かくまうカルマ

 駆け抜ける風は暇に任せて歩く二人の肩を撫ぜ、渾身の力で以ってまだ落ちないと頑張る葉を無慈悲に揺らす。突き抜けて違う世界まで繋がっているような空はどこから黒くなるの?ラムザは幻想をそのまま口走った。さく、さく、足元の砂を踏み鳴らしながら。

「休憩しよっか」

 振り返る。うん、とディリータは頷く。丁度いい高さの岩が二つ、仲良く並んでいたので、遠慮なく尻を載せた。改めて空を見上げて、眩暈がするほど綺麗な空の如き清く澄み切った心を持てたらどんなにいいだろうとラムザは思う。どうしても僕はダメだ。いつも雲が、それもずいぶんと黒い雲が、覆っている。ディリータに言わせればラムザは常に快晴そのもので、だからこそ単純明快に欲を燃料に走る蒸気機関という事になるのだが、ラムザ自身の自覚としては、当然もっと複雑なのだ。それを裏付けるものはどこにもないけれど。

 実際、ラムザの行動理念は単純で、傍目から見ても何を考えているかは測りやすい。判りたくなくても伝わってくるのだから仕方のない。構造もまた単純なものだから、考えていることがすぐに行動に移る。

「あのねディリータ、さっき父上が仰ってたんだけどね、西の、ほら、あの山の丁度裏側の所に、温泉が湧いてるんだって!すっごく気持ちいいんだって!」

 今朝いきなり、そう言われた。その十五分後には準備は万端整って、家を出ていた。決して甘やかされて育った訳でもないが、庶民の常識からやや外れた価値観を持つのは致し方なく、ベオルブ家の食堂は暫し大混乱に陥った。十五分で二人分の弁当と水筒を綺麗に整えて包んだのだから、この家の使用人たちが皆優れていることは確かである。

 家を出て二時間ほど歩き、地図によれば目的の温泉まではもう少しというところまでやって来た。ジークデン砦へ繋がる道ではあるが、整備された街道が完成したのは二人が生まれる遥か前のことで、温泉は昔こそ旅人たちの疲れを癒すことこそあったろうが、今では父の懐かしい思い出話にしか出てくることはない。そんな道があることなど、年若い二人は初めて知った。地図にもごく細い線でしか描かれていない。

 既に時候は秋、雪の早い年なら、もう一月もすればちらほら舞い出す。ディリータにとっては、また処構わず衣服を脱ぐラムザが風邪を「ひかないよ」と言い張ってもセルフサービスで心配を強いられるシーズンがやってきたことになる。もっとも冬でなくてもラムザはいつでも服を脱ぐし、ディリータはあらゆることでラムザを心配するのだが。

「お茶、呑む?」

 水筒片手に尋ねられて、うん、と頷いた。

 外出時には、長い髪をぎゅっと結ぶ。解いたままなら、当然のように女の子と間違われ、結んでいてもその可能性はまるで抜けない。少し目を細め、意地の悪い笑みを浮かべて歯を覗かせれば、ようやっと少女から少年へ代わるのかもしれない。ともあれ、十代の半ばに差しかかろうとしている「少年」でありながら、ラムザの相貌は相変わらず中性的な匂いを強く湛える。いまだにどちらに行こうか決めかねているようにも見える。今にアルマやティータの協力を得て、女装を始めるのではないかと、恐ろしい気持ちにもなる。

束ねた金の髪の先はラムザが笑うたび揺れる。少女のようであれ、少年のままであれ、ディリータはラムザを愛らしく思う。だから、その尻尾にじゃれ付きたいような気にもなる。

「いい季節になったねえ。歩いてもそんなに汗かかないし、でも寒くもない」

 ディリータは全面的に同意した。ラムザが服を脱ぐ一つの理由には、暑がりであるということがある。逆に捉えれば、「暑い」ということを理由にいくらだって脱いでしまえるから脱ぐのだろうが。

 水筒を鞄に仕舞ったラムザは岩から立ち上がる。

「じゃ、もう少し、頑張ろ」

 羽織った上着に、コットンのシャツ、下は膝までのズボン、を、吊りで留めている。山歩きというほど険しい山でもないし、自分も似たような軽装だが、傷一つない無防備な脛を見るに、長ズボンを穿かせて来るべきだったかとディリータは思った。

