お兄ちゃんみたいに優しい人じゃなかったら


 

<明日行くの、朝十一時でいい?>

<いいよ。それまでに掃除しておくよ。>

<いま仕事終わったの?>

<いや、いま駅に着いたところ。>

<そっか、じゃあ気をつけて帰ってね。おやすみー>

<うん、ありがとう。おやすみ。>

 年下の、「恋人」ではない、言うなれば「遊び友達」と遣り取りするメールを送信するたび、ぼくは自分の胸がみっともなくどきどき鳴るのを感じないわけには行かなかった。

 城址公園を抜けて帰ることにしたのは、尿意を催したからだ。

 鮒原昴星だったなら、平気で漏らしていることだろうと思う。いや、彼だってのべつまくなし場所を選ばず何処でも其処でもオシッコを漏らしているはずがないのだが、彼ぐらい奔放な考え方を持つことが出来たなら、普通に生活している限りは知ることの出来ない愉楽に出会うこともあるんだろう。

 早いもので、この道で昴星と出会ってから間もなく一週間が経過した。ぼくはショタコンの変態だけれど社会人なので、月曜から金曜までは社会に組み込まれて生活する。夏休みがあり、学校からも夕方には解放される昴星とは、そして昴星の恋人である「才斗」とは違う。そもそもぼくは、あの子の「恋人」ってわけでもない。

 だから昴星と会えるチャンスはそう多くない。つぎは明日、つまり土曜日、その日は才斗に用があって夜まで家に居ないのだそうだ。「だから、この日にまた遊びに行くよ」と前回の別れ際に言った昴星の顔を見て、ぼくはこの一週間、ずっと土曜日を待ち続けていた。

 明後日に恋焦がれ、しかし今は一先ず抱えた尿意をどうにかしたい。急ぎ足で城址公園のトイレに駆け込んで、本懐を遂げた。さすがにもう立派な大人だ、この歳になって昴星のようにオモラシしてしまうわけには行かないに決まっているだろう。

 やれやれ、と溜め息を吐く。急ぎ足で居たものだから、薄っすら汗をかいてしまった。夜になれば気温はある程度下がるけれど、公園の中は草生して湿っぽくぬるい空気が充満している。鼻に届く匂いは草いきれと黒土のそれ。ぼくが昴星と初めて出会った一週間前の夜も、この公園はこういう匂いがしていたっけ。

 もっとも、トイレの中はしんみりとアンモニアの臭いが漂っているので、深呼吸したいとは思わないけれど。どうせ排泄物の臭いを嗅ぐなら、似たように臭くてもやっぱり昴星のように可愛い子のを嗅いだ方がいいに決まってるじゃないか。

 そんな馬鹿なことを、ぼくは手を洗いながら考えていた。

「あ……」

 声がして、思わず振り返ったところに居た少年を、鮒原昴星だと一瞬勘違いしたのには明確な理由が在った。よく見れば、髪の毛は昴星のようなストレートの長髪ではないし、昴星より背も低い、顔もまるで違う。Tシャツから、半ズボンから、伸びる手足、昴星よりも華奢だ。

 それでも、彼とぼくの知る少年と、大きな共通点があることが、ぼくにそんな勘違いをさせたのだ、即ち……。

「どう、したの……?」

 その少年の穿いた半ズボンの前には、疑いようもない濡れ染みがくっきりと付いていたのだ。

 思わず声を掛けてしまったけれど、これは別に、ぼくがショタコンだからとか、このとき酔っ払っていたからとか、そういう点に理由を求められはしないだろう。真っ当な大人なら誰だって、目の前にオモラシをした少年がいることに気付いたら、声の一つや二つは掛けるべきじゃないか。責任ある大人として。

 だが、その判断は誤りだっただろうか。少年は知らない大人に声を掛けられたことに驚いたように、そして自分の姿を見られたことに困惑したように、「え、っと……」きょろきょろと辺りを見回す。蛇口から流れ続ける水を止め、子供相手に警戒を解く方法として有効とされることを実践した。しゃがんで、視線の高さを合わせたのだ。

「トイレ、間に合わなかった?」

 ぼくの姿勢が功を奏したのか、少年は恥ずかしそうにこくんと頷いた。眼の高さに近いから、少年が両手で隠すように抑える下半身から漂うオシッコの匂いはぼくの鼻にもきちんと届いた。

「そっか、困ったね」

 同意したことで、きっと少年はぼくを悪い大人ではないと思ってくれたのだろう。もじもじと頬を赤らめて、「だから……、おトイレで、ズボン、とパンツ、……オシッコまみれになっちゃったから、洗おうと思って、……ここだったら、誰もいないかなって……」言った。

「おうちは? この近く?」

 少年はふるふると首を振った。「おともだちのお兄ちゃんのとこに、泊まりに来たの」

「そっか……。じゃあ、その格好で行くのはちょっと恥ずかしいね。だから洗って乾かしてから行こうって思ったんだ?」

 こく、とまた少年は頷く。

 予め断っておきたいのは、……この時点でぼくの中に、もちろん少しも汚らわしい欲が無かったとは言わない、けれど心の大半は、困惑しきった少年に対する同情心で占められていたということ。

 確かに、昴星と出会うまでのぼくは日常の中に紛れ込む少年の陰部に特段の興味を持って生活してはいるけれど、一方でそういう自分を恥じる真っ当な部分だって持っていて、要するに社会的には間違った人間では居ないようにしようと思って行動しているのである。

「それじゃあ……、洗うの手伝ってあげようか?」

 少年はおずおずと顔を上げて、「いいの……?」と問う。三年生くらいか、とても綺麗な顔をした子だな、とぼくは思う。昴星は女の子のように愛らしい顔をしているけれど、この子は少年として美しく整った顔をしている。ふんわりとカールの掛かった髪が、まるで天使のようにも見える。

「名前は?」

「……りゅ」

 言い掛けた名前を、慌てて言い直す。「りょうた」

「何年生?」

「んと、四年生」

 年よりも幼く見える。四年生でオモラシをしてしまったのなら、きっと相当に恥ずかしいだろう。六年生でオモラシが大好きな少年を知っているけど、あの子だって慎重さを欠いてはいないはずだ。

 ぼくは「じゃあ、さっと洗っちゃおうか。此処ならきっと誰も来ないだろうから」と出来るだけ朗らかにそう促した。

 りょうたは、少し恥ずかしそうにズボンを下ろし、真っ黄色に濡れたブリーフをぼくに見せた。

「えっと……、シャツも、オシッコついちゃった……」

「りょうた」の言葉の通り、シャツの裾にも、半月型の濡れ染みが出来ている。

「そっか……、それも、洗った方がいい?」

 こっくり、りょうたは頷いた。シャツを脱いで、「そこ、入ってる……」と洗面台のすぐ後ろにある個室を指差した。

「うん、そうだね。風邪ひいちゃったらつまらないもんね……、じゃあ、ズボンとパンツも、洗ってあげるから貸して」

 りょうたは、とても素直だった。恥ずかしそうにぼくの見ている前で、濡れて脱ぎにくいズボンとブリーフを足から抜く。すぐに前を手で隠したが、細く幼いフォルムのおちんちんを一瞬、ぼくは見ることが出来た。いかにも未発達といった様子であり、色は真っ白。先にはゆったりと皮が余っているから、陰茎そのものは見た目よりもずっと短いだろう。昴星は丸っこくてころんとしているから、対照的だ。やっぱり少年のその場所にはそれぞれ個性が在って、けれど、みんな可愛いものだと改めて思った。

「じゃあ、ちょっと待っててね」

 りょうたは頷いて、おちんちんを隠したまま個室の中に隠れるが、ドアは閉めない。ぼくは背中を向けてりょうたがぐっしょりと濡らしたブリーフから洗い始めた。……心の何処かで、このブリーフ、欲しいな……、そんなことを考えてしまったことは否定しない。けれど、繰り返しになるけれどぼくは少年に対して真摯かつ紳士的な大人でいたいと願っているので、ぐっと留めてまずブリーフ、それから半ズボン、流れる水で一生懸命に洗った。一枚洗うごとに、かたく絞って水気を切る。すぐには乾かないだろう、けれど、いまが冬でなくて良かった。

