ヤツが来る!

今年は雨期の終わるのがいつもよりずっと遅く、涼しい日が続いていた。雨期が終わっても、暑さは長くは続かず、せいぜい一週間くらい。これならば今年はと安堵しかけたが、もう一度、夏が来る。
 ディリータは多くのミドルティーンと同じようにこの季節を喜ぶことは出来ない。彼自身が暑い夏をさほど好んでいないという理由も確かにあるが、言うまでも無く、彼の恋人こそがその最たる理由である。
 夏は暑い、汗をかく、服が濡れる、だったら。というロジックになってもいないロジックを振りかざして、十四歳にもなってラムザは全裸で過ごしたがる。既にご存知の通り、誰に見られても文句を言えないような場所でも、恐るべき勇気をもってひょいひょいと歩いて通り過ぎる。これは周知の理由でディリータには胃が痛いこと。そして、腰が痛いことなのだ。裸になれば、それだけ気分も開放的になるのだろう、普段から十分すぎるくらいに開放的な貞操のラムザは、これ以上外れる箍もなく、節度などという言葉は跡形もなく、例えば昨年は月に百回はしたという自信がディリータにはあった。その自信が、何にも繋がっていないのは辛いところではあるのだが。
「でもさ」
 早くもディリータに危機感を抱かせるには十分の、下着のみというラフスタイルになってラムザはほがらかに言うのだ。
「冬だったら寒いから、君とずっとくっついてたいって思う。そしたら、やっぱり僕、同じようにしたくなる。ってことはだよ、やっぱり、繋がってるのが一番いいんじゃないかなって。夏も冬も関係なくさ」
「だったら……、それ以上の薄着はやめてくれないか」
「だって、暑いものは暑いもの。僕は君と違ってさ、なんだか夏はダメなんだ」
「お前の場合は、汗のかきかたが下手なんだよ」
「汗のかきかたに上手い下手があるの?」
「うん。だから、日光の下でたくさん運動して体鍛えれば、自ずと良くなるはずだよ、身体のリズムだからさ、そういうのは」
「ふーん。じゃあ、ディリータも一緒にしようよ、日光の下でたくさん運動」
「え?」
 ラムザはにこにこ笑って、ディリータに擦り寄った。
「お外で、ね、一緒に裸になってさ」
 どうしてだろう、こんな風に、馬鹿な子相手に、ちっとも腹が立たない。ディリータは溜め息を吐いて、暑いのに纏わりついてくるラムザに、自分の汗の匂いを嗅ぎ取られることを、少し気にした。当然のエチケットが半分、残り半分は、その匂いがラムザを勢いづかせると知っているから。これ以上事態を悪化させたくはない。夏でもないし、まだ夜でもない、なんでもない曇りときどき雨の日の夕方だ。
 ラムザの困るところは、「なんでもない」日、時ですらも支配して、「なんでもない」ものではなくしてしまう力がある点。恋人と共にいることが既に特別という言い方も出来るだろうが、それはさておいても、一瞬一瞬が緊張の連続で、ディリータとしては十五歳にして時折胃がきりりと痛むときがあるのだ。イベント続きの毎日に、いったいいつまで持ちこたえられるだろう。
「今はしないよ」
 鉄の意志で、ディリータは纏わり付いてきたラムザを押し留めた。
「えー」
 ラムザは少しがっかりしたような顔を見せたが、すぐに太陽が雲間から覗くように、
「今、は?」
「……、ああ、今、は、だ。ずーっとしないなんて言ってない。今はしないってだけだ。……それで勘弁してくれ」
 鉄といっても、高温には溶解する。ラムザは、とてつもなく熱い。しかし、ラムザの白い肌に細い身体は冬の方が似合いそうなのだが。もとい、冬だって不似合いでは全くないのだが、夏の方が、やはり印象に残る。ひまわり色の髪のせいだろうか。
