ボクと魔王の狭隘バスルーム

 巨牛魔王と自称する、筋肉ダルマオージービーフを追いかけて大樹のウロへの道をウロウロしていた王女マルレイン率いる一行、すなわち護衛の女勇者ロザリー、幽霊学者キスリング、そして少年ルカの四人であったが、連絡トンネルを抜けて空を見れば、もう午後四時の太陽は野原をオレンジ色に染めていた。あと半時間も待たぬうちに、リシエロの水面も赤く燃え上がるだろう。小川にかかった橋の上、しつこいカエルどもを魔法で一網打尽にして一息ついたロザリーが西南の方角を眩しげに見やって、
「どうせ通り道だし……、今日はもう休みましょうか」
 そう提案した。
「賛成だね。夜になればオバケの数も増える。大樹のウロの中がどれほど広いかは知れないし、準備は万全に整えておいたほうがいい」
 胡散臭いシミのついた白衣に身を包んだキスリングもうなずく。
 が、主体性無くルカがなんとなく頷くと、足元からにょっきりと黒い影が立ち上る。言うまでも無く魔王スタンである。
「おいこらルカ、キサマ目的を忘れたわけではあるまいな。我々は世界征服のファーストステップとして余の邪悪なる魔力を一刻も早く取り戻さねばならんのだぞ。おい嫁の貰い手の無い寸胴勇者と白目黒目逆転学者」
「……あんた一日一回はノルマのようにキレさすようなこと言うわね」
「余は反対だ。ルカ、まっすぐ大樹のウロへ向かうのだ。場所は分かってるだろう、マドリルを抜けてちょっと北に行ったところだ。何度か迷って近くまで行ったことがあるのを覚えているな?」
 ロザリーを丸無視して、スタンはルカに命じる。いつものようにルカは、ロザリーとスタンの水と油、光と影とでも言うべき正反対の意見に右往左往する羽目になる。
「あー、待ちたまえよ。木の実のストックも心許ないし、何より我々の体力ももたない。ルカ君一人だけで行っても勝算は薄いよ」
 見た目は間違いの無いマッドサイエンティストだが、その実、この一行の中では今のところ唯一の理論派であるキスリングが冷静に言う。
 二対一と形成不利なスタンは、
「ええい、軟弱者どもめ! ルカ、お前はどうなんだ、どっちの味方なんだ、ええ!?」
「え?」
「え? じゃない! こうなったら余とお前だけでも大樹のウロに突っ込んであの巨牛魔王とかいう輸入牛肉をちちまわしたっていいのだぞ」
「えー……、ええと……」
 ルカはちら、とロザリーの顔を見る。怖い顔をしている。スタンを見上げる、その平面顔を思い切り醜悪に歪ませている。
「……ええと、……ええと、……ええと……」
「つぁあああ、ジレッタイなお前は!! もういい、余が決めてやる! キサマは余を連れて大樹のウロに突っ込んであの牛をちころして今晩のステーキにするのだ!」
「え、でも……、僕だけじゃ……」
「どうとでもなるわい! とにかく、行くぞ行くぞ行くぞ子分子分子分子分!」
「えー……」
 ロザリーの言うことにも一理ある、キスリングの言うことも一理あるから、二理もある。合理的に考えれば、一旦マドリルで休息を取るというのは、十理も百理もあることだ。しかし、足元のスタンの言うことも、ルカの個人的な立場としては、無碍に扱うのは憚られた。スタンが、魔王としての本来の力を全て取り戻してくれたなら自分からは分離してもらえて、もうこんな風に足元からにょこにょこ出てこられることはなくなるだろうから。
 だからルカは、考える時間を一秒でも長くする努力を懸命にしている。無力な彼に出来ることというのは、それくらいだった。
「……わらわは疲れた」
 ルカが地味かつ不毛な努力をしているところに、王女マルレインがうんざりしたように言った。
「服もホコリっぽくなってしまったし、そろそろ空腹じゃ。ルカよ、さっさと宿屋に行くぞ」
「ほら、王女様もそうおっしゃってるし、行くわよルカ君」
「え、あ、う、うん」
「許さんッ、断じて許さんぞルカッ、余の言うことをさしおいてそんな小娘の言うことを聞くというのかキサマわっ、それでも余の子分か! 裏切り者っ」
「はいはい、行くわよルカ君」
 ロザリーに手を引っ張られ、キスリングに背中を押され、ルカはずんずんマドリルの入り口へと近づいていく。
