笑わせる

 螺旋描く人間の感情、改竄を繰り返しこの心ここに在り、海の一番近いところ、最初の太陽が海に光の船浮かべようそろう、蜂蜜微少年に酔う早漏。眩しさに目を細めれば笑顔に似て、赤く白く照らされたいとし君の横顔を今年もまた一番傍、攫って腕の中、胸の中。

「あけましておめでとうございます」

「……あい、おめでとう」

「ことしもよろしくおねがいします」

「……うぁい」

 改めて言うと照れ臭い、見ている顔はエロ臭い、気付けば俺は二十六歳、君は永遠の十三歳。

「晴れてよかったね。本当に……、すごくきれいだ」

 俺はもう、太陽ではなくナップばかり見ていた。太陽よりはナップだった。ナップが俺の太陽? いやいやもっとずっといいもんだ。太陽よりもオンリーワン、君なしだったらロンリーマン。

くっついたらば、離したくなくなっちゃって、困らせては困るセルフサービス。「いつまでそうやってんだよ」って唇尖らせたから、いつまでだってこうしてたいよと本気で言った。バッカじゃねぇのと言ってくれたら、愚かな俺にも意味が生まれる。君の側に生きる馬鹿、ねえ俺君の先生なんだよ? でも馬鹿なのは変わりないか、仕方ないか。

 君が側にいてくれることで始まる今年も一年間、この生のライヴ感、変わらず安値でお得な毎日、だって俺が払ってるのは無償の愛情それのみで、君はプライスレスの幸福をたくさん、ありがとう、頑張ろう。

 抱いた肩は少し冷えたか、愛するのが俺の責任なら、風邪をひかせないのもまた同じ。誠に申し訳ないことに、パナシェをスバルをマルルゥを「君たちはみんな大事な俺の生徒だ」って一緒くたにぎゅうって抱き締めてあげながら、「愛してる」のはナップだけなんて。ごめんなさい俺はだから、先生になるなんて本当に無理。先生で在るには俺はあんまりに人間過ぎる。でもたった一人を身体の内側まで愛し切ることなら任せて。

 「初日の出見に行こうぜ」っていうのがナップのアイディアで、「せっかくだから初風呂にも入ろう」っていうのが俺のアイディア、二つを絡めて実現させる温海の淵で向かえた新年の朝。暗いうちから入って出て、また入って。かれこれ一時間近くこうしている。

「なー、そろそろ帰んない?」

 斜めに刻む太陽光線が湯煙のスクリーンに映る。それを見上げながら、両手両足を伸ばすと、じいんと温かさが染み入る。ああ、気持ち良いなあ。でも温泉が気持ちいいって、もう俺、おじさんなのかなあ。

「もうちょっといようよ……」

 ナップも俺も、緩やかな時の流れるこの島で、まるで身体の形が変わらない。かれこれ二年、俺はナップの瑞々しい身体を啄ばんで心の栄養補給に窮することはないのだけど、心は確実に年を取っていく。まだ俺たちの時間が浅い頃には、ナップ、喜んで俺にくっついた。でも、今は俺が手を伸ばさないと触れない場所にいる。手を伸ばしても、それを避けようとする。大人になるってそういうことだと、とっくに大人の俺だから判っているつもりだったけど、直面して見ればやはり寂しさがこみ上げる。だから俺はどんどん変態になっている。これからそれには拍車がかかると思う。ナップにどこにも行って欲しくない、いつでも抱き締めていたい、そう思うことをやめられるはずもなく。

 そんな俺でいても、一応「先生」という代名詞で呼んでくれる。今年の目標は、「せめて先生らしく」。毎年立てては二月を待たずに挫折する、慣れ親しんだ抱負。

「……ったく……」

「暇なの?」

 先生であること、男であること、どちらか辞めなきゃいけないというならば、悩むけど俺はやっぱり先生を辞める。だけど、俺はスバルたちにとっては平均以上に先生のはずだ。保護者からの評判も悪くないし、ゲンジさんにお説教される回数は最近ぐんと減った。

「暇とか忙しいとかじゃなくってさ……」

 演じる術は身につけた。改めて、腕の中へ引き寄せた。こうして比べてみると、この子はまだ本当に、永遠の少年、幼い身体。俺と比べて明らかに、華奢な身体をしているのだ。細い腕、細い首、薄い胸板も、一つひとつだけピックアップしてみれば、なんと危ういものだろう。この子の強さを知っていてよかった。でなきゃいつだって心配で、俺はあっさり胃に穴開ける。

「……アール、置いてきちゃったんだぞ」

「大丈夫、ちゃんとご飯の支度をして出てきた。それにあの子だって俺たちのこういう時間が短くなることを喜んだりはしないと思うよ」

 ナップは唇を抗いの形にした。だから、尖ったその唇を、俺は舐めた。お湯にぷわぷわたゆたうものを、摘んだ。

「本年も宜しくお願いします」

「どこに言ってんだよ!」

 お世話になります。初日に初風呂済ませても、書初めイキ初め姫はじめ、これから本当に年明けて足広げ、濡れたままの裸の君にハッピーニューイヤー本当に今年も。

「新年早々っ……、やだっ、こんな、とこでっ」

 汗の滲んだ頬を舐めればすぐ傍の海の水と同じ味。勝手にはしゃいで俺の流儀で、この正月を朝から祝す、夜までずっと。シルターン流のお正月ではお正月は朝っぱらから「おとそ」というお酒を呑むらしい。その代わりに、ナップの体液に酔い痴れる。温泉の美肌効果でお尻もすべすべ、俺も毛の生えてないところはきっとそれなりに。

 今年の目標? そんなものはない。

 ナップと現状維持、それしかない。

 だらだら巡る日々でも退屈なんかしない、するはずもない。俺にとっては永遠に興味の尽きない対象であるナップが腕の中に居てくれるなら、お年玉だって要らない。こんな俺じゃあ愛想尽かされるかなあ? でも置いていかれるならとうの昔に。今もこうして腕の中、言葉にならない思いは息の音。

「大好きだよ、ナップ……。本当に、今年もよろしくね、来年も、再来年も、ずうっと」

 俺が死ぬまで、そう言ったら、抱き締める腕に力が篭った。うん、それをも超えて、ずうっと一緒だね?

 テンションが上がれば心は舞い上がり、凍れる青空へ放ち、俺たちだけ覚えてる輪郭の精液たち。高く掲げた旗と、地べた這う現実との差も痛み無く飲み込んで、のぼせて染まった肌の隅々まで、俺は口付けを開始する。湯気を流す肌に刺す風も、砂粒のちくちくも気持ちいい。理性の糸を切り離した凧は、あらぬ方向へバランス崩してぐるぐるぐるぐる螺旋階段、軌跡は遺伝子に似ていた。

 そういう身体と心で生きていく、何年か前に、俺は決めていた。その前の年に、青臭い理想を掲げたのが信じられない。今やナップの肌の上を唇で歩く生き物だ。だが、それもまた善し。

 去年最後の君の精液を飲み、今年最初の君の精液を飲み、……共有し合おう、君とまた明かす時間来年も、笑った鬼の鼻明かす。


back