「何してんだお前は」
円駆と久之は思いのほか早く家に帰り着いた。円駆にとって人間の飯というのも全く悪くないものではあったが、やはり空戦のことが心配でもあるし、寛ぐのならやはり山の中がいい。それは久之も同じだったらしく、彼はあまり眠れていないような腫れぼったい目を瞬かせながら起きたばかりの尾野部に繰り返し礼を言って、彼女の部屋を辞去した。久之の言葉を総括すると、女性の家に泊まるなんて、初めてだ、慣れていない、だから眠れなかったということだ。
円駆も円駆で、決してよく眠れて迎えた朝ではなかったのは事実だ。……あの尾野部という女、夜中にいびきがひどいこと。円駆自身も(自覚はないが)時々いびきをかくことがあるということだが。
そんな次第で、朝飯を食わずに帰ってきた円駆と久之である。巳槌と空戦は二人揃ってまだ寝ているだろうと思っていた。しかし巳槌は一人、風呂釜のそばにある石くれに浴衣の尻を乗せて背中をこちらに背中を向けている。円駆が声を掛けたところで見せたその顔は普段以上に白い、というか不健康に青白く目の下の隈が目立つ。
しかしそれ以上に円駆を、久之を、戸惑わせたのは、
「ああ……、もう帰って来たのか。お帰り」
そういう顔を、にっこりと微笑ませていること。
ふらつきながら歩み寄って、危うく体勢を崩しかける。慌てて抱き支えた円駆の首に頬を摺り寄せて、
「僕は偉かったんだ」
と巳槌は言う。
「何……?」
「余ッ程、空戦を犯してやろうと思った」
久之が背後で緊張するのを円駆は感じた。
「だけど、僕は何もしなかった。ずっと我慢して、お前たちが帰って来るのを待っていた。……恐ろしい夜だった」
「おそろ、しい……?」
言葉を漏らした久之同様、円駆も困惑している。笑顔の根拠は明らかだが、言葉の意味は判らない。
ともあれ円駆にも久之にも重要と思われるのは、まず巳槌が空戦に、事前の約束通り、懸念するような手の出し方はしなかったということ。それは賞賛すべきことではある。
「……忘れる前に言っておく。阿呆鳥がちょっかいを出しに来たぞ」
「信天翁? ……ああ、舵禮か。ちょっかいって何だよ」
「空戦の遣い魔を攫って、自分の側に付けと言っていたようだな。途中からしか聴いていないが」
「……つまり、お前がしゃしゃり出て行った訳が」
笑みを消さずに「だって、そうしないでどうする。応龍になって追い払った。……ついでに言えば、その際に空戦に叱られたぞ、あんまりあいつを刺激するな、と」
「舵禮の自業自得だろうがよ、そんなもん」
「……それはまあ……、空戦にも空戦の考え方があって当然だ。お前はあんまりあいつを子供扱いしない方がいい」
ムッとした円駆に、穏やかに微笑みかけながら「あいつは頭が良いな。僕らの側に着くことで舵禮が追い詰められる、……それにより生じる弊害についてもきちんと自覚があるぞ。あいつの地頭がいいのか、それとも教育がいいのかわからないが」
「……どっちでもいいけどよ、そんなもんは。それより何が怖かったってんだよ」
舵禮が……、そんなはずはない。その気になれば尻尾の一振りで吹っ飛ばせるような鳥を、巳槌が恐れる理由なんてない。
「空戦が。布団が」
力なく笑って、巳槌は応えた。
「布団……?」
「危うく僕はあいつを犯しかけたぞ。だって布団が幸せなんだ」
「何言ってんだかわかんねえよ」
「判らなくていいし、ならば試してみるがいいよと言いたいところだが、同じ思いをお前にさせるのは忍びない。……久之」
「は」
不意に話頭を向けられて久之は目を丸くする。
「この人間の形の身体、……肌にある温度をお前と重ねることが幸せだと僕は知った。もちろん、円駆ともな」
「お前空戦に欲情したのかよ」
円駆の問いに、あっさり巳槌は頷いた。
「したよ。けれど、当然のことだ。お前だって同じ状況になればする。あの布団の中は、そういう場所だ。僕らの体温はいつだって膨れ上がり、熱となり、僕らの中の欲を刺激する……、そういう風に出来ている。空戦の中にそういう欲が備わっていたなら、あいつもきっとそうなるはずだ。……お前が相手なら、あいつはもっとそうなるかも知れない」
