる。もう一度グラスに口をつけて、少し深めに呷る、氷を一粒口に入れて、噛み砕いた。そうして、それからキスをしてきた。しゃりしゃりとカキ氷みたいなさわり心地の氷が、舌の上でウイスキーと唾液と、溶け合っていく。ひどく官能的で、頭が痛い味だ。ヴィンセントは俺が眉間にしわを寄せると、愉快そうに「ごめんね」と言って、痛むこめかみのあたりを少し舐めた。
「オナニーって、しようと思ってするものじゃなくってさ、衝動的にしたくなっちゃうものじゃない、やっぱり。予定組んでするものじゃないよね?」
「……そりゃあまあ、そうだな」
「僕でもね、時々我慢できなくなっちゃうときがあるんだ。……会社で」
「会社で……、会社で!?」
 少なからずびっくりして、俺は思わずダブルリアクション。ヴィンセントは照れくさそうに笑って、それを隠すためにか、立て続けに二度キスをくれた。
「あんた……、会社でって。……そんな、よくばれないな」
 んー? と笑って、ヴィンセントはまた一口。
「いろいろあるんだよ、場所は。誰もいない部屋がね、資料室とか。鍵かけちゃえば誰も入って来れない。だから、そこでさっと。……注意して見ててごらん、僕のスーツが埃っぽいときは、したときだから」
「……ああ……、じゃあ以後気をつけてみるよ」
「会社でね、昼休みとか、君のこと考える。ふっと、忘れてるわけじゃ決して無いんだけど、思い出す。君の笑顔とか、君の声をね。何だかすごく、懐かしいんだ。ああ、今はあえないんだなって思う。すごく寂しくなる。会いたいな会いたいなって思ってるうちに、昼休みが終わっちゃう。だけど、仕事に手がつかない、君のことばかり考えている。君といたいと思う、早退出来るならしたいって思うけど、立場上そうもいかない。だから、仕方ないから自己解決するしか法が無いんだ。適当な口実作って、資料室行って、中から鍵閉めて。急いでやっちゃう」
「……ふーん……」
 なんだか、嬉しい。
 しかし、ヴィンセントがオナニーする映像、というのが浮かんでこない。いつも余裕綽々に俺を抱いているように見える彼が、せこせこと手を動かして射精する映像というのは、果たしてどういったものなんだろうか。いや、実際に見て見たいとは思わないし、そんなことするのなら俺に入れてよと思うのだけど、興味はある。
「ヴィンセントは、どんな風にオナニーするの?」
「どんな風にって?」
「……やり方」
「右手で扱くだけだよ。ただ、スーツのときはね、飛び散ったら困るから、ティッシュで抑えておくけど」
「……ふーん……」
 ちょっと、想像の範疇を越えてきた。
「まあ、でも、僕はそんなにはしないかな。大体は君といるときに済んじゃうし」
 と、一口ちびっと飲んで、
「君は? 君はどんな風にオナニーするの?」
 尋ねてきた。
「……そんなの聞いてどうするんだよ」
「君が先に聞いてきたから、聞き返すのが礼儀かなって」
「……。俺は……、俺はまず」
 少し恥ずかしい。
「裸になる。服とかに飛び散ったら嫌だし……」
 俺は、先に書いたような自分の流儀を話した。オナニーのやり方なんて、ルールブックがあるわけでもなし、恐らく十人十色千差万別。自分のが取り立てて変だとは思わないけれど、やはりオリジナルストーリーを書いて読ませるような恥ずかしさが伴う。
「へえ……、そうか、そういうのもアリなんだね」
 妙な感心の仕方で、ヴィンセントが頷く。
「君は寂しがりやだからね」
 いたずらっぽく、笑う。俺は表情に不快感を浮かべたが、事実のことだし、確かに俺は一人のとき、ひどいくらいにヴィンセントのことばかり考えている。時々、ヴィンセントの胸は痛んでいないかと、彼の会社がある東の方角を見て考えてしまう。