「大丈夫か?疲れてないのか?」

 うん、とラムザはしっかりと頷いた。行こ?と手を伸ばす。くすぐったくなって、俯いて繋いだ。

 ラムザは、可愛い。

 ディリータの価値観では、ただ一言、そうなる。どんなに問題児であっても、迷惑をかけられても、まずその見た目の可愛さで払ってくれる。更に上乗せで、毒に満ち満ちていながらあくまでも純粋に自分を愛してくれるその心が在る。そして、快感をくれる。唇を尖らせて「俺は別にそんな」などと言ってばかりではあるが、もし素直に言い切ることが出来るのならば、ラムザの何もかもが可愛く、悪い言い方をすればディリータの幸福にとって大いに好都合だった。

 坂が下りになった。地図を開いて見直す、もう間もなく見えるはずだ。そう思うと、二人の足は速まった。どんなときも一緒にいるけれど、いつもと違う背景で一緒にいるのも悪くない。この後何がどうなる、何をどうする、ディリータは判っていたし、ラムザも目論んでいたけれど、構わないで、「転ぶなよ」「だいじょぶだよー」、じゃれあうように言葉を躍らせて、歩いた。

 道脇から草が消え、気付けば足元は白っぽい砂利交じりの砂になった。川が道を細い流れで横切るのを、岩伝いで跨ぐ。岩が白や茶色に変色している。温泉が近い、とディリータが何となく言ったことに「へえ」と声を上げて、くんくんとラムザは鼻を鳴らした。

「匂いはしないよ。硫黄泉じゃないから」

 ん、とラムザが気付く。

「でも、お湯の匂いするよ」

「……犬か」

「こっち」

道を逸れ、ラムザの鼻に従って歩けば、間もなく岩陰に湧いた小さな天然の露天風呂にぶつかった。湯気を立てた湯は透通り、湯船の底には小石や砂が溜まっており、まさに手付かずの秘湯と言った趣だ。ディリータが試しにそっと手を浸してみれば、やや温めで、ラムザの好む温度だった。

「じゃあ……、入ろうか。タオル、忘れてないよな?」

 言って振り返ると、ラムザは既にいそいそと脱ぎ始めていた。

本日、身体はすこぶる健康、精神も多分問題なし。

 比較的凹凸の少ない岩に腰掛け、膝から下を湯に浸す。タオルも巻かない自分を、珍しく咎めないディリータに、なら調子に乗っていいよねと、少し足を広げた。一方でディリータは、荷物を降ろしただけで、まだ一枚も脱いでいない。

 なのかも知れない、なのかも知れない、折に触れて晒される裸の傍で、可能性に押し留めていたが、もうすっかりラムザは露出狂である。

 露出狂のメンタリティを、ディリータは理解出来ない。何故隠しておくべき部分を見せたいなどと思うのだろう。ここは屋外であり、全天青く澄み渡った太陽が見下ろしている。可能性は低いとは言え、誰が来るか判らない場所で、のびのびと裸になる。風呂に入りにきたのに、いつまでも足でちゃぷちゃぷやるだけで、浸かろうとしない。入浴という行為よりも、裸になるという形式そのものでラムザは遊んでいるに違いなかった。

 ディリータは冬に雪の精霊に淫らな姿を晒し悦んでいたラムザを思い出す。あの時のラムザはいつも以上に興奮していた。ある意味では念願だったのかもしれない。相手が精霊という人間とは基本として相容れない存在であったのが、ラムザにとっても好都合だったろう。さすがに父や兄の目に晒されてディリータと交合したいとはラムザも思わないはずである。それでも、深夜裸で邸内を徘徊する。そういった際に、ラムザが内心の薄い膜の中、小さな種火を持っているであろうことは明らかだ。

 見られたらどう言い訳をするというのだ。綺麗だからという理由に於いても晒すべきではない裸を誰かに見られたらどうするのだ。

 考えたディリータの脳裏に、不意に一つの仮説が閃いた。

「ラムザ、入らないのか?」

 んー、とラムザは曖昧な返事をした。無為に湯の表面を足で揺らしているばかりだ。ラムザが入らないから、ディリータも腰にタオルを巻いたまま、岩に寄りかかっている。

 判っている、風呂に入りに来た訳ではないのだから。

 第一義は自分とのセックスだ、とディリータは「温泉行こう!」とはしゃいだ口調で言われたときから判っている。全天透ける秋空の下、二人で裸になる大義名分を得る。ラムザにとってはそんな「好機」を逸する訳には行かない。

