ボクと魔王の広大バスルーム


 彼らの行動圏というのは実際とても狭いものであって、それはどこかへ出歩くよりも玉座にとどまって子分魔王を弄くり倒したいという親分魔王の願うところに因るのだった。その子分魔王のルカとしても、あまり活動的にあっちゃこっちゃを巡るより、のんびりと本でも読んでいるほうを望むような人間もとい魔王であるから、不都合は生じない。親分魔王スタンのなすがままの日々が続くのである。

 しかし魔王と言っても元が人間なのは否めないところで、夜に寝て朝に起きるという生活サイクルを崩すことは出来ない。スタンの方が人間スタイルの生活リズムに巻き込まれて、ルカと一緒に夜は寝て朝は起きて、昼下がりに午睡をしてといった平穏なサイクルに特別文句も無く身を浸している。食事もささやかで質素な、人肉やら人血やらの混じらない健康的なものを二人で協力して作っては食べている一日三回。人間の生活も割といいと、スタンは今更ながらににやりとする。

 二人は世界の認める恋人同士であるから、プライベートでは当然、それ相応のことをしている。一日に唇を重ねる回数など数え切れないし、「抱擁」以上の意味での「抱き合う」回数も、かなりに昇る。少なくとも、しない日というのはルカの記憶している限りでは、あまり多くない。スタンと恋人同士になっての数ヶ月、二日と開けたことは少なくともない。これはスタンのみならず、ルカにも分け与えられた魔王並みの魔力の一部分である性欲があるからで、ルカとしても多少のしんどさは勿論感じてはいるが、それでも抱き合えるのは幸せだし、愛されるのはもっと幸せだから、さほど嫌とは感じない、しかし、どうも、あまり恥ずかしい思いはしたくないというのが、平均的な人間の思うところではある。

 子分魔王は時折、自分がまだ純正なる人間だったころを想起して、あの頃親分魔王にされていたことを逐一思い返しては、溜め息を吐きたくなる。何も知らない自分に性知識をやや間違った形に植え付けて、その花を咲かせてしまったのだから、全く持ってそのあたりはさすが親分魔王という、見習うべき点など一つも無い邪悪さだ。そして疑問を感じながらも、結局流されていた少年ルカが、どこか、ほほえましくもあり、不憫でもある。いずれにせよ、当時が無ければ今のように、スタンの膝の上でのんびり本を読むことなどありえないから、あれはあれでよかったとは思うのだが。

 あの当時も今も変わらないのは、スタンと自分の存在することと、スタンの中にある自分をどうにかしたいという欲求だけだろう。ただその欲求もまた、形を変え、自分をどう裸にするかではなく、自分をどう幸せにするかというものに、変質を遂げてはいるが。

 魔王同士の性行為は、場を選ばない。否。子分魔王としては場所を選び、出来る事ならばベッドの上以外のどこにおいてもしたくは無いのだが、親分魔王スタンは場所よりも、「今、ルカがこんなにも愛しい」という気持ちの方が重要らしく、それこそ、彼らの過ごす時間が一番長い玉座の上でも、行為が始まってしまうこともしばしばだ。スタンは軽々とルカの身体を抱き上げることも出来るから、多少狭くても問題にはならないのである。無論、スタンとしても、ルカが一番開放的になってくれる広き褥の上でするのが一番居心地が良いことくらい分かってはいるのだが、わざわざ自室まで戻るのが億劫なだけだ。

 ともあれ、場所も時も選ばずにする。玉座のみならず、城の各部の点検の際に入った何も無い小部屋でも、ユートピア回廊のど真ん中でも、平気な顔をしてスタンはルカを抱く。場所を選ばずそういうことをするのが愛情であると信じているのだ。

 そんな彼ら、というか、スタンが、ベッド以外で「舞台」にする機会が最も多いのが、やはり荘厳なるバスルームであった。互いに裸になるのが当然の場で、しょっちゅう互いの身体を洗い合ったりする訳だから、状況としてはスタンにとっては一番好ましいものとなるわけである。

 魔王城のバスルームの広さは、いわゆる大衆旅館にありがちな「大浴場」クラスで、その浴槽にまるごとルカの部屋が浸かってしまうという事は以前に書いたとおり。長方形をした大理石の器には薔薇色萌黄色群青色紫色など日によって違う色に染められた湯が溢れており、微かな花の匂いが漂う。なお、途方も無く広い浴場にも関わらず、蛇口もシャワーも一つしかない。これは、当然二人で一つのを使うことを前提にしているからだ。

