KISS BEHIND THE MOON

「なんだあれ」

 くたくたに疲れた顔で、畳の上にひっくり返った円駆は言った。さっきまで幾人もの幼子たちに纏わりつかれて、草臥れ切ってしまった麒麟の神である。彼の、元々気の強く芯の通った髪はぐしゃぐしゃに乱れていて、ついでに言えば浴衣も辛うじて帯が腰に引っ掛かっているという程度。それは嵐の過ぎ去った後のような風情。事実として彼の身を襲ったのは嵐そのもののような存在である。

「だから、あれは小学校の子供たちだよ。二年生だと言っていたね」

 答える空戦は普段通り、髪も乱れていなければ浴衣もきちんと着ていて、久之の淹れた茶を美味そうに啜る。雪が降らなくなって、朝夕に水が凍らなくなって、小さな花が山にも里にもちらほらと咲き始める頃でも、この庵で飲む茶はだいたいは熱く湯気を揺らすものになる。

「んなこたー判ってんだよ!」

 むくりと起き上がって、のんびりとした空戦を円駆は睨む。「そうじゃなくてだな、何であいつらはあんなに、俺に対して平気でいられんだよ。こう、もっと、俺に対する畏敬の念みてえなもんがあったって……」

「ある訳ないだろうそんなもの。そもそもが尊敬されるような存在ではないのだから」

 空戦と同じく全く乱れたところのない浴衣で、庭にいた巳槌が小屋に上がって来た。自らの分もきちんと湯呑の茶が湯気を揺らしているのを見て、部屋の隅っこであくびを噛み殺す久之の頭をぽんぽんと撫ぜて、隣に胡坐をかく。いつもなら巳槌の悪口には反射神経よく反撃に転じ、概ね取っ組み合いの喧嘩にまで発展させてしまう円駆が忌々しげに睨むだけで動こうとしないことからも、彼が精神的にも肉体的にも相当草臥れたらしいことを伺わせた。

 今日は、尾野辺教諭に引率された二年生の児童六人がこの山へやって来て、ついさっき帰って行ったのだ。里の子供たちにとっても身近なところにある山の自然、その恵みを享けながら自給自足に近い生活をして過ごす久之と三人の神なる身の暮らしを見学し、体験するという試みであり、尾野辺が提案し教頭である左右田の許可を得て、もちろん久之とも調整をして実現したのである。昨秋、子供たちにとって「アイドル」である尾野辺と共に舞い踊った「バックダンサー」でもある三人の神なる身は山の自然と同じぐらいに親しみを覚えるはずで、とりわけ人間のことが好きな巳槌と人間の文化や文明に興味のある空戦は大いに楽しみながら子供の扱いに不慣れな久之を支えた。その一方で、ただそこにいるだけなのに――ついでに言えば、一番目付きが悪いのに――どうしてか歳幼い子供らに一番好かれるのは円駆であり、自由時間になるや子供たちは一目散に彼の下へ駆け寄り、引っ付く、飛び掛かる、背中に乗る、……等々の、まあ狼藉とは言わないにせよ大いに遊んた。久之はいつ短気な円駆が恐ろしい怒鳴り声を上げるかと内心でひやひやしていたし、ひょっとしたら円駆自身もいつ怒鳴ろうかを探っていたのかも知れないが、結果的には子供らが帰るまでじっと我慢し続けてくれたのだ。

「子供というのは罪のないものだね」

 この三人の中では一番「子供」然としていながら、あまり感情を動かすところを見せない空戦がのんびりと言う。「あの子たちにとって今日ここへ来たことが好ましい記憶として残ったらいいなあ」

「本当は、いちいち大人の引率無しでも這入って来ればいいとも思うがな。……しかしそこのけだものの期限が悪い時に鉢合わせて、無駄に悪い記憶を植え付けるのも可哀想だし、今の子供らの足には少しばかり険しくもある。遭難でもされては、……幾ら僕らがすぐ見付けてやれるとは言え、保護するまで気を揉むであろう親連中も可哀想だ」

 茶を飲み干した巳槌はあくまで無表情に総括する。

「だから当面はこういう形で仕方がないと思うべきなのだろうな。山と里の人間たちと、例えば二百年前と全く同じ関係性でいるという訳にも行かないことぐらいは僕も判っている。さて久之」

