寒いよりはあたたかい方が幸せだと、晩秋生まれのディリータも思う訳だそして自分の考えが決して一蹴されるようなものではないであろう事も。猛暑は誰だって疎むだろうが、明るく柔らかな春の陽光は満場一致で幸福だろうし、あたたかい布団や、暖炉の前なども同様に幸福の度合いが高いと。
何事も極端は良くない。熱い風呂に我慢して浸かる必要はない、身体にも良くないそうだ。といって温すぎでは風邪をひいてしまう。適温だから、こんな風にぼんやりする余裕が生まれる。肩に頭を乗せて、恋人もうたたねをしたりする、それを揺すり起こして「寝たら駄目だよ」と、微笑みながら言う事も出来るのだ。これが寒中水泳だったりしたら「寝るなッ、寝たら死ぬぞラムザッ」という事になりちっとも幸せじゃない。温即幸福という訳ではないが、それでも幸せになる要素の一つである事は、疑いの無い事だろう。
そうして、何気なくしていたが、ぼーっとすることもまた、大変幸せな事ではないだろうか。
ぼーっ、とするにはいくつかの必要条件が存在する。
ひとつには、時間的拘束が存在しない事。刻限が迫っている時、例えば戦場で味方が戦闘不能状態になり一刻も早く治療してやらないと昇天してしまうような時などに、遠方の山並の稜線を、ぼんやりまったり眺める事など、恐らく不可能であろう。続いて、精神的ストレスの存在しない事。これから深い深い洞窟の奥で魔物の大軍と対峙しなければいけないようなときに、青く高い空を見上げてぼーっとすることはほぼ不可能だ。出来たとしたらそれはそれでかなりの猛者ではあるが。そうして、適度な環境も不可欠。亡霊のうようよするツィゴリス湿原やユーグォの森でぼーっとしているなど、願い下げだろう。それに、雨や雷も排除しなければならない。となると雨季の屋外でぼーっとするのはやや困難という事になる。出来れば温かな日の午後に、更に条件となる肉体的充足を満たして……実際尿意や便意や性欲や空腹感や箪笥の角にぶつけた足の小指の先の痛みを抱えながらぼーっとは出来ないだろう……、条件を揃えて、でないとぼーっとは出来ない訳だ。が、逆のパターンもあって、それら全ての条件を排して、逆に「ああどうしようこのままだとセヴェリーニが死んじゃうよ雨も降ってるしボーンスナッチがうじゃうじゃしてるしここ抜けたら『END』に行かなきゃいけないのにああしかもおしっこいきたいよどうしようおなかも減ったしうわあアクアソウル痛ッ」という時に「もうどうでもいいや……、さよならセヴェリーニ」とぼーっとなるのがたまらない、という、達観、諦観とでも言えるような「ぼんやりの作法」も存在しよう。やや裏技的であり、仲間を失うどころか自分の生命も危険に晒される事にもなろうが。
あくび。
ぼんやりしていれば眠くもなってくる。許された眠気というのもまた、幸福なものの一つにあげる事が出来るだろう。
退屈な講義しか出来ないくせに口やかましい講師の前で、感じてしまった眠気というのはかなり不幸なものである。許されぬ眠気、眠気と勇気の戦い、いびきと冷静のあいだ、我輩は睡眠欲である、ロミオと布団、……はっとして、「いかんいかん……眠気ニマケズ、君眠りたもうことなかれ、だ」と瞼を擦り直すが、頭に浮かんでくるのは、眠りたき人、伊豆の眠り子、ベッドの中のイエス、ジョン万次郎睡眠記、父眠る、……枕草子……「ぐー……」
眠ってしまえば幸福になれるのに目の前の幸福から目を逸らし、不幸な、つまらない講義を凝視しなければならないのは不幸だ。あたたかい場所で、存分に上質の眠りに就く事こそ、この上ない幸福である。
「んん……、ラムザ」
目を開いて、お湯からはみ出たままの恋人の肩に、お湯をかけて温める。睡眠にまつわる幸せの中でも最高に幸福な状態である「うたたね」から覚めて、ラムザは染まった頬にぼんやりした目でディリータを見上げる。
「なに?」
「肩まで浸かりなよ、風邪ひくぞ」
んー、と欠伸をして、ぱちくりと瞬く。それで少しは目が覚めたか、ずっともたれていた身を離して、顎まで浸かる。
「ディリータだって肩出てるじゃない」
「いや、俺は……」
「僕は馬鹿だから風邪ひかないって、いっつも言ってるのに」
えへへ、と笑った。
会話をする幸せも、存在する。
「でもさ、……やっぱり俺は、その……、何だろう。ラムザにはいっつも、元気でいて欲しい」
「んー? いっつも元気だよ、僕は」