巳槌は謎めいたような言葉を紡いで、溜め息を吐いた。「一睡もしていない。寝たくても眠れないんだ。あいつに僕の欲を知られないようにするのは本当に大変だった……」
この点に関して言えば、巳槌がことさら淫らなわけではないと円駆は理解する。誰が相手でも構わないと思っているのではない、……同じ布団で寝るぐらい、つまり「寝姿」という一番無防備な姿を晒しあえて初めて、巳槌はその相手を「対象」として捉える。但し、其処への制動は一応きちんと働くということだ。何も考えずに空戦を襲って円駆と久之を困惑させるようなことはせずに夜を終わらせた。
そして、空戦に布団の愉楽……、ひいては、自分たちのそばにいる愉楽を、非常に穏やかな形で教えることが出来たわけだ。
それは、仮令巳槌という男の口が悪かろうとも、公平に公正に評価しなければならないことである。そして苦しく長いものであったろう一夜の労いを、褒美を、くれてやることにまあ、……そうだな、ある程度までなら、納得してやらんこともない……、自らもやや睡眠不足の円駆は、斯様に偉そうなことを思って、ぼやっとした笑顔でいる巳槌の足元に跪き、浴衣の帯を解く。
「……ん?」
「ん、じゃねえよ」
細く白い腹の下、昨晩からずっと堪えた欲で汚れた六尺に鼻を当てる。
「一人で片付けりゃよかったじゃねえかよ……」
「もちろん……、それも考えたさ……、でも、お前たちとしたかったんだ、寂しかったから……。独りで片付けたらその後がもっと寂しくて、辛くなる」
甘えるように擦り付ける動きを宥めて、腰に手を回し結び目を解く。我慢したのは殊勝なことではあるが、その分久之に洗濯の手間を取らせている。でもきっと、久之はそれを咎めはしないだろう。
熱そのもののように熱く、真っ直ぐ空を挿す肉茎の先は濡れている。それを見れば円駆とて、身に備えた欲が喚起されるのは当然のこと。
「うんン……」
潮の味を舌に感じた円駆の頭に両手を当てて、とびきり甘ったるい声を巳槌は漏らした。「あは……っ、気持ちいい……、円駆、気持ちいい……っ」
じわじわと、円駆の六尺も窮屈になってくる。不器用を自認する口でどうにか巳槌の皮を剥き、より強い潮の味を醸す肉の実を舐り、……言葉よりも如実な反応として示される巳槌の脈の数が、どんなに否定しようとも円駆には嬉しいものだった。
そうか、気持ちいいのか。
そう思えば、言葉遣い乱暴で考えるより先に手が出て知的聡明であろうとしても上手く行かない円駆の心は高低二つの熱を持て余すことにもなる。お前が良けりゃ俺はいいという殊勝な考え、……俺だって欲しいものは欲しいという、幼いわがまま。
それが、巳槌にも伝わっただろうか。
「んぉ……」
円駆の頭を抑えた巳槌が腰を引いた、そのまますとんと屈み込む、膝を付く。「お、おいっ……」
今の今まで舐めていたのが何なのかを忘れたわけでもあるまいが、何のためらいもなく巳槌は円駆の唇に唇を重ねて来た。のみならず、舌も絡めてくる右手が腰に回された気配があった。
「ば、馬鹿、俺はっ……」
何のために誰のために始めた時間かと咎めても、巳槌はお構いなしだ。円駆の尻にはなまったるい温度の巳槌の指がしばらく這い回り、唇は塞がれ反抗の言葉もない。結局、六尺はあっさりと解かれた。
「今は……、我慢なんてしなくていいんだ……、僕たちは一人じゃないから、一緒に気持ち良くなっていいんだ……、そうだろう?」
この淫乱蛇、と悪い口を叩いてやることもしがたい。だって麒麟は麒麟で、その蛇の淫らな姿に心が制御不能の状態に陥ってしまっている。
「円駆、好き。一緒に気持ち良くなろうな……」
巳槌の指が熱を帯びた円駆の茎を捉えた。……せめてもの抗いは、同じように円駆も巳槌の矛先を捉えてやることだった。片方が皮を剥いてやれば、自然ともう片方もそうする。既に濡れて脆弱な亀頭を擦り付け合いながら再び深い口付けをし舌を絡め合うまでが、予め定められていたこと。
