CURRENT BAT BOY

 久之は、元々は人間であって、そして今も半分は人間であるから、人間の文化というものに触れた経験も少なからずあるのだ。そういう久之は、壺売りに里へ降り、米と酒とを買って小屋に戻り、随分暑く思えて汗をかいた身体をひとまず潤そうと考えて白蛇の泉へと赴いたところで、……こういう映画の一場面があったのではなかったか、と思ってから、

「なに、……何をして、……空戦!」

 泉の傍に脱ぎ捨てられた浴衣、……それはまだいい。宙を蹴る六尺褌の下半身に慌てて駆け寄って、抱え上げる。

 ずぶ濡れの空戦が「ぷはっ」と顔を上げた。素直な質の黒髪がぺたんこである。

「やあ、お帰り久之」

「ただいま……、いや、そうじゃなくて……、お帰りじゃなくて」

「帰ったときには『ただいま』でいいんじゃないかな」

「そう、そうだけど、……そうじゃない、何を、して……」

 泉に溺れているがごとくの状態であったところに鉢合わせれば誰だって肝を潰す。しかし空戦はのんきにくしゃみを一つ。

「……水浴び、を、するなら、もっと他にやり方がある、だろう……」

 自分の喉を潤すことも忘れて、久之は空戦が前髪をかきあげるのを見た。

「水浴びをしたかった訳じゃないんだ。ええと、……まあいいや、僕が何をやっていたかは内緒だ」

 幼く微笑む空戦だが、その心の中は巳槌や円駆よりもずっと謎めいている。ただその身体が冷えてしまったことばかりは久之にも見通せるので、

「風呂を沸かそう……」

 という最適解に辿り着くことはそう難しくないのだった。

 

 

 

 

 風呂を沸かせば、山の何処かで昼寝をしていても気配を感じ取って巳槌と円駆が降りてくることが多かったが、今日に関してはそういうことはなかった。何処かで二人で遊んでいるのか、それとも別々に寛いでいるのか。とにかく鍋の中に空戦と収まって、しっとりと汗を浮かべて目を伏せている空戦の身体が小さいせいで、いつもよりもその長い手足を縮めることなく久之は風呂に浸かることが出来ていた。

「久之は、不思議だね」

 眠っているのかと思っていたが、空戦にはきちんと意識があったらしい。

「初めて会ったときから、ずっとそう思っていて、今もその印象は変わらない」

「俺が、……不思議?」

 不思議なのは空戦の方ではなかろうか、巳槌たちに訊いても同意してもらえそうな気がする。

「うん。何て言えばいいか判らないけど、……君は寛容なんだ、ちょっと度が過ぎるくらいに寛容であるように思うよ」

 それは、褒め言葉だろうか。空戦は片目を開けて、紅い瞳を久之に向ける。ほとんど何も映し出してはいないはずなのに、何だか自分の目の届かないところまで見通されているような気になる、奇妙な静けさを持った双眸だった。

「人間の感覚に立って考えれば、僕の、……『僕の』ってことはないか、円駆の洞穴で初めて僕や僕の仲間を見たときに怖がりそうなものだった。……いや、もちろん君が神獣と交わって生きていることが前提にあったとしてもだ、仮に君の身体の半分が神獣化しつつあるのだとしても、恐怖や忌避の感情が人間のそれでなくなるということはないはずだから。……そもそも巳槌と今みたいな関係になるときだって、避けようと思えば避けられたと思うんだけど」

 空戦の目は大きい。黒目がちな瞳と相俟って、それはとても印象的な双眸である。それが何も映し出さないということがときに疑わしく思えたり、可哀想に思えたりする。

「……俺は、……人間だけど、人間の中にはいられなかった。……この喋り方も、ずっと治らないし……」

「巳槌は、初めの頃より随分円滑に喋るようになったって言ってたよ」

「そう……、だといいんだけど……。人間から逃げて、俺は、ここへ来た。それなのに、蛇が人間になって、……わけのわからないことをたくさん言う。だから最初は、うん、困ったし、どうにか避けられないかって思ったことは、ある。……そういうことは、巳槌は言っていなかった?」

「困っていた、とは言っていたよ。まあ、彼も難儀な性格をしていると思うけど、それ以上に君が逃げたがっていることを、巳槌は察知していたみたいだ。でも多分それは、巳槌が神獣だからじゃなくって」

「……うん、……そうだ。あの子と、どういう風に接したらいいのか、俺には全然判らなかったから。同じ人間とだって、上手に話も出来ないくらいなのに、どうして蛇と……、って」

 それでも巳槌と久之が今日まで一緒にいるのは、……言うまでもなく、巳槌が図々しいからである。

 かつて人間に愛される蛇神であった巳槌の力の源は、人間の情との交流である。里が近代化し、人間たちが山を捨て、巳槌は徐々に力を失って行った。無力な白蛇として、心を読む能力さえ喪失して泉で浮き沈みを繰り返し死を待つばかりであったところに現れたのが、人間でありながら人間の中に生きることを諦め、雪に埋れて死ぬつもりで山に引きこもった久之だった。

 巳槌は息を吹き返し、久之に愛情を注ぐとともに自らも愛されることを望み、そして、……今の生活の基盤が出来上がった。当初は人間に対しての害意を隠そうともしなかった円駆さえ懐柔し、今はあの通り。

「俺は、……正直、巳槌みたいな『子供』を、……『子供』と言うと、あいつはひどく気分を、害するけれど、でも、そういう形の身体を、抱くことを、それまで一度だって望んだことは、なかった。罪深いことだと、理解していたから」

