NOON AND NIGHT AND THE SPAGHETTI OF FOOLS

 概ね、いくつかの欲だけで生きていると言っていいはずの巳槌、円駆、空戦、……神なる身である。とはいえそれは、悪いことではない。生き物は本来そうあるべきものなのだ。

 まずあらかじめ、生き物の形であるがゆえに備わるいくつかの欲がある。食欲、睡眠欲、性欲。その三つが揃えば満足であってしかるべきところ、余計なことを考え始めて、その三つの欲求に留まらぬいろいろを欲しがるようになってしまう。それがつまり、人間なのだ。どこかの宗教の逸話によれば、人間は半端な知恵を身に着けたからこそ裸を恥じ、服を着るようになったのだそうだ。服を着れば、今度はその「服」に対しての欲求が生じ、ただ恥部を隠し寒さを防ぐのみならず、不必要に見た目を気にするようになる。

 人間は金を使う。例えば服を買うのに必要だから。なるほどそれは一つの進化であると呼ぶべきかもしれないが、よくよく考えてみるに金と服とは本来等価であろうか? 金を集めて繋げたところで好ましい服にはなるまい。また、金を介して考えるとして、同じ「価格」の服と食物は等価だろうか? 久之の焼く壺や皿は金になり、彼はその金で四人分の食物や酒を買って来るが、果たして本当に、久之の拵える据わりの悪い壺や歪な皿は、食物や酒と同じ価値を持つものであろうか?

 それは誰にも判らない、久之にだって判らないのだ。

 ただ、空戦の知らないうちに人間はそうやって生活をするようになったようだ。空戦は未だ、三つの欲、食欲と睡眠欲と性欲が満ちていれば、生きるということは何とも容易いと思っている。それを、口の悪い巳槌だって「程度が低い」などとは言わないのである。だからこれで良いと、信じて生きているのである。

 ただ空戦にしたって、「人間」と交わるようになって久しい。人間の寝方をするようになった。温かな布団は、この蝙蝠の愛してやまぬものである。

「これはなんだい?」

 そろそろ初雪か、という日の夜、久之の作った夕飯を前に空戦は首を傾げた。彼の作った皿の上には、空戦の目のように赤く色づけされた細い紐状のものが束になってとぐろを巻いているのだ。細くて長いものとの相性が悪い円駆はひときわ胡散臭げな顔で皿を睨んでいる。そして巳槌はいつもの通り、何の感情も伺わせない顔でいた。

「昼過ぎに……、下に降りたとき、尾野辺先生と、たまたまお会いして……」

 久之も、どこか浮かない表情でいる。食い物である、ということはまず間違いあるまい、匂いも悪くない。しかし見た目が、これ、もう少しどうにかならないのかという気がする。空戦は久之の作る食物に文句を付けたことは一度もないが、率直に言って、これは不気味だ。

「スパゲッティ、という、……小麦の、粉を水で練って、細く伸ばして、乾かしたものを、茹でて……、それに、トマトケチャップ……、ケチャップっていうのは、その、野菜を潰して、味付けをしたもの、と、玉ねぎと、ピーマンと、あと、ソーセージ、……肉の腸詰を、一緒に傷めた、人間の食べ物」

「今日の晩飯はこれだけか」

 円駆がぶっつりと問う。「……他にはねえのか」

 はっきりと、皿に盛られた「スパゲッティ」なるものに不信感を抱いている様子である。恐らくその食物の名を覚える気もあるまい。

「尾野辺先生が、この、……スパゲッティの麺、が、大量に送られてきて、余ってしまって、困っていると……、おっしゃるので。だから、分けて頂いたんだ。その……、お前たちの口に合わないなら、俺が全部、自分で片付ける……、から」

 久之が困っているのは、空戦にも手に取るように判った。このお人よしは――神なる身でありながらも「お人よし」であることが否めない男は――恩のある尾野辺を放って置けなかったのだろう。

「尾野辺からの施しなら、あの駐在が喜んで受けるだろうよ」

 冷たい声で言った巳槌に、久之は信楽巡査が駐在所で早速スパゲティを茹でて美味そうに食べているところを見たと答える。久之のことだから、自分も同じものを尾野辺先生から貰ったということは背中に隠し通したに違いない。

「僕はお腹が空いたから、これでいいよ」

 空戦は更に盛られた蔦の柿汁煮込みのようなものに、箸を付けた。普段は米の飯を箸で上手に食べる空戦であり、その細長くてひょろひょろした「麺」を摘まみ上げることにも苦労はない。鼻を寄せると、香ばしい油や炒めた野菜が甘く香った。見た目の不気味さに比して、匂いは十分に食欲をそそるものだ。

