異界ヴァージニティ

 生甘い声をし、そして甘えるのが誰より上手なラムザ=ベオルブは、純度の高い蜂蜜に浸した白絹糸のような髪を解くと、ほとんどその容姿は少女のものに変じ、変声期のまだ来ない声で喋り、笑い、ぱっちりと大きな目でじっと相対する物の目を見詰め、手を伸ばしてただ思いつきで触れてきたりもする、ちょっと行儀悪くひじをついて、しかし甘い流れとなって零れ落ちる髪の具合がどういう立場に立ったところで魅力的であることは揺るがず、半ば強制された容認のまま、咎めることが出来ない。バスローブから出た、転んだ跡のない膝は白く、細い脛からくびれた足首、つまさきへと視線を這わせ、そこに微かに、触れなければ判らない、しかし触れたことのある自分は存在を知っている、触れたことの無いものは見ても気付かないほどの、産毛を《見て》、ディリータ=ハイラルは困惑の溜め息を吐く。胸をちくっと刺す虫と、不可解な感情の推移の象徴にして、結局のところどんな頭のいい人間だって恋愛感情をどうこう定義することなど無理だと、まだ検討もする前から諦めて両手を上げる。

 やがて向かいの椅子からベッドへ移り、しばらくベッドの上に腰を落ち着けていたかと思えば、気付いたときには膝の上にその重さは定着している。仮にこの子が少女だとしても、ヴァージニティを指摘して情欲することは困難だ。両手で、幼稚なふりで頬を包んだ、その手つきが淫ら過ぎる、覗き込むその目が、暗紫のチューリップのように、偽造された純性を表出させている。

「ねえ、こっち向いて、僕のことちゃんと、じいって見てよディリータ。目え反らしたら駄目」

 幼い口ぶりは十四歳、マイナスx、しかしその内側は、十四歳プラスx、幼児性の我がままに、娼婦のような淫らさという問題点が二つながら身体に宿った、言うなれば、手に負えない。本当の年齢がいくつかは言葉を覚え名前を認識した頃から側に仕えるディリータですら判らない。判らないでいたい。気を抜いたら、理性の砕ける音を聞くだろう、しかしそれは、口の中に要れたクッキーを噛み砕く音に似ているのだ、そして、口には甘い蜂蜜の味を感じるのだろう、きっとバターもそこには混じっている。

 今夜もクッキーを食べる。ラムザの身体を抱き上げて、その両腕で世界を支えているのだという妄想に耽って、しかし世界よりも少し重たいなどと、自分は詩人には向いていないことを悟るには十分な事を考えた末に、ベッドに下ろす。釘のように目線を交えたままに。

「だいすきだよお」

 こんなに美しい色で香りで咲く花に、吸い寄せられた虫が自分だけとは思えない、いつ何時、たかられてしまうか判らない。自分だけはそんな権利を有していると積極的な誤解をして、ディリータはラムザを守ろうと思う。この味を享けるのは自分だけなのだ、独占欲を発揮する。それでも一日数分かは目を離す、別の場所にいる、そんな時、大丈夫だったろうか、不安を自家発電し、バスローブを解き、花弁のような斑紋が同じように散っているのを見取り、優越に浸る。

「きれいだ」

 仮に語彙が一度分の子種ほど溢れるように在ったとしても、それ以外に見つからないだろうから、語彙の未発達なディリータの感想は間違ってはいない。ラムザは微かに唇を開き、何か応えをし掛けて、つぐんだ。

 相対的に立場を決めて構わないとすれば、ディリータはラムザを前にすれば英雄だった。そしてラムザはディリータを前にしたとき、姫と呼ぶに相応しい。互いが互いの価値を欲し、そして高めるから、互いのことを欲しくなるのだ。しかし決定的に違うのは二人の存在できる世界はこのベッドの上でだけであって、しかしそれでは悲しむことではない、このベッドでも十分に広い、世界と同規模に広いことを、一対の体にすらなり得ない、同種の二人は知っていた。女のような声を少しの不自然さもなくばらまき、少年を少女のように抱いて、何の疑問も生まれないのは、美しすぎるラムザを少女と捉えるのはあくまで第三者の所作に過ぎず、ディリータはラムザを美しい少女のようであると認めつつも決定的に男であることを悦び、美少年という響きに倒錯した愉悦を覚えるし、ラムザは自分が男であることに誇りを持ちながら、先天的に拵えられたこの関係への障壁を、ディリータが軽々と飛び越えて自分の排泄の為の穴に第二義を与えてくれたことに恍惚となる。

