ボクと魔王は闇属性

 闇属性の僕たちであるらしい。

 つい先日里帰りをした際に、少年は妹にこう言われた。「お兄ちゃんって魔王なんだから『闇属性』だよね」って、アニーは妙に羨ましげに。分類の括弧が外されて久しい世界に在って「属性」などという新たな括りを持ち出す必要はないだろうと思ったし、そもそも妹がどうして何となく羨ましそうなのかの理由が判らなかった。

 彼女曰く、「『闇属性』はみんなカッコいいって思ってるの」ということなのだが、

「じゃあアニーには僕がカッコよく見えるの?」

 そう訊けば、妹は兄譲りの大きく澄んだ目を瞬かせもせずに「全然」と言って憚らなかった。

 別にそんなこと、気にしない。

 何せ、どこにでも居る平凡な少年、その「平凡さ」についてはお墨付きを貰って居るルカである。「闇属性」だとか「魔王」だとかのタグが増えたところでルカそのものの持つ凡庸さを掻き消す事が出来るわけでもない。

 ただ、「魔王なのはいいな」と、最近のルカは思っている。

 スタンとお揃いだ、エプロスさんとお揃いだ。魔王としての肩書きは「子分魔王」などという全く以ってありがたくないものではあるけれど、好きな人たちとお揃いだというのは、無邪気に嬉しんで居ていいことであるようにルカは思う。それに、「闇属性」という妹なりの分類にも一定の納得はする。

 恋人の逞しい腕に胸に全てを委ねて目を閉じ、起きて居るような寝て居るような時間に在っては、すんなりとそう認めさえする。

「ねえ、スタン」

 一秒の余白を挟んで、

「まだ起きて居るのか」

 と少し咎めるような声が帰って来た。

「半分、寝てるけど」

 スタンはルカの身を常に案じて居る。同じ魔王であり、それなりに頑丈な身体を備えて居ることを忘れはしないだろうけれど、それでも愛し合うときにルカの身は人の形をして居る生き物としては相当の水準に達する。スタンは指を一つ閃かせるだけでルカの身体をいまの十七歳の少年としてのものから幼児のようなか弱いものへと変えることが出来る。同じようにスタンの身体も、一部分だけでいいから融通を効かせてくれればいいのにな、と時に思わないでもない。

「僕は『闇属性』らしいよ」

「……何を言い出してるんだ、お前は」

「この間、アニーがそう言ってた。魔王だから、『闇属性』なんだって」

 ふん、とスタンは面白くもなさそうに笑う。

「下らぬ尺度だな。余には闇の力のみならず、地水火風、光も含めて、あらゆる力が宿って居る」

 彼の大きな掌は、同時にルカの少し乱れた髪を撫ぜる。「こうして日々に余の魂を流し込んで居るのだ、それはお前も同じことだぞ」

 スタンは生粋の魔王であるから、魔法を使う。最も魔法なら、ルカだって使える。誕生日にスタンが贈ってくれた髑髏の埋め込まれた杖で魔力を増幅すれば、居城をまるごと灰塵と化すことだって容易い。もっともルカはそんなことはしないのであるし、スタンと共に居られればいいとだけ思っている。この生活を守るために最低限の力だけあればいいのだ。無論、いざというときにスタンを護ってあげられればいいのだけれど、……どう足掻いたって、逆にしかならないよね。

「実際問題、『闇属性』などというものがあるとしてだな」

 スタンはルカの髪の中に長い指を泳がせた。「其れが例えば、吸血魔王のように昼間は動きが鈍くなるとか、人血を欲するとかそういうものでは困るだろうが」

「それは、……うん、そうだね。やっぱり朝起きて、昼動いて、三度のご飯を食べて、夜寝るのがいい」

「余と夜遊びをするのを省いて欲しくはないが、まあいい。余は別段、所謂処の『夜型生活』であっても困らんが、お前はそうではないだろう。人間の生活を十何年も続けて来て、今さら変えるのは不健康に過ぎる。余は別に、夜通しお前の相手をして居たっていいくらいだが、そうするとお前の日常生活に支障を来たすことになる」

 陽射しが辛かったら困るルカである。そんなものはエプロスにやらせれば良いといくら言われたって、……その方が人間らしいし、もっと言えば奥さんみたいで嬉しいからという理由で、ルカは洗濯をする。燦々と陽光降り注ぐ魔王城のバルコニーに綱を渡して冷たい洗濯物を高原の風に泳がせるのが、ルカは楽しいのだ。

