アワープライベートアワー

明らかに相手に非がある、その事がはっきりとわかっているのにも関わらず、そのことを責めたり、怒ったりはしない。まず考えるのは、失敗をどう帳消しにするか、そして、何を考えてそういう行動に出たのか。理由も聞かずに苛立って場違いな怒りをぶつけるのは愚の骨頂だ。ましてや相手が、愛されたいと願う愛する人であれば、なおのこと。

申し訳なさそうな顔で俯いているのを見ているとこちらの気まで滅入る。ディリータはラムザの濡れた肩を抱き寄せて、きゅっと抱き締めた。

「まぁ……、仕方ないよ……雨期なんだから」

春の終わりと夏の始まりに出来る空白を埋めるかのごとく、黒く重たい雲が広がり、大きな雨粒を落とす。昼下がりの、降るか降らないかのボーダーの上にあった中に、遊びに行こうと誘ったラムザを断らなかった自分も悪い。いや、一応難色を示したつもりはあったのだが、

「いいじゃない、僕は行きたいんだ。せっかくの日曜日なのに、中でゴロゴロしててもつまらないよ」

と、押し切られてしまったのだ。

下着までべったりと冷たい、風邪を引かないうちに屋敷へ戻りたいが、雨は一向に収まる気配も無い。濡れるのを覚悟で駆け足をするのも、この山道ではやりかねる。こうして、塙の下、僅かに雨水をしのげる所を見つけたのは幸運だった。

「……ごめんね……、勝手なこと、言って」

膝を抱えた恋人の肩に手を回す。冷たい肩を摩って、少しでも暖かくしようとする。

「これからは……気をつけるよ」

しゅんとした声でラムザが言った。

ディリータは、首を振ってその思いを簡単に否定した。

「気をつけなくていい。好きにしても、俺は傷付かないから」

ラムザは少し辛そうな顔でディリータを見た。少しも引くことなく、

「俺は、お前の勝手に付き合ってるのが、何より楽しいから」

そう答えた。 こういうことはいいはずがないと思いつつも甘やかしてしまうのは、本当にラムザを愛してはいないということなのだろうか。ラムザの悲しむ顔は一瞬だって見たくないという気持ちは、裏返せば、それを見ることで自分が辛くなるからだ。だとしたらこの気持ちは間違いなく自分勝手なもので、ラムザのためにはならない。

「……ディリータ……」

ラムザは肩を摩る手に手のひらを乗せて停めた。

「大丈夫、自分で暖められるから」

ラムザは言った。

ひとりでもだいじょうぶだよ。

「……俺だって勝手なことを言う。暖めたいから、暖める」

俺が「ひとり」を耐えられない。

「……ふっ」

ラムザが小さく笑みを零した。

「……じゃあ、暖めて」

改めて力の篭った腕の中に、ラムザはすっぽりと収まった。

「俺の眼の届くところでならどんなことしたって、いいんだよ」

「…………」

「どんな悪い子だって、構わない。俺だけは悪い子でもお前のこと好きだから」

「…………」

「いや…………悪い子だから、好きなのかな。とにかく、俺はお前の我侭なら、どんなのだって、嬉しいんだ」

「……ディリータ」

金髪を解かれて、額にキスをされて。 ラムザは微笑んだ。

「じゃあ、僕の言うことなら何でも聞ける?」

先回りして、ディリータは応えた。

「ここでしたいなら、いいよ」

「まだ何も言ってないじゃないか」

少しむくれて言うラムザの身体、張り付いたシャツごしに感じられる鼓動が熱を持ったものになっていることを、ディリータはとっくに知っていた。ラムザのカラダは、抱き締められただけで、スイッチが入るように出来ているのだ。 困ったもんだ。……と思うディリータ自身が、こうしたのだ。

「じゃあ、何。したくないのか?」

「したいよ」

とても素直なところは、間違いなくいい子なのだけれど。

治そうとは思わない、この美味しい性格。そしてそれが宿る美しい身体。

ラムザは身を放すとベルトを外し、下着と一緒にズボンを下ろした。まだちっとも立っていないそこは、ディリータがラムザを愛するときに、一番簡単な意味を持つところ。立っていなくても、どこか際どい。ラムザの心の中は多分、もう興奮しているんだろうなとディリータは思った。身体よりも心が求めているのだ。

