ボクと魔王の一人の夜

自分の影に魔王を宿す。
 言葉にしたってその違和感はかなりのものだが、当のルカは能天気な傍観者たちからは想像も付かない労苦に耐え続けることを、あの夜地下室でスタンに影を譲渡してから、余儀なくされているのだ。元来、不幸な星の下に生まれてしまったルカは、その労苦を、しかし誰かに相談することも出来ない。誰も、分かってはいないし、きっと分かるつもりもないのだろうと、ルカは憐れにも、この辛さを自分の中に閉じ込めておくしかないのだった。
 一番最初は、どこにも見当たらないようでちゃんと存在しているルカの家のトイレの中、だった。
 まったくいつもと変わらぬ気持ちで便器の前に立って、用を足していた、まさにその時だった。急に薄暗くなったと思ったら、真上からスタンが覗き込んでいるのである。
「わあ!」
 魂消たルカは、危うく的を外しそうになったが、辛くも難を逃れた。スタンの上からの視線を嫌という程感じていたが、しかし排泄というものはご存知の通り、初めてしまったら途中で「続きはご飯食べてからにしようっと」という訳にはいかないものである。
 排尿を終えて、とにかくズボンのチャックだけはあげてから、ルカはスタンを睨みあげた。
「…………!」
 しかしスタンは狭いトイレの中を見回し、
「フン、陳腐な便所だな。今は影の身体で在る事を少しだが快く思ったぞ。こんな狭い所で排泄などしたくないからな」
 言いたいことだけ言って、引っ込んでしまう。ルカは足元を見るが、そこには白熱灯によって生じた自分の薄い影があるばかりだ。
「……ねえ、……ちょっと……」
 ルカは、直面した事実に圧倒されかけながら、自分の足元に呼びかけた。たちまち、自分の薄い影は黒く濃く、悪魔の形を象り、まるで床からシールを剥がすようにぺろりと起き上がった。
「何だ子分。何か用か。用があるなら今さっき出てきてやったときに言わんかたびたび呼び出すほどキサマは偉くないのだぞ分かっとるのかこの子分子分子分」
「……ねえ、あの……、スタン、ちょっと、聞きたいんだけど」
 ルカがぼそぼそと、上目遣いに切り出すのを、スタンはじれったそうに腰に置いた、ペラペラの紙みたいな三つ又の指を動かす。
「その……、人がトイレしてるときに出てくるのは、やめてよ」
 そう、ルカが気弱そうに言うなり、スタンはその身を天井に届くほど増長させ、単純な構造の顔を歪めて、炎でも吐きそうな勢い(比喩ではなく、少なくともルカにはそう見えたのだ)で怒鳴った。
「キサマ子分のくせに余に指図するのか! この身の程知らずの恩知らずの親知らずのアンポンタンめ!!
「ひっ……」
 竦み上がるルカを見て、逸そう勢いを得たスタンは、更に増長し、天井の白熱灯を背にして、威圧感たっぷりにまくしたてる。
「キサマまだ余の子分であるという自覚が十分備わっていないのではないか?この際だから教えてやる、有り難く思え。キサマは余の子分であり、余の下僕であり、余の奴隷なのだ! 心身に自由が存在すると思うな! 余は常にキサマを見張っている、早く余から離れたいのなら余の忠実な僕として、手となり足となり働くのだ! いいな分かったな子分手下奴隷下僕ッ」
「そ、そんなぁ……」
「黙れ黙れ、黙れ黙れ黙れ!!」
 スタンは怒鳴ることで、更にルカを圧迫する。
「口答えは許さんッ、キサマは余の言うことを忠実に守っとればそれで良いのだ!」
「え、あ、ちょ、……」
 トイレの中で、ルカはスタンの消えた自分の足元を見て、呆然としていた。確認してしまった事実に、圧死していた。どれくらい立ち尽くしていただろう。ハッと我に帰り、うなだれながらトイレから出ると、母親が通り掛かり、トイレから出てきたルカに気付くことなく通り過ぎていった。
 ルカは無駄と知りつつも、自分の影を一発踏んづけることを思い付いた。が、思い付いただけで、しなかった。
 この日より、ルカの「プライベート」はなくなってしまった。入浴も排泄も、いつ何時スタンがひょっこり顔を出すか知れたものではないから、心の安寧などというものは自ずとなくなってしまう。それでもロザリーが「灯かりを消せばスタンは消えるわ」と教えてくれたから、その一夜は安心して眠ることが出来たのだが、真っ暗な中で用を足すというのは心許ないものがあるし、翌日の晩からは「明かりを消すことは断じて許さん! 許さんといったら許さんぞ! もし消したらお前の秘密をあの鉄板女とマッドサイエンティストと時代錯誤一人称(おいおいそりゃあんたもだろ、とツッコむことなどもちろんルカには思い付かない)小娘に言いふらしてやるぞ、それでも良いのか良いのか良いのかッ」とすごまれ、結局睡眠中の安らぎすら、ルカは取り戻せないのだった。しかしルカは、スタンの言う「秘密」が何なのか、実はちっとも知らないのだ。ただ、一日中付き纏っているスタンなのだから、ルカ自身も気付かぬ失態を、何か見知っていても不思議はない。そう考えると、漠然とした不安から、結局何も出来ないルカなのだった。




