恋人が傷んでいる姿を見たことが無い気でいる呑気な俺は、平気で恋人を傷つけるようなことを言っているに違いないけれど、恋人が本当に傷ついているのかどうか正直判らないのだ。いつでも優しくにこにこ笑っている。いいんだ、君のしたいようにすればと、あっけなくあっさり認めて抱き締めてくれてしまうものだから、俺はいよいよどうすればこの人を傷つけないで済むのか喜ばせてあげられるのか判らなくなる。そして突き詰めて考えていき、どうしてこんな人が俺の側にいてしまうのだろうと重い、割とちょっと、重苦しい気持ちにもなる。俺はそんな権利のある人間じゃないと気付き、大好きな人と一緒にいる、そんな一応は平凡な幸せに見を浸している事すらこの穢れきった身には不相応なことと思えて、
「あんたなんか要らない、要らない、要らない」
心も身体も依存しきっているのにそんな言い方をする。本当は、大好き、大好き、大好きって、何度言っても物足りないような気がしている、必要だ、側にいてくれ、ずっと――、もっと、もっともっと、ずっと、言ったって、まだ足りないくらい。
傷ついた顔など少しも見せないで俺を抱き締めて、ヴィンセント、あんたはずっとそうだった。いつでも、今も、俺をいつでも抱き締められる位置にいる。
目を閉じても判る。目を開けていればもちろん。触れていてくれる。手を握っていてくれる。頭を窮屈でないくらいにしっかりと抱いてくれる。それなのに、どうして俺には寂しいなんていう贅沢な感情が相変わらず根を張っているんだろ。
欲深いな、人間は。もっともっともっと。心だけじゃ足りなくて俺は身体でもヴィンセントを取り込んだ。同化する。俺はヴィンセントの蛋白質を飲み込みヴィンセントを栄養素にして生きる。ヴィンセントに似た命を作れないなら俺がヴィンセントに似ていく。
「クラウド、喉が渇いた?」
「うん」
「飲んで良いよ」
「……うん」
「おいしい?」
「うん、すごく美味しい」
「そう……。でも、……痩せたね。どんどん痩せていってしまうね」
「そうかな」
「うん。……やっぱり、痩せたよ」
「そう? でも、美味しいし……、ちっとも問題は無いよ」
「……クラウド、君は……」
「どうした?」
「……君は、綺麗だね」
「俺はあんたを綺麗と思うしあんた以外の綺麗さの性質は判んないんだけどな」
「でも、僕は君を、綺麗だと思うよ」
机上の空論に過ぎないけれど俺はあんたに似て美しくなっていけたらいいと思う。俺が本当にあんたそのもののようになれたら自分の体を抱き締めることで心の平衡を保てるんじゃないか。机上の空論に過ぎないけれど、それくらい綺麗になれたら本当に良い。