君と僕はセックスをする

「君と僕はセックスをする、考えてみればこれほど素敵なことってそうはないよね」
 椅子に座るラムザは不意にそう言った。
 ソファでクッキーを齧っているディリータは、突如として口の中が粉っぽくなったので、ミルクを多く入れたコーヒーで流し込む。ラムザが栗色のひとみをきらきらさせて言うのだから、大方また色気づいたか、可愛いなあ、なんて考えていた。
 しかし、そんなことを考えているのは失礼だ、そう承知している自分なので、愛しいラムザに、自然と顔まで浮かび上がってくる微笑を向けた。
「うん、俺もそう思うよ」
 同意してもらえたことが嬉しくて、ラムザは満面の笑み。その嬉しそうな笑みがディリータに伝染し、もともと微笑んでいたディリータは元よりもっと微笑む。その表情の変化が心から嬉しくって、ラムザの笑顔のレベルがまた一段上がる。それを見てディリータの。
 傍から見たらみっともないのかもしれないとは思いつつも、ラムザの露悪的なところが最近では移ってしまったのか、ディリータまで、誰かこの部屋に入ってくればいいなどと考える。
 二月といえば寒いばかりと思いがちで、現に雪の精霊はこのところ三日に一度はやってきて、積もらせて街を白く完璧に塗りつぶしてゆくのだけれど、外が凍りつくほど、二人のいる部屋はあたたかくなるのだ。少しちくちくする、押入れの匂いのセーターも、もちろん薪の、嫉妬するようにはぜる音も、とても暖かい。冬の、性愛に関する部分が、体温を持っているのだろう。
 ミルクコーヒーの苦い甘さなども、肉惑的だ。
 ともあれ、二人で過ごす冬は、寒いばかりのものではないのだ。さっきのように、ラムザがふと漏らす他愛なくも二人にとっては重要な科白によって、またあたたかくなる。部屋の中は、桜を散らす春日春風よりもなお、暖かい。冬ながら、二人にはずっと春が続いているのだ。
「何でそう思ったんだ?」
 黄色いチューリップのように、にこにこ笑うラムザに、ディリータはそうたずねた。椅子から降りて、ラムザはディリータの隣に腰掛ける。頼まれたわけでもないのに、その方に手を回さずに入られなくなるのだ。するとラムザは猫みたいに、密着した身体をさらに重ねようと、窮屈に擦り寄った。
「ディリータも思わない? ときどき……」
 問われたことには応えないで、そう問う。ディリータは長い金の髪をさらさら指で玩びながら、
「いつも考えている」
 空気のように軽い髪は、空気を纏わせて、音もなくディリータの指から零れ落ちる。逃したくなくて、指を絡み付けても、綺麗な髪はいじわるをするようにさらさら、さらさら。
「俺はラムザのことが大好きだから、お前とセックスが出来るのはすごく幸せなことだからね。考えているよ」
 セックスは、――少なくとも、自分たちのしているセックスは――、ディリータは思う。決して、快楽のみを追い求めた結果になし得る行為ではないと。気持ちよくなりたいだけならば、やりようはいくらだってあるし、自分たちはその方法を知っている。痛みを伴う行為であることを認めながら、それでもつながりたいと強く望む、そこに(ラムザが淫乱でマゾヒストの気があることを差し引いても)価値があると、ディリータは考える。
 ラムザはうん、と頷いた。
「同じだよ。僕もディリータと同じ」
 同じ気持ちを持っていることだけで、嬉しいのか、ラムザはディリータにもっと甘えたがった。その手を引っ張ってきて、少しかさかさする指を、口の中に入れた。クッキーの、少し甘い味と、肌の塩の味が交じり合っている。
 ディリータの肌を舐めて、この塩の味を感じると、ラムザは海の水を思い出す。海水のしょっぱさが、ここにあるように思う、命は海から生まれたものだという考え方が正しいような気になる。神様はそう教えていなくってもだ。ここにある生あたたかい塩の味の方を本当と信じる。
 人差し指を口に咥えて、舐めて、吸って、軽く歯を立てて、好き勝手にしていても、ディリータはそのままだ。やめろ、とも、もっと、とも、言わない。好きなように、好き勝手に、させてくれる。自分はただ、指を口に入れているだけなのに、平然としているディリータを感じていると、徐々に、恥ずかしいような気持ちになる。周りが正装しているパーティーの中で、一人だけ裸か、もしくはみすぼらしいぼろを身に付けて混じっているような、浮いた感じ。
 そういう感じを、恥ずかしいとは思うものの、「思う」だけで心はむしろ歓迎の気配のラムザの身体は、例えばまず、その呼吸のスピードを速める。そうして、その舌に淫靡な動きをさせはじめる。舐めているうちに、それがただの指ではなくなるのだ。ほかならぬ、ディリータの性器に変じるのである。その人差し指を性器に擬えて、先端を舐り、唇も使って扱くように。
 ディリータはそんなラムザの変化を、もちろん解っている。解っていながら、させるがままにしている。そうして、ラムザも気付いていないような変化すらも、覗き見ているのだ。太股と太股を、落ち着かなくすり合わせているのを、ズボンの前が膨らんでいるのを。微笑ましく見ている。
 こうして二人で、淫猥なことに時間を割いて、幸せへと歩きつづけていく日々のかけがえのないことを、二人は知っているから、ここにはどんな法も神も介入することは出来ない。自分たちの愛の形が、神の許さないものであって、誰かの否定するようなものであっても、自分たちがこうしてここにあるという時点で、もう隠したり消したりすることは出来ない。在るものは在り続け、そして無いところにも生まれつづける。自分たちは永遠にこうして、在り続けよう。
 ラムザは口からディリータの指を抜いた。ディリータは穏やかに微笑んでラムザを見つめた。ラムザは恥ずかしくなって目を反らせかけた。その頬をディリータが捉えて、キスをした。
「幸せだね、ラムザ。俺たちは幸せだ」
 ズボンの中で膨らんでいる、愛らしい性器を、手のひらでそっと包み込んだ。
「……セックス、しようか?」
 ラムザがこくんと頷いた。


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