SMILE WILL MAKE YOU HAPPY

 長いこと生きていると、「時間」というものの円環性質については無意識のうちに視覚的な認識ができるようになるもので、巳槌は今朝布団から這い出て用を足して戻ってくる自らの足が、昨日までのように慌ただしいものではなくなっていることに気づいたとき、ああそうか、冬が終わるのだ、おおよそ、ちょうど、一年前に抱いた安堵めいた感慨を改めて抱く。其れはすっかり抱き慣れて巳槌の少年のかたちをした身体に合致するような、親しい手触りの感慨である。

 本当ならば、年月で変容することのまるでない神なる身、巳槌の生活習慣には、春夏秋冬、横軸の差はあれど、縦軸つまり年毎に違いはそう起こり難い。然るにここ数年というもの、そもそも衰弱し続けていた巳槌自身の生命が愈々の危殆に瀕し、其処から復活し、かつてないほどの力を手にし、天翔けて、……細かなことではあるが、竈の前に屈み込んで米を炊く久之の後ろを、その伸び放題の黒髪を一撫ぜしてやってから通り過ぎ、背伸びして空の大鍋の縁に上体を引っ掛け、其処へ水を注いでいくというような習慣まで出来上がっているのだ。

 神なる身の巳槌、概ね自己中心的な生き物である。彼の頭の中は、長年側で彼を観察してきた円駆にしても、その白波毛の構造を遥かに超えるほど、杳として知れないのであるが、ただ彼が自分自身のためのみならず、久之という未だ出来損ないの神なる身、新参者、しかし最もいとおしき者のためにそうすることを選ぶらしいということばかりは、円駆にも、久之にも、判るように思えるのだった。

 先日故障した久之の腰は大過なく癒えたが、ああいった事態に陥ることは、自分たちが久之と共に在らんと決めたからには今後とも幾度となく起こり得る。そうしたときに、僕らは/俺らは、何をするべきか。そういうことを思い知る契機となったことは、久之の痛みが治まった今となっては「知らないままじゃなくてよかった」と素直に受け止められる。全体、久之に甘え切っていた僕らだったという反省が巳槌の中には芽生えていた。

 久之は何も言わないが、「俺が、二人の側に居させてもらっている」という、あまりにも謙虚で的外れなことを思っていることはもう知っている。あの男は何度「そうではない」と巳槌と円駆、強大な力を持つ神なる身が言い張ったところで、「でも俺は、不器用なばっかりで、何の価値もない」と信じることをやめようとしない。お前自身に価値がないと言うのなら僕の言うことだけ信じればいいだろう、すなわちお前にはとんでもない価値があるし、仮に其の価値がなかったとしても僕はお前と居たいのだ。事実として巳槌は、少しばかりいらいらしながら思う。久之は実は、やたら頑固だ。閑話休題。

 甘えてばかりは僕が嫌なのだ。俺が嫌なんだ。そういうことを互いに言い合った訳ではないが、巳槌も円駆もああいったことがあって以来、日々に久之が一人でこなしてきた仕事を手伝うのが習慣になった。飯炊きや壷焼きといった、久之にしか出来ないことを無理に手伝って邪魔になるのは本意ではないが、せめて水汲み、火焚き、小屋の掃除や洗濯ぐらいは率先してやるようになった。久之はそんな何でもないことにでも却って困る様子だが、其れはもう、慣れてもらう他ない。巳槌と円駆が手伝いをしたなら、それだけ久之の時間は余り、彼は好きな絵描きや読書に精を出すことも出来るし、ゆっくりと身を休めることだって出来るようになるのだ。久之がその気になってくれたなら、巳槌が一番好きな遊びに興じる時間も増える。

 その日は簡単な昼食を済ませて、久之があくびをしたのを見たから、「僕は出掛ける」と言い残して巳槌は小屋を出た。円駆は日課の見回りがあるから、もう出掛けた後だった。久之は目を潤ませて「気を付けて行っておいで」と巳槌の背中に声を掛ける。応龍の力を手にした少年に対しても、この男は相変わらず過保護の立場を改める気はないようだった。そのことは巳槌にくすぐったくも嬉しい。

 草履で踏み分けて進む山の道のあちこちに、まだ弱々しくはあるものの、春が確かに呼吸を始めていた。もう数日もすれば、いつだったか久之にも見せてやった春の風の神がよりはっきりとした温もりを運ぶために姿を表すかも知れない。一昨年にはまだ風を感じただけだった久之を連れて行って、今年はその姿が見えるかどうか訊いてみてもいい。