「夜通し、したいの……?」

 暗がりの中でスタンの月色の目を見上げて、ルカは訊いた。目つきは悪い、と思う。顔の造作もやはり生粋の魔王の其れで、言い知れぬ迫力がある。初めて見たときには「うわあ」と思ってしまったことは内緒である。いまはもちろん、ちっとも怖くなんかないし、エプロスのような「二枚目」ではないにしてもルカにとっては一番好きな顔である。其の相貌を微笑ませて、

「夜が終わらなければ良いと思うのはしょっちゅうだな」

 とスタンは言った。ルカはよいしょと起き上がり、二人掛かりで寝乱したベッドの上がいつの間にか元の通り整っていることに気付く。まるで僕の身体みたいだ。日常的に肉体に負担のかかる形の愛し合い方をしていながら、ルカが疲労感と無縁で居られるのはスタンの力のお陰だ。胎内に、先ほどスタンが「魂」と称したものを注がれたって、別に体調を崩したこともない。

 いっそ暴力的とも言って良いサイズのものが何往復したって、終わったあとには痛みなど何処にもないのも、また。

「寝るのではないのか」

「うん、寝なきゃね……」

 魔王城には時計がない。そんな厳密な生活はしていないし、エプロスが正午を告げに来る以外は太陽と月の運航に従っているばかり、其れで困ったこともない。だから今が何時なのか、ルカにもスタンにも正確なことは判らない。日付が変わったのかどうかさえも。案外に、まだ浅い時間なのかもしれない。「僕は、スタンに付き合える身体だと思う?」スタンは大義そうに半身を起こして、恐らく暗闇であっても細部まで見通せるはずの両眼で座る少年の頭の天辺から組んだ足の指先までを眺め渡した。

「無理だろうな」

「そう?」

「余の本気を、お前はまだ知らぬ」

「いつも本気じゃないの?」

「本気は本気だが、余は優しい魔王だからな、お前を傷付けることのないギリギリの線でお前を愛している」

 ふうん、と判ったように言ったルカの唇は何だか尖った。確かに自分の身体の貧相なことは知っているし、抱かれ揺すられている間中、これがスタンの本気ではないだろうということも理解している。可能ならば、もっと強くなりたいものだと、少年は願う。スタンが心置きなくこの身体で悦びを得られるようであれば、言うことなしだ。恋人は、ルカの思う処を十全に把握しているように、「下らぬことを考えるな」と言葉とは裏腹に不穏な微笑みを浮かべる。「お前を壊さぬように気を遣って抱くことが、余にとって不満の伴う行為であるものか。……お前は余と共に永遠の時を生きなければならないのだぞ?」

 少し空いた窓の隙間から、招かれたようにひんやりとした夜風が這入り込んできた。痩せたルカの腕に反射的に浮かぶ鳥肌は、再び横たわったときにスタンの掌が撫ぜる理由になる。

「しかし、お前がいまよりもう少し強くなりたいと願うのであれば、……其れは余にとっても歓迎すべきことだ」

 ルカの前髪を退けて、スタンは口付けをする。其れは秒針よりも確かで厳密で、且つ静かで密やかな合図だ。

「鍛えて強くなるものでも、ないのかも知れないけど……」

「そうかも知れないな、其れは余にも判らん」

 けれど、重ねる長い時間の末には、また結果も変わって来るのかも知れない。

「こう暗いと、お前の顔を見るのも一苦労だな」

 色付いた頬を的確に撫ぜて居ながら、スタンはそんなことを嘯き、部屋の中に光を浮かべる。小さな月のようなとろりとした光源が蛍のようにふわふわと漂い始め、スタンの浅黒い肌が、鋭い筋肉が、陰影を纏った。

「お前を怒らせることを言ってもいいか?」

「……今日二回目だよね。怒ってもいいなら、どうぞ」

「……小さいな」

 ぐい、と腹の下にある獅子の鬣のような髪を掴んだ。「仕方がないだろう、小さいものは小さいのだから」

「僕だって、仕方ないでしょ、スタンにそんなこと言われたって大きく出来るもんじゃないんだから」

 まだ柔らかい、ということは小さい。身長で考えると、ルカは平均より少し小さいくらいだろう、体重にしても平均より細いという程度で説明がつく。しかるに其の場所の未熟さを以って、まるで自分の「個性」になり得てしまう可能性を否定できない身体である。

「怒られた上で尚言うのだが、余はお前の此処が幼いことを責めたつもりもないぞ」

 遅ればせながら初毛が生じたときには、綺麗さっぱり剃られてしまった。以降はスタンとこういう関係になって、ルカの身体の時計は極端に遅い時の刻み方しかしないから、恐らく今後数年はこのままであろう。いや、……多分、毛の方がショックで生えて来るのをやめてしまったのかも知れない。せっかく生えて来たのに綺麗さっぱり剃られてしまえば、へそを曲げてしまうのも当然に思えた。

