二時間目

空は高く高く。一跨ぎで越せる小川の向こうの、家の庭に咲いている金木犀の、多く微細な花が柔らかな風に甘ったるい香りを運んで来る。懐中時計を取り出してみると、時刻は十時を少し過ぎたところ、多少お腹が空いてきたけど、昼寝にはいい時間だ。ラムザはうーんと欠伸をすると、芝生の上に寝転んだ。顔だけ日陰に入れて、首から下は太陽の光に温かい。まだ十月、

もう少ししたらもう駄目だけど、今は一番いい季節。

目を閉じると、瞼の裏に香りで運ばれてきた金木犀の鮮やかなオレンジが浮かぶ。そろそろ山に行けば紅葉も見られるだろう、いい季節になった。規則正しい吐息を七回も繰返せば、睡魔は喜んでやって来る。

柵を乗り越えなければ来られない、少なくとも先生たちは来ないであろう校舎裏は、最近眠い授業をエスケープする癖のついたラムザにとって最高の昼寝場所だった。

「……ラムザ」

「ん〜……」

「……ラムザ」

「……ん……」

「ラムザ・ベオルブ君、前に出て問い三を解いてみなさい!」

「ふぁ」

ビクンと跳ね起きて、わたわたと教科書を探す。黒板も、教師も、もちろんいるわけはない。

「な……なんだよっ、せっかく寝てたのに」

そんなラムザの様子をクスクス笑いながら見ていたディリータに、心なしか顔を赤らめて言う。ディリータが隣に座ったので、ラムザも再び腰を下ろした。

「……もう……先生に見付かったかと思った!」

むー、と膨れて見せる。 ディリータはラムザの頭をぐりぐりと撫でて、機嫌をとる。

「あーあー、せっかくきれいな髪なのに……草が付いてるぞ」

サラサラの、きれいな金髪。ディリータは平行脈の葉を一本摘み上げ、捨てた。

「何でサボってたんだ?」

「なんでここが解かったの?」

「お前の考えることくらい、お見通しだ。……で、何故サボった?」

「……眠いんだもん」

耳に入ってくる言葉がぐるぐる回って気付けば眠ってしまう。眠ったら眠ったで、今度はお説教を食らう。

「まぁ……その気持ちも分かるけど。でも、勉強遅れるぞ、いいのか?」

「遅れないよ。あのひとの授業、進むの遅いし」

「……じゃあ、問題。フロータイボールが進化すると何になる?」

「アーリマン」

「黒魔道士と白魔道士、素早いのはどっち?」

「白魔道士」

「348かける257は?」

「えー……と」

「ほら見ろ、解けないじゃないか。答えは……」

「ま、待ってよ、計算すれば解けるって」

「89436……これくらい、暗算で解けないと算術士にはなれないな」

「あっ、今答え出たのにっ」

またラムザはむくれる。ディリータは、心から嬉しそうに笑った。

「ディリータの意地悪っ」

憎まれ口を叩いて、寝そべった。

「いいもん、もう今日はずっとここで寝てるから」

負け惜しみに、ぶちっと言って、またディリータを困らせはじめる。このお坊ちゃんがオチコボレにでもなったりしたら、コイツの親父さんに申し訳が立たない……。身分の差とは如何ともしがたいもので。

けれど、その差故にこういう役回りを演じられることを、ちっともメンドウなんてディリータは思っていない。

主役級の大役、主役よりも、あるいはオイシイかもしれないのだ。

「そう言うなよ。ラムザ、お前が勉強出来ないのはあの者のせいだーって言われたら、どう思う?」

「……」

「嫌だろ?」

「……うん」

半身を起こし、こくりと頷いたラムザの顔は少し曇っていた。あまり、そういう表情はしていて欲しくない。ディリータはラムザの前髪をかき上げて、額に口付けをした。

「な、じゃあ、次の授業はちゃんと出てくれるな」

「ん……」

もう、今から戻っても怒られるだけだ。

結局ディリータも二時間目の講義は欠席という事になってしまいそうだ。

ラムザは甘えるように、幼なじみの肩に頭をかけた。

「甘えん坊」

「いいもん。ディリータの前でだけだから」

この子……と言っても、ディリータと全く同じ十三歳であるが、ラムザは、ディリータに甘える時間がこの世で一番甘美な一時だと思っているふしがある。

冷たい兄たち、優しいが偉大すぎる父たちに対して、どうしても、家の中は自分にとって場違いに感ぜられるのだ。

しかし、この幼なじみの隣だけは、何の気兼ねもなく接することが出来る場所だ。乳母ですら、心と心の間には大きすぎる隔たりがあった。乳母の方に、身分の違いによって畏れる感情があったから、