そんなことを考えながら辿り着くのは結局いつもと同じ、木立の隙間、陽射しの届く広場で、其処に至る前に小川に小便をしたほかは、巳槌の足はほぼ一直線に進んだ。小便をしているところに円駆の咆哮が聴こえた。御苦労なことだ。

 下草の上に浴衣の尻を落とすと、土ががほんのり温かい。やはり春の胎動を感じる。冷血動物、変温動物、何と呼ばれても構わないが、寒いより温かい方が身体が楽であることは確かだ。昼寝をするにはまだ寒いが、日光浴に不足はない。浴衣の帯を解き合を開いて、まだどこもかしこも白い肌に太陽の恵みを浴びせると、間違いなく巳槌の肌は悦ぶ。水を司る神なる身の少年は太陽が好きだった。だからその肌を存分に晒し、夏には綺麗に日焼けする。そして久之は巳槌にとって太陽のごとき存在であり、どの季節でも変わりなく心地よい温もりをもたらしてくれるという点では太陽より遥かにいい。無私の愛情を注いでくれる辺りも、本当によく似ている。

 乾いた落ち葉を踏む草履の足音が近づいてきて居ることに、巳槌はもちろん気付いていたし、舌打ちの音もよく聴こえた。が、其方に視線を送ることはしないで、朋輩が面倒臭そうに「小屋帰ろうかな」と一人呟くに至ってやっと身を起こし、

「久之が寝ているぞ。ゆっくり休ませてやれ」

 と眠たく無愛想な声で言う。

「別に起こしゃしねえよ。あいつは布団で寝てりゃいい、俺は畳の上でも構わねえし」

「どうだかな。そんなことを言って、お前は僕の目を盗んで一体どれだけ頻繁に久之と交合っているのだか判ったもんじゃない。大方久之の前で可愛らしく尻を振って見せるのだろうこの淫乱」

 円駆の、元々巳槌よりも浅黒い鼻がすっと蒼ざめ、同時に稲妻色の隈取りが一際鮮やかに煌めいた。巳槌は円駆が当然の権利として上げる怒鳴り声が止むまで耳を塞ぎ、彼が息継ぎのために言葉を止める読点まで待ってから、

「今ので久之が目を覚ましてしまったらお前は一体どう責任を取るんだ、お前は四つ足のくせに鳥より頭が悪いな」

 火に油を注ぐせっせと注ぐ、主にその顔面に向けてぶちまける。

「てめえなんか足一本もありゃしねえじゃねえか!」

 斯様な言い合い、本気の遣り取りである。巳槌にしろ円駆にしろ相手を憎んで悪い言葉を用いるわけではないのだが、久之を困らせるような遣り取り抜きには付き合うことができない。因習と判ってはいても、何せ数百年、そうやって仲良く喧嘩を繰り返してきたものであるからして。

 変わったことと言えばこの何年かで、巳槌が久之を山に引きずり込み、彼らの対話法の選択肢に男の身体同士を重ね擦り付け合って愛情を遣り取りする行為が新たに加わったことだ。巳槌にしろ円駆にしろ、繰り返しになるが別に互いに嫌いあって居るわけではないため、もっと早くにそのやり方を知っていたなら物の言い方考え方も、今とは少し違ったのかもしれない。

「ああ、うるさいなお前は。何を苛立っているんだ、男のくせに月の巡りに左右されているんじゃないのか」

「……呆れるぐらいに嫌な奴だなてめえは」

「生憎だが僕の言語能力に追い付かないのはお前の方だ。それを性格の良し悪しに結び付けて攻撃するのはやめるが良いよ、僕に失礼だし何よりみっともなくあさましい」

 巳槌はそんなことを言いながらごろんと仰向けになる。肉食獣の麒麟の前で白い腹を晒すということは、命知らずと言われても良いほどだが、円駆は舌を打って腰を下ろすばかりだ。

「褌、締めてやろうか」

 思い出したように巳槌は訊く。円駆は不機嫌そうに「要らん」と答え、巳槌の隣に同じように横たわった。

「なら、お前のちんちくりんのちんちんを見せろ」

 円駆は飛び起きた。「何を訳の判んねえことを」と言いかけたところで、巳槌の笑顔とぶつかる。普段は氷のような顔だと言われる巳槌自身、生まれ出る自分の表情には全く無頓着である。別段平時に悩み事を抱えて居たり不機嫌に駆られて居たりするわけでもないのだが、巳槌の表情筋は巳槌の意識とは切り離されたように、大概は何の色も浮かべない。