「あはっ……、円駆のちんちん、ぬるぬる……っ」
「っ、るせえ、お前のっ、だって糸っ、ひいてんじゃねえか……!」
巳槌の恐るべき器用な指先、円駆も負けじと至極が、追い込まれて行く。それでも、……それでも、孤独な夜を過ごした朋輩の、「恋神」の心を思えば、水際で踏み止まってどうにか幸せにしてやるために指を動かす力は円駆の中に湧いてくる。
「あ、あっ、出るっ、円駆出るっ、いくっ……いくっ!」
甘い声を高く踊らせ円駆の胸に腹に巳槌が欲を解き放った。その事象は円駆の心を大いに満足させ、表面張力で保たれていた麒麟の恋心をも、溢れさせるに至る。
「んくっ……ンっ、ん……っ」
思いは巳槌の身体へと弾んだ。……多い、とぼんやり認識する。要は円駆だって、和みの温度を側に置いて過ごした一夜、面白くないものであったのだ。
「……ん、円駆、円駆、もっと舌」
巳槌が甘えて唇を舐めてくる。……厄介な蛇め、思いながらもそれに応えて、ちらり、久之はどこに行ったかと思えば、紅い顔で風呂釜の傍にしゃがみ、火を起こしている。べとべとの二人のために風呂を沸かそうというのだ。殊勝なことである。
おまえだって、……だろうがよ。
円駆は舌を引っ込めた。
「ん……?」
顎をしゃくって、久之を示す。「ああ……、そうだな」と巳槌は笑って、円駆の腕を引いてその背中に歩み寄る。
「何を格好付けているんだ」
ぴく、と肩を震わせ、久之が振り返る。
「お前だってしたいんだろう、僕らはお前がしたいときいつだってこの身体を使わせる用意があるんだから、したいときにはしたいって素直に言うがいいよ」
久之の中に当然あったはずの欲、……あってくれたら嬉しい、円駆はそう思う。俺と一晩くっ付いて眠って何も考えないまま朝を迎えられては、「恋神」としての自分の立場を疑ってしまいそうになるではないか。
巳槌ほど淫らに振る舞うことは出来ない。多分、真似しなくともいい。それでも久之に求められたいと思うから、巳槌同様にまだ収まらない欲を隠したい気持ちを堪えるために、円駆は浴衣の裾を握る。
「……その、俺は……」
久之が、別に格好付けてそう言うわけではないようだということは判っているが、
「……今更何言ってやがる」
円駆は責め立てる。「俺ら見て、……真っ直ぐ立てないようになってるくせに」
図星の真ん中を付いて、円駆は久之の浴衣の襟首を引っ張る。
「でも……、もし空戦が起きたら」
「知ったことか」
巳槌は笑う。「そのときはそのときだ。……もっとも、昨日の夜は散々体力を使わせたからな、簡単には起きるまいよ」
それは円駆にも察しが付いた。山の空気は湿り気なくからりと乾いているが、それでも漂う妖力の残渣を感じられる。応龍と半獣態の空戦がこの山の空でじゃれあったことは間違いなさそうだし、応龍と遊ぼうと思えばさしもの空戦だって相当に体力を消耗したはずだ。
とはいえ、本当に起きて来られるのは困る。困る、というより、弱る。とうしたらいいのかという知恵は、恐らく巳槌さえも搾り出せまい。
では、やめるか。……やめられるぐらいなら、そもそも始めてさえいないのだ。
俺たちには……、久之を含めて俺たちには、絶対的にこういう時間が必要で、仮令肉の体の形が男同士であろうと俺と巳槌が子供の大きさをしていようと、此処に存在することをあらゆる生き物から非難されようとも構うものか、俺たちは愛し合っていい、三人の何処かにでも欲が湧いた瞬間にはもう、其れが、許されている……。
「早く出せ久之、いっぱい気持ちよくしてあげるぞ」
跪き、腰にまとわりつき、見上げる巳槌は可愛い顔をしているのである。正面から見たときに可愛いということは、横から見たって可愛いのである、……当たり前だ。
「あは……、窮屈そうだな……。僕らを見てこんなにしていたのか。下穿きを濡らす前に僕に見せればよかったのに、しょうがないやつめ」