「スタンは?」

 まだ弾力のある場所を面白そうに指で弄ぶ恋人に、ルカは訊いた。「君だって、生まれたときからそんな風だった訳じゃないでしょ? きっと小さい頃は僕みたいに……」

「それは当然だろう。余が紅顔の美少年であったころより此処ばかりいまと同じ形状であったら気持ち悪いに決まっている」

 美少年であったかどうか論ずることはしないとして、スタンの言葉にはすんなり納得が行く。顔が子供なのにそんなところだけ大人っぽく毛が生えたりしていたらグロテスクに決まっている。

「だから、余はお前の此処がこんな風に幼い形であることはちっとも悪いことではないと思っているぞ。お前は幼い顔をしているのだから……」

「っひゃ」

 言葉の終わりには、一口にすっぽり収まっていた。

「寧ろ、この形こそお前には相応しいのだ」

 スタンの言葉に、こくんと頷くほかないようだった。

「それにしても、……殊勝な心掛けと褒めてやっていいだろうな。余の為に『強く』なろうと言うのだからな」

 少しずつ力を集めた場所を見下ろしながら、スタンはルカを抱き起こし、膝の玉座に収めた。「言うなれば、修行だな。今後の我らの夜をより充実させるための」

「修行……、かな。そんなたいそうなもんじゃないと思うけど」

 それに、これまでと比べて何か一つでと変わる訳もない。ルカが疲れれば、スタンがそれ以上執着することなどあり得ないのだ。其の事実を下敷きにして、「日々に少しの変化があることを、余もお前も共に喜べば良い」とスタンは言ってのける。

 彼の両指はルカの、平たい胸の小さな飾りに至った。生白い肌の上に在るだけの其処に、スタンが物体としての意味を与えたのはもうずいぶん前のこと。今度は其処に、命を吹き込む。「余が力を使わずとも、お前の此処が息衝くようにしてやろう」

「ちょ、ちょっと待ってよ、其れと、僕が君の夜に付き合えるようになることと、関係あるの?」

「直接的にはないかも知れない。しかし、こういうことは小さなところからコツコツとやって行くのが筋というものだ」

 両指が、両の乳首に当てられる。男の身体に在って働きのないまま放っておくぐらいなら、どんな仕事でも与えてやった方がいいというスタンの考え方には同意するルカである。結果的に其処は、スタンが指で弄り、舌先で転がし、唇で吸うための場所となった。

「うぅ……」

 ルカにとっては、相変わらず「男なのに」という思いを払拭できない場所である。其処に触れられると腰の辺りまでじりじりと痺れが走る。くすぐったいというのが一番だが、例えば同じ感覚を足の裏に与えられれば悲鳴に近い笑い声を上げてしまうところ、どういう訳か乳首の場合は笑いは零れず、反射的な震えだけが溢れるのだ。ルカの其の場所が、しっかりと仕事をしている証拠だろう。

「……お前は『闇属性』だったな」

 スタンは胸飾りを刺激されることで幼げな輪郭の場所をくっきり勃ち上がらせるルカを見下ろして、明らかに愉しんで居る。「人間の言う其の属性は、一体どの程度を内包して居るものなのだろうな」

「……なに、それ……っ」

「元来人間というものは、光を忌々しく(これは生粋の魔王たるスタン特有の言い回しだろう)聖なるものとして捉え、麗しき闇の中に、気高き魔が潜んで居ると恐れるものだろう。そして人間たちは都合の悪いものを全部、その闇のものと定義して、……言うなれば押し付けているだろう。だとすれば、お前がこの場所で感じるという事実を含めて、正しく『闇』の時間に我らがこうして愛し合うことはそのまま、お前が『闇属性』なるものであることの証左になる。……無論、其れは余も含めてだが」

 ルカのか細い砲身は胸に端を発した震えが届いたように間欠的な強張りを繰り返していた。スタンが作り出した光の浮遊体はルカのへその高さまで降りて、其の場所を照らす。熱を鬱積させて脈動する其処の先端に在って、耳朶よりも柔らかな皮の隙間に覗く生肉の筋溝から早くも滲んだ露が映じて光ったのを隠そうとしても、スタンは其れを止めなかった。

「いくらだって隠すがいい……、そうやって、自分の影の中に」

 遅かれ早かれ、ルカが自ら其の闇を解くことは火を見るより明らかだ。

「焦る必要はない」

 スタンはルカの、金の貯まらなさそうな耳に向けて囁く。

「余は、お前が強くなるのが何年先だって困りはしないぞ。存分に時間を使えば良いのだ、……我らにとって時間とは、人間の其れとは違う、朝が来て夜が来てという一つの単位から解放されることだってまた容易いのだからな」

