俺はこの子が解っていることを解っている。
解らなければよかったのかもしれないと、思う、少なくとも、今ここに至っても、無責任な俺の思考回路は、そう思っている。だけど、主として肉体が受け取る信号を司る脳の、精神とはあまり繋がっていないのかもしれない部分というのは、俺のした判断も、俺のしている行動も、共に正しいのだという結論に至らしめている。恐らくは、それが一番都合がいいからだろう。偽善的「いいこと」をしているという自覚を、俺に与えるからだろう。
「……んんん……、あっ……!」
小さな体が震えて俺へと吐き出す精の中、こんなことに使ってはいけないはずの何万の精子が泳ぐ。
稚魚を食べてはいけない。しかし、雛鳥ほど肉は柔らかく甘い。ケースが植物ならば、若い蕾や葉は拒絶を意味する。しかし進化の過程で、どう反転したかは知れない、若い、或いは幼いということは、柔らかく穏やかに「容認」を意味する。
俺の喉の奥へ泳ぎ下りる精子は俺の食道のどこも擽らずにすとんと落ちた。
「……ウィル……、大丈夫?」
赤い目が俺を見上げ、俺の目と交錯したとき、不意に俺はそこに涙の存在を見た。それは当にその時、涙腺からぷくりと生まれ出でたように感じられた。
「辛くなかったか?」
俺の言葉にぱくぱくと口を動かして、それからウィルは泣きそうな微笑を浮かべた。そして、俺が抱き始めると、静かに身をわななかせて、泣き始めた。
俺は小さな、華奢な身体を、腕の中に納めて、本当に心からの愛情でもって抱きしめた。その事に最早一切の抵抗も存在しない。何故ならば俺は解っているからだ。この子が解っていることを、解ってしまっているからだ。
ウィルは「行き着く先」のここであることは、十分に理解していたはずだ。
「……僕は……、僕はっ……、先生のことが……、好きですでも、僕は先生が僕のこと好きでなくても構いませんから、でも僕はただ先生のことが好きです、その気持ちだけ僕は、つたえ、たかったんです」
真っ赤な顔をして、怖がりながら、つっかえたり、つめこむようにしたり、俺の目をろくに見ることも出来ずに、具体的に言えば彼の目が真っ直ぐ向かっていたのは、彼の目線ちょうどの高さにある、俺の心臓だったろう。
俺は彼を抱きしめて。
その先に続くのは、恋人としての行為しか有り得なかった。ウィルが俺のことを好きだといって、俺もウィルが好きだったならば、それは互いがどういう年齢と立場と性別にあろうと、成り立つのは恋人という関係でしかなかった。
俺はだから、そうしている。キスをして、抱擁をして、やがて今のように交合をする。
賢いこの子はその事を十分に理解した上で、恐れずに俺に告白をしたのだということを俺は解っている。解っているから、している。もちろん、俺の中にもウィルへ向かう強い欲求のあることは認めるけれど、それは飲み込める範囲のもの。それを解放する為には、また新たな力が必要となるのだった。
「……先生……、好きです、僕、先生が、大好きです……」
「ああ……、俺も、好きだよ、ウィルのことが、本当に大好きだ、愛してるよ」
俺の言葉に、その言葉を始めて知ったかのように反応して、
「あいしてます、僕も先生のことを、あいしています」
と言う。
愛なのだろうか。俺は自問した。愛なのだろうか、これは、愛なのだろうか、愛なのだろうか……。
愛とはそもそも何だろう。二十何年生きたところでそれは解るようなものではないということが最近判ったような気がする。それを、十年目のウィルが判るものだろうか?