 それでも、目を瞑って口の中に放り込む。

 目を開けると、三人がじいっと空戦の反応を伺っていた。

「……ん」

 むぐむぐ、麺を咀嚼する中に、玉ねぎやピーマンが奥歯でしゃくりと鳴る。前歯で潰した腸詰が、強い肉の旨味を弾けさせた。ケチャップと言っていた、トマトの甘酸っぱさも特徴的だ。野菜で甘いのは南瓜と芋だけと思っていたし、この小屋の庭先で出来るトマトは青臭くて酸っぱいのだけど、これは大いに甘い。

「……おい、どうなんだよ、味は」

「美味いのか不味いのか、どっちだ」

 円駆にしろ巳槌にしろ、空戦に毒見をさせているのだった。少々憮然としながらも、

「ご飯の方が僕は好きだけど、たまにならこういうのも悪くないと思うよ」

 空戦が素直に言ったら、それぞれ安心したように箸を付けた。それを見て一番安心したのは、久之に違いなかった。

 

 

 

 

 それを「文化」と言っていいのか判らないが、人間というのはとりあえず、想像を超えている。

 だからこそ、性質が悪い……、と円駆は思うのである。少々頑迷な考え方であるとのそしりを受ける可能性についても否定しないが、余り把握不可能な状態になられると困ると考えるのもまた、自然な事であろう。

 あの「スパなんとか」という代物は、巳槌の大群を血祭りにあげたような塩梅で見た目は良くないが、味についてはまあ、腹を満たしたいという欲の妨げになるほどのものではないと言えないこともない。そう言ったら巳槌が「お前は面倒臭い男だな」と軽蔑したようにほざいた。

 人間は色々なものを作る。例えば、円駆の愛する酒も人間の発明の一つだ。毎晩のように口にする酒のいろいろの、味の何と豊かなことか。甘味、苦味、酸味、塩味。元は米なり麦なりで、ついでに言えばあとは水だけであろうと思うのだが、どうしてこれほどまで味が広がるのか。華やかで、かといって賑々しい訳でもない。既に数え飽きるほど数多の年数を重ねて生きて来た円駆だって、これから先同じほどの時間をかけて「美味い酒を造れ」と言われて応えられまいということは、謙虚に思うのである。

 人間よりも俺たちの方が優れている、という考え方を一貫して持って来た円駆である。そう思うからこそ、俺たちよりも劣っているくせに我がもの顔で山に這入って来る人間を憎たらしく思っていた。人間は脆く、人間は弱く、そのくせ人間は欲深だ。天に届かんばかりに跳び上がることも、風を追い越して奔ることも、生身ひとつで火を起こすことも出来ないくせに、と。

 しかし人間がもう何百年も前から今のように危険な存在になるかもしれないという懸念を持っていた円駆である。あの「鉄砲」という恐ろしい武器は麒麟態の円駆の身にさえ傷を負わせるし、今はもっと恐ろしい武器を備えているのかも知れない。空を飛べる飛べないと神同士で喧嘩をしている間に、人間たちは自分の身を使わないで空の、舵禮はおろか巳槌さえ届かぬ高さまで至る乗り物まで作り出してしまった。この山どころかこの星全体を、人間が支配するようになるまでそう時間がかからないのではないかという気さえする。少なくとも、麦の粉をあんな風に長く伸ばしてそれなりに食えるものにしてしまうような者たちだ、これから先ますます、何を作り出してくるか判ったものではない。

 しかし、円駆にとって一番最寄りの人間であるところの久之は、首を横に振る。

「人間は、そんなことは、出来ない」

 確信めいた言い方であった。彼は薄っすらと苦笑して、「人間は、ばかだから。そこまでのことは、出来ない。……この星を、支配してるのが、人間だって……、思う人間が、きっと多いぐらい、人間は、愚かだから」

 久之は半神である。いや、もう半分以上神になっているかも知れない。しかしながら、彼は未だ人間の自意識で生きている。だからこの発言は、人間のものとして受け取っていい。

「人間の本を読むようになって」

 空戦は湯気の立つ湯呑を持って、一口啜って言った。まだ酒を呑まない空戦が口にするのは、例の薬草茶である。「人間が物凄い技術を持っていて、僕らの計り知れないところまで進化しようとしていることを感じるよ。ただ、彼らの一部には、その技術を人間総体としての欲を満たすためではなくて、もっと個人的な欲のために使いたがる傾向があるように思うね」