 現在と未来の間に繋ぐ道を同じ歩調で歩いて行くだけのこと。ときに、寄り道をしたりなどして。石に躓いて転ぶのは、出来れば遠慮したいけれど。けれど、それすら楽しい二人で過ごす「時間」である。乳首から始まり、腰を下腹部を内側から震わせていた微細な雷はルカの幼い性器を包む皮の中でずっと、じりじりと音を立て続けて居る。

「もう……、スタンっ……」

 暗闇の中に隠してはおけなくなった素直な欲を晒して、ルカの強請る。

「もう……、もう無理っ……、触って……!」

 スタンは乳首から指を離し、「今日のところはこの辺で勘弁してやるか」と魔王然と囁く。「いまに、此処だけでお前が達せるようにしてやる」

 こんなに幸せなのに、身体にまつわる切なさが胸の中で満ちて居る。日々に不足を感じることなど何一つとしてないはずなのに、わがままを言ってしまう。

「スタン……、早く、触ってよ……!」

 其れは少年が無意識のうちに、恋人の自尊心を満たすための。

「泣くことはないだろうが。余がお前の望みを叶えなかったことが一度でも在ったか?」

 恋人の願いを叶えるという幸福を、スタンに与えるための。

「案外に、早いかも知れないな」スタンは独り言のように呟いて、ルカの幼茎を摘まんだ。「『闇属性』か。きっと、お前はそうなのだろう、……そう信じたくもなるくらい、淫らで、……だから、愛しい」

 長い長い長い時間のうちの、ほんの一瞬だ、

「んっ、あ……あっ、あ! あ……!」

 スタンの指で、ルカが漏精するまでの時間など。夜の民として在る。スタンに愛される時間が主に其処だと言うのならば喜んで。

 ……けどよく考えてみれば、夜に限ったことではなく、まだ太陽が高いところに在る時間からしてルカとスタンはこういうことをすることに、もはやためらいなど少しもないのだ。

 

 

 

 

   僕は闇属性かも知れない、夜の民かも知れない、そういうことをルカが反射的に考えてしまったのは、

「……貴様何をして居る」

「ああ……、すまない、玉座に居なかったから……」

「玉座に居なかったら勝手に人の寝室の扉開けて良いと思って居るのか馬鹿者! 貴様だいたい普段から其処らへんすごい大雑把だぞ!」

「悪かった、謝る、申し訳ない」

 正午を告げに来たエプロスにお尻を見られたからだ。

 別にエプロスだってそんなものを見たくて此処へやって来た訳ではない。ただいつもの通りの仕事をこなしに来て、……だから彼は忠実なスタンの僕であると言っても良いほどだ。それなのに横暴な主君に、八つ当たり同然の暴言をぶつけられても彼は気分を害しはしないようだ。

「……昼食の支度が出来て居る。スープが冷めないうちに来てくれ」

 溜息混じりの言葉に遅れて戸が閉められる音がしたから、やっとルカは布団から顔を出した。頭隠して尻隠さずという言葉の通り、裸のまま目を覚ましてスタンと朝のキスをして居たところへエプロスにドアを開けられて、反射的にルカは頭を布団に突っ込んだだけ、形のいい尻は丁度エプロスが一番見やすい処にあったはずだ。

「……はあ」

 とどのつまり、「朝のキス」という呼び名が相応しい時間はとっくに過ぎ去って居たということだ。そういえば、意識失うように眠りに落ちる寸前に見た窓の外はかすかに白んでいたような気もする。今日に限っては、「闇属性」の自分をはっきりと自覚する。

「奴のことだ。確かに視界には入ったかも知れないが、お前の尻の形がどうこうなどとは言うまい。ましてや孔や裏玉の形状についてとやかく言うまい」

「当たり前だろそんなの、エプロスさんそんな変態じゃないよ。……それよりスタン、ちゃんとエプロスさんに謝らなきゃダメだよ」

「何故余があいつなんぞに謝らなきゃならんのだ」

「僕も一緒に謝るから。気まずいのは僕らだけじゃないんだよ?」

 全知全能を自称するスタンであるが、斯様な事態に於いて社会常識的に妥当なことが言えるのはルカの方だ。だからスタンはまだ納得など微塵もして居ない表情を崩しはしなかったが、ひとまずルカのために頷いた。エプロスさん作ってくれたスープが冷めないうちに早く行こうと急かして、ルカは服を着る。

 外は眩しいくらいに明るく夜で満ちて居た部屋の中に真昼の陽射しが遠慮なく差し込んで居る。今日も良い天気だ。太陽を見るとルカは洗濯がしたくなる。

 光の時間の予定を、魔王は定めた。


back