「そもそもルカの所有権の七割はわらわの手にあるのじゃ。ペラペラ魔王なんぞの言うことなど聞くことはない」
 マルレインがぼそっと呟いた。
 宿の入り口まで来ても、スタンは往生際悪くその影をマドリルの北出口方面へと伸ばしてルカを困らせたが、結局投宿することに相成ったのは、すでに日がとっぷりと暮れてしまった後だった。
 値段相応の夕食を食べて、各自部屋に戻る段になってもまだ、スタンの不機嫌は治っていなかった。食事中ずっとルカの後ろから「なぜ余が」「こんなところで」「こんなふうに」「のんべんだらりんと」「飯を食っているキサマらの」「腑抜けた顔など見ていなければ」「ならないのだ」とブツブツブツブツ言うのを聞かされながら食べたルカの夕食に、味が無かったのは確かなことだ。
「まあ、冷静になりたまえよ。実際ルカ君の体も疲弊しているのは事実なのだし、君はルカ君が死んでしまったら目的を果たせない。ここは悔しいかもしれないが、言うことを聞いておくのが賢明というものだね」
「ぬー……」
 ルカの足元から影を伸ばすスタンは、キスリングの言葉も耳に入っているのかいないのか、虚空を見つめて苛立ちの表情を消さない。
「まあ、ルカ君、風呂でも入ってゆっくり休むといい、キミが一番疲れているはずだからね」
「はあ……」
「では、お休み」
 キスリングはそう言って、部屋を出て行った。あの人、白衣着て本持って、実際頭すごくいいのに、だけどちっともそう見えないのは何でなんだろう、そんなことを考えながら、染みのついた白衣の背中を見送った。
 スタンと二人きり、スタンが不機嫌。
「あのう」
 気は進まないながらも、ルカはスタンに呼びかけた。
「……何だ」
 スタンは険悪な声を出す。目は尖がっている。
「……ごめんね、その、君の思ったように出来なくて。大樹のウロにまっすぐ行けなくて」
「ああ! 本当にそうだ」
 スタンは打てば響く勢いで言った。ルカはいつもながら、スタンの雷に首をすくめてしまう。スタンはスタンで、そのルカの恐怖態勢を見て気分をよくして、一層勢いづいて雷のレベルを上げるのだ。
「大体キサマ主体性がなさすぎるぞ! あんなマユゲ隠れ女や前髪揃い過ぎ小娘の言うことをハイハイ聞きおって。キサマの主人は誰だ、言ってみろ!」
「主人……、ええと。誰でしょう」
「嘗めとんのかキサマッ、余に決まっとるだろうがッ、キサマは余の手足となって働くのが仕事なんだろうが!! まーだ分からんのかこのバカちんが!!」
「あ、あ、ああ、そうか……、うん」
 主従関係なんて冗談じゃない、そうは思うのだが、スタンの言動一つ一つに律儀に腹を立てたり悲嘆に暮れたりしていては、それこそ何も出来ない。雷だって怖いのだし、言うことは形だけでも素直にハイハイ聞いておいたほうがいいということを、ルカは学習し始めていた。
「じゃあ、次からは、もうちょっと、主体性を持つようにするよ」
「そういうのも余に言われる前に気づけ。余に言われたからスル、余が言わぬからシナイ、では、第一歩目から躓いているではないか」
「……そうか。じゃあ、どうすれば……」
「ああもう、いい、この話は終わりだ」
「……」
 暴君と呼んでしまっても良いような振る舞いも、しかしルカの前でなら許される。そのことが、魔王スタンリーハイハットトリニダードの魔王っぷりに拍車をかけてもいるのだが、どう転んだってルカにはスタンを御することの出来ようはずもないのだし、この二人の位置関係、というのは、定着してしまったからにはもうどうこうしようもない類のものとなってしまった。
 スタンは、つまらなそうに息を吐く。そうして、困ったような顔のルカを見下ろして、もう一度、わざとため息をついて、その息の尻から、言葉をつないだ。
「……フン、まあ……、そうだな、余も」
 空虚な咳払いをする。
 その空虚であることをルカは意識しない。
「多少は、疲れていないことも、無い。それに……、あれだ、なんだ、あの、お前に死なれても困るからな」
 スタンはそう言って、なぜだかまた少し、怒ったように目を吊り上げた。
 ルカは申し訳なさそうにうつむく。スタンはその様子を見て、またわけも無くぶりぶりと不機嫌になりそうになる。誤作動しかけた感情を堰きとめたのは、悪企みだった。
