ボクと魔王の小さな世界

 ハイランドの見張り塔、立つと、冷たく清らかな風が身体を覆う、遥か彼方まで透き通って見渡せるように思える。「広くなった」世界は、あの山脈の向こう、ずっとずっと果て、ルカの後ろ頭まで続いていることをルカは思った。

 けれど行ってみたいとは思わないなあ。螺旋状の階段を降りながらルカは思った。十七歳の精神年齢で思うようなことではない。しかし、彼の環境が彼にそう思わせる。夏が近付いても標高の高さゆえ半袖のいらないようなこの街及びあの城に、長袖のシャツを揃えて安穏と送る生活に、大好きな人に囲まれて在るならば、拡大する世界に新たな不安の種を見つけに行くよりは、自分の守るべき最低ラインを固めた方が余ッ程いいと考えるのだ。

 今日もエプロスのお茶が美味しかったから、しみじみとルカはそう思う。

「何をしておったのだ、あんなところで」

 四時五十分頃より、五時に来るはずのルカをこっそりと待っていて、だからスタンは見張り塔の上に立つルカをはらはらしながら見ていた。強い風が吹いて飛ばされやしないかと。もちろん、飛ばされそうになったなら光の速さで飛んで行って、抱きとめるだけの話だが。

「見てたの?」

 スタンはなんとも答えずに、ルカを抱きかかえてふわりと浮かび上がる。長いつり橋を、危なっかしいアーチを、ルカはもちろん自分の足で落ちずに歩けるだろう。軽微ではない幾つもの理由によってそれをさせない看板倒れの魔王である。

 広い広い魔王の城、しかし世界を成す比率では無にも等しく、荘厳にすればするほど空虚になる玉座から睥睨できるのは、せいぜい子分魔王ルカの頭くらいで、それだけ見えていれば十分すぎる程だ。世界が、彼らの認識の及ばぬほど広くなったのならば――もし彼が「魔王」を標榜するのであれば――その世界をも、邪悪なる魔力で掌中に収める努力をするべきではあるが、要するに彼は結局のところ傘を畳んだ一人の男で、ルカさえいればそれでいいので、時間があればルカと遊ぶことに割く。遊ぶといって、ルカは娯楽に乏しいし明るくない。スタンも、魔王的な遊戯に及ぼうという気はもはや無い。自然、互いの関係性に目が行き、選択肢は限られる。かくして、一年に日の数の二倍近く結ばれ合っている。

そんな彼らを、「第三者」を自認出来るほど「第三者」でもない幻影魔王エプロスは既に何度か述べた通り、限りなく寛容な目で見ている。二人は彼を月光か春風か、穏やかさそのもののように感じる。とは言え、

「気を使わないでくれ」

 エプロスはいつも言う。

「我侭を言ってくれればいい」

 と。

 自分たちはあの男のことが好きだと、スタンも、ルカも、理解している。スタンはルカ至上主義、また、ルカもスタンが特別だからこそ、それ以上の発展は回避されているわけだが、それでも今以上、エプロスを大切にしたいという気持ちは在る訳だ。そのやり方を、ルカは現在模索中であり、見つけてやりたいとスタンですら思っている。狭き世界で生きることを選んだ彼らであるから、その世界の中を温かく、居心地良いものにし、また愛すべき相手を確かに愛す為の努力を怠るようなことはないのである。

 とは言え、答えは見つからないまま。スタンはエプロスを大事に思う気持ちを言葉に出すのを恥ずかしく思うから、ルカのいる前では言わない。二人の時には二人の為に時間を使うべきという考えは共通していたから、結論は今しばらく先送りとなるようだ。

 さてルカとスタンの日常が「日常」という呼ばれ方をするのに十分な時が経ったから、あまり新鮮な出来事と言うものは起こらず、また無理に起こす必要もないと二人して考えている。長閑に生活していければそれで十分幸せであって、それが「魔王」の肩書きに合わないのであれば、いっそニュータイプ、ニュースタイルの魔王像を確立していければそれでいいのだ。魔王的に稚児を侍らすようなことも、スタンは思いつかない、ルカが一人いればそれでいい。

