ラムザを病気だとは思わないまでも、やっぱり「普通とは違う」ということを認識せざるを得ないディリータである。とにかく、羞恥心というものが圧倒的に欠如している。裸になることなど、なんとも思っていないらしい。裸になる、イコール、ディリータがドキドキする、イコール、セックスになる。セックスがしたいから、積極的に裸になるわけで、構造の一端を担うディリータとしては、責任を負っているようで、ラムザの露出狂的、というかほとんど露出狂と言ったほうがスムーズな性質には、困惑せずにはいられない。
そして今宵も今宵とて。ディリータの部屋に着いて三十分。大人しく勉強する背中を観察していたと思ったら、やがて面妖な衣擦れの音がして、振り返らなくともどんな格好か判ってしまう。ぱたん、とベッドに横になる。退屈なのだろう。何度か寝返りを打っている。そして、しばらくじいっとこちらを観察している。ディリータとしては、そろそろ落ち着かない気持ちになってくる。
率直に言えば、やはりラムザを可愛いと思っている。金色の癖毛から始まって足の小指の爪の先まで、全部舐めてもまだ余る。その上、無償の愛情にも惚れ込んでいる、愛している。そんな相手が背後で裸になって「さあ、いつでもどうぞ」……、誰も十四歳の性欲を責められはしない。
ここで自分が簡単に答えてしまうからいけないのだ、そう、ディリータは判っている。これから自分たちはちょっとずつ大人になっていくのだ。それなのにいつもこれでは……、そう思っていながら、自分の意志の弱さゆえに悪癖が少しも改善されないことは、大いに愁うべきことだ。だから、ディリータは筆圧を高めることで、決意を表明した。向かないぞ、後ろ、向かないぞ……、そうだ、俺は勉強してるんだ、だから、真面目に、一生懸命、字を書くのだ。
「まだぁ?」
「わあ!」
がば、と首に巻きつかれた。細い腕、耳に、キス。
「な、な……っ、何」
「ディリータ、まだお勉強終わらない?」
「……ええ?」
ディリータは、一つ息を飲み込む。
「……ま、まだ、終わらない」
「そうなの? ……僕もう待ちくたびれた」
「もう遅いんだから、寝たらどうだ?」
ラムザはディリータの耳を噛んだ。
「ひゃ」
「なんでそんなイジワル言うの? 僕としたくない?」
「……いや、あの……」
紙のような決意ではある。ここで屈するからダメなんだと、よく判ってはいるディリータなのだが。
「もう、もうちょっとで、終わるから待ってて」
それでも今夜は俺も頑張ったよ……な。
「もうちょっと?」
「うん、ホントにもうちょっとだから」
「……わかった、待つ」
愛しい恋人に軽く嘘を吐けたら良い。結局善人であり、また全ての人間同様、変態であるディリータは、内心で溜め息を吐くばかりだ。
「おしっこ行ってくる。戻ってくるまでに終わらせててね」
「わかったよ……って、おい、こら!」
思わずペンをすっ飛ばした。
「なぁに?」
ラムザは勢いよく立ち上がったディリータに、首を傾げる。
「そ、そんな、裸で外に出ちゃダメだろ!」
その首を、今度は反対方向へ、ラムザは傾ける。
「なんで? 家の中だし」
「家の中でもダメ! ……他の誰かにバレたらどうするんだ!」
「とっくにバレてるじゃん……、汚れたシーツ洗ってもらってるんだよ?」
そうなのだ。二人の情事の情報はベオルブ家メイド諸氏にはそのシーツを介して筒抜けである。もちろんそれを口外することは厳に禁じられているが、家内での有名無実とはまさにこのことで、二人の兄以外の誰もがそれを知っていた。
「……今日は兄上たちもいないし……、今更僕がすっぽんぽんで歩いてるの見たところで」
「恥ずかしいと思わないのか!?」
「ぜんぜん」
お願いだから思ってください、お願いだから……。
ディリータの切なる願いは、恐らくもうしばらく叶えられることは無いだろう。そして、叶えられた時に寂しい思いをするのは、ディリータ自身なのである。今この瞬間こそ、理性と倫理を盾に偉そうなことを言い、正義の御旗を振るディリータではあるが、イザ行為が始まってしまえば、ラムザの淫乱さを、節操と羞恥心の無さを、一番享受できる立場にいることを喜んでいることは揺ぎ無い事実なのだ。行為の環境に文句をつけなければ、ディリータも人間であり性欲があり変態であるから、ラムザとは最高の恋人の要素を一つ充たしていると言える。ディリータがそれを理解している以上、現状は打破しがたい。
「誰かに見られたらディリータ困る?」
「……当たり前だろう……」
ラムザはにこっと微笑む、その笑顔に、幾ら積んだって良いと言う金持ちがきっとどこかにいるはずだし、幾ら積まれたって売らんと仮想敵を蹴っ飛ばすディリータである。
「じゃあ、ディリータついてきてよ。誰もいないの確認しながら、ね?」
灯りと言えば、手に持つ角灯と月光のみ。しぃんと静まり返った廊下、絨毯の床も、ひんやりとしている。桜は散ったとは言え、まだまだ夜の冷え込む季節だ。ディリータは恐る恐る、ラムザの手を引いて、前後左右を確認しながら歩く。ラムザは裸であることを全く意識していない証拠に、隠すところも隠さず、ぼけっと窓の外の月を見上げている。
そうっと、……音立てるなよ、声出すなよ?