「ディリータも、脱がないの?」

「うん、俺はまだいいや。……ラムザが安心して入れるように、誰か来ないように見てるよ」

 たぷん、たぷん、と細い足で湯を掻き混ぜながら、ラムザは笑った。その笑顔など、どこまでも純真無垢で穏和で、端々に血の貴さを感じさせるようなものなのに。

「別に、いいのに。誰が来たって平気だよ」

 来て欲しいのだろう、だけれど、来て欲しくもないのだろう。ディリータは想像する。

 ラムザは露出狂ではないのかもしれない、そんなことをディリータは考え出していた。露出狂と言えば、誰彼構わず性器を晒して悦ぶような人種である。それこそ気持ちは判らないし、判りたいとも思わなかったが、そういうものがあるということばかりは認めないわけにも行かない。イグーロス城下町にも春になるとそういう輩が出て、「もしそんな人に出会ったらどうしよう」などと妹たちも困惑しながらも苦笑を浮かべていた。

 誰彼構わず、ではない。と言うよりは、見られたくないという気持ちもあるのかもしれない。少なくともディリータに微笑んで裸を晒すのと同じ気持ちで外で裸になれるかと言えば、決してそんなことはないのだ。

「ラムザ、こっちおいで」

 不意にディリータに呼びかけられて、ラムザは首を傾げた。あれ、おかしいな、今日は裸になっても叱らないな、温泉だからかな、そんなことを考えながらも湯から上がる。ディリータの手招きに応じ、その腕に抱きすくめられた。多少の戸惑いこそあれ、抱擁を嬉しいものとして受け止めた。

「俺にはお前ほどの勇気がないからなあ」

 独り言のように言ったディリータに首を傾げた。ディリータが腕を解き、屈んで淑やかにすら見える幼い茎の先を指で弾いた。

「こんな、なあ。他人に見せたりなんて出来ないよお前以外には。けどお前は平気なんだよな」

 立ち上がり、何度見たってどうしようもなく可愛い顔を覗き込んだ。ラムザの顔が中性的に見えるのは、その眼がぱっちりと大きく、かつ優しい形をしているからだ。知ってはいたが、長い睫毛の縁取る眼を見て改めて思う。この眼にみんな騙される。

「え、ちょっ、ディリっ」

 羽毛のように軽い身体、ひょいと抱き締めた。尻が特に軽い気もしたが、それは失礼、間違いだ。

 この少年がなぜ「露出」をするのか。その理由に、ようやくディリータは思い至ることが出来た。実にディリータがラムザのその悪癖に悩み始めて、十年近くが経っていた。幼少期より風呂上り、パンツをなかなか穿こうとしない子供で、その度叱られていた。セックスをするようになったここ数年は、更に拍車がかかっている、今に見付かって死を覚悟する瞬間があるのだろうと、実際そんな夢を見ることも在った、この悩みの霧が晴れようとしていた。

 この少年の露出癖は、自発的なものではない。

 俺がいるからか。

 ディリータはようやく学んだ。少年は自発的に裸になることを愉しんでいるのではない。自分が裸になることであたふたと右往左往した挙句、結局丸め込まれて快感を齎してしまう自分を操ることを愉しんでいるのだ。もちろん、その結果としてディリータもイルな悦びに触れ、深々とラムザを愛することにはなる。だからこそディリータも本気で咎めることも出来なかった。それでいて、裸になられることに困惑してばかりいた。

「いい天気だな、……なあ、ラムザ?」

 ディリータはラムザを腕から下ろす。自分たちの足跡だけがかすかに残った道まで戻ってきたのだ。遠景に城の影が見える。

「……もう……、急に」

 ラムザはほんの少しの困惑を表情に刺す。だが、落ち着き払っていた。俺が居るから怖くないのだと、ディリータは判って、かすかに憎らしく思えた。解かれた金髪の先を秋風が笑うように揺らす。

「ディリータの変態」

「お前が淫乱なんだ。こんな外で裸で平気で、……前も隠さないで居るなんて、露出狂だ」

 うん、とラムザはこっくり頷いた。

「僕、露出狂。すっごく気持ちいいんだ、今。ね、いい天気」

 細い両腕を天に掲げて、遮るもの無き裸を天の下に見せびらかす。姿形の美しさと服を脱ぐスピードなら誰にも負けないだろうとディリータは思い、それもまた、頭痛の種だ。ラムザの無垢な容姿に宿った淫性が恨めしい。せめてもう少し見目に沿う心を持っていてくれたらと何度も思った。結局のところ、そんなラムザでも愛し、また淫乱だからこそ自分も変態で許されるという安心感も否定しがたいのだが。

