敗者の勲章

 ラムザが淫乱であることは、太陽が東から昇り西に落ちるのと同じことだ。要するにそれは「真理」というやつで、例えばどこでもそこでも裸になるし、頼んでも居ないのに逆セクハラをするし、朝起きた時には既に身体の上に載っているし。

 ラムザの「淫乱」は幾つかの要素から成り立っている。性交、ディリータへの耽溺が、フシダラな行為を寧ろ望んでしたがることに繋がっているのは言うまでも無いことだが、同時に明らかなのは、そこに露出狂的な快楽を意識していることだろう。

 振り返れば幼少の頃より妙な雰囲気を持っていたと、ディリータは思い出す。当時は今ほど体格の差も無かったが、それでも自分よりも幼い心を持っているらしいと思っていた。「風呂上りは身体を拭いてパンツを穿いて服を着る」、まずそれが出来ない子供だった。風呂から上がる、その頃からもう、ディリータはラムザの身体を拭いてやっていた、ほんの七歳か八歳か。

「坊ちゃま!ラムザ坊ちゃま!」

 現在はメイド長としてベオルブ家の家事一切を管理するマリア=サローネは濡れた金髪を躍らせながら駆けるラムザをバスタオル片手に追いかける。ラムザは楽しそうに笑いながら走り回る。そして既にパジャマを着た後のディリータは、呆れたままそれを見ている。

「なんで服なんて着なきゃいけないの?」

 結局捕まってラムザは口を尖らす。ディリータはそんなラムザの問いに、頭を巡らせる。そうだなあ、なんで服なんて着るんだろう?そりゃ当然、裸を見られたら恥ずかしいと思うからだ……、けれど、その恥ずかしさの正体は何だろう?同じ胸の柔かさ硬さで隠したり隠さなかったりするのは何故だろうと考えて、すんなり答えが出ないのはディリータが幼いからばかりではないだろう。

 ラムザの問いにマリアは両手を腰に当てて答えた。

「風邪をひいてしまうからに決まってます!」

 まだ、ラムザは口を尖らせる。

「僕、風邪なんてひかないよお」

 当時のラムザは今よりも身体が弱かった。と言って、今も決して丈夫には見えないが、少なくとも風邪には妙に強い。「馬鹿だから風邪なんてひかないもん」と公言して憚らないのは周知の如くであるが、その身体を、裸を、意識して観察したときに、そのことが不思議で仕方がない。ディリータはラムザと青姦して、幾度となく風邪をひいてきたのに。

 ともあれ、ラムザは幼少の頃より露出狂的な側面を持っていたことは確かであって、当時はまだセックスをしていなかったから、二人きりの時に何の前触れも断りもなく服を脱ぎだしたりはしなかったものの、風呂から上がればその体たらく、湖に泳ぎに行っても、水着に着替えないで裸のまま水へ突進するような子供だった。そして、とても清々したような顔をして笑う。裸が一番気持ちいいと。妙な子と、一番側にいながら当時のディリータは訝しく思っていたが、今の状態は当時から想像がつくようなものだった。

 さて、そういう訳で本日、休日、午前九時、朝食を終えて二人で部屋に戻り、ディリータが前夜の名残で乱れた布団を直してから振り向くと、どうしたらそんな手早く脱げるのかディリータには想像も出来なかったが、一瞬で裸になっているラムザがいた。ラムザが裸ならば、ディリータもただでは済まない。世界で一番美しいと信じられる裸が其処に在って、それはディリータのためだけに存在しているのだ。十四歳の理性は脆い。とは言え、いつもの通り、通り一遍の抗戦はして見せない訳には行かないと信じているディリータであって、涙ぐましい努力をする。してから、セックスをする。

「また……」

「また?」

「なんでそんなすぐ裸になっちゃうんだよ……!」

「んー。なりたいから」

「なりたいから、じゃなくって……、なっちゃダメなんだよ」

「どうして?」

「風邪ひくから!」

「だって僕が風邪ひかないのはディリータが一番知ってるじゃない」

 馬鹿だもん、と笑う。馬鹿であることを誇るほど愚かなことはあるまいとディリータも思うが、ラムザがそこまで飄々としていられるのを見て羨ましくも思う。彼は馬鹿にならないように必死に取り繕って日々を生きているから。

「ディリータ、僕の裸見るの嫌?」

 ぴく、とラムザの裸を観て止まる。

 妖精が裸でいるのだ。そりゃあもうすげぇ、綺麗な裸で。

 ラムザはその視線に妖艶と評してもいいような笑顔を浮かべて返す。そこには妙な――恐らく「妙」と言い切ってしまっていいであろう――自信の存在が覗く。痩せている、だが、どことなく滑らかなラインで描かれている。桜の色の左の乳首の、右上に散らばる青いような赤いような跡を、広げた左手の指先で撫ぜて見せた。君がつけたんじゃないか。君が僕の裸が好きでつけた跡じゃないか。

 くい、と幼いペニスに手で下から持ち上げて見せた。触りたいでしょ?舐めたいでしょ?美味しいよ?

