ぎこちなくないはずはないのだ。

習慣というのは恐ろしいもので、始めはぎこちなかったことでも、時と回数を重ねる事で当たり前になってしまう。しかし、換言すればそれは特別な事が特別でなくなり、その行為が生活の一部に組み込まれ、ぎこちない形ではなくなっていく過程である。それはとても素敵な事だと、根拠を挙げるより先にディリータは思う。
 そう思える事はとても幸せな事。
 自分たちが今在れる事の、ぎこちなくないはずはないのだ。十代も半ばの男が二人で、仲良く風呂に入ったり一緒の布団に眠ったり、言ってしまえば本腰を入れた性行為をするという一連の生活が、ぎこちなくないはずはないのだ。
 既にそれが、いつの間にやら、ぎこちなくなっているこの幸福を何と呼ぼうか。紛れもない「幸福」が此処に、自分の腕の中に在りながら、それは生活に組み込まれていると、気付けない。生活というのは特別な要素を何一つ含まない平凡なもので、とてもたおやかな形をしている。ぎこちなさが幸せであった時期が過ぎて、その突起とでも言うべきものも球の中に包含されてしまえば、何がぎこちなかったのか、そして、何が幸せだったのかが解らなくなることもある。
 しかしそれがとても幸せな事なのだ。一つの幸せの、幸せである事に気付かないで常に腕の中に、無意識のうちに、置いておく。きわめて贅沢な幸せではないかと、ディリータは思う。
 当たり前の日常を愛しい人と歩いている事を、限りなく幸せと感じるとともに、感謝している。しかしそれも、無意識のうちにだ。
 自分はラムザと共に在ることに、もう慣れている。
「俺はお前の事を愛する事が出来て幸せだ」
 と、口に出したりはしないけれど。忘れてしまいそうなときほど、その幸せの味は格別だ。
 ラムザに組み敷かれて、アプリコットブランデーみたいな濃厚な口付けに酔いしれる。薄く目を開ければ、格好の良い金の睫毛に縁取られた二重瞼がそこにある。なるほどこの子は、黙って立っていれば異性にも好かれるのだろうなと、そんな予感を得た。口を開いて女の子より可愛い所をたくさん見せてしまうからきっといけないのだろう。どちらのラムザであっても、変わらず愛しく思う自分がある事は、今更顧みなくとも良い事だ。ラムザの見目の麗しいことは良く知っている。そしてその舌の甘い事も。
 舌の動きだけで請うのに応えて、口を開く。官能的な舌触りと水音に、下半身が徐々に強ばってくるのを自覚しつつ、ディリータもラムザの舌を吸う。瞬くように流れた電気が肌を伝って届く。その震えは、恒星のような命がきらりきらりと光っているのと同じだ。強い命が届けるのだ。
 その力に衝き動かされ、ディリータは両手をラムザの背中から腰、双臀へと移してゆく。滑らかな肌は、濡れてもいないのにディリータの手のひらに吸い付くような肌触りだ。もっと味わおうと手を滑らせ、しかしラムザが身を起こした。
「触らせてくれないのか?」
 見上げたラムザは頬をやや染めて、しかしまだ深く溺れてはいない。余裕を含んだ笑みを浮かべる。
「今日は駄目。僕が君を気持ちよくしてあげたい」
「どういう風の吹き回しだ?」
 ラムザは再び身を重ねて、ディリータの耳に唇を触れながら、囁き声で答えた。
「君にも、僕の幸せを」
 語尾は掠れて聞き取れなかったが、ラムザはそのままディリータの耳を舐めはじめた。軟骨の流れと輪郭をなぞるように、薄荷の香りのする熱い息を吐き掛けながら、耳朶を舐め、首筋へと降りてくる。そうして、ディリータの乳首に辿り着くと、そこを丹念に舐めはじめるのである。
