最上の恋人

 蜂蜜色した髪の先が描くアーチ、斜めに相貌を傾がせて、緩やかな風に頬を撫でさせている。薄い胸板は規則正しく上下して、意識の埒外で籐椅子の肘掛を握る手には案外に頑なな力が篭もっている。

 夏の終わりの休日の午後の風景としては、ラムザ=ベオルブの髪の色同様に甘やかであると言って差し支えないだろう。風通し良く明るい日陰でのまどろみは、さぞかし気分のよいものだろう。

「まあ……、うん、……まだ、随分暑いからな、うん……」

 独り言を、ディリータ=ハイラルは漏らす。目に飛び込んできた景色を言葉という形で表現し、まず自分の耳に聴かせることで把握しようと努めるのだが、結論から言えばその試みは失敗に終わった。だって、ディリータの声は情けないくらいに震えて底を失っていたから。

 ラムザは、裸である。

 恐らく膝掛けにしていたのであろう白布は既に中庭の芝生に落ちている。少年の裸身を世界から隔てるものは、何一つ在りはしない。

「ラムザ、……起きろ、ラムザ、起きろ、起きろ」

 風は微かに秋の匂いさえ纏っているというのに、ディリータは白いシャツの内側にじっとりと汗をかいてさえいたし、そのくせ震えていた。ラムザに歩み寄る一歩一歩に、あらゆる関節が軋む音が響く。眩しくもないのに顔を顰めて、恋人の肩に手を伸ばし掛けたところで、あらぬところからの視線が在ることに気付く。

「こ、こらっ、……お前たちが見ていいものじゃない!」

 中庭に面して各居室にあるバルコニー、二人がいま居るラムザの領域は二階だが、恋人の妹、許されるならいっそ「義妹」と言ってしまってもいいアルマの居室は、向かって右斜め上、三階に在る。困惑しきったような、面白がっているような、そして何より興味を隠せないアルマとティータに向かって、ディリータは声を張り上げた。こんな間近で叫んでいるのに、ラムザは一向に目を醒まさない。無垢なる妹たちの目に、その下半身に備えた小さな陰茎を晒しているということを、全く意識していないような安らかな寝顔である。

「起きろラムザ起きろってばねぇ早く起きろお願いだから今すぐ起きろ」

 ラムザは男である、更に悪いことには、年頃の男である。ということはつまり、このままのんびり寝ていては、時間はもうとっくに昼を過ぎているが朝特有の現象を其処に発露させかねないのである。肩を揺すってもまるで埒が空かない、「んー」などとのどかな声で唸るだけ。そうしている間も、アルマとティータはこっそりと覗き見ている。……女の子だろうッ、怒鳴ってやりたくなる、女の子がこんなもん見るんじゃないッ!

「起きろ起きろラムザ起きろお願いだから起きてってば」

「んん……」

 ようやく、その眉間に浅い皺が寄った。安眠を妨げられて、一瞬不機嫌そうな表情が浮かんだが、目の前にあるのが愛しい人の顔であるということに気付いて、「ディリィ……、おはよ」とろりとその頬を綻ばせる。

「おはよう。そしてすぐさま部屋に行くぞ」

「んー……? どうしてぇ?」

「どうしてもこうしてもあるかッ、何でこんなとこで裸で寝てるんだお前は!」

「わう」

 ぐいと引っ張り上げて、そのまま横抱きにする。妹たちの視線から隠すために、大急ぎで部屋に戻り、ベッドに裸身を放った。

「にゃん!」

 と声を上げて、ラムザの身体がベッドで跳ねる。

「もうッ、お前は! ティータたちが見てたぞ! お前のッ……、お前の、ちんちんをッ」

「んー……」

 うにゅ、と両手で目を擦って、「兄妹だから、いいじゃない、別に」と平和そのものの微笑みを返す。

「だって、服着ると暑いよ。すっぽんぽんで寝たほうが、風が気持ちいいんだもん」

「それでも人間は服を着て生活する生き物だ!」

「じゃあ僕は、人間じゃなくってもいいかなあ」

 人間未満のラムザはベッドから降りて、顔を洗うために洗面所へぺたぺたと歩いていく。服を着る気など最初からありはしないと言うように、もちろん全裸である。ほんの少し夏色に焼けた肌は、元々は雪のように純白であり、ディリータが舐めたいと思うくらいだから太陽が同じことを思ったって何の不思議もないように思われた。

 ただ、その身体に「日焼け跡」という本来在るべきものが余り無く、ほとんど何処もくまなく小麦色であるということは、大いに問題だ。もちろん、普段穿いているスパッツに包まれた腰から太腿に至るまでは白さが残っているものの、ふと思い立って自分のベルトを外して少しズボンをずらして見たディリータは、自分と比べて明らかに陰影が曖昧であることに気付かずには居られない。