近づいても、本当に抱き留めてもらえたことはなかった。だがディリータは、ディリータだけは。

好きだ、というと、アイシテルと返って来る。

アイシテル、というと、お前よりもずっとアイシテルと。

自分に、一番側にいてくれる存在、甘えられる喜び。

「……ん……」

ディリータの指が、ラムザの金髪を梳く。長い後ろ髪へ向けて、優しく。

「駄目だろ、こんなボサボサじゃ。……綺麗にしとかないと」

ポケットの中から櫛を取り出して、本格的に梳かしはじめた。

一応、名家の末っ子なのだからしっかりした身なりをさせなければ。落ち度があったなら、「お前がついていながら」と言われる羽目になるし。

……しょうがない奴だな、思いつつ、櫛を通すディリータの顔はどうしても緩んでしまう。

「ん……ぁ……もう……い……。ありがと……」

とろんと、眠そうな声。再び腰を下ろしたディリータに凭れる。ディリータはその長い髪、ひとふさ取って、匂いを嗅ぐ。石鹸と、あと芝生の草の匂いがした。

「ラムザの髪、綺麗だな」

この坊ちゃんの髪に比べると、自分の髪はどうしてもくすんだ色に見えてしまう。けれど、嫉妬など感じる暇はなく、その太陽のような色の髪が好きで好きでしょうがない。

「ねぇ、ディリータ?」

「うん?」

「……僕のこと、好き?」

内心、ディリータはまたかと思いつつ、答える。

「アイシテル」

そう答えると、ラムザは見とれてしまう程の、可愛らしい笑顔で。

「僕も……アイシテル」

初めて習った言葉のように、繰り返して。

「……アイシテル、よ。ディリータ」

ある意味、危険だ。その言葉とその笑顔は、想像を絶する破壊力で持って、ディリータをぐしゃぐしゃにしてしまう。

ディリータは、馬鹿馬鹿しいが、ときめいた、張り裂けそうなほどに。

「……ねえ、……もいっかい、キス……」

とろん、と言われると、しょうがないなと思っても、文句一つ言えずに唇に唇を重ねてしまう。

悪い癖だ、「何というコトを憶えさせてくれたのだ!」……申し訳ありません、兄上様、だ。

「……もう、いいか?」

ディリータが訊ねると、まだ満足しないらしく首をふるふると振った。

「今度は……口、開けて」

戸惑っている暇など与えられなかった。ディリータの唇に、今度は自分からキスをしてきたラムザの舌が、ディリータの口腔に入り込み、舌で舌を挑発して来る。はじめから勝負はついていて、ディリータはそれに答えることを宿命付けられていた。

答え、反撃。

ラムザの口の中へ、舌で犯す。

そしてやがて終戦。口を離し、離れるギリギリまで舌を絡めあい、互いの味を楽しむ。

「……んん……」

唇の端から零れた涎を指で拭ってやりながら、ディリータは訊ねた。

「満足したか?」

「うん」

 ラムザはこっくりと頷いて、舌で唇をちろりと舐めた。

「……キスはね」

にや、と笑うと、ラムザはディリータの手を取り、親指を咥えた。

軽く、歯を立てて、舌を指先にチロチロと這わせ。

「……ここで?」

ラムザは嬉しそうに頷いた。

「ガマン出来ない。……ディリータ、キス、上手なんだもん」

したくてしたキスじゃない。……が、ディリータにはキスを拒否する権利など与えられていなかった訳で、だとしたらラムザを今ここで抱くのを拒否する権利もない。

「……ほら、ディリータだって」

ラムザの手のひらで、ズボンの上から包まれた。バレていたらしい。

「ね……しようよ」

これも、身分の違い。 こんなことに弊害が現われて来るのが情けなくカナシくウレシい。

ラムザに服を全て脱がせ、全裸にし、シャツを背中に敷いて痛くないように。

「ディリータの匂い、する……」

それはそうだ、朝からずっと着てたシャツだからな。

ディリータは、幼なじみの白い肌に幾つもの跡を付けて、紅く尖った胸の先に到達すると、プツンとした乳首を潰すように舌で捏ね回す。

「んぅ……」

一応、場所をわきまえてか、あまり思いきり声を上げて快感を訴えることはしないが、染まった頬、噛んだ唇などは、声無くしても尚、ディリータをその気にさせる凶器に成り得ていた。

ラムザは、優しく乳首を噛まれて、漏れそうになる声を何とか抑えて、ディリータの髪を、頭を、抱いた。

ホントは大声でアイシテルって喚き散らしたい気分だけど、そうするとディリータに迷惑がかかるから、やめておくよ、と。

「……ラムザ」

ディリータは一度身を放し、ズボンの中からさっきラムザに指摘される前、実は髪を梳いていたあたりから既に硬化していた性器を取り出して見せた。ラムザは起き上がり、手を添えて、先の方からペロペロと、まるで飴であるかのように味わいはじめた。