何がしょうがないのか。いや、もう巳槌の口から溢れる言葉にそう重い意味はあるまい。楽しくって嬉しくって、久之のことが大好きでしょうがないのだ。
久之を幸せにしてやる尊い仕事については、ひとまず巳槌に譲ってやろう。
「久之、大好きだよ……、こんな風に……、僕を欲しがってくれるお前が、僕は可愛くって仕方がない……、大好き……、うあ!」
甘ったるい、蜜のような声が跳ねた。久之の陰茎に頬を寄せ愛撫することに夢中になっていた巳槌の背中はがら空きだ。六尺も外されて、極めて守りの薄い背後に回り込み、円駆は浴衣を捲り、その白い尻を割り開いた。
「おい久之、こいつすげえやらしいぞ、お前のちんちんに頬ずりしながら尻の穴ひくひくさせてる」
円駆は意地悪さを発揮して笑い、言う。そして怯んだように振り返った巳槌に、
「お前は、お前のやるべきことをちゃんとしてろよ」
俺にこの場所を突かれながらでも、この男は必死になって久之をよくしようとするだろう。
そしてそのさまは、久之の目にもとても美しいものとして映るはずだ。
「あ、う……」
汗ばんでいるくせに、妙な清純さを感じさせるところは、円駆の舌先で恥じるように窄まる。構わず舌を這わせ、押し当てた指は、まるで待たれていたかのようにすんなりと巳槌の中に飲み込まれた。男に抱かれることに慣れた男の其処は絡みつくように円駆の指を絞りつつも、器用なほどに脱力し、円駆の指の腹で胎内を擦られるたびに括約筋を反射させた。
「何ぼーっとしてんだよ、ちゃんとやれ」
「……ずるいぞ……!」
「何がずるい? お前の嬉しいようにしてやってんだろうがよ」
そしてそれこそ、久之の望みであるはずだ。巳槌の悦びであるはずだし、円駆の願いでもある。
「その……、俺は……」
久之の掌が、巳槌の銀の髪に乗った。「俺のことは、本当にどうだっていいんだ。でもその、……お前たちが、幸せになれる、なら、その……、ためなら、俺の何処をどう使って、くれても構わない、し、それは、……俺の望むことでもあるから……」
興奮が其処に伴うからか、久之の言葉はいつも以上にたどたどしいものとなる。
「だから、……お前が、……巳槌がやりたいようにして……、円駆も、一緒に、幸せにしてくれようって、してる訳だし、……偉かったねって、俺、思うんだ。……空戦を隣で寝かせて、……大変だっただろうに……、だから、……ご褒美なんて言い方はおこがましいけど、でも、少しでもお前がよくなったらいいなって、いうことは思う……」
「ご褒美、欲しいぞ」
髪の隙間から覗けた耳が紅い。嬉しくて、恥ずかしくもあるはずだ。それを意地でどうにかしようとした結果、隠しきれない色がその紅なのだ。
「僕はお前たちからのご褒美、欲しいぞ。だから、……僕は久之のちんちん、しゃぶりたいし、円駆のちんちんを尻に挿れられたい。其れが一晩頑張った僕へのご褒美なら、いっぱいいっぱい欲しいぞ」
言葉の通り、巳槌は久之の肉茎にしゃぶり付いた。久之が眉間に皺を寄せて、また巳槌の髪を優しく撫ぜる。同じように撫ぜられたいと思うのではなくて、円駆は指の代わりに自分の熱を巳槌に押し当てる。そうだ、こいつは頑張った。だから褒美を受け取って当然だし、その褒美は俺から、俺なりの形のものであってもいいのだ。
浴衣を剥ぎ取り、裸を見下ろす。傷ひとつなく、透明感を湛えた肌……、もっとも、少々の傷ならすぐ塞がってしまう神獣の身体ではあるのだが……、自分も含め数多くいるこの山の神獣たちにあって、その人間態の容姿が最も美しく整って隙がないのが巳槌であることは疑いようもない。……巳槌は美しい。その者が、自分を「恋神」と呼び愛することに躊躇いがないという事実を以って、円駆は空戦をそばに置くことを含めた自分の「生活」を、しなやかに永続的に編み続けて行くことを選ぶのだ。
「巳槌」
自分の望む未来のために、
「好きだよ……、大好きだよ」
……久之が息を震わせ、囁く……。自分の望む未来のために、この男が果たした一夜の役割は、途方もなく大きい。
「……巳槌」