 けれどいま、機嫌がいいことだけは確かだ。喧嘩が一段落して、僕のすぐ側にだーい好きな友達が居るということの幸せな意味を、じっくりと噛み締めて居るのである。

「……見てどうすんだ」

「さあ、どうしようかな。とりあえず、そうだな、お前のちんちくりんちんちんを指で弾いて遊ぶのもいいな」

「……一々一々てめぇは……!」

「いい加減慣れるがいいよ。お前は好むと好まざるとによらず僕の側にずっと居なければならないのだからな。何を恥ずかしがっているのだ、毛でも生えたのか」

 巳槌は自分の作り出した流れとでも呼ぶべきものに円駆を巻き込むと、そう簡単に手放すことはない。水を司る龍の力に抗うには、火を司る麒麟としては相性が悪過ぎる。口喧嘩でも肉体のぶつかり合いでも巳槌はそう円駆に対し優位に立つが、その言葉遣い以上に圧迫しようとは思っていない。何故って、言うまでもなく円駆のことが「だーい好き」と思っているからして。

「この……、変態」

 低い声でぶつりと呟く声を温和そのものといった笑顔で受け止める。浴衣の帯を解いたところにはもう、無防備な円駆の陰部がある。地肌の色が巳槌よりも一段濃い男の其れは、しかし自分とさほども変わらず穢れない印象でさっぱりとしている。先端に包皮が甘く余っているのも相変わらずなら、大きさも変わらない。其れでも巳槌よりも、やはりほんの少し大きい。つまり「ちんちくりん」と言いはしたものの、其れが円駆の其処の大小を嘲笑する言葉ではないのだ。円駆も早く其れに気付けばいいのだが。

「うん、可愛いな」

 円駆の立てた膝に頬を圧されながら、指先で遊ぶ。まだまるで柔らかい其処を摘まんでやると、当然のことながら怒らせることとなる。其れは判って居るのだが、やはり、どうしたって可愛らしく思えてしまう。かつてはお互い人間態のときには裸で、その場所にしたって見慣れているのだが、久之に六尺褌を締めることを求められるようになって其処に意味が生まれた。

 概ね、好ましい意味が。

 円駆の抗いの膝にもめげずに顔を寄せて臭いを確かめる。さらりと乾いた先端からは、微かに円駆の匂いが感じられはするものの、其れはさほど濃いものでもない。恐らく円駆もそうだろうと思うが、三人で包まる毛布の匂いが巳槌はとても好きで、恐らく慣れぬものには臭いと切って捨てられるはずの其れに、あるときは甘やかな眠りへ誘われ、またあるときにはいまのように、胸の内側がこそばゆく刺激される。

「何、考えてんだよ、てめえは」

 紅い顔で、なお格好を付けて、円駆が咎める声がくすぐったい。

「……ん?」

「んな、とこの、くせえの嗅いで……」

 円駆はまだ子供だ、などと巳槌は思うが、そう言えばもう嗅がせてはくれなくなるだろうと想像することは出来るから、「お前の此処は、ちっとも臭くない」と一言告げるに止める。

 指先で繰り返し繰り返し、摘まんで弾いていれば、仮令円駆にそのつもりがなかったとしてもその場所が浅ましい反応を示すのは仕方のないことで、責任は円駆にはない。もちろん巳槌は自分自身の身体を用いて生じた問題を解決する気でいる。

 巳槌は性格こそ褒められたものではないが、責任感の強さぐらいは平均以上だと認めてもらえたっていいという自信があった。久之と円駆、二つの心に自由に触れられ、彼らの心が巳槌の言動に拠って揺らいだときにはいつだって、笑顔で解決に赴くだけのことだ。

「……淫乱蛇」

 巳槌の口の中で春色の茎を強張らせながら円駆の詰る声も震える。耳朶がくすぐったくなって、どうしても巳槌は笑ってしまう。

「お前は可愛いね、円駆。お前の可愛さは罪作りだよ」

 音を立てて、僅かに潮の味のする場所に口付けをする。もう紅く染まった頬が、何度見慣れても相変わらず華やかな愛らしさを纏うことにある種の感動を覚えずには居られない。きっと久之は僕以上に感動しているはずだという想像が間違っていない自信が巳槌にはあった。