 広大な浴槽ながら、ルカはいつも、端っこにちんまりと座る。どうも、広すぎて落ち着かないというのが正直なところ。基本的に、豪快な性格をしているわけでもなく、どちらかといえばやや貧乏性。何だかこんな大きな風呂に二人だけというのは、いろんな申し訳ない気持ちにさせられてしまうのだ。

 そして、こんな広い浴室、音の反響する空間で、媚声をあげてしまうことには、非常な影響があって。

 今日も夕刻、食事の前に風呂に入ろうとスタンに引っ張られて裸になって、身体を洗ってもらうのだが、いつだってそれは、洗うだけには止まらないのだ。

「……スタン」

 名を呼んでも、聞こえないフリの親分魔王は、泡立てた石鹸をスポンジではなく、手のひらで直接、ルカの身体に塗りつけていく。無論、それはただ塗りつけるだけではない、親分魔王がそんな節操のある真似をするはずもない。重点的に洗う場所というのが当然あって、それは首筋であったりわき腹であったり尻であったり太股であったり、するわけだ。そういった場所を泡だらけにして、ルカが風呂に浸かる前から頬を紅潮させる頃には、唯一泡のついていない一部分が、やたらと目立つような状況になっていて、スタンはそこで初めて、耳元に囁くのだ。

「おやおや、……こんなに腫れているではないか。淫乱な子分め……、それでこそ魔王だ」

 ルカのそこの根元は、まだつるりとしたままだ。スタンが剃ってから再び生え揃うには、まだ当分時間が掛かりそうに見える。スタンは嬉しそうにそこを見て、愛しげに、子分の頬に二度口付けをしてから、そこにも泡を塗りつけた。

「ん……!」

 声を殺して、快感を耐える。

「ルカよ、セックスなのだから、もっと楽しんだらどうだ? おまえは恥ずかしがってばかりで、いつも辛そうだ。これは余とおまえにのみ許された娯楽の一環なのだぞ」

 そんなことを言われても、いつだってルカの恥ずかしがる姿を嬉しげに見ている張本人が言うのであるから、従えるはずも無い。眉間に皺を寄せて、身を硬くして耐える姿に満悦の体で、スタンは泡の下の乳首を指で摘んだ。

「あう……」

「感度が良いな。……解かるか子分、おまえが余のことを思うがゆえに、おまえの身体は余に触れられて快感を覚えるのだ。おまえが良くなればなるほど、余のことを、愛している、それを証明することになる。余としては、これほど幸福なことはないぞ」

 どう反応したら良いのか、ルカはわからない。しかし、スタンの言った事には間違いは無い。自分はただスタンが愛しいから、スタンに触れられたいのだ、それは、紛れも無い事実だから。

 ルカの気持ちを知り、幸せいっぱいになって、その頭のてっぺんから湯を流し、シャンプーで少し伸びた髪を丹念に洗い、もう一度、シャワーをかける。

 スポンジで擦ったわけではないから、「ぴかぴか」という擬態語には語弊があるが、それ相応に艶のある肌になった子分を、上から下までじっと見て、主人はうむと一つ頷く。

「綺麗になったな、ルカ」

「……」

 無様に勃起して、かけられた鍵の重い扉を啓かれる事を願って、しかし扉にすがり付いて途方にくれることしか出来ない少年は、スタンの見る視線が細かな刺のようで、とりわけ尿道のあたりに染みるようなやるせない痛みを与えた。

 こんなペースだ。

 ルカはスタンに振り回されっぱなし。それでも、手を離したら飛んでいってしまうから、その大きな手のひらに、太い腕に、しっかりと掴まっているほかない。乱暴なメリーゴーランドいやジェットコースター、ムリヤリに乗せられて、しかし今は、乗り物酔いにももう慣れた。

 スタンは石鹸とスポンジを渡して、

「頼んだぞ」

 と。

 ルカとしては、眉を八の字にしてうんと頷くほかは無いのだ。

 スポンジに泡を立てて、スタンの広い背中を洗う。自分を背負って空を飛ぶ、安定感乗り心地共に良好の背中だ。スタンは鼻歌で何だか邪悪なメロディを奏でながら、上機嫌。

 それから両腕もルカに洗わせ、さらにぐるりと向きを変えて、自分の前の方も、ルカに洗わせる。

「うむ、上手いぞ子分、センスがあるな」

 何のセンスだよ……、というツッコミも出来ず、ルカはスタンの身体を、ただ洗う。

 いや、ただ、洗っているだけではない。洗いながら、その身体に欲求を募らせる。そんな自分に、これでは本当にただの淫乱じゃないか違う違うそんなの違うと首を振りたく思いながら、それでもこの逞しい身体に抱かれることを考えてしまう。