 つかえつかえの久之の言葉に、空戦は黙って頷いて耳を傾けている。

「だけど、……あいつが俺を、……どういうわけか判らないけど、……多分、きっと、本気で、……俺なんかのことを、愛したいって、思ってくれてるのが判ったから。俺にとっては、初めてのことだったんだ。俺なんかにそんな、言葉を、かけてくれたのは」

 その理解は、この男にとって太陽のような喜びだった。

 小さな身体を酷使してまで久之に抱かれることを望み、それが上手くいかないときには泣いて、久之を困惑させる。「僕はお前を愛したいのだ」と、何度も何度も巳槌は言った。

 そう言う相手が、……勝手であろうが子供であろうが、そもそも人間ではなかろうが、愛しく思えるのは自然の成り行きであったろう。

「……そのときからか、俺は、……俺自身がそもそも、人間に、なりきれてない生き物だと思っていたから、……だから、巳槌を、抱き締めることに、抵抗がなくなった。円駆や、お前や、……あの、舵禮や、他の神様たちを見ても、驚くことはないって。心が宿って、そこに生きている、……俺はまだ、日は浅いけれど、お前たちの迷惑にならないように、同じ時間を生きているんだ、だから……」

 まとまりの悪い言葉になってしまった。とはいえこれはこの男としてはちっとも珍しいことではない。

「そうか」

 空戦は納得したように一つ頷いて、立ち上がる。じゃぶじゃぶと波を立てて久之の前に立ち、「抱っこして欲しいな」と甘えて膝に跨った。

「だから君は、僕のことも怖がらなかった。僕も嬉しかったよ。僕は、そもそもこうやって今も生きていること自体、望まれて在るかどうかは判らないからね。それでも生きている以上は生きたいと思っているよ」

 空戦は神獣として生まれた直後に、円駆の焔を浴びることになっている。そうするよう円駆に指図したのは巳槌だし、円駆自身も空戦が死ぬかもしれないということを織り込んだ上で焔を放ったのだ。

「僕は円駆に保護されて、……もちろん、山の中で巳槌と会えば挨拶をしたし、言葉を交わすことも少なくはなかったよ。彼も意地悪なものだからみんなに嫌われていたし、円駆は僕をずいぶん長いこと側に置いてくれていたけれど、舵禮みたいに、……舵禮だけじゃない、それなりの数、円駆のことを偉そうだとか威張っているだとか、あと、思い通りに行かないとすぐ乱暴をするとか、そうやって悪いことを言う存在があった。……円駆は喧嘩が強いから、誰も逆らえないだけだって」

 久之は表情を曇らせた。円駆は確かに気短で乱暴ですぐ感情的になって声が大きくなってしまうところがある。しかしながら、本当は優しい心根の持ち主であるし、思考力も非常に高いし、声が大きくならない間は極めて理性的な物の考え方をしているということを久之に伺わせる。人の間に嫉妬という感情があるように、山の中の神獣たちにもそれはどうしても生じてしまうものらしい。

「でも僕は円駆のことを嫌いになったことはないし、それは巳槌にしたってそうだよ。円駆のことはだいたい知っていたつもりだったけど、こうして一緒に寝たり遊んだりする時間が増えて、まだ知らないところがたくさんあったって判ったのは嬉しい。そして巳槌は、みんなが言うほど嫌な男じゃないね。本当はさみしがりやであったかいのが好きで、でもちょっと素直じゃないだけなんだ。そして僕は、……僕も、彼らに同じように思われているのかもしれないね。それでいて」

 空戦は、にっこり笑う。巳槌の笑みは行為の開始の合図だし、円駆はあまり笑わない。その分、空戦はよく笑い、その笑みは自然で和やかなものである。

「僕らには共通点がある。君と一緒にいるのが楽しい。もちろん、巳槌と円駆が抱くほどの量の思いを僕が抱いているかどうかは判らない。でも、君の居る空間は僕にとっても大層居心地がいい。……思うに、君はとても優しいのだね。だから僕は、君が傷付かなければいいということを考えるし、君を楽しませたり幸せにしたりする方法があるなら、それをしたいものだと思うんだ。きっと泉から這い出たばかりの巳槌が思ったのと同じようにね」

 柔和で聡明な喋り方をする少年は、温かな両手で久之の頬を包み込む。それから顔を寄せ、しばらく両手で久之の顔を撫ぜて回ってから、唇に唇を重ねた。

「君の顔の形を僕はまだ知らないけど、いつか見てみたいものだなあ。僕は円駆と円駆がどんな顔をしているかも知らない。けど、君たちがみんな、……うん、そうだな、いい顔をしているんだということを、僕はちゃんと見るよりも前から知っている気がする」

 率直に言って、「俺は、どう、か、判らない」けれど、巳槌と円駆の相貌がそれぞれに美しいことは間違いないと知っている。そして夢見るように言う空戦も、とても愛らしい顔をしているのだ。

「ところで久之、僕の身体はやっぱり君には小さ過ぎるかな。……おお」

 尻がずれた。空戦がぴったりとしがみつく。

「どう、……どういう……」

「うん。君を含めて僕らの身体は、ものすごく長い時間をかけてほんの少しずつ成長していくものだ。円駆の身体も僕が初めて会ったときから少しも変わらないぐらいだよ。だから、僕の身体も当分はこのままだ。……つまり、僕はずっと君と、彼らみたいに一つになることが出来ないのかなって考えたんだ」

 久之は額の汗を掌で拭う。

「そして、それは正直なところ、残念だなあと思うんだ。だって巳槌たちは君にあれをされるとき、すごく幸せそうだよ。円駆があんなに高い声で鳴くなんて知らなかった」

 円駆が何処かで聴いたら飛んできて叩きそうなことを空戦は平然と言う。久之は掌で拭っても拭っても垂れてくる汗に往生した。

「……つま、つまり、……お前は、……ああいうことを、したい、というか、された、……されたいと、思っている、のか……、ああいう、その、俺が巳槌や円駆と、しているような、ああいう、ことを……」

