いーじゃん気持ちよけりゃ何だって

 一旦ぼくの部屋に立ち寄ってから、軍山神社の境内に入ると、蝉の鳴き声は一際やかましくなった。けれど陽射が遮られる分、少しばかり身体は楽だ。この神社はいつ来ても子供以外が居たことがなく、その子供も夕暮れ過ぎには居なくなる。よって肝試しの会場に使われることもあったけれど、例の中学生が出没するようになって以降は一層人の足が遠退いて久しい。

 ぼくと昴星は境内のトイレに身を隠した。トイレと言っても、男女共用、個室が一つあるきり、決して衛生的ではない。

 才斗は、目を離したくないと言って狛犬の陰に身を屈め、息を潜めている。

 そして流斗は、ぼくの部屋の押入れの中にあったグローブと軟式ボールで一人、ボール投げをして遊んでいる。壁もない、小高い森の中の神社に過ぎないから、ただふわりと投げ上げて、其れをキャッチするということを繰り返しているだけだ。

「来るかな」

 来たら、才斗が昴星の携帯を鳴らすことになっている。もちろん携帯はマナーモードになっているから、才斗が見付からない限りはぼくらが見付かるおそれもない。

「どうかな……」

 ぼくは時計をちらりと見る。もうすぐ三時を回る。あまり遅い時間になると期待薄だ。

「あちーな……、トイレ」

 昴星はそう溜め息を吐く。実際、ぼくも汗だくだし、昴星もTシャツに汗の染みを作っていて、彼の身体からは特有の、男の子の汗の匂いが漂っていた。二人きりというこういう状況で、昴星にえっちなことをしないというのは初めての経験だ。

「おれ、おにーさんたちみてーな人のこと、あんまよく知らないけどさ」

 昴星は長い髪をかき上げて、ぼくを見上げる。「ショタコンって言うんだろ? おにーさんみたいな人」

 ぼくは、うん、と素直に頷いた。

「大人の男のちんこ見ても何にも思わないの?」

「うん、……あくまで、君たちぐらいの、……いや、人によっては違う、好みはバラバラだと思う。昴星みたいに女の子みたいな顔の男の子が好きって人も居るだろうし、才斗みたいに男の子らしい男の子が好きって人も居るだろう。流斗ぐらいの歳の子が良いって人も、君たちよりももう少し大人っぽい男の子が良いって人も。人それぞれだよ」

「ふうん……」

 昴星はわかったようなわからないような顔をしている。

「おにーさんは、どういうのが好きなの?」

 そう訊かれて、……ぼくにはこれといってはっきりとした好みがないのだということを自覚する。

 目の前の、女の子みたいなルックスをしていて、その実、振る舞いはものすごく男の子っぽい昴星のような子、すごく、好きだ。

 と言って、さっきは天使みたいな流斗にあれだけ興奮させられた。

 きっと才斗みたいな凛々しい子がぼくの前に裸で現れたら、やっぱりそれにだって、ぼくは冷静ではいられないはず。

 さすがに、流斗よりももっと年下の男の子、それこそ幼稚園児にまで興奮するとは思わないけれど、世の中にはそういう子がいいって思うような男もいるだろう。

「判らない……」

 ぼくは苦笑して答えたが、確かなことは、

「でも、昴星や流斗のことは、心の底から可愛いなって思う、……昴星には才斗がいるから、こんなこと思っちゃいけないけどね」

 昴星はじーっとぼくのことを見て、それからほんのりと頬を赤らめる。「そりゃ……、そうかもしんねーけど……」

「昴星は、才斗のことが大好きなんだね」

 むーと唇を尖らせて、こっくり頷いてみせる顔は本当に愛らしい。こういう顔、彼の恋人にはたまらないだろうなと思う。

 少し、反省してもいるのだ。「才斗」という本命の恋人がいるのに、甘えてしまったな、と。

 そう思ったぼくの顔を見上げて、

「おにーさんは、流の方が好き?」

 シャツを握って、昴星は訊く。

「え……?」

「その……、おにーさん、さっき流と、すっげー楽しそうに、してたからさ。流みてーに可愛い子の方が、いいのかなって……」

 君には、恋人が居るだろう。

 そういうことを言いかけて、やめた。昴星はぼくを恋愛の対象と見て居ない、それは、流斗にしたって同じだろう。ぼくは「おにーさん」「お兄ちゃん」どっちにしても、彼らと対等の存在ではない。彼らを愉しませるのがぼくの役目であり、その余禄として、ぼくも愉しませてもらっている。性欲は在るけれど、恋愛感情ではない。

 だから、昴星は流斗に「おにーさん」と呼ぶぼくを取られてしまうような気がするのかもしれない。昴星には「恋人」の才斗が居るのに、加えてぼくのことなんか欲しがっちゃいけない、それは贅沢な話だし、才斗はどうなる……?

 一方で、昴星という独立の人格は才斗やぼくが矯められるものでもないだろうとも思うのだ。気持ちいいこと、えっちなこと、大好きな二人。其処に格差をつけてはいけない。

「昴星のことだって、大好きだよ?」

 ぼくはだから、汗っぽい昴星の長い髪を撫ぜた。ぴく、と昴星が首を竦めて、恐る恐るぼくを見上げる。

「君は才斗の恋人だ。だけど、ぼくは才斗の邪魔にならない範囲で君と遊べたらって思う」実際、ぼくと昴星が会うことを、才斗が好もしく思うとは考え辛い、邪魔にならないなんていうのは、ほとんど無理なことだろう。ただ、流斗のことだって「従弟」として大事に思っているらしい才斗にすれば、ぼくと流斗の関係だってきっと等号で結ばれる。

 ぼくは本当は、こんなところに居てはいけない。陽の当たるところには、決して居てはいけない。けれど、才斗がさっき認めてくれたように、……少年たちが譲って作ってくれた場所に、爪先立ちして居させてもらう限りは、彼らの幸せのために役に立ちたい、……そんな風に思う。

「……ほんとに?」

 昴星はじいっとぼくを見上げる。「おれのこと、流とおんなじくらい、好き?」

 うん、とぼくは頷く。それから、……心の中で才斗に謝ってから、昴星の髪にキスをした。

「いい匂いだね」

 昴星は、ぼくをまだしばらく見上げていたけれど、やがて、

「ひひ……」

 と笑った。嬉しそうに、でも、照れ臭そうに、愛らしく。

「おれもおにーさんのこと、好きだよ。流とおんなじぐらい好き」

 暑いのに、よせばいいのに、ぴったりと昴星はぼくに抱き着いて頬を摺り寄せる。「おにーさんもいい匂い」と笑って。ぼくは何度も昴星の髪を撫ぜる。

「……あのさ、ヘンタイの、中学生」

「うん」

「どんくらい待つの?」

 決めていなかった。ただ、さっきも言った通り、通常子供が表に出歩かなくなる時間まで待ち伏せする意味はないだろう。その中学生だって延々何時間も流斗或いは別の子供を捜して回るとは思えないし、この近辺に住んでいるわけではないのだとしたら、「まあ……、遅くても四時半とかそれぐらいまでかなあ……?」

「じゃーさ……、四時になったら、終わりにしねー?」

「……おわり?」

 こく、と昴星はぼくの胸に頬を当てて言う。

「流は、いっつも五時半に家帰んなきゃいけない。才斗は先に帰らして、おれと、おにーさんでさ、駅まで流のこと送ってって、そのあと、おにーさんちで」

 昴星がそこまで口にしたところで、彼のハーフパンツのポケットの中でヴヴヴとバイブが鳴り始めた。残念そうな顔で、昴星は携帯を開いて、画面をぼくに見せる。「来た。でも、出てくるな。」という才斗の文字。

「……出てくるな?」

 声を潜めて、昴星が呟く。

「どういうことだろうね……」

 訝るぼくらの耳に、少年の声が聴こえてくる。きっと、流斗に声を掛けて居るのだろう。流斗が何やら答えているが、それを聴き取ることは出来ない。

 トイレの個室からは、まるで現状を見出すことが出来なかった。才斗は何をして居るのか、流斗は大丈夫なのか。

 そう思っていると、才斗が昴星の携帯を、また震わせた。

「先森遍」

 と、いう文面。

 其れは、何かの暗号だろうかと思った。けれど、「アマネくん」と昴星は呟く。人の名前だったらしい。

「知ってる子……?」

 こっくり、昴星がうなずいた。ならば、何故出てくるなと才斗は言うのだろう。

「えっとな……、才斗が通ってる水泳教室に、去年居たやつ、二個上の、やなやつで、……才斗の水着の紐切って、女子も見てる前で水着脱げるように細工しやがったんだ」

 おお、それは、やなやつだ。

「でも、おれが仕返ししてやって、同じ目に遭わせてやったんだ。そしたら今度はさ、それ恨んだのか知らないけど、去年の秋に、おれと才斗が外でセックスしてるとこ盗撮して、脅してきたんだ。だから流斗と、あと流斗の友達の女子二人と協力して、逆にオモラシさせてやった」