 そうか、そうだ……、唇の端を、ちょっと持ち上げる。
「おいルカ、風呂に入るぞ」
「え? ……いまから?」
「今からだ。グズグズせず支度をしろ支度を」
「でも、浴槽にお湯溜めてないし、シャワーだけ?」
「グズグズするなと言っとるだろうが!」
「ひゃ」
 歯向かえばまた不条理な雷が落ちてくるのは目に見えている。ルカは慌ててタオルと下着を揃えて、脱衣室へと飛び込んだ。
「あのー……、スタンも入るの?」
 服を脱ぎながら、足元に消えないスタンにたずねる。平然とスタンは、
「あたりまえだ。余も体の汚れを落とすのだ」
 と答える。
 ここに「影なんだから汚れようも」などと返さないのが、ルカらしいところである。ルカは「そう」とだけ呟いて、ひんやりした浴室に足を踏み入れた。歯車をデザインした模様をあしらったタイルの壁も床も、背中にぞくぞくと上がってくるほどに冷たい。ルカは震えながら赤い蛇口を捻った。ちなみに、一応、腰にはタオルを巻いている。スタンはしかし、シャワーの温度を確認しながら、どう見られているかをまったく意識していないその臀部をタオルの上からでも構わずまじまじと観察して、正しく理想的で、余の好みに合致していると、改めてほくそ笑むのだった。
 ようやく好みの温度に調整できたルカは立ち上がって、頭のてっぺんから大雑把に湯の雨を降らせた。スタンは一歩引いた位置から、さらにルカの体を観察する。
 十六歳の少年としては細身で、ありていに言ってしまえばやや、貧弱かもしれない。とりとめもなく続くたびによって日焼けして腕が小麦色になろうとも、その印象は払拭されない。が、きめの細かく滑らかな肌や、やせていながらも内側に確かな肉の存在を知らしめしている輪郭は、決して貧弱の一言で片付けられるようなものではない。スタンは少年の陰部同様、腋の下にもまだ毛の生えていないことを知っていたが、これらはいつか生え揃う。今のような形ではなくなるだろう。スタンが甘い物と判断する、その茎も、時間とともに思うようなものではなくなっていく。だがその時には、とうに世界征服計画も円満完了しているだろう。そうすれば、この子供をそばに置いておく必要は無い。
 シャワーの飛沫が少年の肌に散って、つるつると流れてゆくさまを眺めながら、スタンはそんなことを考えていた。
「あのさ、スタン」
「……何だ」
 濡れた髪の毛が頬に張り付くのを鬱陶しそうにはがしながら、ルカはスタンに向き直った。薄い白のタオルが濡れて、肌の色を透かしている。思わずそれに目をやってしまいながら、スタンは魔王の誇りにかけて、冷静を装う。
「スタン、……どうやって洗うの?」
「……ああ……、まあ、そうだな、適当に湯でもかけてくれれば良い」
 言われたとおりに、ルカは自分の足元から伸びる影に、シャワーの湯をかざした。黒い影は、影でありながら、湯があたるとぴちぴちと跳ねる。
「こんなのでいいの?」
「うむ、やや温めだが、まあいいだろう。肩のあたりも頼むぞ子分。頭と顔はやらんでいいからな」
「石鹸は?」
「必要ない。別にこの身体だから、垢がたまるわけでもないからな。ホコリが流れればよいのだ」
「そう……」
 でも一応、とルカはスタンの、奇妙な質感の身体にシャワーヘッドを近づけて、手のひらでそっと撫でるように洗う。スタンは思ってもいなかったルカの奉仕行動に一瞬戸惑ったが、不快感はない。させるに任せて、ついでにその手のひらの柔らかな感触を楽しむことにした。自分の身体がこんな影であることを、やや、強く、悔しく感じた。一方のルカはと言えば、その手のひらに与えられるスタンの身体の感触が、なんとも不思議な柔らかさも温かさも兼ね備えたものであることに、激しく違和感を感じていた。影に触るということ自体が怪しいことであるのに、こんな質感を伴うものであるとは。実際、ルカの触れているその影は、魔王スタン本体の肌でもあったのだが。
 だが、確かにスタンが本当の、いわゆる「影」であったなら、高い木の枝の帽子を取ったり、「フライング魔王」でオバケをひっぱたいたりすることも出来ない。何度も助けられているのだ、ルカはこの奇妙な触り心地をありがたく思うことにした。 