 しどろもどろもいいところの訊き方にも、

「そうだね。だって彼らはとても気持ち良さそうだもの。僕だってもうちんちんで気持ちよくなる方法を知ってしまったから、貪欲になる。もっと君といろんなことをしたいと望むのは自然なことじゃないかな」

 空戦はあくまで冷静に見える。

 巳槌のように甘えて笑い叶わなければ泣くということはない。しかし同じくらいに久之は持て余す。

 だって、この小さい身体。

「……巳槌たちと、そういうこと、あの、ああいうことは……」

「まだしていないよ。して欲しいと頼んでも、いつも『まだ早い』って言われるんだ」

 それはさすがにあの二人のことで、賢明な判断であると言えるだろう。

 しかし、……久之は思う。「もう少しお前が大人になるまで」と言ったって、それを空戦が待てるとは思えない。この環境にこの子供の形をした神なる身を置いてしまった以上、そしてそれが久之巳槌円駆の共通の望みであった以上は、その願いをこちらは叶えないという態度が、はたして正しいのかどうか。

 とはいえ、

「きっと、……一度すれば気が済むんだろう、と思う」

「うん?」

「あれは、……巳槌と円駆がああいう風に、出来る、ということが、……ちょっと、俺には判らない、ぐらいだから。それこそ、……俺だって、出来るかどうか判らない……」

「久之は大人だから平気じゃないのかい?」

「……そんな単純なものじゃ、ない……」

 空戦は言うなれば「お利口さん」である。決してわがままを言わないし、聴きわけもいい。素直である。

「でも、無理強いをしてまでしてもらうようなことでもないんだろうね、仕方ないか」

 膝の上から立ち上がって、彼の浮かべる笑みには陰がない。久之は少し安堵して、「ごめん」と、なぜ俺は謝ったのだろう? 自問するが、答えは出ない。

「でも、久之と遊びたいな」

 その申し出までも跳ね除けることは、出来そうになかった。望むままに側に居てくれる空戦に応じて、久之は生きなければならないのだから。

 

 

 

 

 裸の空戦は畳の上に座った久之の膝に乗りたがった。身体が小さいものだから、巳槌と円駆がそうするよりも安定感があるし、何より羽毛のように軽い身体だ。巳槌たちがそうするのを見てきたからだろう、何度も唇を当てる何度目からか、口を開けて久之の舌をねだった。

「僕は、こうするのが好きだな。何だか判らないけど、……こうやっている時間の甘ったるさが好きなのかな」

 久之は何とも答えられない。もし空戦が何か考えたり思ったりするのであれば、それが常に正しいと思う立ち位置にいる。それは巳槌や円駆と一緒の時でも同じである。

「ねえ久之、僕はずっと疑問だったことがあるんだ。訊いてもいい?」

「ああ……、俺に、答えられることなら……」

「久之は、僕らみたいな、男の子供の身体が好きなのかな」

 久之が目を瞠ったのを、「見」たわけでもないだろうが空戦はやや大人びた苦笑を浮かべて、

「責めているんじゃないよ。人間たちの間ではそれは否定されることかもしれないし、生き物の摂理を考えたってやっぱり、男の身体を持って生まれたなら女の身体が欲しくなるものなのかなって思っていたから。……やっぱり、巳槌と肌を重ねたからかな」

 やや苦しさを覚えながら、久之は首肯した。「そう……、だよ。だって……」巳槌の身体が心が、久之にとって恐ろしいほど甘いものだったことは否定できない。

「そうなんだ。……僕はこれまで誰かとこういうことをすることを考えたこともなかったけど、でも、牝と交尾するより楽しいような気がしている。もしそうでなかったとしても、そうだったらいいなと思っている。みんなのちんちんに触らせてもらうの、楽しいよ」

 にこ、と笑う。やはり、邪気がなさすぎて、それが苦しさを催させるのだと思う。

「これは合ってるかどうか判らないけれど、……僕なりの解釈として言うんだけど、君は巳槌がもし牝の身体をしていたら、牡でも大人の身体をしていたとしたら、……やっぱり君はそれでも、巳槌のことを愛していたと思うし、巳槌がそれを望んだなら円駆のことだって同じように扱っただろう。そして僕がこういう形の身体をしていようがいまいが、こうして君の膝の上に載せてもらえることになっていたように思うんだ。そう考えると僕と円駆は随分得な立場だね」

 そういうことになるのだろうか。「撫ぜて」と言われて黒髪を撫ぜながら、久之は考える。しかし彼自身「頭は良くない」と自覚している男はすぐに思考を放棄した。この点においても、空戦の思うことがきっと正しいのだ。

「僕はね、久之。君のことが好きだよ。初めて会ったときから、君と仲良くするのは悪くなさそうだと思ったけど、今はそのときよりもっと好きになってるんだ。君は優しくってあったかい。巳槌と円駆を愛している君の側にいて、僕も同じように愛されたいって思ったし、……実際『同じように』は出来なくても、いつかきっと出来るようになりたいって、このところそういうことをとても強く考えるようになった」

 頬に、頬を重ねて。

 子供の瑞々しい肌だ。風呂上がりの余韻がまだたっぷりと残って温かい。そして柔らかい。

「……お前たち、みんな、そんな風に言ってくれる。俺の……、俺なんかのことを、『好き』って」

「だって、『好き』なんだからね」

 俺のしてやれることなんてそんなに多くないはずなのに。

 けれど、どうしたってそう言われることは嬉しい。相手がどんな生き物であれ、……こんな風に膝に載せて、嬉しいと思ってくれるのであれば。

 この山に這入り、生まれて初めて誰かに求められるという経験をした男は未だ、愛されることに不慣れでいた。ごく初期に、戸惑ってばかりでいた久之に巳槌は「何も考えなくていい、全部僕に任せるがいいよ。そうしたらお前は幸せになれる。僕がしたいから、お前を幸せにする……」とよく言った。

 俺は幸せに出来ているだろうか?