 それも酷い話のような気がする。

「でもって、今年の夏にさ、海行ったとき……、偶然アマネくんちもいてさ、アマネくんの妹の見てる前で散々恥かかせてやったんだ」

 要するに、並々ならぬ因縁が「アマネくん」こと先森遍と昴星たち三人の間にはあったと言うことだ。才斗としては男子として最大級の恥をかかされたわけだから恨んでもまだ足りなかろうし、一方で先森遍の側からすれば昴星を心底から憎たらしく思うに違いない。

 でも、何故才斗は「出てくるな」と言ったのだろう……。そう訝ったぼくらの耳に、

「やっ、やめろよぉっ」

 先森遍のものと思われる悲痛な叫びが届いた。……ぼくは昴星と顔を見合わせて、この上にただ才斗に従っている訳にも行かない。トイレの個室から飛び出した。

「ああっ、出てこなくて良いって言ったのに!」

 顔を顰めて才斗が叫ぶ。

 流斗は、無事だ。

 先森遍、……中学二年生という歳にしては、幼い印象に見える。それでも、分厚い眼鏡の奥の目には、はっきりと害意が篭もっている。

 彼は仰向けに倒れ、流斗が馬乗りになっていた。

「は、離せっ、退けよぉ!」

 手足をバタつかせて必死に抗っているが、体重の軽いはずの流斗が跨っているのは、よりにもよって先森遍の顔面である。あの華奢な身体をした流斗が、一体どうやってずっと年上の中学二年生をあのように組み敷くに至ったのかは想像の範疇を超えている。

「あ、お兄ちゃん」

 中学生の顔に跨ったままぼくの顔を見上げて、流斗はにこと笑う。

「この子、いけないんだよー、ぼくたちみたいな男の子のこと、怖がらせて回ってるんだー、だから、おしおきしてあげないといけないから、いまからぼく、このまんまオモラシするの」

「ま、待って、待って流斗」

 ぼくは慌てて其れを止める。

「すげーな流、どうやったんだ」

 昴星の問いに、才斗が答えた。「声掛けられて振り向いた途端、逃げようとしたから、流斗が追いかけてって飛びついて……」従弟の暴走を止められなかった才斗は溜め息を吐く。「あんたたちが出てきたっておさまりゃしないし、余計ややこしくなりそうだから出てくるなって行ったのに」ぼくらに、恨みがましいような視線を送る。

「流斗、ちょっと、本当にストップ」

 さすがにぼくが抱え上げると、大人しくなる。先森遍はげほげほと噎せて涙目である。もう逃げようという気はないらしい。

「えへへ、お兄ちゃん、ぼくえらい?」

 流斗は昴星や才斗の役に立てたことを心から誇らしく思って居るらしい。ぼくが頷いて彼を下ろし、髪を撫ぜてあげる。嬉しそうに微笑んでぼくの掌を受ける流斗は、とてもこんな思い切ったことが出来るようには見えないけれど、……まあ、フリチンで外遊びが出来るぐらい、度胸のある子なんだよな……。

「ねえ、……先森……、遍くん」

 ぼくはようやく身を起こした少年の傍らに膝を付いた。いかにも素直でなさそうな、向こう気の強そうな顔をしてぼくを睨み返す。

「このところずっと、この辺りをうろついて、子供たちに声を掛けて回っていたらしいね? ……一体、どういうつもり?」

 先森遍は返事をしない。ただ不貞腐れたようにぼくから顔を背けている。

「素直に言っちまった方がいーんじゃねー?」

 昴星がポケットに手を突っ込んで、意地悪全開。「アマネくんの恥ずかしいとこ、このおにーさんに見せちゃってもいいんだぜー?」

「なっ……」

 遍はさっと青褪めるが、しかし、苦しげに口を噤む。其処には尋常ではない量の思いが篭もっているように、ぼくの目には見えた。

 ぼくは溜め息を吐く。

「昴星たち、ちょっと、外しててもらっていいかい?」

 ぼくは三人の子供たちを見渡して言った。「えー」と昴星も流斗も不平そうに声を上げたが、才斗がぽんと肩を叩く。「流斗、オシッコしたいんじゃなかったのか」と言って、……流斗がオモラシをするのではないかとひやりとしたが、流斗は従兄の言葉に素直に頷くと、ぱたぱたとトイレに走って行った。まだ未練のあるような昴星の背中を押して、才斗が行く。

 ぼくは改めて、不貞腐れたような先森遍の顔に目を向けた。

「君はあの子たちを探して回ってたんでしょう」

 反射的に、彼はぼくの顔を見てしまった。

「……あの子たちが、君のオモラシするところを、動画で撮ったりしたから?」

 先森遍は硬く唇を結んで、……こっくりと頷いた。ひとたび自分の気持ちを開いてしまったことで、雪崩のように言葉が招かれる。

「あいつら、どうかしてるよ……、おれの……っ、あんなとこ、撮って、脅してくるなんて……」

「でも、君も才斗に意地悪をしたんだよね?」

「それはっ……」

「お互いに悪いことをし合っていたって、得になることなんて何にもないよ?」

 先森遍は言葉とはぐれて、「でも、でも」と拳を震わせて、何とか言葉を紡ごうとする。「あいつらのせいで、おれはっ、学校で……」

「……学校で?」

 ゆっくりでいい。

 子供の相談に乗るスキルなんてぼくにはないけれど、こっちが訊きたいことを次々訊くだけではダメだということは何となく判っている。一つずつ、この少年から言葉を引き出してやるべきだと思った。ゆっくりでいいから。

「……覚えてないんだ」

 唇を尖らせて、また、不貞腐れたような顔をして、先森遍は言う。「覚えてないんだ、あいつらに、……恥ずかしいとこ、撮られてたなんて。……オモラシしたなんて、おれ、知らない……」

 先森遍の言葉から、事態を把握するまでには少しの時間が掛かった。けれど、どうやらこういうことらしい。

 この少年は先述の通り、才斗に対して行った意地悪の返礼を、かなりの量、受けることとなった。結果的に少年はあの三人にオモラシをさせられるという屈辱の目に遭った。のみならずその事実は、どういう仕掛けかカラクリか、彼の同級生にまで知れ渡ることとなっていたらしい。

 そればかりではない。

 これは昴星たちも知らないことであるけれど、……この少年にも、昴星同様、厄介な癖があった。この子は中学二年生の今になっても、オネショが治まらないのだと言う。

 学業成績は優秀で、良く見れば――少しばかり険があるけれど――可愛い顔をしているのに、失禁・夜尿症、ダブルの屈辱に塗れた先森遍少年の中学校生活は、さぞかし苦しいものであろうということは、ぼくにも想像できた。

 不可解なのは、この少年と昴星からさっき聴かされた事実と、いくつかの齟齬があることだが、なんにせよ其れは瑣末なことだろう。

「あいつらのせいで」

 悔しそうに顔を歪めて、先森遍は言う。「家でも学校でも、バカにされて……、ろくなことがない……」

「それで、仕返しをしようと思ったの?」

 そうだ、と遍は頷く。

 ぼくは深い溜め息を吐いた。「仕返しって言ったって、どうしようと思ったの?」

 ぎっと音の立つような視線をぼくに向けた。正直、ぼくに怒られたって困るのだけれど、まあ、気持ちは判らないでもない。

「そんなの、決まってる。あいつらの恥ずかしいところ撮って……」

「でも、それで君の学校での立場が良くなるわけではないよね? それにそんなことをしたら、昴星たちはまた君に仕返しを考えるだろうし……」そもそも、オモラシしたぐらいじゃ恥ずかしがらないよ、あの子たちは。……もちろん、そういう言葉は飲み込んだけれど。

「君が『不審者』としてこの辺の大人たちに警戒されてること、気付いてた?」

 気付いていなかったのだろう、いや、そもそも想定さえしていなかったのだろう。遍は驚いたようにぼくの顔を見た。

「……子供たちに声を掛けて回っていたね。『手伝って欲しい』って」

 遍の頬に冷たい汗が伝う。

「……多分君はほかの子供たちに、昴星たちの居場所を教えてもらおうと思ってたんじゃないかな。でも、子供たちは、……君は中学生だからね、怖いと思ってしまったんだろう。だからすぐに逃げられてしまって、昴星たちが何処に住んでいるか、情報を手に入れることは出来なかった」