「……いつ見てもカワイイよな、お前のそこは」

「どうせ僕は子供さ」

「いじけるなよ。俺は可愛い方が好きだよほんとに、……寒くって縮こまってて、ほんとうに可愛い」

言われて頬を少し赤らめる。表面だけは「純真な少年」、中身がどんなにドロドロしてても、それは俺だけしか知らない。俺の前でだけは悪い子で――

張りついて透けた白のシャツが、ただそれだけだというのに、何ともいえない色気を醸している。ピンク色の乳首がうっすらと見える、括れた腰のラインが露になる、すらりと細い足が裾から伸び、一見して女の子のようで、しかし男である証拠も頼りなくあり。

「……何も言わなくても、俺はラムザの裸があれば感じるなぁ……」

「えー……? 僕はディリータがいるだけでかんじるのに」

それもどうかと思うけどな。

しかし嬉しい思いを隠さず、ディリータはラムザを再び座らせ、脱いだ自分のシャツの上に寝かせる。恋人に覆い被さり、何度も何度もキスをして、唾液を舌を絡ませ口の中を犯し、甘い声が漏れ出しはじめた頃に身を上げると、その身体はもう既に先程までの純真な感じではなく、妖しさを露にし始める。心だけだった欲求が、身体に滲み出して来たのだ。心が身体を動かす、ラムザはシャツのボタンを外して、前をはだける。

「……ディリータ、……して……」

甘ったるい瞳で頼まれたディリータはキスをもう一度してから、唇を乳首へと降ろしていく。やさしく吸っただけなのに、「あぁ」と切なげな声を上げて、空いた方を自分の指で弄る。ツンと立ち上がった両方のそこへ与える快感を存分に味わうラムザの下半身は既に……先程のキスのあたりで、斜め上を指して立ち上がっていた。普段は覆われたままの敏感な先端が覗けるようになる。

「あ……」

先を指でそっと撫でられて、ラムザは思わずひくんと震えた。どんなことでも出来るけれど、それでも年齢不相応なほどに幼いそこは、弱い。

「ん……うぅん……」

「出てきたな……少し。……イイか、ラムザ……?」

「……はぁ……っん……、んっ、……イイ……、ディリータ……、いい……」

幼い身体――、その言葉に少しだけ嫌悪を覚えた。幼けりゃ誰でもいい? まさか。 これはラムザの身体、だ。だから、俺は感じるんだ。

「んっ……ふぁ……あ、……ん」

熱い口の中に包まれて、ラムザの身体に小刻みな震えが走る。

「い……っくぅ……っ、んっ」

こみ上げてきたものを堪えずに、身体を貫く稲妻を味わう。雨で身体が冷えていたことなど忘れて、燃え上がった魂、そのままに恋人の口の中へと解き放った。勿体無いと感じるのはどういうことか解らないが、ディリータは与えられた蜜を一滴の凝らず嚥下した。 ディリータはうっとりと快感の底に溺れたままになっているラムザに、溜め息交じりで訊ねた。

「……まだ満足していないんだろ?」

「……うん」

もちろん、そう答えられるであろうことは予想の範囲内。しかもそれを望んでいるディリータだから、先程の溜め息は形ばかりの薄っぺらなもの。ただの呼吸のひとつ。

「……射精するって意味じゃ、一緒だと思うんだけどな」

ラムザは気だるそうに半身を起こし、首を振った。

「全然違うよ。ひとりでいくのと、ふたりでいくのと、全然違う。……ディリータだってそう思わない?」

「うーん……。そりゃ、お前の中は……その、気持ち良い、から好きだけど」

「……それに、ひとりでするのって、何だかさびしいでしょ? ……だから僕は、ディリータのおちんちん、お尻に容れて欲しいんだ。その方がずっと……」

「なぁ、ラムザ」

ディリータはラムザの言葉を遮って、今度はちゃんと、本当の溜め息を吐いて、言った。

「なに?」

きょとん、と首を傾げられる。この顔で――

「なぁ……。その……それ、やめてくれないかな」

「……どれ?」

「いや、その……おち……」

「おち?」

「…………あのさ、確かにそこはそう呼ぶよ、解かってる。重々解かってるよ。でもさ、一応、ほら……何て言うんだ? あの、お前、……ベオルブ家のお子様なんだから……」

その理由にムッとしてラムザは反抗した。

「何で? 貴族だろうが平民だろうが、男の子にはちゃんと付いてるんだよ? あるがままに言って何が悪いのさっ」

「うーん……」

ディリータは考え込んでしまった。別に、その言葉を口走ってはいけない理由があるわけでもないし、その純真そうな顔で卑猥な言葉を発するというアンバランスさは、個人的には寧ろ好きだ。