 世界の制度は、このベッドの上でだけ外れになる。ベッドの上だけ(正確にはベッドルームを飛び出して彼らはしばしば外の世界でも積極的に交合をするが)は二人の望んだ世界が生まれ、そこには二人の疎ましいと思う制度は存在しない。しかしそこはユートピアなのであって、二人はそれ以上の夢想には励まない、寧ろ、現実を見据え、その世界の制度を享受する、現実として目の前にある裸を抱き、禁忌視される形での交合を行なう。

 互いの精の蛇口に互いの指が絡んで、擦りあい、漏れ出した腺滴に指を濡らす様は滑稽な絵図かもしれなくとも、二人の居る世界はそれが本当の制度になる。

「んん、……ディリータの、かちかち、すっごい、熱いよ?」

「……感じてるもの。……ラムザのだって硬い、熱い」

「うん……、僕も、感じてるもん。……ねえ、もっと、早くして」

「いきたい?」

「ん、僕いきたい」

「口で?」

「……ん、どっちでもいい」

「じゃあ、口で」

「……しゃぶりたい?」

「うん……、美味しそうだ」

 危険性を孕む危険性も孕まない関係だから、どこまでも自由だと二人は感じる。想像以上にそこは肉の芳香の漂う世界であって、その纏わりつくような甘く香ばしい匂いに中てられて欲情する事こそが正しい。それだけに、と前置きしてから生甘い声で領主は言うのだ、「女の人は入っちゃ駄目だよ」。異性愛よりも尚、下品で低俗で、精子が無駄に焦点になり昇天して行く空間だから。ここにおいて精子は意味を持たない。精子単体、奔流を越え膣内を泳ぎ卵子へ辿り付くという、かけがえのない旅程は無価値な冒険小説ほどの価値すらもない。ざわめくほどの集団となり、液体となり、透けるような匂いを醸し、白く濁り、手に舌に纏わりつき、そして飲み込まれるか拭かれるかして己が本懐を全う出来ぬまま死んでは生まれ、射出される精液とならなくては意味が無い。そしてそれは無遠慮に口へ裸へ肛門へと流し込まれるためのもので、その中の幾千億の命のことなど眼中にはない。そこに必要なのは未来ではなく今だけなのだ。刹那的ではない、今の連続であるから、刹那的では決して無い。寧ろ分断された先の未来の為に射精することのナンセンスさに気付いている二人はある側面で貴い。

 薄白い皮を剥いて、青く濡れて匂い立つ粘膜に、舌先で触れた。そこには味があった。それは腺滴の味ばかりではなかったろう。左手の指は悲劇的運命の環から逃れられない精子の母なる軟らかく壊れそうなところを下から持ち上げ、そこばかりは冷たく柔らかく、指に絡む感触に幼さを思う。精子は悲劇の主人公であり、それらしく、何も悪いことはしていないというのに、その環境の悪さ相手の悪さ、総じて運の悪さによって不遇の生涯を辿る。間もなくラムザの淫根から迸る精子たちも例外ではない。その価値は快感を伴う排泄以外の何物も帯びず、糞尿がその代わりをしても問題はない。ただ性感という舞台が精子に与えられてしまったが為に、自らの価値を発揮しようにも出来ない悲劇に埋没するのである。

「ん、ひゃあ……あ! あはぁ、……、んっ、く……」

 またこうして何千億。蛋白質はディリータの体の血肉となり彼自身の『精液』を作り出す糧となる、それはごく近い将来にラムザの粘膜に吸収されるのだ。

 ラムザの身体にしばしの沈黙が訪れた後、熱を抱えたままのディリータに、微笑む。

「元気だね」

 再び指を絡めて、目を閉じて、手のひらでその形を描く。ディリータの肉茎はラムザの手のひらの中で、精液を無駄撃ちする段取りを、一つひとつ積み上げてゆく。ラムザは髪の毛をかきあげた、その仕草が怖いくらいに蠱惑的で、そうしたらその一つ二つ先まで見えてくる、ディリータは与えられる滑らかな粘液の感触を奥底まで味わうため、目を閉じた。瑞々しい唇に挿まれ、生き物のぬくもりを浴び、ラムザの口の奥へ達する過程で、まるでそこに微細な新しい命が生じたかのように乱雑な繊細さで動き回る舌を覚える。ラムザは一切の遊びを排し、崇高なこの世界の愛の為に、ディリータを頬張り、吸い、舐めまわす。ディリータは亀頭の裏側、根元から先端へと這いずり回る舌と、吸い付く頬肉、そして時折先端を啄ばむような滑らかな唇、全部を具に感じる。ラムザもディリータの中で向こうの世界の統率が取れなくなっている状況を悟り、口一杯に頬張ったそれを扱く。口の中で舌が動き唾液が蠢き、ディリータは言い得ない快感に浸る。