 要は、太陽にそんなところまで舐めさせたということである。

 全く以ってラムザは節操が無い。他にも色々足りないのは明らかで在るが、最も足りないのが節操であるということもまた明らかである。貴族的邸宅に在ってそれでも庶民的意識を失えないで過ごすディリータは、ひょっとして永遠に理解できないのかもしれないと思うことさえ時にある。

「ディリータ、タオルー」

 歯を磨いて顔を洗って、びしょびしょの顔のまま両手を掲げてラムザが戻ってくる。慌ててタオルを支度してその顔を拭いてやるのがディリータの仕事である。恋人であるのか主従であるのかも判然としない関係ではあるが、それでも確かに言えそうなのは、ディリータがこの仕事をちっとも面倒だと思っていないと言うこと。相も変わらず少女のような相貌をして、抜群の支配力を握りこむこの少年に、ディリータは風船のように振り回されるのである。

「いつまでも暑いよね。もう暦は秋なんだから、もっと涼しくなったっていいと思うのに」

 ラムザは再びベッドの上に収まって、レースのカーテンが揺れる窓外へ非難めいた視線を送る。「でも僕、夏嫌いじゃないよ。暑いから、裸で居たっていいんだもん。冬は寒くて凍えちゃうから、なかなかすっぽんぽんでは居られないよね」

「暑さのせいにするんじゃない」

 ディリータは毎度おなじみの鈍い頭痛を催しながら、ソファに腰掛ける。まさか夏の太陽だって、淫乱が裸になるための理由に用いられるとは思っていないはずだ。

「ディリータは、僕の裸見るの、嫌い?」

 ラムザはベッドの上で首を傾げる。色付いた肌、未発達で括れた腰、薄い色のエリアに垂れ下がる、小さな泌尿器、そう其処はこうして見れば正しく「泌尿器」と言ってやるに相応しい輪郭である。何処までもラムザの身体はディリータの目に理想的に在った。

 とはいえ、其れは俺がラムザの恋人だからだろうさ。

 そう考える一方で、……万人の目に、ラムザの裸身が魅力的に映るかもしれない可能性についても、ディリータはまた考える。贔屓目を完全に排除しようと試みた上でラムザを評価してみれば、やっぱり彼は美しいのである。

 大人の男の裸であったなら、衆目の評価は分かれるだろう、議論を呼ぶ所である、っていうか糾弾されたっておかしくない。先日も城下の道端で酔っ払った男が一糸纏わぬ姿で大鼾をかいているところを、兵士が連行し一晩拘置するという事件があったほどだ。その酔いどれは四十代の半ば過ぎかと思われたが、「おっさんの裸」なんて誰も見たくない。一方で、女性、或いは少女の裸身に対しては、同性愛者のディリータだってきっとラムザだって、まあ、見られると言うのならば見たいなと思うほどのものである。女性の場合は須らくその裸体が美しいような幻想さえ、それとは縁遠いところで生きるディリータは抱いてしまうほどである。

 翻って、まだ十代前半、その実年齢よりも幼い印象のラムザの裸はどう扱われるべきかということを考えれば、……やはり其れは少女の裸に近いのではないかという気がしてくる。妹たちにしたって、偶然――かどうかは判らない――飛び込んできたラムザの裸体に対して、まさか悪いことを思って覗き見ていたわけではないだろう。では何故彼女たちが興味津々に見ていたのかと言えば、それは単に、裸で眠るラムザの姿が夏の妖精のように美しく見えていたからではないのか。それこそ、絵のモデルにでもしたくなるぐらい、無垢で美しい姿を、ラムザがしているということではないのか。

 いや、……だったらどうだと言うのだ。ラムザが裸で街を闊歩することに、或いは先ほどのように妹たちの目のあるところで裸で居るということに、肯定的になってやるわけには行かないのである。

「ねえ、ディリータ、泳ぎに行かない?」

 ひょいとラムザはベッドから降りて、思い付きをそのまま口にする。

 これまでラムザと、チョコボで少し駆けた先の湖や川で遊んで、ディリータの精神が無事に済んだことが一度でも在ったかと言えば、それはまあ、一度か二度ぐらいはあったかもしれないのだが、概ね「ない」と言い切ってしまっていい。泳ぐ、ということは水着に着替える。屋外で裸になるための合理的な理由を一片でもラムザに与えてしまうことは、ディリータにとっては極めて危険なのだ。

「ダメだ。もう、今日は家で大人しくしてろよ」

「えー、でも、もうすぐ夏終わっちゃうよ? 寒くなったらお外で水遊びも出来なくなっちゃう」

 暑かろうが寒かろうが、お前は平気で外で裸になるじゃないか!