 実際、スタンはルカとするセックスを心の底より楽しんでいる。それはルカも、恥ずかしがりながら半分以上認めてしまう事実である。「恥ずかしくって気持ちよくって判らない」ものであったはずの行為は、ただただ幸福を確認しあい、幸福の周囲にもう一枚ずつ幸福を貼り付け、絆を強固なものにしていく意味を持つものへと変じさせた。だから、不器用な命令口調でベッドに攫うスタンの目が優しいことを読み取るし、拒みもしないのである。

 スタンもルカも男であるから、詩的な事の運び方は得意ではない。まず何より相手が愛しいということを自分に思い知らせる快感を欲するのだ。計算は得意な方で、二人で幸福に向かって歩くロードマップもよく読める。恥ずかしさよりも重要なものを知り、選べる決断力もある。

「風呂を出たらすぐにするぞ」

 夕飯を食べている最中にスタンはそう言った。ルカは上出来のミートソーススパゲッティの味が一瞬遠退いた後、益々美味いと感じられるようになる。その時には特にこれといったリアクションはせず、しかし、もちろん一緒に入浴した後は、バスローブひとつでスタンに抱えられ、ベッドへと移動する。「バスローブは浴衣ではない」、つまり、初めてこの白いものに身を包んだとき、内側に下着を穿いたままだったルカにスタンは笑ったが、今はちゃんと、裸ひとつ、上気した肌に白い衣は、溶け合うように甘くなった。

 繰り返しになるが、詩的な過程はさほど重要ではない。ベッドの上にルカを解放すると、すぐにスタンはルカを裸にする。なぜセックスをしたい。そう考えて、最大の答えはもちろん「愛しているからだ」、しかし、一番最初にやってくるのは、愛する者の「裸が見たいからだ」。

 他の何人も触れられぬ、目にすることも許されぬ場所を、自分がまず見、触れる、味わう。裸ゆえに生ずる微弱な電流を指先や舌で感じるのは、「恋人」のみに許された特権である。スタンは男である以上、微電流に欲情するし、ルカも男であって、自分のどういうところにスタンが感じるのか、うすうす判っている。

 だから、その手が心臓の右に乗る、体がかすかに震えた。それが正解と思って譲らない。

「スタン、あのさ」

 黙っていれば本当に格好良い。男前とはこういう顔を言うのだ。だからえっちなことなんて言わないで、すっとクールにいればいいのに。何でいつも君は言っちゃうんだろうね? 以上のようなことをちょっと考えて、言うのをやめた。言うだけ無駄だと思うし、「えっちなこと」を言われても構わないから手のひらの下に裸で寝ているのだ。

「……何だ」

「うん……、キスしたいなあって」

 欲求が完全に一致したからか、スタンは珍しく何も言わず、ルカの願いを叶えた。もちろんはじめは啄ばむような、そして、接触する時間を徐々に伸ばし、やがて、舌を絡めあう。指先でルカのささやかな乳首を転がして、喉から舌ヘ這い、自分の口の中へ移動する声を楽しむ。

 三百余年の経験と魔王的性欲ゆえ、スタンはキスだけでも十分にルカを満足させることが出来るつもりでいる。実際にはその自信、相対的なものであって、ルカの感じやすく流されやすい肉体に拠る所も大きい。舌の絡まりの始めは、相互に唾液と吐息をやりとりしあう公平なものであったはずが、気付けばルカは舌を動かさず、ただスタンの唇に翻弄されるばかりとなる。鼻に掛かり浮つきそうになる声を堪えようと努め、結局それすらも諦め、あとはスタンから喜びを享受するだけ。もちろんスタンとしては、そんなルカも可愛らしい。やがて我慢すら出来なくなって、「欲しいよ」と強請るようになるのだ。魔王の、男の、心をこれほど満足させる命もそうない。

