ステアケイス

足音の立たない階段に座って上を見上げると、高いところにあるはずの天井は手が触れそうに低くも見える。一段違いの所に座ったディリータにそんな事を告げれば、ディリータはラムザに笑いかける。階段に座った二人に夜気は涼しく、優しい。

裸で遊んだ後、火照った身体が冷めづらい季節になってきた。とはいえまだ、窓を開けては寒い。扉を開けたまま眠るのは不用心に思えた。廊下の温度は彼らの肌に心地よかった。バスローブの懐に、どこからか吹いたそよ風が入り込み、ラムザの胸をくすぐった。そこについたしるしに気付いて、風は顔を赤らめてすっと抜けていく。

階段の正面にある大きな窓からは庭がよく見える。黒い木々が時折ざわざわと揺れて、きっと一人だったらトイレにも行けないくらい怖いことだろうと思う。

「ディリータ」

「何?」

「何でも」

「なんだよ」

 馬鹿みたいなやりとりがたまらなく楽しい。いけないことだとわかっている、夜更かしが、楽しい、まだ子供だと自覚をしつつも、ずっと子供でいたいとちょっとだけ狂おしく思ってしまう、ディリータの方を向いて、その身体を斜めに横たえ、重なればとても心地よい。ディリータも心得ていて、ラムザの髪の毛に手を泳がせ、溺れさせ。ラムザは喉の奥でくくくと笑う。微笑みをこぼしながら、耳元に、
「……キス……」

 ディリータは首を横にして、耳の下に、そして耳に、口付けをする。

「跡付けて」

「……暑いのにタートルネック着てく気か?」

「欲しいから」

 ラムザは身体を寄せたまま駄々をこねる。

 ディリータはラムザの後頭部の髪を乱した。

「さっき散々つけてやっただろ」

 一度言い出したら聞かない子だし、そもそも自分は逆らえない。ディリータはもちろんわかっていた。

「部屋に戻るか?」

 首を、きっと振るだろうなと思っていた。

「……ここでいい」

「バレたらどうする?」

「一緒に怒られよう」

 怒られるのは俺一人で、十分。身を起こし、抱き上げて、階段を上る。部屋まで戻されるのかとラムザは、少しもがいたが、踊り場で下ろされて安堵する。

「段の途中だと、落ちるかもしれないからさ。……ここなら安心だろ? それに」

 ラムザのバスローブを解く。花弁が散らばったかのような跡は、美しい紋様になるよう意図したものだ。

「ここからなら、上からも下からも、外からも、丸見えだ。お望み通りだろう?」

 青白い顔色のラムザは、口元に妖しげな微笑みをたたえて肯く。そして中途半端にひっかかったバスローブを、自らの手ですべて脱ぎ、階段の下めがけて、放りやってしまう。身を起こし、煽情的に胸に手を当てて見せる。

「見える?」

「ああ」

「綺麗?」

「俺が付けたんだもの、当たり前だろ?」

 ラムザは指先でひとつひとつ、花弁に触れて行く。その目は潤み、どこか自己陶酔に浸っているようにも見える。指先の動きが次第に湿っぽくなっていくのを見て、ディリータの心の中には、さながら陶芸家のような満足感が芽生えるのだ、完璧な創作品に対する、烈しい劣情と、それをぶちこわしにしたい衝動。

 お前はもっと綺麗になれるよ。

 ディリータは崇拝するように跪いて、鴇色の陰茎を口に含んだ。ラムザはぬるりとした舌と唾液の心地に、目を閉じ、右手で左の乳首を摘まんだ。ディリータは一旦口を離し、思い出したように白い太股に三箇所、配置を考えて花弁を丁寧に刻み込んだ、そして再び、ゼリーのように滑らかな光沢を見せる淫器をゆっくりと口に収めた。ディリータの右手は桜吹雪のように愛跡の散る脇腹へ回され、左手はラムザの右の乳首を指先でこね回す。そこも勃起したのを感触で知るや、今度は抓り、引っ張る。ラムザの声がひときわ危うく震えた。