 そういうことを言い掛けた恋人の機先を制して、「夏でも冬でも、裸になりたくなったら僕は裸になるよ」とラムザは微笑んで言う。そういうときに浮かべる表情は、切れ味伴う知性を秘めているように見えるのが厄介である。試験の点は良くないくせに、全くそういうことに関してはやたらと頭の回転がいい。

「ね? 行こうよ。君と一緒にお外で遊ぶの楽しいし」

「外で……ッ、遊ぶって! お前が言う遊ぶっていうのは……」

 大概、すごく恥ずかしいことばっかりじゃないか!

「ちゃんと、着くまでは服着て行くから。ね?」

 そんなもん、当たり前だ! 全裸でチョコボに跨って行くつもりか! 硬くてごつごつした鞍でちんちんおかしくなる!

 恋人ではなくて、主従かもしれない。ディリータはそう思わずには居られない。どんなことであれ、ラムザは「する」と決めたことをそう簡単に譲歩したりはしない。ディリータは常に振り回されるばかり、しかし其れが損にしか繋がらないのであればとうの昔に離れている。

 限りなく従順な忠臣。

 ただ、ラムザにとってそういう男が同時に「恋人」という事実は、幸福に違いない。

 

 

 

 

 いつものスパッツに白いシャツを一枚。それでも風通し良く上から二つ目まで、下から三つ目まで、要するに胸骨の上のボタン一つぎり止めた以外は全て外している。後ろで括った髪を靡かせて、気持ち良さそうにチョコボを走らせるラムザの後ろ、ディリータは「ラムザが服を着ている」という事実一つで、ほんの少しばかりの落ち着きを得たような気分で居る。仮令この気持ちの安寧がそう長らくは続かないものであっても、いまは微かに心を憩わせて居れば良い。願わくばこのまま走り続けて湖が見えてこないことを。

 とはいえ、あっさりと前方に湖を取り囲む林が見えてきた。ひょいと身軽にチョコボから降りて、愛鳥の嘴銜を白樺の幹に括るや、さっさとシャツを脱ぎ捨て、もうスパッツのウエストに指を入れている。もちろん、……そんなことが「もちろん」であっては困るのだが、下着は穿いていない。靴を脱ぎながらするりと下ろせば、他の場所に比べれば太陽の侵食度の少ない白い臀部がいきなり露わになる。

「ちょ、ちょっと、ちょっと待て!」

 まずは周りに人がいないかどうか、……安全を確認してから!

 しかしラムザの身体を拭うためのタオル、水筒、そして水着を含めた荷物を抱えるディリータは、すぐさまラムザを追い掛けて水着を穿かせることが出来ない。そうこうしているうちに、ラムザはもう「わーい!」と水飛沫を上げて湖に飛び込んでいる。

「ったくッ……、ったくもうッ!」

 俺が居ようと居まいと、同じだろうか。ディリータはふと思うことがある。こんな風に言うことを聴いてくれない恋人、……その奔放な欲求の、ある種の妨げとしてしか俺は居ない。

「ディリータは泳がないの?」

 いつの間にか髪を解いている。水滴を弾くきめ細やかな肌を煌かせて、ラムザが振り返る。「冷たくって気持ちいいよー」

「……俺はいい、タオル、お前の分しか持って来てないし」

「そう?」

 綺麗だ、綺麗な恋人だ。綺麗なだけで困る恋人だ。

 岩くれに腰掛けて、水筒を飲んで喉を潤しながら辺りを見回すが、幸いにして誰も居ない。厳密に言えば、遠眼鏡で誰が見ているかまでは把握できないが、まあ、安全であると言っていいだろう。

 こんな風に、平気に外で裸になる。この湖に来るのは久しぶりだが、それでも俺たちがこういう関係になってから何度目かは数え切れない。その度、ラムザに神経を削られているディリータである。

「あんまり深いところに行くなよ」

 溜め息混じりに言いながら、……いつも同じことを思う。

 俺がこんな風だから、きっとラムザはあんな風。

 考えてみれば、もとからあんな淫乱な少年ではなかった。そうだ、はじめに「そういうこと」をしたいと願ったのは、身体的にラムザよりも発達の早いディリータの方。まだ何も知らないラムザに、ディリータが一つひとつ覚えこませて行った結果、気付けば自分より先をラムザが走っている。

 ディリータが悦ぶことしか、ラムザは考えていない。

 人生に於ける愉楽は決してセックスのみではない。他にも、多分、色々在る。けれど十代半ば性欲旺盛の二人にとっては、愛しい相手と膚を重ねる以上に楽しいことはそう見付からない。ディリータだって、ラムザを抱くだけで一日が終わるなら、其れは其れで充実した昼夜であることを信じないわけではないのだ。