 遍は、苦しげに頷く。

 聴けば、先森遍の住む家は此処から電車で三駅ほど。かつて通っていた水泳教室はこの街の外れ、ほとんど隣の駅と言ってもいいぐらいの場所にある。水泳教室の通学範囲で十分カバーできるところに遍が住んでいるということは、よくよく考えれば自然だ。「土地勘がある」「けれど地元の人間じゃない」という仮説は正しかったことが証明された。

「君がもしこれ以上、この街の子供たちに怖い思いをさせないって約束をしてくれるなら、ぼくは君を叱ろうとは思わない。君も、困っているんだろうからね」

 遍の心の中の天秤の動きが、ぼくには見えるようだった。中学二年生という多感な時期に、自分の意志で尿道を管理できないというレッテルは耐え難い苦しみが伴うだろう、昴星たちに仕返しをすることで溜飲を下げたいと彼が思うのも当然だ。

 しかし一方で、もしこの男――ぼくだ――に、例えば警察に連れて行かれるようなことになったら? 別に実害の伴う何かをしたわけではないから、せいぜいお説教程度で済まされるに決まっているけれど、それにしたって遍には嫌だろう、いや、そもそも其処まで辿り着くことは出来ないか。

「昴星、才斗、おいで」

 ぼくはトイレの影からひょっこり顔を出した三人を手招きした。流斗はちゃんと合法的なやり方でオシッコをしたらしく、ズボンは濡れていない。

「なんだよ」

 ポケットに手を突っ込んだ昴星からぷいと目を逸らして憮然とする遍の代わりに、ぼくは言った。

「君たちの携帯電話に入ってる、この子の見られたくないような、恥ずかしいもの、全部消してあげて」

 昴星と才斗が顔を見合わせるが、ぼくは続けた。

「もう、十分気が済んだでしょう? それに、その、写真か動画か判らないけど、もう見ることだってないんだし……」

 自分たちがされて嫌だと思うことは、人に対してもするべきじゃない。そういうことは、……別にオモラシを撮られて困るところのない流斗にだって判るはずだ。

 少しの沈黙があった。けれど、才斗がまず、ぼくに携帯電話を差し出す。遅れて流斗も、そして最後に昴星も。

「開くよ?」

 三人の同意を得てから、データフォルダを開く。まず昴星のものからだ。今年の夏と、去年の秋、二度に渡ってこの子たちが撮ったという写真とムービーの類、一つひとつ、

「どうして、あんなことしたんだ? おれがアマネくんのパンツのゴム切ったから?」

 昴星が立ったまま訊く。遍は答えない。ぼくはこの意地の強い男の子の「恥ずかしい姿」に興味がないわけではなかったけれど、黙々と一つずつ消していく。

「……知らない」

「知らないってことねーだろ」

「知らないんだ。……覚えてない」

 さすがに昴星もかちんと来たらしい。「おまえなあ」と声を上げかけたところで昴星の分が終わった。ぼくから携帯を受け取って、ぐっと言葉を堪える。

 先森遍は言う。

「……何も、覚えてないんだ……、本当に。あの頃のこと、思い出そうとすると、頭ぐしゃぐしゃになって……、ある日学校に行ったら、みんながおれの……、おまえたちが撮ったやつを、持ってて……」

 悔しさがぶり返したように顔を歪め、搾り出す。「おまえたち……、一体、どこでどうやってあんなの……!」

「覚えてないのか……?」

 才斗は毒気を抜かれたような顔だ。ぼくは、昴星に比べればずっと枚数の少ない才斗の携帯電話からデータを削除していく。それはすぐ終わった。彼の携帯電話には、恋人の可愛らしい姿がびっくりするほどたくさん収められているばかりだ。「あんたは、おれたちの……、こと、盗撮、してたんじゃないか……、だから」

「盗撮……?」

 最後に、流斗のものを受け取る。「ぼくの、これだけ」と言うとおり、撮影日時ごとに几帳面にフォルダ分けされた一群の中、去年の秋と今年の日付のフォルダに何枚か、目の前の少年の姿があった。それをまた、一つずつ消していく。消去の後にこっそり見せてもらった限りでは流斗、一週間に二つずつぐらいフォルダを作っていて、そのほとんどが自分自身の野外でのオモラシ遊びの記録。これでは才斗の気が休まることはないに違いない。

「してたじゃんか、おれと才斗がさ、せっ」

 才斗が昴星の口を塞ぐ。才斗は信じられないという思いを表情一面に浮かべて、「まさか……、本当に? 去年の十一月に、あんたはこの街に来て、……おれたちを盗撮した。それをネタに、脅してきた……」

 同じ表情を浮かべて、先森遍も首を振る。

 流斗に携帯電話を返して、「よく判らないけど……」とぼくは屈んだまま言った。

「何かの誤解もあったかもしれない、……そういうことだよね?」

 ぼくの声なんて届いていないかのように、遍は何度も首を振っていた。「おれは……、おれは盗撮なんかしてない、……そんなの……」

 どうやら、記憶がずいぶん混乱しているらしい。中学二年生と言えばホルモンのバランスも乱れて、貧血を起こしやすくなったりする。成長期特有のそういう症状かとも思うが、それにしては「全く何も覚えていない」と言い張るのは奇妙な気もする。

「……ぼくたちが、女の子二人と一緒にアマネくんのことオモラシさせたり、射精させたりしたことも覚えてないの?」

「……しゃせい……?」

「ぼく、アマネくんのおちんちんしゃぶって気持ちよくしてあげたのに……、わすれちゃったの? アマネくんぼくのお顔のまえでオシッコして、ぼくそれ飲んであげたんだよ?」

 何てことを……。

「そんなの……!」

 遍は恐ろしいことを耳にしたように、自らの身体をぎゅっと抱き締めて震える。流斗は何でもないことを口にしただけと思っているように、「だから、今日もアマネくんのオシッコ飲ませてもらえるかなって思ったのに」と残念そうに言う。

 部外者であり、傍観者に過ぎないけれど、先森遍が昴星たちを盗撮したこと、あべこべに、自分のオモラシを撮影されたこと、そのどちらをも覚えていないのだとすれば、ぼくが挙げられる可能性はいくつかあるように思われる。けれど、其れを一つひとつ精査していく必要はもうないだろう。

 それより何より重要だと思われるのは、

「この子は、学校の同級生にオモラシしてるとこ見られちゃったらしいんだ」

 ということ。

「へー」

 という淡白な昴星の反応、無言ながら少し堪えたような才斗の反応。

「ぼくなんて、いっつも学校でオモラシしてるよ。でもって、同じクラスの女の子の前でパンツ換えるから、おちんちんもお尻もいっつも見られてるよ」

 流斗の場合は、少し、……少しじゃないか、とにかく、特殊である。

 とにかく、遍が自分の記憶のない中で行った悪事を理由に、昴星たちから報復を受け、そのせいで苦しい中学校生活を送っているということは、シンプルに可哀相だと言うべきだ。と言って、ぼくに何が出来るかと言われても困るのだけれど。

「じゃー、なに、アマネくんはオモラシすんの恥ずかしいって思ってんの?」

 ポケットに手を突っ込んだまま、へらへら笑って訊いた昴星に、才斗とぼく、そして遍の視線が集中した。

「当たり前だろ!」

 遍が声を上げるが、昴星は平然と肩を竦めて、「そうかなー? 流おまえ、オモラシすんの恥ずかしい?」と流に訊く。

「ぜんぜん」

「だろ? おれも。だってガマン出来なくなってしちゃうんだからしょーがねーじゃん」

 それは、本当に、ごくレアなケースなのだ。才斗も同じ思いでいる、……いや、才斗の方が――何せ自分の恋人のことだ――ぼくよりずっとハラハラしているに決まっている。

「教えてやろっか」

 遍の傍らにしゃがんで、昴星は言う。「おれも、オネショしてるよ、しょっちゅう。この分だとアマネくんみてーに中学上がってもまだオネショしちゃうんじゃねーかな」

「昴星っ……」

 サイトが声を上げた。え……、と遍が驚いたように昴星の顔を見る。毒気を抜かれたような表情になっている。

「おれんち、親ほとんど家にいねーからさ、オネショしたあとの布団の始末とかも全部自分ですんだぜ。でもさ、布団そのものは換えられないだろ? だから、シーツ外すとオシッコのあといっぱいついててさ。だから、才斗とか流とか、おれのこと知ってるやつならいいけど、知らないやつが家に来たときには、絶対布団の傍には来させないんだ」

 それは、人並みに自分の癖を恥ずかしいと思う昴星の生の声だと思った。よくよく考えてみれば昴星だって、自分のオネショやオモラシが人に知れ渡るようなことになったら恥ずかしいと感じるに違いないのだ。