 立ち上がった巳槌は、子供らを見送ってからずっと気疲れで眠気を催している久之に目を向けた。

「子供らは学校に戻れば給食が待っているのだろうが、僕らはお前が飯を作ってくれないと困る。それともお前が疲れているなら、そこのけだものに魚でも獲って来させるが」

 ぎろりと音のするような視線が向けられたのを感じたから、久之は首を振って立ち上がる。

「いいよ、……何か作る」

 朝は子供たちを迎え入れるために色々と準備に時間を取られ、慌ただしく簡単なものを作っただけだ。草臥れている分だけ腹も減っているはずの三人の、「子供」の形をした神なる身のために米を研ぎ始めた。神なる身ではあるものの、このところは久之が食事の支度をはじめとするこなさなければならない家事を、きちんと手伝ってくれる三人である。

 

 

 

 

 食後は歯を磨いてから昼寝をした。疲れていたのだろう、普段ならば外に出て行って、思い思いの場所で寝て帰ってくる三人も、揃って小屋から出なかった。一番に起きたのは巳槌であり、

「……ん……?」

 一人だけ起き出すのがつまらなく思えたのだろう。久之は自分に三人のうちの誰かが寄り添った気配を感じ、そういうことをするのはまず間違いなく巳槌であり……、要するに目を覚まして、「どうした……?」と訊くが、つまらなく思えたに違いない、ということを察せるぐらいにはこの龍の神のことは判っている。

「僕はちんちんの弄り合いみたいなことがしたい」

 一発で人を穏やかな眠りから遠ざけるようなことを吐くのはいつものことだ。しかし巳槌は笑っていない。

「ただ、お前もこいつらも疲れているだろう。だから別に今すぐにとは言わない」

 それは本心からの思いやりだろう。しかるに――円駆にしてもそうだが――普段は表情というものが全くないこの少年は、明らかに優しい心根をしている一方でそれが他者に伝わりにくく、誤解を招きがちだ。久之はゆっくりと身を起こして、脳の中に霧のように残った眠気をあくびで追い出す。

「……夕べ、早く寝たからだろう……」

 久之は独語するように訊いた。普段ならば先程巳槌が言った「みたいなこと」をして遊ぶのだが、今日のことを考えて早く寝るよう三人に促したのだ。

 巳槌は蛇にしろ龍にしろ爬虫類であり、本質的に体温が低く、それだけに寄り添う者の体温を多く欲するのかも知れない。そういう少年が一夜とはいえ体温の預合い「みたいなこと」をせずに過ごすのは、寂しく思ったとしても無理はない。久之自身疲れていたし、昼寝を優先してしまいはしたけれど。

「ここだと、空戦と円駆が、起きる、から……」

 立ち上がった久之が手を伸ばすと、嬉しそうに口元に笑みを浮かべて頷き、その手を握る。小屋の外に出たところで手を解き、両手を広げて、「久之、抱っこしろ」とせがむ。人間の歳にすれば、……当人曰く十三か十四、しかしどう考えても十二にも届かぬ身体であり、久之がひょいと抱き上げることに苦労はない。……円駆がやっと十三といったところだろうか?

 そういう「子供」に、性行為、「みたいなこと」どころかまさにそのものをせがまれて、相手をするということに、今日は少しくうしろめたさを感じる。いや、嘘だ。今日に限ったことではない、いつだって感じている。ただ今日の場合は午前中に「子供」の相手をしたから余計にそう感じてしまうというだけのことだろう。

 森の中の、どこ、と定義することも出来ないが、小屋から五分余り歩いたところで巳槌を下ろした。

「先に便所に連れて行ってもらえばよかった」

 と言いながら巳槌は浴衣をするりと脱ぎ、六尺も外し、あっという間に全裸になった。神なる身たちはいつだって身軽で、どこでも平気で裸になってしまう。いや、巳槌に言わせれば「昔は里の子供らだってそうだった。男も女も差なく、暑いときには田圃の脇で裸になって水遊びをしていたものだ」ということなのだが、さすがに現代はそういうものではないとこのところ理解した様子で、以前のように里に下りてどこでも平気で立小便をするような無作法はしなくなったようである。

 とはいえ、この山は全体が彼らにとっては「家」である。間借りしている久之は一応便所の囲いを作り、巳槌たちも原則そこで大小の用を足してはいるが、いざ山の中に入ればどこで何をしたって構わないと思っているらしい。