誰かと会話をして、想いを転がしていく楽しみ。これは、「誰かと一緒にいる幸せ属」とでも言えそうなカテゴリの中でも突出した割合を占めているように、ディリータには思える。大好きな人と二人、もしくは、一人ぼっち、どっちがいいですかと問われ、後者を選ぶ人の数が極めて少ないであろう事は考える必要も無い。誰かと一緒、それも、出来れば、世界でいちばん大切だと思えるような相手と、がいい。
「僕は、君が風邪をひくことの方が心配だ。だからちゃんと、ディリータも肩まで浸かって?」
言われたままにディリータは肩まで浸かり、水面に顎を乗せた。二人で入るとやはり、やや窮屈なバスタブには二人の分だけ嵩の増したお湯と、月並みな言い方ではあろうが幸福が満たされている。窮屈だから、すぐ側にラムザの可愛らしい顔が、ある。
「……そろそろ、出ようか?」
「んー……、いいよ、出ようか」
立ち上がって、バスタブからまたぎ出てふと振り返ってお湯を見ると、こんなに少なかったのだろうかと訝って仕舞うほどだ。だがそんな事はもういいから、早くタオルを取って、恋人の身体から拭う。
「君のは僕に拭かせて」
身体から水滴の無くなったラムザはほかほかと湯気を浮かべながら、ディリータの手からタオルを抜き取った。
「……いいのか?」
ラムザはこっくりと肯く。じゃあ、とディリータは先にラムザに寝間着を着せてから、任せた。
ちょっと弱い力で拭われるのは、どこと無くくすぐったい。早くも冷えはじめた肩、背中、と任せ、下半身はそっと包み込むように。
「……見惚れてないで、早く頼むぞ」
咎められてラムザはちょっとばつが悪そうに顔を赤らめる。すぐに拭き、足の先まで。
恋人に拭かれたと思うと、いつもよりも綺麗になったような気にもなる。
身体の奥の方に、まだぬくもりの種が残っていて、裸足の先以外は、中からじんわりとあたたかさが芽を出しているようだ。冒頭に書いたとおり、あたたかさは幸福感。風呂上がりに苛々して怒鳴り散らす人など見たことがない。ディリータはラムザに請われて、抱き上げる。石鹸の匂いがふんわりと漂う、そして布を隔てた皮膚の温度が高いのが命を感じさせて、なんとも心地よい。いま、ラムザは幸せのかたまりのようになっている。
部屋までの短い距離をずっと抱いたまま移動し、そのままベッドに降ろす。ラムザは両手を広げて、ディリータはそこに身体をそっと下ろす。
「……えっちする?」
ラムザは恋人の耳元にぼそりと囁く。ディリータはくっと笑って、湿った髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ヘンタイ、せっかく綺麗にしたのに、また汚すのか」
「そりゃあ、だって僕、変態だもん」
「馬鹿」
「ばかだもん」
お利口だね、良く分かっているじゃないか、そんな軽口を叩いて、それに誘われて惑わされるなら自分も十分に馬鹿だと自覚しているディリータである。
「ディリータはしたくないの?」
ラムザはディリータの寝間着の中に手を這わせる。そこはまだ、柔らかいままだ。不満気な顔になったラムザの、下半身に手を伸ばしてみると、そこはもう柔らかくはない。
「……なあ、俺何かしたっけ? お前に感じてもらえるような事、何か」
ラムザは口を尖らして言う。
「したよぉ。君の存在自体に、僕は感じるんだ」
ディリータはちょっと笑って、恋人の前髪を上げる。
「それは光栄だね」
「光栄だったら、しようよ」
「すごいな」
恋人同士になったら、やはりセックスも幸福なものの一つであろう。それは平板に、肉体に齎される快感のみに焦点を当てて言うわけではない。のみならず、気持ちが満たされるから幸福になりうるのである。手淫のまたの名を『自慰』と言うように、性的欲求を充足させる事は、感情を満たす事にも繋がっている。
それは、性行為に関連して発動する、人間が感じる「恥」による。
「……な、ラムザ」
「なに?」
「……あのさ、その、あんまりじろじろ、見ないでくれるか?」
「えー……、ディリータのおっきくてカッコイイから、見てたいの。駄目?」
「駄目っていうか……、うん、恥ずかしいから……」
「……んー……、じゃ、舐めていいでしょ?」
「え? あ……」
裸になるのが恥ずかしいという感情は聖書に拠ると、アダムとイヴが蛇に騙されて知恵の木の実を食べてしまったからとか。それ以後、人間は裸でいる事に羞恥心を覚えるようになった。ラムザのような、裸でいても平気という例外も僅かに存在はするが、基本的には裸というのは誰かに見せる為に存在するものではないという考え方が大勢だ。