「だからさー、アマネくんはおれとお揃いなんだよ」

 ひひひ、と、やや意地悪そうに見える、けれどそれ以上に底知れない笑みを昴星は浮かべた。

「オネショしちゃうのも、オモラシしちゃうのも、おれとお揃い。おれもさ、学校でオモラシしたことあって、そりゃ、最初は恥ずかしいって思ったけどさ、でも、堂々としてたら段々大丈夫になったよ。考えてみりゃさ、オシッコなんて誰だって出るじゃん。それのさ、出す場所ちょっと間違ったぐらいでうじうじ悩んでんの、バカみたいじゃん。だからアマネくんも開き直っちゃえばいいんだ」

 そういう勇気を、誰しもが手に入れられるわけではない。

 ぼくはそう言い掛けたけど、黙っていた。

「そうだよ」

 と流斗が同意する。「してるうちに、だんだん気持ちよくなってくるよ、きっと」

 流斗、と才斗が短く従弟を叱った。

「アマネくん、こっち」

 昴星が遍の手を取って、立ち上がらせる。「付いて来いよ。いいもん見してやるから」

 才斗は、嫌な予感しかしないだろう。けれど、それが自分の責任だと思っているからか、何も言わずに付いていく。

 流斗は、わくわくと踊るような足取りで。

 ……ぼくも付いていくべきなんだろうな。溜め息を吐いて、昴星が遍を連れて行ったトイレへと向かう。ぼくが辿り着いたとき、昴星は個室の中央に立って、呆気に取られる遍の見ている前で、ハーフパンツを脱いでいた。「おにーさん、持ってて」とぼくにそれを放る。

 今日の昴星が穿いているのは、普段通りの白ブリーフだ。ただ、中央に隠しようのない染みが付いている。口を開けた遍の視線は、その場所に釘付けになっていた。

 正直、そういうブリーフ、……もう何度見たかも判らないけれど、見るだけで、やっぱりぼくの下半身は反応しそうになる。

「アマネくん、見てろよー」

 シャツを捲り上げて、昴星は首を傾げる。「おれ、これからオモラシして見せるよ」

「な、何……っ」

「だって、おれオモラシすんの全然平気だもん。アマネくんに見られてたって恥ずかしくねーし」

 昴星はまるで何の衒いもなく笑っている。遍にはそんな昴星が、却って手に負えないほど大きく見えるに違いない。……だって、遍はオモラシやオネショのことを、心の底から恥じて、悩んでいる。けれど彼の目の前の少年は――彼にそういう類の恥を背負わせた少年は――何も恥ずかしいことではないと言うように、「オモラシして見せる」と宣言したのだ。

 そういう昴星の意図を、恐らく、流斗も、そして才斗も判っている。ぼくも想像する。判っていないのは、遍だけだ。オモラシという行為を人並みに「恥ずかしい」と定義する、真っ当な神経を持ち合わせた遍だけ。

「昴兄ちゃん、起きてるのにオネショするの?」

 流斗が訊く。

「おう。おまえだってしょっちゅうしてんじゃん」

 流斗は「えへへ」と笑う。

「オネショは、昴兄ちゃんのほうがいっぱいするよ。今朝だって、ぼくお泊りして、いっしょのお布団で寝たんだけど、昴兄ちゃんのベッド、オシッコのあといっぱいついてたし……」

 才斗が、……そう、驚くべきことに才斗が、言ったのだ。「それに、今朝もした」

 ひひひ、と昴星は照れ臭そうに笑う。遍が信じられないように、才斗に視線で縋った。才斗は無言で頷く。

「こいつは、しょっちゅうオモラシするし、オネショするし、……でも、あんたみたいに悩んだりはしない」

「だって、ガマンできなくなっちゃうんだもん、しょうがねーじゃん」

「ガマンするの、身体に悪いって教わったよ?」

「そうそう。どーせさ、オシッコなんてみんな出るもんじゃん? それをさ、具合悪くなってまでガマンすんのバカみてーじゃん。それにさ、オシッコガマンしてんのだって恥ずかしいことみてーに思われんならさ、漏らして楽になっちゃったほうがずっといいじゃん。なあ?」

「うん、だからぼく、学校でね、授業のとき、オシッコしたくなったらちゃんと言うけど、ときどき言うののほうが恥ずかしい気がして、そのままオモラシしちゃうことある」

 アマネ兄ちゃんに見せてあげる。「アマネ兄ちゃん」と流斗は言った。其れは多分、この少年が昴星に従い、遍に気を許した証拠であるのだろう。流斗はハーフパンツを下ろして、か細い陰茎を遍に見せた。

「ぼくのおちんちん。学校でね、女の子にもいっぱい見られちゃったけど、もう恥ずかしくないよー。だって、男の子にはみんな同じものがついてるんだもん」

 昴星も流斗も、自分たちが失禁という行為に欲情しているのだという事実は伏せていた。なるほどそれは、確かにいまの遍には必要のないことだ。大事なのはそれが――遍がそうであるように――必要以上に思い悩み、苦しみへと発展させ、わざわざ出向いてまで恨みを晴らそうとするほどのことではないと、知らせること。

 だって、パンツをオシッコで濡らすだけのことじゃないか。

 と、……まあ、現実問題ぼくはそうあっさりとは考えられないけれど、昴星にしろ流斗にしろ、そういう考えに基づいているからこそ、ああまで楽にオシッコを漏らせるわけだ。

「昴兄ちゃんオモラシするなら、ぼくもしちゃおうかな……」

 流斗はさっきオシッコをしたばっかりじゃないのか。思わず問い掛けて、才斗がぼくを見て首を振った。……つまり、さっきはしなかったのだ。まだその膀胱にオシッコを溜め込んでいるのだ。

「じゃあ、一緒にさ、アマネくんにオモラシなんてどうってことないってとこ、見せてやろうぜ」

「うん」

 流斗も下はパンツ一丁になった。便器の右に昴星、左に流斗、……それぞれのブリーフに黄ばみが付いていることも、遍にはもう見えているはずだ。

「アマネ兄ちゃんも一緒にする?」

 流斗が微笑んで訊く声に、昴星も同調する。

「あー、それいいな! アマネくんオモラシすんのまだ慣れてねーから恥ずかしいんだよ。おれらみてーにさ、当たり前になっちゃったら何も恥ずかしいことなんかねーじゃん」

 才斗、と昴星の声に、名を呼ばれた恋人はぴくりと一瞬のためらいを見せる。しかし、この忠実なる恋人は結局、身動きの取れない遍のベルトに後ろから手を掛けた。

「な、っ、や、やめろっ、離せっ」

「こいつらの機嫌のいいうちに素直に言うこと聴いといた方がいい」

 才斗は冷たい声で遍の抗いを押し止める。「でないと、こいつら、またあんたの恥ずかしいとこ撮るとか言い出す」

 遍は身を凍りつかせた。

「ひでーなー、おれらそんな意地悪しねーぞ」

「そうだよー、だってアマネ兄ちゃんも、ぼくたちとおんなじだもん」

 おんなじ。……自分のブリーフを自分のオシッコで汚してしまうという病症とさえ言える、確かに「おんなじ」だ。同病相哀れむという言葉があるけれど、哀れむどころか歓迎しているような流斗の言葉は、この少年たちがいかに尋常ならざるものかということをよく証明しているようにぼくは思う。

 ……で、そんなことを「思う」ぼくは何をしているのかと言えば、二人の少年が思いつき、才斗を使役して行われんとするこの禊というか、和解調停式に同席して、何もしていない。いや、遍と昴星を説得して、仲直りさせようとしている時点で、ぼくは「立会人」と呼ばれるべき存在なのかもしれない。

 やりかたが正しいかどうかということは、判らない。……というかまあ、概ね誤っているだろうと思う。

 けれど、これを経て、遍の悩みが少しでも軽減されればいいとは思うんだ。やっぱり、健全、……かどうかは判らないけれど、青少年が悩み苦しむというのは悲しいことだ。そういう傷を癒すために、ぼくが少しでも役に立てるのならば。

「えへへ、ぼくもう出てきちゃった」

 シャツを捲り上げてブリーフを露出させる流斗が、せせらぎの音を個室の中に響き渡らせながら、其処に染みを付けていく。……あの小川では大量の水分摂取によってほとんど透明だったオシッコは、もう色を取り戻して、ブリーフに染み込み広がる段階からはっきりと黄色いことが判る。

「お、じゃーおれも出そうかなー」

 弟分に先を越された昴星も、自らの膀胱に溜まった尿の解放を始めた。才斗が極めて馬鹿らしいと言うように顔を背け、個室の外に出た。見張りをしてくれるつもりもあるのだろうけれど、彼の鼻は昴星のオシッコの匂いにとりわけ敏感に反応するらしいから、……遍の前でそういう自分を見せたくはないに決まっている、単に自分を隠すために、匂いの届かない場所へ逃げたと見るのが正解だろう。