「退屈だ」
 床に座ったルカの足の指先から影を伸ばして、スタンは腕を組んでベッドによりかかっている。ルカがさっき、ベッドに座ろうとしたら、「子分は床だ。主人にベッドを譲のが筋というものだ」と言われてしまったのだ。かくして、自分の部屋なのにもかかわらず、固い床に座ってもぞもぞと尻を落ち着かせられないルカである。もっとも、ルカの尻のしたから影を伸ばしてベッドに座るスタンだから、ルカがどこに座ろうと関係はないのだが。
「退屈だ、と言っているのだ」
「……うん、そうだね」
 たまたま、テネルの村にたちよったのだから、ついでに自宅に立ち寄ったというだけのことで、一晩寝ていくことになったのはマルレインがルカの母とともに「料理を作ってから出立したいのじゃ」と言い出したからである。夕飯を食べてしまえば、あとはもう「せっかくだから泊まっていったら?」ということになり、マルレインは母と、ロザリーは妹と、キスリングは父と、そしてルカはスタンと、それぞれの部屋で一夜を共に過ごすことになったのである。
「そうだね、だぁ? 馬鹿者、キサマ子分だったら、仕えてる主人が暇を持て余していると知ったら何かしたらどうだまったく気の利かん奴め。……そもそもお前があんな自己中心的(これにもツッコむことが出来ないルカであった)の言うことをホイホイ聞くからいかんのだ。全く余の崇高なる世界征服計画がまたノビノビになってしまうではないかッ、ふんとにもう」
 ブツクサと文句を垂れるスタンを、無力な子分ルカは、ただ見ているだけしか出来ない。
「ええい、何か退屈しのぎになるようなモンはないのかこの部屋にはっ」
「退屈しのぎ……、ええと……、トランプとかなら、あるけど」
「トランプだと?」
 スタンの目が不穏に光ったように見えて、また理不尽な雷を落とされるのかと、ルカは反射的に首を竦めていた。が、スタンは口を三日月ににやりと笑わせ、
「面白い。愚かな人間と偉大で邪悪なスペシャル魔王の余との、決定的で絶望的な知力体力時の運の差を、とくと見せ付けてくれよう!」
 ルカはとりあえずはほっとして、トランプを切った。もたもたしているとまた雷が落ちると思い、手早く切って一枚ずつ配る。スタンはルカがインチキをしないよう、黄色い目を光らせている。
「ババ抜きでいいよね? 僕、それかジジ抜きしか知らないから」
「何でも構わん。退屈が紛れるならそれでいいのだ」
「僕、……弱いよ? 今まで一度も勝った事ないし……」
 その言葉を聞いて、スタンの両目はギラリと光った。
「それは面白い。苛めがいが在る。この上ない暇つぶしになるではないか! でかしたぞ子分、完膚なきまでに叩きのめしてくれよう!」
 訳の解らない褒められかたをして、スタンはさっさと二枚ずつカードを捨てていく。ルカも手早くカードを整えたが、正直な所、ちっとも面白くない。退屈なら退屈で、早く寝たって構わないのだ。しかしスタンにそんな事を言って、「秘密」とやらを触れ回られるのも困るから、抗うことは出来ない。
 カードの整理が終わって、予想通りというか何というか、開戦の時点でジョーカーが入っているし、カードの枚数は圧倒的にスタンの方が少ないしで、お先真っ暗な状態。プレイヤーが二人しかいないのだから、スタンもルカがババを持っていることは分かっていて、一人でニヤニヤしている。
 はあ、そっと溜め息を吐いて、ルカはスタンのカードを引いた。どうせ負けるんだ、負けるの解っててやるゲームなんて、何にも面白いことなんか。
 しかし、
「こ……、こんな筈では……」
「嘘みたい……」
 七回やって七回とも、このババ抜き一騎打ち、ルカが勝ってしまったのである生涯成績八十六敗勝率ゼロ割だったルカが、一気に七勝八十六敗、勝率も七分四厘、投手の打率くらいにまで、高めたのである。
 もちろん、当然の結果として、スタンの機嫌を著しく損なう結果にもなってしまったのだが……。
「キ……、キサマ、ええい卑怯者めっ、インチキしただろう、この……、邪悪な心がけは賞賛に値するが、主人に向かってコスい手を使うとは……、許さん!」
