春夏秋冬、春夏秋冬。冬の寒さを言い訳にして同じ布団で素肌を重ね、春はぽかぽか陽気が気持ちいいと外でしたがり、夏は行水を理由に家を庭を全裸で闊歩し、秋は一人じゃ寂しいんだと人の体の上に逆さまに乗っかって。一番口にする機会の多い単語は間違いなく「ディリータ」でそれはそれで嬉しいのだが、二番目に多いのはおそらく「おちんちん」……、それはそれで嬉しいのだが。
秋と冬と言うと、あまり切り離せないようなイメージがディリータにはあった。春と秋と、気温の上ではほぼ同じ時期であるはずなのに、前に控えるのが寒いか暑いかの差で、春は「あたたかい」、秋は「すずしい・さむい」と感じられるからだ。春の「あたたかさ」は「さむい」を経験した上のもので、また、続いてくる夏の「あつい」とはまるで違うことを理解しているが、秋の、夏を後にしての「すずしい」は「さむい」とどう違うかが判然としない。いわゆる爽やかな「すずしい」日など、秋のうちに何日も無くて、それはきっと、一歩間違えると全て「さむい」とひっくるめられるゆえだろう。
なので、ラムザは新しい虫になっている。
夜、ラムザが部屋に遊びに来ることは茶飯事だが、最近は遊びに来るとすぐ布団でぬくぬくしたがる。まるで猫か老人のようだとからかうと、
「だってあったかいんだもん。ディリータもおいでよ」
なんて言う。もちろん、入ったら最後翌朝まで出られるはずもないので、その場は辞去して宿題を終えてから。
「寒いんなら服を着ればいいんだ」
早く入りたくて仕方ない感情の存在を、ディリータは否定しない。早いところラムザにいつもの口癖を言ってもらいたいのだが、それを前面に押し出せるほど、ディリータの思い切りは良くない。
布団虫は顔だけこちらに向けて、毛布を身体に巻きつけて、それはまさに巨大な芋虫だが、グロテスクさなど欠片も無い。解いた金髪を少し乱れさせて、大きな目でじっとこちらを見ている。手のひらに載せて、指でつついて遊んでみたいような気もするが、寧ろ自分はその中に取り込まれるのがお似合いだろう。中は当然、どろどろの坩堝。
二人で眠った布団からは太陽の匂いが消える。無論、二人の汗を始めとした体液で湿っぽくなるだけなのだが、それも乾いて定着してしまえば、ほかの何処よりも安らぐ匂いになる。その匂いはやはり汗に変わりなのだろうけれど、いいさ、一種のブランケットコンプレックス、進んで身を窶す。いや、その姿は決してみすぼらしくも無いだろう。恋人は格好いいと言ってくれるし、ディリータ自身も恋人のことをただ心から可愛いと言って祝福するのだから。
筆を置いた。今日の分に、明日の分を少し加えてやる律儀さを、ラムザは見習わない。きっとこの先死ぬまで、ディリータが一緒にいてくれるから、自分にその律儀さは必要ないと信じている。二人ともそんなに律儀だったら、セックスをする場所もベッドだけに限られてしまうだろう――それはそれで好ましいことではあるのだが――が、自分がこうならば、もっと緩やかになる。ディリータだってラムザという存在のこのいい加減なところを、居心地良いと感じるときがあるはずだから。同じ命ならば一緒にいる必要も無いのだ、それぞれに異なる要素を持って、一つひとつのいいところを認め合って、つまり自分に足りないものを補い合って、初めて完成する、一つの関係なのだろうと、ラムザは信じていたし、もう既に身を持って知っているつもりだった。ラムザの目線の先、ディリータが筆を置いて立ち上がり、背中を向けて、密やかに溜め息を吐く、そしてその表情の、きっとたるんでしまうことを恐れているんだろうと思って、少し面白く思う。実際、振り向いたときには世界で一番かっこいいディリータなのだった。
「おいでよ、ディリータ」
「……ん」
ロールケーキのように身体に巻いていた布団を、ディリータのために開く。ディリータは少しだけ恥ずかしい気持ちを表には出さないで、そのせいで場違いに生真面目な表情を無理に作りながら。しかしそれもすぐに崩れる、ラムザがその頬に悪戯するようにキスをして、ディリータに覆い被さって再び布団の殻を作る。取り込まれたディリータは四十キロ弱の体温を享けて、天井をしばし見つめる、が、すぐにラムザの目に捕らえられて、早くも二度目のキスには舌が入る。
「普通、お布団入るときには服は脱ぐもんだよ?」
「……上着はな、でも、下着は着けてるのが普通だ」
「『普通』なんてそのひとそのひとでいくらでも変わる。使うべきじゃないね」
「お前が先に……」
「うん、だから、僕はすっぽんぽんになって入る。何でか判る?」
判るような気はするが、言わないでおいた。
「ディリータの体温が欲しいからだよ。服なんて邪魔なだけだよ」
予想の範囲のど真ん中を的中した。
「で、俺にも脱げってことなんだろうな、それは」
「うん、そう。着てると今に暑くなるよ」