 ヴィンセントはこの下品な話題をこのあたりで切り上げて、ロックグラスを空にした。
「……、そうだ、クラウド。ねえ、そろそろ剃ったほうがいいんじゃない? 昨日ちょっと思った」
「……ん?」
「毛。だいぶ伸びてきたから。まだ大丈夫だろうけど、お風呂のついでに剃っちゃおうよ、お尻」
 まったく、ごく普通の家庭にはありえない話だ。ひょっとしたらよそのゲイのカップルもしていないかもしれない。が、やはり毛があるとじゃまっけだから、剃ったほうがいいのは確か。
 グラスを片付けながら、「お風呂のついで」と言った彼の言葉がもちろん、そんな殊勝な字面どおりのものではないことを、俺はわかっていた。そして、まさかそんな期待はずれなことはしないよね? と、望んでいた。
 昼間に沸かす風呂というのはなかなかいい。外がまだ明るいから、浴室の中もこうこうとしている。湯気がきらきら光って、とても綺麗だ。お互いに身体を洗いあうと、光にきらめいて、恋人の身体が神々しいほどに見えて、胸に染む。思わずヴィンセントの乳首にキスをした。だって、凄く、すごく、美味しそうだったんだ。
 安全剃刀を手にしたヴィンセントはまるで、理容師か医者みたい。俺を四つん這いにして、指先のクリームを、縦長の楕円を描くように塗りつける。スースーする肛門周辺に、俺は早くも異様な興奮を覚え始める。
「動いちゃ駄目だよ? すぐ済むから」
 の言葉に遅れて、ざり、ざり、と、確かに毛が剃られていく感触。
 と言っても、量は多くないし、さほど濃くも無い、毛足もそこまで長くは無いから、すぐ済んでしまう。程なくして剃り終わり、お湯がかけられた。ヴィンセントの指がそこをするりと撫でて、その部分への抵抗、俺も感じられないから、つるつるになっているらしいことを確認する。
「なんか、お尻の周りに毛がないと子供みたいだね、クラウド。……ねえ、前も剃っちゃおうか?」
 楽しそうに笑いながら、ヴィンセントは言った。俺は一瞬戸惑ったが、俺も笑って、
「いいな、それ。絡まるの邪魔だから、剃るか。……あんたも」
「僕も? ……ああ、じゃあ考えておくよ。まず君からだよ?」
 浴槽の淵に俺は座る。これはいわゆる「剃毛プレイ」という奴だろうか。しかし、こんな風に軽く言われて軽く乗る奴もいないだろうと思う。しかし、こういう馬鹿と言うか阿呆と言うか、どう言われても構わないけど、自分たちばかり楽しいことをするとき、強く「二人」を意識して幸せになれるのだ。実際、俺は先の似非論文の中で「ここを見られるのは恥ずかしい」と言っていたくせに、いいのだ。恋人なら、いいのだ。尻の毛を剃られるだけで勃起するような変態でも、恋人が好きといってくれるなら。恥ずかしいのは確かだが、恥ずかしいから、嬉しいのだ。
 金色の縮毛に、たっぷりクリームが塗りたくられる。俺は一応白人だからして、陰毛も金色だ。陰毛の色は眉毛の色と同じ。
「剃っちゃったらしばらく生えてこないよ? それでもいいの?」
 急にためらいがちに、ヴィンセントが訪ねてきた。
「いいよ。うざったくなくっていい。ツルツルにしてよ」
 ヴィンセントは微笑んで、俺になぜだかキスをして、
「わかった。じゃあ、動かないでね?」
 と、剃刀の刃を当てた。
 ゆっくり、慎重な手つきで、それなりに毛量のある陰毛を、ざりざりと剃っていく。俺はずっと勃起している。ヴィンセントの目つきがとても真剣で、笑ってしまいそうになる。が、命がかかっているから動けない。
 しばらくかかって、袋の方まで綺麗に毛を剃って(こちらは短すぎるから、切った)、お湯を流してクリームと剃った毛を流す。すると、思わず自分で見て笑ってしまった。