 あっけらかんとしたラムザの表情に気勢を殺がれかけて、ディリータは心に芯を入れ直す。

「そうか。でも俺は露出狂じゃないんだよ。ラムザの裸を俺以外の誰にも見せたくない」

「僕だってそうだよ?」

 ラムザは太陽からディリータに目を戻し、真っ直ぐに見詰めて言い切った。

「僕だって、僕の大事なところはディリータにだけしか見せたくない」

「でも、露出狂なんだろ、誰彼構わず見せたいのをそう言うんだ」

「誰彼構わずって訳じゃないけど、お外だと、やっぱりドキドキするよ。ディリータも緊張して可愛いし」

 国中捜したってこの子以上に可愛い子などいないだろうに、そんなラムザににこっと「可愛い」なんて言われるのは、ディリータにとっては心外なことである。ラムザは躊躇いもなく言い、右手で自分の性器を摘んで見せた。

「ね。誰か通ったら、きっとすごくドキドキするんだろうなって思ったりもするよ。君の為に護ってる僕の裸を、君以外の誰かに見られちゃうかもしれないって、すごくドキドキする。そんなことになったら君がどんなに悲しむだろうって。……そういう、悪いことだけど、背徳感っていうのかな、そういうのが好き。だから、お外で裸。ね?」

 ラムザは眼を閉じて、左手で自分の性器を隠した。

「今だって、すごくドキドキしてる。震えそうなくらい怖い。でも、ね、恥ずかしいけど、焦げそうなくらいに、……気持ちよさがすぐそこにあるって、知っちゃったから」

 ディリータは溜め息を吐く。胸の痞えもないせいで、さらりと吸って吐いただけの一息に過ぎない。

 ラムザが眼を開け、両手を広げる。隠されていた性器が、ふわりと膨らみを帯びて在った。

「それで俺が困るって言っても?」

「……そんなに困ってるのかな」

 呆気なく答えに窮した。道義的な意味で露出を止めるよりは、淫らな姿を見たいという素直な欲求が勝る。無理が通って道理が引っ込むのは、ラムザが背徳の邪念に自らの性器を晒すことで、おぞましいほどの快感を得るやり方と何ら代わらない。そして、互いにフィットする恋人同士であったことを、切なく認識するに至る。

 淫乱と詰れば、変態と微笑んで囁かれる。ラムザが淫乱である好都合は、自分が作った。自分が変態である好都合は、ラムザが作った。歪でかつバランスがいいと評されるなら、それを乱す必要もなければ勇気もない。ディリータは自分の変態性を自覚しないではなかったし、ラムザの淫乱で在ることが自分を満足させることはよく判っている。ラムザより一分でも真面目な相手だったら困るかもしれないと真剣に考える。

「淫乱」

 言ってやると、ラムザは珍しく、ほんの少し照れ臭いように笑った。心の内襞まで晒したのは初めてで、不慣れなところが涼しいから、さすがに羞恥心も浮かぶのだろう。だがそのピュアな微笑みは、悪くなかった。

「こんな外で勃たせて。……怖いもの知らずもいいとこだ」

「だって、興奮しちゃうんだもん。ね、ディリータもいっしょに興奮してよ、僕ディリータの舐めてあげる」

 ズボンを穿いていることがアドバンテージになる。ディリータはラムザの伸ばした手を止めて、「それよりも」、その指をぺろりと舐めた。爪と肌の境目を通過する際に、ぴくりと震えた。

「お前の中に入れたいな。解して入れるようにしてくれよ」

 ぽかん、とラムザはディリータを見た。その頬は、仄かに赤く、舐めれば林檎の味がするのだ。

 だがすぐに気を取り直し、あっさりといいよと頷く。

「したら、入れてくれるの?」

「前向きに考える」

 ラムザの華奢な指はディリータの頬を一つ撫ぜた。

「じゃあ、頑張る。君がただじゃいらんなくなるくらいに」

 ディリータは一歩、二歩、後ろへ下がる。遮るもの無き世界に裸の少年、金髪淫らに靡かせ、罪深き身体を天地に晒す。この子は全てのもの、だけどただこの俺のもの。

「ちゃんと、見ててね。君が見ててくれなかったらつまんないよ」

 俺で無くても通れば誰かが見るだろう。残念ながら、人の気配はおろか、空に鳥すら飛んでいない。

 傷のない膝を躊躇いなく砂の上について、人差し指を咥える。よく舐って揺らした指は、真っ直ぐにまたの間を潜り、後孔へ忍ぶ。ラムザの白い肌は秋の澄んだ陽光を弾き、眩い。天使みたい、だけど残念ながら天使じゃない。もっとずっと悪魔なものだ。

「ん……、んん……」

 尻の中へ指を捩じ込んで思考することの馬鹿らしさを突きつけられて、ディリータは脱力するどころか右手の握りこぶしをそっと固める。この世界の基準点が何処に在るかは知らないが、遥かに上を行く俺たちが今更そんなものを顧みてどうしろって言うんだ。