「お兄さん……」

 りょうたが、心細そうな声でぼくの背中に声を掛けた。振り向くと、困ったような顔で、「うんち……」と言う。

「ん?」

「……んっと……、ぼく……、こういうおトイレでうんち、したことないの……」

「ああ……、そうなの?」

 最近では学校のトイレもほとんどが洋式便座になっていると聴いたことがある。りょうたぐらいの少年の中には、和式トイレでの排便を経験したことがない子も居るのかもしれない。

「こう……、跨いでさ、しゃがんで、……出来そう?」

 りょうたはぼくの言うとおりに屈んだが、何だか危なっかしい。だが生憎、このトイレには和式の個室が一つあるだけなのだ。「お兄さん、手伝ってよ」とりょうたに言われたとき、ぼくの内心で抑えていた虫が呻いた気がした。流水の蛇口を止めても、ぼくの身体の中を血がどうどうと流れる音は止まらない。

「えーと、じゃあ……」

 ぼくは手を拭き、りょうたと一緒に個室に入った。公園に人の気配はまるでない。近付いて来る人が居たとしても、ぼくはあくまで、可哀相な少年の世話をしてあげているだけだ……。両手でりょうたの手を握り、金隠しの後ろへ周る。ちょうど真正面からりょうたの下半身と向き合う格好だ。「手ぇ握っててあげるから、ゆっくりしゃがんでごらん?」

 ぼくがそう促すと、りょうたは恐る恐る、自分の股間を見ながら腰を下ろしていく。靴の裏は爪先だけしか付いていない。やはり最近の子供は足腰が強くないのだ。

 相対すると、りょうたの下半身からは乾いたオシッコ特有の匂いが隠しようもなく漂っているのが判る。いつも昴星のを嗅いで、その匂いにはある程度慣れた気でいたけれど、やはりいいものだと思う。相手が昴星だったら、オシッコの跡を片っ端から舐めてしまう。実際、この間そうしたら、始めはくすぐったがってばかりいたのに「ちんこもすっげーおいしいよ?」とすっかり勃起した場所への愛撫を強請った。

 もちろん、この少年に対してそんなことはしないけれど。

「出せそう?」

 ぼくが訊くと、りょうたは自身なさげに頷いて、自分の下半身に目をやる。

「……オシッコとかうんちとか、こぼしちゃったりしないかな……」

「大丈夫……、だと思うよ。もし汚しちゃっても、拭けばいいんだから」

「ん……、わかった……」

 少年の細い腕には鳥肌が立っていた。肌寒いのだろう。ぼくの鞄の中にはクーラーの効き過ぎている職場で羽織る上着が入っている。用を足し終えたら貸してあげよう……。

 こういう考えは全く清らかなものであるはずだ。

 それでも、ぼくの視線はどうしてもりょうたの細いおちんちんへと向いてしまうのだけど。

「んっ……」

 ぼくの手を握るりょうたの手に力が篭もると同時に、その余った包皮の先端から薄い色のオシッコが勢い良く噴き出した。りょうたはしゃがんだまま腰をそろそろと後ろへ送り、自分のオシッコが便器から零れないように気を遣っているみたいだった。

 乾き始めたものとは違う、新鮮なオシッコの匂いというのは――昴星のものもそうだけど――どことなく甘く薫ることをぼくは学んでいた。昴星のオシッコはそれでもツンと刺激的だ。……どういうわけか、あの子のオシッコは匂いが強い。「才斗にも、おれのオシッコ臭いって言われる。でもあいつ、臭いの好きなんだぜ」と言っていたっけ。もちろんぼくも、まだ見ぬ才斗の気持ちが判るつもりだ。

 りょうたのオシッコは、昴星に比べれば遥かに奥床しい匂いであるように感じられた。

「大丈夫、零れてないよ」

 知らない大人にこんな風にオシッコの世話をされることが、少年にとって恥ずかしくないことであるはずもない。りょうたは頬を紅くして、こくんと頷く。しばらく一定の強さで続いていた放尿はやがて勢いを失い、皮の隙間からポタポタと水溜りに垂れるだけとなった。

 きゅ、っとまたりょうたの手に力が篭もる。

「もうちょっと前においで。お尻が半分くらい外に出てる」

「え……?」

 りょうたは慌てて振り返る。自分のお尻から響いた小さな破裂音に、益々紅くなりながら、「で、でもっ……、もう、うんち出ちゃう……!」それでも慌てた様子でガニマタの姿勢のまま、一歩、二歩と前へ出る。

 ぺたん、とりょうたのお尻から茶色い塊が便器に落下した音が響く。

「……こぼれて、ない……?」

 不安そうにりょうたが訊く。

「こぼさないように見ててあげようか? 壁に手を当てて……、一人で出来る?」

 ぼくの問いに、こくん、自信なさそうに頷く。ぼくがりょうたの後ろに回ると、りょうたは二つ目の塊の生産を始めた所だった。薄いピンク色をした蕾が内側からの圧力で膨らみ、其処からじわじわと焦げ茶色の物体が頭を出す。水分が少なめの、硬い便だ。一度、二度とりょうたのお尻の穴から顔を出しては戻し、また出してという往復を繰り返してから、満を持してといった趣で今度こそゆっくりと、穴をその太さ一杯に広げて、茶色い尻尾が垂れてくる。

「大丈夫、ちゃんと便器の中に出てるよ」

 便器の中に既に落下しているものも含めて、愛らしい顔に似合わぬ太い便だ。後ろに回ると一際臭いは強まったように思われる。

 そんなうんちを垂らした状態で、りょうたは「オシッコも、まだ出る……」と声を震わせた。

「このまんましたら、オシッコこぼれちゃうよ……」

 りょうたは不器用に後ずさりをしようとする。しかし、垂れたままの尻尾が便器の後縁に当たりそうだ。

「それ以上、こっちへ来たらダメだよ」

 反射的だった、必要だったからそうしたのだけど、……ぼくは左手をりょうたのお尻に当てた。掌にひんやりとして瑞々しい感触が与えられる。

「おちんちん、おさえて」

 両手を左右の壁に当てるりょうたは、自分でおちんちんの向きを押さえる気はないらしい。

 頼まれたから、するんだ。

 ぼくは自分に言い聞かせて、左手にりょうたのお尻、そして右手に、……りょうたのおちんちんを摘んだ。

 ぼくの手の中にすっぽり収まってしまうほど小さくて、細長いおちんちんだ。親指と人差し指で摘むと、皮が随分余っていることが判る。亀頭のカリ首もまだ発達していない。残った三本の指は、誘惑に負けて小さな玉袋を包んだ。

「はぁ……」

 りょうたは前後をぼくに支えられて、安心したように排泄を再開した。人差し指の腹の奥へ、細いせせらぎが通る感触が伝わってくるのに送れて、オシッコが水溜りの中に注がれていく。

「オシッコ、ぜんぶでたよ……、うんちも、たぶん、もうすぐぜんぶ」

 りょうたの排泄を介助しながら、ぼくはもちろん興奮し切っている。だって、しょうがないだろう、ぼくはショタコンで、……可愛い男の子の、おちんちんを触っているんだ、お尻の穴をこんな間近で見ているんだ。

 ぼくの右手の指が無意識のうちに、りょうたの細ッこいおちんちんを揉むように動くのは仕方のないことだったろう。

「お兄ちゃん、おちんちんのオシッコはらって」

 最後の塊を便器の中に落として、りょうたがそう強請る。

「オシッコ……?」

「ん……、いっつもオシッコのあと、おちんちん振ってオシッコはらうよ。お兄ちゃんは、しないの?」

「あ……、ああ、うん、するよ……」

 頼まれたから、するんだ。自分にそう言い聞かせることももう忘れて、幼茎を、ぼくは小刻みに震わせながら親指と人差し指で扱いていた。きゅっ、とお尻が小さく強張った気がして、慌てて手を離す。