「すごいな、こりゃあ……」
 ヴィンセントも笑う。
「うん、すごいね!」
 見事なまでにツルツルな、まるで少年の下半身。しかし、そそり立つのはちゃんと大人の性器であり、一応ずる剥けであるから、何ともアンバランス。笑ってしまうくらい、情けない風景なのである。
「ああ、でも僕、こういうのも好きかも」
 と、ヴィンセントは頬を寄せる。
「ほんとにツルツルだ……。なのに、こんなに大きいんだね、クラウド」
「あんたってショタコンの気があったんだっけ?」
「いや、ないと思うよ。だけど、君のこういう姿見てると、何だか普段とぜんぜん違って、すごく興奮するよ。……クラウドの十歳の時ってこんな感じだったの?」
「いや……俺、毛生えるの遅かったからな、十四五くらいまで、生えてこなかったよ」
「へええ、そうなんだ、あれ? でも、十四歳って言ったら」
「うん、もう、してたよ」
「……ああ、……ああ、じゃあ、ショタコンだったんだ?」
「……うん、そうだろうね」
 ヴィンセントは少し考え込んだ、それから唐突に明るい表情になって、
「じゃあ僕もショタコンで行くよ。クラウド、すごく可愛いよ、ほんとに、すっごく可愛い。可愛い以外になんかうまい言葉があればいいんだけど思いつかないや、とにかく可愛い!」
 自分でも、十年ぶりくらいの無毛だから、新鮮だ。
 ヴィンセントはいとおしそうにそこを撫で、舐める。
「これで皮が剥けてなかったら本当に子供と一緒だね」
 クスッと笑う。さすがに閉口するべきかも思ったけれど、舌が裏側からつううっと上って来て、俺は言葉と息を飲み込んだ。
 そのまま口でしてくれるのかと思ったら、ちょっと咥えて一舐めしただけで外されてしまった。そして、少年みたいな顔でこんなことを言い出したのだ。
「ね、クラウド。……オナニーしてみせてよ」
「え……?」
「僕もするから……、一緒にしよう? 僕、見てみたいよ、クラウドが自分でするところ」
 いくら俺たちでも、「理性」くらいは持ち合わせている。しかし、こういう状況下において、果たして理性や体面を優先して、素直な気持ちを見せ合わないのはきっと勿体無いと、俺たちは考える。この、歪んだベクトルに勢いを持たせたって良い場なんだ、このバスルームは、きっと、今。愛し合う俺たち二人しかいない。相手の気持ちを、欲求だって精液だって飲み込んで、共に在ること……ああまた言っちゃった、とにかくこの、かけがえの無い事実を、俺たちに出来る限りの方法で感じあおう。それがきっと一番素直で、賢いやり方に違いないから。
「どんなかんじでやろうか。向かい合ってする?」
「……顔見られるのはさすがにちょっとやだな」
「僕としてはすごく見たいんだけどな」
 ちっともいやらしくなく言うから、何だか断ってはいけないような気分になる。いや、俺がこんなことを言うほど失礼なことはないと自覚してはいる、だから冗談半分で言うけど、ヴィンセントほどイヤラシイ人もいないように思う。この人は、あまり下劣な、下品な言い回しはしない。どこか子供っぽくいたずらっぽく、遊ぶような雰囲気をまとわせてさらりと言って退ける。しかし、やはり結果としての快感を求めている以上、そのテクニックがスマートであればあるほど、イヤラシイ気がする。
 もっとも、俺としては別にいいのだ。とてもスマートでかっこいい、この人に落とされるなら何度でも。この人が悦んでくれるなら俺は別にどんなでも。この人は俺にそうまで思わせる唯一の人だ。少なくとも、今生きている人の中では。断言してしまおう、あとで
困ることはない。
「……好きにしなよ」