 風船、は、ラムザのほうか。

 ディリータは金髪から雫を垂らしながら湖から上がるラムザを見て、何となく思う。

 俺が紐をちゃんと掴んで離さないことを知っているから、あいつはあんな風に奔放で居られるんだ。……もしも湖に付き合っているのが俺じゃなかったら? 多分、あいつは木陰で清楚に水着を穿いて、ごく普通の水遊びをするはずだ。

「もう、いいのか?」

「うん、すっきりした!」

「……すっきり?」

「中でおしっこしてきたの」

「ああそう……」

 髪を拭いてやりながら、……伸びたな、と思う。だから余計に少女のようで、掛け値無しに可愛らしい。肩を、背中を、胸を腹を、拭いてやっていたら、「ありがとね」とラムザは言う。

「……何がだよ」

「一緒に来てくれて」

 思うに、ラムザは決して「露出狂」ではないのだ。

 いや、露出狂、なのだけれど。

 俺の目の届くところでしか脱がない。……先ほどの昼寝だって、早晩俺が来ることは判っていただろう。だからある意味では安心しきって、あんな真似をしていたのだ、安らかに寝息を立てていたのだ。

 ディリータ自身は反射的に危うい考えが巡って恐ろしくなったのだけど、よくよく考えてみれば同じ屋根の下に歳の近い兄が住んでいるという不可抗力の前提があれば、彼女たちはこれまでも「同世代男子の裸」を目にする機会に恵まれていた。だいたい、ディリータだって三年前まではティータと一緒に入浴することも珍しくなかったし、それはラムザとアルマにしても同じことだ。少し神経質になりすぎたかもしれない。

 俺が傍に居る場所で、ラムザに危うい思いをさせることが万に一つでも在るだろうか?

 答えは否である。即答である。

 ディリータが傍に居ると言うそれだけで、ラムザは油断することが出来る。大いに安心しきって、作られた空間で大冒険することが出来るのだ。

「ね、ディリータ、キスしたいな」

 足の甲を拭いてやっていたら、そんな甘い声が降ってきた。

「……ちょっと待て、まだ拭いてるから」

「どうせまた濡れるから、そんな丁寧に拭かなくっていいよ」

「また濡れるって……」

 見上げたディリータに、瑞々しい微笑みが降る。「お尻の中に出してもらったら、服着る前に身体洗わなきゃいけないでしょ?」

 顔と性器を見比べる。どちらも純真無垢である。ディリータの腕の中でのみ、悪戯好きの妖精は美しく舞い踊る翅を手にする。「ね?」と微笑む顔が、どうして悪く見えようものか。

 この瞬間のラムザは、誰より一番美しいのである。

 ディリータだけが見ることが出来る、

 無遠慮に裸を晒す少年では在るが、その顔だけは自分以外の誰にも見せて欲しくないと、ディリータは思わずには居られない。身体を開くことで、心の扉をも、余す所無く開くラムザは間違いなく、綺麗だ。

「ったく……」

 沽券に関わると思うから、唇を尖らせる。とはいえ其れで護れる誇りの量など高が知れている。そうやってガードの堅い振りをするのは、言うなれば趣味の領域だ。ディリータが難なく扉を開くであろうということは、ラムザには自分の身体のこと同様に知れているはずである。

「大体、湖の中でおしっこしてすっきりしたとはどういうことだ!」

「え? そこなの?」

「子供じゃあるまいしッ、そんな風に何処でも其処でもおしっこするんじゃない!」

「えーだって、したかったんだもん。……ひょっとしてディリータ飲みたかった?」

「誰が飲むか!」

「でも、湖の中でしないと、こっち出てきてからそこらへんでするしかないよ? あ、それともディリータ、僕がおもらしするとこ見たかったとか?」

「誰が見るかそんなものッ……、そういうこと言ってんじゃなくて、家でしてから出てくればいい話だ!」

「おうち出るときはそんなしたくなかったけど、湖入ったらしたくなっちゃったんだもーん」

 ラムザが恬として恥じないのは、当然ディリータが本気で責めているわけではないということが判りきっているからで、ラムザはディリータが雀の涙ほどの誇りを護るために無駄口を叩くのを咎めはしない。背伸びをして、首に纏わりついて、頬にキス。ラムザの唇がほんのりと冷たいから、ディリータ自身が抱えて隠す体温も、もう気付かれているに違いない。

「ディリータも脱ごうよ」

 シャツの裾から水温の指が這入って来る。

「……嫌だ、俺はこんなとこで裸にはならない」

 其れは沽券やら誇りやらの問題ではなく、単に常識に基づいて。この腕の砦の中でラムザが非常識であればあるほど、ディリータは益々以って常識人で居なければならなくなる。似た形の身体同士結ばれあうことで幸せと思う感覚を持つ「常識人」なのだ。

