ラムザと水

 大袈裟に、滝、と呼ぶほどではない落差であるが、その水の落ちて溜まる場所は一応「滝壺」と呼んでおくべきで、そう呼ぶからには聡い者ならば敢えて近付こうとしないものである。何故って、滝の水は冷たいし、水の流れの回るところは安全であるとも言いがたい。

「うん、冷たい! すごく冷たい!」

 水とラムザという組み合わせが、好きで嫌いなディリータ=ハイラルは、大きなタオルを広げてびしょ濡れの恋人を、ごろごろとした石の上で抱きとめる。城を出て、チョコボを鳥喰に預けてから更にしばらく歩いて辿り着いた清い流れの傍で、ディリータは喉を潤すし、ラムザは迷いなく裸になって流れに飛び込んでいく。

「当たり前だろ、雪解け水だぞ……」

 甘さと鋭い冷たさに癒されたディリータは心底呆れる。真っ白な肌をした少年は寒さに決して強くなさそうに見えるし、愛くるしい容姿は風邪の心だって捉えて離すまい。しかるに「馬鹿は風邪ひかないんだ」と嘯き、実際このところはどんな無茶をしても熱一つ出さない。

「でも、変にぬるいよりはいいよ。ディリータも入ればいいのに」

「遠慮しておく」

 水は透明である。ラムザも透明である。どちらも見た目は清純であるが、ラムザの透明さは本来秘匿されてあるべき内奥の淫らさの一切を詳らかにすることに躊躇いがないから生じるものだ。そういうラムザの肌の上で、

「待てよ、まだ背中濡れてる」

「いいよ、どうせすぐ乾いちゃうしさ」

 滴が煌めく。水滴の一粒ひとつぶが、ラムザの肌を滑ればまるで水晶のように眩さを帯びる。多分に、贔屓目もあるとは思うものの、そういう生き物が自分の目の前にいるという事実はいつだってディリータにとって苦しいほどの多幸感を齎した。

 ラムザが、裸でいる、ということについて。

 尻がな。

 ラムザの背中を拭くことを諦めて、元いた岩に尻を任せて、ディリータはラムザの臀部を眺めて密やかな溜め息を吐く、……尻が、な。これまで数えきれないほどの回数、その一番奥まで這入り込んだ経験があった上で思うのだから、それは根が深く重たい。

 白くて丸くて、ラムザの何百倍もの数の書物を読んで来てもなお、ディリータはその場所を「可愛い」という言葉で評する方法を知らない。見た目に限ったことではなく、触ることさえ憚られる気持ちを乗り越えて掌を当てたときの、ひんやりとして、吸い付くような感触までを含めて、その一言で形容し、括ってしまう以外にない。ラムザの尻の前で、ディリータは斯くも無力だった。

「なに?」

 流れの中を鋭い速さで泳ぎ回る小魚を捉えようとまた掌を水に浸していたラムザが振り返って、首を傾げる。金色の湿った髪が背中に垂れている。その後ろ髪の存在ゆえに、ラムザの後姿だと判る。しかし尻だけ見たってラムザだと判るような人間が、この俺以外にいては困る。

「いや」

 目を反らして、「せっかく拭いたのに、また濡らすのか」と唇を尖らせた。ラムザは屈託なく笑って、「だって、お弁当にはまだ少し早いと思うな」振り返る。

「それともディリータはお腹空いた?」

 その身体の前面を見ることで、はっきりと男と判る。いや、男の裸としては虚弱に映る、肌もいかにも傷付きやすそうに薄く、細かく観察したならば男性特有の硬い線を見出すことも出来ようが、瞬間的にそうと判断できるだけの明確なしるしは未だ現れていない。だからかな、とディリータは考える。その裸をこれほど見慣れているのに、未だ、罪深さのような畏れ多さのような抵抗感を覚えることがあった。男だから愛しているという訳ではなくて、ラムザだから愛しているゆえに、その裸身が時に女のそれのように思えて、目にすることが悪いことのように思えてしまうのかも知れない。その股間に小さな少年の証明がぶら下がっているのを見て、安心する訳でもないのだけれど。