 喉の奥で笑いを飲み込む。ここに至って、ある程度の水準の満足を得、唇を外した。ルカの唇は濡れて艶を帯びている。

 頬に手を置いて、尖った牙を覗かせて笑みを浮かべた。

「幸せよな、お前は」

 ルカはきょとんとした目で見上げた。スタンはその手を胸に移し、指先で乳首を転がした。

「ん……っ」

「余の唇で、余の指で、揺らぎ、震え、感じ、善がる。お前は何もせずとも良い、寝ているだけで余が黒き幸福を齎すのだからな」

 もちろん、下半身では幼い風情の肉茎が物欲しげに震えている。それを知りながら、スタンはルカを抱き起こした。

「スタン……?」

 大儀そうに、ごろんとベッドに横になる。

「余を感じさせてみよ。お前の舌で、余を幸福へ誘え。……出来るだろう?」

 戸惑うように視線を揺らす。揺れた先、スタンの雄々しい性器があって、そこはもうしっかりと勃起している。

「……スタンももう立ってるじゃん……」

「うるさい。良いではないかたまには。お前はいつもいつも余に仕事をさせて申し訳ないとは思わんのか」

「……仕事って思ってるんだ……」

「……ええいもうっ、とにかくやれと言ったらやらんか!」

 不意に「男」の立場を授けられたルカである。スムーズなパスとは言えなくとも受け取ってしまった、スタンはもう横臥している。

 そんなことよりも、と、愛する相手を愛することよりも自分の快感を優先しかけて、飲み込む。いつもいつもスタンに喜びを与えられ、幸福への緩い上り坂、後ろから押してもらっていることは確かだった。

 スタンがそうしてくれるからと、ただ仰向けに寝ているだけでいいと思ったりしたことは一度もないはずだったが。

 とは言え、どうすれば? ルカはスタンの大きな身体を見て考える。

 ルカは戸惑いながらも、スタンの厚い胸板に唇を寄せた。スタンは黒衣を身につけても、襟を広げ、その胸板を露出する。本人にどういうつもりがあるかは知らないが、ルカには女性の胸元が大きく開いているのを見る以上にエロティックに映る。自分の平べったい、男以前の形の胸板とはまるで違う。スタンは自分の自己主張に乏しいボディラインを愛していることを知っているから、姿形の変化を放棄し恐らくは永遠に少年の体型で在り続けることに悩みはしないものの、屈強なスタンの身体はルカの憧れではあった。

 まず自分の胸に口をつけたルカを、スタンは見る。自分がするように、唇を当てて、吸い上げようとする。ルカの白い身体にはいつもスタンの歩いた跡が残っていた。今のところスタン以外の誰もルカの裸を見はしないのに、そしてそれは保証されているというのに、スタンがつけたがる保有権の証明だった。

「……どうした?」

 スタンはククッと笑った。

「……うまく、つかない……」

「跡を付けようとしたのか? コツがあるのだ……」

 柔らかな髪を撫ぜて、「いつか教えてやろう」。ルカは少し疲れた唇で諦め、その代わり、スタンの、……恐らく触るのは自分が初めてだろうな、乳首に唇を移した。スタンは予測していたから、少しも驚かない。ルカが舌先、意外なほど上手に、くるりと転がした。され慣れているからか、それとも、芯からの愛情の成せる技か。そしてルカも間違いなく男であって、スタンがかすかに身体を震わせたのを感じ、嬉しく思う。音を立てて吸い、舐めながら、左手をスタンの腹部から下へ這わせ、反り立つものを撫ぜた。熱く滾った場所は、ルカの舌がスタンの胸の先を弾く度に、ぴくりと震え、ルカの、男らしい部類に入る性欲を刺激した。

 まさか、この人に僕が入れる?

