HAPPY SIGHT

 庵に帰って来るなり、巳槌は円駆と空戦に向けて、

「舵禮に会って来た。そこの蝙蝠子供の眼が開いたことを、きちんと説明する必要があると思ったからな」

 と言った。

「舵禮に文句を言われた?」

 少し肩を縮ませて問うた空戦の隣で、円駆はやや呆れたような顔でいた。わざわざ波風を起こさなくてもいいのにと思ったのだろう。

「多少はな。だが、あいつは偉そうなことを言うのが好きな奴だから、偉そうにさせておくのが良い。偉そうにする余裕もなくなったときの方が、却って怖いものだ」

 と巳槌は総括した。失礼極まりない言い方であるし、

「どっかの誰かのほうが余ッ程……」

 ぶちりとこぼした円駆の言葉の方が、久之には何となく納得が行く。とはいえそう言う円駆にしても偉そうに振る舞うのが好きであるし、要は神なる身というのはそういう生き物なのだ、という久之の理解はある程度当たっているだろう。実際、それだけ膨大な力を持っているのだ。

 その中にあって唯一、そういう性情を今のところ発揮しないでいるのが存在そのものを危険視される空戦であるというのはおかしな話だ。

 恐ろしい蝙蝠の神獣は久之の胡坐の中に収まって、

「そんなことのためにわざわざ行かなくてもいいと思うけど、行ってしまったものは仕方ないね……」

 大人びた溜め息交じりに要った。

「『そんなこと』と言われてもな。お前の視力が戻ったことあいつが懸念を抱くのは十分理解してやるに値する。あんな奴でも一応は山の同胞だからな。今後お前に関して、また喧嘩になってちょっかいを出してくるようになると迷惑だから、僕が『わざわざ』出向いて行ってやったんだ。お前らは僕にもっと感謝をするべきだぞ」

 ふん、と円駆が鼻を鳴らした。空戦も、「ありがとう」とは言わなかった。

「そもそも、僕はそんなに危険視されるような生き物じゃないと思うんだけど」

 空戦が首を傾げる。

「だって僕はただの蝙蝠だ。声が出せなければ舵禮と喧嘩したって勝てないし、……あの声だって、無尽蔵に出せる訳じゃない、肺の空気がからっぽになったらそれきりさ」

「人間もそういうところがあるのだろうが」

 巳槌は表情を変えずに言う。

「既得権益に対しては神経を尖らせるものだ。そもそもあの鳥は僕が空を飛ぶことだって気に食わないほど心が狭い。空戦の視力の回復はそのままあいつの生存権にまで危険を及ぼすことになるかもしれないと、……そんなことになりはしないのに、でもあいつは臆病だからそう考えた。だから僕らがきちんと管理責任を持つと説明をしておくことは、今後を考えても大切だと僕は思った。……何か間違っているだろうか?」

 巳槌の視線は山の監督に当たる円駆に向けられた。円駆はむっと唇を尖らせて少しの間考えたが、

「……そうすることで無駄な争いをしないで済むって言うんなら、それでいい」

 とぶっきらぼうに応じて、溜め息を吐いた。

「争いが起これば、……つまり、またあいつが俺らにちょっかいを出してくるとしたら、の話だが」

 円駆も、巳槌とは違って慎重な考え方をする。理性的であると言い換えることも出来るだろう。

「さっきお前が言った通り、これ以上あいつを追い詰めると何をしでかすか判らない。……それこそ、空戦をこっちに置くことで力関係の均衡を崩したときからこっち、あいつはずっと追い詰められた気でいただろうからな。現時点のあいつは、せいぜい俺らに文句を付けてくることぐらいが関の山だ。その上空戦の目が開いたとなったら、自分の命が危ないとまで考えて、無茶なことやらかさないとも限らない」

 もっとも、と誇り高き麒麟は付け加える。「空戦の目が開こうが閉じようが、俺があいつにもお前たちにも勝手な真似はさせねえけどな」

「僕はそんな迷惑をかけるつもりはなかったのだけどね……。僕はただ、君たちのことを見たいと思ったんだ。僕の周りにいて、僕が好きだと思うみんながどんな顔をしているのかって」