「そんな、……声出したら、みんな起きちゃうぞ。俺は着てるからいいけど……お前、素っ裸だから、言い訳しようがないだろ」

 ラムザは、答えるときだけは平常心に戻ったように、口調を落ち着かせた。

「最高じゃない」

 全くもう……。

 ディリータは何ともほのぼのとした性欲が身体の中をのたうちまわるのを感じる。本気で言っているのだから、手に負えない。

 出来ることと言えば、おしおき程度に……それもとても甘いものだが、口ではなく、手で最後を迎えさせることにする。ラムザも当然、一度はその口でと思っていたのだから、一応……「おしおき」には、なる。

 ラムザの後ろに廻り、両手で乳首を抓る。ラムザの男根がくくんと上へ力を篭める。

「月が見えるか?」

 上階の窓から差し込む、ラムザの身体を青白く見せている原因。今日は満月に少し足らない、茫洋とした表情。どことなくだらしがなく、節操に欠けるあたりはラムザと似ている。淫らに見える。

「……あの月に、見せてやれよ……」

ディリータは右手を乳首からラムザの口へ移動させる。人差し指と中指を唇に押し当てると、ラムザはちゅぷちゅぷと音を立ててそれを舐めたりしゃぶったり、そして右手でぬるりとする自らの男根を、濡れた音とともに擦る。ディリータの唾液が油のように手を滑らせ、指が脆弱な亀頭を擦るたび、ラムザはディリータの指を噛みそうになった。

「もっと足広げて、弄って」

 ディリータはラムザの口から手を放す。ラムザは口の中に自分の手を入れて、濡らす。身体の奥へと指を導き出すころには再び、口にはディリータの味がする。

「ん……うぅ……ふ……ぅう、ん」 半時間前の接触から、完全にはまだ冷め切っていなかった肛門は、ラムザの指に激しく食いついた。飲み込まれるように奥へと指を押し入れようとするたび、また、ディリータが時折きつく乳首をつねるたび、あるいは、その耳朶を噛むたび、ラムザは男根をきつく震わせ、淫靡な光をたたえる月に自らの美しさを見せ付ける。

 徐々にラムザの右手は動きが不器用になっていく。はじめは握って動かそうとしていたのが、皮の上から膨らんだ亀頭の発端を摘まみ親指でたどたどしく刺激する所までレベルが下がった。快感が募る。舌をディリータに支配されているから大きい声は出ない、しかし、喉の奥から零れる吐息はあくまで熱く湿っぽく、妖しい物であり、ディリータもラムザの腰に押し当てた自分が金属のように硬くなるのを止められなかった。

「ひ……ふ……ぅっ」

 いく、が声にならない。

 ラムザは暗闇に、薄い精を高々と打ち上げた。

痙攣する身体の耳を噛む。喉の奥から熱い息をそおっと吐き掛け、確かな反応を示す妖美さに密かに微笑む。手を下腹部へ回し、そこを濡らす蜜を指摘すると、首をうちふるう。

「強いよな」

ディリータは掠れた声で、そう言う。

「俺より遥かに、お前の方が強い。こんな連続して、短時間で、出来るんだもの」

 そしてその幼茎はまた上を向き、震えているのだ。ラムザは落ち着きのない呼吸を相変わらず繰り返し、未だ消え去らない熱を、ディリータに訴える。ディリータ自身も蠱惑的なラムザの身体に持ち前の理性がかきむしられ、ただ獣性に任せ己を突き立てたい欲求に駆られるが、それを何とか飲み込み、華奢を絵に描いたような肩のラインに花弁を落とす。

「まだ終われない、んだろ?」

 ラムザは肯く。 一度達したことで、余計に燃え上がってしまったようにも思える。達したということがどういう意味を持つものなのか……、こんな時間に、こんな場所で、しかも自分自身の手によって。更には、なまなましい匂いの漂う精液。それらが酷いほどラムザを興奮させるのだ。