「お尻も……、拭いて、くれる?」

 りょうたは恥ずかしそうに言って、そろそろと立ち上がった。ぼくの、ちょうど眼の高さに、りょうたの愛らしく引き締まったお尻がある。

「自分で拭けないの?」

 と訊きつつも、ぼくはもうロールペーパーを手に取っていた。

「あんまり、得意じゃない……。ときどき、パンツのお尻のとこ、汚れちゃって恥ずかしいから……。お兄ちゃんがきれいにしてくれたパンツ穿くのに、また汚しちゃうの、やだな……」

 りょうたはそう言って、右手で右のお尻をくいと引っ張って見せる。綺麗に皺の整った蕾が、ぼくの目の前で広げられた。ほんの少し、茶色く汚れているが、それを差し引いても、或いはそれを加味して、魅力的な光景だ。

 昴星にもこの間、同じポーズを見せてもらった。けれど此れが初めて会った子なのだということ、昴星とはまた違ったタイプの「美少年」であることが、ぼくを興奮させていた。携帯電話で撮影することだけは、ぐっと堪えることに成功して、

「うん、……判った、じゃあ、拭いてあげるね」

 と声を震わせながら言って、手にしたロールペーパーをそっと、りょうたの肛門に押し当てた。

「あん……」

 途端、りょうたはそんな艶かしい声を出す。

「い、痛かった?」

「んん、だいじょぶ……」

 りょうたの唇から漏れた声は、昴星のおちんちんを弄ってあげたときに、彼の唇から溢れるそれと酷似していた。

 もう一度、今度はもう少し力を入れて拭ってやると、「んぅ……」とまた声を漏らす。透き通っていて、それで居てどこか粘り気がある、シロップのような声だ。

 まさか、こんな風にオシッコ我慢できなくて漏らしちゃうような幼い子が、肛門で性的興奮を覚えるはずがない。

 ない、とは思うのだが、失禁で興奮するような子だって、世の中には居るのだ。

 ひょっとしてこの子は、ぼくにうんちするとこ見られて興奮するような子だったりするのだろうか?

 昴星みたいに?

 いやそんなこと、あるはずがない、あってたまるか……。

「んん……、んふぅ……ン、ん……」

 しかしぼくが、もうとっくに綺麗になったお尻を拭くためにペーパーを替えて小さな穴に押し込むように弄るたびに、りょうたはぼくにお尻を突き出して、ゆらゆらと揺らめかせる。それはまるで、誘っているような仕草に見える。

「うん、綺麗になったよ」

 これ以上は危険な気がした。この子が、というよりは、ぼく自身が。理性を収められなくなりそうだ。だって、この子のお尻、すごく可愛い。小さくて、丸くて、それでいてちゃんと引き締まっている男の子のお尻だ。顔を埋めてしまいたくなる、穴を舐めてしまいたくなる。そんなことをしたら。

「もう、パンツ穿いてもうんちつかない……?」

「うん、でも……、まだパンツ乾くまで少しかかるだろうから、それまでぼくの上着を貸してあげる」

「ほんと? えへへ……、お兄ちゃん、ありがと」

 愛らしく微笑んで、りょうたは振り返った。冷たい蛍光灯の光の下でもはっきり判るくらい、頬はほんのりと上気している。大きな眼は優しい輪郭だ。

 しかし、それ以上にぼくはりょうたの下半身に視線を奪われた。

 細っこいそれは、くっきりと上に向いている。平たいお腹のおへそからしばらく辿った下、さっきぷにぷにとマシュマロのような弾力をぼくの指に与えていた陰茎の裏側を、綺麗にぼくに晒しているのだ。

「わあ」

 とりょうたは自分の勃起にも気付かないように、足元に転がして、ロールペーパーの添えられた自分のうんちに目を丸くする。

「すっごぉい、ぼく、こんなに太いうんちいっぱいしたんだあ……」

 確かに、りょうたの小さなお尻の穴は大量の便を排出した。よく健康な便を「バナナ」と表現するけれど、たっぷりと三本、それも贈答用に選ばれるような、ボリュームといい張りといい、文句なしのものを。

 息の止まりそうな気持ちを抑えながら、ぼくは「うん」と頷いた。

「たくさん、出したね……。すっきりした?」

「うん。ぼく、こんないっぱいうんち出したのはじめてだよ」

 そう、嬉しそうに顔を綻ばせて言って、りょうたは何かを思いついたように「ちょっと待ってて。まだ流しちゃダメだよ?」と不意に個室から出ると、まだ湿っぽいズボンの横に、濡れないように置いた自分の携帯電話を手に戻ってくる。それをぼくに手渡して、

「ねえお兄ちゃん、ぼくのうんち撮って」

 いきなり、そんなことを言い出す。

「は? う、うんち、とっ……」

「こんな立派なうんちしたんだよーって、おともだちに見せてあげるの」

「おっ……、おともだちに、そんな、自分のうんちなんて見せて……!」

 だって、とりょうたは恥ずかしそうに言う。「あのね、ぼく、前に、お外でうんちしたくなっちゃって……、今日、遊びに行くおともだちといっしょのときだったんだけど、そのとき、細いのしか出なくって、ちっちゃいのばっかりって笑われちゃって……。だから、ちゃんとこんな風に太いのも出来るんだよって、見せてあげたいの」

 そんなことを、何の迷いもなくりょうたは言い切って、ぼくに携帯電話を手渡した。折りたたみ式のもので、ちゃんとカメラが付いている。興奮を、というよりは戸惑いを覚えながらぼくが便器の中の茶色いバナナにカメラを向けると、「待って待って、それだと、ぼくのかどうかわかんないから、ぼくも一緒に映る」と便器の後ろにしゃがみ込む。

 もちろん、おちんちんはまだ勃起したままだ。

「……りょうた、おちんちん隠して」

 掠れた声で、ぼくは言った。それが大人としてのマナーだろう、いや、大人というか、マナーというか、最低限の常識だろう。

 だが、りょうたは「えー、でも、おともだち男の子だからだいじょぶ。一緒にお風呂入ったこと何度もあるし」と言って隠そうとしない。そもそも不安定にしゃがんだ身体を支えるために、壁に手を当てている。おちんちんを隠すためには手がもう一本必要だ。

 ぼくの手は、シャッターを押していた。

 自分が撮影したという証拠が残らないことを祈りながら。

 そして、……りょうたの携帯電話ではなくて、ぼく自身のものの中に収めたいという欲求を、どうにかこうにか諌めながら、三枚。

「見せてー、……わあ、ちゃんと撮れてるねー。これでぼくも、おっきいうんちできるって見直してもらえるよ、お兄ちゃんありがとう」

 ぎゅ、とりょうたは何の躊躇いも無く、ぼくの腰に抱きついた。本質的にはかなり甘えん坊な子供なのかもしれない、きっとそうだ、……ぼくは勃起の熱をりょうたにうつさぬよう、反射的に腰を引きながらそんな風に思った。

「あ」

 不意に、りょうたが離れた。理性との戦い真っ最中のぼくが感じたのは、何よりもまず安堵だ。りょうたは相変わらずおちんちんを大きくしたまま、お腹に手を当てる。

「まだちょっと、うんち出るかも……」

 言いながら、便器を跨いで足元を覗き込む。「みっつもおっきいの出したのに、まだ出るんだ……、ねえ、お兄ちゃんも携帯電話持ってるでしょ?」

「え……?」

「ぼくのよっつめ出るとこ、お兄ちゃんの携帯で撮ってもいいよ?」

「なっ……、なんで……?」

「だって、記念だもん。お兄ちゃんが居なかったらこんな風にしゃがんでするおトイレでうんち出来なかったし、ひょっとしたらうんちもオモラシしちゃってたかも。……お兄ちゃんがいたから出せるんだもん、ほんとはおともだちにしか見せるの恥ずかしいけど、お兄ちゃんはもう、ぼくのおともだちだから」