「だ、……だって、スタンが自分でババ何度もひくから悪いんじゃないか」
「口答えするなー! ……決めたぞ決めたぞ、余は決めたぞ! キサマの秘密、全て開けっぴろげに情報公開ガラス張り個人情報保護法も真っ青なくらいに、連中に事細かにバラしてくれる!」
「え、……ええ!? やだよ、やめてよ」
「ええい黙れと言っとろうが! 余の決めたことに口出しは許さーん!」
「そんなー……」
 「秘密」の何たるかも知らされていないから、恐怖心がむくむくと膨らみはじめる。どんな事をバラされてしまうのだろう……。不幸なルカは、焦って泣きそうになりながらも、必死の懇願だ。しかし邪悪な魔王として、ルカを困らせるのが大好きなスタンが、その程度で差し向けた刃を仕舞うはずもない。
「いいや決めたぞ。この屈辱の腹いせに、キサマが真性包茎の上に十六のくせして一本の毛も生えていないということを暴露してくれるわ!!」
 スタンは高らかに、そう、高らかに宣言した。極悪非道な魔王らしく、確かに彼のつかんだルカの秘密というのは、十六歳男子にとってはかなりショッキングな事である。
 しかし、ルカは目を丸くして、きょとんとした顔でスタンを見詰めている。
「フフン……、恐怖で声も出まい。土下座でもしたら許してやらんこともないぞ」
 スタンは大威張りでそう言う。
 しかし、スタンの言った言葉を全く理解していないだけのルカは、継続的にノーリアクションだ。
 ますます調子に乗って、
「どうだ見たか下僕ッ、余に無礼を働くとこういう事になるのだ!!」
 高笑いに拍車をかける。
 その邪悪な笑い声に呼び寄せられたのだろうか、いずこからともなく「悪の執事」ことジェームスが低い腰で出現した。
「おおお坊っちゃま、ご立派でございますぞ! 千里の道も一歩から! 世界征服もかように詰まらな……、いえ、地道なところからやってゆくのが真の悪の道というものでございますな!」
「うむ! 偉大なる余は努力家であるからな! このような地味な作業も厭わぬのだ!」
「素晴らしゅうございます! 私めは嬉しゅうございますぞ……。では私めは陰ながらひっそり誰にも気付かれぬよう息を潜めて応援させて頂きますぞうっ」
 いずこからともなく洗われたジェームスは、いずことも知れぬ場所に消えた。
「むぅ……、いつもながら神出鬼没な奴よ。……さあ子分、どうする、土下座して三回回ってワンと鳴いた上で『偉大なるスタン様どうぞこの愚かな下僕をお許し下さいまし〜』と言ったら許してやらんこともないこともないぞ。さあどうする!」
 このまま続いたらどんどん条件をエスカレートしてゆくのは明白である。しかしルカは、相変わらず先程スタンが言った「秘密」の正体の意味を計り兼ねて、頭の上の吹き出しに「?」を記したままである。
「ええいっ、いつもながらにハッキリしない奴だなキサマはッ、秘密バラされても良いのか! 良くないだろう!」
「ちょ、ちょっと、待ってよスタン」
「また余に指図するのか! ……ええい何だ」
「僕の秘密って……、何のこと?」
「何だと?」
「いやその……、よく、分かんないんだけど……」
「何だと!?」
「ひっ……」
「キサマ……、包茎という言葉も知らぬのか」
「……方形?」
 スタンにまた怒鳴られたくないと思いつつも、本当にその単語を耳にしたことのないルカは、眉を八の字にしてスタンの表情を伺うばかりだ。スタンは呆れたような物悲しいような表情になって、
「……それでもキサマ十六歳の人間の男子か。……こういった話題はホレ、よく分からんが愚かなガキどもが集まってああだこうだと情報交換するのが普通ではないのか」
「……」
「……って、そうか……。言うだけ無駄だったな。キサマの地味な性格と影の薄さでは自分からそういった場に入っていくとも思えんな……」
 気勢を削がれたスタンは、つまらなそうに舌を打つ。
「キサマ自身が屈辱に思わなかったら何の意味もない……、つまらん」
 そうして、不機嫌のくすぶるような顔で、少しルカの顔を見詰めていた。ルカは「方形」の意味も分からなかったが、スタンにこんな具合に睨まれると、まだ何か言われるのではないかと、生きた心地がしない。
「……包茎の意味する所を知らぬ十六歳の人間がいたとはな……。余はこんな無知な人間を借り物にしておるのか。……我ながら情けないぞ」
 そんな風に言われたって。知らないことを知っていると言うわけにも行かない。ルカは相変わらず眉を気弱に八の字にして、上目遣いにちらちらと見あげることしか出来ない。
 と、不意にスタンが立ち上がった。
「……、ルカ」