気を使ってディリータが息で言うのに、
「なに?」
普通のヴォリュームで、ラムザは返す。泣きたい気持ちを堪えつつ、ディリータは慎重に足を運ぶ。何故、泣きたいのか。自分の倫理観を正当化したいだけだろうと容易に想像がつく。
「ディリータ、判ってるよね? 僕、おしっこしたいんだからね?」
もっと急げ、ということだ。仕方なく、ディリータは歩みを速めた。下が絨毯でよかった、足音は吸収される。
「懐かしいなあ、こうやって君とトイレ行くの。昔はよく一緒に行ったよね」
ラムザは呑気にそう振り返る。その時はちゃんとパジャマ着てたよな、そう、ディリータは胸の裡、呟く。暗くて怖いからついてきてと、夜半過ぎに揺り起こされて、いつも手を引いて連れて行った。
「ね、昔、この辺でおもらしして泣いたよね」
そんな事もあった。絨毯もパジャマもビショビショに濡らして、父に叱られた。何故自分まで叱られるのかということに、特に疑問も抱かないくらい、ディリータはその頃からラムザの恋人だった。
時間をかけて、トイレの前まで辿り付いて、ディリータは手を離した。
着いたよ、行っておいで。
「ん?」
だから、着いたよって。
「んー?」
「だから、……トイレ、おしっこ、したいんだろ?」
「君も一緒がいいな」
「俺は出ない」
「出なくても一緒がいい」
今度は、その手をラムザが引っ張る。
「い、いいよ、一人でして来いよ」
「ふーん、そんなつまんないこと言うんだ?」
ラムザは、口を尖らせ、ディリータと手を解く。一つ、溜め息を吐いたディリータの顔を見て、にやりと笑った。
「もう、限界」
「ッ、ら、ラムザ!」
細い陰茎の先から、透き通る黄金色の滴、やがて確かな流れとなって溢れ、冷たい大理石の床に零れた。
「あんまり大きな声出すとみんな起きちゃうよ」
クスッと笑って、ラムザは水音とともに水たまりを作っていく。ディリータは成す術もなく、ただそれを見ていることしか出来ない。
全部出し終わって、スッキリと溜め息を吐いたラムザは、ディリータの手を取る。
「君が悪いんだからね?」
ただ、途方に暮れて、ディリータはラムザと、ラムザの作った水たまりを見るばかりだ。
「俺が悪いって……」
「だって、君が一緒にしてくれるの待ってたんだもん。でも、待たせるから我慢出来なくなっちゃった。おもらししたの、ディリータのせいだからね?」
がっくり、ディリータは項垂れる。もう、何から手を着けたらいいのか、全く見失っていた。それでいて、その口は、ごくスムーズに言葉を紡ぐ。
「……悪かったよ」
俺の何が、何処が、悪いって言うのさ!?
「悪かった。……ここ拭いとくから、先に戻っててくれ」
まるで、俺がおもらししちゃったみたいじゃないか……!