「いや、俺もまだいいよ。……それより、『休憩』するんじゃなかったのか? さっきからずっと遊び回って、ろくに休んでないじゃないか」

「だって、まだそんな疲れてないもの」

「じゃあ……」

 何で「休憩しよう」なんて言い出したのかと思えば、ラムザは指を弾いてディリータに水滴を飛ばす。「裸になりたかったからね。これぐらいのところまで来れば、ディリータにそんな心配かけないで裸になれるでしょ? それに水も綺麗だった、冷たくて気持ちよさそうだなあって」

 ああ、とディリータは今更のように気付いた。水があるところ、ラムザは裸になって構わないと思っている。風呂は言わずもがな、邸の噴水、湖、海、そしてこうした川べりは、ラムザにそういう思いを喚起させるのだろう。それは大いに困ることだ。ディリータは水がないと生きて行けないし、もちろんラムザがいないと生きて行けないのだ。

 ラムザが水を見て服を脱ぎたくなる。服を脱いだその先にあることを、スパッツを下ろすときに意識していないとは言わせない。ディリータは無邪気にも「こんなとこで脱ぐなよ!」とおろおろしながら叱声を上げるばかりで、こうして改めてはっきりと裸と向き合う段になって、腹の底がむずがゆいような思いを味わわされることになる。

 もう数えきれないほどこうして来て、斯様に無防備なディリータだった。四六時中顔を合わせて未だ、ラムザを可愛く思うディリータだった。

 ラムザは再びディリータのタオルに包まれて、

「ねえディリータ、おしっこしたいな」

 幼児のような言い方をした。

「……して来いよ」

「ここでしてもいい?」

 そういう、馬鹿なことを平気で言う。馬鹿でないから言えるのだ。

 ディリータだって水のように透明だ。ラムザに心を覗かせることなど、こんなにも容易い。

「後ろからぎゅーって、……ふふ、ディリータあったかいね」

 肩にタオルをかけてやって、ラムザに乞われるまま後ろから抱き締める。滝の音の細く響く流れの側で、もっとずっと些細な水音を足元で鳴らしながら「キスしたい」とラムザが強請った。抱き締めたまま、右の頬に唇を当てる。

「あんまり、……こういうの、無しだからな」

 ディリータがそう言い、

「今更言うの? でも、ディリータは言わなきゃいけないんだよね」

 ラムザが笑う。

「そうだ。俺はお前の裸を誰かに見られたりしないように管理しておかなきゃいけない。監督する責任がある。だから……」

「大丈夫だよ、僕は君にだけ見られたいんだもん」

 それはどうか。邸でも「お風呂上がり暑いから」という大義名分を得て妹たちの前でも平気で裸でうろつくくせに。

「はあ、すっきりした……」

 腕の力を緩めた途端、ラムザが振り返って、ディリータを両腕で拘束する。ぶつけるような口づけがあって、舌が唇を舐めた。

「僕はね、ディリータ、君にお尻とかおちんちんとか見てもらって、『僕をめちゃくちゃにしたい』って思って貰えなかったら生きている価値もないよ。こうして水の側に来るたびにそう思う」

「だったら、……お前と水辺には来ない方がいいか」

 ディリータは冷静だった、つもりでいた。

「意地悪。……でもいいよ、水は世界にたくさんある、おうちにはお風呂も噴水もあるし、水の側に寄らなくたって雨が降ったら同じことだよ。僕はいつでも裸になる、裸になって、君にどきどきしてもらう。でもっていっぱい、いっぱい幸せなセックスをするんだ」

 実際、自分が独善的に言うラムザの言葉を払い退けられるほど理性の強い人間ではないということを、未だ自覚できるぐらいには冷静だとは言えたろう。透き通った水の匂いを纏う恋人の裸身を前に、どうせいつもの通りこうなるということを、どれくらい前から判っていたか。

「つまり、……お前はセックスがしたいと。したいから裸になる訳だ」

「セックスがしたくない瞬間なんて、君と一緒だったら一瞬たりともないだろうね」

 ラムザが上げた視線の先、二人を見下ろす春と夏の合間がディリータにも見えた。もともと寒冷な土地柄ではあるが、これぐらいの季節からはずっと、ラムザに服を脱がせる最後の制動が働かなくなる、……事実としてラムザは今、少しだって寒さを感じていないはずだ。濃く茂り重なり合った森の葉を、透かして降らす光の下に、ディリータは腕の中に恋人を置いていた。