 立ち止まって振り返って、そんな暇はない。ズボンがきつい、幸福なこと。

「ね……、ディリィ」

 左手の指は動く、ラムザの中で蠢く。好きなところ好きなように弄り、壁を全て取り払った美を自由の空へ。

「まだダメだ、指一本だけじゃきつい。……もし我慢出来ないなら、先に自分でいけばいい」

 ディリータが無慈悲なつもりで言っても、ラムザにはあまり堪えない。ん、と頷いて、潤ませた目を自分の性器に向ける。

「……お前は」

 この淫性少年、俺だけの。見せたくない見られたくない、リスクを冒して得るもの僅か、だが、見られたらどうしよう。場合によっては刃を向ける、その眼を抉る。

「んっ、あ……ああっ、ん……っ」

 だけど、そんな仮想敵作ってそいつに軽い怯えを抱きながら、ラムザの甘酸っぱいような姿を見るのも悪くはない。恐らく抱くのは同じ想い、少年の胸に爆ぜる瑞々しい冒険心に、熱は上がる。端々を焦がす。

「気持ちいいか……?」

 こく、と頷いた、唇も少し濡れて、息に声が混じる。淡く色づいた性器の先、ラムザの掌が動くに伴って、滲んだ蜜がくちくちと鳴る。風がふわりと吹いて、ラムザの肌を撫ぜて温度を混ぜて、ディリータの鼻には卑猥な湿り気の醸す馨りを届ける。

「ん……、きもちい。お尻もおちんちんも、すっごい……」

 ディリータはズボンのベルトに手をかけて、でもまだ外さない。頬が、ずいぶんと熱い。「どんな風に?」、ラムザがまだ生っぽく濡れた幼い声を変えない一方、とうの昔に雄らしいその声が、掠れた。

「ん、お尻、の中の、……内側のとこ、ぐりぐりって……」

「俺がするみたいに?」

「うん……、ディリータ、してくれるの……、っあ……」

「そうか。こんな外でも同じように……、いや、家の中よりも、か」

 全く躊躇い無く、頷いた。

「だって……っ、すごい、どきどきするよ、ディリータに見られてる、だけでも、どきどきするのに、もっと……っ、……んっ、あ……!」

 性器を握り込んだ右手がエスカレートする。ディリータはラムザの心を瞭然と読み取れる。だが読み取れたからと言って操る力があるという訳でもなく、ディリータは目に見える心の色をそのまま鑑賞するのが関の山だ。

「……あ……っ、んっ、出ちゃう……!」

「何だ、外だから早いのか?」

「ん、ん、っ、もお、だめ、精、ぇき、っちゃうっ、出ちゃうっ」

 背中を反らせビクンと全身を強張らせたラムザの性器から精液が射ち上げられた。屋外であろうがベッドの上であろうが、精液の飛ばす場所に頓着しないのは変わらず、斜め上方に幾つもの粘液の塊となって散り、三歩下がったところで見るディリータの靴を濡らした。

「あ……んっ……、ん……はぁ……あ」

 右手がスローダウン、未だ滲み出る精液の名残に、相変わらずくちくちと音を立て、震えた息と重なるぎこちなくいやらしい旋律は、ディリータの耳をくすぐる指だ。三歩進んで屈み込み、砂に手を付き、ラムザの性器の先を吸った。

「ふやあ……」

 下着の中蒸れていたはずの場所は、汗の匂いを隠せない。露茎ではないからこそ天使と見紛うようなラムザのその場所は、同じ理由で潔癖とは言えず、特有の人間の匂いと無縁にはいられない。ただディリータは匂いを微笑んで受け止めながら、ラムザの指を退かし、小さな性器をすっぽりと口の中へ収めた。精液や汗、幼くも確かな体臭が鼻腔を抜けるに至り、ディリータも道徳者の仮面が暑苦しく感じられてくる。

「んぁ……っ、ら、めぇっ……、ぃったばっかだからぁっ……!」

 ラムザが泣き声を上げて、後孔から抜いた左手も合わせて、ディリータの頭を抑えた。俄かに舌の上、滑らかで生温かい潮の味が広がったのを、抑えられるよりも早くディリータは感じる。ラムザがぎゅうと指に力を入れてディリータの髪を握り、それはすぐに止んだ。