 巳槌が聴いたら呆れるか怒るかするであろうことを、平気で久之は考えた。考えて、……そのためにどうしたらいい? また考えて。

「空戦」

「ん?」

「横に、なろう」

 抱き上げて、敷きっぱなしの布団の上に横たえる。晴れ続きなら毎日のように干すのだが、梅雨に入ってからはそれもおざなりであり、しかも四人が寝て汗を吸っているのだからいいかげん煎餅の様相を呈しつつあるが、誰もそれを「臭い」とは思わない。きょとんとした顔で「見」上げる空戦の髪を、傍に座ってしばらく撫ぜてやってから、

「うん……、出来る、ことを、するよ。俺は、……お前に、……お前たちに、『好き』って言われるのが嬉しい、し、……もっと、言われて、……言われるように、ずっと側に、いさせてもらいたいから……」

 久之からの、控えめな口づけを受けて目をぱちぱちと瞬かせる。久之にあるのはある種の使命感で、……この少年の望みを叶えることが出来なくて一緒に「いさせてもらう」訳にはいかない、という強迫観念にも近いものである。その点、この男はこれまで二人の「少年」の身体を喜悦に浸らしめることには成功して来ている。それが確かなことである以上、おののきながらも僅かばかりの自信を持って空戦の裸身に立ち向かうことが出来るのである。

「その、……後ろに、挿れたりは、……しないよ。俺も、……お前が、『して欲しい』って、そう言ってくれるのは、とても、幸せなことだと、判ってる。でも、……万が一にも、お前が痛いと、思うかもしれない、そう考えるだけで、俺は、出来なくなる、から……」

「うん」

 空戦は聞き分けがいい。

「残念だけど、それは仕方がないことだね。でも、それに近いことはして欲しいかな」

「近いこと……」

「ほら、いつも巳槌たちとするときには、久之の本体が入る前に指を挿れているんじゃないのかい?」

「本体……」

 それは、当然の事実である。巳槌にしろ円駆にしろ、そのままでは到底久之を受け入れることが出来ない。幼い彼ら同士であってもそれは不可能であろうから、指を使って、……多くの場合、彼ら自身によって拓いて、解して、緩めてから繋がる。

「……解った」

 久之は大いに緊張しながら、どうせ見えはしないのに頷いて、ゆっくりとその小さい身に覆いかぶさった。

 まだ乾き切っていない、黒髪。

 撫ぜて、唇を当てた。

 空戦の髪は本当に素直であるが、幾つかの房だけ言うことを聴かないように見える。総合的に見て円い髪の輪郭からはみ出すように、一度あらぬ方向へ伸びかけて、慌てて元の群れへと戻っていく。指で押さえてもそこだけはすぐに跳ねてしまうのが、何とも言えない奇妙さである。

「そこに、何かある?」

 空戦は自分がそういう髪をしていることを見たことがないのだ。

「いや……」

 そしてこの子供は、自分がどんな顔をしているのかということも知らないのだ。

 未だ人間としての目しか持たない久之である。そしてそもそも、美というものに対して極めて疎いという自覚がある、……疎くなかったら、俺の作る壺や皿や、絵や字はもっと美しくたってよかろうと思う。しかるに久之は、巳槌が、円駆が、そして空戦が、恐らくひ若い子供であるがゆえ以上の、尋常ならざる美というか、愛らしさを纏っているということぐらいには理解が至る。

 そして美は、……花や石や、空や雲や土がそうであるように、それそのものが無自覚であるがゆえにいっそう輝くものである。

「お前は、可愛いと、思う」

「ん?」

 つい口をついて出た言葉に、空戦は目を丸くする。言葉遣いの下手な久之だ、言葉を扱うのが極めて苦手な久之だ。口にしてから、ああ、馬鹿なことを言ってしまった、そういう自覚が生じて紅くなる。

 久之の言葉に、空戦はごく真面目であった。

「……どうなのかな、……そうなのかな。でも、君は僕が『可愛い』と見えるのかい?」

 久之が僅かに息を詰まらせて、

「そう、思う」

 答えたのに、空戦はほんのりと微笑んだ。

「なら、よかった。君が僕を見たとき、何だかいい気分になれるのなら、僕は君を少し幸せにしているってことになる」

 事実として、……愛らしいものを見るのは、心地よいことである。仮に其処に、下方面に向かう欲が介在しなかったとしても、氷のように静謐な美の映える巳槌、紅蓮の炎と若木の生命力を身から余す円駆、そして幼く無邪気でありつつも聡明さが表情の端々に覗く空戦。色がそれぞれ違う。しかし、見飽きる日の来ることが久之にはどうしても想像できない。

 あまりに幼い身体に宿る「大人」の心に首を垂れながら、久之は真っ白な肌に実る、仄かに桜の花びらの色に染まった乳輪に唇を当てた。身の大きさに比して、巳槌よりも円駆よりも小さい。そして巳槌が其処に唇を当ててやることで、声を蕩けさせることとは対照的に、空戦は身じろぎもしない。

「……僕は牡だから乳は出ないよ?」

「……うん、……それは知ってる……」

「でも、僕の其処に口づけをしたいと思ってくれたの?」

「ああ……、うん、そうだ……」

 唇を当てて、巳槌が喜ぶように、そして円駆も気持ちいいことを消極的に認めてくれるように、そっと吸う。空戦の小さな乳輪の中央は小指の爪で跡を付けたような筋があり、少年の乳首はその奥に隠れている。……少年の身体に、「人間」としてはあるまじきほど詳しくなってしまった久之であるが、巳槌と円駆のその場所とは違った趣であるもので、見るたび少しく、普段以上の緊張を催す。