 少ししょんぼりと肩を落として、空戦は言った。

「だから、それ自体は問題じゃねえ」

 円駆は断じる。

「それが問題になることが問題だし、そんな問題が起きてはならない」

 巳槌が言葉を足した。「僕らは本来、お前の視力が戻ったことを『良かった』とだけ思うべきなんだ。ただ、一つの事態が起きたとき、それに手放しの感想を抱けるほどお前は軽い存在ではないんだということを忘れてはいけない。お前の力がお前自身望んで手にしたものではないということは、もちろん理解していた上でこう言っている」

 巳槌の言葉に、黙り込んでしばらく考えてから、

「うん、判った」

 と空戦は頷いた。それは熟考の末に結論に至ったと言うよりは、

「あまり気にしないことにするよ。多少の工夫をしたところで、僕が僕でいられるわけじゃあるまいし、僕は自分の目に光が戻ったことを喜ばしく思っている。……それじゃあいけないかい?」

 空戦特有の、ゆったりとした姿勢を保つというものである。

 久之としても、それでいいように感じる。

 空戦は、決して舵禮が恐れるような子ではない、と思っている。その小さい身体に潜在する力がどれほどのものかは想像もつかないけれど、久之の知る空戦はのんびり屋でのんきもので、寝るのが好きな小さな子供だ。素直であり、その上賢い。おりこうさん、という言葉がごくしっくりと落ち着く。

 そういう風に考えて、

「……俺は」

 ゆっくりと口を開いた。

「空戦が、いいように、すればいい、と思う。……もちろん、誰かに、……舵禮に、あまり心配をかけるのは、よくない。でも、空戦は人に進んで迷惑や心配をかける、ような子じゃ、ないと思うから……」

 巳槌と円駆が視線を交わした。心を読めない者同士であろうが、

「……いいんじゃねえか、それで」

 円駆がそうまとめた。そりの合わない二人であるが、考えている中身にそう大差がある訳でもなく、山の平穏を守らなければならない立場の円駆であることを、巳槌だってきちんと理解しているだろう。あるいは円駆は、巳槌が舵禮のところへ行ったことを一定程度は評価しているのかも知れない。

 空戦が少し笑った。

「僕、目が見えるようになってよかったなって本当に思うんだ」

 久之の前に膝をついて、すっと伸ばした両手で久之の頬を包み込む。

「久之は、優しい顔をしているね。君は優しい声をしていたから、きっと優しい顔をしているんだと思っていたんだ。……久之は僕が想像していたよりも、ずっと綺麗で優しい顔をしているんだ」

 面と向かって、愛らしいと評することに抵抗が浮かばないほどの顔立ちをした少年に言われて、久之の、空戦に包まれた頬はあっけなく熱くなった。空戦は気にしたそぶりもなく久之の膝の上に座って、

「円駆も、巳槌も」

 続けて朋輩二人の顔に、順に視線を向ける。

「円駆は、すごく格好いいんだね。もっと怖い顔をしていてもおかしくないって思ってたけど」

「な、なに訳判んねえことを」

「そうだぞこいつ別に格好良くなんかない、お前はまだ人間の顔の形を多く知らないからそう思うだけだ」

「やかましいや何でテメェがそんなこと抜かしやがる!」

「お前の代わりに僕が否定してやっただけのことだ」

「巳槌は、すごく綺麗だ。でも、久之とは違う、可愛くって綺麗だと思う」

「そうだろう」

「そうだろうじゃねええ! お前こんなののどこが可愛く見えんだ! この性格悪そうな面のどこが!」

「お前は空戦の視力を侮り過ぎている。僕が可愛くって綺麗なのは空戦に言われるまでもなく判っていたことだ」

 大いに賑やかである。空戦の、二人を評した言葉は、自分自身人間の顔の審美眼については怪しいものだと思っている久之にしても、完全に同意できるものである。

 円駆は、少々目つきがきつい、三白眼である、それでもその歳の身体をした少年としては、いっとう「格好いい」という言葉が似合う顔立ちである。極めて凛々しく、鋭い、刃のような切れ味を秘めている。それは神々しささえ伴うと言って差支えなく、ある種、何処までも清純、知的でもある。よくぞこれほどの生き物が自分の側にいることを選んでくれたものだと、時折久之に畏れ多い気持ちにさせるほど。