 久之は、その言葉を認めて頷いた。

「だから、人間は、……放って置いたって人間同士で、喧嘩をして、傷つけあって、やがては滅びてしまうと思う」

 円駆としては、人間を恐ろしく気持ちがあることを認める。あまりにも計り知れない。そういう考えを持つ者にとって、久之という一応は「人間」という存在があって解説を施してくれることは、単純に有難い気がする。

「人間はそこまで愚かだろうか」

 ぽつり、巳槌が言った。巳槌の茶碗からも湯気が出ているが、それは麦の酒を湯でのばして呑んでいるからだ。冬の間はそういう呑み方が温まる。

「判らない……、けど」

 久之は、少しく慎重な口ぶりになった。この男は、人間としては極めて賢い部類に入るはずだ。それでもいつだって謙虚な考え方を手放そうとしない。それが、自信のなさとなって滲み出て来る。

「これは……、人間の枠の中にいるときにも、外に出た今でも、……思うことなんだ。人間は、技術を持つ、……それが、どこか、驕った、考え方を抱く……、ことに、繋がりはしないか。すぐに、人間は……、人間同士、比べたがる、違いを……、探して、どちらが優れているとか、劣って……、いるとか。もちろん……、そうやって、競い合う、ことで、良くなる、ことも少なくは、ない。技術、……が、そういうものだと、思う。でも……、技術が劣るから、と言って、……収奪の対象に、してしまう……、差別する、ようなことが、人間の中では、とかく……」

 起きがちだ、ということは、円駆も判る。ただそれは、人間の中にのみあることではないということに、久之は気付いているだろうか? 神なる身同士においても、「技術」と呼ぶことはないにせよ力の優劣は喧嘩の原因になる。

 ただ、それって馬鹿だな、と円駆はごく自然に思った。それは、とりわけ人間を馬鹿にするわけでもなくて。

「喧嘩をしねえで済ませりゃいいのに、喧嘩をするんだな、人間も、獣も、俺たちも」

 ぽつりと零れた円駆の言葉に、嘆くような、そうでもないような声で、

「それを解決するための『技術』や『力』は、人間にしろ僕らにしろ作り出せはしないのかなあ」

 と言った。

 

 

 

 

 細かな分類にさほど意味もあるまいが、巳槌だけは仲間はずれなのだった。

 円駆は四足、空戦は二つ足、どちらも毛皮を持つ獣であり、久之は人間だから獣の行く末だ。しかるに巳槌は足のない、蛇である。応龍態に変じるようになってからは、応龍になれば前と後ろにあまり器用ではない短い肢を備えるようにはなったものの、白蛇でいるぶんには肢などあってもなくても同じような未発達なものがあるばかりで、それで歩くということはない。蛇は、身をくねらせ鱗を動かすことで歩くのである。

 足のない、どちらかと言えば劣った生き物であるせいか、かつて巳槌は大いにひねくれたところのある男であった。円駆に言わせれば「今だってひねくれてるじゃねえか」ということになるかもしれないが。

 手も足もない蛇だからと馬鹿にされるのが不愉快だから、あらかじめこちらから馬鹿にしておいてやろう、と。

 そういう考え方のもとで彼は生きて来た。蛇に生まれはしたものの不幸中の幸いとして――蛇なりに――ずば抜けた霊力を宿した白蛇であった巳槌は、持ち前の頭の回転の速さと口車で実態以上のものをひけらかすことで山の中で自分の立場を築き上げた。力は恐ろしく強く頭もよく、しかし激しやすい円駆など、巳槌には容易極まりない存在であり、言ってみれば彼に「取り入り」……、実際には散々馬鹿にして嫌われて、しかし神獣の朋輩である以上手出しはしがたいという関係性を作り出して以後は、確固たる位置に自分を置いた。

 それについては、概ね、後悔などしていない巳槌である。

 無論今となっては悪いことをしたなと反省をする気もあるのだが、しかるにそうでもしなければ、僕は今ここにいないだろうとも思うのである。弱く、みすぼらしい蛇に過ぎない自分が生きて生きて生きて今に至るためには、ああするほかなかったのだ。

 他者に嫌われるのは気分のいいものではない。人間のみならず神獣だって「寂しい」という感情には弱い。しかるに、それを逆手に取れさえすれば。……手も足もない巳槌はそう考えて、そこに付け込んだ。そうやって生きていくうちに、自分だけは無縁と思っていたその感情に支配されて、結局は温もりを側に置くことが何よりもの悦びになっている。