「……気持ちいいか?」

 円駆はその問いには答えず、

「お前も、外せよ。何で俺ばっかり裸なんだよ」

 とぶっつり言う。

「いいよ、お前が見たいなら見せてあげる」

 誰もそんなことは、と言いかける声に、構わず顔を跨いだ。円駆は何やらまだぶつぶつ言いながら、巳槌の六尺に指を掛けて解く。そして、もちろん先刻より硬くなっていたところを口元に寄せて、「……くせえ」と毒っぽく呟く。

「仕方ないだろう、さっきおしっこしたばっかりなのだからな」

「……したら、ちゃんと振れよ! だからこんななんだろうがよ」

 円駆が巳槌の六尺を引っ張って見せる。久之に幾度か指摘され、あの男は其れを円駆の前で言うものだから、巳槌としても少々気まずく恥ずかしい思いを強いられるのだが、今日も巳槌の白六尺には正体の判然とした染みが小さくしかし確かに付着しているのだ。

「お前も一日中締めていれば自然とこうなる」

「アア? 俺のはこんな汚れたりしねえぞ」

「おしっこのたびに外して、そのまま外しっぱなしなのだからそうだろうな。ちんちんの形が一緒でお前だってろくに振りやしないんだし、濡れているか乾いているかの差だけなのだからあまり偉そうに言うな。そしてとっととしゃぶるがいいよ」

 どうせ円駆は言葉以上に拒否することはないに決まっているし、仕返しをしたくばすればいい、そんな気持ちで巳槌は自らの淫芯を円駆の口に差し込む。少し、すごく、癒そうに顔を顰める気配があって、しかし結局のところ舌は絡みつくのだから円駆だってその臭いを言うほど嫌っている訳ではないのだ。

「しょっぺぇ……」

 呻く円駆が心底可愛い。

 巳槌は多幸感に震え、円駆の性器に吸い付く。久之の夢にも届くといい、僕らの愛し合う光景はきっとあの男にとっても愛しいものになるだろうから。

「巳槌、……なあ」

 円駆の声の震えに余裕がなくなった。いつでも好きなときに出すがいいよと言葉にするために口を外すことはせず、可愛らしくて仕方なく思える陰嚢を優しく撫ぜてやりながら、かつては自分よりもずっと強かった麒麟を追い詰めて行く。

 か細く高い声が巳槌の股間を直撃した。舌の上に、腺液に比べればずいぶん甘くさえ感じられる欲の証を受け取りながら、置いてきぼりにされたことを恨む気持ちもなく、ゆっくりと飲み込む。甘く浅い呼吸を繰り返す円駆の口から外された場所が冷んやりと熱かった。

「美味しかったぞ、……一杯出したな、いい子だ、可愛くて愛しいちんちんだ」

「……るせえ、うぶ」

 大好きな男の顔に、尻を押し付ける。「んな、なんだよ」

「察しが悪いな、僕を置いて先にいってしまったんだ、お前はその分だけ僕を幸せにしなくてはいけないし、事の順番が定まったんだ」

「……洗ってもいねえのに……!」

「今朝一緒に風呂に入ったろう。そもそもそんなことを気にするようなお前ではあるまいよ」

 不潔かどうかは、神なる身の場合に於いてはさほど重要ではない。大小の怪我とは無縁で居られないが、猟銃の弾を受けても一晩寝れば治ってしまうような身体である。病気一つしたことがないから、たまに未だ人間の要素を備える久之が風邪をひいて熱を出して寝込むのを見ては、心配にはなるけれど具体的にどう辛いのかを判ってやれない二人である。

円駆のいまいましげな舌打ちが巳槌の両の太腿の間に響いた。それでも、腹立ちの音を立てたばかりの舌は其処に当てられる。

「……知っているか。どうせお前は知らないか」

「……アア?」

「時折僕は……、思うことがある。……僕はどうして、雄の身体に生まれて来たのだろう、と……」

「てめえの考えてることなんて、俺に判る訳がねえだろ」

「もちろんそれはそうだ、判っている。そうではなくて、……そういうことではなくて、僕の身体が雌の形をしていたなら、お前や久之にもっと楽をさせてやれただろうと思うし、お前たちの子を身体に宿すことも出来ただろう。其れが少し、残念に思えるときがあるんだ」