 どうなっているのだろう、という興味が生じていることもまた、否定できない。

「……巳槌は、其処をされるのが好きみたいだね?」

 つい、じっと見つめてしまった久之を咎めるでもなく空戦は言う。「いつも久之に強請っている」

「……まあ……、人それぞれ、……何だろう、……『好き』と思う、場所も違うだろう……」

「うん、例えば僕も其処が気持ちいい場所だって、身体が認識したなら、同じように強請りたくなるんだろうね。今のところはそうじゃないけど……」

 その場所が身体の発達に応じて、久之の見知った形の乳首になるのか、それともずっとこのままなのか、……久之には判然としない。そもそもそういう知識も久之は備えていなかった。

「其処を、久之がしたいなら好きにしてくれていいけど、出来れば……、ちんちんを可愛がってもらえた方が僕は嬉しい」

 空戦ははにかんだような笑みを浮かべて、幼く透き通った声で直接的な求めの言葉を口にした。久之が視線を下ろした先、か細く小さな其処が牡の欲を帯びていることが意外に思われた。

「……ああ……、うん……」

 そんなに気持ちよくないはずではなかったか。それなのにこんな形になるのか。……どうして?

 久之の抱えた疑問を、空戦は「見」抜いたように、

「だって、君とこうすることが僕は嬉しい。君はこれまで何度も、僕のことを気持ちよくしてきてくれたんだよ? そうしてもらえるって、僕の身体はとっくの昔に学んでいる。それを楽しみにしてこうなるのだって当然のことじゃないかな……」

 空戦は両手を伸ばす。視力をほとんど持っていないはずなのに、彼の細い腕に闇雲さはほとんどない。しっかりと久之の頭を抱えて、唇を額に当てる。

「巳槌が言っていたよ。君は彼らを抱くとき、いつだって緊張してるって。もっと心の底から楽しめばいいのにって。……僕はまだ、少し緊張する。だけど、それももうすぐなくなるんだろう。君とこうやって過ごす時間を、心の底から楽しめるようになって行く……。だから君も同じようになればいいと思うよ。僕の、僕らの身体が、君にとって幸せなものであればいいって、本当に思うから」

 細い腕である。腕力単体で考えたなら、久之が害することは容易いだろう。……神なる身も人間の形でいるときには身体能力はその身の大きさに比したものでしかない。妖力とでも呼ぶべき神秘的な力が其処に加われば、例えば空戦ならば巨大な蝙蝠の翼を広げれば久之の身体をぶら下げて飛ぶことも容易いが。

 ともあれその細い腕に抱かれて、心音を聴いて、……しばし動けなくなるのはどうしてか。

 巳槌にしろ、円駆にしろ、……こんな俺を求めてくれるのはどうしてか。

 考えなくていいのだと言うように空戦が髪を撫ぜて言う。

「気持ちよくしてもらえると嬉しい。してくれたら、僕も頑張って君のことを気持ちよくしてあげたい」

 頷かない訳には行かなかった。

「……判った」

 久之は幼い身体を唇で辿り、その純真無垢な顔とは裏腹の反応を示す場所を口の中へ含んだ。

 ほんのわずかな潮の味が滲む。それは、……やはり身体の年齢によるものか、巳槌たちに比べれば量が少ないし、味も薄い。透き通っている、……いや、それは誰のものでも同じだろうが。

 空戦がひくりと腰を震わせる。そんな反射は、巳槌たちと同じだった。

「ねえ、……久之? 僕のは、臭くない……?」

 声に息が混じる。そういうとき、円駆なら普段の強気な態度が嘘のようにしおらしく見えるのが常だったが、……空戦のその声は、なんだか久之に、いじめているような気持ちにさせた。

「臭くは、……ないよ。それに、……多少そうだったと、しても、別に、気にしなくていい……」

「うん、……円駆もそう言っていた」

「ちゃんと、洗って……、いれば、そんなに、……だから」

「でも、巳槌はときどき臭いね。洗っているはずなのに」

 それは……、と答えかけて、言葉に詰まる。空戦は巳槌に「おしっこしたらちゃんと振れ。そうしないと黄色くなって恥ずかしいぞ」と、そもそも彼が円駆に指摘されたらしいことを教わったと言っていた。にも関わらず彼ら三人の六尺を普段から洗う役を果たす久之は、巳槌の六尺が一番汚れていることを知っている。ただ……、巳槌に限らず神なる身に対して畏れにも似た感情を抱いている久之に、そんなことを指摘できるはずもなく。

「臭いのが嫌いと思う訳じゃないよ、もう慣れたんだ。巳槌のちんちんはおしっこ臭いなぁって。でも彼はそれを指摘するとちょっと怒って僕の頬っぺたをつねるんだ、……僕はこう思うんだけど」

 と前置きして空戦は、自説を語った。「僕は蝙蝠で、円駆は麒麟で、巳槌は今は応龍だけど、それまでは蛇だった、……今も蛇のときがある。だから、彼は僕らよりも土の上を這って、例えばお腹や胸が汚れることに抵抗が少ないかもしれない」

「はあ……、なるほど……」

「もちろん、だからと言って君の洗濯しごとを増やしていいということにはならないと思うけどね。……ああ久之ごめんね、自分で話をそらしておいて勝手だけど、ちんちん、続き……」

「……うん」

 喋り方が温和でいるものだから忘れがちになる。勃起は続いていて、ほんのりと覗ける、いかにも脆弱な亀頭は潤んでいた。無論、皮は未だ剥けない。「俺が剥けないんだぞそうそうあいつが剥けてたまるか!」という円駆の声が聴こえて来そうである。