 変温動物のくせにと謗られるかもしれない。でも、そうなれば人間が麒麟が蝙蝠が、僕が声を上げるまでもなく怒ってくれるのだ。こんなに良いことはない。

 ともあれ、心は同じところにあり入れ替わるようなものではないはずなのに、今は誰かを敢えて不愉快にするのは良くないな、と思う。何かの優劣によっていじめるのは、いじめられるのが嫌な以上は、するべきではない。そう考えつつ、円駆のちんちんがどうとか、けだものだとか、愚かだとか、そう言って怒らせる癖はなかなか治らない。もっともこれについては、急にやめたりしては円駆の方が調子を崩すだろうから、当分はこのままの方が互いのためにいいに違いない……。

 部屋の中はとっぷりと暗闇に沈んでいる。雪が降り出した音を、巳槌は訊いていた。道理で、足が冷たい。今宵の布団は、左から円駆、久之、空戦、巳槌。空戦を家に迎え入れてから布団を増やしたが、それでも背中が寒い。空戦からじんわりとした体温のぬくもりは伝わってくるのだが、この通り氷のような手足でくっつくのは得策ではないと判っているから、それもしがたい。久之の隣に寝かせてもらえる夜には、遠慮なくくっ付いて温めてもらうのだけれど、一応空戦よりはずいぶん長生きしているので。

 身体が温まらないせいか、尿意を催した。極寒の中に出て行くのは気鬱だが、布団を汚す訳にも行かない。己の吐き出した溜め息が呆れるほど白く見える。この小屋に居付く者たちは皆、靴下を履くという習慣がなく(一度久之に履かせてもらったが、どうにも足がむずがゆい気がしたし、円駆は外で走り回っている間に片方落としてきてしまった)氷点下にまで下がる夜でも裸足である。

 音を立てぬように小屋から出て、草履を足に引っ掛ける。ほとんど何の感覚もないせいで、痛くもかゆくもないが、それは単に麻痺しているだけかもしれない。風はなく、木綿のような雪が真っすぐ天から落ちて来る。既に積もり始めた雪の中を掻き分けるようにして便所まで進み、六尺を緩めて用を足す。小便が出た端から凍って行くのではないかと思われた。

 自分の足跡をなぞるようにして小屋に戻って、ひとつ、控えめにくしゃみをして顔を上げたところで、小屋縁に円駆と空戦が立っていた。何をしているのかと思えば、二人して六尺の前袋を緩めて、その場で庭に向けて用を足し始める。

「こら、お前たち何をしているんだ、僕はちゃんと便所まで行ったのに」

「寒いんだもん……」

 眠そうな、やや非難めいた目をして空戦が言った。

「出て行くなら戸を閉めて行け」

 円駆も同じくじとりとした目で言う。二人とも、放尿する陰茎は寒さで縮み上がっているが、それは巳槌にしろ同じことなので、からかうのはやめておく。長々と小便をしている二人の脇から小屋に上がり、「あんな無作法をさせると虫が湧くぞ」と布団に包まったままの久之に言うが、久之は顔だけ布団から出して、

「こんな、寒い中出て行ったら、風邪ひくから……、お前も、冬の間はそこで、していい……」

 などと言う。元はと言えばこの小屋ともっと近い所に便所を設けなかった久之が悪いのであるが、山の斜面を利用しようと考えたことについては頭が切れている。そもそも久之の力では排水を適当に処理する方法も思いつかないだろう。

「どうせ雪に埋もれちまうんだ、春になって融ける頃には土の中だ」

 大雑把な言い方を円駆はする。ぶるると震えて空戦が「さむいさむい。ちんちんが風邪をひいてしまいそうだ」と六尺を締め直した。それから彼は布団に収まる前に、

「巳槌は久之の隣に眠りなよ」

 と言った。

「久之はとてもあたたかいよ。それか、円駆の隣に寝るといい」

 巳槌よりも幼いくせに、余裕のある微笑みを浮かべて空戦は言う。巳槌は巳槌であるから何の表情も浮かべないが、その誘いの魅力にぐらりと意志が傾きそうになったことは認めざるを得ない。空戦は原則として、裏表がなく素直な子供である。そういう子供がそういうことを言うからには、ごく明快な優しさを発揮していると考えてよい。恐らく、隣に横たわる巳槌が寒さに凍えてなかなか寝付けないことに気を遣ってくれているのだろう。

「久之」

 円駆が、ずれたままの六尺で久之の枕元に立った。もうそうやって六尺を締めるようになって何年経つかも判らないが、全く以って、この偉そうな麒麟の神は自分で締めるやり方を覚えようとはしない。久之を敢えて温かい布団の中から引きずり出してまで隠さねばならないようなものでもあるまいしと、巳槌が後ろに回る。空戦が小屋の扉をぴったり閉めると、小屋の中は再び暗闇に落ちた。無論、巳槌は暗がりでも円駆の六尺を締めることぐらい造作もないが。