 巳槌は、「綺麗」で「可愛い」ことは確かだが、そのどちらかということについては全く判然としない。円駆が言う通り、浮かべる表情の少なさゆえに「性格悪そうな」顔立ちであることも否定しがたいのだが、長い睫に黒目勝ちで潤んだ瞳、艶めいた唇など、どことなく女性的であり、黙ってさえいれば性差年齢全てを超えて、およそ人間の形をしている顔としてこれ以上美しい物は存在しないのではないかとさえ思わしめる。久之は巳槌を円駆を空戦を愛しているが、円駆と空戦、男の身体をした二人をすんなりと愛せるようになった理由は、その入り口たる巳槌が美しかったからであろう。

 賑やかに喧嘩を始めた二人を呆れて見つめる空戦に、

「お前だって」

 久之は、勇気を発揮した。ごく少ないものだから、そうやって解き放つのはまれな勇気である。

「お前だって……、空戦、可愛いんだよ」

「そうなのかな?」

 不思議そうに、空戦は久之に寄りかかって訊く。

「いくら視力が回復しても、自分の顔は自分じゃ見えないからな。何ていうんだっけ、人間は自分で自分の顔を見る道具を作っているよね?」

「鏡。……鏡を見てみたいかい?」

 空戦は「うーん」と少し考え込む。

「興味はある、見てみたい気もする……。それはでも、自分の顔がどんなか知りたいって言うより、鏡っていう道具そのものに対しての気持ちだよ。自分の顔を見て失望してしまうかも知れないし」

 久之はこの山の中で過ごす限り、そうそう鏡など要りはしないと思っている。自分の顔など、髭さえ生えていなければいいぐらいにしか思っていない。汚れや脂については、触れればだいたい把握できてしまうものであるし、髭にしても剃り残しがあって困るようなときも少ない。里に下りるときには、巳槌と円駆がきちんと見てくれる。

 何より、自分の陰気臭い顔をあまり鏡に映したくはないなと思うのであるが。

「自分の顔を、……ふつうは、『可愛い』とか『綺麗』とかって思うことは、あまりない。みんな、何となく、納得が行かない、そういう気持ちに、なるはずだ」

 巳槌だって本気で自分が「可愛い」と思っている訳ではあるまい。彼がそう思うのは、久之や円駆が、何だかんだ言って彼を可愛いと思っていることを隠せないからだ。敏感に、そういう空気を察知して「そうか僕は可愛いのだな」と考えているに違いない。

 それは別に、悪いことではあるまいが。

「俺は……、空戦を、可愛いと思うし、巳槌も、円駆も、可愛いと思う。誰が一番とか、そういうことじゃなくて、……自分を、幸せだと思うんだ」

「それは……、僕が実際どうかは置いといて、彼らが『可愛』くて、彼らの側にいられるということが?」

「……そう。申し訳ないぐらいに思う……、でも、お前たちが、みんな、『可愛い』ということは、俺がどうにか出来る……、ことじゃない。だから、……何て言えばいいのか、……うん、そうだ、だから、有難がっていればいいのかもしれない、拝むような気持ちで見ていれば、いいのかも知れない……、そう思うようにしている」

 実際自分が幸せ者であることを否定しようと思う瞬間が、これほど長いこと訪れないのだ。体温が側にあるというだけでは決してない。目に入る情報だって人間には重要であろう。巳槌も円駆も空戦も、揃ってこんなに可愛らしい。

 取っ組み合いの喧嘩の末に、大人げない二人の神なる身は息を乱して汗だくになって畳の上に大の字になった。浴衣はすっかり乱れきっていて、巳槌は褌の前袋を晒しているし、円駆はどうやら出掛けている間に用を足したらしく、下半身に六尺を締めていない。

「へえ……」

 空戦が円駆のその場所にしげしげと視線を向けて、感慨深げに溜め息を吐いた。それから「ねえ巳槌、巳槌のちんちん見てみたいな」とのんきな声で突拍子のないことを言いだした。