しかし、それは仕方なくとも、ウィルの振り回したその言葉が、俺の耳には心地良かった。顔を上げて、俺が、ウィルの精液を飲み込んだばかりということも気付けずに、唇に唇を委ねるウィルのくれる感触だって例えば愛なのだと言えば、試験では三角くらいついたって良いようなものだ、それが愛でも構わない。ウィルの体の、震え一つも。
「大好きだよ、ウィル」
俺は小さな耳、ぺろりと舐めて、囁いた。
「愛してる」
ウィルは涙目で俺を見る。
「……あいしてます……、せんせ……っ、あいしてます、愛してる……」
ただ、言うことに意味があるのだと、言うだけでそれだけの力を要するものだから、言うことに計り知れぬ意味があるのだとウィルは、俺に教えるように、言って、また泣き出した。愛してると言ってくれる相手のいる歓び、そして、愛してると言える相手のいる歓びに、ウィルの泣いていることは、俺にはよく解った。
ウィルが俺は、愛しかった。
「……僕、先生、します」
泣き止んだウィルは顔を上げて、涙を手のひらで拭って、そう宣言した。
俺は微笑んで、髪の毛を撫でた。どう解釈してもらっても構わない、と思った。しなくてもいいし、してくれるなら嬉しい。判断をウィルに委ねるあたり、俺は卑怯者である気がする。しかしながら、俺はウィルの泣いたことが、嬉しかった。本当にこの気持ちに寸毫の嘘も無い。
ウィルは、俺にキスをすると、俺がしたことをそのまま真似をする、正直に言えば、それほど快感は募らず、それよりも愛しいという気持ちが強くこみ上げるばかり。それはしかし快楽に他ならない。ウィルはキスを何度も何度もして、それから甘い息を吐くと、俺の、普段、この子の目の一番近いところにある胸へ唇を舌を移した。
「先生……、気持ちいい?」
その科白は、間違いなく俺の真似だ。
「うん、すごく気持ちいいよウィル……、ありがとうな」
だけど、色は全く違った。不安で、上擦りそうになっているのが判る。俺の返答に安心したような顔になって、また、唇で俺の乳首を挟んで、吸って、舐めて。拙い動きは、嬉しかった。足掻いたところで消えない憂いを含んでいるこの行為を、救うようにすら思えた。
「……無理はしないでいいんだからね、ウィル」
ウィルはこくんと頷く、頷いたけれど、俺のにフェラを始めた。最初にフェラをしたときは、一分ももたなかったことを思い出す――俺ではなくてウィルが――。苦しいって、噎せて、咳き込んで、「ごめんなさい、ごめんなさい」、何度も謝って、泣いてしまった。今では、多少の慣れも出来たか、上手になったなって思う。もちろん、こんなこと、教えなくてもいいこと、或いは教えないほうがいいこと。回りのみんなには、どうしたって言えないことであるし、この子に秘密を共有させることにもなる。しかし、もう取り返しはつかない。俺はある種の厭世観に、幸福な気持ちで浸っていることを自覚していた。
俺ほど罪深い男はそうはいないね。
俺の手のひらの下でウィルの髪が動く。俺はウィルの口の音よりも寧ろ、髪の毛がくしゅっと立てる音の方に官能を擽られた。サラサラの、柔らかい、甘い、髪。
ずっと小さな手が、俺の性器の茎を撫でるように扱き始める。
「……ん……っ、ふっ……、ん、……んっ」
そんな風に、声を漏らしながら。
最初、俺がしたときは、戸惑っていた。「汚いところなのに」どうして舐めるのかとウィルは聞いた。俺は、理由は判らないけれど「痘痕も笑窪っていう言葉があるでしょう? 俺はそういう風に思ってるから平気なんだ。ウィルのことが可愛い、すごく可愛いって思ってる。ウィルの目も耳も鼻も口も唇も、もちろん、ここだって。どこも汚いとは思わない。ここがどうしてウィルが汚れてるって思うのかは、俺には逆に判らないよ」、「だって……そこは」、「うん、確かに排泄の場所だね、だけど、人間の身体に老廃物を排泄しない場所なんて無いんだよ、一箇所も。俺の身体もウィルの身体も、いつだって排泄を行なっている、息を吐くのも同じ事。だから、結局どこを舐めても、それが汚いと思えば汚いし、そうでないと思えばそうでない。俺はそうでないと思うから、ウィルの此処だって、美味しいと思うんだよ」……、今では、俺の口でされるのを、きっと喜んでいる。俺もそれに答えるべく、あんなに上手になってしまった。そして、同じ気持ちでいてくれるらしいウィルだって、上手になった。
「……ウィル、出すからね」
ウィルは「ん」と喉を鳴らす。
小さな口へ、流し込む俺の、これは形を持った「愛」と言うことが許されるだろうか。
「……は……っ」
ウィルの口から息が漏れる、その口にはもう俺の精液は無い、当たり前のように飲み込んだのだ。当たり前のように飲み込んだのは最初に俺がそうしたから。聡いこの子は俺の行為に幾つもの答えを見いだしていて、フェラをして俺が飲んだのを見ても、もうその答えは自己完結していた。飲むことが愛情だと思ってくれているのだし、また、汗も唾液も涙もいわゆる「排泄物」も、全て老廃物という点では変わらないというロジックに基づいているのだ。
「……先生……」
ウィルは俺を見上げて、聞いてくる。
「……僕、大丈夫です」
身体を晒した。桃色の、先まで皮に守られたウィルの年には相応のペニスが、上を向いて、ひくりひくり、ひくりひくり、震えている。
「僕、もう、覚悟は出来てるから……、先生に、してもらうのは、……僕の幸せに違いないって、僕は、思ったから……」
無理をしているのは、手にとるように判る。
俺も無理をして、微笑んだ。