 りょうたは一度しゃがみかけて、「立ったままのほうが、お兄ちゃん見やすいよね」と思い直したように立ち上がって、くすくす笑う。

「しゃがんだままうんちするのもあんまりないけど、立ったままうんちするのなんてはじめて。オシッコこぼれちゃうかな……、でも、いいよね」

 ぼくは、もう何も考えて居なかったと思う。

 頭の中を真っ白にして、目の前の、愛らしい少年のお尻に向けて携帯を開いて、動画モードで撮影をはじめていた。りょうたは壁が手を付いて、しかしもう、ほとんど棒立ちの状態で肩越し振り返り、「うんち出したら、ちゃんと拭いてね? さっきお兄ちゃんに拭いてもらったとき、なんだかいつもよりお尻、きれいになったような気がしてうれしかったよ」と言ったのに、口を開けたまま頷いた気がする。

 ぼくはりょうたの肛門括約筋に力が入るのを眺めながら、そっと携帯電話をりょうたの腹部のほうへ回す。「ん、オシッコも、撮っていいよぉ……」とりょうたは微笑んで言う。間もなく、勃起したおちんちんの先からオシッコが飛び出して、前の壁に当たった。「あははっ、すごい、オシッコ、おちんちんからふんすいみたいに出てる」はしゃいだ声で笑うりょうたの短い放尿が終わり、一度、放屁の音が響いた。りょうたはぼくを見て、

「うんち、もう、入口まで出てきてるかも……」

 と言った。

 便器の中に落ちたものと、今のおならと、……更にもう一種、りょうたのオシッコ、そしてまた新たにひり出されるものの臭い。頭がくらくらする。こんな幸福なことがあっていいのだろうかと。

「ちゃんと、おトイレの中に出せるかな……、見ててね?」

 りょうたは自分でオシッコをひっかけた壁に手を付き、僅かにお尻を突き出すようにしながら、「んン……」と、窄まった扉を内側から徐々に開き始める。

 太いうんちが、顔を覗かせようとしていた。

「出てきたぁ……?」

「……ん」

「えへへ……、今度のも、ちゃんと太い?」

「ん……」

 肛門がムリムリと音を立てて広がる。いかにも重たげな其れは、もう「バナナ」なんていう可愛い表現は似合わないように思えた。それはどこからどう見たって大便だ。痩せて可愛い少年の小さなお尻から輩出されるものとしては驚くほど太く、長く、錆びた鉄管のように硬く、えげつないほど臭い。

 りょうたが、お尻から五センチほどうんちを覗かせたまま「ね、お兄ちゃん、紙とって」とねだった。

「え? 紙?」

「うん、早く早くっ」

 言われるままに、ぼくは携帯電話での撮影を続けながら、りょうたの手にロールペーパーを巻き取って渡す。「もっと」と言われたから、同じ量だけもう一度。りょうたのお尻からは重たいうんちが、随分長く垂れ下がって、尻尾のようだ。何をするのだろう、そう考えながら、カメラを寄せて、拡張された肛門からじりじりと生み出されるりょうたの便をぼくは撮影していた。

「ん、っと」

 不意に、りょうたの手が細い太腿のあいだから伸びた。

「な、なに……してるの?」

「うんち……、自分で、おトイレの外に落ちないようにって。それからね、し終わった後、まだこんなに出せたよって、おともだちに見せてあげるための、写真、撮ってほしいから」

 りょうたは慎重に狙いを定めて、ペーパーをたっぷり乗せた左手を股下に差し出していた。少しでもずれれば手が汚れてしまう。しかしりょうたはとても大胆に見えた。ゆらゆら揺れる自分の便の先を左手の紙越しに捕えると、恐らく、お尻に力を入れてうんちを切らないように気を遣って居るのだろう、それでもじりじりと落下する塊を掌に乗せる。鉄管はもうりょうたの太腿と膝の中間を既に越えている。息を呑みながら、どうするのだろうと撮影を続けていると、りょうたは慎重に先端を捉えた掌をゆっくりと動かしていく。

「えへへ……、ソフトクリームみたいに、うんち、取れるかなぁ……」

 いわゆる「巻き糞」というやつだ。りょうたぐらいの最近の子供でも、「うんち」という物体に対してそういう形状のイメージを持っているらしい。

 りょうたは力を緩めながら、長く垂れ下がった其れを少しずつ巻き取るようにしながら掌の上で成形していく。さすがに「ソフトクリーム」のようにはならない。それでも歪な円を一つ描いた内側に、もう一つ重ねていく。それでも少年の努力の甲斐あってか、お尻と繋がったままの茶色いそれは、確かにある角度から見れば、チョコレートのソフトクリームに見えなくもないかもしれない。もっとも、「ソフトクリーム」と呼ぶにはちょっと硬そうだけれど。

「んっ……」

 ぎゅ、っとお尻に力が入って、りょうたの尻尾が切れた。最後はぺたんと山の上に横たわるような一筋が載った。りょうたは零さないようにそっと足の間から左手を前に持ってきて、「わあぁ……」と感動したような声を上げて、振り返る。

「お兄ちゃん、ぼく、うんちこんなにいっぱい出たよぉ」

 嬉しそうな笑顔である、しかし、手の上には山盛りのうんちを乗せている。そして、おちんちんは相変わらずピンと上を向いている。ひょっとしてこの子は、知らない男にオモラシと排便の介助をされて、あらぬ興奮を呼び起こされて居るのかもしれないとぼくは思った。

「うん……、すごい、ね」

「ね、ぼくの携帯でも撮って」

 りょうたの強請るままに、ぼくは預かっていた携帯電話で再び写真を立て続けに撮った。

 自分の大便を、自分の手に乗せて、勃起した裸身で写真を撮られる少年。

 この世に、こんな子が居るのか。

 昴星に対して思ったのと同じことを、ぼくは思わずには居られなかった。だって……、そうだろう、こんな短期間に、こんな美少年と、こんな状況に。

 ひょっとしたら、この公園は何かそういう妖気でも漂っているのか。或いは、昴星にしろりょうたにしろ、本当は人間ではなくて、何かもっとこう、妖しげな存在だったりするのではないのか。

「動画も」

 ぼくはどこまでもりょうたに素直だった。相手が物の怪の類で在れば、逆らうことなど思いつくはずもない。カメラを動画モードに切り替えて、録画を始めたら、「えへへー、ぼく、こんなにいっぱいうんちしたよー、ほら見て、こんなに太くっておっきなの、いっぱい」ピースサインを送りながら嬉しそうに誇らしげに、自分の出したものを見せびらかす。

「でもね、すっごいくさいの。やっぱりうんちはくさいね」

 言って、満足か納得か判らないがとにかくりょうたは頷いて、そっと、掌の上の塊を、茶色い汚れのこびりついたロールペーパーと一緒にトイレに落とした。

「えへへ、お兄ちゃん、ありがと」

 りょうたはにっこり微笑む。その微笑だけは、本当に無垢な少年の其れだ。自分がやっていることの異常さを、全く意識していないに違いなかった。

 ぼくはりょうたのカメラでの撮影を終了した。一方で、自分の携帯電話は相変わらず回し続けている。精一杯背伸びして、時折ピクピク震えているおちんちんにそれとなくズームしつつ、

「……お尻、拭いてあげようか?」

 と訊いた。「うん!」とりょうたは嬉しそうにぼくにお尻を向けて、片手でまたお尻を開く。太筒が四本も通過した直後で、ロールペーパーごしにもりょうたの其処が柔らかいことに、ぼくは気付けた。押し込むようにして拭うと、「あぁん……」とまた甘ったるい声を漏らす。