「……何?」

 草臥れて、起き上がるのも億劫らしく、顔だけ向けて訝しむ。

「見てみたいんだ。さっき自分のは、おしっこするときに見た。……ほら、みんなのちんちんは僕を楽しくしてくれる場所だから、どんな風か気になるんだ」

 久之の膝からひょいと立ち上がり、巳槌の身体の脇にすとんと膝を下ろす。

「……お前のとそんな大差ないよ。別に珍しくも面白くも何ともないに決まっている」

「でも、見てみたいなあ。せっかく目が見えるようになったんだ、いろんなものを見たいと思う」

 自分のものを見られていたと悟ったのだろう。むっとした顔で円駆が浴衣の前を掻き合わせた。巳槌は起き上がって、じろりと空戦を睨んでから、一つ、溜め息を吐く。

「見たければ見ろ。お前のと比べて何が変わるものか」

 立ち上がって、六尺を外した。久之の立場として、それを止めてやるべきかどうなのか判然としない。

「へええ」

 巳槌の股間に顔を寄せて、空戦は感心したように言うなり立ち上がり、自分の浴衣の帯と六尺を解いた。もちろん、巳槌の方が背が高い。

「本当だね。僕のとすごくよく似ている、そっくりだね」

「形はな。大きさは僕の方がずっと大きいぞ」

「ずっとかどうかは議論の余地があるけど、そうだね」

 はあ、と円駆が迷惑そうに嘆息した。「馬鹿なことやってんじゃねえよ……」

 その言葉が、

「円駆のも、もっと見せてよ」

 いわゆるひとつの藪蛇だということに気付かないで口にしてしまう辺りが、円駆の頭の良さと反比例して軽率なところだろう。

「そうだぞ。何で僕だけなんだ。お前もこっちへ来て比べろ。お前は自分のちんちんの大きさにたいそう自信があるんだろうよ」

 突つかれた蛇は大いに執拗である。逃げを打ちかけた円駆の浴衣の裾を踏んづける。自然、円駆は全裸となった。その身体に巳槌の身体が重ねられ、

「ほら、空戦、好きなだけ観察するがいいよ」

 絡みつく。

「ば、っ、こら! おい! どけ!」

 円駆が喚いたって後の祭りだ。この聡明なくせに迂闊で、言葉遣いは酷く悪い一方で優しい麒麟の神なる身は足をばたつかせて空戦の顔を蹴ることまでは出来ない。そういうことを、狡猾で性悪な応龍は見通しているのだ。

「うん、本当だね。円駆のちんちんのほうが僕のより巳槌のより大きいよ」

「……本当か? よく見ろ。お前の目はまだ見えるようになったばかりで頼りにならないんじゃないか」

「大きさの違いぐらいは判るよ。形はねえ……、形はやっぱり僕らのと大差ない……、いや、でもここのところは円駆の方がふっくらしているね」

 ここのところ、と空戦が言うのは、三人のいずれもが晒すことの出来ない亀頭の最も隆起している個所である。包皮の上からでも、それは判る。

「お前のだって僕のだってそこは少しぐらいはふっくらしてるだろ」

「うん、まあね。でも円駆のが一番目立つと思う」

 久之には彼らぐらいの身体をしていた時期――もうかれこれ十五年以上も昔の話だが――「恋人」はおろか「友人」もいなかったから、自分の場所を誰かと比べることなど考えたこともない。あるいは他の同世代の少年たちはそうやって互いに見比べて評論し合ったりしていたのだろうか?

 どうも、それはないだろう……。自分の想像力にはあまり自信のない久之でも判る。彼ら三人、うち約一名が消極的であっても、そういうことが出来る間柄だということだ、それはつまり、彼らの自我意識として互いを「恋神」以外の何物でもないと信じているからだろう、……たぶん、きっと。

「い、い、いつまで見てんだ! 巳槌! 馬鹿! 重てえ!」

「失礼なけだものだ。僕がそんな重たい訳があるか」

「いいから退け!」

 声を張り上げたところで、巳槌が身体を逸らした。空戦はにこにこ微笑みながら、円駆と巳槌の陰茎を見比べている。和やかと言っていいのかどうかは議論の余地があるとして、ともあれ三人が仲良しであるということには大いに価値があるだろう……、と久之は思うことにする。元は空戦を殺すよう命じた巳槌だし、殺意の有無は別として火の玉で撃ち落とそうとした円駆だし、その巳槌と円駆にしろ久之がこの山に来た直後には激しい対立を演じていたのだから。