 スタンの身体は、見栄えがする。自分の白く貧弱な身体とは全く違う。このところ、およそ一週間おきにやってくるロザリーと軽く一戦交えるときはいつだって魔法しか使わないが、きっと剣だって軽々振って見せるのだろうとルカは思う。この強靭な身体が、慈しむように自分を抱きしめるときに、意外なほどの繊細さを見せる。ルカは、それが好きだった。

「ルカよ、解かっておろうな。一箇所、洗っておらんぞ」

「……ここは、自分で……」

「余は洗ってやっただろうが」

「それはスタンが……」

 言いかけて、スタンが少しつまらなそうな顔をしているのに気付く。

「……」

「スポンジは使うなよ」

「……」

 泡立てて、手に取って、何だか恐る恐る、触れる。ここは魔王のスイッチなのだ。

 そして、同時に自分のスイッチでもある。

「解かっておるだろうな、丁寧に優しくだぞ」

 ルカがそこを洗ってくれるのが嬉しくてたまらないと言わんばかりの表情で、スタンは言い放つ。本当は二十四時間抱きしめ、それに止まらず二十五時間つながりっぱなしでも良いくらいに可愛いルカに、愛し愛される魔王的恋愛作法は、甘くとも、どこかに酸味や苦味を加えずにはいられないようで、無論ストレートに、

「愛しているぞ、ルカ」

 と、言うことはしばしばあっても、心の琴線は四度の和音で弾かれるのを待っているのだ。

 それは、やはり根源的に魔王だから。ワガママで支配欲が強くて、ルカにはどうしても自分ばかりを見ていて欲しい……、有体に言えば、幼稚な性分。

「おまえは? おまえはどうなのだ。ええ?」

 愛されていることを確認せずにはどうしてもいられない、そんなところも、寂しげな子供と同等。

「……愛、してるよ、スタン」

 抑えようとするのが無駄な努力の唇の端。くっと上げて、そうかと満足げに。ご苦労と頭を撫でて、シャワーで頭から泡を流し、いい加減に洗髪を済ませて、ルカを軽々抱き上げる。その胸の中にあっては十七歳の少年も仔猫も同じ。

「待たせて済まなかったな、寒かったろう」

 身体の芯が腫れぼったく熱っぽいルカとしてはどうにも答えようが無いまま、腕の中で湯の中に沈む。後から抱かれる、玉座でおなじみのスタイルで顎まで浸かり、背中にスタンの固い胸板を感じ、ルカは心に盛りながらも落ち着くという、相反した感情が同居する。スタンとしては一つ、ただ充足のみを得られるこの体勢で、眠気すら覚えてしまいそう、ぬるめの湯温も一助となる。

 しかしいくら邪悪といっても、そのまま寝てしまうほど最悪なつもりもない。

 眠気は性欲にも勝るというが、ルカに対してのみはそれは違うのだと、胸の中で誰かに威張る。威張られた誰かだって迷惑だ。

「……あ……」

 何も言わずに、回していた手を下げて、半勃起状態で放置されていた物を、包み込む。柔らかくなりかけていたところを、手の中で優しく揉むと、たちまち固さを取り戻してゆく。ルカは太股を震わせて、腹を撫でる左手に両手を重ねる。

「ん?」

「……ん……っ」

「うむ……」

 振り向いて、頬に唇に、ルカは口付けを請う。こんなときの魔王は、とても素直だ。少年と同じように目を閉じて、求められたままにちゃんとキスをする。

 苦味も酸味も取っ払って、甘いばかりの。

 そうなると、手の動きも甘味を帯びてくる。ルカが何の抵抗も無く「大好き」と言える、世界で一番駄目な男になる。

「我慢出来ぬようなら……、出しても構わんぞ」

「っ、で、でもっ……」

「これだけ広いのだ、多少汚したところで……」

 囁いた言葉尻で小さな耳朶を舐る。

「ん……!」

 抵抗を消せないまま、ほんの少しきつめに扱かれて、ルカはスタンの左手に爪を立てて、そのまま。

「あ……、あ……」

 紅い湯の中に白く揺らめく糸のような精が流されて行くのを、スタンとしてもそろそろ下半身の余裕を無くしながら見る。

「……ルカ」

「ん……、んっ!」

 膝の中で、こちらを向かせて、キス、そして、舌。

 少年の白い腕が、まるで無意識に頭へと回されて、抱きつく、その力がいとおしい。差し入れた舌に、戸惑いながらもちゃんと、同じ以上の分の愛撫を返そうとする、その生温さがせつない。