「でも、暑くない? 汗かいてるよ、ちょっとべたべた」

「じゃ、じゃあ触るなよ」

 紅い舌が、首筋を、耳の下を辿る。「しょっぱくて、おいし」擽るような笑い声がディリータの耳朶を紅くした。

「じゃあ、脱がなくってもいいよ、……全部は」

 ラムザは言いながら、ディリータのベルトに手を掛ける。片手だけで随分器用に外すものだと感心したくなる――だって、いろんなこと上手に出来るようになりたいって思ったもん、とラムザはきっと得意がる――うちに、呆気なくディリータの熱の集った場所は、薄布越しにラムザの手の中。

「僕まだ勃ってないのに、ディリータ一人でこんなに興奮してるの……?」

 急所を、掴まれたくて掴まれて居るのだから、何の文句もないどころか願ったり叶ったりである。ラムザは下土に汚れるのも厭わずに膝を付いて、「いけないんだぁ。お外でおちんちんこんなにしちゃうの、ディリータ、変態」笑顔で詰りながら、その膨らみに顔を寄せる。おやつに大好きなお菓子がもらえたときみたいな、無邪気な、笑顔。

 つい、ラムザを誤解しそうになる。

 この子は、別に邪悪などではないはずだ。あくまでも純粋にディリータとこういう行為に興ずるのが好きなだけ。

 無邪気に見えるのではない、本当に無邪気なのだ、そして、だからこそ性質が悪いのだということを、時々忘れ、誤解する。そもそもラムザがディリータのことを、悪意を持って困らせようとするはずがないではないか。

「わぁ……、すっごい、びくびくしてる……」

 下着から取り出された性器は、ラムザの顔と見比べると醜く見える。もとより、一定の発達を経た男性器がそうそう綺麗なはずもないし、その一方で若いディリータの其処はそれほどうらぶれた印象でもない。逆説的に捉えれば、ディリータのペニスはラムザの童顔を一層際立たせるぐらいの役には立つし、実際にはラムザを大いに悦ばせるという点でもっとずっと実用的なのだ。

「こんなとこでッ……」

 今更、でも、言わずに居られない。

 ラムザに何処でも其処でも裸になられては困る。ずっと傍に居て欲しいから、一定の水準でいいから、節度を持っていて欲しいと願う。

 濡れた舌が腫れた先端を辿り、甘いはずもないのに甘いと微笑んで、浮かんだ露を掬い取る。薄い糸を引いた其れを、嬉しそうに舐めて、

「大好きだよ」

 ラムザは言うのだ。「僕に、こんな風に自由にさせてくれる、僕を幸せにしてくれる、愉しい気持ちをいっぱいくれる君が、僕は大好き」

「……お前は……、俺の気持ちになったことが一度でもあるのか。いつも俺がどれだけ……」

「感謝しない瞬間はないってことだけ、言っておこうかな……」

 一度、深々と肉塊に口を犯させる。僅かに吸い付く力を加えながらも、まだ、包み込むだけ。舌もそれほど動かない。喉に達するほど深く咥えて数秒、ゆっくりと頭を引く。ラムザの口から解き放たれたとき、唾液に塗れた男根は狂おしく震えている。其れを握って、ゆるゆると動かしつつ、ラムザは言葉を繋ぐ。

「君が居るから、僕はなんだって出来る、愉しませてくれた分だけ、出来ればそれ以上、君に愉しくなってもらえるように、力が湧いてくるんだ。だって、ほら、考えてもみてよ。僕の一番綺麗な瞬間を、……僕自身信じられないのに、君がそう言ってくれる瞬間を、君は僕から導き出してくれる。それに比べれば僕が他の誰かに見せるものなんて、ほんの些細なものに過ぎない」

 僕が本当に見て欲しいのは、ディリータだけだよ。ラムザはそこまで言って、再びディリータを口に含んだ。どこまで信じるかという自由を与えられて、最初から「どこまでも」と答えることを決めている自分が果たして自由なのかどうか、ディリータが判断出来ないでいるうちに、再び快感の波濤が腹の底で反響するのが聴こえる。

 ラムザの口腔愛撫は、いつもながら上手である。

 比較の対象などないから絶対評価、しかし、ディリータはこれから先ラムザ以外の誰かにこの場所を触れさせるつもりは毛頭ない、添い遂げるばかりだ。だから、この快楽を、世界で一番と評することに何の問題もないように思われる。

 濡れた唇、柔らかな舌、見上げる目。

「はぷ……」

 肉竿の先を当てれば判る、桃色に染まった頬の柔らかさ。「えっち。……もっとちゃんと、味わわせてくれなきゃやだよ」

 首を傾けて、横笛のように茎を咥え、悪戯のようにそっと立てられる、綺麗に並んだ前歯も、慰めるように皮袋を含むとき、微かに伝った生温かな吐息も、そんなとき鈴口に当てられて、唾液と腺液とを混ぜ合わせる細い指先も。