「……スタン?」
「……何だ」
「お湯熱いんじゃない? 息上がってるよ」
「……。なんでもない。もういい、ご苦労。ではお前も体を洗うがいい」
 もともと真っ黒なのだし、どこがどう綺麗になったのか、ルカの目には分からないし、そもそも魔王自身にとっても自覚症状の無いことだ。単純に、ルカに悪戯せんと共に入浴することだけが目的だったのだ。建前だってボロくとも、ルカの前でならそう問題でもない。
「じゃあ、スタン、もう、引っ込んでよ。僕身体、洗うから」
 当然、スタンは顔をしかめる。ルカの手のひらで体中撫でまわされて機嫌は悪くなかったが、思惑通りに行かないことを黙過するのは魔王の所業ではない。
「聞き間違いか? 余に指図を……」
「あー、あー、いや、なんでもない。ごめん、聞かなかったことにして」
「フン、それでいいのだ。キサマは余の、子分、なのだからな」
 子分、を強調して言う。しつこく言いつづけることで、ルカの意識の中に刷り込むことには成功しているようだ。
 ルカは仕方なく、スタンの目があることを疎ましく思いながらも、壁の方を向いて腰のタオルを外し、腰掛に座った。スタンには四六時中付きまとわれているし、ルカ自身は意味を理解しきれていないようだが、自慰行為をすることも強制されているから、その肉体の恥部を晒すのはしょっちゅうだ。しかし、それでも何か、いじましく残るプライドのようなものがルカにそうさせる。そう、軽々しく見てほしくないのである。いくら子分であるとはいえ。
 しかしスタンは、構わずタオルの無くなったルカの後姿を眺める。腰掛に乗った尻は白く、柔らかな円い形をしている。尊大なる魔王という存在であるからして、スタンは無遠慮にじろじろ眺める。ルカが気づかないのをいいことに、顔を寄せて観察する。じっと見ていたら、そのうち背中に石鹸の泡が垂れてきたので、ようやく顔を上げた。
「……いい尻だ」
「何?」
「いや、……独り言だ」
 後ろから見ると、その尻に向けて、腋の下からのラインが腰で一旦縊れている。それもまた良い。スタンは大いにルカの裸体を楽しんだ。
「ルカよ」
 タオルで洗う背中に呼びかける。ルカは顔だけスタンに向けた。
「背中を洗い終わったら自慰をしろ」
「は?」
「寄り道をさせられて、余は退屈している。この時間の浪費はお前の余への忠誠心の不足による所が大きい。その分、キサマに楽しませて貰う事にした」
「えー……?」
 こんな具合に、ルカに自慰行為を見せることを強制するのは、数えてみるとこれが四度目になる。スタンはいくら望んでも性欲を果たせない肉体状況である訳だが、そこはそれ、そんなことで気を滅入らせているようでは魔王の名が廃る。スタンは「自慰行為」という行為自体を、性知識にまったく未開なルカに教えて以降、ストレスの解消および娯楽の為に、ルカに自慰行為を見せろと強制していた。
 無論、いくらルカが自慰行為に関する知識が無く、「それを見られることがトンでもなく恥ずかしいことである」という事を知らなくとも、やはり人前で下半身を晒したり、自分でも変だと思う声を上げたり、失禁するようにタイミングをコントロール出来ないまま射精したりしてしまうのは、恥ずかしく思われた。ただ、この恥ずかしい気持ちは、一般的に恥ずかしいと感じる指標とは、やはりズレがあることは間違いない。
「……また、するの? アレ……」
「いいかげん名前覚えんかお前は。自慰行為だ。別にオナニーでも手淫でも何でも構わんから。とにかくやれと言ったらやれ! これは命令だ!」
 ルカは情けない顔をする。そうして、シャワーで髪の毛から何からについた泡を全部流し落として、スタンに向き直った。
「……どうしてもやらなくっちゃ駄目?」
 八の字眉の弱りきった顔になって言う。逆効果に、スタンを喜ばせる。
「駄目だ。……だが、そうだな、折角だから今夜は、また一つ新しいことを教えてやるとするか。喜べ」
「……」
「喜べ!」
「う、……うわーい……」
 最初の日に教え込まれたのは、ごく普通の「手淫」である。すなわち、自分の陰茎を握り、扱き上げることによって快感を得るという、二次性徴以降の男性の大半が行なう形態での「自慰」である。過去三回はいずれも、このスタイルでやらせてきた。それで、スタンも十分満足していたのである。ルカの痴態を眺めて、視覚的に楽しむというだけでたくさんだったのだ。