「なに?」
「一つ聞くがお前、自分の陽物が勃起した経験くらいはあるのだろうな?」
「よ……、ようぶつ?」
「陰茎のことだ」
「インケイ?」
「……ペニスのことだ」
「……何かの呪文? それ……」
「づぇえええいっ、面倒な奴だなキサマわぁッ、人がせっかく高貴な言い回しをしようとしているのがわからんのかこのバカちんッ、キサマらバカで低俗な人間の言う所のちんちんの事に決まっとるだろうがッ」
「お、……おちんちん? が……、何だって?」
「だー! キサマには勃起すら通じんのかッ。忌まわしき純情潔癖だなッ、勃起というのは、要するにちんちんに血液が集まって硬くなることだ!」
 その言葉に、ルカはたちまち顔を赤くした。
「フン、その様子だと、どうやら立つことは立つらしいな。では自慰行為はしたことあるのかないのか」
「G校医」
「……、マスターベーション、手淫、自涜、オナニーのことだ。……だからつまりそのう、勃起したちんちんを手で扱いて射精し快楽を得る一連の行為のことだ。十六歳なのだからそれくらいしたことあるだろうが、ええ?」
「……」
「お前……、それすらもまさか、ないのか。……ある意味恐ろしい十六歳だなキサマ……。しかし射精くらいはしたことあるのだろう? 射精って、分かるか子分、尿道口から精液が……、尿道口っていうのはあれだ、ちんちんの先っぽの小便が出る穴のことだ。あそこから白濁した粘っこい精液が噴出することだぞ」
「……!」
 ルカはまた、顔を赤らめた。
「……なのに手淫をしたことがないだと……? ホホウ、するとキサマ、初めての射精は夢精だったのだな? フン、ある意味正統派で面白味のない奴めだからキサマ地味なのだ。……それで、その時キサマはどうしたのだ。朝起きて汚れた下着をそのまま放っておいたわけではなかろう」
「そ、それは……」
 ルカはもじもじと口篭もる。
 いつの間にやら「千里の道の一歩」から「修学旅行の夜トーク」に代わってしまっていることに、スタンは気付かず、性悪な笑みを浮かべながらルカを尋問する。ルカにとってはスタンの口から出てくる言葉は、片っ端から知らないことばかりなので、抗うことを思い付きもしない。
「家族のみんなに、……オネショしたのバレないように風呂場で洗ったよ。僕……、病気になっちゃったのかと思って、……それからはまだその、……オネショじゃなくて夢精? っていうんだっけ? それ、一度もしてないけど」
「ちょ、ちょっと待て。キサマ……、キサマが夢精したというのはいつのことだ」
「え? ……ええと……あれは、……二週間前だったと思うけど」
 もともと丸い単純構造な目を、ますます丸くして、スタンはルカの顔を穴のあくほど見詰めた。ルカはまた何か悪いことを言ってしまったのかと、漠然とした不安に駆られる。
「……なるほど……。そうか、それでは包茎でも無毛でも、ある意味何ら不思議はないのだな。……子分、キサマ、自分のそういったことに関する知識不足をもう少し認識した方が良いぞ。余の子分として、そこまで知識がないことを恥と感じろ」
「え……、うん……」
 スタンはヤル気を失したように、脱力(といっても影だからどこにどんな力が入っていたのかは不明だが)した。
 そんなスタンを見て、自分の不幸を呼び寄せる要因に、自分のとってしまう行動が在るということを認識していないルカは、そっと尋ねてみた。
「……ねえ、スタン?」
「何だ」
「その、『そういったことに関する知識』って、どんなことなの? どうすればその知識は身につくの?」
「そんなことは……」
 自分で考えろ、言いかけて、フと魔王の脳裏に、一つの思い付きが浮んだ。無論、魔王のアイディアだから、邪悪なものに決まっている。スタンは「ニヤリ」と音がしそうなほどの笑い方をして、ルカの顔を覗き込んだ。
「……寛大な余が教えてやらぬことも無いが、……教えて欲しいのか? そんなに教えて欲しいのか? そんっっっっなに、教えて欲しいのか?」
「え? ああ、うん……」
「そうか……、ならば致し方あるまい。哀れな少年のために余が一つ講義の、いや演習の教授を引き受けてくれよう。ただ……、キサマが頼んだのであって余はあくまで教えてやるに過ぎんのだから、そこんとこ忘れるなよ、いいな。返事は」
「? うん」
「よし……、フフン」
 不気味な笑みを、スタンは浮かべて、増長しルカのことをこれでもかというほどに見下ろす。教師の威圧だ。
「では子分、来ているものを脱げ」
「は?」
「聞こえんかったのか? 服を脱げ、と言ったのだ」