 そんなことを考えて、少し笑いたくなった。バカなこと。僕は、男でも女でもなく、その両方を超越して存在する、大魔王スタンの恋人なのだ、僕のこのおちんちんは「感じてるよ」ってスタンに見せる為にあるんだ。

 早く欲しいな。

 言わないで我慢しながら、スタンのものを咥えた。ここからはいつも通りだと、妙に安心した自分を感じる。スタンの何処が良いかを知っている自分を誇りと感じて憚らない。

「……ふむ」

 スタンは落ち着きを装った声で言う、顎を引いて自らを咥えるルカを見る。その顔は恐らく猥褻物であったが、表現次第で幾らでもなろうとスタンは思っていた。ルカは綺麗だった。

「もう良いぞ、余は満足だ」

 口から抜いて、濡れたものを、まだ手で緩く扱くように何故ながら、ルカはスタンの顔を見た。

「……でもまだ……」

 笑って、指をくるりと回す。

「尻を慣らしてやる」

 ルカの困惑顔はスタンの栄養だった。つまり、一旦沁みるような痛みと共に吸収され、精液と言う形で排出される、過程ではスタンの心を器用に満たして。ルカが恥ずかしがることをやめないのは好都合だ。ルカが「綺麗」と幾ら言われても信じられないままの場所を愛しい者の顔の上に晒し、指に弄られ舌に舐められ、溺れそうな声を上げる様、快感に流されそうになりながらも自分の性器に手を這わせることだけは諦めないで最後までやり遂げようとする様、

「……ご苦労。良いぞ」

 そう言われたときに見せる、安堵の様。何もかもが幸福を司る。ルカはスタンの体から降り、まだ張り詰めた淫竿に触れながら、隣りに座った。あとはスタンの思うが侭の身体であり裸であり心である。

「跨がれ」

「……は?」

「跨がれ。余に見せてみよ」

 ルカはスタンの肉茎を手の平で撫ぜたまま、目を丸くした。

「……見せ……っ、て、え?」

「だから。詳しく言わすな馬鹿者。お前が余を受け容れ、腰を振って喘ぐ様が見たいと言っているのだ」

 恋人が変態で嬉しくなる。

 男であるからして、自分もまた「変態」と呼ばれる因子を持っていることを自覚しているルカである。変態の上に同性愛者であるからして、今もなお、スタンの魔王的な男根から手を離せないでいるのだ。そこは熱くて、自分の唾液はもう乾いたはずなのに、先端、少しだけ濡れている。その原因がまた、自分なのだ。自分が在ることによって、スタンは感じているのだ。自分が、つい今まで尻をその顔の前に見せたことによって、そして、自分がスタンを舐め、撫ぜたことによって。

 恋人は自分の淫らな様を見たいという、それは非常に正常に変態だ。そして自分のそういう姿を見たいと正々堂々と認める恋人が嬉しいから、自分も同じだと認め、寧ろ同類項であることは歓びである。十分に広く、しかし世界と比して明らかに小さなこのベッドの上で共通の価値観を持てることがどうして微笑みに値しない? ただ、今は上手に笑えない。

「……ルカ」

 スタンの声音は静かだが、何処かに嘆願するような響きがあることを、ルカだけが判る。

 ルカは股を広げ、スタンに跨る。右手の熱い根を、跨央に導いて、その上に、ゆっくりと腰を沈める。スタンの指二本と比べても明らかに太い、硬い、熱い、そのものの先端と同じ輪郭に身体の一部が変わる。一分の隙もなく、内部粘膜がスタンをなぞり、同化する。ルカはスタンの先端が濡れていたことを思い出し、まずそれをどれだけ自分の命に繋げられるかと、果てない格闘を開始する。その周囲の細胞の動きすらルカは統制していた。