 しかし今日、それ以上の事を教え込もうと思ったのには、スタン自身も意識していない内心のうごめきがあった。無論、それに気づいてなどいない、のん気な魔王ではあったが。
「まず……、そうだな。とりあえず、いつも通りだ。そのチンケな物を握って扱け。やり方はもう分かっているだろう?」
「……うん」
 ルカはと言えば、この「自慰」という行為、確かにスタンに見られながらしている「恥ずかしいこと」という意識が漠然とながら存在しているから、恥ずかしく思う部分が大きい。しかし罪悪感をも伴う、到達時の快感はしかし、それだけでは片付かない。いけない味のする気持ちいい行為というのが、ルカの中での「自慰」の認識だった。悪いことだと思いながらもしてしまう、スタンに怒られるのがいやだからしているのだという大義名分を自分の中で打ち立てながら、彼は自分の性器を扱く。
 スタンは言っていた。「こんな所をあの日傘勇者が見たら何と言うか」、呟くように。ルカはだから、ロザリーにこんなことを知られないようにと祈っていた。
「……んっ」
 濡れた手で濡れた性器を扱いていると、手のひらにこもった水が音を立てる。上品とは言いがたい水音がバスルームに響くのを恥じらいながらも、ルカの性器はその刺激に敏感に、熱を帯び始めている。スタンが前回のお話で指摘している通り、ルカのそれはまだ剥けておらず、毛の一本も生えていないから、いまこのように勃起している様子は、どこかそぐわない、微妙な危うさを醸す。しかし魔王であるからして、その危うさこそ、スタンにとっては居心地の良いものになるのだ。
 ルカはそんなことなど知らずに、スタンの目に痴態を晒す。少年の身体は、二箇所で快感が渦巻きを巻くのを感じる。一つは扱いている性器の皮の内側で締め付けるように蠢く。もう一つは下っ腹のあたりでじわじわと溜まって行く。二つの快感だ。ルカの心は、罪悪を感じつつも、二種の快楽を追い求め、自ら壊れていくほうを選ぶ。
「今の気分はどうだ、ルカ」
 余裕綽々、スタンは薄い腕を組んで少年を見下ろしている。
「……恥ずかしい」
 手を止めたルカはスタンの目を見ようともしない。
「ほう……。だが、それだけではあるまい? それだけで、其処がそんなになるなど、有り得んからな」
「……」
 ルカはごくりとつばを飲んだ。シャワーを止めてからずいぶん経つのに、身体がまるで冷えてこないのはなぜだろう。
「……気持ちいい」
「フン……、そうだろう。素直が一番だ。子分、褒美だ、新しいやり方を二つも教えてやるぞ」
 スタンの言葉は優しげだ。だからこその怪しさが、そこからは大いに汲み取れるのであるが、しかしいつも以上に神経の鈍っているルカは、そんなことにも気付けない。
 ただ、翠緑の潤んだ目でスタンを見上げ、
「……新しい、やり方……?」
 あえぐような声を出す。
「そうだ。新しいやり方だ。きっと、それとは比べ物にならんほどに気持ちいいはずだぞ。どうだ、知りたいだろう?」
「……」
 知りたくない、そんなの、僕には必要ないね。言うべきそんな言葉を、ルカはうまく口に出せなかった。自慰行為には確かな快感を感じている。スタンの目が無くて、スタンに命令されなくとも、これの快楽は知ってしまったら、いつしたいと思うか分からない。悪いことだと、分かりつつも。
 いや、むしろ悪いことだと分かるから快楽と、身体が受け止めるのかもしれない。罪悪感があるから、良いと。
「……知り、たい……」
 あるいは、自分の身体は徐々に、スタンのような「邪悪」に染まりつつあるのかもしれないと、ルカはおぞましい思いに駆られた。事実、スタンの働く悪事を見たり、実際に自分でそれに荷担したりすることを繰り返しているうちに、今までは考えもしなかった悪への魅力を覚えるようになっているのだ。以前はスタンの命令にも「いやだよぅ」と気弱ながらも反抗していたのだが、今はさほど抵抗も無く、首肯している自分がいるのだ。
 この、自慰行為に関しても同様だ。
「教えてほしいか? んん?」