「スタン……」

 掠れた声、潤んだ瞳、

「僕……」

「……何だ」

「うん……」

 離れた唇同士で、息が粘っこく繋がっているかのように感じられる。

 吐息がそのものの意思で持って、絡み合って昇天していくそのさまを、見たように思う。

「……仕方の無い奴め」

 無論、嬉しがるスタンは頭を撫でて、もう一度キスをして、浴槽の縁に尻を乗せる。

「……中でしては水が入るし、上せてしまうからな」

 ルカは従順に、スタンの膝の上に、向かい合って座った。

「おまえが綺麗にした場所を、おまえで汚すのだからな。こういうのを無駄というのだ」

 つまらなそうな言葉とは裏腹に、とてもとても嬉しそうなスタンが、ルカは大好きだ。

 駄目だなあ、僕は。

 寧ろこれこそが真実と思っているから、こんな状況でも顔がほころびそうになる。今、こんな平和にしていられることを、誰に感謝すればいい? スタンに感謝すればいい。そしてスタンは僕にすればいい。だから抱き合っていれば、いい。

「力を抜け」

 短い命令さえも、刺は一本も無く、甘ったるい手つきで臀部を撫でながら言うのだ。

「あ……!」

 惑いの薔薇に濡れたルカの蕾の周囲を核を、滑らかに舌が濡らす。セックスになれるなどというのは無理な話で、こと秘められているのが自然のその部分を舐られるときには、切ないような息が溢れてしまう。十七歳にもなってこんな声で泣くなんて。

 否、この声は泣くというよりは「鳴く」かもしれない、人間ですらないのかという危惧さえ、抱いた。

 そう人間ではない、魔王なのだ、スタンと同じ、なら、喜んで。

「はあ……っ、んっ、く……っ」

「締めすぎだ。もっと……緩めろ」

「む、無理、だよっ……」

「そんなにキツくては余が入れぬだろうが」

 血を見たくない臆病魔王はうめくように言った。あまり不安がらせてはいけないと思いつつも、本来は閉じているのが自然の口を、ムリヤリに抉じ開けようというのだから少年の身体に負担が大きいのも事実。魔王は勿論そのことに留意しているから、どうしても痛がるようならやめようと、いつも思っている。諦めてその時は、以前のように口ですれば良いと。