 自分の、もはや自慢する気も誇る気もない、どころかもう一回り小さければルカが楽なのにと思う、性器をルカが受け容れ、自分がルカの一番センシティブな部分を得て、甘酸っぱいような硬さを未だ放棄していない少年の内部が赤くなりながら自分と繋がっていくのを、スタンは見る。自分の茎が、一ミリずつルカに吸い込まれていき、それに伴い快感が増幅する。ルカという少年の命が自分から生えているような気持ちになり、それを思った瞬間、スタンはルカとひとつになる。

 金色の縮れ毛もやがて影になり見えなくなった。ルカはスタンを飲み込み、腰を落ち着けた。んん、と眉間に皺を寄せて、腹の中の熱に翻弄される覚悟を決める。スタンの目線が、自分との接合点から、上を向きヒクヒクと震える幼尺に絡み、細く貧弱な腹部、胸部、淡い色の乳首を経過し、自分の視線と結びついた。スタンが自分と繋がって間違いなく興奮している、それをよく判り、ルカはああ、と生っぽく声を上げた。

 思い出す必要のないことだが、スタンは時にこの体勢でルカと繋がりたがった。つまり、スタンはルカのそういう様を、もう何度も見ている。それでいて、今日、これだけの新鮮さを彼は覚える。恐らくどういう形でも、同じように胸をときめかせるのだろう。

「動けるか?」

 動いて欲しいんだ? そう解釈するから、こっくりと頷いて、膝で身体を支えつつ、そっと腰を上げる。灼熱を帯びたスタンが、少しも苦しくないと言えばもちろん大嘘だが、嘘を本当にする力を持っていると自分を信じて、ゆっくりと、スタンに心配をかけない速さで、腰を振った。スタンの目は再びルカとの接合点へ向く。

 確かに自分がルカに入っている。容易に理性を無くせるような快感を覚えていながら、腰から下の幸福によりリアリティを追求したい。ルカの内部から自分の茎が覗き、それがまた見えなくなる。ルカが腰を上げると、その脆弱な肉は自分によって泣きそうに歪み、寧ろ入っている状況のほうが楽だといわんばかりに、スムーズにまた納まる。ルカの括約筋の動きひとつを把握して浸る優越の対象は、ここ以外の全て、世界だった。

 何度もゆっくりと往復して、スタンは十分に心が満ちた。何より、ルカの抱く欲求と彼の欲求が重なった。手を伸ばしたルカの望むタイミングでその手を掴み、身を起こすと、抱き締めた。それから、キスをした。

「スタン」

 息継ぎよりも言葉を伝えたくてルカが言う、その言葉をスタンが待つ、その分、次のキスが遅れる、それだけで切なくて泣きそうになれる。

「大好きだよ」

 言わなくても判りきった科白を何度でも言うのは、言うことで感情に拍車がかかることを知っているからだ。言えば自分は益々スタンが好きになり、スタンは言われて益々嬉しくなる。

「……愛している」

 七度、八度、互いの舌を舐めあって、改めて抱き締めた、小さな耳にスタンは言う。

「自分でも困惑する程、お前を愛している」

 男性的な要素を突き詰めていったら女性的になるのかもしれない、そしてひいては、男も女も関係なくなって、だから自分たちが結びつくことに何の問題もなくなるのかもしれないと二人は思う。幸運なことに、男性器を突き入れて一番心地良い――とスタンが信じる――肛門は男であるルカにもちゃんとついていて、いくらかの時間と経験を必要としたとは言え、ルカはしっかりとその穴で感じることが出来るから、都合の悪いことなど何一つない。

 ゆっくりと、ルカを横たえ、その顔を見る。

 恐らくは、外の世界がそう評するように、自己主張に乏しい顔だ。

 しかしスタンはいくらでも見つけることが出来た。二重瞼の大きな眼、気弱そうなところは優しさに昇華する頬や眉、自分の名を紡ぐときが一番滑らかに動く唇。全てが愛情という記号に象られた瞬間、スタンはその少年に、烈しい恋心を、何度でも抱く。