「終わらせよう。……あんまり長くしててバレたら恐いし」

 ディリータがバスローブを脱ぐと、ラムザは向き直って胸板に頬を寄せる。中心やや右側によく聞こえる心音に満たされてから、甘く乳首を吸う。抑えようとしてもしてしまう、反応を誤魔化すために、再び髪に手を泳がせる。

「我慢……出来ない」

 ラムザが額を押し当てて、細い声で請う。

「しなくていいよ」

 俺に関することで我慢なんて。

 ディリータの股間に顔を入れ、一度喉の奥に触れるほど口に含んで濡らし、何度かキスをして、改めてラムザは溜め息を漏らす。ここを見るたび、胸が苦しくなって仕方がない。一緒に風呂に入ることにすら、危険が潜んでいる。 ひとつは、羨望。自分もこんななら素敵だろうなという、ないものねだりの感情だ。そしてもうひとつは気が狂わんばかりの欲求。全ての要素を分解して、一つ一つ検証していくだけで、ラムザは身悶えするほどの衝動に駆られる。真面目なディリータをここまでさせる自分の淫乱さと、そのフォルムの導く激しい熱と快感と、ディリータと自分が繋がっているという事実と、本当に全て、全部に、興奮するのだ。

「どんな風が良い?」

「ディリータは……?」

「俺はお前と繋がれるなら形にはこだわらない」

「……」

 ラムザは身を起こし、ディリータに手を添え、その上に慎重に腰を落としてゆく。意図を察したディリータの指が、ラムザの肛門を指で開いて、入りやすいようにする。ラムザの細胞が悦楽の音色を奏でる。ディリータはその音色に鎖に縛られ、息を呑んだ。

「いっぱい……」

 ラムザが呟く。

「いっぱい、いきたい……。一回、だけじゃなくて、たくさんがいいよ」

 ディリータは呆れ、しかしどこか尊敬して、溜め息一つ。

「お前はそれでいいかも知れないけど。俺は保たないぞ」

「……でも」

 ラムザの腰は、無意識のうち艶めかしく、揺らめく。角度が少しずつ変わり、圧迫される味を感じている。

 その髪の毛をさらりと上に上げてやる。すぐに垂れ落ちてくる金の前髪も、妖艶に映った。

「お尻の中に入ってるってだけで、僕、壊れそうで、気持ち良いんだよぉ」

 なんて、泣きそうな声で瞳で、訴えられたら。ディリータの中に嗜虐性が生まれる。

「今度は月にじゃなくて」

 ラムザの金髪が、銀髪にも見える。背中へと降りてゆく滑らかな後ろ髪を三度、手で味わう。

「俺に見せて。動かないから……、好きなだけ出したらいい。最後の一度だけ一緒なら、俺は十分だから」

 ラムザの目からぽろりと涙が零れた。

「無理だよぉ……、やだ、ディリータと、一緒がいい」

「って言われても、俺そんなに出来ないよ悪いけど。だってさっきだって三回もしたんだよ? ラムザほど強くないし、俺こそ無理だ。っていうかよくそんなに……出来るよな」

 ラムザは言われて顔を紅くする。しかし欲求は少々のことで止められるほど甘いものでもなかった。

 左手を、ディリータの首に回す。右手で男根を握り込む。身体の影になって、その下半身はディリータからは見えなかったが、

「ぅ……んんっ、んっ、ん、んっ」

 妖しげな声と、ぎこちない右手の動きと、濡れた音と、胎内の収縮で、十分悟ることが出来た。加熱してくるとラムザは、腰を前後に妖しく揺らす。ディリータはそれを見守りながら、尊敬とでも言いたい感情を抱いていた。自分もラムザに対して、これくらいまで壊れればきっと喜ばれそうなものだ。