 仲良きことは美しき哉、……どんな形であったとしても、それでいいだろう。

「久之のちんちんは僕らとは違う形をしているよね」

 どんな形で、とは言わない。ある種の節度があれば好ましいことは間違いないだろう。空戦はそれまでで一番強い興味を表情に浮かべて久之に顔を向けた。

「触ったりしゃぶったりしたときに、巳槌たちのちんちんと明らかに違うよ。大きさもぜんぜん違うし、毛が生えているよね」

 空戦の興味の対象は完全に久之へと移ったようだ。

「ああ、そうだ。全然違う。皮が剥けててくそでかい」

 それに同調の態度を示したのは円駆だ。自分に興味を向けられるよりはずっといいと判断したに違いなかった。

「久之は大人の身体だからな。僕らも大人になれば、色々変わる。……と言ってそれがどれぐらい先の話かは僕にも判らないが」

 三人の、神なる身とはいえ子供に「久之の見せて」「見せろ」「とっとと見せろ」と迫られることには、恐怖ではないにせよ大いなる抵抗感がある。とはいっても久之も円駆同様、どんどんと圧し掛かって来るこの三人を力づくで排除することなど思いつくはずもなくて、

「ちょっと、ちょっと、……ちょっと!」

 子供とは言え三人掛かりであれば、あれよあれよという間に浴衣は肌蹴られ「へえ、久之は僕らみたいな褌じゃないんだね」という下着をするんと引き摺り下ろされるまでにそう時間は掛からない。

「おお……、本当だ、すっごい大きい……、形もまるで違う」

 かくして久之は自分の下半身を空戦の無垢な目の前に晒すこととなった。

「お前がさっき言った円駆の『ふっくらしてる』って言ったのは此処のことだろう」

 巳槌が自分のその場所を差した。亀頭の膨らみが包皮の内側から輪郭となって発揮する部分のことであり、確かに小さく未発達な二人のそれはさほど目立たない。円駆にしたって、一応判る、といった程度の話に過ぎない。ただ空戦にとっては形の「まるで違う」久之の陰茎には強く興味を惹かれる対象であるに決まっていて、

「そうか、口に入れたときこの辺りを舐めると、久之が気持ちよくなってるって判るんだ。僕が触られてあんまりよくならないのに、久之は大人でこういう形をしているから気持ちよくなる……、大人と子供では感覚も違うんだね」

 しみじみと、そんな感想を口にする。

「僕は大人のちんちんは久之のしか知らないが」

 巳槌は久之の陰嚢を優しい手つきで撫ぜる。そのほんのりとくすぐったい感覚を耐える一方で、巳槌が薄い笑みを浮かべていることには気づいている。「久之のちんちんが最初から好きだ。格好いいと思う。僕らのみたいに臭くもないしな」

「そうだね、臭いあんまりしない。巳槌と円駆のちんちんの臭いから察するに、僕のも時々臭い?」

「洗ってないときはいつも臭い」

 円駆がぶっつりと呟き、久之の顔を覗き込む。

「もうちょっと嬉しそうにしたらいいんじゃねえのか。こんなとこ見て嬉しがるような連中、他にいねえだろうよ」

「その『連中』にお前だって含まれているんだぞ」

 空戦の手に久之の性器を握らせつつ言った巳槌に、円駆が舌打ちの音を聴かせるために振り返る。

「他人の振りなどするな。それをお前も嬉しがるがいいよ。でもって、この幸せをもっともっと大きなものにするようお前もきちんと貢献しなければいけない。その幸せを享受するお前にはその義務がある」

 舌打ちに似た音が少し響いた。巳槌にそうしろと、口で言われた訳でもなかろうに、円駆が仏頂面のまま久之に唇を重ねて来た。

「あ、少しずつ……、硬くなってきた」

「それは別にいつもそうだろう、お前が触れば久之はいつだってお前の期待に応えてきたはずだ」

「うん、そうだけど。……ふふ、目が見えなかった頃にはさ、こうやって掌で感じる反応が、久之の表情だったんだ。でも実際にこうやって見てみるとやっぱりいいね」

 そういう反応を示す久之の性器に対して自分がするべきことは何か、空戦はもうすっかり判り切っている。唇を当てて、久之の押し返すような力感はこのあどけない少年の顔をした蝙蝠の神を最も楽しませるものであるに決まっているから。