「……おい」

 布同士がこすれ合い、解け、床に落ちる音は久之にも感じられただろう。「あにしてんだテメェは」

「手元が狂った。寒さでかじかんでいるんだ。あと、暗くて見えない」

「戸を開けようか。それとも、角灯を点けるかい?」

「いい、寒いから。それよりお前も手伝え。夜目はお前が一番効くはずだろう」

「ついこの間まで目が見えなかった僕にそう言うかな……。まあ、見えるけど」

 空戦の視力は、回復してみると巳槌や円駆をしのぐものなのだ。もともと目に頼らず空間把握をすることが出来る蝙蝠である。その上自らの目も使えるとなれば。大儀そうに空戦が円駆の前に跪いた気配がある。

「ほら、お前も自分で持て」

 と拾い上げた六尺を横から円駆の手に渡し、握らせてやったところでひょいひょいくるりと、

「っお! おい! こら! 何しやがる!」

 細く長いものの扱いには慣れている巳槌である。後ろから手を回してその手首を縛り上げることなど簡単な仕事だ。

「寒い夜に温まる手段がある。布団の中に入らずとも、僕らは僕らそのものを熱源として、僕らのみならず久之までも温めてやれる方法を知っているだろう」

「ひ……」

 膝をつき、円駆の尻に頬を当てて、腰を抱き締める。円駆の尻は硬く見えて、こうして肌を重ねてみると案外に柔らかいのである。しかし冷たかった。

 暗がりでも見通せる空戦の目は、円駆の尻の陰にある巳槌の顔を見ることは出来ない。しかし、

「……笑っているの? いつから?」

 それは見抜かれていたようだ。

「さあな。ただ、お前らのちんちんを見て、可愛いと思ったのは事実だ。何をしている空戦、手伝えと言っただろう。さっさとお前の口で円駆のちんちんしゃぶってその気にさせてやるがいいよ」

「おしっこしたばっかりのちんちんを?」

「今更気にするようなことか」

「俺が気にするわ! 馬鹿! とっとと解けこの白うんこ!」

 本当に悪いことばかり言う口だと、立ち上がって「誰が白うんこだ、けだもの」と耳を引っ張り唇を重ねる、ついでに自分の腰で円駆の腰を押し、「ぶにゃっ……!」空戦の顔に円駆の陰茎を押し付けてやる。

「うう、しめっぽい……。わかったよ、わかったから……」

 迷惑そうに言いながらも、空戦が円駆を咥えこんだのはその身体がびくんと強張ったから判る。円駆の唇を舐めてやりながら、「どうだ? 空戦。縮こまってるからお前の口にもちょうどいい大きさだろうよ」円駆を抱き締めて、甘えるように頬を摺り寄せる。

「おしっこが、とてもしょっぱい」

 と答えるためだけに空戦が一度口を外した気配がある。

「僕のだってお前のだって、おしっこはしょっぱい。そういう風に出来ている。甘かったらそれはそれで問題だろう」

「そうかも……、ひれはいへろ」

「く、口の中に入れたままで喋んな……ッ」

 ぴったりと重ねた円駆の肌が温かい。こういうやり方で暖を取った夜は大概よく眠れるし、翌朝は余計に目覚めが悪くなるのが常だ。ひょっとしたら僕らはずいぶん馬鹿なのかもしれないが、馬鹿と自覚しているだけ馬鹿ではない気もする。今ちゃっかりと「僕らは」と考えた巳槌である。馬鹿に付き合う者もまた馬鹿かも知れないし、そうではないかも知れない。

「久之よ」

 ああ、僕は笑っているのだなと巳槌ははっきり自覚した。人を馬鹿にするよりも馬鹿と言われる方がずっとましなのだが、幸いにして巳槌の周囲にいる者たちは悪意を持って誰かに「馬鹿」と言いはしない。「布団の中よりも温かいぞ。お前もそんなところから這い出して、僕らと一緒に遊ぼう、……夜は長い、冬の夜はとても長い、飽きるまで遊んだってまだ夜は明けまいよ。お前も僕と空戦と円駆のしょっぱいちんちんを、……ああ円駆のはもう空戦がしゃぶっているから、とにかくちんちんを存分に味わって心地よくなるがいいよ」

 久之がどんな顔をしているかは知らないで言った。久之が立ったまま拘束され空戦に舐られる円駆を思ってか、それともとうの昔に六尺の中を濡らし始めて久しい円駆を思ってか知らないが、ようやく布団から抜け出して、円駆を中心として空戦と巳槌を含んだ三人を、導く。


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