「ディリータはそうでもないだろうから」

 背伸びをして頬へ唇を当てたラムザが笑う。

「僕は一生懸命君を誘わなきゃいけないんだ。でも、いつか慣れられちゃったらどうしようって思うときもあるよ。僕の裸を見ても、君が何とも思わなくなるような日がいつか来るかもしれない。今だって本当は不安でいっぱいなんだ」

 ひんやりとして見えて、それなりに温かい額にディリータが訊く。

「不安? どうして?」

「だってさ、ディリータ、僕が裸になるの最近そんなに抵抗ないみたいだ」

 それは「慣れ」と言うよりは。

「お前はいつ裸になるか判らない。仮になられてもいいように周囲に警戒を配ってる。例えばここだったら、……降りて来る途中の茂みの高さとか濃さとか考えれば、そうそう誰も来ないってことはもう判ってる。ある程度はお前を自由にさせておかないと、……脱ぐな脱ぐなって言ったってどうせいつかは脱いじゃうんだし、それが人のいるところだったら困るからな、こういう安全なところで、適当に脱がせておかないと却って怖い」

「ふうん……」

 この裸を、ベッドの上と浴室でだけ見ていられれば十分だと思っている。ただ、ラムザの欲はそれだけでは足りないのだ。ディリータを要らないと思う「瞬間」の来ることが永遠にないと言うのなら、その限定的な時間をラムザとは違った視点で違うやり方で見出し、安全を確保するのがディリータの仕事である。

 それは神々しいとさえ言えるような仕事である。

「じゃあ、ここでならセックスしてもいいの? ディリータにいっぱいしてもらえる?」

 しなきゃ収まらないんだろう、何せラムザは「淫乱」と呼ばれて平気な少年であるから。

 淫乱。何が悪いものか。同じ量だけの欲を、ラムザよりはもう少しだけ器用に隠せるつもりのディリータである。

「……具体的に、何がしたいんだ、今は」

「何でもいいよ。でも、……そうだな、さっきディリータ僕のお尻ずっと見てたから、お尻してもらいたいかな。ディリータにもっと見てもらいたいってお尻が言ってる」

「尻が物を話すのか」

 離れたところに居てもディリータの視線の位置を把握していたらしい。恋人だからそれは当然備わる力か。ディリータだってラムザが先程から自分のスラックスの前を見透かそうとしていることは判る。自分の裸でその場所がどれほど反応するかを、見極めようとしていたに違いない。

 先程までディリータが尻を任せていた岩に手を付いて、尻を向ける。ディリータは先程その尻を眺めながら思ったことを、もう一度改めて、最初から最後までなぞり直す手間を省いた。ラムザの後ろに跪いて、

「ディリータに見てもらえるの、お尻も喜んでるよ」

 本当に、……呆れるほどにすべすべで、恥も外聞もなければ頬ずりをしたくなるような質感の丸丘に手を当てる。触感を予想していたくせに、予想以上の潤いを帯びた肌に触れただけで、指先も「嬉しい」とざわめくのを感じる。

「ディリータ、まだおちんちん普通?」

 ラムザが振り返って訊く。これだけのものを、これほど近くで見せられて「普通」でいられるはずもないが、それに素直に応えるほどの度胸もない。ラムザがひょいと尻を引き、振り返って見せた幼茎はぴんと上を向いている。まだ一度触れただけだ、ほとんど見ただけだ。

「おんなじだったらもっと嬉しいなあって思ったんだけど」

 妖艶という形容を男子に向けてすることに躊躇いはなかった。跪いたまま腰を抱き寄せ尻に手を当て、その場所に顔を近づけたところで「あ、待って待って」ラムザが少し慌ててディリータの額を押さえた。

「ん……?」

「おしっこしたばっかりだから汚いよ、洗ってくる」

 はしたないことばかりする一方で、決して何もかもがだらしない子供という訳でもない。相応のつつましさは持っているし、している行為とは裏腹に衛生観念も身に付いている。少なくとも、