 くるりと背を向けて、そのまま用を足すのかと思ったら、

「何をぼーっとしてる。僕のちんちん持て」

 などと薄い笑みを浮かべて命じる。一人で用を足せない巳槌ではなく、ただ単に久之に甘えたいだけなのだ。

 久之が背後から背中を丸めて、その幼い陰茎を摘まんでやったところで、ようやく満足げにそこから金色の尿を噴き出させる。……こんなことが、愉しいのか。そういう久之の思いを覗いたのだろう、

「お前は愉しくないか? お前だって僕のちんちん、好きだろうよ」

 余裕の声で言う。

 それについて嘘を口にしたところでばれてしまう。

「……好き……、だと、思う……、けど……」

「おしっこにはさほど興味がない?」

「それは……、うん」

 だって、排泄物だろう。巳槌のものであれ、それはそう価値のある物ではないという、真っ当な考えを抱いている久之であった。

 この銀色の髪をして、白い肌をして、清らか過ぎる容姿の応龍はその一方、あまり清潔ではない。六尺の前をだいたいいつでも黄色く汚す。汚れることにさほど頓着もないようだ。空戦の分析によればそれは巳槌が元々蛇で、腹や下肢をべったり土に付けて這い回る存在だった頃の名残だということだが、人間の形をして生きている時間のありようとしては少なからずの問題があると言えるだろう。

「そんな風に、あんまり刺激すると、勃起するぞ。どのみちすぐするけど」

 包皮の余った幼い陰茎だ、それを摘まんで尿の滴を払ってやっているうちに、巳槌は予告した通りすぐにその場所を硬くした。全裸という状況と、立小便という行為までは子供のすることと容認できる者もいるだろうが、そこが久之の指に摘ままれて上を向くに至っては、看過出来る者はいないのではなかろうか。良きにつけ悪しきにつけ。

「久之、座れ」

 とはいえ子供ではないのだ、人ではないのだ。人と仲の良い、子供の形をした神なる身なのだ。久之が人間の立場に立つが故の罪悪感から逃れることは今後も当分、ないだろう。巳槌が蛇でいた頃の名残を捨てることが出来ないように。

 まだ湿っぽい陰茎の先をした巳槌は言われるまま座った久之の胡坐に向き合い、抱き着く。嬉しそうに、美しく、微笑んで、

「お前はやたらに背が高いからな。こうしないとまっすぐ顔を見ることも出来ない」

 言う。両腕を気軽にその首に絡み付け、口付けを強請る。唇が重なった瞬間に、久之の身体の中心が震える。抱き締め返すのは容易い。普段は自分から抱き締めることなど、あまりない久之であったが。

「困っているのか?」

 久之の頬を巳槌の言葉が擽った。擽ったそうに擽った。くすくすと。

「自分が……、自分の考え方が……」

「うん」

「……その……、俺が、どう在るべきなのか、とか。どうしたいのか、身体が、心が、全然違う、方を向く」

 久之の拙い言葉を、巳槌はそれほど問題視しない。

「なるほど。例えば僕なり円駆なり空戦なりが『こう在れ』と言ってやったところで、すんなりそれに従うのは難しいことではあろうよ」

 人間たちの中に混じれば、とりわけまだ人間の色が濃い久之は罪人になる。人ではないのだから「罪人」にはならないと言うのが巳槌であり、「だからいつかのようにはならないし、万が一のときには僕らがお前を護ってやる」とも言う。しかしそれは道理であり詭弁だとも思う。

 ならばあと何百年か、巳槌たちが「子供」でなくなるときを待つのか。

 それだって出来ないのなら、単なる我が侭と指弾されてしかるべき。身体半分の罪を抱えて生きるしかもう久之には許されていないのだ。だからこの山から出られない、出たくない、……巳槌と一緒がいい、少々小便臭かったとしても顔の前に差し出された幼い「子供」の形をしたものを口に含み、そうされたいと願う巳槌を一つひとつ幸せにして行きたいと思う。