 「おあずけ」をしたらしたで、意外と大人しく本を読んだりごろごろしたりびっしょり汗をかいたグラスからミルクティを飲んだり、それなりに普通に暇を潰すのだ。ディリータの目線が無ければ、さほど感じるということもないらしい、ディリータが机に向かって勉強している間、部屋には一種異様な空気が流れている。裸の少年と、服を来た少年。なぜこんな正反対の二人が、なんでもないような顔をして一つ部屋にいるのだろうか。このシーンだけを絵に描いたなら、恐らくは多くの誤解と疑問を生む結果になろう。だが、ラムザは基本的に悠悠自適の精神だから、これに居心地の悪さなどまるで感じない、ディリータが着ていたければ着てればいい、僕はひとりで、裸で待ってるから。ディリータがしてくれると言ったときに初めて、反応をすればいい。もちろん、ここで自慰に浸ることも選択肢にあるが、最近ではディリータが勉強に集中できなくなるのは申し訳ないという理由で、それはしないようになった。
 しかし、ラムザは解かっていない。同じ部屋に恋人が裸でいるということ自体が、既にディリータを悩ませるのだ。風通しは十分いい部屋で、時折彼の髪を揺らすのに、何故汗が止まらないのか、身体全体が腫れぼったいのか。別にラムザは、自分を誘惑しているわけでもない、ただそこに在るだけ。それなのに、どうして自分は。
 決まっている、好きな子が裸でそこにいたなら、感じない男なんているはずが。
 しかし、まだそこまで割り切れないから、少年は恥じ、自分の愚かさを責める。勉強に集中することで、我慢しようとする。
 ……些細なプライドを捨ててしまえば、……。
 夏休みに勉強なんてよくやるよね。ラムザは呆れ気味に笑ったことがある。向学心旺盛なディリータを、羨む気持ちと、素直な感心と。折角目の前にこんな素敵な時間があるんだから、たっぷり遊んでしまえばいい。宿題? そんなもの、秋が来たらやればいい。ラムザはそういう考えで、だからディリータのやり方はそれこそ、理解できないのだ。
 しかし、ディリータとて、夏休みに、何もかも忘れて遊びたい気持ちもあるのだ。十五歳の少年として、確かに存在するのである。
 奥歯を一回きつく噛んで、筆を置いて。立ち上がる音にラムザが気付いた。ディリータは額に汗を浮かべて、なんだか酷く情けない顔をしている。それから、ラムザの横に座り、ラムザが猫のようにその膝の上に載ると、もうダメだ。抱きしめて、キスをして。
「するの?」
「……ん」
 ラムザはにこりと笑い、
「じゃあ、そんな服、脱いじゃいなよ。暑いでしょ? 裸が一番楽だよ……」
 きっと操は軽いに違いない夏の精霊のようなことを言って、ディリータのシャツを捲り上げた。篭っていた汗の匂いが鼻をついて、ラムザは男性的な興奮を覚え、その匂いの坩堝へ顔を埋めた。汗ばんだ、酸っぱいような塩辛いような肌を、舐めて味わう。自分の乾いた体とは対照的な、潤った肌。自分の身体を濡らすのが、なんだか罪深いことをしているような気にさせられた。構わず、舐めて、頬を寄せて。 ディリータは、ラムザのように震えた。
 いつのまにか、自分の身体がラムザの下にあることも、構わない。ラムザはディリータのあちこちを触れて舐めて可愛がる。まるで玩具になったみたいな、そんな気持ち。翻弄される楽しみもある……、と思いかけて、いや、これ以上翻弄されたら、どうなってしまうのかと思い至る。遠心分離にかけられているようなものだ。
 でも。これが俺の、一番楽なポジションなのかもしれない、などと、などと。
 臍の周りにいくつもキスを落として、ラムザは精神的上位に立ちたいからか、それまでずっと触れなかったディリータの陰部に、ようやく手を伸ばした。本当は、もう我慢が出来なくなったからだろう。手は、焦っていた。もちろん、ぎんぎんに硬くなったディリータのそれ、を、目の当たりにするや、もはや言葉も出ずに、しゃぶりついた。
 卑猥な顔、とディリータは思う。洗ってもいない性器にむしゃぶりつく、愛の貪欲のそのままに、素直が人間一番いいんだけど素直すぎるとこういう風になってしまうんだなあとディリータに考えさせるような顔。そんなことを考えている場合でもないのだが、セックスの最中は意外と冷静になれる瞬間も存在するもので、今が丁度そう、しかし、もうちょっと経てばそうではなくなる。そう、具体的に言えば、ラムザが一旦口から抜いて、ディリータの性器の裏側を、いとおしそうに舐める、その顔を見た瞬間にだ。他とどう違う瞬間でもない、しかし、同時にそれが大切なものでもあるのだ。唇を寄せて、キスをしてくれる、その音を聞く。喉の奥がくすぐったっくって、困ってしまう。