「いいよー、ここで待ってる。僕も手伝おうか?」
「……いい、じゃあ、待ってろ。寒いからこれ着て」
と、自分の上着を肩にかけてやる。
こんなに一杯の優しい動きがどこから出てくるのか。ゼロから作られるものではない。ラムザはそれをよく知っている。知っていて、その優しさが切なくなるくらい嬉しいから、甘えてしまう。雑巾を持って来て、せっせと床を拭いている姿を見ていると、心が震えて仕方がなくなる。
冷たい水で雑巾を洗って干す。さすがのラムザの足の指先も冷たく悴んだ。
「……じゃあ、戻ろう」
振り向いたディリータに、背伸びして抱きつく、キスをする。この、ただ、ひたすらに、優しい恋人が、たまらない。
「ラムザ?」
戸惑いながらも、ちゃんと抱き締めてくれる。ああ、また困らせてるな、そう思いながら、困らせても困らせても側にいると約束し、温もりを分けてくれる恋人。僕の恋人。
「ゴメンね」
困ったような声で「うん」。ラムザに謝られることなど、慣れていないのだ。自分はラムザの影の中に在り、肯定するために生きている。
「ラムザ……戻ろう?」
こくん、と頷く。しっかりと手を握る。その手を、ちゃんと握り返す、作用、反作用、イコール関係。
暗い廊下、一人だったら怖いだろう。ラムザはディリータに依存しきって歩いた。途中で立ち止まって、「抱っこして?」、子供じゃないんだからと一応一言もらったけれど、すぐに抱かれる。同い年なのに、顔の作りも身体の大きさも違う。ね、僕、子供だよ。クスッと笑って言った、ディリータは溜め息を吐いて、「知ってるよ。おもらしするような悪い子だ」、ちっとも嫌そうでなく、漏らした。
「部屋戻ったら……、してくれる?」
「……わかってるよ、忘れてないよ」
元よりディリータがその予定だった。
裸の身体を寝かせ、灯りを消す。
「僕のせいにして」
ラムザはその身体を覆おうとしたディリータの、頬を指で、なぞった。
「君を困らすのは全部僕。君の困惑は全部僕のせい。全部僕が悪い、君は常に正しい」
ロジカルに、トポロジカルに、かなり厳然に作った不健全な世界の中心は、きっと丁度ラムザのおへそのあたり。そこで叫んでやればいい。
「……そんな程度じゃ困らないさ」
「そんな事言うなら調子に乗ってきっともっと困らせる」
「それくらいで丁度いい」
刺激があるから身体が潤う、ひいては生活も潤う。歯車、スムーズに回る。
「悪い子」
悪い子の方が、ディリータに喜んでもらえることをよく知っている。だからラムザは愛に満ちた微笑を浮かべ、ディリータのペニスを愛撫する。一番得しているのは自分だと、どちらも同じ事を考えて。ディリータは愛撫を受けつつラムザの首や耳に、頬に、穏やかなキスを与える。これでやっと対等くらいの快感だろう。ディリータよりもずっと幼い印象のラムザの陽物は、簡単に硬くなり、むずがゆそうに震えている。過程や結果が他と違っても同じように幸せなら、実はちっとも特別ではない。だが、実は誰より幸せと、よく知っている二人組の不埒な天使。
「入れてよ……、ディリータ、早く」
指二本飲み込む穴、指の動きに連れて震える声が、反応が、嬉しい。便乗した列車で何処までも行く気。
「もうちょっと、楽しませてよ。せっかく……我慢したんだから」
中、何処がイイかを限りない経験で飲み込んでいるから、そこを敢えて避けて。お尻の穴だけでも簡単にいけてしまう妖しの美少年、美少年のビは媚薬の媚。少年の……。
「僕がもう我慢できないよ……」
ラムザが下肢に手を入れた。
「……見せてよ……、俺のこと欲しがってるラムザ見せて」
こんなことを言われて、飲み込み、仰向けになって晒す。目盛りを振り切る量の愛、詰まった場所はもちろんはちきれんばかり。
「……ね、……欲しい。こんな、かたいんだよ、僕の……」
ぬるり、と指で先を撫ぜる、そこが指と糸を引く。それがディリータの目には、なんだかこう、もう、キラキラ光っているように見える。
「そんなに濡らして」
「ん……、だって、好きなんだもん、溢れてくるよ」
「気持ちと一緒だ」
「うん、気持ちと一緒……、ディリータ好きで、濡れてくる。……僕男の子だけどね、ここはちゃんと濡れるよ」
「可愛いな」
「……嬉しい」