 円駆がどういうことを考えたかは、

「何を産みてえんだよ、テメエは」

 という言葉で、概ね察することが出来た。「麒麟と蛇の子供が何になる。ましてや人と蛇の子供なんてな、一番呪わしいもんに決まってんだよ」

 仮令どんな「げてもの」が生まれたって、きっと自分は愛してしまうだろうと巳槌は思う。だって、久之と円駆と僕の子供だ、愛さぬ理由が一つとして浮かばない。

 そういう詮無い考えは、円駆の舌がたっぷりと入り口を濡らし、中へと入って来たところで止まった。円駆が止めたのだろうと思う。ひとたび収まって居た円駆の陰茎が、また力を結び始める。巳槌は愛しい輩の其れに、能う限りの愛情を籠めて口付けをした。

僕らが。

 今度巳槌が考え始めるのは、現実的な幻想だった。

 僕らが、こうして居る姿はきっと美しいはずだ。全く違う生き物で居ながら、同じ姿で居ることを望み、こうして互いの体温を肉の器に移し替え合う、この行為自体が美しければ、僕のことを幸せにしようとしてくれる円駆だって美しい。

 現実問題として、水面に映る自分の顔は無愛想でいかにも性格が悪そうで、実際に悪くて、ちっとも美しくないと思っている巳槌である。けれども円駆は夜の光を集めたように凛と冴え渡るような美しさを持っている、そういう朋輩と、久之から同じように扱われるのだとすれば、自分の身体の形だって、きっとそう悪いものではあるまいよ。

「円駆、……ねえ」

 首の筋を傷めそうなほどに一生懸命な愛撫を与える友達に、巳槌は足の間から声をかけた。見下ろせば其処にうっとりするぐらいに熱くなった陰茎が震えて居る。「入れろよ。……入れたいだろ? 僕の中は気持ちいい、尽くしてくれたお前を幸せにしてやれるぞ」

 円駆が顔を離して、くたりと葉に縁取られた空を見上げる。唾液に濡れた口元をぐいと手の甲で拭って、「テメエが入れて欲しいんだろ……」と毒づく。巳槌はその身体に向きを合わせて身を重ね、「うん、そうだよ、入れてよ」と、頬に、額に、幾つも唇を落とす。

手の甲で拭われることはなかった。

 ぴったりと重ねた胸と胸が、久之の前ではさほど変わらぬように見える二人の身体の大小を明確化した。円駆の方が半回りほど男らしく、確かな筋肉を纏っている。それぞれ神獣の姿へと変じれば、応龍がひとのみに出来るが、どちらがお互いの身体に相応しいかと言えば、長らく水蛇の姿で過ごしてきた巳槌であるから、これぐらいの方が丁度いいとさえ思われる。

 散々「ちんちくりん」などとからかって置いた上で思うのは、本当は円駆の方が少し大きいのだということだし、だからこそ、僕らの身体には相応しい形があるのだ。

 円駆の腕が、巳槌の腰に回る。巳槌は自ら腰を浮かせ、円駆の矛先を自分の孔へ導く。皮を剥き下ろしてやりながら、欲深な反応を示してくれて居ることに、また、笑みが零れた。

「……ちょっと待て、まだ濡らしただけじゃねえか、ろくに慣らしてもねえし」

「構うもんか、普段久之の、あのでかいのが出たり入ったり出たり入ったり時々しばらく入りっぱなしになったりしてる場所だぞ……? お前のぐらい、平気で飲み込めるよ。だから、……早く入れるがいいよ」

 下土の付いた焔色の髪に手を入れる。巳槌とは全く違う、硬くやや乱暴な印象のある髪だ。熱くて、まだちっとも暑くなどないのに、汗をかいている。それが嬉しい。

 円駆がくれるものには、久之のくれるものと同じだけの価値があるということ、それは空を自在に泳ぐよりも幸せな理解である。

「円駆、好きだよ」

「ば、馬鹿ッ、その口でっ……」

 僕が何を舐めたかを知っている、お前が何を舐めたかを知っている。分け合って与え合う幸せを拒んではいけない。

 結局舌を絡め合ったままで、身体は繋がった。普段より些か抵抗感はあるものの、満悦を表す潮味の舌で巳槌と円駆は結ばれた。普段散々悪く言うことも忘れて、お前のは「ちんちくりん」などではないと、意図せざるその場所の収縮を用いて巳槌は円駆に伝える。

 熱い腕が背中にしっかり回された。口を離すと、声を漏らすことを拒むように歯を食い縛る円駆に微笑みかけて、「すっごい、気持ちいい」と巳槌は代わりに揺れた声を聴かせる。