その、自分の大切な、裸、を相手に見せ、普段は誰にも触わらせない生殖器付近への接触も許す。あまつさえそれを「愛撫」と呼ぶ。手で撫でさすり指を絡め、匂いを嗅ぎ口腔に包み込む。
普段は考えられないような声を出す事もいとわずに快感を享受し、またありえないほど卑猥な行動に出てもなお、相手に快感を与えたいと思う。そんな「恥」を乗り越えてでも、手にしたいのは、相手が、自分が、裸になり、恥を感じても幸せにしようとしているという、重大な事実による。
だから、娼婦に慰めを求める男たちはきっと皆、恐らくは例外無く、寂しいのだろうと思う。仮に商売であっても、自分の為に恥を晒してくれるという事に、少なからず慰められるのだろう。
「……ラムザ、気持ちいい?」
「……ん……、……気持ちい」
「……俺も、……すごい、気持ちいい」
セックスとは、幸せな行為だ。幸せな行為であるべきだ。
「んー……、ディリータ、愛してる……」
「うん。俺もラムザの事すごい愛してるよ」
「……愛してる」
「愛してるよ」
入浴直後とは違ったぬくもりの種が心の奥にある。末端までも温かい。肌を裸を重ね合って、石鹸に加えられた互いの身体の匂いを胸に納める。
「……なんでさぁ」
「ん?」
「なんでさ、僕のも、もっと大きくならないのかなあ」
「……」
「ディリータみたいにさ、毛も生えて」
幸福とは生活だと、ディリータは反論覚悟で考える。
生活、とは、当たり前にそこにある事であると。
つまり、あたたかさや快眠や、大切な誰かと一緒にいてセックスをする事が、当たり前になる事。それに、いちいち大袈裟な「ああもう幸せだスキップしたいくらい幸せだヤーホー、ホートランランラン」となるのではなく、「あ、あ、なんでだろ、俺、なんだかわかんないけど、機嫌良いです、うふふ」というようなニュートラルハッピーとでも言うべき状況が、一番良いのではないかと。それは、心が幸せに鈍感になっている状況であるかもしれない、それは好ましくないという考え方も多いかもしれない、しかし、そういった時には、ふと自分を取り巻くいろいろを見回して、目に付いたものを拾い上げて吟味してみると、「ああ、こんなところにも、おお、そんなところにも」ってくらいに、幸せに囲まれていた事に気付く。そうして、そういったものをこれからも愛し、大切にしていきたいと思うに違いない。
今の俺がまさにそうだ。
「……そりゃあ……、まあ、お前のにだってほっとけばそのうち毛も生えてくるさ」
「でもおっきくはならないでしょ?」
「うーん……。でもほら、そんなとこの大きさで人間の価値が決まるわけじゃないし」
「……ちぇ。僕もディリータみたいにおっきかったらよかったのに。そしたら僕もディリータのお尻に入れてさ、気持ちよくして上げられたかもしれないのになあ」
「……」
ディリータの回りには、たくさんの幸せが転がっている。ラムザという、恋人がいることによって感じる幸せ。今はベッドの下に脱ぎ捨てられた、揃いのバスローブ。ふと目をやれば、一緒に夢を見る布団があって。肌を触れ合わせる、恋人がいる。忘れた事など無い、この幸せを忘れた事など一度も無い、そう信じているのだが、ディリータはラムザに口付けるたび、ああ、幸せだなあと、自分がその幸せを忘れるという、極上の幸せを手にしていた事に気付くのだ。
「まあ、そこの大きさの事は置いておいて」
「あ、でもさ、皮もむけるかなあ、そのうち、ディリータみたいに」
「……もうその話止めにしないか? 何ていうか……、すごく恥ずかしい」
「んー……、でも、楽しいよ。僕、ディリータの大好きだもん。美味しいし」
「……いや、……そう、その、美味しいもんじゃないだろ俺のなんて、別に」
「美味しいよぉ。……ひょっとして、……その、僕の美味しくない?」
「いや、美味しいけど……」
「ね? おんなじように、ディリータのだって美味しいんだよ」
「……」
ディリータは思う。ラムザといるから、何でもないものも素敵に思える。ラムザと一緒に着るから、一着のバスローブがかけがえの無い物に思えてくるし、布団がただの布団ではなくなる。そう気付ける事はとても幸せな事だ、と。
「僕は、ディリータのおちんちんがすごく好きだな。ディリータの全部が好きだけど、中でもすごい好き」