快楽へと手を伸ばす。逸脱する瞬間は日常の連続線として描かれてしまうから、最早少しのドラマを産めない。ラムザのはしたなく広げた足の間に入り、腰を当てるその瞬間に、生まれようも無い子供のことを考えれば、毎回同じ物語。けれど、常に同じ腰の動きが出来ないように、ラムザがいつも同じ声を上げるわけでもないし。髪の長さや背の高さ指舌匂い汗精液の飛び散り方。ラムザの尻の中何センチのところでいくか。ラムザが何度愛してると言うか。毎回違ってしかるべき。あらゆる可能性を排除して、不同一性の成立だけが確かなカオス。だから、逆説的にそれはあらゆる恋人と似て非なるもの。
「んん……はぁ……あ……」
蕩ける声に蕩ける男、蕩けるような内奥に蕩ける蜜の蕩ける甘さ。
「……入ったよ……」
ピクン、とラムザのペニスは一つ愛らしく震える、そのまま、その腹部にトロトロと精液が零れた。
「……なんだ……、まだ、動いてないのに」
頬に濡れて揺れる髪に心が濡れて揺れる度に性器濡れて揺れる。
「そんなに……、俺の、気持ちいい?」
ラムザは余韻に浸りながら、こくん、頷く。余韻の続きの快感を同時に追いつつ用意周到に妖艶に科白を吐く。
「……だから、おもらししちゃった」
手を伸ばす、その手を握る。同じ分だけの力だ。
「いくらでもしてくれていいよ。ちっとも困らない」
零したものを、指で拭う、その唇に塗りつけ、舐める。嫌? 一緒なら、美味しいよ、ほらこんなに、お前の。
「……美味しい?」
「ああ、お前のなら何だって美味しいさ」
頬に手を当て何万度目かのキス。
「じゃあ、ごめんね、さっき、無駄だったね」
「無駄?」
訝ったディリータに、ラムザは何万一回目。
「おしっこも飲んでもらえばよかったね。僕の出すの美味しんでしょ?」
挑発するように、世界の中心に溜まった液を指に絡め、差し出す。その指はすぐに口に含まれた。
「僕の飲んで興奮するような変態なんだ」
その指を甘く噛んで、
「時と場合によるな……、今ならまるで平気だ」
エスカレートする在り方。
誰もついて来れないくらいで俺たちには丁度いい! 俺たちだけの王国だ!
「変態」
「淫乱」
抱き締め合いながら詰り合う。互いの言葉が心地良いくらいの読解力はかくのごとくその身体に身に着いている。
「僕だけの変態」
「俺だけの淫乱」
「誰にも見せちゃダメだよ……? カッコよすぎるから」
当たり前のことを書き留めるように言う。何が楽しいのか。楽しいのだ。舌がくすぐったくなるくらい、嬉しいのだ。
「そんな勿体無いことをするか。お前こそ、そのいやらしい裸を俺以外の誰かに見せたら承知しないぞ」
「うん、ディリータにしか見せない。僕の身体は君のものだ」
「お前は心配かけるからな。せっかくの俺だけの裸を、簡単に外で見せる」
「うん……、動いて」
「もういいの?」
「うん、復活。見て、ほら」
「あんまり変わってるようには見えないけど……」
粘液の音、泡の潰れる音、ラムザの嬌声が全てを掻き消し、あらゆる物に雨となって降り注ぐ。ディリータとラムザが起こした風が雲を生むから、その湿気が、濡らすから。
「っ、あん……っ」
どんな歌も敵わないくらい言ってしまおう。
「……好きだ……」
壊れないと信じるから思い切り突く。遠慮は極力排して、ラムザに本気を叩き込む。ラムザの声がびしょびしょに濡れて、ディリータの理性を犯し始めて、初めて本当にセックスをした気になると言う。従順にルールを遵守、自分たちだけで作った決まり事だ。
無限に近い時間抱き合った気がする。それでも無意識に動く身体で、ほとんど機械じみたところもある。ディリータが目を醒ましたとき、ラムザは綺麗な身体で自分に身を寄せて、すやすやと眠っていた。ひんやりとした部屋の空気は冴え渡っていて、窓の外は青い。ああ、朝なんだなと思う。思っただけで、また枕に頭を当てた。かすかな震動にラムザは夢を掴み損ねて、薄く目を開けた。ディリータは髪を撫で、「おやすみ」、それから、その瞼にキスをした。
僕もしてあげたい、そう思うには眠すぎるラムザだった。
病んでるくらいの淫乱が好きだ。犯されてるくらいの変態でいいんだと、当たり前のことに合点が行く。ずっと楽な気持ちで、足思いっきり広げて、恥ずかしいところを隠さない、いや、もともと恥ずかしいところなんて無かったんだと言わんばかりに。
今だからそう思うのであって、恐らく夜九時ラムザが服を脱ぐ頃、衆愚と変わらぬ自分に戻る。いやあれはきっと、自分ですらない。ラムザの蛇口に直接口をつけて水を飲むくらいの俺が本当の俺だ。
信ずれば通ず。しかし、その意識を寝て醒めたときに持っていられるか。