 体の構造は変わる所などないから、男も女も、ラムザもディリータも、乳首を舐められれば反応せずにはいられない。先程のラムザが見せた命の光をそのまま自分も煌かせてしまう。ラムザは殊更に卑猥な舌の使い方で、恋人の乳首を舐めたり吸ったりした。何処、と言うわけではないが、局地的に官能の琴線が集中しているスペースであり、ディリータは徐々に呼吸が上がっていくのを放っておくしかなかった。ラムザの息も多少上がりつつ、自分に施している姿というのも、特異ないやらしさを以ってディリータの鼓動を早まらせていた。ラムザは飽くことなくディリータの乳首周辺を吸いつつ、生暖かく薄っすら汗ばんだ手のひらを、ディリータの腰から性器へと滑らせた。
「ラムザ」
「そのままでいて」
「……ああ」
 自他ともに認める淫乱だから、積極的なのはいつもと同じだ。この積極性の一割でも勉強に向けたらとはもう言わない。
 手に包まれた性器はゆっくりと扱かれる。そうして腰にいくつも跡を記される。いつも自分がしているのと同じ事だ。ラムザは扱き出せば敢え無く射精して終わってしまうが、ディリータはそこまでの早漏ではないから、十分に耐えうる。
 が、ラムザは続いて、ディリータにとっては未知の事を頼んできた。
「ディリータ、足開いて」
「……何?」
「足……、あ、いいや開かなくても。その代わり四つんばいになって、こっちにお尻向けて」
「な、……なんだって?」
「だから。お尻してあげる、いっつもしてくれてるみたいにさ」
 慄然として、ディリータは半身を起こした。それまではのんびりとラムザの手淫を楽しんでいたのだが、状況は急転直下である。
「ね、四つんばいになって、お尻見せて」
「……遠慮する」
「えー、いいじゃん。ディリータだって気持ちよくなりたいでしょ?」
「俺はお尻じゃ気持ちよくならない」
「でも、いっつもディリータしてくれてるじゃない。お尻舐めたり弄ったりしてくれるでしょ? すごく気持ち良いんだよ?」
「遠慮しておく」
 ディリータは頑として、己のプライドにかけて、首を縦には振らない積もりだった。
「どうしても……、だめ?」
 ラムザとしては、純粋にディリータの快感を追求して、自分が得ている快感のほんの一部でもいいから分けてあげたいという一心からの提案だ。だから無碍に断られてしまうのは、心が寂しい。
「駄目だ。……大体いつもはそんなことしないだろう、俺はお前のお尻が気持ちよくなってくれればそれでいいんだ。俺の体の事なんてどうでもいい」
「……どうしてもだめなの?」
「駄目だ」
 いくら頼んでもこれでは聞いてくれそうに無い。ディリータは一度決めた事を早々に覆したりはしないのである。
 だから、ラムザは申し訳なく思いつつも、純粋に、ディリータの幸せ九割、自身の欲求一割を動機に、そうした。
「痛ッ、たたたたたたたっ」
「これでもだめ?」
 ゴメンねディリータ、と内心で謝りながら、ラムザは勃起したディリータのペニスを強く握り、反り立っているものを無理矢理に、反対方向へ寝かせるべく傾けたのだ。これでは意志以上にペニスの硬いディリータとしては一溜まりも無い。即座に泣き声を上げて、
「わかった、わかったからッ、痛ッ、いたたた……」
 痛みが収まるまでしばらく涙目で堪えてから、ラムザに言われるが侭に、この世で一番屈辱的だと思われる体勢を取る羽目になったのである。
 この精神的苦痛でも、あの肉体的苦痛よりは多少もましとは思えない。普段は自分の身体の上に、ラムザの身体を逆に乗せて、その尻の穴を覗き見てニヤニヤ笑っているのだが、その逆というのは初めてであるし、普通の嗜好を持った人間であればこういう体勢を取ることに耐え難い屈辱を感じてしまうのが正常だ。ラムザの場合は繰り返すが、淫乱であり露出狂であるから、恥ずかしい所を覗き見られれば見られるほど身体が燃え上がってしまうのだ。そんなラムザのためにしているのだと、思えば正当なことであろう。
 しかし、この場合は、やはり……。どこまでも「自分は普通だ」と信じ込んでいるディリータにとって、この上ない辛さを伴う。
「……ディリータ、何だかすごいえっちな人みたい」
 世界で一番えっちな子にそんな事言われたくはない!