「……そうか。……うん、まあ……、そんなに愛されて俺はすごく幸せだと思うよ。ありがとう」
「どういたしまして。ディリータは僕のどこが好き?」
「全部」
「ずるいからそれナシで。一箇所だけ、選ぶとしたら、どこ?」
「……一箇所だけ? ……無理だそんなの」
「無理でも選んで」
「……えー……」
ディリータは覆い被さっていた身体を離して、ラムザを起こした。じっと見つめる身体のどこもかしこも、例外無く美しいと思うし、だから堪らなく愛しい、大好きだ。一個でも抜けてたらきっとラムザは違う事になっているだろうなと思う。一つ選べというのは、実はかなり困難で残酷な問いではないかと一瞬考える。その問いに、すぐに答えられるラムザはスゴイとも。だが、だからといってラムザは何も考えていないとは思わない。 ともあれ、早く答えなければならない。ラムザの身体で好きな部位。
その目鼻、唇のどれも、一級品だと。他の誰がどう言おうとラムザはディリータにとって世界一の美少年である。それを形成する要素は全て好きだ、美しいからではなくて、それがラムザだから。だから髪も耳も細い首も、薄赤いほっぺたも。薄い紅色をした乳首を見ているだけで堪らない気持ちになるし、臍も愛らしい、くびれた腰も。自分では小さいことを少し気にしているようだがその性器も、ずっと吸い付いていても飽きぬほどだ。白い足も、指先まで、あます所無く唇の後を付けてしまいたいッ、という衝動に駆られる。
「そう、だな……」
ディリータは、腕を組んで、いましばし真剣に考えて、答えた。
「お前の……、お尻、かな……」
ラムザとしては、適当に「どこが好き」と答えて貰えればいい、という程度の考えでいたから、ディリータが余りにも真剣に考えているので少し戸惑ってしまっていた。が、出てきた答えがまたそんな部位だったものだから、噴き出してしまった。
「何だよ、何がおかしい」
「あー……ごめん、ごめんね。僕のお尻、好きなの?」
「うん……。そうだな、強いて言えば。お前のお尻は、何というか……、お前の身体全部きれいだと思うけど、その中でも特に、バランスがいいと思う。すべすべだし、柔らかくて肌触りもいい。それに、……俺の事、受け止めてくれるし……。色んな意味で、好きだ」
ラムザはにっこり笑って、お尻が好きだと言ってくれた恋人に、膝立ちになって尻を向けて見せた。
「見てると触わりたくなっちゃうくらい?」
「……触って欲しいんだろ?」
「うん。……僕もね、僕の身体の中ではお尻が好きかな。ディリータが撫でてくれるし、おちんちん入れてくれるしね」
手を伸ばして、ラムザの尻に触れる。指がなぞると、少しへこむほどに柔らかい、が、適度に絞まって、桃の果実のような趣。色は白く曇りがなく、肩幅に広げられた足の向こう側には宝珠を収めた袋が見える。
「ふう……」
ラムザが吐息とも声とも付かぬ音を漏らした。その音に、胸が歳相応に高鳴る。
「……可愛いな、お前のお尻」
「ん……、ありがとう、嬉しいよ……」
指で割り開いて、顔を寄せる。さっきまで、こんな硬そうな穴の中に自分のが入っていたのだろうか。何だか、俄かには信じがたい。嗅いでみると、微かな排泄物の臭いがするが、不快とは感じなかった。寧ろ、自分の精液の存在に少し躊躇ったが、そこを舐めた。
ラムザの身体が折れて、枕に両手を付いて、尻を揺らめかす。もっと舐めて、との意思表示だ。はじめはやや臆病に、やがて積極的に、音の立つほど舐める。しとどに濡らして、代りにあてがった指は、先程の交わりがあったからか、意外なほどにすんなりと身体の中へ収められていく。
「……ラムザ、可愛い」
ディリータは自分の指をくわえ込んだ尻に、頬を寄せた。ひんやりとつめたく感じられるそこが、実はやっぱり一番好きだったのだと、ふと気付く。
「やあ……ん……。ディリィ……、ん、もう、入れてよぉ」
「さっき入れたばっかりなのにもう欲しいの?」
「ん、ん。……ディリータの欲しい。ディリータ、僕のお尻いらない?」
両の尻に、一度ずつ口付けた。
「もちろん、すごく欲しい」
君のからだの全てが幸福だ。
尻を特別視は、すまい。全部、ぜんぶ、幸せのかたまり。
そうしてぼくも君の幸せのかたまりになれますようにと。
「……ん、はっ……ぁあっ、あぅ」
そうして感じてくれている声が、きっとそうなんだと僕に思わせて、ぼくの幸せはこうやって、とめどない。