「お前のちんちん、すっごい気持ちいい……」

 悪戯をするように腰を揺すり、身体ごと円駆に快楽をすり込む。「くあ……」と愛らしい声を聴かせてくれた。悔しげに睨む目に涙が浮かんでいる。何かを言いかけて、やめる。聴きたいから腰を停めた。久之よりずっと小さいくせに、身体の奥底まで楔を打たれたような気にさせられるほどの烈しい熱が疼いているのが巳槌にも伝わってきた。

「……てめえ、は……、どうしてッ」

「ん……?」

「いっつも、そうやってしてりゃいいじゃねえか、そうやって、……笑ってりゃいいじゃねえか! そうしたら……」

 そうしたら?

 お前ともっと仲良くなれる?

 巳槌は微笑んで、円駆にしっかりと抱き着く。頬に口付けて、「そうだね、そう出来たら、僕もそうしている」囁く。

 けれど、無愛想な顔で何百年も生きて来たのだ。円駆以外の山の神なる身には、性格の悪い、醜い蛇だと言われ、蔑まれ、疎まれ。平気な顔をしていなければ心が折れる。思いを声にするよりは、黙って澄ましていたほうがいい。

「……お前が、そんな風に思ってくれるなら、もっともっと笑うよ。だから、その度拒まないで、こうやって僕を抱くがいいよ。お前が見たいと思う以上にたくさん笑って見せてあげるし、お前が持ちきれないぐらいの量の幸せをお前にあげるから……」

 自分の笑顔が二人にどう映っているかを巳槌は知らない。自分がどういうときに笑っているのかも、実はよく判っていない。巳槌に不得意なことがあるとすれば、それは飯炊きと表情筋の操作であって、円駆が先のようなことを言ってくれるのは、心底より意外な気さえするのだ。

「……とっとと、動けよ、俺、こんな姿勢じゃ、何も出来ねえし……」

「うん……、そうする」

 こうして向かい合って抱かれて、円駆が口を開けて自分の顔を見ているのを見ながら、自分が幸せに包まれる様子を円駆が幸せだと思って見てくれるのなら、自分の淫らなばかりの姿にも価値があると謙虚に巳槌は思う。

「あ……っ、あ、円っ、駆ッ、円駆っ……、すごいっ、すごい気持ちぃっ……!」

 抱き締め合うことはもう出来なくなって、その代わりにしっかりと手を握り合う。僕を綺麗と思ってくれる二人が居て、そのうちの一人と愛し合っている、……そういう意識が巳槌の中でのたうち、震え、この上なく甘美な声が少年の喉を鳴らす。

 ほとんど触られても居なかった幼茎から射ち上がった精液が、大好きな友達の胸に散らばるとき、同じ以上の脈撃と共に腹の底で円駆が弾ける。彼が努めて殺して居た声を、最後の瞬間に巳槌の顔の高さにまで浮かべたとき、多分、季節が一つ進む。二人と久之の姿を、今の形にとどめたままで。

 巳槌の頬も汗ばんでいた。波のある銀の髪をざっくりとかき上げて散らして、精液の流れる胸板を上下させる円駆を改めて見下ろす。こうして見ると大層子供っぽくて、可愛い顔をしていることを改めて思わないわけにはいかない。

 結合部を引き締めながらゆっくりと解き、その身の横に膝を揃えて座った。円駆は気だるいように顔を背けて、しばらく短い呼吸を繰り返していたが、やがて起き上がると自分に散らされた液体と下肢を見て、「……後先考えないでしやがって」と可愛くなく言った。

「洗えば済む話だろう。……小屋に戻る前に僕の泉に寄ればいい」

「糞冷たい水で洗えってのかよ」

「僕ら二人のためだけに風呂を沸かすのは大袈裟だ、多少冷たくたって我慢しろ。まあ、ちんちくりんのは見慣れているからな」

 鬱陶しげな舌打ちを貰った。それでも、巳槌がじっと見詰めて唇を重ねようとするのを、円駆に拒まれることはなかった。

 それが、とても嬉しくて頬がむずむずする。

「泉行くんだろ、とっとと済ませろよ」

 円駆は何故か慌てたように言って立ち上がる。巳槌はこくんと頷いて、一先ず尻の中に出されたものを吐き出してから、その手を借りて立ち上がった。

 

 

 

 