「なあ……、そんなにされたら、もう出る」
「……、ん……」
 再び口の中にいれて、動かす。舌の纏わり着くような動きのひとつひとつを、包み込む頬肉の柔らかさ生暖かさを、リアルに感じて、ディリータは細い息を吐いた。
「……!」
 ラムザは、眉間に一つ皺を寄せて、しかしもちろん快感、喜び。
「ラムザ」
「……ん、……ん」
 いま、キレイな声を出すのどの奥へ、自分の精液が下っていったのだ、ディリータは畏れ多いような
気持ちになる。
「……おいしかったよ」
「……そう」
「うん、すっごく、おいしかった」
 ラムザは嬉しそうに笑う。ディリータは少し力なく、苦笑い。
「ねえ、僕のもしてよ」
 仰向けで休むディリータの、胸の上にマウントになって、ラムザは言う。失礼極まりない体勢ではあるが、これが一番ラムザ的なので、ディリータは少しまた、元気になる。
「重たいよ。解かったから、……」
 言うと、ラムザは素直に立ち上がる。ディリータは半身を起こし、目の前にあるラムザの性器を、改めてしげしげと眺めた。
 子供っぽい、しかし、性行為にはよく慣れた、勃起したペニスは、少しだが皮も捲れ、濡れた亀頭を中途半端に晒していて、何と言うか、節操がない。さらりと隠すものも遮るものもないその場所は、いっそ爽快に淫乱だ。
「こんな子供っぽい、大人しそうな顔して、硬くして、おつゆ出して。恥ずかしいとか、ラムザは思わないの?」
 ラムザは平然と頷く。
「君となら」
 態度は、あまりにも正々堂々としているので、ディリータはただ苦く笑うばかり。こういう考えを、節操なし、馬鹿、淫乱、世間はそう言うのだろう。
 自分がわかってあげないで、誰が?
「ラムザは可愛いな」
「ほんと?」
「ああ。お前は、すごく可愛い」
「……じゃあ、可愛がって。ディリータ、僕のこと、いっぱい可愛がって」
「……いっつも可愛がってると思うけどな」
「もっと」
 いらないものなのだと、ラムザは教えてくれる。ディリータが気にする色いろなものは、僕にとってはちっとも必要じゃないものなんだ、と。だから、君もいっそ、脱いでしまえば良い、捨ててしまえば良い。
 ただディリータは思う。俺たち二人が同時に捨てちゃったら、それこそ……。
 だから、俺は一応、堅持しつづけてるというだけのこと。だから、ラムザは裸になりたければ、なればいいのだ。こんな風に。
 口の中で、ひくん、震えた、可愛らしい性器の味に、ディリータはいいようも無く興奮する。煩悩に頭が支配されて、ああ駄目だ。ラムザは煩悩の塊、八十パーセント以上が煩悩で出来ている人間だから。しかし、それだけに、甘く優しく愛しく。
「んんっ」
 ディリータの髪をぎゅっと掴む。ちょっと痛い、そうは思っても口には出さない、口を外さない、口に出してもらえるまでは。
「んっ……や! あっ、……あぁん……、気持ち良いよお」
 それは、恥外聞誇り社会性倫理感そういったものを一切合財取り払ったもの。
 ひょっとしたら、それこそ人間の原点かもしれない、ただ、本当に心から、快感を喜ぶという心は。
「ふぁ、あ、も、う……、もう、出るぅ」
 言葉尻、喉にたたき付けられたどっぷりと濃い、ゼリーのような液体と固体の合間。毎日しているのにこの濃さはどういうことか。しかし、喜んでディリータは飲み込む。おいしいと思う。喉に絡み、甘く、そして苦い。ラムザの精液の味は、時折勉強しているときにまで思い出してしまい、危機感を抱く。おいしいと思う。
 息が精液の匂いになっても、それはラムザを体の中に取り込んだからだと思えて、嬉しくなる。結局自分も、夏なんだなと思う。
「ディリータ?」
「……可愛いよ、ラムザ」