 元々あまり芳しい匂いのするわけではなかった個室の中を、少年二人のオシッコがぐんぐんと支配していく。これだけ何度も二人のオシッコの匂いを嗅いでいるから、ぼくにももう、二人の匂いの差というものが、こうして傍で立っているだけでも嗅ぎ分けられるようになっている。遍にとっては、どちらも「臭い」という一言で片付けられるに決まっているが。

「ひひ、全部出た」

 びしょ濡れブリーフ姿を遍に見せているのに、昴星は全く恥じらう素振りも見せない。

「ね、アマネ兄ちゃんも一緒にしよ? きもちいいよ?」

 流斗も、甘えた声で言う。

 アマネは顔を引き攣らせて、ぼくに救いを求める目を向ける。とは言え、ぼくにしたって同類項。けれど少年の目にはぼくだけはまともな大人であるように見えるのかもしれない。

 残念ながら、

「……仲直りのしるしになるなら、君もしたほうがいいんじゃない?」

 ぼくが言うのは、そういうことだ。「ズボン濡らしちゃったら帰れないでしょう? パンツは、……昴星の替えの、ちょっときついかもしれないけどまだ汚れてないのがあるから、それを穿いて帰ればいい」

「ぼくのもあるよ」

 流斗は言ったが、「流斗のだと、小さすぎて入らないよ」と窘める。

「ほら、アマネくん早くズボン脱いじゃえよー。それともズボン穿いたまま漏らしてーのか?」

 昴星が意地悪く言いながら、遍のベルトに手をかける。遍の中にあるのは得体の知れない少年二人に対する恐怖しかないだろう……。しもの緩い子であれば、この状況だけで失禁してしまってもおかしくないかもしれない。昴星がベルトを緩め、流斗がズボンのジッパーを下ろしても、「やめてよ、……やめてよぉ」遍はもう、眼に涙を浮かべて、せめて体面を整えるためだけに弱々しい抗いを口にするぐらいしか出来ない。哀れっぽいその声は、遍に欲情するわけでもないぼくの耳にも少し反応せしめるものがあるようだった。

「お、アマネくんもおそろいだ」

 昴星が遍の下着を見て言う。確かに、その歳の少年としては珍しいことに、先森遍はブリーフを穿いていた。ウエストゴムは黒、引き締まったフォルムの少年下着のふくらみの部分は布地がたわんでいて、濡れて吸い付くような昴星のペニスがくっきりと大きくなっているのとは対象的で、その中で怯えて縮こまっているのも明らかだ。流斗が遍のズボンから足を抜いて、「じゃあ、オモラシしたらもっとおそろいだよ」と嬉しそうに笑う。

 ぼくは遍のズボンを流斗から受け取る。しゃれたシルバーのウォレットチェーンなんか付けていて、そういう子が、これからオモラシをするのだという事実が、何だかとても愛らしいことのように思えてならない。

 昴星は何の遠慮もなく遍のブリーフの前を握った。

「ひゃ」

「ほら、早く出しちゃえよ。仲直りすんだろー?」

 ひひひ、と凶悪な笑い声を立てて昴星は遍のブリーフの前をぐにぐにと揉みしだく。流斗は顔の高さで其れを見ながら、「はやくっ、はやくっ」と無邪気にせがむ。

「お」

 昴星がその手を止めて、離した。

 遍の膝が微かに震えている。その薄く開いた唇がわななき、息を漏らす。

 既に二種類の匂いで満ちていた個室の中に、新たなエッセンスが加わっていく。

「わー、アマネ兄ちゃんのオシッコだぁ……」

 流斗は嬉しそうにブリーフに顔を近付けて、ぼくを振り返った。「ね、お兄ちゃん、アマネ兄ちゃんオモラシしてるよー」

 ぼくは頷いて、「二人とお揃いだね。……これでもう、三人とも恥ずかしい秘密をしっかり握り合った。もう友達だ」と総括した。

「アマネくん、やっぱガマンしてたんじゃん、すっげーいっぱい出てる。超きもちぃだろ?」

 昴星は満足そうに笑って、遍が最後の一滴まで搾り出し、ぶるると身体を震わせるにいたっては背伸びをして馴れ馴れしく肩を組んで、

「な、おにーさん、アマネくんのケータイで記念写真撮ってよ」

 とぼくに強請る。

「記念写真?」

「そー。オモラシすんのアマネくんだけじゃなくって、おれも流も。三人で一緒にオモラシして、これ、みんなには絶対ナイショっていう記念写真!」

 な、と遍に同意を求める。「アマネくんのオモラシ写真さ、おれらが持ってて、それでアマネくんが心配しなきゃなんなかったんなら、おれたちの恥ずかしいとこも一緒に映ってんのアマネくんが持ってるのが平等だろ? でもって、アマネくんはその写真をさ、誰かに見したりしねーだろーしさ」

 遍自身のオモラシがばっちり映っているのだ、当然と言えば当然だろう。

  ぼくが遍のズボンのポケットからストラップつきの携帯電話を取り出すのを待たず、流斗も遍の胸に両手を回して抱き着く、昴星はピースサインを送る、遍は、茫然自失、泣いてはいないけれど、目は潤んでいる。

「ほらぁ、アマネ兄ちゃん笑って笑ってー」

 流斗がそう甘えて催促しても、ぼくがシャッターを二枚切る間、遍は泣くのを堪えるのがやっとといった表情を浮かべたままだった。まあ、無理もない。いま彼の身に起こっているのは、彼の常識からすれば大きく出外れた、「異常な」行為なのだ。その異常な行為を、昴星にしても流斗にしても心から楽しそうにしているのだから、彼はもうほとんど爪先から頭のてっぺんまでパニックの中にいるような状態に違いない。

「ね、昴兄ちゃん、三人でおちんちんの見せあいっこしようよ」

 流斗が言い、「おー、いいなー、どーせパンツ脱がなきゃ帰れねーし、恥ずかしいとこ全部見せ合っちゃおうぜ」昴星ももちろん同意する。昴星も流斗も、ちらちらとぼくに目を送る。意味を計りかねていたが、

「三人でさ、ちんこも記念写真」

 と焦れたように昴星がヒントをくれたから、やっと飲み込めた。

「お兄ちゃん持ってたら、ぼくたちの恥ずかしいのもアマネ兄ちゃんの恥ずかしいのも、誰にも見せないでナイショになるでしょ?」

 そりゃそうだ、誰にも見せられない。流斗も昴星も、さっさとブリーフを太腿まで下ろして、……流斗は足元まで下ろしてしまって、

「したらさ、アマネくんもパンツ脱ごうぜ」

「オモラシパンツいつまでもはいてたらヘンだよー」

 年長者であるところの遍のブリーフを両側から脱がしにかかる。

「や……、や、だっ……」

 遍のささやかな抗いはごく虚しい響きに過ぎない。ブリーフのウエストのゴムのガードはとても甘く、年下の少年二人の指でも簡単に太腿までずり下ろされてしまう。そもそも抗うための両腕だって、左右の二人に押さえられているのである。

 ふるん、と中学二年生にしては未発達な遍の陰部がぼくの前に晒された。

「ひひ、アマネくんちんこ縮こまってら」

「でも、ほんのちょびっとだけ毛が生えてるよ。大人と子供のおちんちんの、ちょうどまんなかぐらい」

 流斗の言うとおり、遍のペニスの根元には薄い発毛が始まっていた。なるほど、もう性毛が芽吹いているのに、いまだオネショが治らないというのは少年にとってはことのほかショッキングなことだろう。ぼくは同情を抱きつつ、下半身を露出させた三人の写真を手早く収めて、

「これで、みんな仲良く出来るよね。……遍、いい? もう仕返しをしようなんて思ってはいけないよ」

 中央の少年に訊く。遍は目に涙を浮かべて、震えながら、それでも確かに頷いた。昴星と流斗がオモラシの快感に塗れて勃起しているなか、発毛しているとは言え遍のおちんちんは縮こまり皮を被り、色も白っぽい。その小ささが一層目立つような写真になってしまった。

「昴星も流斗も、だよ。これでみんな仲直り。もう遍を傷つけるようなことをしちゃダメだ」

「はーい、わかったよ」

 昴星はごく素直だ。流斗も頷くが、「じゃあ、ぼく、アマネ兄ちゃんともっと仲良しするー」

 そう微笑んで、オシッコで濡れた遍のペニスを平気で摘む。急所を掴まれた遍はビクンと震え、救いを求めるような目でぼくを見たが、

「仲良く、ね」

 ぼくは遍に頷き返すだけだ。

 流斗の左手は遍のブリーフをいとおしむように撫ぜる。「アマネ兄ちゃんのオシッコ、すっごい色濃いね……、まだ乾いてないのに真っ黄色」遍のブリーフの濡れ染みが昴星と流斗よりも色が濃いのは、間違いなくオシッコが彼の身体に長い時間滞留していたということを示す。乾いたらレモンジュースどころか焙じ茶でも零したみたいになってしまうんだろう。

