愛慾。

 俺はヴィンセント以外の誰も愛していない。

 

 

 

 

平和主義者、時に理想主義者にもなる俺は同時に、大変なエゴイストであり、俺の夢に背くものがあれば自分でも恐ろしくなるくらいの力がこの身の中に生まれビクビクと血管を拡張させて全身を支配するのが判る。

 俺はヴィンセントが好きで、ヴィンセントに愛される喜びさえあればとりあえず満足している。基本的に、俺はヴィンセントがくれるものであれば、それがたいしたものでなくとも、「物」でなくとも、勝手に拡大解釈して喜んで、幸せになってしまえる。俺とはお手軽な人間だ。望んだままヴィンセントと共に在り、彼と結ばれ、今ここに在る。今朝もセックスをした、俺の身体はヴィンセントを受け容れる。身体がヴィンセントの鍵穴になり、開かれ、産声を上げる瞬間を、俺はいつだって幸せと感じている。

 今にこの幸せは世界を支配する。

 そして俺は少しの躊躇いも無く、この幸せに手垢を付けた者を世界の外に追いやりたいと思うのだ。

 ヴィンセントと在る幸せを守るためなら女子供でも平気で首を刎ねてしまうような危うさが俺の中には生まれる。ヴィンセントと共に居たいと願ったから俺の周りにはヴィンセント以外の誰も居なくなったし、誰も要らないとも思っている。いいんだ、俺の目の中にヴィンセントがいればいい。

 時折、一人で勝手に怒っていたりする。誰でもいいのだが、とにかく「誰か」が、俺やヴィンセントを、あるいは二人でいる俺たちを、皮肉ったり詰ったりすることを想像して、一人で血圧を上げている。時折その想像で泣いてしまうこともある。悲しくて、怖くって、ヴィンセント早く帰って来て、あいつらから俺を守って、震える。帰ってきたヴィンセントに抱き締めてもらうまで、ずっと恐怖心が去らない。

 俺は狭い世界に住んでいる。この狭い世界に、居る理由は、ただ、ヴィンセントが居るから、それだけ。

 確かに途方も無い寂しさに暮れることは在る。昼間、仕事に行ったヴィンセントを待っている。仕事の途中に、帰ってくるはずも無いのに、ソファに座って、ヴィンセントがひょっとしたら意表をついて帰ってくるんじゃないのか、そう思ったりする。もちろんそんなことはそうそう起こるものではないし、起こってはいけないのだけども、思うだけ思ってしまう。しかし、そんな寂しさも必要と思うのは、それを経るからこそ、ヴィンセントが温かいと思えるからだ。

 今日も俺の腹の底にはどういう風に処理したらいいのか判らない憎悪が漲る。それはヴィンセントの目を見た瞬間に蕩けて消えるようなものなのに、一人になると、特定少数の相手を、詰っている。そして、やり場も無い怒りに指先まで赤く染まりながら、ただ、ヴィンセントの帰りを待つ。

 

 

 

 

それでも綺麗ごとを並べつづけて生きていきたいと思うんだ、汚いことやずるいことをしたり見たりしなくていいのならそれが一番幸せだって誰もが思い、しかしそれが出来ないことを嘆き、諦め、結局汚くてずるい生き方を選んでいるのを見るから、俺くらい穢れたくないと思ってもいいと思うし、俺たちくらい美しい恋人同士がいたっていいと思うから、例えば決してプラスのイメージもないかもしれない愛欲重視の日々であっても俺たちがこうして自分たちのハッピーな状況を認めて続けていきたいと思ったならそれはやっぱりハッピーに違いないし、どうせ誰にも届かない場所に俺たちは自分の居を構えたのだから汚い足の誰も入れないで幸せと言い合っていればいいと思う、we are walking and working in the our holiday、少し先のことがここに居る俺たちには判るんだ。少なくとも俺たちにまつわる未来だけは、そんなに悪いものじゃないって確信できるだけの、確証があるから。

 俺たちのこの素晴らしい日々よ、永遠に続くことがなくとも、それでも今日明日に終わるものじゃないって俺は言えるから、『HSH』、素晴らしき毎日に呼吸、する俺たちのリズムは、誰かと同じでなくってもいい、同じじゃない方がいい。

 でも俺たちが特別なんじゃない、読む本も仕草も誰かと似ていて、だけど「だから」俺たちを「俺たちと同じ」なんて思うのは馬鹿だ。やっぱり特別じゃない? でも、特別じゃない。俺たちはどこにでも生まれ育つ子供と同じだ。

 軽快に綱渡りしてるみたいに、見えて案外に、警戒に警戒を重ねつつ、苦いと思う言葉なら包みつつ、尊重し合い敬愛し合い愛し合い、融通の利く範囲なら譲歩して、どんどん幸せになってけばいいんだと思って、願って、それが叶って、笑って。恐々歩く日々が誰かから見て軽快に見えるって言うんならそれでいい、俺たちはこういう風に幸せに歩いていますって、偉そうに笑って言う、それだけだから。