「……っ、ディリ……」

「普段どこでもそこでもおしっこしてるじゃないか……、今更何を恥ずかしがるって言うんだ」

 構わずに、また口を近づけて、ぱくんと咥えこむ。無慈悲に舌を先端に絡めたら、あっけなく髪を掴んでいた力も緩んだ

「だめぇえ、っ、ディリィ、ダメぇ、っん、あ、あ、っ、あっ……あぁ、あ……!」

「っと」

 ディリータの唇を頬を、濡らして散った、黄金色の飛沫、危うく目に鼻に入りそうになって、内心は慌てて見た目は冷静に、再び咥えた。ディリータの喉の鳴る音を聴いて、ラムザが溜まらず泣き声を上げた。

「ディリぃっ、のんじゃ、だめだよぉ……っ」

 確証を持てるような事ではないが、ラムザの漏らす液体は何にしろ自分のよりはさらりと甘いに違いない。

 ……久しぶりに泣かせたな、満足を一つ手に入れて、存分に喉を潤した。

「……ディリータの、ばか……、変態」

 あれほど淫らだった勢いを俄かに萎ませて、ぐず、と洟を啜る。理由はシンプルで、射精というクライマックスを境に在る烈しい感情の落差が、ラムザに烈しい羞恥心を与えたのだ。射精してしまえばそれ以上に痴態を晒す理由は無くなり、次の興奮までの短い時、ラムザの心は敏感な裸となる。射精直後に「出したの舐めてご覧」と言うのはディリータの常套手段ではあったが、そんな際、ラムザはずいぶんと頬を赤らめる。倒錯に新しい快感が燃え出すのもまた、いつものことでは在るが。

「外でオナニーして、おしっこして、……それでまた勃って」

 いつもながら、粘っこく糸を引く快感はこの少年の肌からなかなか抜けることは無い。常時だって何かのきっかけでディリータを取り込まんと触手を伸ばすのだ。怒るふりばかり上達して、甘いその手の指を上手に咥えこむ自分がそうしたのだ。

「だって……っ」

 ラムザの目、涙は終わり、また潤む。甘い涙が在ることを、確かめたくてディリータは頬を舐めて、目尻を吸った。ラムザはぎゅうとディリータにしがみ付く。しがみ付いて「好き」だと言う。超攻撃的な被虐趣味は、少年の性器をいつまでも硬いまま震わせる。

 ちょっと苦しい、と腕を解かせたディリータの顔に、鼻を近付けて、

「……おしりの、なか、もう……やらかい、ディリータ……」

 陶然とした口調で言う。

「僕の、お尻の中、気持ちいよ」

 うん、知ってる、よく知ってる。だから入れてあげようね。でもその前に、とディリータはベルトを外して性器を取り出す。熱を滾らす怒張に、秋風がひんやりと絡み付いて解けた。ラムザは物欲しげな目のまま、両手を脈打つ茎に絡ませて、生温かい息を這わせ、唇を寄せた。

「……お前の気持ちいい中に入れちゃったら、お前のこと置いてっちゃうから」

 ちゅう、と茎に吸い付く。滑らかに唾液を絡ませて根元から唇と舌とでゆっくりと昇りながら、硬さと太さと熱さを確かめるように指で愛撫する。唾液が唇の端から零れるのも気にしない、目からは既に理性は消えたラムザを見ていると、ディリータも服を着ている自分がまるで嘘のように思えてくる。幼い体つきのラムザと比べれば当然だが、一般と比べても、その身体に男性的な要素を多く持つディリータだから、股間に息衝く根は発育がいい。ラムザの小さな身体に無遠慮に納まり、乱暴とも言える往復を繰り返すのは無謀とも思える。だが、ラムザは立派にそれをやりこなすし、だからと言って少年の肛口が緩いという訳でもなく、指一本から慎重に慣らしていかなくてはならない。ただ言えるのは、ラムザにとっては多少痛いほどでも愛しい者から与えられるものならば悦び以外のなにものでもないということだ。

 苦しさを眉間に表しながらも、ラムザはディリータの性器を咥え込んだ。顎が痛いの苦しいのと弱音を吐くことは全くない。口中一杯に頬張って、歯を立てることもない。下品な音をいくらでも平気で立てながら、頭を動かし、ディリータの性器を刺激する様は、最も高価な娼婦すら顔色をなからしめる。俺の性器が好きか、そんなに美味いか。大いなる満足を、与える舌と唇。ならば、思いのままに。

 ラムザの柔かい舌は、ディリータの性器が破裂するように、射精の瞬間、最後の成長を遂げたのを感じる。欲しい、理性までもが本気で言う、「欲しい」。ディリータの精液が欲しい、欲しい、欲しい。

 心の動きを愛によるものと言えば美化しすぎ、でもそれが僕らの恋、おしっこ飲まれて感じた僕と飲んで盛ったディリータと、有体に言えば淫乱と変態で、ねえ、本当にいかしすぎ。