 ルカはきょとんとして、すぐ我に帰り、ぶんぶんと首を横に振った。
「やだよそんなのっ、嫌に決まってるだろ」
 そんなルカを、スタンがきつく睨み付ける。
「余に逆らうのか? せっかく余が行為で教えてやろうといっているのだぞ。それにお前の裸など入浴の時にも用便の時にも見ている、珍しくもないわ。わかったらとっとと服を脱げ全裸になれ、でないと始められん」
「……ううう、僕、やっぱり教わんなくても……」
「キサマ……、余が直々に教えてやろうと言っているのだぞ。それに最初に教えて欲しいと言ったではないか! なのにそのような無礼な態度をとるつもりか?」
「う……」
 こう凄まれてしまうと、やはりルカの方が弱い。
「分かったらとっとと服を脱げ!」
 まるで反撃できない可哀相なルカは、どこを見ているのかわからないようで、きっと自分の裸をサディスティックに凝視しているに決まっているスタンの視線を気にしつつ、しかしやはり逆らうのは怖いので、せめて出来る反抗は、その服を脱ぐスピードを、出来るだけ遅くすることくらいだ。
 処で、魔王スタンを始めとする分類上「魔王」連中の、いわゆる下半身関係事情がどうなっているのかということを、ルカがのろのろ服を脱いでいる間を利用して解説しておくと、それはやはり邪悪なものであるからして、相当に乱れているのである。かつての大魔王ゴーマなども、美しき者たちを侍らせ、酒池肉林の乱痴気騒ぎを繰り広げていた。そしてその血を正統に受け継ぐ大魔王スタンであるからして、やはりそのパワー&スタミナ&ストライクゾーンは並みではない。特にそのストライクゾーンは、一般的には(やや性格に問題はあろうが)「美しい」と言っても構わないはずのロザリーすら、ボールになってしまうような形状の、特殊特有なものなのである。スタンの審美眼に叶うものなど、そうは居ないのである。
 しかし、そんなスタンが、このようにルカのことを、もう既にお察しのとおり裸に向いてあらぬことを仕掛けようとしているのは、特殊な魔王のストライクゾーンのクサイところにこのルカが辛うじて入っているからだ。少なくともその外見は、スタンがみを借りるのに支障を来たさない範囲のものであったのだ。
 といって、魔王スタンは同性愛者及び小児性愛者及び少年愛好者と言うわけでもなく、「これ」という美の範疇にハマるものであれば、男女年齢不問なのである。だから、例えば大魔王ゴーマならいわゆる「稚児」のような、美少年を周囲に侍らせることが何ら違和感なく行われていたわけだ。同様の趣味は、スタンにもある。
 ましてルカは、スタンの鑑賞に耐える身体である上に、従順で苛めがいが在る。スタンにとってはルカ自身が、実は最高の暇つぶしとなり得るのである。

ルカがズボンをおろした。本題に戻るとしよう。
「クックックッ……、これぞ悪そのもの」
「なに?」
「こっちの話だ。って、何だキサマ、パンツも脱ぐに決まってるだろうが!」
「恥ずかしいよ……」
「じれったい奴だなキサマはッ、今更何も恥じることはないと言ったろうが!さっさと脱げ! 脱げと言ったら脱げ! 脱がぬなら……、余が直々に脱がせてやろうか!?」
「え、わ、いいよ、自分で、……わあ!!」
 気付いたときには、ずるん、パンツのゴムに足首が引っかかって、裸の尻をしたたかに床に打ち付けてしまったルカだ。
「フン、まるで子供だな」
 スタンはジロリとルカの越しまわりを見て、そう評した。しかしスタンの眼鏡には、この貧弱な下半身だからこそ、「合格」なのである。つるりサッパリとした肌色のそれとその周囲の雰囲気は、ルカが排泄する際にちらりと覗き見てから、ずっと好ましく思っていた点なのである。あの金属製女勇者のようにスタンの好まぬ身体をしていないし、「子分」以上の働きは、十分に期待出来そうだ、と。
「スタン……」
「余の言う通りにしろ。決して逆らわぬことだ。良いか?」
 スタンは三つ又に分かれた指のうちの一本を、ルカの頭に置き、すぐ離した。それだけだ。
 ルカはスタンが何をしたのか飲み込めなかった。ただ頭を触っただけ、そう、思ったのだ。全裸は恥ずかしいけれど、観念して、しかし両手で下半身だけは隠しつつ。

魔王が、人体のアンタッチャブル・スイッチに触れたことなど、誰にも気付けない。
 その、隠した下半身、手の中で、自分の性器がピクリと蠢いたのを、ルカは感じた。そして、それをきっかけに下半身から、喩えるならイエロド級の電撃が駆け巡ったのである。