「はああ……」

 子供たちは例外なく亀頭が弱い。それは本来的な意味の「弱い」であってあまり執拗に責めてしまうと、巳槌も円駆も小便を漏らす。……そういうことを知っている以上、久之は二人の小便を飲み、顔に浴びた経験があるのだ。

 だからこのところはこの場所を、あくまで驚かせたりからかったりするために舐める。久之自身、其処から滲み出る潮の味は彼の存在を好意的に認めるものであるから嬉しくて、舐めたく思う気持ちもあった、……仮令巳槌の其処が小便臭くとも。

「あったかい……、ね。やっぱり僕は、……ちんちん、こうやってしてもらうの好きだよ……、ん、もうおわり……、っひゃ!」

 声が跳ねた。久之が外した口を、その陰嚢に当てたからだ。機能がまだ弱い、だからその場所も小さく、丸っこい。巳槌はこの場所を舐められるのが、乳首同様好きらしい。一方で円駆は、「あんまそこされんの、得意じゃない」と言う。急所中の急所であるからだろう。

「あは、そんなところも、舐めるの……? くすぐったい……」

 微かに笑いながらも、空戦はどこか陶然とした声で言う。その勃起が陰嚢を口に捉えた久之の、文字通り目と鼻の先でひくひくと強張りを見せるから、円駆のように怖がることもないようだ。

 こうして一つずつ、この少年にも詳しくなって行く。

「空戦、……その、四つん這いに、なって、……尻の穴の、力を抜いてごらん……」

 覚悟を決めて言ったのに、

「うん? うん。……よいしょ、こうかな」

 空戦は躊躇うことなくそうした。まだ男を受け容れたことのないその場所はあまりに小さい。しかしそれは、巳槌たちとも大差ないように見える。

 久之が其処に、意を決して舌を這わせたとたん、

「ふにゃ」

 妙な声を、空戦が出した。

「うあ……、妙な声が出た……、いま、舐めたの? 久之、僕の、お尻を……?」

「う……、ん」

「其処を、いつも、舐めてるの? 円駆たちの肛門……」

「……はい」

 はい、ではないだろうという自覚を強いられる。口にしていい場所かどうかの検討を、無論久之は何度でもしてきた。しかしこの場所に伴う問題は、そもそも少年たちの陰茎にだって同様に伴うものであろう。幸いにして久之は一度も腹を下したことがなかったし、……何より、巳槌も、消極的にではあるが円駆も、此処を舐めてやると喜ぶので。

 でも、

「……お前は、嫌? ……その、こんなところを、舐められるのは……」

「ううん」

 振り返って、空戦は言う。

「ちょっとびっくりしたけど、……久之が嫌じゃなければいいなと思ったんだ。その、……洗ったけど、そもそもそんなに清潔な場所じゃないと思ったから。……でも、そうか、そんなことを言ったらちんちんだって綺麗な場所じゃなかったね」

「……此処を、……こうやって、濡らしておいたら、……そうすれば、少しは苦しい、痛い、思いをしないで、挿れること、が、出来るから……」

「見」えている訳ではないのに、じいっと目を瞠って、「挿れてくれるの?」空戦は訊いた。

「……今日は、指、……指を、一本だけ……。それで、もし、お前が、……少しでも、満足出来たり、……ひょっとして、気持ちよく、なれたり、するようなことがあったなら、また……」

「うん、……そうだね、その先はまた考えればいい。……君のゆっくりした喋り方、僕の考えの速度によく合っているように思うなあ」

 ふふ、と空戦は嬉しそうに笑って、「力を抜いているよ。一部分を除いて」と冗談を言って、膝で腰を支え、上体を伏せる。久之が眼前の肛門を今しばらく舐めることを選ばないではいられなかったのは、自分の不安を舐め溶かすことが出来なかったとしても、そうすることで少なくとも空戦が喜ぶと判ったからだ。

「力を抜いた」という言葉の通り、環状の筋肉はその円周を柔らかく広げている。短い皺の寄った中心は、久之の舌が当てられても、拒む動きをしないよう努めていた。

「はぁ……っ」

 空戦の声が濡れ始めた。それは巳槌たちに比べれば劇的な変化ではなく、少年の身体がまだ快感に慣れていないがゆえだろう。受け止めることへの戸惑いが隠せない。

「……お尻を、……舐められるのは、……気持ちいいね……。こんど、巳槌と円駆と遊ぶとき、には……、はう……、僕が、してあげたら、きっと、喜んでもらえる……、ね……」

 ああ、きっとそうだろう。もっとも円駆に「お尻を舐めさせておくれよ」と空戦が言ったら、多分真っ赤になって怒るだろうし巳槌が宥めすかしてようやく空戦の願いが叶えられるに決まっているけれど。

「空戦、……挿れる、よ?」

 人差し指の先を丹念に舐めて濡らして、久之は緊張し切って言う。「ん……」対して空戦は、いつもと変わらぬのどかな声で。

 当てた指を、……意を決して、押し込む。

「ゆっくり……、息を、吐いて……」

「ふ……、うぅ……」

 環状筋は今にもきつく久之の指を締め付けて来そうだ。それでも空戦は、聡明な子供は、そうすることで望みの物が手に入らぬばかりか痛みが身に走ることを悟っているのだろう、息を細く長く吐き出しながら、噛み付く力を逃している。間違った健気さを、讃えていいのかどうなのか、判然としないまま久之は空戦の尻に口付けを落とし、空いた右手をその陰茎に当てた。意外なことに、空戦の其処はまだ勃起したままであった。

