FANTASTIC! YEAH!!

美しい人と一緒にいると、何というか心が、興奮する。心が興奮するという言い方が変だとすれば、少なくとも、判断能力は鈍る。馬鹿になる。優先順位で言うと、まず「あんたが好き」という気持ちがあって、それから羞恥心が続く。あんたのことが好きで、あんたの隣に臆することなく立っていられるということが、嬉しい。だから、すごく興奮する。心が躍る。幼稚だ。

ほっといたって、俺はほらこんなにも、幸せ。

「まっすぐ立て」

注意された。右手、柱をつかまされた。

「うん……」

 さっき、久しぶりに友達、会った。いっぱい、いろんなことを、誉めちぎって、俺はこんなに幸せなんだということを、晒そうと思っていた、けど、いざとなったら、隣にいるって、それが俺の友達なんじゃなくて恋人なんだって、そういうことを向こうが理解してくれたってだけで、俺の心はいっぱいいなって、『幸せそうやね』なんて言葉に『そんなことはない』と憮然と、だけど滲み出る嬉しさを隠せないまま、言った。

 俺の隣にいる人は、綺麗だろう? 俺は声に出さず、そう呟いた、なあ、そこのバカップル、あんたらのどっちよりも、この人の方が、ずっとずっと、ずっと綺麗だ。

 でも、あんたたちは、まだ解っちゃいないんだ。ヴィンセントという男の、「綺麗さ」しか解れない。この人の六割くらいの要素を、俺は解ってるつもりだ、自己陶酔を含めて言わしてもらえば……、その、八割は、解っているつもりだ。その器用な手の優しさも、唇から時に無慈悲に放たれる毒も、ぬれた髪の毛のさわりごこちも、俺を側に置き続ける勇気も、拭い切ることが出来ない幼児性も、疎むべきかもしれないが老廃物や精液の匂いも、人間的な臆病さも、俺にだけ見せるおどけた仕種も、本当は自分のことをちっとも綺麗だなんて思っていないことも、俺みたいに泣いたりする弱さも俺を決して殴らない強さも。俺だけしか知らないんだ。

 そしてそれは、宝物。だから、秘めておく、だけど、自慢したい。子供みたいにさ、「どうだどうだ、俺だけしか持ってないんだぜ、この宝物を、どうだどうだ、お前たちになんて触らせてやらないんだ、どうだ、どうだどうだ、俺は、この世界でいちばんこの人の隣が似合うんだぞ、この人は俺の、この俺の、恋人なんだ、どうだ」、口に出して、ものすごおいハイテンションで、オーバーアクション交えて、早口で、すごくイヤミたらしく自慢げに、あああ、お前たちに言ってやりたいよ!!

 噎せ返るよなこの幸せの。ときめきの。すごさを。

(次は……、……です、……ください)

 俺たちはでも、いまのところは、俺がものすごおいテンションでアクションで早口でイヤミたらしく自慢げに言ってないから、背景に終わってる。ヴィンセントがどんなに美しくても、今日も彼は目立たないダークグレーのワイシャツによく似合いのネクタイ、長い足を誇る訳でもないズボン、黒っぽくて、地味。俺だって、……そうだ、これも自慢してやりたい、俺が今来てるワイシャツ、ちょっと大きめなのは、どうだどうだ、こいつのもらったんだぞ、「この色はお前の方が、きっと似合う」って。俺にそれを着せて、「やはりな……」って。「それはお前にやる。安物だが部屋で着るぶんには良いだろう」って。地味、本来部屋用、くたびれた灰色がかった白のワイシャツ、心臓のあたりまでボタンを外して、そう、このチョーカーも、もらったんだ、俺がじっと見ていて「格好良いな」と言ったら、くれた、「つけてみるか?」って。「自分で言うのもなんだが、こういう物を必要とするファッションはどうも、自分には合っていないような気もするんだ」って。そして、俺に、彼の手で付けてくれた。自分では正直、似合ってるかどうか分からないけど。ずぼらな格好、部屋着、ズボンも、擦り切れてる。だけど、トランクス以外は全部、あなたにもらったものだから、俺は友達と会うときに選んだ。