華奢で冷たくさえ見える白い臀部に自分の腰を押し当てつつ、円駆も囁く。
「……好きだ」
糞が。どんだけ甘ったるいんだ……、こんな俺ではなかったはずなのに。
いいや、まだ慣れていないだけ。こういう俺で生きている、現在進行形。
俺たちは原則的に強いのだ、強いというか、しなやかなのだ。例えばかつて巳槌は人間を恋しがりながら力をどんどんと喪失しながらもしぶとく生き永らえやがては応龍の力を手にしこの山の全天を掌握するに至ったし、俺だって何だかんだあったことは確かだけれど結局はこうして人間を半神にまでするほど深い交流をするまでになっている。そして久之は死ぬつもりでこの山に来たくせにすっかり長い生を得ることになったし巳槌というとんでもない男のみならず、生涯人間とは交わるまいと思っていた俺までも「恋神」にしてしまった。
この上、空戦が同じ小屋で生活することになろうと、舵禮が少々ちょっかいを出してこようと、俺たちを動揺させられるはずがないではないか。
俺たちは強く、そしてしなやかなのだ。長い目で見ればあらゆることは、ほんの些細な変化に過ぎない。俺たちの定めた生活を、いったいどんかものが困惑の淵に追い込むことができるだろう?
「……っ、巳槌っ、出すぞ、……出すぞっ……!」
快楽に負けて円駆は思考を止めた。巳槌の瑞々しい臀部に腰を叩きつけるたび生じる音を愛の証とでも言うかのごとく巳槌の身体は悦楽に震える、そしてそのまま、……円駆の欲を搾り取るように一気に引き締まり、到る。
「ん! ……っん……!」
どうやら久之も巳槌の喉へ精液を叩きつけたようだ。息を荒っぽく一つ吐き出した久之は、思い出したように巳槌の頭に置いたままだった掌を動かし始める。
こく、と巳槌の喉が鳴る音が聴こえた。
「んん……、っはあ……、あはっ……、いっぱいだ、僕の、中、お前たちでいっぱい……」
円駆が腰を支えながら引くと、そのままぺたんと尻を落とし、出したばかりのものが溢れてくる。「大好きだぞ、二人とも……、愛している。お前たちはこんなに僕のこと、愛してくれる……」
嬉しそうである。……だったらいいじゃねえか、と唇を尖らせて円駆は思うばかりだ。お前が嬉しいんならいいじゃねえかよ、俺らだって嬉しいんだから……。
円駆はそんな風に思って巳槌の裸を見下ろしていたし、巳槌はまだ余韻に耽っている。そして久之は静かに、……珍しいことに微笑みながら、巳槌の髪を優しく優しく撫ぜているところだ。つまり三者三様、自分たちがこの場所にいることによって生ずる幸福を噛み締めているところである。意識はその小さな三角の中にのみ注がれている。
「おしっこ……」
その声が降って湧くまで、誰も気付かなかったのだ。
好悪の予感を一切抱かずに円駆が振り返ったところ、空戦は浴衣の帯を解き、目を擦りながら小屋の戸口に立っていた。
珍しいくらいはっきりと、巳槌が慌てた。
「なっ……、何をしてるっ、お前、寝ていたのだろう……」
まだ尻から円駆の精液がこぼれ出している途中だというのに立ち上がり、よろめいて、久之に抱き支えられる。
「おしっこしたい……、ふぁあ……ぁふ」
のどかな大きなあくび。普段の円駆ならば其れに対して何の感慨も抱きはしない……、いや、つられてあくびをして、平和な伝染病だと思うぐらいだが、
何せあの巳槌がこの状況にあって顔から一切の表情を消している。巳槌がそうなのだから円駆だってそうで、久之に至っては頭の中が真っ白になっている。円駆も巳槌も久之も何も考えられず、……例えばすぐに隠したならば、空戦は視力で物事を把握することが出来ないのだから上手く言いくるめてしまうことだって出来たかもしれなかった。
然るに、誰も動けず、草履を左右逆に履いた空戦が不思議そうに、
「これは……、何の匂いだろう……、あったかいね、三人とも、すごくあったかい」
ふわふわと歩み寄り、円駆の横を通り抜け、巳槌の前に屈んで、
「これ……、巳槌のちんちん?」
誰も止める暇もなく、手を伸ばす。
「……べとべとしている……」