 二人の為にと思うから幸せに思える買い物をして帰る、通り過ぎた踏切がなって線路を叩く音が聞こえて、俺よりずうっと大きい電車が走っていく、他人がたくさん乗っているなら意味を持たないと思えるくらい俺に世界は狭くなっていて、しかし俺みたいな思想なら好ましい現象だった。手袋をしてくればよかったな指先が冷たいよ。隣りに居てくれたならポケットに入れてくれたのに。そう思うだけで涙ぐみたくなるようなこの幸せで無害な恋人の片割れ。太陽の落ちるスピードの感じられる夕方の、この線路沿いの景色が案外に綺麗で、追い抜いていった電車がスピードを上げる下り坂、その屋根が赤く輝いているのが神々しくもあるんだと、教えたいと、他の誰ともあまり変わらない感覚で思うような、俺は、世界でい一番素敵な人の恋人のつもりでいる、他の誰とも変わりはしない。

 

 

 

 

 百年、千年、経てば俺たちのこの生活を全面的に尊重する人も出てくるだろう。

 

 

 

 

 君が好きだよとヴィンセントは言った俺は呆けたようにこっくりと頷くキスをして舌を出して舌の先を誘われて俺は喜んで誘われると罠のように甘い舌の先で俺は上顎を遊ばれて呆気なく声が出たその瞬間に生まれ変わってしまうような衝撃があるのだと感じたその瞬間瞬間に意味があるものだから俺はキスをしながらしょっちゅう泣いてしまう。

 その涙すら零さぬようにと舐めながら舌が指がそして視線が俺の身体を這い回る呼吸をまだ少しも乱さないで俺の身体を歩く耳首胸腰尻指性器君の体の何もかもが好きだとその全てに欲情すると俺にだけ意味を持つ宣言をしながら俺を善がらせてヴィンセントは優しく微笑んでいる微笑んだ唇に俺は理性を全部啜り取られてヴィンセントの中に入りヴィンセントの一部になっていく。

 俺の身体を誰より美味しそうに食べてくれるのがこの人だと他の幾千億万の人と比べないでもそう確信出来るのはその目に俺が狂おしいほど愛欲溢れ愛液零れこんな風に目を回すからでここまで俺を抱いてきた全ての男に懺悔させたいくらい俺はヴィンセントだけで十分と思うあんたたちじゃ結局俺を満足させらんなかった満足っていうのはな要するにこういうことだよと。

 小さな不安も些細な不満も世の中の矛盾もあいつらが纏う世間体も嘘も裏切りもヴィンセントにちんこ咥えられるだけでこんなに消えんだこんなに変わんだ抱かれるたびに俺が世界から天国へダイブするからかも知れないなヴィンセントの口の中へダイブするんだいそれくらいの心地良さビリビリするんだ全身俺は震えながらジャニスも目じゃないような上げてさ。

 俺の精液美味しいって言ってくれる俺のお尻は可愛いって言ってくれる俺の逝く顔素敵だって言ってくれる俺の声を麗しいって言ってくれる俺のお尻の中気持ちいいって言ってくれる俺だけが愛してると言ってくれるって言ってくれるって言ってくれるって言ってくれる同じことを俺も言おうと思ったら裂けるんじゃないか尻と喉それくらいの声が必要。

 しっかり繋がったがっちり繋がったもう放したくない離れたくない永遠延々一緒がいいようあんたと離れたくなんかないよう赤ん坊が臍の緒切られるのを泣くみたいに俺はあやふやなヴィンセントとの繋がりが解けるのを恐れて泣きながら善がったヴィンセントもそんな俺を見てぎゅっと俺の手を握って大好きだよ大好きだよ大好きだよ大好きだよ。

 

 

 

 

 あるべき場所が、違っても。

 罵声を浴びて、血が出ても。

 誰とも、違っても。

 ちんこの先から、血が出てもさ。

 俺はあんたが好きだよ、ヴィンセント。愛欲、ウィア、ウェイティンフォーザ、タイム、トゥセイ、愛ラブユウ、言えた俺たち、幸せだね、願い叶ってるね、ね。Check it listen, everybody SAY.

 俺たちを馬鹿にする奴の、バーカ……。ざまあみろ俺たち、幸せだ。

 

 

 

 

 

 俺のお尻の中に出された精液の中に潜む幾千億万のヴィンセントの魂の一匹すら逃したくなくて俺は必死に締めるのだけどどうしても漏れ溢れるのが悲しくて悲しくて何度泣いたか判らないけれどその涙の乾かぬうちにヴィンセントは大丈夫だよ君の中に僕は確かにいるし同じように僕の中にも君から貰った甘いおつゆがちゃんとあるからね……。


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