「……それとっ……これとは、問題が別なのっ」

「どう違うの?」

「違うのッ」

 うまい言葉が思い浮かばない。だが簡単に自分が間違っていると認めるのは難しい、だから、無駄に声が大きくなる。

 ディリータもラムザと同い年であるが、その年齢は大幅に違うように見える。その見た目、思春期に入りすくすくと身長の伸びたディリータ、もう性毛も生え揃った。一方でご覧のような裸、幼さを残すどころかまだ幼さそのもの。「ディリータのおちんちんっていつからそうなったっけ」「……そうって?」「毛ぇ生えてぇ、皮も剥けてぇってなったの」「……さあ……、一昨年くらいで毛生え始めたんじゃなかったっけ」「そっかぁ。僕は君よりニ三年遅く育ってるんだねえ」、そんなことを言っていた。一方で、もちろん心も。

 裸を観られても平気というのは、その幼さ故にだろうとディリータは思う。

「僕ねえ、裸誰にでも見られてもいい訳じゃないよ?」

 ラムザはディリータに歩み寄ってその頬に触れて、笑う。

「僕、裸見られていいの、ディリータだけだよ?」

 想像以上の年齢でラムザは言う。ディリータは意外な気がした。「誰かに見られたらどうしよう?」、そう言って笑っているラムザだと思っていたから。

「絶対風邪ひかない。君以外の誰にも見せない。愛してる」

 飄々と笑う。本当かなと不安にもなる。

「楽なんだよね、裸でいるの。厚着とか一番やだ。ゴワゴワするし、汗かいてシャツ濡れたりするのも嫌だし。何より、僕の裸見てディリータが感じてくれるのが嬉しいしね」

「かっ……感じてなんか」

「そう?別にいいんだけどね」

 ラムザはくすっと笑って、ベッドの上にあぐらをかいた。

「他のどの人の目線にも僕はなんとも思わないけど、君の視線で僕は感じる。だから僕は君のために、僕のために、裸になる」

 ディリータは立ち尽くして、平然と裸で在る恋人のことを見つめる。ラムザはふっと溜め息を吐いて、

「ディリータは僕がえっちなカッコしたり君の前でおしっこしてみせたりするの、何も考えないでやってると思うの?ああいう風にするとディリータ喜んでくれるかなって思うからするんだよ?そりゃ確かに僕は淫乱だけど、一人じゃ淫乱にだってなれないんだ、君が変態で側にいてくれるから、君の前で裸になったり一人えっちしたりするんだよ?判る?」

 珍しく、ラムザは知的な自己主張に富んだ口調を選んでいた。

「だからね、こうやって」

 すぐに、それは愚かな子供以外の何ものでもないものに、変わる。右手、細い性器を握り、擦り始める。

「君が、僕を見て、僕で感じてくれるのを、僕は待ってる」

 その性器はあっけなく立ち上がる。それを見たディリータがただではいられなくなることを、ラムザはもちろん知っていてそういうことをするのだ。その後の快感を求めながら。しかし同時に、現在進行形の快感も上手に掬い取る。

 他の誰でもない、ディリータであり、ラムザだ。

「うう……、判った。判ったから」

 そういうラムザで一番助かるのが自分だ。それは本当に、認めなければ失礼にあたる。男の性欲を非常に上手に誘惑し、「俺は悪くない」そんな気持ちのまま、セックスが出来る。

「いいの?」

 ラムザは無邪気と言っていいような微笑で、細い腕を掴んだディリータを見た。無残なる敗北者の顔だった。いつになればこの美少年に勝てる日が来るのだろう。きっと永遠に来ないだろう。努力したところで無駄だと、ディリータは何度それを理解させられたかわからない。悔しくないのが救いだった。

「だって……、しょうがないだろっ」

「しょうがない?」

「……お前の言う通りだよ、……俺は……」

 ラムザが裸だと、ディリータは困る。しかし、ラムザが裸ならば、ディリータは助かる。

「えっちな僕が、大好き?」

 とても上手に、ラムザは笑った。ディリータは顔を紅くしながら、がく、と頷いた。

「大好きー、ディリータ大好き」

 ぎゅ、と抱き付いて、頬擦りをする。そして、ズボンの上からするりと撫ぜ上げた。

 どうしていつも同じ手口に負けるのか。ディリータは訝りながら、男根を硬くする。しかし、それに触れたラムザがなお喜ぶ。自分にとって一番の幸せとは何か?言うまでもなく、それは恋人の喜びであり幸せだ。その為にとても器用な恋人ならば、甘んじて負けを受け入れよう――

 そう言ったことを素直に考えられるような自分になることを目指した方が、利巧かもしれないと思った。


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