 久之の陰茎は何の抵抗もなくその小さな口に収められた、ところで「ん」と空戦が呟き、口を外した。

「へえ、これが円駆のお尻の穴か」

「んなっ……」

 ずっと久之と舌を絡めていた円駆が覗かれていることを察知して振り返る。

「さすがにこれは、自分のがどうなっているかは見えないね。でもきっと似たようなものなんだろうな」

「う、うるせえっ、何見てんだ馬鹿!」

「一人だけ久之と口づけなどしているから罰が当たったんだ」

 ぴちゃ、と巳槌が円駆の尻を掌で叩いて、「空戦と場所を替われ」と尊大に命じる。

「ん、な、何で……」

 控えめに久之の浴衣を握って円駆が文句を言う。しかるにこの麒麟は他の二人より事実として「大人」であるし、当人もその自覚がある。円駆が久之の身体から降りるなり、「ほら、逆さまに乗れ。何度かしたことあるだろう」巳槌に促されて、空戦が久之の身体を逆向きに跨ぎかけて、

「……ねえ久之、僕のお尻の穴はどんなふう? 二人と比べて変だったりしないかな」

 問う。

「それは……」

 まだ久之は空戦のその場所を犯したことがない。どのみちこの身体の大きさの差が、その難儀さを物語っている。巳槌と円駆が言うには「頑張れば出来るだろうな」「ただお前は頑張れねえだろうな」ということであり、もちろん頑張る気も頑張らせる気もさらさらない久之である。

「普通、だと……、思っ」

 熱く湿っぽいものが陰茎に当てられた。

「空戦」

 久之の左右の腿を跨いだ……、左が巳槌で右が円駆だと体温の違いで判る。それぞれが、それぞれの性器を久之に当てているのだ。

「ほら、これなら僕ら三人の違いが歴然とするだろう。一番大きいのが久之で、久之は大人で、僕と円駆のは子供だから同じだ」

「同じじゃねえ……」

「うん、円駆の方がちょびっと大きいよ」

「しかし久之と比べれば同じようなものだ。僕のもこいつのもお前のも久之の前では違いなどない。というかそんなことはどうでもいいのだ、せっかくこうして三本並べて見せてやってるんだから、それぞれの違いをとくと味わえ」

「味わえって……、おしっこのしょっぱいのをあんまり味わうのは嬉しくはないなあ」

 言いながらも、空戦は両手を久之に添えてゆるゆると動かしながら、左右の陰茎を一本ずつ、口に含む音を立てた。

「やっぱり久之のが一番いいな。臭くないし、しょっぱくないし」

「しょっぱくてくせえのはテメェのだっておんなじだ馬鹿」

「皮被ってるんだから仕方がなかろうよ。そもそもそういう味と臭いのものが久之は好きなのだ」

 それについては久之としても大いに反駁の余地がある。……一度だって「そういうのが好きだ」と言ったことはないし、まあ、そういう形をしているのだからある程度は仕方のない物か、と思って黙っているだけだ。しかし目の前にあるのは空戦の尻であり、文句を空戦の小さな尻にぶつけたところで何の益もないだろう。文句と、再び空戦に咥えこまれたことによって溢れそうな息をぐっと飲み込む。

 空戦の口は小さい。三人の中で一番小さい。それでもこのところ、

「ずいぶん上手になったな」

 巳槌がそうやって褒めるように、思う。「僕がきちんと教育してやったからな、その賜物だ」……誇らしげに言うようなことではない、という久之の思いは、

「んなこと教えてんなよ、この糞蛇」

 円駆が代弁する。ただし「糞蛇」とまでは思っていない。

「幸せは大きくて強い方がいいに決まっている。お前だって損をしない。ああそうだ、お前ももっと上手になった方がいいぞ。お前のやり方はいつも自分勝手で良くない」

「やかましいや!」

 全く以ってこの三人の「恋神」のすることは、相変わらず「人間」の感性で物を考え言葉を発する久之のことを、いつも易々と超越する。どのように応対するのが本当の正解なのか、判らなくなる。