「ああ……、すごい……、ね……。すごい……」

 久之が触れたことで、ぎゅっと狭まる。そのとき久之の左の人差し指は、半ばほど空戦に飲み込まれた後で、空戦が力を籠めて噛み締めても孔が狭まることはない。久之の指は空戦の「入口」に当たる肉壁に囚われていた。未だ、奥部にある空間までは至らない。身体の見た目に反して、思いのほか深い。

「い……っ」

「痛い……?」

 びくりと身に緊張を走らせたのは久之の方だ。

「違うよ……、その……、ちんちん、するから……、ねえ、ねえ久之、ちんちん……、気持ちよくなりたい……、そのままで、いいから、ちんちんもっとして……!」

 そう求められることは、大いに意外だった。

「何だか、判らない、けどっ……、久之の指で、ちんちんのねっこのほう、こすられてるみたいなんだぁ……、だから、ちんちん、むずむずするんだ……っ、お願いだよ、早く……!」

 色々なことを、久之は考えかけて、……やめる。考えるよりもしなければいけないことをするだけだ。空戦の求めに応じて、この子を、気持ちよくしてあげるのだ……。

「あ……、あっ、あ……、久之……、久之っ……きもちぃ……! 気持ちいいよ……! も、……ぉっ、も、……だめっ、だめっ、出るっ、出る……っぅンっ!」

 布団に散らされてしまったが、もちろんそれを責められるはずもない。空戦の括約筋が何度もきつく久之の指を締め付けた後に、蕩けるように緩んだ。その隙に、久之は指を抜いた。……言うまでもなく、慎重に、ゆっくりと。

「……あはぁ……」

 ぺたん、と空戦は身体を横倒しにした。汗ばんで紅潮した頬に黒髪が一房、貼り付いていた。

「……大丈夫……」

「大丈夫……、うん……、はぁ、びっくりしたぁ……。初めて、射精したときも、びっくりしたけど……、今の、……はぁ、すごかった……」

「すご、かった……」

「巳槌と、円駆が、……好きになるの、よく判るよ……」

 久之は自分自身の身で経験したことがないものだから、率直に言うと「判らない」のだが、今の短い時間で空戦は何かを学んだらしい、……学んでしまった、らしい。

「今ので、指は一本だけだったんだよね?」

「……うん、……人差し、指を」

「そうかぁ……。君の指は僕よりもちろん太いけど、ちんちんは指で言うと何本分だろう?」

 そんなもの、計ったことがない。しかしいつも巳槌たちに挿れるときには最低三本は挿れて慣らしてからでないと、挿れようという気になれない。それなのに巳槌ときたらその細い指二本ぐらいで掻き回して、「ほら、もういいぞ挿れろ」と強請って来るのだ。

「しばらく、一本で慣らしてもらって、……よっこらしょ」

 空戦がゆっくり身を起こす。「あ冷たい……」自分が布団に撒いてしまったことに気付いたらしく、「ごめんね」と一言謝る言葉を挟んで、

「それから先、二本、三本って、増やしていって欲しい。そうしたらそのうち久之のちんちんも入るよ。うん、思っていたよりもずっと円滑に進みそうだ」

 そんなことで、そんな風に微笑まれると、久之としてはいたたまれないような気持ちになる。俺のためにそんな努力をしないでくれよと。しかるに空戦はちっとも「久之のため」とは思っていない気がする。「久之」を加えるのならば、「久之と僕のため」ということになるだろうか。

「あ、……ごめんね、こういうときは僕ばっかりじゃなくって、久之のこともしてあげなくちゃいけないのに」

 反射的に「いや俺は」などと口走りかけた唇を、その言葉の能力の低い男が言葉を紡ぐよりも先に、空戦が塞いだ。

「いつも、僕は君のことを口で射精させてあげられない。だけど今日は、……君の方がしんどいのかもしれないけど、いつもより長く頑張らせて欲しいな。……いいかい?」

 空戦のことばかり考えて、すっかり冷めてしまった熱に掌が当てられる。空戦が手探りで下着の中から久之の陰茎を取り出す。

「円駆が言ってたよ。君は僕らに、さっきみたいなことをいっぱいするのに、お礼をしようと思ってちんちんに触ると全然硬くなってないって」

「それは……」

 子供の形をした神なる身に、性欲を抱いていない訳ではない、決してない。そんなことは、もう数え切れないほど彼らと結ばれた後では口が裂けたって言えるはずもない。

 ただ、

「集中、しすぎて……、そういうことを、考えられなく、なっている、……の、かも、知れない」

「集中」

 空戦はふしぎそうな顔をして、しげしげと手元の男性器を「見」詰めていたが、やがて納得したように一つ「うん」と頷いた。

「じゃあ、この後は君自身が気持ちよくなることに集中してみたらどうかな。いつも君が僕の口で射精出来ないのって、僕の、……まあ、お世辞にも大きい口じゃないけど、此処に君のちんちんを挿れること、申し訳ないだとか、僕が苦しいんじゃないかとか、そういうことを考えてしまうからじゃないのかなと思うんだ。……だからね、久之。今は、自分が気持ちよくなることだけ考えて欲しい。僕だって君に気持ちよくなってもらいたくってこうするんだから、それを申し訳ないなんて思わないでおくれよ。もちろん、それでも足りないくらい僕のやり方が拙い可能性もあるけれど……」

 萎えていた性器が、空戦の「小さな」口に包まれた。

「拙い」と自覚するやり方である。咥えて、まず歯を立てないようにすることに彼は苦労する。それだけ彼の口は「小さい」し、それに比して久之の陰茎は大きいからだ。

 それでも空戦は、一生懸命に舌を動かす。円駆に、巳槌に、そうされることで徐々に覚えている真最中だ。きっと二人から、「久之はここをやってやると喜ぶぞ」などと、得なくともいい知識を得ていることだろう。……徐々に、大きくなり始めた性器によって口内圧が高まっても、苦しくなんてないと言うように舌をむぐむぐと動かす。