もちろん巳槌はもう勃起していなかった。ただその包皮の先端には快楽の余韻がはっきりとした形で残っていたし、空戦がそうした感想を述べた以上、……彼が疑問を抱いた以上、
「これは、何? おしっこ……、じゃないね。匂いが全然違うし、おしっこはこんな風にべとべとしていない……」
空戦の口からそうした問いかけが溢れるまで、全部当然のことなのだった。
「円駆からも、同じ匂いがする、久之からも……、みんなちんちんから同じ匂いがしていて、……あったかいね」
これほど判りやすい「自業自得」もないものだ。三人とも、小屋のそばでこういうことをしたなら、こうなる危険性については理解していたはずだ。それなのに、一時の欲求に流されて誰も止めることは出来なかった、……まさしく自業自得。
「ん……? 円駆のだけ、少し匂いが違う気がする……、これは……」
「空戦ッ」
巳槌がやっと声を上げた。「お前、いつまで人のちんちん触ってる、そして……、いつから起きていた」
空戦は罪のない顔で、「起きたのは、さっき。……おしっこがしたくなったから。外が騒がしいなと思って出てきたら、みんながいたんだ」こんなふうに、と掌で示す。
役立たずの大人と言われても差し支えない、……さあ困ったぞ、どうする、どうすればいい。喘ぐように悩む。だって数秒後に、
「みんなは何をしていたんだろう」
という疑問が呈されることになるのは明白だったから。
「僕らは」
恐慌状態、それでも、……それでも、言語能力と冷静さを一番保っているのは巳槌である、……巳槌であるはずだ、という思いは、円駆のみならず久之も同様に抱いていたものと思う。
然るに、いつだって巳槌が期待に応えてくれるわけではないと……、神ぐらい長い時間を生きていれば、期待通りに好ましい結果が訪れることの方が少ないということに、円駆は自覚的に在らなければならなかった。
要は、
「僕らは、あ、愛し合っていたんだ」
普段あれほど円駆のことを馬鹿だ何だと罵る巳槌の口から溢れた言葉こそ、そう呼ぶに相応しいもの。
「何言ってんだお前!」
反射的に訂正を試みようとしてしまった円駆も、やはり馬鹿の誹りは避けられないが。
「愛し合っていた」
言葉の意味を少し考え込んで、「おお……」ぶるっと小さく身震い。
「そうだ、僕はおしっこがしたいんだった。……寝ぼけるといけないね」
一人で笑って、六尺を解く。「みんなちんちん出してるから、僕が此処でしても構わないね」
「構うわ! 俺の足にしょんべん引っ掛ける気かよ!」
あくまでも自分本位に、……かと言って、空戦は勝手気儘に振る舞っていると思うのは間違いだ。
隠しておきたいという円駆の考えの方が、どちらかと言えば勝手と称されてしかるべきもの。言うなれば、大人の事情によって。
「はーぁ……」
安心したように小便をする空戦の後ろ、それぞれ、浴衣の前を掻き合わせる。
「ふ、風呂に入ろうと思ってたんだ、俺たちは、……それ以上でも以下でもない」
苦しいだけでなく痛々しさすら伴うような弁明、既に巳槌が愚かにも「愛し合って」などと口を滑らせてしまった後なのに。
でも、……空戦のことは、結局は俺がどうにかしなきゃいけないんだ。巳槌も久之も頼りにならない……、自分を棚に上げて「だから、お前には関係ない」と、「しょんべん済んだんだからとっとと寝ろよ」
空戦を急かして円駆が言葉を重ねかけたところに、
「空戦」
思考の頭数から除けた久之が、遠慮がちに言葉を発した。この場は、と久之は円駆と巳槌が心を読むこと前提の考えを抱いていて、実際円駆はそれを読んだ、……俺が、どうにか、するから、しなくちゃ。
「空戦は……、眠く、ない?」
目の見えない相手だということは知っていよう。それでも腰を屈めて視線の高さを合わせようとする。その律儀さは滑稽で、しかし愛すべきものだ。
「うん、眠いね……。でも、みんながどうして裸なのだろうっていうことは気になる。わからないから」
「眠れない、ぐらいに気に、なる?」