「久之よ、……僕が、僕らが、何度『子供じゃない』と言ってもお前が納得出来ないのは判っている……」

 久之の黒髪に両手を置いて自分の茎を咥えさせながら、ゆっくりと巳槌は言う。久之の舌には特有の臭いと、潮の味と、その奥から生じて悦びを訴える震えが届く。

「だから僕は命じるような言い方を選ぶし、円駆はお前が手を差し伸べなければならないような言い方をするし、……空戦は、甘える。僕らがお前を求めるんだ。お前は僕らに求められるんだ。前にも言わなかったか……? お前がもし『人間』の、罪人だという自覚があるなら、僕らが裁いてやる。僕らはお前を縛り付けて、どこにも行かせない、そして僕らのために働かせる、……こき使う。それさえもお前にとって幸せになってしまうのなら、そういう変わった趣味のいきものだというだけだ。痛みや苦しみだっていきものの悦びに成り得る、……僕がお前の、同じ雄の形をしたお前の、正しく雄の象徴である場所を弄りたいとかしゃぶりたいとか、……尻の穴に突き入れられたい、願ったって子を宿すことなど出来ないのに、子種を腹の中に欲しいと思ったり……、するように」

 はぁ、と吐息を漏らして、巳槌が腰を引き、また胡坐の中に納まった。まだ射精していない。久之はそのとき自分がどんな顔をしていたか判らなかった。それでも巳槌は両手で大事そうに久之の頬を撫ぜて、また口づけをする。

「……うん、やっぱり、あまり良い臭いではないな、仕方のないことではあるが。汚いもの舐めさせて悪かったな」

 ほんのりと大人びて見える苦笑いを浮かべて唇をぺろりと舐めてから、久之の着物の帯を解く。下着の中で腫れたように震える肉に触れるとき、巳槌は本当に嬉しそうだった。

「お前は必要だと思うらしいから、僕は罰してやろう。僕などの、おしっこ臭いちんちんしゃぶってこんなにする、……愛らしいほど罪深いお前を」

 神なる身は心を覗く。午前に「人間」の子供たちの相手をして、その無垢なる様子を眺め、彼らの健やかなること無事なることを心から祈って願って在る尾野辺を見て、久しぶりに久之の心が少し痩せてしまったことを巳槌はいつからか気付いていたに違いない。

「すごいな、……まるで大きさが違う。あと七八百年もしたら僕らのちんちんも少しはお前に似て来ることがあるだろうか」

 上を向いているという、その表現方法だけは同じだ。しかし大人と子供ほどの差がある。巳槌は嬉しそうに久之のものを好き勝手に触れた。触れながら、何度も頬に、唇に、口付けた。

「そうなったときにも、お前は僕を愛してくれるはずだ。そう考えたとき、……どうだろう? 明日も十年後も千年後も変わらないと思わないか? 僕はお前を愛している、お前が僕を愛している、そのことが変わってしまうのなら、お前は確かに罪深い。しかしお前がどれだけ僕のことを愛してくれているか、僕は知っているし、不義理ではないことも知っている。ならば、お前が『子供』の形をした僕を愛したいと願うことにどんな罪があるだろう? ……お前はもう少し僕のように柔軟なものの考え方が出来るようになった方がいいぞ」

 寝っ転がれ、とまた命じる。罪人は、それに従う。木漏れ日を、見上げる。それを覆うように巳槌が口づける。舌を絡めて笑う。陰茎に手を伸ばして、触れる。しつこいくらい深く、呼吸のやり取りのような口づけを続けながら、巳槌は右手を動かす。柔らかくて冷たいものに、当たる。巳槌の陰嚢だと思った。

「このまんま容れてしまいたくなる。お前が罪深いとしたら、……僕に、こんなに耐え難く思わせるほど、いとおしいという点に尽きる」

 額に、耳に、口付けて、首に、肩に、口付けて。「愛しているぞ、久之。本当にお前が何の悩みもなく生きられればいいのに、……これだけ満たされていながら、贅沢者め」笑うような泣くような声を久之の裸の胸に腹に垂らす。伸びたままのくせ毛を掻き上げて、麗しいとしか形容のしようのない目元を紅く染めて、「贅沢者め」一度、極めて冷酷に詰るように行って、一つ溜め息を吐く。

「全くもう……、僕が限界だ」

 嘆くように言って、久之の顔を跨ぐ。少年はすぐ目の前にある恋神の怒張に唇を当てて、茎を掴む右手を動かす。「弄り合いをするんだ、お前も、僕のちんちん弄れ。見て判るだろ、もう……」濡れている。それは残尿ではないし、先程久之が咥えたことで付着した唾液でもない、その包皮の奥から滲み出る腺液に違いなくて、巳槌が落ち着きなく腰を揺らすうちに生白い包皮の縁から糸を引いて久之の頬に垂れた。だらしなく、締まりがない、……とは思う。思うのだが、結局のところそこがどんな臭いであれ味であれ巳槌のものであると思った時点で――正確には「巳槌が求めている」と、神なる身のことを忖度した時点で――それを再び口に収めなければならないと思い込んでしまうような久之もまた、ずいぶんとだらしない生き物ではある。