 六尺こそ締めてはいるものの、濡れた髪で帰ったから、昼寝から醒めた久之には自分たちが水を浴びて来たこと、そしてその前に何をしていたかまで含めて見通されただろう。巳槌と円駆が二人きりで、久之もまだ踏み入ったことのない山の何処かで睦み合うことに彼は何も言わないが、同時に彼が密かに案じているのは、「里の人間に見られるようなことはないだろうか」ということである。順に髪を拭いてもらいながら、巳槌は万に一つもそんな危険のないことを余ッ程告げてやろうかと思ったが、円駆が言わないので黙っていた。

「身体が……、冷えてる。風呂を沸かそうか」

 まだ日の入りまでは随分間があるが、久之は言った。その言葉がきっかけになったように、円駆が菜園に向けて大きなくしゃみをした。

 久之はすぐに二人の肩に浴衣を羽織らせ、急ぎ足に薪を抱えて大鍋へと向かう。

「過保護なやつだ」

 と鼻を啜った円駆が唇を尖らせる。巳槌も全く同感ではあるが、こちらはもう慣れているし、かえって嬉しく思えている。元々誰かに甘やかされたことなどない、神なる身の二人であるからして。

「大体、火なら俺が起こした方が何倍も早いのに」

 浴衣の前をかき合わせるだけで帯を巻くのを省略し、円駆がぶつぶつ言いながら歩く。「そう言うな」と巳槌は答えるように言う。「あいつは、そういうことがしたいのだ。水だって僕が幾らでも出してやれるのに、わざわざ水道の蛇口を捻る手間を省かない」

 どう足掻いたってまだ人間の色が濃い。神なる身の側に、望まれて彼は居るのだから、甘えて居ればいいのだが、久之自身がそれを望まないことを巳槌はよく承知していたし、円駆も学べばいい。久之が物好きなのはもう知っている、だって僕らのことが好きなのだから。

 と。

「おい」

 巳槌は珍しいと自覚出来るぐらい、「おい」整頓されぬ言葉を発した。指差した先を円駆が見て、「……おいおい」と同じように、余り意味もない呻きのような音を唇から発する。

久之が二人の方を振り向き、ほんの少し、困ったように笑うのが見えた。

 いつも四本五本と燐寸を燃え尽きさせてやっと着火する薪が、いい塩梅に火の手を上げている。

 巳槌の手を借りなければ水の満ちるまで長く掛かる鍋には、もう満々と水が張られている。

 久之はやや顔を顰めて利き手である右手を振り、立ち上がった。「其処」にあるのが「何」かということについては、同一のものを持つ二人には精査の必要もない。

「お前が点けたのか」

「お前が満たしたのか」

 円駆と巳槌に口々に問われ、久之はほんの少し困ったように微笑んで頷いた。

 鍋に水を満たすのは巳槌の司る力。

 薪に焔を這わすのは円駆の司る力。

 人間、ではもうない。其れは判っていたことだ。やがて、……極端なほどゆっくりと時間を重ねた末に訪れる未来に彼がそう出来るようになることを想像こそすれ、其れが今日明日のことではないだろうという考えを二人の神なる身は抱いていた。

「いつからだ」

 円駆がわななく唇で問う。「いつから、お前、そんなの……」

「……おととい」

 久之は曖昧に笑ったまま答える。

「ご飯を、炊くときに、……円駆みたいに出来たら、確かに便利だなって思って……、其れで、ちょっと試してみたんだ、そしたら……」

「しかし、そんなに簡単に使いこなせるような物ではない、僕らの力は人間には大き過ぎる。いや、そもそもお前はもう人間ではないが……」

 巳槌は自分の言葉が極めていい加減であることを自分の耳で聴きながら、自らが常になく混乱していることを認識する。

「きっと……」

 久之は自分の両手に視線を落とした。不器用で、下手な壺や皿を焼いたり、もっと下手な絵を描いたりするのがせいぜいのものだと卑下する彼の両手は、何より巳槌と円駆に和やかなぬくもりを与えるために役立つものだ。「俺は……、お前たちと、いつも一緒にいるし、同じ布団で寝て……、だから、一般的な例が、その、あるか判らないけどあるとしたら、其れよりも随分早く力が移ったんじゃないかって……」

「……なるほど」

 巳槌は一応、久之の言葉に納得して頷いた。「確かに僕にしたって前例を知るわけではないが、これほど一緒に過ごしていればそれだけ早くお前が神として目覚めることはさほど驚くべきことではないのかもしれないな。事実として僕らはお前と他の誰よりも親密だ、他の誰ともしないようなことだって、一緒にしている。具体的には」