間もなく、ディリータの腹に液体が迸った。もう既にかなり薄く、それはひっかけられた所からさらさらと流れてゆく。指で掬い取って、それをラムザに味あわせる。

「まだ出るんだ」

 ラムザは呼吸すらも上手に出来ない。与えられた白濁を呆然と、舐める。

「どうした? もう一回、だろ?」

 言われるがままに、ラムザは再び右手を動かす。ディリータは戯れに、腰を上に突き上げてやる。

「ひぃん!」

 ラムザは鋭く高く、いい声を上げる。ディリータの手が、自慰行為と連動して弾む袋とその中の珠を掴むと、一瞬緊張したような声を上げたが、しかし構わず手は動く。徐々に、動きたい欲求の高まってきたディリータだったが、しかし息を呑んで耐える。何故に耐えているのか問われても上手い返答は浮かばないが、もう少しだけ、このラムザの痴態を見ていたいような気もしたのだ。今度の到達では、もう精液はディリータの腹まで届かなかった。ラムザの尿道口から噴き出し、そのままたらりたらりと零れ落ちただけだ。ディリータはラムザの尻に手をかける。

「動かすよ?」

 ディリータの目には、ラムザが一瞬、悦びに微笑んだように見えた。

 ラムザの身体を、持ち上げ、下ろし、また引きずり上げる。ディリータの男根に絡み付くラムザの胎内の蠢きはあくまで妖しくいやらしく、快感を得る為には一瞬足りとも気を抜かないと言わんばかりの神経質さも感じ取れた。

「っくぅ、出してぇ、ディリ、出して、中ぁ……」

 ラムザの望みは程なく叶う。ずっとその中で喘ぎ続けていたディリータは、ラムザ自身の限界を告げられ、甘んじてそれに屈した。まだ三度目で、量も多い精液を腹の奥に叩き付けられて、ラムザは失神しそうなほど善がる。そして無意識のうちに、最後の到達をしていた。最も、もう何も出て来ることはなかったが。ディリータは呼吸を落ち着けると、ラムザの右手を取り、べったりとこびりついた精液やら先走りの蜜やらを半分ほど舐め取り、そして、

「あとは、ラムザの分」

 と分け与える。ラムザは決して嬉しそうな表情は見せなかったが、眉間に皺を寄せ、それを舐め取った。やや苦しげに自らの精液を舐めるラムザの姿は、性行為自体をメインディッシュとするならば、デザートのようなディリータの楽しみだった。理性が戻りつつある時期のラムザにとって、それはやや迷惑な行為ではあったのだが。

 接続が途切れると、そこからはとろとろとディリータの精が溢れ、階段の絨毯を少し汚した。ディリータは指で絨毯を擦り、その跡を誤魔化した。

「……僕、バスローブ、どうしたっけ」

「……あそこ。自分で投げたんだろ。取っておいで」

「……そうだっけ……」

 ラムザはよろりと立ち上がると、階段下に放られたバスローブを掴み、引きずりながら戻ってきた。

「着ろよ」

「……暑いんだもん。それに、裸の方が僕は好き」

「知ってるけどさ。……俺は着るからな」

 そう言ってディリータはバスローブの前もきっちりと止める。湿っぽい下半身を隠すこともしないラムザとは全く対照的だ。しかしラムザはそれがまた面白いのだろう。立ち上がって、恋人と当たり前のように手を繋ぐ。

「露出狂だぞ、それじゃあ……」

「いいんだもん。見られたら困るけど、見られそうっていうの、すごく好き」

 いつもながら、妙な趣味をしていると思う。十年以上、全く同じ生活をしながら、こうまで差が生じる背景にはいったい何があるのやら。

「そう言えば……七歳くらいの頃だっけ……。海に泳ぎに行った時、裸で飛び回って父上にずいぶん怒られてたよな」

「そうだっけ?」

「お前は『なんで怒ってるんだろう』みたいな顔してさ」

「覚えてない。でも僕、ほんと思うんだ。洋服って邪魔だなあって。裸で生きてた方が絶対楽だと思うよ。洗濯もしなくていいしさ」

「……まあ、そういう趣味の人って、いるけどな」

ディリータは隣の少年の裸の効力が、ちょっとそういう趣味だけでは止まりそうもないと言うことをうすうす感じて、ひそやかに溜息を吐く。月明かりに向かって、階段をゆっくりと上がっていく。


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