「……んふぁ……」

 こういうことがしたかったのだろう、したくてしたくて仕方なくなる瞬間が、たくさんあるのだろう。巳槌という男は本当にそういう風に出来ているのだ。運がいいのか悪いのかはまだ判らないしいつまでも判らないであろうこと、しかし久之はただ、巳槌の幸せを願わずにはいられない。自分を闇からごく乱暴なやり方で引っ張り出したこの白い神なる龍に、命を捧げて尽くさねばならない。そこに人間の法の介在する余地などあるものか。そもそも人間として死ねるなどともう思っていない……。

 口の中で巳槌の性茎が弾む、粘り気を帯び、強く鋭い潮の味ばかりで満ちていた舌の上に、歯を噛み潰したように青臭い液体が注ぎ込まれる。巳槌は久之の肉根に頬を当てて、久之の口が外れても今しばらくぐったりと腹を久之の胸に委ね、……一層の熱を求めるように窄まりと緩みを繰り返す場所を久之に見せびらかしていた。

「もっと、僕も、お前のちんちん弄ってやりたかったのに……」

 呼吸を整えて身を起こした巳槌が身体から降りて、傍らで胡坐をかく。収まらない欲の矛先を指で弾いて、「どうしてだろうな。全く……、僕は気が長い方だし我慢強い性情だと自分では思っていたのに、どうしてちんちんだけこんなに弱いんだ」唇を尖らせて言う。俺だって、まさか自分がこんな風に、子供の、男の、身体に……。そういう言葉は詰まって出て来ず、

「……いい、まだ……、巳槌……」

 指を舐めて、浮かせた尻を弄り始めた巳槌を見て、慌てて止める。

「いい訳があるか」

 一度頭を振って顔にかかる銀の髪を払って巳槌は言う、笑って、言う。

「僕を気遣うなら、いっそ何の支度もせずに突っ込んだっていいんだ。それも出来ないのなら、黙っていろ。……それとも」

 指を突っ込んだまま立ち上がって、久之の身体を跨ぐ。

「もっと煽ってやろうか。お前も僕で我慢出来なくなるがいいよ。いつでもどんなときでも僕のことを考えて、僕のちんちんとか尻の穴とか弄らずにはいられないようになるがいいよ、……お前を思う僕が、そうなるように……」

 時々、ごく瞬間的に、久之は自分の考えを改めるべきではないかと考える。「子供」「子供」と、……子供がこれほど邪なものか、と。巳槌が「子供」であるはずがない。純粋ではあるが、狡猾で、しかも邪で、何より強靭である。

「さあ、もういいだろう」

 巳槌が指を抜いて久之を振り返る。両手で肉を割り、唾液に濡れた穴を見せ付けて、

「欲しい。お前が欲しいし、お前も僕が欲しいだろう?」

 拒めば泣いて我が侭を言う、それもまた「子供」であろう。

 しかし久之は立ち上がり、

「おう、……こら、何を……」

 後ろから巳槌の銀色の髪を、くしゃくしゃに掻き混ぜた。子供と呼ぶには邪すぎる淫ら過ぎる。それでもこれを「子供」と呼ぼうとするのなら、今日の午前にやって来たあの無邪気な生き物たちのために、久之は新しい言葉を何か思いつかなければならなくなる。

 それが一朝一夕では不可能であることだけは判る。この淫らな蛇の神が、数百年という時間をかけてこういう具合になってしまったことからも、それは明白だ。

「まったく、もう……、お前は……」

 いや、巳槌に限ったことではあるまい。同じことをきっと円駆も言うのだ。空戦ぐらいは、日頃から巳槌と円駆に「お前はまだ子供だ」と言い聞かされているから一人だけ「子供」という自覚があるかもしれないが、……いや、どうだろう? 空戦はああ見えて、事によっては巳槌よりもはるかに狡猾なところを併せ持つことを否定できない。