ううん、と空戦は首を振る。「それはないね。もっと眠いから、……ふあぁ、と」
久之は、自分の蒔いた種だと思っているようだった。呆れるぐらいに律儀なことに。
そもそも俺が巳槌と円駆に感応してしまうような身体と心を持っていなかったなら、この小屋に、空戦を含めて四人一緒に寝ることに何の問題もありはしないのだから。
……恐らく、それは違う。前提が違っている。巳槌が極端なくらいに淫らなのがいけないのだ。久之でなくたって、……それこそこの麒麟だって、巳槌の誘惑を払いのけることなど出来はしなかっただろう。とはいえ、間違いを正したって無駄だろう、久之とはそういう風に考えてしまう男なのだ。
「だったら、俺と……、一緒に寝よう」
「ん?」
空戦が首を傾げる。「君と一緒に?」
巳槌が緊張を帯びた顔で久之を見やる。
円駆にしても、同じ表情を浮かべていた。
久之は、……すぐに動揺する彼にしては珍しく穏やかな微笑みを浮かべて頷く。
「そう、……俺と、一緒に……」
覚悟を決めたような強さが伴っていた。この男がこんな顔をするところは、なかなか見ることができない。強いて挙げるならば、……かつて円駆と巳槌が対立していた頃、二人の間に立ち、村人の向ける銃口から麒麟を庇ったとき、確か似たような表情を浮かべていたか。
もっとも、どんな顔でいようが空戦には「見」えないのではあるが。
「うん、いいね」
空戦はにっこり微笑んで、「今朝、と言ってもまだ夜明け前だけど、巳槌と一緒に寝たんだよ。あったかくて、のんびり出来た。きっと久之と一緒に寝るのも気持ちいいんだと思う」
久之が円駆と巳槌に告げるのは、ここは俺に任せてと、まだ半分は弱々しい人間でいながら妙に強気な思い。
しかしながら、任せる他ない円駆と巳槌である。
「じゃあ、……空戦、寝ようね。……円駆、巳槌、……おやすみ」
落ち着きを取り戻した微笑みを浮かべる久之は、空戦から質問を受けることを覚悟している。完全に任せ切りには出来ないのは、久之の心の中のどこにも、未だ答えと呼ぶべきものがまとまっていないからだ。
空戦の手を引いて、久之が小屋に入り、戸を閉めてしまった。
「……おい、どうするんだ。放っておくのか、おい」
巳槌はこういうとき案外あっけなく弱るらしい。とはいえ、そうなる気持ちは円駆もよく判るのだ。巳槌の頼りなさを責められるほど、円駆だって今は頼もしい考えが浮かんでくるわけでもないのだ。
「……おいじゃねえよ」
「久之はしていないんだぞ」
巳槌の言葉の意味するところは理解出来る。円駆と巳槌、二人によってまだ続くはずの快楽を、ぶっつり途絶えさせられた久之の懊悩いかばかりか。
「判んねえけど……、あいつ、大人だろ。俺やお前みたく、すぐ我慢出来なくなったりしねえし」
「まるで僕が堪え性なしみたいに言わないでもらおうか。事実で有ったとしてもお前にだけはそんなこと言われたくないぞ」
「事実って認めてんならいいじゃねえかよ」
そんなことはどうでもいい。
ただ、久之を案じる。いや、空戦を案じているのか。久之の困惑するような事態は起こらないで欲しいと願う一方で、空戦が泣くような状況も能う限り避けたいとわがままを抱く。
「ふん」
巳槌が蛇に変わる。「お前が見て来て欲しいのならば、見て来てやるぞ。屋根裏に忍び込めばあいつらにばれることはあるまいよ」
白い体の双眸を不快そうに細めて言う。一瞬、そうしてもらうのがいいかと思ったのも事実である。やはり、気になるわけだ。
が、
「いい」
くるりと小屋に背を向けて、円駆は言った。
「いいのか」
背後で再び巳槌が人間態に戻った気配がある。
迷いがないわけではなかったが、
「いい。……てめぇが見たけりゃ見てくりゃいい。どうせ久之は何もしねえ」
円駆はぶっつりと言い捨て、身体に巻きつけていた浴衣を脱ぎ捨て身体を洗いにもう冷め切った鍋の中に浸かる。巳槌はしばらく案ずるように小屋を見やっていたが、やがて一つの舌打ちで振り払ったように同じく裸になると、円駆の浸かるぬるい水の中へ蛇の身体を躍らせる。