 スタンの命令に従って、自分が黒くなっていく……。しかし、そう考えることがルカにどこまでも不快感を与えるというわけでもないのだ。
「……教えてほしい」
 スタンはククッと笑った。ルカはその笑い声を聞いて、スタンが実体化したら一体、どんな邪悪な姿をしているのだろうと、怖気を震った。
「いい心がけだぞ子分、そうしていつも素直に、余に忠実にしておれば、余が魔力を取り戻した暁にはただの子分ではなく、スペシャル子分くらいにはしてやらんこともない」
「……スペシャル子分って、もんのすごい子分ってこと……?」
「そうとも。余にまつわる全ての負担と迷惑がキサマの元へ圧し掛かってくる、またとない立場だ」
「……やだそんなの……」
「まあ言うことを聞くのは感心だ。……さあ、まず、そうだな……、それじゃあ、ルカよ、一つ問うが、自分の乳首を意識的に弄った事はあるか?」
 質問に、ルカは首を振る。下半身は相変わらずの状態なので、個人的には今は止めている右手で、また激しく扱きたい気持ちが強いのだが、スタンに逆らうのは、「スペシャル子分」への道を回避する唯一の術かも知れなくとも、「ハイパー奴隷」とか「マーベラス下僕」などに格上げされては困るので、やりかねる。
「そうか。では、話は簡単だ。指で乳首を摘み上げてみろ」
「……? それだけ?」
「そう。それだけだ」
 男の胸が何になる、多くの正常な男はそう考える。しかし、胸、とりわけ乳首は、女も男も共通に神経が集まる場所であって、そこに一定の刺激を加えられれば、肉体には変化が生じる。無論、個人差もあるし、経験不足によって何も感じないこともある(それを感じるようにしてゆくのが「調教」というわけだ)が、基本的には、男にとっても性感帯の一つとして扱われて然るべき場所である。
 ルカがそんなことを知っているはずも無い。左手で左の乳首を摘む。
「摘んだら、引っ張ったり抓ったり撫でたり、とにかくこう、いろいろしてみるのだ。適当に」
「……てきとうに」
 人の身体のことだと思って、スタンはいい加減だ。ルカはスタンの言葉どおり、摘んで、引っ張り、抓って、乳首の先を指で撫でた。
「ん? どうだルカ、少し違うだろう」
「……? んー……いや、何も別に」
「……。やり方が悪いのだ! もっとこう、イヤらしくやるんだ分かるだろうこう、何と言うかこうホレ、そんな無愛想な弄くり方ではなくてだな、卑猥に甘ったるく」
「訳わかんないよスタン」
「わかれノータリン! だからそんないい加減ではなくて、気持ちを入れてやるのだ!」
「……」
 気持ちを入れて、って言ったって。自分のやり方を「いい加減」と評価された理由も分からなくては、イヤらしくというのも分かるはずもない。しかし、ルカは内心、こんなトコロよりも……、と思いながらも、胸の飾りを弄りなおすのだ。
「……ほれ、見ろ、乳首が尖り出しただろう。弄っていない方と見比べてみろ」
「……? ……あ……、本当だ」
「乳首というのはだな、弄られて快感を得ると硬くしこりが生じたようになるのだ、そんな風にな。そうして、……ルカ、その先端の粒のようになった所を指で撫でてみろ」
「……先っぽ?」
 なんでもないそんなこと、ルカは軽く思いながら、そこをそっと、撫でてみる。
 すると如何したことか、そこから斜め下の胃が締められるような、そうして脇腹をくすぐられたような、奇妙な感じが走ったのだ。
「え……?」
 思わず、手を離して自分の身体を確かめた。勃起している性器以外、何らおかしい所は無い。しかし、今身体を走りぬけた奇妙な、正体不明の感覚が、自分の身体をどうにかしてしまったのではないかと、不安になったのだ。
 一度、ペニスがぴくりと蠢いた以外、どこも変化は無い。
 ルカの初々しいリアクションを見て、スタンは満足げに笑った。
「どうやら、初めてでも無事感じられたようだな。よしよし、それでこそ余の子分だ、お前には素質がある」
「素質……?」
「うむ、先が楽しみだな……。ではルカよ、乳首はその辺で良い。かわって今度は、肛門に指を入れてみろ」
 大した事ではないように、スタンはさらりとそう言って退けたものだから、ルカも大した事ではないと錯覚して、思わず腰掛けから降りて床に膝立ちになり足を広げ、股の下に指を持っていきかけた。