「髪がぐしゃぐしゃになってしまうだろう、元々ぐしゃぐしゃかも知れないが」

 その髪に鼻を当てる、巳槌の匂いがする、巳槌しか持ち得ない匂いがする。それをずっと近くで感じて来て、……良い匂いだ、と思うようになった。太陽を浴びてふんわりとした銀色の髪は、清純の色をしている。しかしこんな風にうねって波立って、それが彼の頬を滑るときには、どうしようもなく淫らな趣となる。

「これだけ長いこと一緒にいて、僕には未だよく判らないんだが、お前は」

 後ろから抱き締めて、その身体の小ささを罪深さを胸に刻み込みながら、子供ではない、子供ではない、神なる身の底から生じる熱を身体に移す久之に、巳槌が問う。「雄の身体が好きでもないのに僕が誘えば乗って来る。乗って来たと思ったら、後で悔やむような素振りを見せる。子供ではないと言っているのに子供扱いをしたと思えば、不意に僕らを神獣以上の何か貴いものであるかのように取り扱う。お前は結局何がしたいんだ? 僕とちんちんの弄り合いするのは嫌いか?」

 嫌いではない。

 たぶん、好きなのだと思う。好きになってしまったのだと思う。

「……僕は、お前が僕が望むことを叶えたいと思ってくれていることぐらいは判っている。僕が気持ちよくなりたいと望むから、それを叶えようとする。でも他方でお前自身の中に在る欲が敵うことを、まるで地獄に堕ちるぐらいの罪だと思っているようだな? 僕がお前の幸せになることをも望んでいると知った上で……」

 もう、判らない。卑怯だと思うから、その平たい胸に手を当てた。そこが巳槌の、重大な弱点である。巳槌は言葉を止めた。けれど、

「……弄れよ」

 身じろぎをして、そう強請る。「お前に、そこをされるの、嫌いじゃない、僕は気持ちよくなりたい。……大体」

 両の人差し指の腹を、ごく薄い色の乳首に当てる。それだけで重ねた身体には電流が走った。

「……僕は、僕が気持ちよくなるために、お前の、……ンっ……、ちんちん、尻の穴に容れて、生きてる……、っぅう……、ン、だから、どこだって……!」

 声が、息が、締める。久之は巳槌の右手が、勃起した彼自身の細く白い茎に絡み、もどかしげに扱くたびそこから立つ水音を聴いた。そのままどこまででもいってしまえばいい、俺のことなんて気にしないで。そう思うのに、巳槌は身をくねらせて久之の腕から抜け出すと、

「何が、まったくもう、だ……、馬鹿者め」

 怒ったように言って跪く。久之の、下着にしまったばかりの陰茎を取り出すと、「座れ」と命じるなり、深々と咥えこむ。

「み……っ」

 喉を突いてしまうのではないかと思うほど、深々と。久之が身を強張らせたところで口から抜き、

「まったくもう」

 と巳槌が言う。

「よーく考えてもみろ、僕はさっき気が付いた。お前は僕より幾つ年下だと思っている……」

 よく考えもしていないことは明白だが、巳槌はしっかりと久之の肉茎を掴んだまま、口元に鋭い笑みを浮かべて上目遣いに睨む。

「僕が子供であるはずがないじゃないか。お前こそ、僕から見たらまだ尻の青い子供だ、さっき来たあいつらと大差ない。ちょっとばかりちんちんが大人なだけの、子供だ。だとしたら僕は罪深いか? そんなことはあるまいよ。……人間の法というのはいつだって作られるものだし、作ったものが思うように使いこなせばいいものだろうよ。もっとも、僕はそういうことは嫌いだからあまりしたくないが」

 久之だって、嫌いだった。

 巳槌は今一度れろりと久之の亀頭にたっぷりと唾液を纏わせると、それを自分の乳首へと押し当てる。器用に右手を動かし、久之の竿を刺激しながら、自らもその場所で心地よさを得ようという魂胆に違いなかった。

「まったくもう、ほんとうに、お前は……っ、困った男だ……、子供だ。僕は早くお前のちんちん欲しいんだぞ、尻の中思いッきり掻き混ぜられたいのに、こんなことして、お前を、煽らなきゃいけない……!」

 小さな粒に過ぎない乳首が巳槌の肌に滑る。右手が滑るたびに、重量感を伴う快感が鬱積して行く。もちろん、もう笑う余裕もなく乳首で快感を得る巳槌の表情や声が、散々に煽る。それでも巳槌は、解放を待つ自分の欲矛へ手を伸ばさずに堪えているようだった。