「具体的に言わなくていい!」

 円駆が制する。彼は少し神妙な顔で、「身体がどっか変になってねえか。そんだけの力が流れ込んだんだ、身体自体はお前まだ人間と変わりないんだし……」

 久之は、円駆を安心させるように微笑んで頷く。「大丈夫。……まだまだ上手く使いこなせない、けど、でも、この通り元気だよ」

 円駆は唇を尖らせて「なら、いいけどよ」とぷいと顔を背ける。

「僕らの出汁が効いた風呂に毎日浸かっていたことも影響していたかも知れないな」

 巳槌は徐々に温まり始めた大鍋の湯を見詰めて言った。巳槌自身、この力がどのようにして久之に「移る」のかということについての明確な解を持っているわけではなかったが、例えば非力な水蛇に過ぎなかった自分が天翔る応龍になるために久之の存在はなくてはならなかったように、まず共にあること、そして何より思いを通わせ合うこと。

 僕らの愛した久之は一体どんな神獣に変じるのだろう。そういう時を思う楽しみは、そうなった時に自分が久之の心を読めなくなることが何でも無いと思えるぐらいに大きいものだった。

「久之、水を出して見せろ」

 巳槌が強請ると、久之はこっくり頷いて左の手を鷹揚に宙に掲げる。巳槌は自分の周囲の湿気が薄れるのを感じた。久之の掌に集うのだ。久之が一度ぎゅっと目を閉じ、再び開いたときには、その掌から真上に噴水のような飛沫が上がった。久之が慌てて掌を閉じるが時既に遅し、三人の頭上に降り注ぎ、髪も身体もぐっしょり濡らす。

 くちん、と円駆がくしゃみをする。「へたくそ」と非難して、もう一度くしゃみ。

「そうそう上手に使いこなせるわけもないだろう。まだ鍋を水で満たすのがせいぜいだろうな」

「おい、火も出して見せろよ」

 言われて久之は、今度は右手に緩い拳を作る。その拳を、腕を振るい、特に手首を弾ませるようにして幾度か動かしたところで、其処に熱いものが炸裂するのを感じる。巳槌は、万が一何かに燃え移っても平気なように身構えながら、彼の掌の中に白い火球が浮かび上がるのを見た。やや頼りないが、確かに暖かく、燃えている。久之は其れを掌の中に帰すように、掴んで消した。

「なるほど。火は右手から出るのか」

 円駆は自分の口にした言葉に、「あ」と思い付いたような顔をする。巳槌も、もちろん気が付き、同時に合点がいく。

「いつも、寝るとき……、巳槌は俺の左に、円駆は右に、寝るから……、だと思う」

 そう決めていたわけでも無いのだが、いつからか定着したそういう習慣が、久之の力にそういった両面性を備えさせたのかも知れない。水だけでなくてよかったと巳槌は思う。此れで火が扱えなかったら、きっと円駆が気分を害するだろうから。

「良かったな」

 巳槌は嬉しくなって、ずぶ濡れの身体で久之に抱きついた。もちろん久之もずぶ濡れであるから構うものか。

「お前が僕らとお揃いでいることが、僕はすごくすごく嬉しいぞ」

 久之の掌は魔力の篭っていることなどとても感じさせないいつもの優しさで巳槌の髪を撫ぜた。

 嬉しさは、応龍の頬を綻ばせる。

「まだ、ちっとも上手く、使えないけど、……最近、お前たちが仕事をしてくれるのが、俺は何だか、申し訳なくって」

 久之は言う。

「だから、……俺がもっと色々、ちゃんと出来たらって、……そう思うんだ。そうしたら前までとおんなじに、お前たちに仕事をさせたり、しなくてもいいように、なるだろうから」

「別にそんなん、気にするようなことじゃねえや」

 ぶっちりと言いつつも、久之に招かれたのであろう円駆も巳槌の隣に収まる。この人間の懐は二人の神なる身がすっぽり収まるほど拾いし、嬉しがらせるほどには狭い。

「……って、何でてめぇは笑ってんだ」

 不吉なものを見たように、円駆が硬い声で言う。びく、と久之の身体も強張った。

 巳槌は微笑んだまま、

「決まっているだろう、嬉しいからさ。僕はお前たちがだーい好きだ」

 と言い切ると同時に、まだ湧かない風呂の傍、いつまでも濡れた浴衣で居る必要はないぞと久之の帯に手を掛ける。f


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