 そこでようやく気付く。
「な、な、何だって?」
「……お前、鈍いなやっぱり。だから、肛門に指を突っ込めと言ったのだ。わかるだろ、肛門、尻の穴だぞ」
「わ、分かるよそれくらい……。イヤだよ、なんでそんな、こんな」
 トマトみたいに真っ赤になって、しどろもどろになりながらルカは言う。
「トコに、指なんてッ。やだよ、汚いし、多分痛いしッ」
 スタンとしては、十分に予想し得たリアクションだった。スタンはルカが、屹立した恥部を隠すことすら忘れてああだこうだイヤだと言うのを黙殺してから、一言。
「余の言うことが聞けないのか?」
「う……」
 しかし魔王の目にも涙。従順なるルカもこれでは納得するまいと、珍しく優しい所を見せる。スタンは、なぜ肛門なのか、なぜ指を入れるのかを、性的初心者であるルカにコーチする。
「身体の中には、前立腺という、刺激するとえらく気持ちいい器官があってな。それは体内にあるものだから直接は触れぬのだが、その近所を弄ると、相当な快感を得ることが出来る。その近所、というのが、肛門の中なのだ。肛門の中のある部分を指で弄る、それだけで、トンでもなく気持ち良くなれてしまうのだ。……なるほど確かに、キサマら人間にとっては、やや抵抗もあるかもしれんが、しかし子分、多少の我慢さえすれば、この上ない快感を得ることが出来るのだぞ。その快感たるや、その陰茎を扱いたり乳首を弄ったりしてお前が感じているものなど問題にならん程のものだ。余の言うことだから間違いない。お前に極上の快感を与えてやろうと言っているのだぞ?」
 と、言いつつも、スタン自身は自分で自分の肛門を弄ったことなど一度も無い。ただ、彼に備わったそういう知識に則って言っただけのことだ。
 しかしそんな言葉も、ルカの心を揺さぶっていた。悪に染まることを潔しとしないながらも、一方で徐々にそうなっていくことに、背徳的快感を得ずに要られないというのは、十六歳という少年には特段珍しいことでもない。禁止されている飲酒喫煙不純異性同性行為に目覚めるのも、多くの場合この時期である。少年少女たちの心の、そういった誘惑への抵抗力が弱っている時期なのである。
 いけないことなら、悪いことなら、なおのことやってみたいと。地味なルカでも、そう思うのだ。
「……安心しろ。ちゃんと指を濡らしてから入れれば痛みなどほんの少しだ。その後の快感に比べたら屁でもない」
「……」
 猜疑心を含んだ目で見るが、スタンの表情からはその真偽を見出すことは出来ない。そうなると、ルカの身体を動かすのはもう、好奇心くらいしか残っていない。
「……指を、濡らす?」
「そう。石鹸を使うのもいいし、ツバつけるのもいい。指がすべるようになれば、だいぶ楽になるはずだ」
「……」
 好奇心があっても、痛いのはもちろん誰だって嫌だから、そのアドバイスにしたがって左手のひとさし指を加え、舌で唾液を纏わせる。そうして、その指につけた唾液が、乾きそうなほどの逡巡の後に、ルカは先ほどのように膝で立ち、足を広げ、意識的に指で触れるのはもちろん初めてのその場所を、恐る恐る指で押してみた。
「うわ……」
 他の場所とは明らかに触り心地が違う。何か、細かな筋が中心部から放射状に走っているのが分かる。そうしてその中心部こそが、身体の中への入り口なのだとルカは理解する。考えたくも無かったが、ここで排泄しているのだと分かる。そうして、排泄するための場所に、自分の指とはいえ異物を挿入するというのは、どう考えても非合理的であり、そしてある意味で非現実的なことであると。しかし、繰り返しではあるが、ルカは十六歳。不良な行為への淡い憧れのようなものが、内心の底にあり、それがしばしば行動決定の重大要素となりえてしまうのである。
 だからルカは、恐る恐るながらも、無垢な菊花の花蕊に、指を押し込む。
「くっ……ぅ、わ……」
 そこを発端に、身体が真っ二つに引き裂けてしまうのではないか、そんなことを考えさせるに十分な痛みが、その身体を縦に走りぬけた。しかし、まだ入っているのは指の先だけだ。
「もっと深くだ」
 スタンはルカにとっては非情ともいえる言葉を投げつける。