 ルカは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「なに、なになに、なにこれっスタン……」
 スタンは悠然と笑う。
「安心するがいい、大した事はしとらん。お前の身体の中にごく少量の媚薬を射ち込んだだけよ。……しかし僅かな量でもう効果が表れたか。未開の子供というのは、だから面白いのだ」
 そう呟いて、邪な笑い声を立てる。ルカはもはや片手で隠すことはままならなくなった自分のペニスを両手で覆う。しかし、手のひらにペニスが当たるだけで、そこから微弱な電流が発生するかのように感じられて、耐え難い。何とも堪らない気持ちになってしまう。そうして思い出していた、これは、この感じは、あのパンツを汚してしまった晩の夢の中で感じたのと、全く同じだと。
「よし……、では始めるか」
 スタンは死刑執行人のように言った。
 ルカは震えて見上げる。
「余に脅えているのには感心するが、いまはその必要はないぞ、苦しゅうない。お前はただ余の言う通りにしとればいいのだ。……ルカ、お前は右利きだったな? ではそのそそり立った己の陰茎を右手に握り込め」
「……え?」
「聞こえなかったか? 握れ、と行ったのだ。とっとと握らんか!」
「わ、わかったよう……」
 何で、こんなに大きくなってしまうのだろう、ルカにはまだ自分のペニスの勃起のメカニズムがわからないから、訳の解らない困惑と羞恥心だけが先に走ってしまい、スタンの命令に抗うにはここまで来ても至らないのである。そして少年の従順な態度は、スタンの支配欲をまた心地よく刺激するのだ。
「に、握ったよ……」
「よし。そうしたら、そのままそうやって強く握ったまま、上下に動かせ」
「動……かすの?」
「そうだ。モタモタするんじゃないぞ子分さっさとしろ子分!」
「……」
 言われるがままに、ルカは自分のペニスをきつく握り締めた。すると、不気味な稲妻が、また身体を駆け巡る。何だか熱い呼吸が、稲妻に運ばれて唇から溢れてしまうのが、自分でも不思議だ。しかし、手の中で「勃起」した自分の「陽物」が、心臓のように律動しているのが、すごく卑猥に、何故だか思えるのだ。そうして、自分の影とは言え、スタンの目の前で「自慰行為」をしようとしていることが、ただ「裸になる」というのとは別種に、恥ずかしく感じられてならないのである。
 だが、同時にそれは決して不快な感じではない。
 ルカは握り締めた自分の茎を、言われるがままに上下に動かしはじめた。
 ビクッ、身体が跳ね上がりそうになった。そうして、自分でも思っても見なかった声が、零れてきたのだ。
「あ、……あっん……」
 それは、自分の声でありながら聴いたこともない種類のものだった。自分の今、させられていることの意味も掴みきれていないから、そんな声ので蛸とに対して、恥じらいよりもただ、「今の声なに?」という思いしか生じない。悪の心でもって、天使の如き純真なルカの、何も知らない心を弄ぶのが、スタンにとって本当に、最高の娯楽となり得ようとしていた。
 ルカは自分の出してしまった声に戸惑い、思わず左手で口を抑えている。かすかに身を震わせながら、しかし困惑する少年の下半身からは、異様な感覚が込み上げ、徐々に全身を支配する。強大な力を持つ……、性格には、持っていたスタンの目には、ルカの今の姿は、儚いゆえの可憐さを秘めているように見え、そうして魔王の嗜虐心にむず痒いような感じを与えるのだ。
「どうした子分、手を止めるな。まだ始めたばかりではないか」
「え、だって……、いま」
「だってもでももない! とっとと再開してとっとと射精して見せろ!」
「でもぅ……」
「……二度は言わんぞ」
「うう……」
 ルカは、スタンの口だけではない恐ろしさを知っているつもりだ。ロザリーやマルレインの、あれほど正々堂々と遣り合えるのには感心してしまう。自分の影に宿しているのだから、その力の波動をかすかにだが、感じることは出来る。スタンは決して口だけのペラペラ魔王ではない。……彼の反撃や先制攻撃の強力なことも、ルカは一種の脅威を以って見ているのである。だから、逆らえない、逆らうことが出来ないのである。
「んっ……、ふぅ、ふ……んっ、んぁ……」
 何故、こんな声が出てきてしまうのだろう……。わからないから、嫌とも良いともいえない。
 しかし、身体は、徐々に「良い」方向へ傾きつつある。
「どうだ。気持ちいいだろうが」
「……う……う」
「応えろ!」
 怒鳴られて、敢え無くルカは応えてしまう。
「気持ちいい……、何か、解んないけど……」
 腕を組んで、スタンは嘲ら笑う。