 実際、ディリータは肉体精神両方の痛みから、その性器は既に萎えてしまっているのだ。ラムザがそれに気付いて、くすりと笑みを零した。
「大丈夫、すぐまた気持ちよくしてあげるから」
「ラムザ……、なあ、何とか止めないか? その……、お前のこと気持ちよくしてあげた方が……」
「いいから。今日はディリータに気持ちよくなって欲しいの。……またおちんちん引っ張られたくないでしょ?」
 観念するほかないようだった。
「じゃあ、ディリータ、力抜いてね」
 ラムザの声が股下から聞こえてくる。
「ひえ……」
 そして、与えられた後孔への生暖かい感触……。ラムザの舌が、ディリータの肛門を舐めたのだ。
 その動きの、何と微妙なことか。ディリータは腰を前に逃しそうになった。しかし、ラムザがしっかりと両の太股を抱きしめており、それは叶わない。
「ディリータの此処、……綺麗だね、弄ってないから」
 はぁ、と生暖かい息がかかる。ディリータは背中にぞくぞくと色々なものが走るのを感じた。目をぎゅっと瞑って耐えようとするとチロチロとラムザの舌の感触がリアルに感じられて、たまらず目を開く。
 その上に、ラムザの手が股の下から、柔らかいまま復活の気配の無い性器に絡み付いて、構わずに扱きはじめる。こうなると、気味が悪いと思い込んでいた肛門への舌の刺激が、異様な勢いを持ってディリータを興奮させる材料となり得る。
 どうしよう俺、このままラムザに侵されてしまうんじゃないだろうか……。
 そんなあらぬことを考えて、不安になる。しかし、ラムザの舌が徐々に快感を伴うものとなり、その手の中で自身が徐々に膨張していくに連れ、流されはじめる。それよりも、今は気持ちよくなりたい。そうして、ラムザがそうしてくれるのなら、甘んじて受け……、
「え……、ちょ、ッ」
 反論する暇も無かった。舌の感触が無くなったと思ったら、今まで何かを入れたことなど一度も無い、硬い肛門の中に、恐るべき圧力で物体がえぐり込まれたのだ。目玉が飛び出すかと思うほどの衝撃が、腹の底から付き上がってくる。すぐに、ラムザが指を入れたのだということに気付いたが、指、ラムザのあの細い指が、こんなにも苦しいか。まさか本当に自分はラムザに置かされているのではと、どきりとして、しかしラムザが指を入れながら、舌で尻の周囲を舐めていることでその不安は霧消した、しかし、痛い、痛い。
「ラムザ……ッ」
「……我慢して……。すぐ気持ちよくなるから、僕、解るから。男の子のお尻の中で、どこが気持ちいいか……」
「……出来るか……」
 しかし、ラムザの言うことに間違いはなく、徐々に指の圧力に慣れ始めた内部で、ラムザが重点的に指を曲げて弄り出した場所、そこから溶け出すような痺れるような感じが広がり始めたのだ。ディリータは自分の体に起こりはじめた変化に戸惑いつつ、シーツに爪を立てた。そんな様子を、どこか可愛いと思いながら、ラムザはディリータのペニスを愛しげに扱く。
「ん……うっ……」
 その刺激に、ディリータの唇から愛らしい呻きが漏れた。
「気持ちいい……?」
「……っ……、ら……、ムザ……ぁ」
 ラムザは、危うくディリータのものを握った右手を離して、自分のを急ピッチで扱き出したい欲求に負けてしまう所だった。違うちがう、今日はディリータを気持ちよくしてあげるのだ。
 自分以外の肛門の中は、居心地がいい。ディリータの硬く締めてくる力が、いとおしく感じられた。
 しかし、だからといってここに自分自身のものを入れるのは、違うとラムザは思っていた。きっとディリータの身体はすごくよくなるだろうけれど……自分の経験に拠ってそう確信するけれど、やはりそれは、「違う」と思うのだ。
 だから、ラムザはディリータの肛門から指を抜いた。
「うぁ……」
 がくん、とディリータが身体を崩した。はぁ、はぁ、と見た事も無いような可愛らしい呼吸をして、涙目でラムザを見ている。
 ……肛門がジンジンしている。
 当たり前のようにラムザにいつも、していたことが、実はこんな辛いことだったなんて知らなかった……。
 ラムザはそんな思いに駆られて、またペニスが萎えそうなディリータににっこり微笑んで、自分の勃起したペニスを見せた。
「何だか、だめだねやっぱり。僕ばっかり気持ちよくなっちゃって……」
 そうして、膝で立ち、足を広げて太股の間に、今の今までディリータに差し入れていた左指を、押し入れた。
「んっ……」
 ぴくん、と身を震わせて、ラムザが指を中に飲み込んでいくさまを見せられ、ディリータはいつもは考えもしないようなことを考えていた。
「……痛く、ないのか……?」
「んー? ……ん、……へへ。……平気だよ、もう慣れちゃったし、それに……」