「りょうた、……おちんちんも拭いてあげようね」

 ぼくの手は、操られるように自然と動いていた。りょうたの綺麗になったお尻の下から手を回せば、ぷにぷにとした手触りの陰嚢に至る。勃起したおちんちんから伝ったオシッコでそこは濡れていて、「ほら、こんなとこまでびしょびしょになってる。拭かないでパンツ穿いたら、せっかく洗ったのにまた黄色くなっちゃうよ?」と言いながら、雫を垂らしたおちんちんの根元まで辿る。やっぱりそこは、まだ硬いままだった。

「んやぁ……、お兄ちゃん、オシッコで手ぇ汚れちゃうよぉ……」

「洗えば大丈夫……、おちんちんもこんなに濡らしてるの、気付いてた?」

 問いながら、ぼくは摘んだりょうたのおちんちんのコリコリとした手触りを愉しんでいた。相当にきつく勃起している。ひんやりと冷たいようでいて、頬を当てると膚の一枚下に熱い血が流れていることがはっきり判るお尻の瑞々しさを味わいながら、ぼくは大急ぎで、

「ぼくは、りょうたがオモラシしたことは誰にも言わないよ」

 と言った。「だから、りょうたも、ぼくとこんな風に『遊んだ』ことは、誰にも言っちゃダメだよ? ぼくたち二人だけの、内緒に出来る?」

「んン……、ないしょ……」

 りょうたがぼくに向き直って、小指を差し出した。

 こうして交わした約束が、一体どの程度守られるかは判らない。だって、相手はこんな小さな子供だ、はっきり言って反故にされる可能性の方がずっと高い。

「ひゃんっ……」

 けれど、ぼくはもう止まらなかった。いや、止まれなかったと言った方が正しいだろう。目の前で震える半勃ちの包茎、その皮の隙間から漂うオシッコの匂いを感じ取った瞬間にはもう、ぼくの身体は勝手に動いていた。りょうたのおちんちんは気付いたときにはぼくの口の中にあった。

「お、にぃちゃん……?」

 はじめ驚いたような声を上げたりょうたは、不思議そうにぼくのことを見下ろしている。時折ぴくんと身体に震えを走らせて、「オシッコ、汚くないの……?」と訊いた。ぼくは答えもせず、舌の上にじんわりと広がるりょうたの潮の味を愉しんでいた。りょうたのおちんちんはみるみるうちにぼくの口の中でくっきりとした硬さを帯びている。

「……気持ちいい……?」

 りょうたに訊くために顔を上げれば、りょうたはぽうっと頬を紅くして、こく、と頷く。

「そう、よかった……。りょうたのね、……オシッコでいっぱいの、おちんちん、綺麗にしてあげるから……」

 りょうたは無垢だ。

「ん、ありがと、お兄ちゃん……」

 無垢だからこそ、さっきみたいに自分が排便する姿を撮らせたりするのだ。そしてぼくのような人間を疑うことさえしない。けれどりょうたは、ぼくに出会ってよかった。ぼくはりょうたにこういうことをしてはいるけれど、傷付けたりは絶対にしないから。

 そんなエクスキューズ。ただ単に良心の呵責への、言葉の通り「申し訳」程度の。

「んぅ……ン……」

 りょうたが声を漏らし始めた。ふんわりとしていたタマタマが皺を寄せて縮んでいる。ぼくの上顎をノックするように、りょうたのおちんちんは時折強張る。……ひょっとして、もう射精できるのだろうか? ぼくは期待が自分の心の中で膨らみすぎて苦しいのを堪えながら、必死になってフェラチオをしていた。舌の上にオシッコではない潮の味を感じたのは気のせいか。しかしりょうたは「んっ、……ふぅン……」声を漏らしながら、腰をぎこちなく振っている。それは本能のようなものなのだろう。この子は小さくてもおちんちんのついた、男の子なのだ、ちゃんと。

「ん、ひゃっ……、おに、っひゃっ、……にゃっ、ンかっ、おちんちんっ、じんじんするよぉ……!」

 その声には無意識の媚が含まれているみたいに聴こえた。昴星が射精の瞬間、悦びに塗れながら何処かに嘲笑じみた影のようなものが漂うのとは違って、……戸惑いながらも純粋に気持ちよさを味わっているようにぼくは思った。りょうたが幸せになってくれるならそれでいい、……とぼくは興奮しきっていながら、しかも自己中心的にりょうたのおちんちんを咥えていながら、そんなことを考えている。

 りょうたの細い芯が内側から強く張りつめ、ぎゅんと震える。

「んぅっ、ん、んぁあっ……!」

 ぼくの口の中に、りょうたが射精する。それはこの子の、生まれて初めての精液ということになる。一滴残さずそれを飲み込み、見上げると、りょうたは目に涙を浮かべて、オシッコをした直後みたいにぶるると身体を震わせた。

「……お、にぃ、ちゃん……?」

 ぼくはずっと咥えていたりょうたのおちんちんから口を離す。昴星よりも大きいかもしれないな、と思う。

「気持ちよかった?」

 呼吸を整えて、ぼくは訊き、ペーパーでまだ余韻の波に揺れる場所を丁寧に拭く。せっかく可愛い場所なのに、ぼくの唾液でべちょべちょになってしまった。りょうたはこくんと頷いて、「いま……、ぼく、お兄ちゃんのお口に、オシッコ、ちびっちゃった……?」と不安でたまらないといった顔で訊く。ぼくは立ち上がってりょうたの柔らかなカールの掛かった髪を撫ぜる。

「大丈夫、オシッコはちびってない」

「ほんと……? なんか……、おちんちんの中から、なんか、出た……」

 ぼくは頷き、安心させるように微笑んだ。「りょうたが男の子だっていう証拠だよ。……でも、このことはお友達には内緒だよ? ぼくとりょうただけの秘密……、いいね?」

 りょうたはこくんと頷く。それから、くちゅんとくしゃみをした。さすがに身体が冷えてしまったのかもしれない。ぼくはすぐに鞄から自分の上着を出して、りょうたの細い肩に掛ける。かき合わせるようにそれを着て、りょうたはふんわりと笑顔を浮かべて「ありがと、お兄ちゃん」と微笑む。

 ぼくには弟が居たことがない。昴星にしろりょうたにしろ、ぼくのことを「おにーさん」「お兄ちゃん」と呼んでくれる。それはシンプルに喜ばしいことに思われた。

「パンツ、乾いたかなあ?」

 りょうたは洗面台に置いたままの自分の服を気にする。まだまるで乾いていない、

「暗かったら、濡れてるってばれないよね……?」

 丸出しのお尻を隠しもせず、個室を出たりょうたは自分の服に触り、自らに言い聞かせるように言って、足を通した。が、

「……う、やっぱり、つめたい」

 眉間に皺を寄せてすぐに脱いでしまう。

「もう少し時間がかかるかもしれないね……」

「ん……。お兄ちゃん、もう帰っちゃう?」

 帰りたくない。もうちょっと、君と一緒にいたい。

 けれどジーンズの中ではぼくの欲が激しく自己主張している。とっとと家に走って帰って、この記憶が鮮明なうちにオナニーをしてしまいたいと思うぼくに、「……ひとりだと、ちょっと、怖いな……」とりょうたは心細げに言った。

「あのね、この辺にね、最近、こわいひとが出るんだって」

 りょうたは言う。

「怖い人?」

 ん、と頷いて、「ぼくみたいな子供に、声掛けて回ってるひとが居るって、おともだちが教えてくれたんだ」

 そう言えば、そんなことを昴星も言っていた。この街には、どうやらぼくのほかにも変態が居て、そいつは危険な目的を果たすために子供たちを付け狙っているということか。

 ぼくは自分だってそういう存在だろうと自覚しつつも、思った。とんでもないやつだ、と。

「お兄ちゃんみたいに優しい人じゃなかったら、ぼく、いじわるされたりしちゃうのかなって……」

 その「とんでもないやつ」は、こういうことを考えるのだ。

 今から家に帰ってオナニーするのもいいけれど、この子ともうちょっと楽しんだっていいじゃないか、と。

 だっていまは、ぼくの上着だけを羽織った、愛らしい少年と二人きりなのだ。

「……一緒に居てあげるよ」

 ぼくはあくまで親切心から言い、悪魔を隠してりょうたと一緒に個室に入る。りょうたはそれだけで嬉しそうに微笑んで、ぼくにぎゅっとくっ付いた。「おともだちに、遅れるって電話するね」と携帯電話を開く。「ぼくと一緒にいるのは内緒だよ?」と言えば、ちゃんと判ってると頷いた。