「ひゃあ……!」

 平気で口に含んでしまえるようなディリータよりも、余ッ程。

「……どうせ、お前の身体から出たものだ、水とお茶しか飲んでない」

 確かに少しばかりそういう液体の味が舌に感じられる。嫌なら嫌と言えばいいだけのこと。「ここから出たもの、何度飲ませたと思ってるんだ」

「そりゃあ……、だって、気持ちよかったら出ちゃうよ、でも」

「するたびに洗うようなお上品な場所でもないだろ」

「汚いままで平気なほど下品な場所でもないよ」

 甘いような潮の味が去らないうちに立ち上がり、ラムザの頬を捉えて唇を重ねた。一瞬抗うような素振りを見せたが、それはそうしないと沽券にかかわるとでも思っているからだろう。舌はすぐに重なり、ラムザから積極的に伸ばされる。のみならず、ラムザの両手はディリータのベルトを辿り、器用にバックルを外す。キスもその手も止めるよりは、ラムザに任せた方が幸せに導かれることをディリータは知っている。ディリータが止めないことを、ラムザも経験上知っている。

 一瞬、「俺も汗かいて洗ってないぞ」なんて言いそうになった。

「終わったら、お弁当の前に、一緒に水遊びしようね……」

 ならば、多少汚れたところで気にする必要もない。

 ラムザが掴むディリータの熱の矛先を少年自身の太陽に当てる。ラムザはそのまま唇を重ねたがって、

「ディリータ、背ぇ高いなあ……、だけじゃなくって、足が長い……」

 どうしても高さの合わない腰に唇を尖らせる。そうすることにどんな価値があるのか判らないのならば放って置けばいいし、岩に尻を委ね、ラムザの足の間に自分の両腿を入れる必要もない。

「これでいいだろ」

 ラムザの足は浮いている。ディリータが、自分の背中と腰を支える手を離すはずがないと心底から信じることが出来る少年は平気で両手を接した二本のペニスに当てながら、キスを再開した。ディリータがラムザに任せ切ることが出来るのもまた、ラムザに任せて間違いがあるはずがないと信じられるからだ。

 深い口づけ、ずいぶん長い時間した。ラムザは紅く染まった頬を綻ばせて、「くっつけてるだけなのに、嬉しいの、何でかな」言う。

「これが嬉しくないなら」

 重なったところでラムザが動かす。ディリータの茎の「背中」はラムザから漏れ出した液で濡れ、それゆえラムザが手を動かすと微かな音が鳴った。この分では間もなくディリータもラムザを濡らすことになる。その場所で混じり合う。

「この先にあることだって、嬉しいかどうか判らなくなるだろ……、一緒に、……お前と、こうすること自体が、全部……、まるごと俺は嬉しいし、だから……」

「そっかぁ……」

 ラムザはごく安易に感心して、「僕がすっぽんぽんになるの嬉しいのも、君とこうやって出来るの判ってるから嬉しいんだね」と言う。その解釈でいいと思うならそれでいいと、ディリータも思う。ラムザを肯定するためにいるようなものだし、そうすることが嬉しい。ラムザが美しくしなやかな少年であることは――その外見のみならず内面も含めて――誰にも否定させないし、そもそもされまい。魂がこの少年に隷属すること、それがつまり全て、ディリータにとって「嬉しい」ことに決まっていた。

 だってそもそも、ラムザという存在そのものがディリータには嬉しい。

「ねえ、ディリータ」言葉と「容れて欲しいな」言葉の間に「もう、ほら」キスを「ぬるぬる」する。もしくは、キスとキスの間に言葉を差し込む。

 ラムザを支えながら石の上に下ろして、「いいよ、僕のするとこ見てて」再び跪いたディリータを制して、ラムザが岩に右手を当てて尻を突き出す。

「でも、舐めてくれるなら舐めてもらえたら嬉しいなあ」

「……どのみちこのままじゃお前の指だって入らないだろ」

 瑞々しさを閉ざした場所を、両手で開く。物欲しそうには到底見えない、清純ですらある小さな蕾は淡い桃色だ。そういえば尻も肌のどこかしこもすっかり乾いてさらりとしている。その場所が自発的に濡れることがないならば濡らすのはディリータの大事な仕事だった。