 ただひれ伏すようにしているだけではいけない、かといって、傲慢な姿勢でいたなら、最初から巳槌に見向きもされていないだろう。この状況を幸せだと思う一方で、それを享受するばかりの自分ではいけないということを、何となく、悟ってはいる。

 空戦の舌が、くすぐるように亀頭を這う。それは、判っている。ただそれだけではない。……巳槌の舌かそれとも円駆のものかはっきりとは判らないが、太腿から降りた二人の舌も唇も、久之の茎へ陰嚢へ這いずり回る。

「久之は淫らだな。こんなに硬くして、僕らなんかで……」

 巳槌が笑った。ということは、陰嚢をくすぐっていた舌が巳槌のものだということだ。円駆は黙って久之の茎を横咥えにしている。

 淫ら、ということになってしまうのか……。複雑な気持ちになるのは当然のことだ。第一、その言葉は巳槌の方が似合っているような気がする。気がするだけではなくて実は本当にそうなのだが、控えめなこの男はそういう控えめな物の考え方をするのが習い性になっている。

 だが、習ったのはそれだけではない。

「ひゃん」

 巳槌が舵禮に言った通り、死んだっていい気持ちでいた生き物が、こうして神によって生かされて、幸せの中に在るのだ。だとすれば……、ただ甘い幸せの中に浸っていればいいだけのはずがない。自らの存在あるがゆえに、自らを幸せにしてくれる神々を幸せにすることこそ、この命に与えられた役割だと思うのだ。

 だから久之は空戦の尻を舐めた。言葉にするなら、それだけのことだ。

「ひ、久之、そんなとこ舐めたら駄目だよ、きたないよ……」

「気にすることはない。腹を下すようなことがあったら僕の泉の水を飲ませてやる。それより、お前ばっかりずるいぞ、この後円駆が泣くまで舐めさせたら、僕も舐めてもらうこととしよう」

「……俺はいらねえ」

「遠慮するな。お前好きだろう」

「好きじゃねえ!」

「騒ぐ暇があったら目の前のちんちんを気持ちよくするのが先だ」

 そう、巳槌の言う通りだと久之は思う。円駆はどうあれ、俺の考えることにどれほどの価値があるものか。愛情というものをきちんと理解した上でなら、わき目もふらず自分のするべきことをして行くのが肝要なのだと久之は思う。今ならば、自分をどうにか幸せにしようと舌を動かす空戦に、至らないまでも少しでも返してやることだ。

 それだけしていれば十分。

「んっ……、んぅ、ん……ぷ、お、お尻ぃ……」

 空戦が、普段から甘い声に涙を混ぜて、……余計に甘ったるく喘ぐ。

「気持ちいいか?」

「わ、かんにゃっ……、変な、感じ……」

「ちんちん勃起してたらそれは『気持ちいい』でいいんだ。そうだよな円駆」

「……余計なこと喋る暇があったら」

「それもそうだな。まあ、頑張れ空戦」

「にゃにをっ、がんばるのぉ……?」

「だから、ちんちんをしゃぶって」

「舌動かすに決まってんだろ」

 人の股間を焦点に、そう頑張らなくてもいいとは思うけれど、

「そうすれば、久之も頑張る、僕らも頑張る……、この幸せのために僕らみんなで頑張るんだ」

 巳槌が言うのだ、文句の多い円駆が従っているのだ、久之が考える必要などそもそも何もありはしないのだ。

 そして空戦はたくさんのものを見るだろう。

 彼がこれまで見たことのないものを、たくさん見るだろう。

 彼からその光を、あるいは命までも、奪おうとした巳槌と円駆は、意地でも見せてやるつもりに違いない。空を、花を、美しいものを、笑顔を、幸福を。空戦がいいものを見て笑う、その顔が見たい巳槌と円駆と、久之である。

「久之、いくか? いいぞ、とっとといけ。見せてやれ、空戦に」

 もっとも、見たがったからといって「ちんちん」を見せてやる必要はなかったかも知れないが……。 


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