 電話は間もなく繋がった。

「あ、もしもしこう兄ちゃん、ぼく。あのね、いまちょっとよりみちしてるの。え? 場所? んっとね、……ナイショ」

 ぼくを見上げて、えへへと笑う。

「もうちょっとしたら、ちゃんと行くからね、だいじょぶ。うん、ごはん? まだ。うん、待っててね、先に食べちゃやだよ?」

 りょうたは電話を切る。「こう兄ちゃん?」とぼくが問うと、こくんと頷く。

「ぼくよりちょっとだけ年上のお兄ちゃん」

 答えてから、りょうたはじいっとぼくのジーンズの前に目をやる。そこが膨らんでいることは、ジーンズを穿いていたって瞭然としている。

 りょうたは無垢な目でぼくを見る。

「ねえねえ、お兄ちゃん、お兄ちゃんのおちんちん見てもいい?」

 そんなことを、言いだした。

「ぼ……、ぼくの?」

 うん、とりょうたは頷いて、「だって、お兄ちゃんぼくのおちんちんいっぱい見たし、……ダメ?」上目遣いに訊く。

 ぼくはどうにか曖昧な笑みを顔に貼り付けて、「いいけど、見て面白いものじゃないと思うよ? りょうたは他の人のおちんちんを見たことがないの?」

「あるよー、こう兄ちゃんのも見たし、クラスのみんなのも見たし、あとね、お風呂屋さん行ったときいっぱい見た。けど、あんまり見たらいけない気がして、……でも、お兄ちゃんだったら、ぼくのいっぱい見たから、見せてくれるかなって……」

 見たいと言ったから見せてあげる。

 決してその幼く小さな口の中に無理矢理捩じ込むようなことをしようとしたんじゃない。

 決して。

 繰り返し繰り返しそう思いながら、ぼくはジーンズのベルトを外し、ボタンを不器用に外すりょうたを見下ろしていた。

「わあ」

 トランクスの中で激しく反応しているものを見て、りょうたはびっくりしたような声を上げた。ぼくの自己主張はさっきりょうた自身の身体に起きたものと全く同じだけれど、見た目のインパクトにおいては大きな差がある。ぼくのとりょうたのとでは、もちろん大きさも形も全然違うのであって。

 けれど、りょうたは大きく見開いた目に興味の光を宿している。

「わあ……、わあ、ぼく、大人のひとのおちんちん、こんな近くで見るのはじめて! こんなにおっきいんだ……。おとうさんのと全然違うよ……」

 じいっと間近に見詰められる。ぼくだってつい先週に昴星にされるまで、こんな風に至近距離で自分の陰茎を見詰められた経験なんて一度もなかった。

「おとうさんのと、違うっていうのは、……こんな風に、上を向いてるってこと?」

 うん、とりょうたは頷く。「お風呂屋さんで見たほかの大人のひとのおちんちんも、みんな下向いてた」

 そりゃそうだ、温泉や銭湯でこんな風に銭湯体勢になっていたら間違いなくつまみ出されるし、場合によってはしかるべき場所に突き出されることになるだろう。ぼくだって、……こんなこと言うべきじゃないのかもしれないし言いたくもないけど、と前置きした上で告白するなら、温泉で男の子が入って来たのを見たって、……もちろん、見るさ、見るけれども、身体に反応することは許さない。

「さっきの、りょうたも、……同じ風になってたよ?」

 りょうたはそれをきちんと覚えてる。

「ああなっちゃうの、どうして?」

 多分、臭いだって届いているんじゃないのか、一日中くしゃくしゃの下着の中にあった、ぼくの醜いものの。けれどりょうたはぼくの顔とその場所を交互に見ながら訊く。

「さあ……、どうしてだろうね。でも、ひとつ確かなのは、さっきりょうたのおちんちんから出たものを出せば、ぼくのも元の通りになるってこと」

「さっきの、……お兄ちゃんも、さっきの、あの、オシッコみたいなの、出るの……?」

 りょうたはまたじっとぼくのものに顔を近付けて、興味深げに観察する。「さきっぽの、濡れてるの、オシッコ?」

「さっき、りょうたの先っぽも濡れてたよ」

 ぼくが教えると、りょうたは自分の股間の物を見下ろす。いまやすっかり元の大きさに戻ったペニスの先は、さっきぼくが綺麗に拭いたから乾いている。りょうたは不慣れな手付きで柔らかくて細い茎を摘んで、そっと手前に引っ張る。そのいかにも幼げなフォルムのものが、大人になって、やがてこういう形になるのだということは、彼自身の観察によって既に把握出来ているらしい。

「ね、お兄ちゃん……、触ってもいい……?」

 遠慮がちに、少し、恥ずかしそうに、緊張したように、りょうたはぼくに訊く。穢れを知らない円らな瞳が、ぼくを見上げて射抜く。

「うん……、いいよ」

 心より先に唇が答えを紡いでいた。りょうたは初めて見る生き物に触れるときのように、恐る恐る、その細い指をぼくの張り詰めた危険生物に当てる。

「わあ……、すっごいあつい……、ぴくぴくしてる……」

 りょうたは感動したように呟く。ぼくのその場所も、同じく感動に打ち震えている。実際、涙さえ零して。

「……さっき、りょうたは、気持ちよかった?」

 りょうたはぼくのものを両手で包むように触れながら、ぼくを見上げて首を傾げる。

「……んと、……わかんない。オシッコ出ちゃうって、そればっかり思ってた……。あと、お兄ちゃんやじゃないのかなって……」

「や?」

「だって……、ぼく、オシッコ、もらしちゃって、おちんちん、オシッコまみれだったし……、くさいんじゃないのかなって」

 そうであったことがぼくを煽ったことはまた一つの事実だが、そういうことは言わないでおく。

「嫌じゃなかったよ、りょうたのおちんちん、臭くなかった」

 ほんと? と訊く声に、ぼくがはっきりと頷いたら、りょうたはそうっと自分の顔を、またぼくの先端に近付ける。それから、すんすんと鼻を鳴らした。言うまでもないが、りょうたの其処が臭くないのはぼく自身の特殊な嗜好によるものであって、りょうたの鼻にはぼくのが臭くないはずがないのだ、そういう意味のことをぼくが口にするより先に、

「ほんとだ、お兄ちゃんのおちんちん、くさくないよ」

 ぱあっと笑って、「おちんちんって、もっと汚くってくさいのかと思ってた」りょうたは言った。

「……りょうたは、そのにおいが、好きなの?」

 りょうたは「んー」と少し考えてから、「うん」と答えた。

「だから、こんなに近くってもだいじょぶだよー」

 その形のいい鼻を、ぼくの亀頭に近づける。徐々に少年が調子に乗りつつあるのが判る。「あ」と思わずぼくが声を上げたときにはもう遅い、りょうたの鼻は、ぼくの腺液に触れていた。

「あ、なんか、ぬるってした……」

 りょうたは驚くこともなく、自分の鼻に付いた露を指で擦る。「やっぱりオシッコじゃないんだねえ……」と呟きながら、ぼくの先端を右手のひとさし指の先で、ぬるぬる、ぬるぬる、撫ぜ回す。