「ラムザはさ……」

「ん……!」

 囁きかけ、舌を当てただけでその身体は鋭く反応した。「これだけ……、えっちなのに、敏感だよな、身体……」

「そう……、そうだよ、だって」

「だって……?」

「は……、だって、……最初は、僕だって……、こんなあっちこっち気持ちよかっ……、あっ……、った、訳じゃない……、どんどんえっちになっ、てぇ、……ディリ、タ、に、もっと、もっと、僕の、いろんなとこ、僕が、……気持ちよくなるって、判ったら、ディリータ、はぁ……! ディリィ、したくなるからって……」

 ラムザは玩具のように自らを表現した。ラムザの何処に触れればどんな風に鳴くか、……はじめは知らないから触れてみる、その鳴き声がこの耳に甘美なものとして響くと知れば、もっと鳴かせてみたくなる。此処に触れたらどう鳴くか、こっちはどうだろう? その繰り返しで段階を上げて行けば、ラムザが淫乱かつ敏感な身体に出来上がるという結果は当然だったかもしれない。

「うう……、もぉ……」

 ラムザが尻を逃がす。太腿にまでディリータの唾液が伝っていた。振り返って、「僕だけ気持ちよくなるの、やだ」と恨めし気な視線を向けた。

「舐めるだけでそんな感じるとは思ってなかったからな」

 悪びれずに言いつつ、ラムザの細い指がその場所を辿るのを眺める。

「一緒じゃなきゃ、やだもん。……僕どれだけ長いことオナニーしてないと思ってるの……?」

 指先が静かにそこへ潜り込む。一緒じゃなきゃ嫌だし、だからオナニーもしない。考えてみればディリータだって長いことしていない。ラムザの側に居ればする暇もない。

「セックスだったら、……ね、一緒に、気持ちよくなれる……、だから……」

「なるほど」

 自らを心地よくするためではなく、ただディリータを受け容れる準備のために指は動く。ごく円滑な動きのように見せながら、それがどれぐらい負担であるかを考えると、この少年に命を捧げてまだ足りない。しかるにラムザは息を整えながら二本、三本と指を増やし、自分の括約筋を飼いならしていく。どうしても時折、強く噛むような力が働くようだ。もっといいものが貰えるんだよと、言うなればあやすような指は、繊細だった。

「はあ……」

 湿った溜め息を吐きだして、

「おちんちん」

 ラムザは笑みを浮かべた顔を見せた。眼は潤んでいる、口にしたのは男性器の俗称、セックスをしようと誘う姿、「可愛い」し「綺麗」かも知れない、ただどんな言葉で表すにしろ、「愛しい」ということだけ判っていればそれでいい気もする。

「早く早く、おちんちん頂戴」

「俺の名前みたいに言うな。……挿れるよ」

 右手で支えたとき、あさましく思えるほど熱くなっていることに気付かされる。先端がラムザに触れた途端、「あ、すっごい……!」ラムザが喜声を漏らした。

「ディリータの、えっち……。お外なのにそんなに熱くしてたんだぁ……」

 拓きながら、ゆっくりと奥に至るまで黙っている。腰骨が尻の肉とぴったり接したところで、「お前に、言われたくない」とぶっつり言う。「余計なこと言うと、お前だけ、先に出させるぞ……」

「えぇ……、やだ」

 抱擁と呼ばれる行為は何も正面から向き合って両腕を使わなくても可能なのだ。実際ラムザはぎゅうと、強い力でディリータの熱を抱き締める。ディリータは呼応するように後ろから胸を華奢な背中に重ねて、呼吸を伝える、感じ取る。ラムザの白い肌はいつからか汗を纏っていた。花の蜜とも果汁ともつかぬ甘く瑞々しく、何より華やかな香りを全身から解き放つ少年の身体を穿ちながら、ディリータは知らず、その首を舐め、耳を貪っている。潮っぱいのが不思議で仕方がなかった。