「キサマの中の、邪悪な吸精鬼どもが目を覚ましたのだ。……これでお前も一歩、余に近づいたな」
「え……?」
「喜んだらどうだ? さあ、どうした。まだ終わっておらんぞ、ぼやぼやしとらんで続けろ」
「ふ……、ぅんっ……」
 ルカの、右の人差し指の第二関節が濡れて、小さな音を立てた。滲み出た蜜が零れて付着したのだ。その頃を境に、ルカの手のペニスを扱くスピードが早まりはじめた。
 本能が、彼の手に力を篭めさせるのだ。比例して、快感もまた強まっていく。自分の身体に次から次へと生じる変化に、心が置いて行かれてしまっている。スタンが笑ったルカの無毛且つ真性包茎の幼いペニスは、包皮に包まれた亀頭の根本の膨らみがはっきりと解るほどに硬化している。
 ルカは無意識のうちに作った親指と人差し指のいびつなサークルで、皮の上から輪に引っ掛けるように扱いていた。
「やだ……っ、何か、出るっ……」
 尿意とは違う、言うなれば、逆の力の使い方で、ルカの精巣に眠っていた「何か」、精液が、勢いよく噴出した。
 ルカの、尚早に駆られた射精直前から、茫然自失として自分の胸に飛び散った精液を眺めている直後までの一連を見て、満足げにスタンはにやりと笑った。
 『吸精鬼ども』のぞよめきが、未だ身体の中で収まらないルカは、胸から原へと流れて臍に溜まり、更に流れ落ちて内股を伝ってベッドに染みを創る精液も気にならない。スタンはルカに覆い被さり、黄色の平面的な瞳でルカを覗き込んだ。
 その目は、もちろん陰険邪悪に、ぎらついている。
「子分よ、どうだった。なかなかに貴重な体験をすることが出来たろう。余に感謝したかったらしてもよいぞ、構わんぞ、許してやるぞ」

スタンに声をかけられて、ようやくルカは意識を取り戻した。既に粘性の乏しくなった精液が自分を濡らす感覚にも初めて不快感を覚え、枕元に「朝、鼻水が出たりとかしたとき用」に置いてあるティッシュペーパーを数枚とって、大雑把に拭き取った。
 先程まで、あれほど硬くなっていた自分のその部分は今は柔らかく、元の指程のサイズに戻っているのを不思議に思いつつ、全て拭き清め、またしばし、ぼうっとしてしまう。何か、自分の知を超えた事態が起こった、何だか良く分からないということだけ、分かっているのだ。ただ、ぼんやりと、あんなに気持ちよかったということと、スタンの言った「吸精鬼ども」「一歩余に近づいた」といった科白とが結びついて、何かとりかえしのつかない悪いことをしてしまったような感覚に陥りつつあった。
 快感というものにたいして、人間はしばしば罪悪感を抱いてしまう。事、未成熟な少年にとって自慰行為が、その意味に対する理解のあるなしに関わらず、いけない行為のように思えるのは無理からぬ事だった。
 底意地の悪い笑みをたたえたまま、スタンは少年に、嫌らしく種明かしを始める。
「子分よ、お前、自分の今したことの意味、解ってないだろう」
「……はい? え? ……ええと……その、スタンが言ってた『G行為』なんじゃないの?」
「……ジーコーイじゃなくて自慰行為な。まあ、手淫でもオナニーでも何でも良いが、とにかくキサマは余に、それに耽溺している姿を見せたのだ」
「……スタンが教えるから見せろって言ったんじゃないか」
「理由はどうでもよい。……無知なキサマについでだから教えてやろう。自慰行為はな、るか、この世でトップクラスにいっけなーくって、はっずかしーいコトなのだ。そもそも自分の下半身を露出してどうこうする、という時点で気付かんかこのニブちんが。お前はつまり、余に決定的な弱みを握らせたのだ。ククク……、我ながら自分の悪さが怖いぞ余は」
「え? それじゃあ、教えてくれるって……」
「そんなの建前に決まっているだろうが馬鹿者。単純にキサマのみっともない姿を鑑賞して暇を潰そうと思っただけだ。……それなりに楽しませてもらったぞ子分、ご苦労だったな。この重大なる秘密をバラされたくなかったら、今後は尚一層の忠誠を誓い、世の下僕として世界征服の為に汗水垂らして働き、ババ抜きではちっとは手加減するのだ!!」
「……わかったよ……」
「む……、む、やけにアッサリしとるな」
 ルカのリアクションがあまりに希薄だったものだから、先程の自慰行為の何たるかを語った自分の講釈が正しく伝わらなかったのではないかと、スタンは一瞬、自分の言語能力に不安を覚えた。
「……もっとこう、ショックを受けて余を、あの戦士のくせに片目しか出てないで遠近感大丈夫なのか頭の中はもっと大丈夫なのか女みたいにキーキー詰ったりするのが自然なのではないか?