「な、なに、するんだよっ、やめろよ……!」

 恐ろしい予感に、遍は震える。ぼくが何の頼りにもならないということは、もういい加減理解してもいいはずなのに、彼は何度もぼくを見る。流斗と見比べて、その視線の何往復目かに、

「うあ」

 流斗がぱくんと遍のペニスを口に含んだ。

 信じられないものを見ている目だった。丸裸の驚きを両眼に満たして、遍は流斗がしている行為の意味を、それでも必死に探ろうとしているみたいに見える。「フェラチオ」という単語ぐらいは、遍も知っているだろう。けれど、それを彼の身に対して行う者があるとすれば、「女の子に限られる」ということを、無意識のうちに彼は信じていたはずだ。

 昴星にしろ流斗にしろ、そして才斗にしろ、……ぼくにしたって、そういう常識の埒外にいる。居ようと思ったわけでもないのに、ほとんど自然な脚運びでそういう場所に居る。ぼくたちはどう足掻こうとも「同性愛者」なので、そういう自意識のない遍には各種の不気味さ恐ろしさを取り揃えて見せることが出来てしまうのだ。

「あは、アマネ兄ちゃんのおちんちん、しょっぱくっておいしい」

 流斗は遍の陰茎へ嬉しそうに舌先を這わせながら囁く。「へー」と昴星が興味を抱いたような声を上げる。臭いに対しては才斗、味に対しては昴星、流斗は二人の嗜好を折半しているような子だから、プロフェッショナルという意味では昴星になる。

「うん、おいしいと思うよ。昴兄ちゃんも見てみてよ」

 おう、と昴星は流斗の隣に屈み、すんすんと嗅いで、「すげーくせー」と笑ってから、何の躊躇いもなく遍の性器を口に含んだ。「んー……」と考え込むようにしばらく動きを止めて口の中で舌を動かしている気配だ。遍は頬を赤らめ呆然としたまま、ぴくん、ぴくんと身を震わせるばかりだ。

 ぽん、と昴星の口から遍のペニスが跳ねた。もう、勃起している。

「アマネくんのオシッコ、色も臭いも濃いけど味はあっさりめだな。でもって、なんだろ、しょっぱいのが強い。流のとかは割とさ、しょっぱいんだけど何となくまるっこいしょっぱさなんだよな」

 角が取れた味という意味だろう、それは――一応、流斗のオシッコの味を今日知ったぼくとしても――判る。一方で昴星は、臭いも濃ければ味も濃いという印象だ。オシッコって、膀胱での滞留時間に応じて臭いや味の濃さが変わるようにぼくは思っている。ほら、水飲みすぎて頻尿のときは透明になるでしょう。だけど昴星のは、頻尿状態の過敏な膀胱であってもどこからか濃厚な臭いと味を抽出してくる。もちろんそれが悪いとは言わない、昴星は、そういうところが可愛いのだから。

「いいオシッコなんじゃね? でもって、いいちんこだと思うよ、アマネくんの」

 昴星は親しみを込めた笑顔で遍を見上げる。遍は賞賛の言葉が届いていないような顔をしている。昴星はすぐにまた、遍のペニスに興味を戻して、「皮剥けんの? ……おー、おれよりぜんぜん下のほうまでいくじゃん、やっぱ中学生になるとちんこも大人になんだなー」そんな独り言を呟きながら、時折亀頭を舐める。舐められるたびに、遍は声を堪えるように口に手を当てて震える。その仕草は単純に、愛らしいものだ。

 流斗も茎を舐めて、

「毛も生えてて、皮も向けて、それに、アマネにいちゃんおちんちんおっきぃね、ぼくたちよりぜんぜんおっきい、だからやっぱりぼくたちよりずっと大人のおちんちんなんだねぇ」

 感心したように言う。

「じゃー、おれもアマネくんぐらいになってもさ、オネショしてて平気かなー」

「昴兄ちゃんのおちんちん、アマネ兄ちゃんと同い年になってもこんなおっきくならないかもしれないよ?」

「……かなぁ」

 流斗は毒のない笑顔で「ぼくは昴兄ちゃんのおちんちん可愛くって好きだよ」と付け加えた。

 勃起した自分のペニスをキャンディバーのように代わる代わる舐める年下の二人を、呆然とただ眺めるだけの遍にぼくは声を掛けた。

「気持ちいい?」

 遍は答えない。ただもう、二人への怨恨の感情が理性と一緒に吹っ飛んでしまったような顔である。

「これが、昴星と流斗なりの、君へのつぐないなんだよ。君に嫌な思いをさせてしまった分だけ、君のことを気持ちよくしてあげようとしている……。だから君は、二人に任せきって気持ちよくなるといい。射精は出来るんでしょ?」

「出来るよ。な?」

 昴星が代わりに答える。「ぼくたち二人でおしおきしてあげたとき、アマネくんびゅっびゅーっていっぱいせーし出してたもんね」と流斗も同意した。

「で、もっ……」

 やっとのことで遍が声を絞り出す。「こんなのっ……、男同士で……っ」

「いーじゃん、気持ちよけりゃ何だって」

 昴星は、はむ、と遍の玉袋を咥えてから言った。

「だってさ、おれ、オモラシすんのだって気持ちぃし、男同士でもちんこしゃぶってもらえたら気持ちぃから好きだよ。つまんねーこと気にしてさ、気持ちぃのなくなっちまうのもったいねーじゃん?」

 そして再び先端へ戻る。「お、アマネくんガマン汁出て来てる。……流、おれアマネくんのおつゆ飲んでいい?」

「うん、でもせーしは半分こだよ? ……アマネくん、オシッコするのとおんなじだよ」

 美味しそうに遍の腺液を舐る昴星から、流斗が言葉を引き継いだ。

「オシッコするのって気持ちいいでしょ? でも、でも、服着てるから、パンツ濡れちゃうから、みんな見てるからってガマンするのはつらいよね。……そういうこと全部忘れて、思いっきりオシッコしちゃうのってすごく気持ちいい。ガマンしてガマンしてガマン出来なくなっちゃったときにオモラシしちゃって、恥ずかしいのに、でもオシッコできてよかった、気持ちよくなれてよかったって、アマネくんも思うでしょ?」

 何がどう「オシッコとおんなじ」なのか、傍で聴いてるぼくには今ひとつ納得し難かったけれど、……まあ、小さなこと気にしないで気持ちよくなっちゃうのが幸せ、というのは判る。判るけど、それって小さなことかどうかは精査の必要がある。

「だからね、アマネ兄ちゃんは、ぼくたちが男の子かどうかは考えないで、おちんちん気持ちよくなることだけ考えてればいいの。気持ちよくなるのはアマネ兄ちゃんも好きでしょ? ……そのうちね、アマネ兄ちゃんにもっと気持ちよくなる方法教えてあげる。オモラシしたり、お外でおちんちん出したり、うんちするとこ見てもらったり……、気持ちよくなる方法って、アマネ兄ちゃんが思ってるよりもいっぱいあるんだよー」

 昴星が遍をフェラチオでいかせる前に其処まで言い切った。言葉には澱みなんてほとんどなくて、それはつまり、流斗がそういうことを常日頃考え、自分の中で理論として打ち立てていることの証である。小学四年生でそんなことを考えるのか。本当だったらもっと別のことに興味を持ちなさいと言ってあげなくてはいけないところだけど、この子はこの点さえ除けば非の打ち所のない優等生である。

「ね、だから、いまはぼくたちのお口でいっぱい気持ちよくなってね?」

 遍の表情から限界の近いことを読み取ったのだろう。そう言い渡して、流斗は遍の茎を横咥えにする。先端はきっちりと昴星が押さえている。

 快楽を拒むような、

「う……、ッぐ、ぅっ……」

 射精することを己に禁じるような、悲痛な声。けれど不可逆的な力によって遍のペニスから昴星の口へ、精液は迸る。それに罪悪感が伴えば伴うほど、遍が感じる快感は強烈なものになる……。

「んぶ」

 昴星が口いっぱいに放たれた精液を零さず吸い取り、すぐさま流斗にキスをする。「んぅ……ン……」流斗は嬉しそうに、ついさっきまで友達でも何でもなかった少年の精液を昴星の口から受け取る。

「ひひ……、アマネくんすっげー濃いの、いっぱい出したな」

 先に飲み込んだ昴星の浮かべる笑顔は晴れ晴れとしている。望むと望まざるとに拠らず射精を遂げた遍の顔は頬が赤くて頭の中は真っ白、「おいしい……」流斗もうっとりと感想を述べる。