 ラムザだから成立する。

 だとすれば、他にどんな美少女美少年を並べられたところで、ディリータが其れらに応ずる法はない。彼の性器を再び咥え込むのは、最上の恋人である。

「んぅ……ン、んっ……、ん、んッ……」

 鼻から声を抜かしながら、左手の指は陰嚢を撫ぜ、咥えきれない分を補うように右手は円管を形作ってスライドさせる。頭を動かすと同時に舌を絡める器用さを、ディリータは真似出来ない。もちろんディリータも、日常的にラムザの性器を口で舌で愛撫し、その度ラムザは微かに甘いような精液をディリータに齎しはするけれど、其れは単にラムザが敏感で早漏であるというだけのことで、自分の舌が技巧を備えているわけではないと言うことぐらいディリータは判っている。

 これ以上上手くなることはないだろうと思って油断していた矢先に、もっと巧みなのだから手に負えない。働いて居るのは口のみならず、先述の通り指も。適度な圧迫の速度が、益々ディリータを追い込んでいく。

 知らず、金色の虹に指を絡めていた。

「ラムザ」

 しばらく閉じられていた双眸が開かれる。「……出る……」睫毛が長い、意外と頭が良さそうだ、透き通っている、困る。

 無垢であるはずもないのにそう思えてならない口中、主に上顎をノックして、ディリータの、一度目の――恐らくはまだ、一度目に過ぎない――射精は終わる。

「ぷぁ」

 喉がいつ動いたのかも把握出来なかった。水を飲むようにスムーズだ。そして余韻のような息を吐いて、「おいしかったぁ」とラムザは微笑むのだ。

 その微笑のために在るなら、精液にも価値があるし、ラムザが誘ってくれるということじたい、ディリータにとって手放しで喜ぶべきことかもしれない。

 ただ、しかし、だけど、どうしても、理性が、常識が、邪魔をする。

 してくれなきゃ困るんだ、でなきゃ俺だって、本当にラムザ以上の変態になって、何処でも其処でも盛るような体たらくになってしまう、そうなってはこの時間を悠久に続けることは叶わない。どれほど時間を重ねた後であっても、ディリータはラムザと一緒に居たかった。

 まだ、ラムザの両手はディリータの性器に在った。いまのはピリオドではないとディリータに報せる、次の熱に繋げていく。

「……そうやって、手を」

「ん?」

 呼吸を整えながら、ゆっくりとディリータは言った。「……俺のに、手を添えて、やるようになって、……いつからだろ。そのせいで、……俺、どんどん早くなってるような気がする」

 ラムザが、にこりと笑って両手を離す。

「君のこと、掴んでないと」

 胸も腹も、足の間も露わになる。

「君を置いて一人だけ先に行っちゃいそうになるもの。君を連れて行ってあげたいのに」

 見慣れているはずでも、毎度のように息を呑む。子供っぽいラムザに似合う、子供っぽいフォルムの、……其れで居てディリータと同じ能力を、多くの場合彼以上の体力を持つ、性器。先程湖から上がったラムザの身体は丁寧に拭いた、髪はまだ少し湿っぽくても仕方がないが、少なくともその場所は優しく包むようにして。

 然るに、もう濡れて居るのだ。そのまま下着を穿いたら、染みを作ってしまいそうなほどに滲み出た汁が生甘くひ弱い亀頭に潤み、皺の寄った包皮に移ろい、ラムザ自身が作る日陰で微かに煌いている。

「ああ、そう……」

 そういえば、少し前までは俺のを咥えながら弄ってたっけ。

 そうすることがラムザなりの愛情なのだと解釈するくらいは出来る。ただ、ディリータとしてはラムザが好きなように気持ちよくなってくれることに関して――こと、彼自身の目の届く範囲で、且つ他の誰の目にも届かぬ領域であれば――何の問題もないのだが。

「でも、こんどは一緒がいいな。ディリータに連れてって欲しい」

 ラムザはひょいと立ち上がる、連れて、股間の小さな性器もひょんと跳ねる。くるりと尻を向けて、岩くれに両手を付いて振り返る。

「一緒に、ね?」

 背中に掛かる金髪が眩い。

 何処を愛してやろうかと思うときが、ディリータにはある。何処だっていいと思うのだけど、概ね下半身周辺、特に繋がり合う場所になりがちである。頬を幾ら撫ぜたって飽きはしない、髪の毛だってそうだ、唇、ああ、もう、喉が渇いたと言われるまでキスをしていたい、細い首も胸板もほんの少し柔らかな腹部も太腿も膝の裏も足の指先まで全部。