「んぅ……、ふ、……ふふ、幸せ……、僕、ね、ディリータ、大好きだよぉ……、ディリータのぉ……、全部! 全部が、大好きっ」

 腰を振る。繋がった場所は、ディリータを吸い込むように締め付ける。これが本当に括約筋に可能な動きなのか、ディリータは冷静さを喪いつつ思う。こんなに気持ちよくって、どうするんだ、……人間の身体が、俺の、恋人の身体が。

 こんなに甘美でどうするんだ。

「……あぁ……っ、あは……! ディリィっ……、っんく、いくっ、……出るっ、いくっ……!」

 喉を反らす、髪が波打ち、ディリータをその後頭部に溺れさせる、前後動、だけではなくて、斜め下から突き上げた先、一番深いところからラムザの乱打する鼓動が響き、それが激しい収縮と共に大きく乱れた。獣のごとき短い唸りを堪えて、その力の間隙を縫うように、ラムザへと弾き出す欲の形。

「……あっつい……」

 呆然とした声でラムザが呟く。ディリータの頬にも汗が伝った。呼吸を整えるまでの時間、ほとんど言葉も交わさずにじっとしていたのは、身を包む幸福感の余韻を長く楽しみたかったから。確かに暑いし、ラムザが先程提案したように水浴びをしたら気持ちいいと判っているのだが、もう少し、あと少し、このままが嬉しい。

「僕が男の子でよかったねぇ」

 解けてからのラムザの第一声はそれだった。岩とディリータに捕まりながら膝を付き、身体から零れて行く液体を眺めながら。

「……と言うと?」

「女の子だったらディリータと幸せになる回数、ずいぶん減っちゃう気がするな。つまりさ、すぐ子供が出来ちゃって、出来ちゃったら産まなくちゃいけない。ディリータの子だから、きっとすごく可愛くて格好いい子だとは思うけど、お腹大きくなったらその子が出てくるまでディリータとセックス出来ないし、忙しくなるだろうからね、出て来てくれた後でもセックスの回数減っちゃうと思う」

「お前が女の子だったら」なんて考えたこともないディリータだった。だから、ラムザの発言には心底から新鮮味を覚える。そしてすぐに、

「そうだな」

 と同意するという極めて妥当な結論に至る。「女のことはよく判らないけど、でも俺はお前が俺と同じ男でよかったと思う。昔はそれが、……それがっていうか、それなのにお前が可愛いの、どうしようかって思ってたけど、今はお前が男で過不足ないし、……お前は女よりも可愛いと思うしな」

 ラムザは「えへへ」と照れ臭そうに笑って、ゆっくりと立ち上がる。

「お腹の中からっぽにしたらお腹空いちゃった。身体洗ってお弁当にしようよ」

 背伸びをして、キスをするという手間は省かない。こうしてディリータも裸になるという結論が、ずいぶん前から出ていたのだとすれば、ラムザが裸になることには初めから何の問題もなかった。

「……お前、こんな冷たい水の中で遊んでたのか」

 手を濡らし口にしたところから判っていたことではあるが、身体に浴びると縮こまりそうになるぐらい冷たい。それでもラムザは平然と、深いところまで行って、ついさっき拭いたばかりの金髪までびしょ濡れにして、

「これぐらいが気持ちいいと思うけどなあ……。知ってる? 侍や忍者や陰陽士はああいう」と滝を指差す。「冷たい水の滝を頭から浴びて、心を鍛えるんだって」

 想像するだけで身体に震えが走る。やがて戦いの地に立つことがあったとして、……そういった類のものは敬遠しよう、とディリータは思い決める。もっとも、それでなくてはラムザを護れないとなったなら、まあ、仕方がない、ほとんど躊躇いもなかろう。

 何より、火の中だって水の中だってラムザのためならば飛び込んでいかなければならないと、決意、いや、そんな大仰なものでもない、呼吸をするように自然な選択として、理解しているディリータである。

「気持ちいーい!」

 きらきら光る滴を、また全身に纏わせたラムザの背中に目をやる。眩い煌めきの中に在って、ついいましがたまで繋がっていた場所は、どう見たってどうしたって、清純そのもの。

 穢れなき水のごとく、透明なまま。


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