「……? 服はもう着てもいい? ちょっと寒いから」
「あー……、うむ、それは構わん。明日風邪でもひかれて世界征服恐怖ツアーが日延べになるのは嫌だからな。……って、おい、子分お前、もっとだ からこう何だ、余を楽しませるような苛めがいのあるような反応は出来んのか」
 服を着おわったルカは、スタンの言葉にまた眉を八の字にするくらいしか出来ない。
「だって……。なに……。どうしたらいいのか分かんないよそんなこと言われたって」
「分からないってことがあるかこのアホちん。キサマ自慰の意味は分かったのだろうが」
 ルカはずーっと、気弱で味の薄い反応しかすることは出来ない。
「わかったような……、わからないような……。そりゃ、その、なに 、おちんちん見られたのは恥ずかしかったけど……、それはでも、スタンも 言ってたじゃない、お風呂だってトイレでだって見られてるんだから、もう、 どうしようもないし。その……自慰行為っていうのも、僕には……。 ただ、気持ちはすごい良かったから教えてくれてありがとうだけど、やっぱりあ んまり、よく分からない。教えてもらったのに、悪いんだけど。僕、何だか分 からないよ。ごめんね、スタン」
「うー……、うむ……、いや、何だ、……えーと」
 ルカは、基礎知識が一切なかった。あくまでも、まっさらな白紙状態だ。そこに黒く墨を落としたのがスタンだ。しかし黒い汚点はじわじわと広がっていくだけで、それがまだ、どんな文字なのか、絵なのかは、見えてこないのである。
 スタンは、ルカの無知に、思わず唖然としてしまった。こんな……、こんな人間がいたのか。
「スタン? もう時間も遅くなってきたから、そろそろ……寝ても、いい?」

 言われて、スタンは仕方なく、頷くしかなかった。
「うむ……。まあ、構わん、休みたけりゃ休め。って、ちょっと待て子分、ティッシュペーパーを丸めて枕もとに放置しておくんじゃないズボラだなキサマは全く。妹や母親に見られたらどうするつもりだっ。あまつさえあの麹味噌が頭の中に入ってるアホ勇者に見られたら言い訳できんぞ!」
「なにかまずいの?」
「マズいに決まっとるだろうが!」
「そうなんだ……。スタン、何かいろいろ教えてくれて、ありがとう」
 まだ自分のされた意味を知らず、素直に礼を言うルカに、スタンは舌打ちをもらし、
「キサマの頭が悪いからいかんのだ。余の子分なのだから、もっと知力を磨いてもらわんと困る。壮大なる世界征服計画を円滑に進めるためにもな!」
 などと、無意味に怒鳴り散らしてしまう。
「じゃあ、お休み、スタン」
「……とっとと寝ろ」
 そっぽを向けた読書等のお陰で、スタンは寝室でも実体を失わずに済んでいる。拍子抜けなルカのリアクションに、内心の嗜虐心は不完全燃焼状態にあった。スタンが予測していたような、恥じらい身悶えることなど無く、ましてや「それだけは勘弁して下せえお代官さまあ」みたいな、町人男一人娘アリ的な醜態を晒すことも無かったのだから。
 魔王の底知れぬ欲望の満たされようはずも無かった。
「チッ……、詰まらん」
「坊っちゃま」
「って、なんだジェームス、いつから其処に居った」
「私めはいつでも坊っちゃまのお側に居りますぞ」
「すぐどこかへ消えちまうくせに何を言うか」
「いえいえ。心は常に坊っちゃまと共にございます。それはそうと、坊っちゃま、陰ながら見守らせていただいておりましたが、その少年、もしや坊っちゃまの崇高なる審美眼に……」
 フン、とスタンは吐いて棄てた。
「このような人間なぞに余が現を抜かすと思うか。単なる暇つぶしだ」
「はあ、左様でございますか。……それにしても、惚れ惚れするような悪っぷりでございましたな。その少年にもう少し知識があれば、より坊っちゃまもお楽しみになれたでしょうに」
 ジェームスは自分のことのように悔しそうな顔をして、もみ手をする。スタンはにやりと笑って、言った。
「焦る事は無い。ジェームス、世はすでに決めたのだ。この愚かな子分の人生を、こういった面から崩壊させてゆくのはどうかとな。今まさに考えて居ったところよ。無論、はじめはあくまで地味に静かにな。あの頭の中で昆布だしの味噌汁が沸いとる女勇者に知れたら厄介だし、ルカにはまだまだ働いてもらわねばならん。だが、まさに千里の道は一歩から、全ての人間の支配はこのルカからだ。……手始めに、そうだな」
 スタンはこの上なく邪悪に、唇を歪ませた。
「旅をするのは昼の間だからな。ジェームス、余はこのルカの『夜』を支配することにする! 余の愛玩動物として、ある意味たっっっぷりとかわいがってくれよう!」
 当事者であるルカは、すでに何も知れない夢の中にいる。まさかそんなとんでもない計画が今まさに動き出そうとしていることなど知らずに、すやすやと、やや寝相が悪いながらも、地味に眠っている。
「うううう、坊っちゃま、立派でございますぞ。純真で幼気な少年の性を歪めてしまおうとは、なんてわっるそーでこっわーくておっそろしーのでありましょう! 世界征服と並行して、このジェームス、星飛雄馬の姉のように陰ながら見守らせていただきますぞ!」
 そう言い残して、暗闇に溶け込むようにジェームスは消えた。
 スタンは、平穏な寝顔のルカをじっと見つめる。言うまでも無く、その口元には悪魔の微笑がたたえられている。そうして、低い声で、邪悪そのものとでもいえそうな笑い声をもらす。
 覚悟するがいい、ルカ、我が子分。キサマの夜にはもう、自由など無いぞ。今後ずっと、余の暇つぶしとして、退屈しのぎとして、楽しませてもらうからな……。
 しかし、この大魔王の邪悪すぎる志が、スタン自身の人生を、大きく狂わせる結果になってしまうことなど、この時点ではスタン自身も、眠るルカも、ジェームスも。
 もちろん、枕を並べて同じ夢を見るキスリングとルカの父も、知りはしないことだった……。


top