戯画。

 過半数は我が物顔で言う、「普通は」。つまり俺たちは普通じゃない。けれどそう問題じゃない。俺とヴィンセントは普通なんかじゃない。抜群だ。少数派の中でも精鋭、選び抜かれて在る。だけどちっとも特別じゃない、俺たちはあんたの隣りにだって居る。ごくごく普通の顔をして。

 

 

 

 

「すごい、すごい、これ、これすごい」

 ヴィンセントがはしゃぐ。俺もショーケースを覗き込んで、ぽかんと口を開けた。反り立つ半透明の男根がうねうねと波打って動く玩具だ。言うまでもなく立派なヴィンセントのそれ以上、何か暴力的にすら映る巨婚の幹にはパール大、というかまあ、パールを模した球状突起が幾つも突き出している。幹の途中で枝分かれし、男根の震動に合わせて震えるのは、陰核を責めるためのものだろうか。ヴィンセントと俺は並んで、ショーケースの中でそれがうねうねと動く様を見ていた。

 これだけ毎日毎日セックスをして、ただセックスをするだけにも飽きないものだから、考えてみるとこういう玩具と言うのは一つしか持っていない。それも、ローションを買ったらついてきた乾電池式の安っぽいローター。ヴィンセントはピンク色のプラスチック製のそれ、俺の尻の穴に突っ込んで、嬉しそうに「気持ち良いんだ……?」、訊く。実際、大きさとしてはヴィンセントのちんちんのほうが余ッ程だけれど、ヴィンセントのちんちんが震えて動くわけではないから、やっぱりそれなりには感じてしまう。

 ただ、たまには目先を変えてみてもいいだろう。玩具を使わなくても楽しいし、使っても楽しい、どちらかに偏ったら、もう片方が更なる新鮮味を帯び、結果的にオリジナルな形が最高という結論に至るならそれもいい。

「すいません、これの、枝分かれしてないやつってないんですか?」

 店員に、ショーケース指差して、平然と尋ねる。店員(当然男だ)はヴィンセントを見て、俺を見て、道具を見て、しばし考えてから、「こういったものもありますが」、数珠状に球の連なった玩具を紹介してくれた。

「ああ、こういうのもいいね。太さ的に君が楽かもしれない」

 しみじみとヴィンセントは呟く。クールな二枚目、黙って街角に立っているだけで一幅の絵になるような人なのに、進んで壊れ、人のいい微笑、そして猛毒ガスを周囲に撒布。

 真っ黒い買い物篭にそれを入れ、女物ばかりの下着を掻き分けて、男性用の下着を二人で広げる。

「うわー」

「……わあ……」

 互いに、それを穿いている自分の姿を想像し、複雑な面持ちになった。「何のために穿くんだろう?」、基本的にトランクスしか穿かない俺たちであって、その柄にしたって、タテジマとかチェックとか、せいぜいペイズリー。駅近くのスーパーで一枚五百円という程度のもの。どうせ脱がせちゃうんだから実質本意でいい、そう思っていたのだけれど。

「これさ……」

 ヴィンセントが呆れ顔になって、一枚、広げる。

「……穿いてても……さあ」

 黒い紐かと思ったら、一応下着の体を成してはいるのだ。ただ、あの部分も紐であって、要するに穿いたところで何も隠れはしない。ヴィンセントの苦笑の陰影には色いろなものが顕れていよう。彼が穿くにしても俺が穿くにしても、戯画化は免れない。しかし、男性用のこういった下着は何れにせよ何ともいえない笑みなしでは物色できない。中央部に象の鼻の如き筒状の袋がついていて、要するにそこにちんちんを入れて穿くわけだ。

 こういう店でこういうものを観察するときには、テンションが大切である模様だ。さっき玩具を択んでいたとき、あれほどはしゃいでいたヴィンセントが途端に大人しくなった。女性物の下着にふと目をやれば、女性が穿いたならば、まあ、なるほど、好きな人は好きだろうなというものがほとんどなのだが。

 俺の目線を、ヴィンセント、追ったのだろう。不意にそちらへ歩いて行き、物色し始める。

「君が」

 飯を食うことを考えれば、下着は見た目だろう。味ではない。そして、量でもない。中身がどうあれ、とりあえず美味しそうに見えるかどうか。

「コルネオの処に言ったときに穿いた下着って」

「とっくの昔に捨てたと思う」

「そう、勿体無いな。……この中に似たのはある?」

 ヴィンセントは手にした赤と紫を見比べて、そのどっちも、俺が穿いたら世界の爆笑を誘い世の中を明るくする運動に使えそうだ。

「ん?」

 俺は男性用のものから一枚掴み取った。そして、ヴィンセントの右手の、紫のを。

「これだ」

「むらさき?」

「そう。で、あんたはこっちだ」

「……またすごいの択んだね」

 咄嗟に掴み取ったものだから、ろくに見もしなかった。尻なんてほとんど隠れない、前は一応布が張ってあるけれどそれにしたって、というような、黒と赤主体の代物。だけれど、……うん、ヴィンセントになら、きっと似合う。

「じゃあ、僕がそれを穿いたら、君もこれを穿いてくれるんだね?」

 さらりとヴィンセントは言う。

 一瞬、見詰め合った。端から見たら、二人して怪しげな下着を握り締める男、益々戯画的、ある種神秘的、笑われてもいい、笑われればいい。

 俺はヴィンセントの手から紫を奪い取り、篭に入れた。ヴィンセントはよしよしと俺の髪を撫ぜる。折りしも俺たちのすぐ横を、仲睦まじい中年の夫婦が通り過ぎた。「ああはなるまい」、そんなこと考えながら、もう十分なっているのかもしれない。比較対象を間違えたかもしれない。

 新しい玩具と、新しい下着と、それからローションのボトルを二本、「えっちの時はお金のこととか何も考えたくないよ」とのことで。これだけ取り揃えたのだから、当然の如く今夜は長い。その後ドラッグ・ストアに寄って、ちょっと贅沢なドリンク剤を二人で飲んだ。別にそんなの飲まなくても、俺はもう店の中にいるときから半勃ちだし、いくらだって出せると思ったけれど、言わばイベントの準備、形式で得る満足だ。

 すごく、わくわくしている。すっごく、わくわくしている。若々しくも馬鹿馬鹿しい欲求。必要不可欠なものはすごく少なくて、愛し合うヴィンセントと俺と、性欲。それに、……いっそ戯画化の極致を目指すのも良いかもしれない、幾つかの装飾記号。今宵久しぶりにああいう下着を穿くわけだが、果たして上手に穿けるだろうか?穿く前から勃起してたらはみ出るな、そんなことを考える助手席の俺は、もう既に、ズボンがきつい。


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