 肩に引っ掛かったままの着物を脱ぎ、土の上に広げる。巳槌の手を止め、その痛いくらい細く思える手首を取って、着物の上に導き、横たえる。そういった一連の所作は、自覚の有無に寄らず比較的慣れていると言っていいはずだった。巳槌は一瞬びっくりしたように目を丸くしたが、やがて一息に自分の太腿を抱えて、

「世話の焼ける奴だ……」

 求める姿をありのまま、晒した。

 久之も、どうにかこうにか、笑う。

「……お前の方が、年上、なら……、俺は、お前の世話を、焼く、人間として……。でも、それ以外、……飯を作ったり、風呂を、沸かしたり、……小屋の掃除も、全部、俺がやるけど、それ以外、の、ことは……」

「そうさ。僕に任せておくがいいよ。そっちの方がずっと上手く行く。だって僕はお前よりもずっとずうっと年上だし、何より」

 久之が熱をあてがって瞬間に、僅かに言葉が途切れた。その後は、

「僕は、お前の、恋神っ……、だから、っお前が、好きだからっ……、お前の、お前のことっ、僕の身体がぁ……、ずうっと……ずうっと……、子供のままでも! お前のこと、幸せにするくらいなら、平気で出来るっ……」

 どの辺りが「平気」なのかは、冷静になってから、また罪深さにおののきながら久之が考えれば良いことである。少し先の時間がどういう形をしているにせよ、巳槌は久之に少々窮屈さと、何より強い快感をその肛門で齎す。彼が人間ではなくて神なる身であるからこそ、それは神の恵み以外の何物でもなくなる。久之が未だ人間だと頑なに言うのなら、巳槌のその部分に雄の性器を突き入れることは、人間が神に出来るほとんど唯一の仕事とさえ言える。

 ただ、そんなことは最早。

 巳槌が言った通り、「恋神」なのだから。

 だから、抱き合う、こういうことを、する。それだけで済む。言葉の下手な久之が愛想のない巳槌が、ごく簡単に与え合える受け取り合える喜びの遣り取り。

「……世話の焼ける奴だ、まったくもう……」

 解けたばかりの汗ばんだ肌を疎まずに重ねた巳槌が、久之の頬に唇を這わせながら言う。

「たまにはお前の方から僕のちんちんを触りたいとか臭いを嗅ぎたいとか舐めたいとかしゃぶりたいとか言って、僕を悦ばせてみせるがいいよ。僕はだいぶ気の長い方だとは思うが、毎度お前と二人きりで気持ちよくなりたいと思うたびにこんな遠回りをさせられるのは閉口だ」

 夜に、円駆と空戦が加わるときには三人掛かりの要求であるから、はじめから抵抗することを諦めている久之である。神への貢ぎ物、捧げもの、そんな風に自分を定義する。ただ一対一であれば、まだどうにかなるのでは……、なるはずもないのだが。

「例えば空戦はどうする」

 空戦は、……「ねえ久之、君のちんちんが見たくなったんだ」などと言う。

 見るだけだよ、何もしない。

 そう言って懇願していたのに、一分も経たないうちに、「やっぱり素敵だね、久之のちんちん。僕、久之のちんちん見てると心臓が落ち着かなくなる、全身が熱くなる。僕、大好きなんだと思う」と頬を染めて微笑み――あの誰より幼く無垢な顔で微笑み――久之に触れる。

「円駆は、……まあ、あのけだものについては訊くほどのこともないか」

 円駆の場合は巳槌よりもいっそう長い時間がかかる。ただ素直ではない神なる身と、困惑することが癖のようになっている半神とであるから、それは必要経費とも呼ぶべきものかも知れない。

「僕らには時間が膨大にある。しかしそれにしたって限りあるものだ、例えば僕だって蛇の身体のときに輪切りにされたら死ぬ。命は必ず、尽きる。だから判るだろう? やりたいことをやる、悦びを、能う限りたくさんの悦びをこの身に享けて、生きて行きたいと僕は願うんだ。そしてそれが可能なのは久之よ、お前だけなんだ。……僕がここまでのことを言う意味を、お前はもう少しきちんと理解するがいいよ」

 久之にはもう判らない。判らないからには、素直に巳槌に従うべきなのだろうということばかりは判る。

 未だ未熟なる半神の身である以上、年上の、先輩の、神なる身の言うことには従順であるべきなのかも知れない。


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