 黙っていたらカッコいい。いや、黙っていなくたって俺は。彼の面白いおしゃべりも、ちょっと敢えて、カッコ悪くしようとしているところも。外見が凄く俺好みな槇原だと勝手に考えている。いや、マッキーも俺、好きだけど。ちっとも彼がぶさいくだなんて思わない。そもそも人は外見じゃ。俺の恋人には外見も内面も素晴らしいものがあるだけで。
 嬉しそうに微笑んで彼は、俺の両手を取って、タイルの床に二人、向かい合って座った。
「あぐら?」
「ああ、うん。会社じゃこんなカッコ出来ないけどね、足が楽だから」
 俺はあぐらじゃない。改めて自分で見てみたら、わりとさりげない格好、足を肩幅に広げてラフな正座、とでも言おうか。
「あ、そうか。お尻いじるところも見せてくれるんだ?」
「……見せなくってよかったのか?」
「ぜひ見たい」
「……指、俺の指、舐めて」
 憎らしいことに、俺が赤面して勃起して、しかも少し緊張しているのに、ヴィンセントはまるでそういう気配が見えないと言うこと。こうなると、まるで俺だけ変態みたい、まるで俺だけ好きみたい。でも俺は多分マゾヒストだから、これはこれでいいのだろう。いいよ、じゃあ。ヴィンセントが俺で立ってくれるの、待ってるから。
 たっぷり濡らしてもらった指を、足の間に入れる。入口に、指節一つ分入れる。そうしてぐりぐりやって、入口を少し広げたら、思い切ってずぶりと二つ目の関節あたりまで。大体、このへんでぎちぎちになって動かなくなる。少しずつずらしたり、引いたり押したりする。慣れるまで、少々の時間を要する。やがて、摩擦による熱が糸を引くような快感を伴うものになる。この時点で満貫級の快感と言って良いと思う。もちろん、俺が早漏だからだろうが、二千四千。痛みもまた、俺には快感だから、三千六千、これに右手でコキ動かすのを加えれば倍満で四千八千と言うことになる。
「気持ちいい?」
「……うん」
「スケベな顔になってるよ」
「……そう?」
「うん、すごい。色っぽいよ」
 ヴィンセントの性器も、ちゃんと勃起している。ああ、俺でしてくれているんだと、確認しては嬉しくなる。もう一翻増えたらイッてしまいそうだから、苦しい思いで右手を止めた。
「……あんたも、しろよ。するって言ったんだから」
「ああ……、分かった。じゃあ、しよう」
 ここまでまじまじ見られていたから、こちらからもまじまじ見つめようと思った。ヴィンセントの、相対的にも絶対的にも立派な物は、いつ見ても創造主の贔屓の産物だと考える。となると創造主はホモ・セクシュアルだったのかも。だって、俺と同じ男性器なのに、ぜんぜん違う。美しい。俺の知っているペニスの、誰の物より一番ヴィンセントのが美しいと思う。滑らかながらシビアなラインのフォルムや、嫌味にならない程度のしかし存在感を確固として自己主張する大きさも太さといった外見だけではない、スタミナもあると思うし、遅漏という程ではないにしろ俺には太刀打ちできないほどに強い。精液の量や硬さも俺を上回っているように思う。
 彼の美しい指が彼の美しい性器に絡み付いて、扱いている。湿っぽい髪が額に目尻に張り付くさまは、同じ人間とは思えないほどに官能的だ。非の打ち所の一箇所すらない。俺は本気で、今のヴィンセントの、自慰してる姿を写真にとって戦場にでかでかとポスターにして貼ったら、欲求不満の兵士たちは銃を捨てるに違いないと思う、がどうだろうか。
 とにかく……、まあ、綺麗だ。
「ヴィンセント……、……き、気持ち良い?」
 せわしなく動く腕を止めて、彼は照れくさそうに笑った。
「見てのとおり」
 染まった頬。
 いけないな、可愛いなんて思ってしまった。
「まだ、いかない?」