「く……」

 尿道口を突いていた舌の先から広がった白い粘液はミルクのような霧のような、苦いような甘いような酸っぱいような、塩っぱいような。美味しいような不味いような、どこかで自分を納得させる気持ちもあるような。飲み込むと、喉が焼けるような、でも本当は素直にするんと落ちてくような。

 口を離して、濡れた性器の裏筋を根元から親指で押し上げると、また僅かに精液が浮かんだ。舌先で掬い取るときに、やっぱり美味しいからしてるんだと確かめる。美味しいものが美味しいとは限らない。不味いものを好んで食べたい時だってある。別に不味くもないけれど。

「ちょっとだけ、我慢するよ」

 ラムザは言った。ピンク色に染まっているかのようにも見える幼い茎は、また震えている。

「だから、早く復活して、僕の中にも出して」

 淫乱なる言葉の響きが嫌いでない時点で、少年は既に淫乱だし、変態と口に出してディリータを詰るのも好きだった。ディリータが変態でいてくれるから僕も安心して淫乱でいられると、全裸を秋空に晒す勇気を手に入れる。凡人の持てぬスキル片手に、押韻は果てず記録並べに、共に在ることこれからも絶妙バランス保ちつつ。

 ディリータは自分の格好が妙だという自覚を抱いた。全裸のラムザを前に、まだズボンも上着も脱がないで、手や顔と同じ程度に陰茎を出しているだけだ。全てを見せてくれる恋人を前にして、あまりにも不義理な姿と思い始めると、気付くのが遅すぎた早くしなければ、数分寝坊した朝のように急きたてられる。

「すぐだ」

 そう口走りながら、ディリータも身につけているものを次々と、乱暴に脱ぎ捨てていった。作業はかさぶたを剥がすときのように痛みを伴った。だが、全て剥し終えた処に現れるピンク色の薄い地肌は、生まれたての新しい、まさしく自分の肌だ。砂の上にぺたんこ座りのラムザはにっこり笑って、自分と対照的に逞しいディリータの陽根と裸身が、逆光に黒く縁取られ、それが彫像のような芸術性を持っていることに大いなる満足を得て、

「さいしょはバックからがいいな」

 そのあとは、だっこして?

 楠の幹に爪を立てて、樹皮をぼろぼろと剥落させながら、ラムザは高い声を上げた。ディリータの腰が尻に当たる度に生じる乾いた音が鳴る。不思議と接合部の粘液音は砂と風に掻き消されて聞こえてこない。ディリータの息遣いも、どこか遠い。ただ、ラムザはともすれば単調になりがちな叩く音と自分の上げる淫らな声を聞いていた。ディリータの手が下腹部へと伸び、細く揺れる陰茎を摘むと、少しく乱暴に扱いた。それまでは一定の音律を纏っていたラムザの声が一際乱れ、鼓動も乱れ、心の、間違いなく欠片として、精液が飛び散った。

「またお前は俺を置いて」

 短く言葉を投げたディリータに、ラムザはすぐには振り返れずに、ただ、「いいよ、いい」、続けても、と呟く。僕を壊すくらい、平気でして、と。

 作り出す新しい世界、淫乱と変態で作る響きがオリジナルなら、誰にも真似出来ない一つきりの居場所だ。しかし、所構わず二人一緒で何処にだって生み出す。約束の通り、抱きかかえて、抱き付かれて、抱き疲れるまで開かず抱き、空廻る事無く絡まり合う。

 何をしに来たのだと問われれば、胸を張って愛し合いに来たのだと言う。

 衒わず隠さず気も利かさずに、愛し合っているのだと言う。

 振り乱れた髪が揺れるたび、きゅう、きゅう、烈しく締め付けられる。

「だし、てぇ……っ、中、っ、ぼくばっかりずるい……っ」

 不平混じりの泣き声でそう言うが、ディリータもそう長く耐えているつもりはない。ラムザが余りに安易に意識の階段を踏み外してしまうというだけのことだ。それでも失神だけは絶対にしない。失禁は恐らくいくらでもする。ただ、快感に意識を失うことを、少年は幸福とは思わない。最後の瞬間までつながりあっている自覚と共に、恋人を感じていたいのだ。