 それはそれで、やはりとっても、なんと言うか、寂しいのではあるが。

 やはり繋がってこそ、と思うのだ。

 ルカが口いっぱいに自分のものを頬張って、愛撫してくれるのは勿論心躍ることではあるし、現実に気持ち良いのだが。

 抽象的であることは重々承知、しかしスタンは、ルカと繋がりあうことで初めて手に出来るものの手触りを、知っているから、したいのだ。

 都合のいいことに、ルカもそれに触れたがっている。

「うっ……ん、……! んっ」

 スタンのものが入ってくる、ルカの背中が反る、華奢な印象の腰は、スタンの手に滅びてしまいそうなほどで、魔王は自分のこの手で壊す日が来るのではと、恐怖心すら覚える。

「……どうだ」

「……っ……」

「どうなのだ、言わんと判らんだろうが! 気持ち良いのか悪いのか、どっちだ」

 不安に焦りに塗れた口調で、魔王が言う。

「……っもち、ぃっ、ぃよお……、スタン、気持ちいい!」

 ニヤリと笑ったその笑みの、正体は嗜虐というよりは、安堵。

「あ……! あ!」

 心臓を弾かれるような、苦しい快感を覚えたのは、ルカではなくてスタンのほう。

 早漏になったのかも知れない、そんなことを思いかけて、そうでは無いことに気付く。

 ただルカのことが愛しいゆえに、ルカに敏感になっただけのこと。ということは、これからもっと早くなっていくのだろうか。

 ルカ以外とはしないのだし、事実上、早漏であるのと変わりは無い。

「……ルカ……、出すぞ」

「っ、だ、めっ、スタン、待ってッ……、っ、スタンっ……」

「……何だ」

「……やだ」

「……何」

「やだよぉ……」

「な、何がだ。余……余に、抱かれるのが嫌なのか」

 スタンは本当に青ざめて、入れたままの物さえ萎えて縮んで不能になるほどの勢いの焦燥に駆られる。ルカにもそれは伝わってきたから。ぶんぶんと頭を振る。

「そうじゃない、そうじゃなくって……、顔……。顔、見ながらが……、いいんだ、顔、見えないの、いやだぁ……」

「……む、……む、む……」

 スタンは、瞬間、射精しそうになって、息を呑んだ。

 それから慎重に身体を引いて、抜き取った。

「ルカ……。来るがいい……」

「スタン」

「おまえの望むものは全て、くれてやる。余はそう決めたのだ」

 ルカはよたよたと立ち上がり、スタンの首に手を回す。そして、スタンの両手に支えられながら、そっと腰を落としていく。

「っは……!」

 喉を反らして、短く鋭く息を吐く。ぐうと腹の底を押し上げ、肺から熱い息が溢れる。その息の美味なるを知る魔王は、口付けをして塞ぐ。唇を重ねると、ルカは自らの舌で、スタンの唇を舐める。請われるまま出した舌は、涙の塩辛さが切ない。

 麻紐にも似たささくれに、互いに抱き合う。痛めあいながらでも幸せになれるのであればそれしか遣る方もない。どんなに広い場であろうとも、雑音は愚か背景にも干渉を許さず、何も無い中でも、二人であることが確認できさえすれば良いのだ。

 しかしこうなっては、バスルームが広大である必要も、ベッドが一部屋分ほどもある必要も、この城自体も、全く無駄なものということになってしまうのだが。

「っ、く……! スタン……ッ、いく、僕……、っ、出るぅっ」

 いや、存在意義はあるか。

 射精しながらスタンは思う。

 例えば浴室が広ければ、それだけルカの可愛らしい声がよく響く、耳にも、心地、良い。

 腹の底に響き渡った号砲に、ルカは力を失い、スタンに支えられながら、大浴場の縁に、へたり込んだ。十七歳の面影は所々に見えはしても、少なくともたった今、魔王を満足させた下半身は十四歳の男子のそれに近い。

「満足か?」

 頬を撫でられて、スタンの目を目で捕らえ、頷く。頼りない目に、スタンはなんだか申し訳ない気分になり、意味もなく、いや、意味はあれど、さほど重要ではないのに、湿った髪を撫でてやる。こんな風に裸で居る以上、魔王も少年も関係は無い。

「ありがとう」

「む、……む、いや、余は……別におまえのために、いや、その」

 スタンは口篭もり、フンと鼻を鳴らして立ち上がる。

「出るぞ。湯冷めして風邪でもひかれたらかなわんからな」

 手を引っ張って、立ち上がらせる。

「ほれ見ろ、冷えてしまったではないか。肩が冷たいぞ」

「あ……、本当だ」

「……余が誘ったからだな」

「いいよ別に……」

 スタンは言いよどんでから、

「……どうする、もう一度、もう少し、温まってから出るか」

 と言った。

「スタンに任せるよ」

「……む、……では、入るか」

 このまま出るのと、芯まで温め直すのと、どちらのほうがルカに風邪をひかせる可能性が低くて済むかを考えて、こちらを選んだのだ。

 ポジションは、言うまでも無く、スタンの胡座の中にルカの身体。入浴の際には勿論、ヘアバンドは外してあって、そのせいでいつもより髪の毛が長く見える。適度な髪の毛の長さというのは、少年をより美しく見せる。そんな根拠が無いとしても、少なくともスタンの目にはそう映ったのだ。

「僕」

 ルカは顔をお湯で洗った。

「……僕、スタンとお風呂入るの、なんだか、好きだな」

 どうとでも都合のいいように取れる言葉に、スタンは胸をときめかせた。ルカはふうっと息を吐いて、少し笑った。

「こんな広いお風呂なのに、こんな狭いところでくっついて。この、勿体無い感じが、なんだか僕にはあってるのかな。貧乏性だからかな。スタンも、足伸ばせばいいのに、胡座なんかかいて、窮屈に僕のこと膝に乗せて。……でも、僕はこういうの、好きだな」

 スタンはルカの頭に手を乗せた。

「お前がこれが良いというなら、余もこれで良い」

 魔王らしくないな、と魔王自身思う。少年も思っている。互いにそのことに気付いていながらも、気にしない。そういう魔王がいたっていいとスタンは思うし、そういう魔王もルカは好きだからだ。

「……いいお湯だね」

 ルカはやや窮屈な胡座の中、自分の腹にベルトのような腕、そっと手を添えて、スタンにもたれかかった。


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