 仮にこう言っても、ラムザはちっとも怒らない、むしろ、喜びさえするかもしれない、「淫乱そうな顔して」……、ある程度の確信を、ディリータは持った。ほぼ確実にこの子は喜ぶ――。
「入れて」
 簡潔にラムザは強請った。
「何を何処に?」
 聞かずもがなのことにも、
「君のおちんちんを僕のお尻に」
 不必要なまでの素直さで。
「欲しいのか?」
「うん、欲しい。お尻の中……、むずむずするの」
「いま出したばかりなのに?」
「関係ないよ。ディリータが入れてくれるんなら、僕、他に何もいらないもの。ごはんだっていらない。眠らなくってもいい。ずっとディリータと遊んでたいよ」
 ラムザは、持久力は殆どないが、回復力に関しては人一倍だと、ディリータは思う。まだ後残りの汁のにじみも消えないうちに、ピンク色の性器は熱く滾り震えている。ディリータは呆れながら指でなぞる、それだけで、もう悩ましげな声と眉間に皺。
「んん……」
「ラムザはホントにセックスが好きだな」
「ん……、僕、ディリータとセックスできるんなら、何もいらないもん」
「……うーん」
 浮かんでくるは、苦笑い。
「そんなに欲しい?」
「うん……」
 てのひらで、ディリータの下半身を摩っている。下半身から上ってくる快感に、ディリータは微笑んだ。しゅ、しゅ、かすかな音を立てて、悪戯するように扱いて、滲み浮いてきた露を指先で撫で、濡れた指を挑発するように掲げ、舐めてみせる。ディリータは、ふっと溜め息を吐いて、その尻を抱き寄せた。
「入れてくれる?」
「……うん……」
 入れないと何されるか。
 ディリータは、自分の身の上にラムザを招いて、真っ直ぐ上を向く性器の裏を辿り、指を中に。くくん、と性器が硬さを増したように見える。いとおしさは募り、キスして、キスして、キスして、舌を絡めて。ディリータが指を抜き取ると、ラムザは指を添えてディリータの性器の上に腰を下ろす。
「ああ……」
 痩せた体の肋骨の覗けるほどに息を吸い込み、ぶるりと震える。
「気持ち……良い……」
「……そう?」
「……うん……、もう……、こ、……これだけで、出ちゃいそうだよ……」
「入れてるだけで?」
「……ん……、お尻ん中……、熱くってっ……」
 本当に、此処まで求めてくれるというのは幸せなことだ。ディリータは嬉しくなって、調子に乗って、腰を揺すってみせた。
「や、あ!」
「いきそう?」
「ん……、いきそう……」
「じゃあ……、先に一度いきなよ。俺、動き出したらあんまり気使ってあげられないから」
「んー、……、ん」
 ラムザはこっくりと頷くと、腰をゆらゆらと揺り始めた。その細腰の動きの卑猥さに、ディリータは思わず息を詰まらせた。体内で擦られて、気持ちよさが思ったよりも早く募る。しかし、当然ラムザの日ではない。
「いっ……」
 触れられない性器から、とぷん、とぷんと白濁した液体が湧き出た。ディリータは、指で掬い取って、いつものように舐めさせた。
「……どれくらい頑張れそう?」
「……ん、ディリータがいくまで、平気だよ」
「……本当に?」
「ん……、中、お腹、出して。僕、動く」
 本当に、恋人であることがたまらない。こんな子とこんなこと。こんな可愛い子と。していていいんだろうか、大変に罪深いこと、俺はしてるんじゃなかろうか。しかし、幸せだ。
 ラムザは腰を振る。腰を振るたびに、接合した部分を激しく締め付ける。ディリータは腹の中で締め付けられるたびに、肺を握り締められるように息を漏らす。窮屈な恋人の体内は、しかし快感の坩堝。夏のように節操がなく、裸であることを強いられる。ラムザの性器からは、もう自分勝手にとしか言いようが無いくらい、精液が溢れてくる。ディリータが到達するまでに、二度。
「ディリータ……、好き、好きだよ」
 本当に、ここまで愛されて幸せだ。
 もうすぐ二度目の夏が来たら、この天使はもっともっと熱くなる、そして、熱くしてくれる……。
 それが楽しみでもあり、怖くもあるディリータだった。


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