先端に溢れ出た液を美味しそうに舐め取る。

ぱくん、と口に含み、中で舌を絡ませ、気紛れに口を離し、袋を吸う。

上手? と、ラムザは上目遣いで聞いた。

「……ああ……すごく、上手だよ、ラムザ」

ディリータがそう答えると、ラムザは喜んで先端から喉の奥に達しそうな程深々と咥え込む。

ディリータの表情が、少し苦しくなった。

「……ラム、ザ……俺、出すから。……飲んで」

言葉が終わると、ディリータの性器はラムザの口の中で激しく脈打ち、ドロドロの精液を解放した。

ラムザは口を離すと、それを飲み下し、ディリータの先端からまだ溢れて来るのも、大切そうに舌で舐め拭った。

「いっぱい、出たね。……ディリータも、したかったんでしょ?」

「……俺はいつでも、お前としたいと思ってるよ」

ラムザの表情が、余計明るくなる。

「ホント?」

「ああ。ホントだよ」

……いつの間にやら、セックスが好きになってしまったらしいラムザ、その責任はやはり、俺にあるのか。

「ね、僕にも、してよ」

ラムザは後ろ向き、尻をディリータに向けて強請った。

これほどの無防備があるだろうか、ディリータは苦笑しつつ、それでも幸せだと思う。

名家の、令嬢かと見紛う程の美少年が、俺を可愛らしく誘っている。この身体は今この瞬間、俺だけのものだ――そう思うと、言い知れぬ優越感が湧き上がって来る。

「あん……」

ディリータの舌が後ろに付くと、小さく甘い声を上げて、蕾を震わせる。

「……ラムザ、これされるの好きだな」

普通はイヤだろうと思うが。もし自分がされるのなら、少なくとも泣いて嫌がるだろう。

「ぁあ……だって……気持ちい……ぃああ……」

狭いところに舌を差し込まれ、唾液で濡らされ、そして今度はディリータの指で犯される。

キュッと指を締め付けるのと同時に、自分のペニスが震えているのが解かって、少し恥ずかしい。

「ぁんん……でぃり……た、僕、……もぉダメ……」

「入れて欲しいのか?」

「ん……ほしい」

ディリータはニッと笑うと、ラムザから身を放した。

「じゃあ、自分で入れてごらん」

そう言って、再び天を付くほど硬くなった体の中心点を見せ、胡座をかいた。ラムザは、潤んだ瞳でそれに手を添えて、身体の中に収めて行く。

熱い熱い感触、自分の、他の誰にも見せられないようなところ、何か物凄いやりかたで開かれていく感覚に、知らず声が零れる。

「全部、入ったな」

「あぁ……ぁん……」

「自分で、動いてごらん」

「ん……んぁああっ」

言葉に従い、ラムザは自ら腰を降り始める。甘くて気持ち良くて少し痛い、どれが一番強くて大きいかと問われればやはり気持ち良さが勝ってしまう。

自分は淫乱かもしれない、だけど、ディリータはそれでも許してくれる、甘えさせてくれるから。

お腹の中がディリータを求めてる……愛してる。

「……あいし、てる……っ」

「……俺もだ」

ディリータの手がラムザのそれに触れる。その途端、またギュッとディリータのを締め付けてしまう。すると、余計にディリータが引っ掛かるのを感じて、快感が増してゆく。

「……だめ……っ、ぼく……もう……い……っちゃう」

「……俺も……いく……ッ」

「やぁあっ」

ディリータの精液が胎内に勢い良く放たれた衝撃で、ラムザも濃い精液をたくさん吐き出した。

自分の体にたっぷりとかかって、ぬるぬるになった。暫く抱き合ったまま、繋がったままだったが、やがてディリータは精液に塗れたラムザの身体を清めるために自分のを抜く。

「あんっ」

いったばかりで気持ちいいのか、ラムザが艶っぽい声を上げた。抜いた後に、ディリータの吐き出した精液が零れ出る。ラムザの身体に散ったラムザの白い蜜は舌で、溢れ出た自分のはティッシュで拭き取り、元の清潔な身体に戻した。

「でぃりーた」

甘えん坊の声で、ラムザは名を呼び、服も着ないままディリータに抱き付く。

「……馬鹿、風邪をひくぞ」

「平気だもん。……だって、馬鹿は風邪ひかないんだもん」

「馬鹿なこと言ってないで、ちゃんと着ろよ」

「は〜い」

返事だけは良い子、けれど、白のワイシャツを直に着るだけで、後は素っ裸のまま。

下半身も露にしたまま、またディリータにくっつく。

「……チャイムだな」

「二時間目終わっちゃったね」

「…………」

ディリータはちらり、ラムザのシャツの裾から伸びる細い足を見て、いろいろとツライ溜め息を一つ。

こういう、間違ったコトを教えた上、俺も楽しんでるんだから、きっと俺も同罪だな。

「三時間目も休もう、ね」

ディリータの苦悩も知らず、ラムザは天使のような微笑みで。

……今から単位の計算をしなければいけない。

「あ、でも、四時間目の授業のときに、きっとみんなにはバレるだろうね。何してたか」

ラムザがふと思い出したように言う。

「何でだ?」

「ん? なんでだと思う?」

「……解らない」

ディリータが降参すると、ラムザはディリータのシャツに顔を埋め、言った。

「二人とも、草と金木犀の香りがしてる。お揃いだから」

ディリータは蒼ざめた。


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