「前立腺の『近所』はそんな浅い場所には無いのだぞ」
「っ、で、もっ、……無理、っ」
 それでも、努力はしているルカなのだ。一ミリでも奥に指を押し入れて、スタンの言う「近所」を、「トンでもなく気持ちよくなれてしまう」場所を、求め。
「軟弱な子分め! そんなことで余の世界征服が達成出来ると思うのか! 耐えろ、耐えぬけ!!」
「そ、そんなぁ……、んっ、ん……!」
 ルカの指に内部は、生暖かく、じめじめと湿っぽい場所と感じられる。その一方で、内壁はルカの指を、灼熱の塊と感じている。脆弱な表面が指によって引き攣れて、今にも血が出てしまいそうに思われて、不安になる。しかし、ルカはそれでも、努力を怠りはしなかった。
「痛、いよぉ……、スタン……っ」
「と、言いつつも、いいぞ子分、その調子だ! もう少しで全部入るではないか。いいか冷静に考えてみろ、お前な、そんな指よりももっとずっと太い(検閲削除)している場所なのだぞ、(検閲削除)て来るのが平気で入れるのが駄目というのは不条理だろうが!」
「そんな……っ、んっ、こと、ゆうなよっ」
「しかし、そういう場所に入れているのは事実なのだぞ子分、そして見よ自分の性器を。立派に感じているじゃないか、ええ?」
 指摘した通りだ。ルカのペニスは、肛門の内側への、痛みを伴う刺激によって、小さな露を膨らませている。
「余の言うことに間違いは無いのだ。これからも、素直に従順に、余の忠実なる子分として言うことを聞くのだ。解ったか?」
「……っ、んっ……、あっ」
「フフン。扱きたいんだろう、淫乱な子分め。余に永遠の忠誠を誓うと言えば、好きなように扱いて構わんぞ」
「……ぅ、……」
 ルカは涙を浮かべた性器にひとみで、スタンを見上げる。そうして、唇をわななかせながらも、一寸先に手の届く快楽ばかりを追い求め、「永遠」を切り売りする。
「誓う……、スタンの、……子分……っ」
 それはもう言葉にならないようなものだったが、ルカは思いがけない所からの思いがけないほど大きな快感に、もう切羽詰っていた。プライドよりも何よりも、淫乱と呼ばれようとも、達してしまいたい。我慢強くなく、また性欲に関しては潜在的に他のどの世代よりも強い、十六歳のルカは、そう言った。
「あんな糞生意気な小娘や回転木馬女の言うことなど聞く必要は無い。ルカ、キサマは、余の子分、余の所有物なのだからな。……そのことを噛み締め、自慰を終えるがいい」
 左手の指を、食いちぎらんばかりの勢いで、ルカは締め付ける。痛い、痛い、しかし痛くても、いい。情けないほどに勃起してしまった自身をやや乱暴に扱くと、まもなくルカは、甲高い嬌声をバスルームに響かせ、白濁を飛び散らせた。
「……解ったな、ルカよ。……キサマは、余のものだ」
 満足げにそう言うと、スタンはやっと、ルカの足元に消えた。ルカは、快感のあまりの大きさに呆然としながら、指を抜いた。後残りの液をとろとろとこぼすペニスが、一つピクンと震えた。

 

 


 ルカの夜を「支配」しているスタン。しかし、そもそもルカはスタンの言う通りにしか、動けない。スタンはしかし、自分がルカの「夜」どころか、ルカの全てを支配したがっていることに、気付いていない。いや、気付いていても、まずは「夜」なのだと、どこかで信じ込んでいる。そうして、……。
 青写真を描いている。自分が大魔王として再び君臨することになったなら、ルカを、本当に自分の稚児にしようと。その見た目に一切の問題も無い。ルカに拒むことは許さない、ルカの、世界の、支配者はこの余なのだからな……。
 が、壮大なの魔王の計画の一環としてあるはずの「ルカ征服計画」(という名前を、スタンは今付けた)が、早くも破綻を来たし始めていることに、スタンは気付いていない。
「これで尻と乳首まで開発した、と。……クックックッ、楽しみが増えたなこれで。次回はどんな風に楽しませてもらおう……。そうだ、肝心な所には触れさせないで、胸と尻だけでいかせるというのも、なかなか面白いかも知れんな。あるいは……」
 スタンはまだ、気付いていない。


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