「……ラムザ……、いく」

 焼け付くような尻の穴はディリータを感じさせる一本の管で、決して柔軟とは言いがたいそこが、内部からの更なる圧力を受けて、ほぼ弛緩する。息の漏れる一瞬を経て、心臓すら止まるような空白で、ラムザは腕腹尻全ての筋肉がディリータと共鳴するのを覚える。尻の中の行き止まりを突き上げられる、硬いディリータの先端から俄かに精液が漏れ出し、炸裂するような膨張の弾性に応じ、ラムザもディリータを苛むように幾度もきつく締め上げる。二度、三度と撃ち出される精液がラムザの天井を叩き、出されたそのままを出すように、ラムザも射精した。しぶく薄い精液は二人の若い肌を濡らし、震えを走らせる。

 見上げる空は青雲は白だけど色などなくてもディリータの紅潮した頬、茶色い髪。

「好き」

 ぎゅ、と幼い力一杯に、抱き付いて、

「好き。ディリータ大好き。僕に付き合ってくれて、さんきゅう」

 ディリータは、こっくりと頷く。解放された悦びに、しばらくは言葉も発することが出来ない。既に四回射精したこの子はどうして平気なのかと、尊敬はしない、でもない。

「ありがとうね」

 ただ、ディリータはもう一度頷いた。そして、火照った肌を撫ぜる風の手がひんやりと心地良いことばかり、考えていた。空気が美味しい。ラムザのいい匂い。

 ラムザをそっと降ろし、つながりを解く。ラムザは名残惜しそうに汚れたディリータの性器を見上げたが、寂しげに笑うと、自分の内奥から漏れ出るディリータの精液を指で拭った。じいんと疼いた場所にはあまり力が入らず、とろりとろり、溢れてくるばかり。

「ね……、残念、お口で呑むみたいに、ここもちゃんとディリータの精液、呑み込めたらいいのに」

 溢れ出てくる濁った液を見ながら、ディリータはそこがどんな仕事を与えられた場所だったか、今更のように思い出す。だが、自分の容れていたものだって、そもそもそうだ。

 ディリータに見られていることを感じて、ラムザは唇を尖らせて「えっち」と呟く。ディリータは構わずしゃがみこんで、ラムザの前髪をどかしてキスをした。肩に触れると、驚くほど冷えている。

「温泉、入ろ」

 はあ、と息を吐いて、ラムザは立ち上がる。「洗ってね?君の出したものなんだから」、くすりと微笑んで。太股が、まだ濡れていた。それがディリータにはどう足掻いたって扇情的だった。それでも、一先ずは理性的な愛情だって必要と、先ほどはこんなに熱く感じられたろうかとも思える湯を手で掬い、丁寧にラムザの尻を洗い清めた。清潔感を取り戻せば、湯の中に立つラムザの太股から上の裸は、妙な純性を湛えていて、細い曲線一本で描かれる尻の割れ目を見るにつけ、本当に俺はあそこを割り開いて入るような無茶をしていたのだろうかと、神妙な心持になって、顎まで浸かった。

「お前もちゃんと浸からないと」

 うん、と言って、とぷんと浸かる。でも一分と落ち着いていられないで、また立ち上がる。

「温まらないと……」

 風邪はひかないよ、と先手を打ってラムザが笑う。だから言う事は聞かないで、縁の岩に手を付いて、

「ほら、ディリータ」

 尻を突き出して、悪戯っぽく笑った。

「僕のお尻、君がさっき可愛がってくれたお尻」

 細い腰へのライン、華奢な背中と肩、振り返る表情は穢れ無い。繊細な肌が弾き珠となった湯の滴は舐めれば甘いに決まっていた。

「僕の、おちんちん」

 振り返って、無邪気に笑う。いいさ、はしゃいでいい、俺が受け止める。いくらだって調子に乗ってくれて構わない。

「湯気が邪魔して見えない。もっと近くで見せて」

 ディリータの言葉に、心底嬉しそうに湯を波立たせてラムザが寄る。目の高さの性器を摘んで、

「お前のおちんちん、所構わず誰彼構わず見せて平気な淫乱の」

 引っ張る。でも、いい、いい、いい。淫乱でいてくれて、いい。お前が性欲に駆られるとき、俺を上手に誘い込み、俺の欲を燃え上がらせて、同じように在れるなら、完全な等式として認めるのだ。血よりも濃いような絆、ディリータがラムザの恋人になった瞬間、こんな苦労は苦労ですらないと、淫性を愉しむ術を、既に身に付けているのだ。

「……すごいよな、お前は全く……。まだ勃てるのか」

 呆れた物言いも、要請され、そして自然に舌が紡ぐ。うん、と微笑んで頷く笑顔を天使みたいと言う俺も、きっと同じように天使だろう。陽が高いうちには帰らないと。ね。暗くなっちゃったら誰からも見えない。でも、僕たちだけが僕たちだけを見ている、それもきっと、悪くない。


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