「……うーん……、でも、ほら。こういう所で使ってる言葉って、普段何気なくポロッと出ちゃうこと、あるだろ? …………あんまり所構わず使って欲しくないな、俺は」

最後の「俺は」という一言が意外な意味を持った。

「そう……。解かった、ディリータがそう言うなら、気をつけるね」

普段は基本的にラムザ任せのディリータだが、たまにこうして「俺は」と言われると、ラムザはその意思に逆らうことをふと忘れてしまう。ディリータがそう言っているんだし、仕方ないか、そんな気持ちになる。普段のディリータの従順さが、こういう時に逆の効果を産み出すのだ。

「……で……、欲しい?」

「……うん、欲しい。入れて、ディリータ……」

結局やる事は、逆立ちしたって上品じゃない。向き合った瞬間既にハダカで、ラムザの言う卑らしい部分は欲望を一番簡単に表わしている。自分の言った言葉の空しさを多いに歓迎しながら、自分も欲しい快感はやっぱり素直に欲しいというべきだと思い直す。

「俺も、ラムザのお尻の穴に入れたかったよ」

いたずらっぽく笑って、押し入れる。雨音が耳に聞こえなくなるほどの快感が、二人を包み込んだ。

 

 

 

「……やっぱりお前はひかないんだな……」

紅い顔で掛布から顔を出すディリータの先、ラムザは半袖で絵本を読んだり猫の画集を捲ったりしている。

「言ったでしょ、馬鹿は風邪ひかないんだ」

「偉そうに言われてもな」

ぐずぐず言う鼻のせいで、ラムザを招いてぎゅっと抱き締めても匂いが解からない。とても哀しい事態だ。

「……所構わずえっちするの、しばらく控えないか?」

「やだ」

普段は抜けているくせに、なぜそんな早い返答が出来るのかと不思議になってしまう。

「風邪ひくのがいやなら、ディリータだって僕と同じに、馬鹿になればいいじゃない」

「……馬鹿になれったって……」

「変にカッコ付けることなんてないんだよ、僕と一緒にいる君は、カッコ悪くたって僕は大好き。二人きりの時間はもう、昔みたいに誰にもジャマされない。そういう時間は僕が作るよ、僕が守るよ。だから、……君が言ってたみたいにはやっぱり、僕は出来ないと思う。ベオルブ家の人間である前に僕は君の恋人だから」

「……難しいこと言うんだな」

「難しくなんか無いよ。だって僕は馬鹿なんだよ? 馬鹿でも考え付くようなこと、君に解からないはずない」

そんなもんかな……、ディリータはまた、うーんと考え込んでしまった。とりあえず、熱があるからあまり答えは出ない雰囲気だ。とっとと結論を出して、体温を分け与えた方が得策。

「……そう、かもしれないな」

「かも、じゃなくて、そうなんだよ」

「……うん」

所構わず、欲望は顔を出すもんだ、それくらい解かってるよ。出て来る言葉も一緒で、思った時に素直に言えばそれは多少汚くてもほんとの気持ち。それを否定しようというのがそもそも間違っていたのかもしれない。

それに……、二人きりの時間をジャマする方が悪いんなら、俺たちの時間は俺たちの物として、大切にしなきゃいけないよな。

「俺にとってお前は……、そうだな、ラムザ=ベオルブじゃなくて、単純にラムザ、なんだな」

こくん、ラムザは頷いた。するりとシャツを脱いで、ぴったりと肌を寄せる。やわらかな体はひんやりしていて、心地よい。どうせすぐ体温がうつってしまうのだが。

「僕と君は、間に誰かが入ると、僕と君じゃなくなっちゃうかもしれない。だけど僕と君がこんなに近くにいる時は、間には何も無いんだよ」

完全な、プライベートタイム。

「きっとお前は、馬鹿なんかじゃない」

きゅっと抱き締めた。欲望をカッコ付けで抑えないで、下半身はラムザに摺り寄せる。ラムザもそれに答えて、腰を寄せてきた。

「……それか、僕たち二人とも、物凄い馬鹿」

「いいな、それ」

カッコ付けしか知らなかったのに、それすら忘れてしまったら、本当に赤ん坊じゃないか。

「……いいよな、……これ」

また言って、クスッと笑う。セックスしてる時はどうせ裸なんだ。


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