 けれど身体は接合を求めてしまう。肩に唇を当て、ラムザ自身の腺液を纏わせた左手の指先をそっと忍ばせる。

「あ……ん……」

 小さな震えが走った。「気持ちいい?」と判っているのに訊きたいのが男だ

「ん……、お尻の中、すっごい、気持ちいい……」

 ちゃんと答えるのが、ラムザだ。「まだ、指一本だけなのにね……、でも、ディリータが、ぼくの、お尻、触ってくれてるってだけで、すごい、気持ちいい……、んひゃンっ」

 最後、声が跳ねたのは、中で指を動かしたから。

 そして右手で薄ッぺたい胸板に実る乳首を捕えたから。

 意味がないように見えて、ちゃんと在る。其処に一対、存在してくれている事実にディリータは感謝する。

「ンやぁ……っ」

 きゅう、と指が噛まれる。咎められているとは思わないが、淫乱の身体に僅かに備わる羞恥心は、「此処、好きだよな、お前。入れられたり、此処、こんな風に弄られたりするのが嬉しいんだ……」というディリータの言葉に応じて脈打つ。適度な意地悪もスパイスのひとつ。一層甘い香りを立てるのなら、其れもまた必要である。

「愛してる?」

 戯れじみた訊き方をすれば、

「ん……、んん、愛してる……」

 真面目に応える、そして背中を反らして、もっとと強請るように尻を揺らす。小振りな尻はディリータの指を咥え込んだまま突き出される。

 十分に解れたかどうかは、訊かなくても判る。指に反応する環状の筋肉に遊びが生じる。二本、三本、スムーズに拡張していく間、ラムザは、指が白くなるほど岩を掴んで股間に反り返った幼茎に触れぬよう努めている。

 ラムザはそれこそ後孔だけで自分の身体を射精に導ける。一方で、ディリータには恋人の身体の中にどういう回路が在るかは判らないが其れを矯めて収める能力もあるようだ。早漏なりに器用でもあるのだろう。何にせよいまは、ディリータの熱を味わうまで石に齧りついてでも自分の快楽を先延ばししようとしている。

 それでも、音を上げた。「ディリィ……」これ以上艶かしい声を、ディリータは聴いたことがない。聴くたびにそう思う。

「入れてぇ……、僕の、お尻、もう、だいじょぶだから……、ディリータのおちんちん、早くぅ……!」

「全く」

 言葉に混ぜた溜め息が声ごと震えていることは、そもそも心が震えているラムザには気取られないはずだ。「えっちだな、お前は」

「いいんだもん……、僕は、えっちで……」

 指を抜けば、ぱっくりと開いた孔が待っている。仄かに紅らんで、皺を広げて、招いている。

 同じ男性の肛門であって、其処は排泄器官であって、性行為に用いるには不適切な場所かもしれない。

 それがどうした。

「入れるよ」

 と口にしたときには、もうぴったりと先端を当てている。呼吸一つも挟まないうちに挿入している。左腕でしっかりとその細く薄い胸板に抱き締めて、右手は性器に。触れた途端、ぬるりと滑る。左の人差し指が皮の縁と亀頭に触れた途端に、

「きゃンっ……!」

 声を跳ねさせて、ラムザは射精した。きつく引き絞られればディリータだって動きを止める。

「……早いな」

 待っていたのだ、無理はない。奥まで至るときの摩擦が先だったか、陰茎への刺激が先だったか、ディリータには判らないしラムザにもきっと判らない。どっちだっていいことだから、検討する必要もない。

「どうする? 待つ?」

 ラムザは首を振って、一瞬止まる。「ん、んっと……」

「俺は待てるけど……?」

 ラムザはおずおずと振り返って、「……おしっこ、もらしても、嫌いにならない?」

「……さっきしたばっかりじゃないのかよ」

「でもぉ……、いったばっかりでぐちゅぐちゅされたら、またちょっと出ちゃったりするもん……」

 同性同士、同じ感覚、共感可能。射精した直後の陰茎を盛んに舐められて、頬を引っ張って止めたことがある。「だってディリータのおしっこ飲みたかったんだもん」などと言われて唖然としたのだ。

「いいよ、……漏らしたら、そのときはそのときだ。別に服が汚れるわけじゃないんだから」

 ラムザは目を丸くして、それから少し、笑った。「いけないんだよぉ、こんなとこでおしっこしたら……」これでは立場逆転だ。

「だったら、漏らさないように気を付けてろよな」

 肩に唇を当てて、右手を動かさぬまま腰を振り始める。

「んん! ……あ、はァっ、す、……ンごいッ、ディリ、のッ、おちんちん、す、ッごぉい……!」

 甘酸っぱい声を存分に散らして、ラムザは善がる。恐らくはもう、先の射精ではなく次の射精へ感覚は移行している。ディリータの性器の動きと関係なく収縮していた括約筋は、徐々にその往復に反応するようになった。狭苦しいはずのラムザの奥部を突き上げるたび、きっとラムザの腹膜は健康的に引き攣るし、同時にもっと深いところへと導き、二度と離さないとでも言うように握り締めてくる。赤子にも似た反応だとディリータは思う。