「あ、またぴくんってなった」

 それからじいっと自分の指先に視線を落とした。指を離すと、短い糸を引く。

「どうして、こういうの出てくるの?」

 訊かれて、ぼくはもう素直に答えた。「気持ちがいいから」

「気持ちいいの? お兄ちゃん、ぼくがこうやってぬるぬるするの、気持ちいいの?」

「うん、……さっきりょうたのおちんちんからも、同じのが出てたって言ったでしょ? だから、りょうたが気持ちよくなってるんだなあって、ぼく、判ったよ」

 ふうん……、とりょうたはまた少し考え込みながら、液体の絡んだ自分の指を見詰めていた。

 その次には、ぱくんとその指を咥えた。「りょうた」とぼくが声を掛けても平気な顔で、

「しょっぱいね、お口の中でもぬるぬるしてる。こんなちょっぴりだけなのに」

 と感想を述べた。ぼくに呆気に取られている暇はないはずだったのに、りょうたは平気な顔でまだ濡れているぼくのペニスの先端を、ぱくんと咥え込む。

 亀頭を、舌がぬるりと辿った。

「んふふ」

 ぼくの顔を見上げてりょうたが笑う。「おいしい。ぼく、このしょっぱいのの味、好き」

 口にしたものとは裏腹に、その笑顔は狂おしいくらいに甘い。りょうたは両手をぼくの茎に添えて、小刻みに舌先を動かし、拭うように腺液を掬い取り、味わっている。当然のことだけど、ぼくの其れはその度に強張り、りょうたが「好き」と言ってくれた味を齎す機関となる。

 けれど、生憎それは「永久機関」とは呼べない。

「……もうちょっとすると、違う味のが出てくる……」

 掠れた声でぼくが言うと、りょうたは目を丸くする。しかし、この子は頭がいいらしい。

「それって、さっきぼくがお兄ちゃんのお口にオモラシしちゃったのと同じの?」

 ぼくは頷く。りょうたは少し考える間、またぺろりとぼくの先っぽを舐めて、「気持ちいいと出てくるんだよね? お兄ちゃん、ぼくがこうやっておちんちんぺろぺろすると気持ちいいの?」

 ぼくはもう一度頷いた。りょうたは手にした大人の陰茎をじいっと見詰めてから、見上げる。

「じゃあ、ぼく、お兄ちゃんのこともっと気持ちよくしてあげる。でね、お兄ちゃんもぼくのお口の中に、さっきぼくが出したのと同じの、オモラシしていいよ。お兄ちゃん、ぼくのこと助けてくれたから、……これでありがとうの代わりになるかわかんないけど、でも」

 りょうたは再び、小さな口いっぱいにぼくのものを頬張った。

 僅かに残っていた正常な思考は一瞬で吹っ飛ぶ。ぼくは息を止めて射精を堪えながら、ジーンズのポケットに入れたままの自分の携帯電話を取り出し、りょうたに向けてカメラを構える、ムービーの撮影を始める。

 りょうたはぼくがどうして携帯電話を構えたのかまるで判っていないような顔で、ただカメラを向けると円らな瞳を柔らかく微笑ませる。ただ、さすがにその口には負担になったのか、ぼくを射精に至らせるよりも前に口を外した。

「おっきぃねえ……、お兄ちゃんのおちんちん。ぼくも大人になったらこれぐらいおっきくなるのかなぁ」

 ちゅ、と先端に愛らしいキスをして、少年にとっては甘美な蜜なのかもしれないぼくの腺液を吸い上げ、反りかえったペニスの根元に下がる袋を指で擽るように撫ぜる。「タマタマも、ぼくのより全然おっきい。でも、やらかくっていい気持ち……。こっちもおいしいのかな」

 顔を傾けて、睾丸を舌先で持ち上げるように舐めて、「こっちは、ほかのとこと同じ」と納得したように頷く。

「やっぱり、先っぽが一番おいしい」

 舌先で根元から先端へ、れー、と舐めながら上がっていく。全ては無意識。働く意識があるのだとすれば、それはぼくへの「ありがとう」の気持ちだけだろう。裏筋まで至った所で、その入り組んだ場所をまたじいっと見詰めて、丁寧に其処を舐めてから、先端へと戻る。

「お兄ちゃんのおちんちんぴくぴくしてるときって、気持ちいいとき?」

 また浮かんだ露を、りょうたが舐め取って首を傾げて訊く。ぼくがディスプレイを凝視しているから、その問いは携帯電話のカメラに向けて投げられたのだと思う。ぼくは無言で頷いた。

「そっか。じゃあ、さっきぱくんってしたのが一番気持ちいいんだね」

 学習能力の高い子だと、遠くのほうでぼくは感心したのだと思う。

 りょうたが小さな口で一生懸命にしてくれるフェラチオは、実際にぼくが感じる快楽以上に刺激的だった。愛らしい顔には極端なぐらいに不似合いな男の性器を咥えて、ぼくがさっきしたのを真似しているのだろう、前後に頭を動かす様はとても健気だ。同時に舌を動かして、まだ溢れ出すぼくの我慢汁を強請るように亀頭を舐めている。

「りょうた」

 甘いカールの髪を撫ぜて囁くぼくの声は、震え、掠れていた。「出るよ」

 ぼくは、引き金を引く。

「んー……んっ……、んン……」

 りょうたはしばらく、激しく脈打つぼくのペニスから口を離さなかった。恐らく、彼の口の中はぼくの精液でいっぱいのはずだ、……痙攣は長く続いた、だって、これだけ濃密な時間を過ごしたのだから。

 おいしくない、と吐き出されたって仕方がないと思っていた。けれど、りょうたはそうっとぼくのペニスから頭を引き口を外すと、

「変わった味……」

 と、すぐに喋った。

 どうやらぼくの精液を飲み込んでしまったらしい。ぼくは撮影を止めて、「……大丈夫?」とりょうたに訊く。今更のように罪悪感に押し潰されそうになっている自分を滑稽と思う余裕もない。りょうたは首を傾げて、「ん? うん。だいじょぶだよー。お兄ちゃんは、気持ちよくなれたの?」とこれだけ穢れたはずなのに、少しも変わらぬ無垢な微笑で訊く。

 ぼくは、ただ頷くしか出来なかった。

 醜い男根をトランクスの中に仕舞い、ジーンズを上げてベルトもきちんと締めなおしてから、ぼくはりょうたと視線の高さを合わせた。

「……今日のことは、内緒だよ? 約束、守れる?」

 りょうたは「うん」と疑いようのない素直さで頷いた。それから間近にぼくの顔を見詰めて、

「お兄ちゃん、……また会える?」

 不意に寂しそうな顔で言った。

 その顔が、ぼくには可憐に見える。胸の奥、ちくり、痛んだ。ぼくがりょうたの髪に再び触れたとき、ほんの二分前までしていた行為の罪深さも何処かへ消えて、「大丈夫だよ、きっと、また会える」ぼくは心の底から優しさを発揮して微笑んでいる。

「りょうたの顔、ちゃんと覚えたから。必ずまた会えるよ」

「ほんと? ……えへへ」

 りょうたの嬉しそうな笑顔は、本当に天使のようだ。くるんと甘ったるくカーブした髪が、ぼくに強くそう思わせる。

「お」

 りょうたが、ぎゅっとぼくのお腹に抱きついた。

「じゃあ、きっとまた会おうね、でもって、みんなにはナイショでこうやって遊ぼ。やくそくだよ?」

 まだ少し、オシッコの匂いのする身体。

 少年らしい、骨の細くて華奢な身体。

 出来る限り優しい力で抱き締め返しながら、ぼくの口は無意識のうちに、「うん、約束だよ。……必ずまた、遊ぼうね」そういう言葉を紡いでいた。

 

 

 

 

 りょうたのパンツが乾いてから、ぼくは彼の「おともだち」が住むという団地まで、彼を連れて行った。りょうたの手は当たり前のようにぼくの手の中に在って、まるで本当の兄弟みたいだと思う。けれど、実際にはそうは見えなかったらしい。団地まであともう少しと言うところで、冷や汗をかくような事態に直面した。