 そして、ラムザの口の中で幾千もの命が消える。

 罪を罪とも思わず、ラムザは青苦い息を漏らし、執着するように震えるディリータの男根に、纏わりついた自分の唾液ごと精液を吸って行く。いとおしげに舐め、撫で、時折素早い動きで扱き、休みは要らないと宣しながら。

 ディリータの味が、収まらぬ性器が、ラムザに再び力を与える。戦士、という言い方も許されようか。異世界の歪んだ法を払い除け、理想を現実にするため邁進する戦士たち。戦士の休息は必要最低限でしかなく、戦いつづけなければならないさだめ。

「みて」

 指を舐めたラムザは上を向く性器を晒し、白い太股の間に手を入れ、そこに、入れる。繋がっている性器の先が痙攣する。尻をつき大きく足を広げたラムザは中の指を動かし、その様をディリータの目に焼き付ける。ディリータはラムザの美しすぎ、また醜すぎる姿に、元いた世界との絶縁を果たす。ラムザが尻を突き出し、

「おちんちん、入れて」

 許されて、ディリータはすぐに、滴を漏らし滲ませた男根をラムザに突きたてた。性急なやり様に、ラムザは痛みも苦しみも感じない。それは熱く滾る鍋底に身を置いて麻痺をしたからか。そして、その熱さが世界の法則となりえたからか。直腸をディリータの性器が津波のように突き、全てが引きずり出されるのではと、嬉しい恐怖を味わうときに、ラムザは背を仰け反らせ腰を躍らせ、いっそ全てを捨ててしまう覚悟など、今初めて出来たように新鮮味を帯びているけれどねと、自分に皮肉を笑った、なにをいまさら、あたりまえのことを、……ここが世界だ!

 ディリータは突けば突くほどラムザの声が甘く嬉しげに、優しく、震え、上擦り、笑うのを聞いて、猛った男性を持て余す。唾液と油と腸液で濡れた中はあらゆる角度からディリータのペニスを苛む。少しの猶予もなく、それでいて、自由に動ける。ラムザの中はただの収縮運動ではないのではないかと、考察を始めた。メインとなる収縮運動があって、同時にトンネルの中が前後に動いているかのような錯覚が在る、吸い込まれるような感覚は、確かにディリータにあって、それは単純に自分とラムザが腰を躍らせているからではないような気すらする。やがてペニスの先にちりりと走るような快感、そこから伝わって、母なる睾丸へ指令が下る、愚かなる指揮官は玉砕の部隊を再び用意する。

 ラムザは喘ぎ、シーツを引っ掻き、既に交合してから一度目の射精は済ませた後、その幼根に疼くような焼けるような感じを覚えつつ、濃厚な精液はシーツと尿道口を結んで、幾度目かのディリータの腰突でぷつりと切れた。そして、ぶるりと身体を震わせると、代わって透き通る蜂蜜色の尿を零し始めた。爛れるように熱い尿道を掠め尿道口の付近で本当に火傷の危険も否定できないのではという不安も不安と感じないまま、そして今だけを大切にするラムザは、無意識のうちに突かれる男性器を掴む動きをしてしまうがために、上手く出来ない排泄にもどかしさを感じつつ、果たして今の僕にとって重要なのは精液なのかおしっこなのか、自分でも迷いを覚える。

 ディリータもラムザが失禁していることに気付く、それは、匂いで、そして、直腸から押し返してくる力によって。おもむろにその幼茎の先に翳した手に、生暖かくさらりとした液体が零れて絡んだ。ディリータはその手を舐め、その潮の味が快く、この行為の愉楽はこういうところに現れるんだと納得をする。そして、もっとラムザを悦ばせ苦しませ、自分も同様のものを得ようと腰を突き動かす。ぴちゃ、ぴちゃ、と、その度にラムザの幼茎から散った澄んだ蜂蜜の滴が、軽やかな音を立てる。

「ううあ、ああ」

 その旋律をずっと聞いていたい気が俄かに止んだのは、ラムザが押し殺したような声を上げたからだ。ディリータはふっと腰を留めた。ラムザは緩んだように、シーツをずっと掴んでいた手を解き、