 セックスはもはや習慣でも、そのたびにこれだけ大きな感情の波を頭から被る。既に二人は熟知している通り、これは「愛してる」「好きだ」を何百倍の時間をかけて伝え合い、これからも共に在ることを誓う行為であって、例えば結婚式に似ていた。しかし結婚式よりも余ッ程刺激的であるし、気持ちいい。他人の都合を左右する必要もない、したいときにすればいい、日曜日を探す必要もないし金もかからない。

 ともかく、自分たちで祝福しあおう。

「動くぞ」

 うん、ルカが頷く。スタンまでひ若い子供になった、その手をしっかりと結んで、互いの名を呼びながら、腰を振り、振られ。ルカは漂白される意識の中、あれほど怖いと思っていたスタンの顔が、今はこんなに愛しい不思議を、不思議でもないと言い切るし、隆々としたその肩や胸、六つに割れた腹筋が、貧弱な身体を持つ自分の心に、少しの厭味もなく吸い込まれ、ただ素晴らしく好ましく感じ、甘い声を上げた。今、尻の穴と繋がっている、そのすぐ上にスタンの腹筋がある。繋がっているならばそれは、少なくともこの瞬間だけは自分のものかもしれなかった。

「……ルカ、どうする?」

 スタンは呼吸を忘れそうになりながら訊いた、「中に出して欲しいか?」。ルカが頷く、頷くことを知っている、知っていながらなお訊いた。

「して……っ……、中ぁっ、僕のっ……中、出してぇ……っ」

 ルカを焦らすように腰のスピードを落とすことによって、スタン自身も大いに焦れた。

「何を? 申してみよ」

 ぎゅう、とその手を握り締めた、意識の外でスタンの性器も。

「スタンのっ……、せい、えきっ……、中に欲しい……っ……」

 それの言葉を聞いたスタンは、もう何も言えなくなった。不器用になったのだろう、どこかに、元々持っていた自分の要素を置いてきてしまったのだろう。

「愛している」

 駆け込むようにスタンは言った。腰のスピードは不随意に早まった。ルカの声が一際高まったのを訊いて、津波のように意識が遠退く。素晴らしい射精とでも言っていい。ルカの最奥に向けて、解き放つという表現がしっくりくる。

 腹の底が満ちたのを感じたのが先か、それともルカ自身が射精したのが先か。キスをした、何度もした。互いの身体の熱が苦しくとも、身を離すことを選ばなかった。弾んだ息がスムーズに転がりだす頃、ようやく抜き取ったスタンは、もちろん自分のものよりもルカの尻を先に拭う。

 初々しいようなぎこちなさに、不意に二人の目線は互いの身体から離れる。ルカは背中を向けて、三秒経ったらもう寂しさを感じている。幸福なことには、スタンもそれは同じで、ごろりと横になったらすぐ、ルカの腰に手を回している。

「スタン、僕、気持ちよかったよ」

 たまには問われる前にと、ルカは気を利かせて言った。目を合わせなければ、恥ずかしくても何とか耐えられた。スタンはルカがむこう向きで良かったと思う。こんな顔を見られたら笑われるかもしれない。気を取り直して――つまり、取り直さないと気がもたないのである――言ったのは、

「当たり前だ。余がしてやったのだからな」

 あえて望んで淫らな自分を選んで在る姿は崇高ですらあるとスタンは思える。ルカほど魔王に相応しい少年はいないのではないか。見習うべき点は多い。妙なカッコつけを完全には棄てきれない自分とは違う。

「そうだね、スタンがしてくれたから」

 ルカは柔かく笑って、腰の手に、手を当てた。そのまま寝てしまってもいいし、スタンが望むなら是非もう一度したい、寧ろ自分も望もう。恐らくはもう、本質的に淫らな自分を芯まで愛しきってくれる恋人が自分にはたった一人いることを、背中と腕で意識しながら、身近な未来に思いを馳せた。


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