 どうだ。 人前で、キスしたい。露出趣味のひとたち、なるほど、そういうことですかって、思う。今は本当に、それはとてもいい趣味だって、思う。迷惑かかるかもしれない、だけど……、だけど。

 同性愛者に対しての目は和らいでも未だに、やっぱり、払拭できない部分、あるんだと思う。おろかなこと。XかYか、ほんのそれだけのことで、あんたは男だったり女だったりした、それなのに、はじめから相手を選んでしまうなんて、なんて、おろかなこと。好きになった相手が同じだったからといって、選別してしまう? 何のメリットがある? 「そうである」自分が、嫌いなんだろうな、おろかなこと。誰かのことを好きになる自分が嫌いになるなんて、なんかすごく、矛盾してるよ。でも、俺が露出してやりたい相手って言うのは、要するにそういう、愚かな奴らに対してなんだ。引くような奴らに対してなんだ、どうだどうだって、俺たちはこんなに幸せなんだぞ、お前たちは限定された半分だけの世界でしか幸せを負えないんだよな、って。

 キスをしよう、ヴィンセント、俺たちを、誇ろう。

……何だ」

 俺たち、どんな風に映るだろう。兄弟には見えないよな、友達……大学の先輩後輩とか、あるいは幼なじみが久しぶりに飲んだとか。

 そういう固定観念を持った奴らを、このキスで殴ってやりたい。

 ネクタイを引っ張り、顔を下げてもらう。

 俺は何も言わない。言わないでおいた。ヴィンセントは意を汲んだ。上手いな、って。俺に付き合える、この柔軟さは、ほんとに、すごいな、って。

 解るのな、あんたは。俺が言ったこと、ちゃんと、覚えてるのな。

 俺たちの姿が他者の記憶に残れば、それはそいつが死ぬまで一つの永遠だと。……回りに与える印象、最高、最低最悪。Yeah...
踊れ、弾けろ、輝け、暴れろ、壊れろ、跳べ、喜べ、謳え、生きろ、走れ!

唇が重なった瞬間、俺はガンッ、足で強く、一つ、床を蹴った。思ったよりも大きい音が出て、俺がびっくりした、ヴィンセントも多分。でも、それ以上に、まわりだ、驚いたのはまわりの連中。俺は、それを存分に味わった、旨い視線だった。釘付け。俺たちに釘付け。俺たちの……この、世界一の、幸せに! 世界が、車内がひれ伏す。

唇を離した。

「はは……ッ、ざまあ見ろ……俺たちは、幸せだ」

ヴィンセントは咎めるように俺の頭を抑えた、が、それもまた、俺たちの幸せを裏付ける効果しかなかった。

「愛してるぜ、ヴィンセント」

彼は、綺麗な髪の毛、掻き揚げて、それから俺の薄汚れた髪の毛、掻き混ぜた。そして、扉をガンッ、叩いてから、俺を、苦しいほど抱きしめた。

解るのな、あんた。俺は……あんたがほんとう、居心地いい。この、同じ周波数が幸せ。Yeah...

「寄りかかれ、せめて可愛い台詞の一つでも、吐け」

「おお……、愛してるよ、すごい、愛してるよ、大好きだよ、ああ、俺は」

 弾けろ。

 そして、弾けるな、永遠にここに在れ、俺たちの、幸せ。ざまあみろ、見ろ、記憶に焼き付けろ。

「クラウド=ストライフは、ヴィンセント=ヴァレンタインが、大好きだ、愛してる、俺の旦那様ッ」

 さげすんでかまいません、けど、それが俺たちの、少なくとも俺にとっては、……いや、きっとヴィンセントにとっても! すごい大きな、幸せになるんです。

「お前ここで、ズボンを脱げるか? 裸になれるか?」

「平気だ」

「本気にするな」

 YEAH!


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