「んー……、まだ、かな……」
「……、そう。……あの、出来るだけ、早く頼むな」
「ああ……、うん、分かってるよ、いっしょにいこうね?」
「……うん」
 彼は、再び手を動かし始めた。自慰の体勢としては……。きっと、女性のほうが綺麗なのだろう、こんなせかせかしていない。よく知らないけれど、多分、俺がさっきしていたみたいに、指を入れたりするんじゃないのだろうか。あんまりせわしなくないだろう? セックスのときも、男が故に、何だか焦っているように見えてしまう。
 俺の恋人がそんなせかせか動いてても美しさを失わないことは言うまでも無いことだ。
 俺はじっとヴィンセントの顔を見ている。さっき彼が言った、「スケベな顔」って、きっとこういうのだろう。だけど、駄目だな、「スケベ」じゃない、そんな低俗な物じゃない。確かに、淫猥で、官能的で、下半身にチクチクしてくるけれど、一種の芸術だと、俺は信じた。
 短いような、だけど長いような、じっと見つめている時間が過ぎる。
「クラウド……、動かして」
「うん……」
 恥ずかしそうに、焦ったように、彼の言った言葉に、俺の体表は焼けた。パチパチと爆ぜるような音さえ聞こえたような気がした。熱い固まりが尻から膀胱へ突き抜けるような感覚に遅れて、焦燥が駆け巡り。
 逝く。
 俺の胸に腹に、のどの辺りまで、精液が勢いよく飛び散った。
 頭の中が真っ白になる。
 そんな俺の身体に、顔に、ヴィンセントの精液が降りかかった。
 熱い。
 熱くて、とろっとした液体が、頬を垂れていく。
 胸を垂れていく。
俺の出した液体と混ざり合う。
 ……子供が出来る、なんて、嘘だよ。
 ため息が重なった。
「……かけちゃった、思わず」
 彼はすまなそうに笑って言った。俺は知らず、頷いて、ありがたい気持ちでいっぱいになるのだ。どうにかしてる。そんなことは知ってる。
「すごく、すごく、可愛かったよクラウド。ほんとうに」
 手桶でお湯をすくい、俺の身体を撫でて洗ってくれる。俺の精液は流れていい、ヴィンセントのは流したくは無かったけれど。いつまでも貼り付けておくわけにもいかないし。
 陰茎の根元もつるつるだから、精液が引っかからない。
「ほんとに可愛いねここ。生えそろうまでは当分可愛いまんまだね」
 今は萎れて倒れた朝顔みたい。彼はふと手桶を置いて、俺の亀頭に、皮を引っ張ってかぶせた。
「……何」
「可愛い!」
 馬鹿みたいに笑った。なるほど、だがこれを可愛いと感じる神経を持つ人間は恐らくこの世には少ないだろう。
「肩冷えちゃったね……。ゆっくりあったまろう」




 小便の時に特に気になってしまう。何となく、やっぱり冷静な頭で見ると、これはちょっと変だと。最も、こんなところ恋人以外の誰にも見せないのだから気にすることは無いのだが、やはり頼りないというか何と言うか。まだ生えそろうまでには当分間が要りそう。見ていて、髭よりもゆっくりゆっくり、じわじわと伸びてくるのが分かる。
「このまま伸ばすの?」
 愛し合う前に彼は聞いた。
「別に……。駄目か?」
「いや、君の好きでいいけど」
 指先に少しざらつく毛の感触を楽しみながら、彼は微笑んだ。
「俺はあんたがしろって言うならする。子供っぽいのが好みならまた剃っても構わないぜ」
 彼はほんの少しだけ考えて、言った。
「いいよ。今の段階のも、こないだみたいにツルツルのも、生えそろったのも、僕は全部好きだから」
 いたずらっぽく微笑んで、俺の胸をくすぐってから、甘そうに頬張った。

 


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