 健気であり、幼気である。

 久之は、空戦の、もうすっかり乾いた髪に触れた。ぼうっと熱い。

「ぷは」

 口を外して、「……さっき、してもらったから、お礼だよ」と下で茎を降り、陰嚢に唇を当てる。右に、左に、一つずつ音を立てて。

「僕はね、久之のことが大好きだよ」

 その間に竿を握って動かすということを、今日初めて空戦はした。巳槌に教わったに違いなかった。

「君にぎゅうってされると嬉しくって仕方がないし、君とお喋りをするのも楽しいことだ。君のことを考えて、君を幸せにしてあげたく思っている。過ごした時間は巳槌が一番長いけど、負けないくらい僕だって、君のことを愛している」

 言葉が、茎の内側に響いてくる。空戦の紅い柔らかい舌、

「ほいれね」

 喋りながら、愛撫をするからだ。

「僕も、……ひふぁゆひを、ひもひよふひへね、……ほふお、ひもひよふひへほあうお、うえひいはら、……いっふぁい、いぃっふぁい、ひあわへい、はうお、いい……」

 極めて不明瞭ではあるものの、努めれば内容を把握出来る。そもそも久之のごくたどたどしい言葉に合わせることをしてくれる空戦であるから、そう努めることは少しの苦労であってはならない。

「……俺も……、……空戦」

 遊ぶ神なる身の髪の一房、久之が撫ぜた指に絡んだ。

「お前が、……そう望んで、くれるなら、……幸せに、なっていきたい……、その……、っ……、俺、が、……出来ること、……を、して……っ、お前、……のこと、を、幸せ、に、……してあげられ、る、ように……」

「ふふ」

 性器を頬張ったまま笑ってから、舌を口の中でくるりと動かす。それから口から抜いて、頬を当てて、

「いっしょに、いようね、久之……っひゃ!」

 久之にとっては不意のことであった。

 可憐に見えた、と言ってしまっていいのかどうか。

 淫らなことに、何ら疑問を抱かぬまま興じる空戦が、……だいたい「疑問」なんてものはもう全部解決しているんだと言うように浮かべた笑顔が。いや、事実はその口中での最後の愛撫が引き金となったに過ぎないのかもしれない。

 ただ、結果として空戦の顔と髪は汚れた。

「……ああ……」

 ごめん、と言わなくては。しかし、声が掠れて出てこない。空戦はぱちぱちと瞬きをして、しばらく自分の頬のすぐ横にある久之の肉茎と、久之の顔とを見比べて、

「あは……、久之が射精した、僕が久之を射精させたよ」

 眩いような笑みを浮かべて、言うのだ。

「あ……、ああ……、その……」

「気持ちよかったんだね、僕がしたのが、しゃぶって、舐めてってするのが気持ちよかったんだ……、だから射精したんだものね、久之」

 小さい身体で、飛びかかるように久之の首にしがみついた。その勢いのまま、久之の身体は仰天する。

「あははっ、嬉しいな、久之……、大好きだよ。僕は君のことを幸せに出来たんだ、やっと……、ああ、すごく嬉しい。やっとあの二人に、ちょびっとだけ追い付いたんだ」

 空戦があまりにも無邪気に笑うもので、久之はますます困惑させられる。やっていること、というか、したこととその招いた結果が、あまりにも乖離しているように思われた。とはいえそれは未だ久之の価値観が、人間のそれに固執しているからかも知れなかったが……。

「騒がしいな、なにごとだ」

 がらがらりと戸が開いた。それは全く久之には想定外のことであった。

「やあ、おかえり巳槌」

「ただいま空戦。……久之、腹が減ったぞ、何か食うものはないか。……あとさっさと空戦の髪を拭いてやれ、精液が乾いてえらいことになるぞ」

「あのね巳槌、僕、久之のことを射精させたんだ、口で」

「ほう、……やっとか。でも上達したのなら偉いぞ。何事も出来ないより出来た方がいいに決まっているからな」

 ぽんぽんと空戦の頭を撫ぜたついでに、指先で久之の体液を拭い取り、ぺろりと舐める。

「さぞかし嬉しかっただろう、そして美味かっただろう。久之のちんちんから出るものは僕らにとって最高の甘露なのだからな」

「ええと、正直なところ味はよく判らなかった。直接口に入ったわけではないからね。だけど久之のちんちんから出たんだってことは判ったし……、ねえ久之、次はちゃんと口の中で出しておくれよ」

「空戦、僕も帰って来たんだぞ、……手伝ってやるから半分寄越すのが道理というものだろうよ」

 空戦も、巳槌も、天翔る生き物であるがゆえにか、いつものように自由である。恐らく……、久之は想像する。巳槌は戸を開ける少し前から、そこにいたのだろう。そして空戦もまたそれを認識していたのだろう……。

「ちょうどいいことにちんちんが出しっぱなしになっている。いい匂いで美味そうだな。僕の食欲を満たすのみならず久之の性欲も満ちるし、ついでに空戦も悦ぶのだから一石二鳥ならぬ一石三鳥だな」

 ぱく、と蛇が食い付いた。

「あっ、ずるいよ、僕だってしたい」

 空戦が声を上げる。下半身での遣り取りを、やはり無力な人間の自覚でいる久之は、かすかな眩暈を覚えつつ聴いているしか出来ない。

 ただ、一つ考えるのは、……恐らく小屋のすぐ外にいるはずの円駆は、いつ入ってくるのだろう、ということで。

 久之同様、空を飛ぶ力のない円駆であるから、やはり地に足のついた考え方をするのかもしれない……。


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