 形はどうあれ、喧嘩はもうお終いだということがはっきり判る。

「アマネくんさ、さっき流が言ったみてーにさ、アマネくんが知りたいなら気持ちよくって幸せになる方法、おれたちがいっぱい教えてやるよ。もちろん、アマネくんが嫌だって言うんならいいけどさ、でも、せっかくこうやって一緒にオモラシしてさ、仲直りして、ちんこしゃぶってせーしも出してもらったし、アマネくんがクヨクヨしなくていい方法をさ、探してく手伝いしてあげたいって思うよ」

 遍のびしょ濡れブリーフを、昴星が丁寧に脱がせる。「もう乾き始めてんな、……すっげー黄色い、でもって、いい匂いだなー」湿っぽいそれに顔を当てて、ゆっくり嗅いでそう漏らす。

「昴兄ちゃん、アマネ兄ちゃんのパンツ嗅いでおちんちんピクピクしてる」

「だっていい匂いなんだもん、しょうがねーじゃん」

 昴星も流斗も、オモラシパンツのままずっと居る。昴星は立ち上がって、「おれのさー、ちんこ、ちっちゃくって恥ずかしいけど、アマネくんに見してやるよ」とパンツを太腿まで下ろして勃起したおちんちんをアマネに見せる。「ぼくのも」と流斗も倣った。遍はもちろん何も言えず、下半身裸のまま勃起を晒す二人の少年を口を開けて見ていた。

「ねえ、昴兄ちゃん、アマネ兄ちゃんのパンツぼくにも嗅がせて」

 昴星が広げた染みに鼻を当てて、「あ……、ほんとだ……、すっごいいい匂い……」

「おまえだってちんこピクピクさしてんじゃん」

「んン……、だって、ぼくこの匂い好きだもん……」

 流斗の右手はもう自分のおちんちんへ回っていた。それを見て昴星も、「ん、おれも……」と右手を動かし始める。

 自分のオシッコで汚れたブリーフでオナニーをしている二人を前に、遍は何を思うのだろう。彼の発毛のあるペニスはもうすっかり萎えていて、いい加減理性だって取り戻しつつあるはずで、しかし、リアクションらしいリアクションを取るだけの気力も湧いて来ないらしい。

「ね、アマネ兄ちゃん……」

 流斗は右手の快楽に震えた声で粘っこい視線を遍に向けて言う。「また、遊ぼうね? こうやって、一緒にオモラシして……、でもって、ぼく、アマネ兄ちゃんのパンツ欲しい。アマネ兄ちゃんと一緒にオモラシして、おちんちん気持ちよくなって、パンツの交換こしたい……」

「んぅ……、ずりぃぞ、おれも……」

 昴星の右手は勢いを増している。手元からは、おつゆのくちゅくちゅ鳴る音が響いている。「おれも、アマネくんのパンツ、欲しいし……!」

 盛んに動いていた右手が止まった。慌てたように離したけれど、上を向いた昴星のペニスはビクビクと激しく痙攣して薄い精液が流斗の太腿に引っ掛かって裏返ったブリーフの内側目掛けて飛んでいった。「あー……、すっげー……、こんな早く出ちゃった……」

「すっごい……、昴兄ちゃんのせーし、ぼくのオモラシパンツにいっぱいついちゃった……」

 流斗にとってはそれが余計に嬉しく、興奮を催させることであるらしい。一瞬だけ止まっていた右手は再び動き始めて、

「んん、ぼくも、もう出ちゃう……、ぼくも昴兄ちゃんのパンツに出したい」

「おー……、ここまで飛ばせよ、全部、おれのパンツに出しちゃえ。ひひ……、アマネくんのオシッコでオナニーして、おれのパンツにせーし漏らすんだなー」

「んぅ、ンッ……は、あはぁあン……、んっ……んぅ……ン」

 とびきり可愛らしい声を存分に上げて、流斗も射精した。目論みの通り、昴星が左手で開いて支えていたブリーフの、丁度股下のあたりに流斗の精液は注がれる。

 撮っておかなかったのが勿体無く思えるぐらいに魅力的な、少年同士の異常性愛の一幕だった。

「おにーさん、タオルある?」

 ぼくはすぐに清潔なタオルと未開栓のミネラルウォーターを取り出した。「アマネくん、ちんこ拭いてあげるよ。おれらは家すぐだからこのまんまでもいいけどさ、アマネくん電車かバス乗って帰んのにオシッコの匂いしてちゃやばいもんなー」と喋りながら、昴星は水を含ませたタオルで遍の下半身を丁寧に拭いていく。遍のブリーフは流斗の手にあって、流斗は大事そうに手に持ったそれを広げて、嗅いだり、口に含んで僅かな量のオシッコを吸い呑んだりしている。おちんちんは、相変わらず大きいままだ。

 昴星の鞄から取り出した清潔なブリーフを、遍は自分で穿いた。やっぱりちょっと窮屈で、おちんちんのふくらみはくっきり浮かび上がっている。でも、それが何だか愛らしくも見える。昴星にも流斗にもそれは同じらしい。

「アマネ兄ちゃん、ぼくたちのこと、まだ嫌い?」

 流斗は見上げてそう訊く。

 遍は困った顔をしていた。

 数十分前まで憎たらしく思っていたことは否定できないけれど、他の誰ともするはずのない行為を経た後で、しかも昴星と流斗が二人揃って遍に対しての害意を一切合財捨てたのだということが判る以上、……人間の感情は相互作用の側面を持つし、遍だってもうある程度大人の判断力を持っているだろうから、いつまでも憎んでばかりいられるはずもない。

 だから、少しの時間は要したけれど、遍は首を横に振った。

 煌くような笑顔を、流斗が浮かべる。そして遍が止める間もなく、彼の胸に抱きつく。「えへへ……、うれしいなぁ。おともだち増えるの、すっごくうれしい」

 流斗は甘えるように遍に頬を擦り付ける。

「アマネ兄ちゃんに、おともだちにしか見せないぼくの恥ずかしいとこ見せてあげる。……おともだちにしか見せないから、アマネ兄ちゃん、誰にもナイショだよ?」

 流斗が便器を跨いだ瞬間、何を始めるのかということはすぐに判った。ノーパンのままハーフパンツを上げた昴星が「あー、流それ好きだなー」と笑って、

「なー、アマネくんさ、携帯で流のこと撮ってやってよ。流がほんとに仲良しになった相手にしか見せない、うんこするとこ」

「う……、う、うんこ?」

 昴星の言葉に圧倒されて、アマネは鸚鵡返しにするだけだ。

「あのね、お外でオシッコしたり、おちんちん見せたり、オモラシしたりするけど、うんちするとこはほんとのおともだちにしか見せないんだ。アマネ兄ちゃんは今日からぼくのほんとのおともだちだから、ぼくの一番恥ずかしいとこも見せてあげる」

「流、こっち向いてさ、アマネくんにおまえのくせーうんこ出てくるとこも撮ってもらえよ」

「ん」

 こくんと恥ずかしそうに、そしてもちろん嬉しそうに頷いた流斗は立ち上がってお尻を遍に向け、昴星の肩に縋りつく。肩越しに振り返り、「アマネ兄ちゃん、ぼくの、ちゃんと撮っててね?」遍に強請る。

「撮ってあげなよ。……流斗の秘密を持ってた方が、君も安心だろ?」

 ぼくの言葉に戸惑いつつ、窮屈なブリーフを穿いた遍はぼくが彼のズボンのポケットから取り出した携帯を手渡すと、ぎこちなくカメラを構えた。

「そしたら……、出すよぉ……? ……んンー……っ」

 自分の排便のタイミングまでをもこの子がコントロール出来るとは思わない。単純に、さっき川原で出して、そろそろまた出したくなったというだけのことだろう。遍は困惑の色濃い表情を浮かべながらも、携帯のディスプレイに目を奪われている。小さくて形のいい流斗のお尻から垂れ下がる、その顔に似合わぬ太い便を見て、彼が何を思うかは判らない。

「はあぁん……」

 流斗はお尻をゆらゆらさせて、甘ったるい息を漏らす。「アマネ兄ちゃんに……、うんちするとこ見られちゃった……」

 ぽちゃん、と足元に塊が跳ねる。いつものとおり健康的で立派な塊だ。

「ひひ、流、アマネくんにちんこ見してやれよ」

「……うん……」

 昴星に言われて、流斗は便器を跨ぎなおす。昴星は後ろから流斗のことを支えながら、「さっきも言ったけどこいつさ、うんこするとことか恥ずかしいとこ見られると興奮してこんなちんこ硬くしちゃうんだぜ。ヘンタイだろー」とからかうように言う。