 こういった思考が、徐々に脈絡のないものへと変わって行くのだ。腰を叩きつけて、知っていたはずのことだけれどと前提を置いた上で、やっぱりラムザの腰は細いなと思った次の瞬間には、手の中、指の間で陰茎がくんと硬くなるのを覚えて、やっぱり奥の方が気持ちいいんだと思う、そして同時に、乳首、勃ってる、ピンク色の、そんなことを頭に描き、枕頭を頼りに本を読むときのように、目移りし、思考は断片的なものとなり、快楽の曲線へと身体が埋まっていくのを覚えるばかりとなる。口にする言葉はそれでも「愛してる」とか「好き」とかどんな場面で何度言っても甘く切ない響きを伴うものばかり。

 延々永遠、こういうことを繰り返していくんだろう。

「ん、んぁあ……、あ、ンッ……!」

 ラムザの胎内の圧力を前に、甘んじて屈するようにディリータは射精した。引き金はラムザと繋がっているから、直接的にラムザを導くことになる。華奢な首を仰け反らして細まった気道からは一瞬危うく跳ね上がった声が溢れ、それからずるずると跡を残して引き摺るような、そう、やっぱり蜂蜜のような、息混じりの声未満、素晴らしい音楽が止まりかけのオルゴールみたいに溢れて、なかなか止まない。

 繋がったまましばらく過ごして、それからやっと解いて、それでは寂しいとキスをする、深々と舌を絡めあう頃には理性も利子つきで戻ってきて、あ、そうか、俺のしゃぶったんだっけ……。

「……ん、……ぷへへ」

 濡れた唇で、ラムザが笑った。ようやく柔らかくなった陰茎、つまり皮をすっぽり被った幼く小さな其れを指で摘んで、ふるふると振って見せる。包皮は精液の残滓で濡れている。

「なんだよ……」

「おもらししなかったよ。偉い?」

 何でそんなことで褒めなきゃいけないんだ。

「……ああ、偉い。いい子だったな」

「あのね、不思議なんだ。さっきおしっこしたばっかりなのに、ディリータにおちんちん弄られてるうちにどんどんおもらししそうになって、そうしてるうちに気持ちよくなって、……ディリータにお腹の中ずんずんされてるときは、僕のお腹の中のおしっこが弾んでるみたいで、すっごいせつなくって、空っぽのはずなのにやっぱりおしっこ出そうになっちゃって、でも、ガマンしてたら段々楽になって、気持ちよくなって、幸せになったんだ」

「……って言われても、俺にはよく判らないけど」

「じゃあ、君もしてみる? たくさんお水飲んで、おしっこガマンして、僕がお尻いっぱい弄ってあげたら同じ気持ちになれるかもしれないよね」

 遠慮被りたい。恋人の尻を斯様に扱うくせに、自分の同じ場所をそう扱われることにはやっぱりどうしても、抵抗が在った。

 だいたい俺の尻なんて可愛くも何ともないに決まってる。こういう役はラムザだからいいのであって。

「……中、洗わないと」

「ん。ディリータも『お外』洗わなきゃね」

 結局、ディリータも裸にならざるを得なくなった。これは――非常に馬鹿げたことではあるが――彼にとって想定外のことである。とはいえラムザと一緒に過ごす時間で、物事が想定通りに行くことの方が少ないということはいい加減学んでいる。

 だから、想定していなかったくせに自分の分のタオルも鞄に詰めて邸を出たディリータだった。

 こんな冷たい水の中ではしゃぎ回っていたのかと驚くほど、水は冷たい。既に秋のそれだ。陽射の優しい手に縋りながら、互いに身体を洗い清めた後には、ディリータがラムザの身体を後ろから抱き、お互いの体温で芯まで温まる。ディリータにも、このまましていればもっと陽の傾いた時間に身体を冷やすことになりかねないという想像ぐらいは出来た。そして想像通りになる。

 こんな風にこの日の時間は流れる。ディリータはラムザの中にもう一回射精したし、ラムザはディリータに貫かれながら三度も快感を貪った。此れだけして尚「足りない」と思ってしまうのだ、だから夜だって同じことをするのだ。要するに、繋がっている方が自然な形、きっと本来は一つの身体。

 そう考えるのに躊躇いの無い、ぴったり繋がり一つの影に収まってしまうような、最上の恋人。


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