「ああ、ちょっといいですか」

 後ろから声を掛けられて振り向けば、中年のおまわりさん。

「な、なんですか」

 自分でもはっきり強張っていると自覚出来るような声が出てしまった。怪しさ全開である。りょうたを連れたぼくと相対した警官は、早速職務質問の態勢に入る。痛くもない腹を探られるのも嫌だが、実際ぼくがさっきまでこの子としていたことは、……麻酔無しで自分の臓器をグチャグチャ探られるようなことなのであって。

「最近、ちょっとこの辺で不審者の情報が続いてるんですよね」

 警官の口調は慇懃だが、兄弟と呼ぶにはぼくとちっとも似ていないし、親子と言うには年が近すぎるぼくとりゅうとを見比べる目には、はっきりと疑惑の光が宿っている。

「ぼくのおともだちのお兄ちゃんだよ」

 りょうたが声を上げた。「ぼくが、……あのね、おトイレ間に合わなくって困ってたの、助けてくれたんだよ」ぴったりと、ぼくの右腕を両手で掴んで、庇うように警官を見上げる。

 警官は少し考えて、「身分証いいですか」とぼくに訊く。ぼくは慌ててポケットから財布を取り出し、保険証を提示した。免許は持っていない。住所のところで目を留めている。「あの、川沿いのアパートに住んでいます。此処が地元で、……この子がこっちに住む友達の家に遊びに行く途中、城址公園のトイレで偶然」

「どうも」

 と警官はぼくに保険証を返し、取り掛けていたメモを仕舞って、「誰かと思ったら、ユウイチくんか」と相好を崩した。

「は?」

「ああ、まあ、忘れちゃっただろうねえ。もうずいぶん前の話だから仕方がない」

 中年――四十代の半ばぐらいだろうか――の警官は人懐こい顔になって言う。だがこの制服の男に、ぼくは全く見覚えがない。

「思い出したくないのかもしれないが、君がこの子ぐらいの頃に、……城址公園でね。その頃はまだ、私ももっと若かったから」

 ぼくがりょうたぐらいの頃と言えば、今から十五年以上も前だ。

 けれど、じんわりとぼくの記憶が蘇って来る。慌てて、

「あ、あのっ、その節は、大変お世話になりましたっ」

 頭を下げる。いいよいいよと鷹揚に警官は掌を振る。

「いやあ、歴史は繰り返すもんだねえ」

 恐る恐る顔を上げると、中年の警官は懐かしむような笑みを浮かべてぼくとりょうたを見比べている、彼の目にはもう猜疑心の欠片もないようだった。

 思い出したのだ。ぼくはこのおまわりさんを知っている。

 ちょうど、りょうたぐらいの年の頃、……りょうたは四年生と言っていた、ぼくは当時、三年生だった。あの城址公園でクラスの連中にいじめられて、大人だって入りたがらないような岩窟の中へ、目隠しをして置いてけぼりを食らわされた。どうにか這い出したときにはすっかり陽は沈んで辺りは暗く、当時小さな子供だったぼくにとっては、それはもう、絶望的なほどに怖く思えたのだ。涙を堪えて必死になって道を探したけれど、何処へ行ったら公園から出られるのか判らない。そうこうしているうちにパニックに陥って、自分の半ズボンがぐっしょり濡れていることに気付いた瞬間、堪えていた涙が両の頬を伝った。

 へたりこんでわんわん泣いているところを助けてくれたおまわりさんが居た。彼はぼくを慰め、手を引いてトイレまで連れて行き、今日のぼくと同じように半ズボンを洗って乾くまで一緒に居てくれたのだ。おまわりさんの名前を、ぼくは知らなかった。けれど彼に「ユウイチ」という自分の名前は告げたと思う。……そうだ、確か家まで連れて行ってくれたはずだ。

 恥ずかしい記憶だから、早いとこ忘れてしまいたい。そう思っているうちに、ぼくはこのおまわりさんの顔も忘れてしまったし、いまの今まで城址公園のトイレに纏わる記憶も、ほとんど心の黒土の中に埋めていたのだ。

「さっきも言ったが、このところね、この子ぐらいの子供に声を掛けて回る男がいるらしい。だが、少なくとも君じゃあないんだろう」

 ポンポンとぼくの肩に分厚い掌を置いて、おまわりさんは言う。ぼくは「はあ」と気の抜けた返事をする。正直な所、今日このときが一番罪深さを感じた瞬間だった。

「お兄ちゃんは優しいよ」

 りょうたは警官を見上げて言う。警官は深く頷いて、

「そうだろう。でも世の中には怖い人も居るからね。……おともだちの家に遊びに行くんだって?」

「うん。いっしょに晩ご飯食べて、お風呂入って寝るんだ。あそこの」

 と指差して、りょうたは言う。「五階のお部屋」

「そう、それで……」

 ぼくは急いで言葉を注ぎ足した。「この子からさっき、最近この辺で変な人が出るっていうことを、友達から聴いたってことを教えてもらったって言われたので、時間も時間ですし、一人だと物騒だと思ったので、せめて団地の下ぐらいまで送って行くべきだろうと」

 うむ、とおまわりさんはまた頷く。「いいことだね」

 りゅうたが「お兄ちゃん、行こ」と手を引っ張る。おまわりさんは手を振りながら「困ったことがあったらいつでも相談に来なさいよ」と言う。ぼくは繰り返し頭を下げながら、交番から離れる。りょうたの友達が住んでいるという団地の棟の下まで辿り着いたときには、冷たい汗をびっしょりかいていた。

「えへへ」

 りょうたはぼくを見上げて笑う。「おまわりさんにもナイショ、だよね?」

 頭のいい子だ。ぼくは溜め息を吐き出し、髪を撫ぜ、「おりこうさんだね、りょうたは」と心底から褒めた。最後にぎゅっと、小さな手と握手を交わして、

「じゃあね」

 と手を振る。

 約束はしたけれど、また会えるのかどうかは、正直覚束ない。……だって、そうだろう。連絡先を交換したわけではない。さすがにそれはリスキーだと、ぼくは判断していた。

 ただ、きっとそれでいいのだ。

 団地の階段を何度も振り返りながら上がっていく後姿を見送りながら、ぼくはそんなことを思っていた。帰り道に交番の前を通り、あの警官に会釈して、途中のコンビニで夕飯を買い入れ、昼の熱気がまだ残った部屋で食べる。寂しくはないよ、だって明日には昴星が来るんだもの。

 シャワーを浴びて歯を磨いて、ぼくは久しぶりに昴星以外のオカズでオナニーをした。りょうたが曝す異常な姿態の写真で一回、それから、ぼくのをフェラチオするムービーでもう一回。し終わったぼくの中に、明日やって来る昴星への申し訳ない気持ちがほんの少し浮かんだ。けれど昴星のくれたブリーフを取り出してもう一回というところまでは、体力が続かなくて、そのまま沈没するように眠りに堕ちてしまったのだと思う。起きると朝になっている。今日も相変わらず陽差しが強い、暑い日になりそうだ。十時になったら一人で過ごすときには点けないクーラーにスイッチを入れる。これから遊びに来る、愛らしい少年のために十分に部屋を涼しくしておかなくては。

 麦茶の仕度をして、どうせ汚されるのかもしれないけれどお風呂とトイレも掃除をして、準備が万端整ったのが十一時五分前、……間もなく呼び鈴が鳴った。

「はーい、はいはい、いま出ます」

 ぼくはいそいそと玄関へ走り、ドアを開けた。外から苦しいほどの晩夏の風が吹き込んできた、この暑さには閉口する。

 けれどぼくの口は、開いたままだった。

「えへへ」

 天使髪の少年が微笑む。

「ひひひ」

 隣には直毛に天使の輪を供えた少年が。

 二人、仲良く手を繋いで立っている。

「はじめまして、昴兄ちゃんのおともだちの、牧坂流斗です」

「りょうた」はにっこり笑って、お辞儀をした。

 


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