「んぅ、だって、うれしいもん……、アマネ兄ちゃんにぼくの恥ずかしいとこ全部見られちゃってるって思うだけで、おちんちんぴくぴくして、せつなくなっちゃうよ……」

 ちょろちょろとおちんちんにオシッコを伝わせながら、お尻の中に溜まっていた第二便を再び足の間に垂れ下がらせる。流斗はもうたまらないと言うように、オシッコの出続けている自分のおちんちんを摘んでくにゅくにゅと動かし始めた。

「ほら、オナニーしてんの。アマネくんにうんこするとこ見られながらオナニーしてんだよ。……流、きもちぃか? 幸せか?」

「んぅ、んん、しあわせぇ……っ、はずかしくってきもちぃの、だいすき……!」

 異常な性癖を持つ流斗が、例えば今より何割か可愛くなく見えたなら、遍は悲鳴を上げて逃げ出しているかもしれない。然るに――厄介なことに――流斗は実際、こんなにも可愛い。「可愛いは正義」なんていう、ぼくでさえ「頭悪い」と思えるような言い回しがあるけれど、少なくとも流斗に関してはその言葉は的を射ている。

 少年愛嗜好を持っていない人が見たって、流斗がオナニーしている様子を見たら心揺さぶられるに違いない。その足の間から、ぽちゃん、いま落ちたようなものを垂らしていたとしても、或いはそれはかえって少年を魅力的に演出することさえあるのかもしれない。ほら、芸術的な評価の高い映画って凡人には理解に苦しむ部分があったりするでしょう、でもハマり込んだらもう抜けられなくなってしまうんだよ。

 流斗で射精してしまった遍は、解ってしまうのだ。好むと好まざるとに拠らず、そういう感覚を、もう持ってしまっているのだ。

「アマネ兄ちゃん……、おちんちん……」

 流斗が昴星の助けを借りながら自分が落とした二つの塊の上にしゃがむ。二つで終わりだとぼくは思ったし、昴星も遍も思ったに違いない。けれど流斗のお尻の穴はぬちぬちと音を立ててまたこの蒸し暑い個室の中でも湯気の立つ物体を生産し始めている。

「うわ」

 流斗の両手が綺麗に白いブリーフの前に当てられて、当惑した声を遍が上げた。しかしもう、忌避の響きはない。

「アマネ兄ちゃんの、おちんちん、またちょうだい……?」

「なんだよ、うんこするとこ見てもらうだけじゃ気がすまねーのかよ」

 昴星は意地悪く笑う。普段、こんな風に流斗に悪い事をいう子ではない。流斗が其れを求めているということを悟り取るから言うのだ。

「んん、だってだって、おちんちん大好きだもん、アマネ兄ちゃんおともだちだから、いっぱいいっぱいおちんちん気持ちよくなってほしいんだもん……」

 流斗は排便を続行しながら、遍のブリーフの窓を指で開く。勃起は、さすがにしていない。けれど先程見た失禁直後のものに比べればふんわりと大きくなっているおちんちんを、流斗は大事そうに両手で包む。

「えへへ……、アマネ兄ちゃん、またぼくのお口できもちよくしてあげるね……?」

 遍はずっと気圧されたままだ。しかし流斗の口元に、彼の携帯電話のレンズは間違いなく向いている。その手も膝も震えているが、自分の性器を咥え愛撫する少年の顔が美しいという真理めいたことばかりは、その状況の彼にも理解できるらしかった。

「あふぁ……、おひんひん、おっひふなっへひはぁ……」

 たっぷりの唾液をだらしなく口から垂らす流斗の淫らな姿、ぼくも見たいなと思う。けれどぼくは昴星に流斗に遍、三人のびしょ濡れブリーフを持たされているし、此処で更に手を下したら遍に性犯罪者のレッテルを貼られてしまう、……いや、もう既に貼られているかもしれないけれど。

 とは言えぼくはさほど心配していないのだった。昴星と流斗の二人によって篭絡された遍を見れば尚更その自信は深まる。だからただ、傍観者としての立場、役割を果たしていればいい。昴星が立ち上がって、ぼくの隣に立つ。遍はうっとりと自分をフェラチオする流斗を眺めていたが、やがてぞくぞくと切ないような震えを身に走らせて、「あ、あっ……」と弱々しい声と共に、流斗の口の中へと精液を放った。その一連の所作を見ると、それなりに遍も愛らしく思える、オネショやオモラシのことでいつまでもクヨクヨしているのは、やっぱり可哀相だ。そして、

「仲良しだな、流とアマネくん」

 満足そうな昴星の言葉に、心底から頷ける。

「ん、っ、ふぅ……うん……!」

 遍の精液の味に満たされて、流斗も射精した。うるわしいとは言えないことは確かだけれど、一つの懸案が最も好ましい形に収まったことは確かだろう。雨降って地固まる。三人分のオモラシブリーフを持ち、流斗に強請られて頬を赤らめながらそのお尻を拭いてやる遍を見て、ぼくはそう思う。

「済んだか」

 いつの間にかぼくらの背後にいた才斗が草臥れた表情で声を掛ける。ぼくの手にある三枚を見て、「……どうすんですか、それ」と呆れたように溜め息を吐く。

「おー……、そうだなー、んっと、これがおれんで、アマネくんの、あと、流の。……アマネくーん」

 流斗に甘えられて困っている遍が顔を上げる。「これさ、おれと流のパンツ、持って帰っていいよ。その方が安心だろ? おれらのさ、恥ずかしいオモラシの証拠、アマネくん持ってた方が」

 そんなの、誰が要るもんか。小さく呟いた才斗の意見はもっともだが、昴星にオシッコと精液を浴びたブリーフを押し付けられて、躊躇いがちに受け取って、「……いい、のか?」と遍が心配するのは、単に二人の「私物」を譲渡されることへの遠慮からだろう。

「いいよ。今日の記念」

 遍が次に、ゆっくりと、それでも確かに「ありがとう」と頷いたとき、もう一かけらのわだかまりも三人の間に残っていないのだ。それは、多分、才斗も。

「アマネくんのパンツはどうしよっか。アマネくん持って帰る? このパンツ、アマネくん大事なやつ?」

 相変わらずすっぽんぽんの流斗が手を挙げた。「ね、アマネ兄ちゃんいらないなら、ぼく欲しいな」

「……って言ってるけど、どうする?」

 アマネは眉間に皺を寄せて、流斗を見る。「……どうして、そんなの欲しいんだ……? 汚いし、臭いし……」

「汚くって、臭いから欲しいの」

 あっさり、流斗は答える。「アマネ兄ちゃんのオシッコついてるパンツをね、一人のときにかいで、おちんちんいじったらアマネ兄ちゃんに会えないときでもアマネ兄ちゃんのこと思い出せて嬉しいから」

 そういうことを考える人間が、この世にはいるのだ。ぼくだってついこの間まで信じることは出来なかったけれど、宇宙人よりも高い確率で居てしまうのだということは、……昴星のブリーフを蒐集する才斗、遍のブリーフを求める流斗、そして、昴星と流斗からもう何枚ものブリーフを譲って貰って、大事にしまってあるぼくと揃っているのだから、遍にももう理解できるらしい。

「知らないよ、カビ生えても」

 唇を尖らせて、遍は言う。流斗は嬉しそうに、もうすっかり乾いた真ッ黄色のブリーフを裸の胸に押し抱いて、「ありがとう、大事にするね」と魂の篭もった笑顔を遍に向けた。

 

 

 

 

 遍と流斗の乗る電車の方向は同じだった。オモラシパンツを交換しあった四歳離れた二人は、ぎこちないながらも兄弟のように改札の向こうへ消えていく。さっき昴星と流斗に散々「また遊ぼう」とせがまれて、結局遍は折れてしまったから、多分、あの三人にはまた新しい物語が続いていく。才斗としては不安と無縁ではいられないにせよ、きっと穏やかで秘めやかな時間が彼らには流れていくものだろうと思う。

 才斗は遍を送らず、先に家へ帰っていった。去り際に彼は、「昴星と流斗のワガママ聴いてもらえるのは有難いですけど、……いいですか、絶対に、絶対に他の誰にも、あいつらがああいう変態だっていうことは内緒にしといてください」とぼくに言明した。約束の小指を結ぶまでもなく、当然、自ら自分の首筋に刃を当てるような真似はしない。

 で。

 ぼくの隣には昴星だけが残った。駅から離れて人通りがなくなったところで、昴星はぼくの右腕に掴まって、

「オモラシしてから拭いてねーから、おれのちんこ、すっげーオシッコくせーと思うよ?」

 いたずらっぽい笑みと共に、ぼくに言った。

 


back