 ぐちゅ、ぐちゅ、中を指で強引に広げる音が聞こえる。
「僕は多少痛くっても、ディリータのが貰えるんなら、……、は……っ、我慢、できるから」
 指を二本に増やし、三本に増やし、それからようやく抜いた。柔らかくなりかけているディリータのを、硬くするために、扱きながら少し口に含んだ。
「ラムザ……」
「ん?」
 完全に勃起したディリータのものをぬるりと抜いて、その上に跨る。
「……その……、いつも、大変なのに……」
「多少痛くっても、してほしいからね。……僕、淫乱だから」
 言葉にこれ以上無いほど不似合いな、すがすがしい笑顔だ。
 そうして、そのままディリータの上に腰を落としてゆく。淫らに歪む顔を、どう表現すれば、その美しさの半分でも誰かに伝えることが出来るだろうか、ディリータは飲み込まれ行く快感に、そんなことを考えた。ラムザの肛門の中は、いつも息が止まるほど、キツイ。
「あ……んっ」
 奥まで入りきった充足感に、ラムザが感極まったかのように、白く細い喉を反らした。ディリータは堪らなくなって、身を起こし、抱きしめた。
「……愛してる」
「……んー? ……んー。僕も」
 繋がった場所に起こる震えは、どちらによるものだろうか。
 快感が、溜まるだけではない、自分の鼓動なのか、相手の鼓動なのか、いずれにせよ、温かく、昇華していいく実感がある。
「ディリータ、動いても、いい?」
 ラムザが震えた声で言う。
 いつもは淫猥なだけだと思っていたその声音は、幾分かの痛みも含んでいたことを知らなかった自分を恥じた。勿論、それを知らせるために自分にあのようなことをした訳ではないに違いないが、同じ痛みを理解できたことは、貴重な経験だと言うほかない。
 同じ痛みを分け合ったから、もっと優しくなれる。
「……ん、っ、ああ、あん」
 膝を使って、上下に腰を振る、その目から涙がぱらりと散る。そのさまを、気持ちいい卑らしいだけでなく、っほんとうに美しいと、ディリータは思いはじめていた。
 きっと、ぎこちなくないはずはないのだ。自分たちが共に在る事は、どんなに生活に組み込まれて当たり前のようになっていっても、永遠にそれがぎこちなくなくなる時など、来はしないだろう。こんなことは見とめたくないが、神の作り給うた自然の摂理に逆らっていることは間違い無い。本来身体に与えられた役目ではなく、まったく違った形の身体の役目を果たそうとするのだからそこに何らかの歪みが生じないはずが無い。
 しかし、それでも尚且つ、超越して共に在ろうと思えばこそ、そのぎこちない形でも、構わないという風に思えるのだ。
 いいのだ、ぎこちなくても。それが幸せなら。
「ディリータ……、ディリータ、ッ、いくよぉ……っ」
「うん……」
 強く強く強く、ラムザがしがみ付いた。二人に挟まれたラムザの幼茎から精液が溢れる。なまあたたかい。
 内部に、自分の精液を叩き付ける。子供が出来るわけでもない。どうせすぐに流れ出てしまうだけのもの。しかし、刻み付ける何かは、生まれ来る何かは、確かに存在していると思いたい。
 そして、ぎこちないから悪いとは思わない。
「ん……っ、は……」
 繋がりがほどけて、結び目から蜜が零れだした。呆然とベッドに沈むラムザの身体を、ディリータは拭う。この上ない優しさを自覚しながら。
「愛してるよ」
「……え……?」
「ラムザ、愛してる」
 ラムザはきょとんとして起き上がって、恋人の頬に口付けた。
「……怒ってない?」
「うん」
「……よかった。ちょっと調子に乗り過ぎたかなって……。痛くなかった?」
「平気だよ」
 裸を重ね合う喜び。同性だろうが異性だろうが、その安堵に差があるとも思えない。
「僕もディリータのこと、愛してる。今日はほんとうに、ディリータに気持ちよくなって欲しかったんだ」
「ありがとう。優しいラムザ。大丈夫、ちゃんと気持ちよくなれたから」
 と言って、いつかラムザに入れさせてあげよう、とまでの決心は付かなかったが。
 一先ず、尻の穴の鈍痛は、明日の朝には治っているだろうか? 毎夜毎夜、これでもかと言うほどに、ラムザの細い指よりは遥かに太い自分の性器を出し入れされても、自分の恋人はそれに耐えてくれる。その強さに優しさに、ディリータは感謝せずにはいられない。恋人の痛みを知った自分で良かったと。
 永遠に、ぎこちなくないはずはないのだ、しかし、同じ痛みを知っていれば、そこにはきっと思いやりも優しさも生まれる。そう在る生活が、仮にぎこちなくとも、いびつでも、きっと好ましいのだと、ディリータはそんな風に思った。


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