それはまあそうだ。それだけに納得したことにして、布団から出てディリータは服を脱いだ。下着になると、もう薄ら寒い、布団が恋しくなる。入ろうとすると、ラムザに入口を閉ざされた。
「何で」
「まだダメ。全部脱いでからじゃないと、入れてあげないよ」
「……」
「余計なものなんて何もなくして……、簡単だよ、裸になればいい」
ディリータは仕方なく、裸になった。大好きな、しかも、今更隠す必要も無いラムザの前でも、裸になるのには少しの抵抗を伴った。
「……脱いだぞ」
「じゃあ、どうぞ」
ぺろりと布団を捲ると、まだ大人しいそこが覗くのを、少しも気にとめないで手で招く。ディリータは自分の物が早くも反応し始めぬよう、眼を逸らして、滑り込んだ。再び殻を閉じて、密着する。やはり裸で入るほうが、互いの体温というものがずっとリアルに感じられるし、しゅ、しゅとかすかな音を立てて擦れ合う肌の感触はディリータに絹よりも滑らかに感じられる。最も、それはラムザの体毛が薄いからかもしれない、ディリータの足の感触を、ラムザがどう思っているかは判らない、が、ラムザのほうから足を摺り寄せてくるので、ディリータはプラスに考えるようにした。
「はあぁ……、あったかくってきもちいい。僕、お布団大好き。ディリータと入るお布団はもっと大好き」
嬉しそうにディリータの身体に吸い付いて、首に鼻を当ててディリータと布団が同じ匂いであることを嬉しく思う。しかし、ディリータには布団が、鼻を擽るラムザの髪と同じ匂いを発しているように感じられるのだ。
この布団は二人のものということ。
「あのね、僕、今、ちょっともったいないかなって思った」
ラムザがディリータの腕に頭を載せて、顔を真っ直ぐ合わせて、言った。
「何が?」
「うん、あのね、ディリータとこうしてるの、僕すっごい幸せ。なんだけど、君とえっちしたいなって。えっちしたらこの幸せとはちょっとの間、会えなくなっちゃう、だけど、君とえっちしたい。両方とも一度には無理だから、えっちするのはちょっと、もったいないかなって。でも、えっちはしたいし」
ラムザにはラムザなりの葛藤があるのだなと思って、少し面白い気がした。
「じゃあ、ずっとこうやって温まって、そのまま眠くなったら眠ればいいじゃないか」
ディリータがそう言うと、
「でも、それももったいない気がする。せっかく裸の君がこうして僕の隣りにいてくれるのに、ただ寝ちゃうのは、なんだかね」
好きにしてくれ、というよりは、自分にまつわることでラムザが悩むのは寂しいとばかり思う。
「……どちらかに集中してすればいいんだ」
ディリータはそう言って、布団を捲らないようにしてラムザに覆い被さった。
「集中して、片方だけをそれぞれの時間に楽しめば良い」
「どうゆうこと?」
「……つまり……、セックスをするときはセックスに、布団で温まるときはそっちに集中すればいい。分散するほうが、そのものの楽しみを半減させることになる、勿体無いだろう?」
そう言って、少し頬を赤らめて、ラムザの前髪を上げてキス。
ラムザはきょとんとしていたが、やがてふんわりと微笑んで、うん、と答えた。
布団の中でだけセックスをした。布団から足も出さないように、出しているのは顔と、手を少し。絡み合って、キスしあって、手探り状態。ディリータとしてはラムザの裸体を見たい気もあったが、それを言うのは憚られて、結局ずっと布団は被ったままだった。何処に入れたらいいか判らないことはなかったが、手探りでラムザの淫嚢を指でつついて、「そこ違う……」と指摘されて少し気まずかったりもしたが、それはそれで、いつもながらに楽しい時間ではあったとディリータは思う。今また、腕枕をして、ラムザはとろんとした目をディリータに向けて、幸せそうに微笑む。
「気持ちよかったぁ……」
真っ向ストレートでそんな風に言われれば、とろんとした視線も剛速球でディリータには堪えた。布団の中はなんだか湿っぽいが、居心地の悪かろうはずも無い、鼻を突っ込んで嗅いでみたなら、濃厚なラムザの汗が感じられるだろう。もちろん、ラムザが嗅げばそれはディリータの匂いになる。
「僕ねえ、やっぱりディリータとしてるほうが幸せだなあ。お布団があったって、ひとりじゃ意味ないもの、ディリータと一緒にお布団でぴったりくっついてるのが楽しいんだ、ディリータいなかったらつまんない。別に、お布団かぶってなくっても、ディリータとくっついてられるんなら、イスに座ってても、お風呂の中でも、外の寒いところでも平気、っていうか、それが一番幸せに思うんだ」
かけがえのないこの布団よりも更に自分を好きと言ってくれたような気持ちになって、毎度の事ながらやはり嬉しくなる。そしてすんなり、俺も同じ気持ち、と思う。布団虫の二人で、しかし、布団から脱皮して蝶になる、仲睦まじく蜜を吸う、その幸せよ。
ラムザの頬にキスをした。にこーっと微笑まれて、つられて微笑んで。温かな布団に、ラムザ。こんなに幸せなことはないだろう。