「……はぁ……ぁ……あ……」

 呆けたような溜め息と、シーツに染みを広げる水音とともに、苦しみから解放される。思いのほかそれが長く続いたのは、一時間前に飲んだグラス二杯の水のせいだったろうか。眠っていたら、あるいは危なかったかもしれないな、などと考えながら、ラムザは結果は同じ、染みを広げてゆくのを止めようともしないどころか、充足を覚える。

さすがに痛みを覚えて、ラムザは自分のペニスをそっと掴む。焼けるような快感以外、問題を見ることは無く、快感は問題ではないから、つまりクリアな状態であり、デフォルトで勃起しているのだと判り、ラムザは安心する。そして、自分の腰の下、突いた膝まで濡らす自分の漏らしたものに、小さく笑った。

「……出ちゃった……」

 ディリータは、そんなラムザに辛いほど興奮する。そのことは、肉体を通してラムザに通じる。それでもこう言うディリータを誰が責められる。

「こんなびちょびちょにして……、シーツだけじゃなくって、下までぐっしょりだぞ」

「僕がオネショしちゃったって言えばいいよ」

「……十四歳でか?」

「……ふつう、十四歳でオモラシだってしないよ?」

 だが理由としては。

「可愛いよ」

 ディリータは笑って、いっそ勲章を授けられるほどに高貴な行為をして見せたラムザの幼いペニスを、扱いた。

「あ……! あっ……ん、んん」

「俺で気持ちよくなって、オモラシしちゃうようなラムザ、……最高に可愛いと思う」

 そして、そのまま射精まで至らせる。射精して、瞬間ラムザは、今出したのは? と自分に問うた。清められて行くシーツ、倒錯ではない、これが、正常なのだ。

「ラムザ、ほら、触ってごらんよ……」

 ディリータは、ラムザの手を取って、濡れたシーツに触れさせる。ラムザはディリータに導かれるまま、たどたどしい手つきでシーツをなぞった。乾いたところから、清らかに濡れたところへ、聖水で、水蜜で。

「全部、お前が出したんだ、全部、……ここも……、ここもだ、……な、ここまで、こんなびしょびしょ。小さな子供だっておしっこはトイレでするものだって判ってるし、大人だったら精液をシーツに零したりはしない、……なのにお前は、こんな恥ずかしいこと、してしまうんだね」

 罪は犯す本人に罪悪感を与える。罪悪感に快感が伴うケースの多いことは今更言うまでも無い。ラムザの粘膜を蹂躙しつつ、その心を穿った思いを味わう。しかしどこかでディリータも、こんなのではまだ甘いのだろうと気付いている。

 ラムザは、ひくひくと笑っているのだ。

「……なあ? ……こんなとこまで飛ばして。……俺たち今夜、どこで寝ればいいんだ?」

 ディリータも、笑っている。

 なんて非常識なことを言ってるんだろう俺は! と。

 ラムザは、仕方ないなと笑って、それに応えた。

「ここで寝ればいいの」

 そして、腰を、不器用に前後に動かし、ディリータを感じる、唯一の正解だと、確信しながら、ディリータのカリ首の描く輪郭をそのままシーツに指で描く。

「ここで。僕のおしっこの匂い、ディリータ嫌いじゃないでしょ?」

 ディリータも、たまらなくなって笑いながら、しかし、喉の奥で今一度愚かな世界のことを思い出し、この痛快な話劇を続けたく思う。

「早く洗わないと染みがついて取れなくなるだろう」

 ラムザはまた笑う。笑って、感じて、言った。

「いいじゃない、取れなくて。……いっそこのシーツ、洗わなければいい、ずうっとこのまんまにしておけばいい」

 もう馬鹿らしくなってディリータは、あの世界を足蹴にした、

「そこまで判っていながら、どうして俺に飲ませてくれなかったんだ? 一口舐めただけじゃ味なんて全然判らない」

 ラムザはにっこり笑って、

「じゃあ、飲ましてあげる」

 と微笑んで、

「……大丈夫、きっとすぐだよ」

 ディリータは、蜂蜜色の髪の、白い背中に散らばるのを見下ろして、倒錯に逆立ちで入ったものだから、それが本当の形として、即ち正立の情景として見ることが出来るのを喜んだ。

 限りなく淫乱どころか倒立すれば清純であって、倒錯した世界では倒立しなくとも真っ当に清純であり、それは肉襞の色を少しも染めぬ処女より尚貴い処女性を孕むもの。ベッドの上は即ち熱く滾る鍋の底で、死は生になる。無駄に殺され小便と同じ扱いをされる精子群の生涯を嘆くな。それは集団として液体となり白濁し、決して卵子に辿り付くことなく、粘膜吸収され、あるいはシーツに零され排泄されることで、英雄となるのだ。

 


back